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2023年4月9日(日)に福岡で開催される京都サンガの試合を見に行くことにして、その前に広島や小倉に寄っていくことにする。まずは前々日の4月7日(金)に18きっぷで広島に向かう。<br /><br />JR学研都市線(片町線)の京田辺駅を8時45分に出発。京橋で大阪環状線に乗り換え、大阪に出て、東海道・山陽本線の新快速に乗車。山陽本線は神戸・門司間を瀬戸内海沿いで結んでおり、1888年(明治21年)11月に山陽鉄道として兵庫・明石間が開通。徐々に西に延伸され、三原までの開通が1892年(明治25年)。ただしこの三原駅は現在の糸崎駅で、その翌年に広島まで延伸された。<br /><br />下関までの開通は1901年(明治34年)で、関門トンネルが出来て全線開通したのは1942年(昭和17年)だった。1906年(明治39年)に国有化された。1909年(明治42年)に山陽本線となる。1972年の山陽新幹線開通以降も東海道本線と並び、日本の鉄道交通・物流の大動脈を担い続けている。<br /><br />姫路、相生で乗り継いで岡山に12時半過ぎに到着。乗り継ぎ時間が18分あったので、ここで駅弁を購入。岡山名物の駅弁のひとつの栗おこわ弁当、980円(下の写真1)。国産もち米を使用した贅沢なお赤飯に、栗の甘露煮が乗っていて、なかなかうまかった(下の写真2)。<br /><br />笠岡を出ると広島県に入る。広島県は中国地方、瀬戸内海側の山陽地方の中央部に位置する。14市5郡9町(村は2004年に消滅)あり、県庁所在地は広島市。県の人口約270万人は47都道府県中12番目に多い。茨城県より約10万人少なく、京都府より約20万人多い。人口密度では17番目。全国一移民を輩出した移民県でもある。<br /><br />終戦後の高度経済成長期には多くの人口が流入したが、1974年のオイルショック以降は転出超過に転換し、国内の人口増加率を下回る厳しい状況が続いている。近年の県外への転出超過数は全国ワースト1位となっている。地域別では、広島都市圏や福山都市圏では人口増加もしくは微減に留まっているが、県北の山間部や沿岸部でも小都市や離島の自治体は減少が激しい。<br /><br />面積約8500平方kmは47都道府県中11番目の広さ。瀬戸内海沿岸部に向かって、中国山地と平行に高地から低地へ階段状の地形を形成しており、基本的には北へ行くほど海抜が高くなる。瀬戸内海には大小併せて約140の島を有す。<br /><br />旧国名では東部は備後で、西部が安芸。行政上はさらに県北を備北と分ける場合もある。備後は古代日本の地方国家であった吉備国(きびのくに)の一部で、備前、備中の西側で、都から一番遠い地区を指す。吉備国の名の由来は明確になってないが、黄色いわさびを示す黄蕨(きび)あるいは吉備団子を作る黍(きび)から来ているなどと云われる。<br /><br />安芸は阿岐・安岐・阿吉などとも書かれたが、湿地を意味する芥(あくた)が変化したもの、標高の高いところを意味する上げ(あげ)が変化したもの、崩落地や崖地を意味する吐き(はき)が変化したものなどの説がある。<br /><br />歴史的には平安時代中期に平清盛が安芸国安芸守に任じられ、瀬戸内海の制海権を手にし、厳島神社が平家の庇護を受けたことで、有名になる。戦国時代には毛利氏は安芸国に転じ、勢力を伸ばす。また、室町時代最後の将軍の足利義昭が福山の南の鞆に拠点を移し、再起を図ったが実らなかった。<br /><br />江戸時代に入ると福島正則が広島城に入城し、備後・安芸二国を治めたが改易となり、広島藩には浅野家(赤穂浪士の浅野家の本家)が入り、福山藩には水野家が入った。その後水野家は跡継ぎがなく改易となり、一時幕府直轄となった後、出羽国山形藩の松平忠雅を経て、1710年からは幕末の日米和親条約を締結した老中の阿部正弘に繋がる阿部家が入封した。<br /><br />明治維新後の1871年(明治4年)、廃藩置県で広島県、福山県が成立。福山県は深津県、小田県から一時は岡山県となったが、1876年(明治9年)に広島県に移管され、現在の広島県域となった。<br /><br />明治時代には広島市に大本営が置かれ、海軍兵学校が江田島に移転され、呉には海軍工廠が置かれ、陸海軍の施設が集中する軍都として発展していったが、その為にか広島市は原爆を世界で初めて落とされた街になった。<br /><br />県名は県庁所在地である広島市に由来するが、そもそもは戦国時代に毛利輝元が広島城を築城した際に命名した。「広」は毛利氏が諱(いみな)に使用する字の一つで、国人衆に一字書出として与えていた。「島」は普請奉行であった福島元長から来たと云う。この他、デルタ地帯だったので、単に「広い島」から来たと云う説もある。<br /><br />安芸の宮島(厳島神社)と原爆ドームの2つのユネスコ世界遺産を有する日本有数の観光地で海外からの観光客も多いが、自動車産業・造船・鉄鋼業を中心に瀬戸内工業地域の中核として発展して来た。カキの養殖や瀬戸内レモンでも有名。お好み焼き、広島菜、尾道ラーメンなどもよく知られている。<br /><br />プロ野球の広島東洋カープやサッカーJリーグのサンフレッチェ広島、WEリーグのサンフレッチェ広島レジーナ、バスケットBリーグの広島ドラゴンフライズなどが本拠地を置く。<br /><br />上述の厳島神社がある宮島、原爆ドームや広島平和記念資料館がある平和記念公園の他、西条の酒造施設群、呉、尾道水道、福山城、鞆の浦、竹原、吉田郡山城、帝釈峡、三段峡などの観光地も多い。もっとマイナーとこまで含めて大体行ったことある。<br /><br />映画の「仁義なき戦い」シリーズや「孤狼の血」シリーズや「とんび」、「海猿 ウミザル」、「男たちの大和」や大林宣彦監督の尾道3部作などの舞台でもある。<br /><br />「社会文化の興隆に卓越した功績があり、県民の誇りとして等しく尊敬を受ける」者へ贈られる広島県名誉県民には、国泰寺高校卒業のデザイナー、三宅一生氏(38年4月~22年8月)、旧制広島修道中学在学中に被爆された画家の平山郁夫(30年6月~09年12月)、旧制広島県立福山中学校卒業の作家、井伏鱒二氏(1898年2月~93年7月)、旧制広島中学校(後の国泰寺高校)卒業の陸上の織田幹雄氏(05年3月~98年12月)、最初は参議院広島県選挙区で国会議員になった第78代内閣総理大臣の宮澤喜一氏(19年10月~07年6月)、石内尋常高等小学校(現在の広島市立石内小学校)卒業の映画監督、新藤兼人氏(12年4月~12年5月)、旧制広島高校(広島大学の前身)卒業の作家、阿川弘之氏(20年12月~15年8月)らが選ばれている。<br /><br />また「輝かしい業績をあげ、広く県民に夢と希望を与え」た者へ贈られる広島県県民栄誉賞は、プロ野球の山本浩二氏(46年生れ、廿日市高校出身)、衣笠祥雄氏(47年早生れ)、北別府学氏(57年生れ)、野村謙二郎氏(66年生れ)、前田智徳氏(71年生れ)、黒田博樹氏(75年生れ)、新井貴浩氏(77年早生れ、県工出身)、プロゴルファーの岡本綾子氏(51年生れ、現東広島市の安芸津中学校卒業)、バレリーナの森下洋子氏(48年生れ、江波小学校から袋町小学校へ編入後、東京へ移る)、2016年リオ五輪200m平泳ぎ金メダリストの金藤理絵氏(88年生れ、三次高校卒業)に贈られている。<br /><br />広島出身著名人はかなり多いので、ここでは触れない。全く著名人ではないが、私の故郷も広島。大学に入るまでを過ごし、その後も4回生直前まで両親が広島にいたので、休みは広島で過ごしていた。実家が広島になくなった後も、小中高の友人も多く毎年のように広島には帰っていたが、コロナ禍の影響で今回の広島行は2019年5月以来、約4年振り。<br /><br /><br />設置時には三原駅だった糸崎で乗り継いで、三原に到着する(下の写真3)が、続く

広島 三原へ(To Mihara,Hiroshima,Japan)

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2023/04/07 - 2023/04/07

335位(同エリア338件中)

旅行記グループ 三原・広島

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ちふゆ

ちふゆさん

2023年4月9日(日)に福岡で開催される京都サンガの試合を見に行くことにして、その前に広島や小倉に寄っていくことにする。まずは前々日の4月7日(金)に18きっぷで広島に向かう。

JR学研都市線(片町線)の京田辺駅を8時45分に出発。京橋で大阪環状線に乗り換え、大阪に出て、東海道・山陽本線の新快速に乗車。山陽本線は神戸・門司間を瀬戸内海沿いで結んでおり、1888年(明治21年)11月に山陽鉄道として兵庫・明石間が開通。徐々に西に延伸され、三原までの開通が1892年(明治25年)。ただしこの三原駅は現在の糸崎駅で、その翌年に広島まで延伸された。

下関までの開通は1901年(明治34年)で、関門トンネルが出来て全線開通したのは1942年(昭和17年)だった。1906年(明治39年)に国有化された。1909年(明治42年)に山陽本線となる。1972年の山陽新幹線開通以降も東海道本線と並び、日本の鉄道交通・物流の大動脈を担い続けている。

姫路、相生で乗り継いで岡山に12時半過ぎに到着。乗り継ぎ時間が18分あったので、ここで駅弁を購入。岡山名物の駅弁のひとつの栗おこわ弁当、980円(下の写真1)。国産もち米を使用した贅沢なお赤飯に、栗の甘露煮が乗っていて、なかなかうまかった(下の写真2)。

笠岡を出ると広島県に入る。広島県は中国地方、瀬戸内海側の山陽地方の中央部に位置する。14市5郡9町(村は2004年に消滅)あり、県庁所在地は広島市。県の人口約270万人は47都道府県中12番目に多い。茨城県より約10万人少なく、京都府より約20万人多い。人口密度では17番目。全国一移民を輩出した移民県でもある。

終戦後の高度経済成長期には多くの人口が流入したが、1974年のオイルショック以降は転出超過に転換し、国内の人口増加率を下回る厳しい状況が続いている。近年の県外への転出超過数は全国ワースト1位となっている。地域別では、広島都市圏や福山都市圏では人口増加もしくは微減に留まっているが、県北の山間部や沿岸部でも小都市や離島の自治体は減少が激しい。

面積約8500平方kmは47都道府県中11番目の広さ。瀬戸内海沿岸部に向かって、中国山地と平行に高地から低地へ階段状の地形を形成しており、基本的には北へ行くほど海抜が高くなる。瀬戸内海には大小併せて約140の島を有す。

旧国名では東部は備後で、西部が安芸。行政上はさらに県北を備北と分ける場合もある。備後は古代日本の地方国家であった吉備国(きびのくに)の一部で、備前、備中の西側で、都から一番遠い地区を指す。吉備国の名の由来は明確になってないが、黄色いわさびを示す黄蕨(きび)あるいは吉備団子を作る黍(きび)から来ているなどと云われる。

安芸は阿岐・安岐・阿吉などとも書かれたが、湿地を意味する芥(あくた)が変化したもの、標高の高いところを意味する上げ(あげ)が変化したもの、崩落地や崖地を意味する吐き(はき)が変化したものなどの説がある。

歴史的には平安時代中期に平清盛が安芸国安芸守に任じられ、瀬戸内海の制海権を手にし、厳島神社が平家の庇護を受けたことで、有名になる。戦国時代には毛利氏は安芸国に転じ、勢力を伸ばす。また、室町時代最後の将軍の足利義昭が福山の南の鞆に拠点を移し、再起を図ったが実らなかった。

江戸時代に入ると福島正則が広島城に入城し、備後・安芸二国を治めたが改易となり、広島藩には浅野家(赤穂浪士の浅野家の本家)が入り、福山藩には水野家が入った。その後水野家は跡継ぎがなく改易となり、一時幕府直轄となった後、出羽国山形藩の松平忠雅を経て、1710年からは幕末の日米和親条約を締結した老中の阿部正弘に繋がる阿部家が入封した。

明治維新後の1871年(明治4年)、廃藩置県で広島県、福山県が成立。福山県は深津県、小田県から一時は岡山県となったが、1876年(明治9年)に広島県に移管され、現在の広島県域となった。

明治時代には広島市に大本営が置かれ、海軍兵学校が江田島に移転され、呉には海軍工廠が置かれ、陸海軍の施設が集中する軍都として発展していったが、その為にか広島市は原爆を世界で初めて落とされた街になった。

県名は県庁所在地である広島市に由来するが、そもそもは戦国時代に毛利輝元が広島城を築城した際に命名した。「広」は毛利氏が諱(いみな)に使用する字の一つで、国人衆に一字書出として与えていた。「島」は普請奉行であった福島元長から来たと云う。この他、デルタ地帯だったので、単に「広い島」から来たと云う説もある。

安芸の宮島(厳島神社)と原爆ドームの2つのユネスコ世界遺産を有する日本有数の観光地で海外からの観光客も多いが、自動車産業・造船・鉄鋼業を中心に瀬戸内工業地域の中核として発展して来た。カキの養殖や瀬戸内レモンでも有名。お好み焼き、広島菜、尾道ラーメンなどもよく知られている。

プロ野球の広島東洋カープやサッカーJリーグのサンフレッチェ広島、WEリーグのサンフレッチェ広島レジーナ、バスケットBリーグの広島ドラゴンフライズなどが本拠地を置く。

上述の厳島神社がある宮島、原爆ドームや広島平和記念資料館がある平和記念公園の他、西条の酒造施設群、呉、尾道水道、福山城、鞆の浦、竹原、吉田郡山城、帝釈峡、三段峡などの観光地も多い。もっとマイナーとこまで含めて大体行ったことある。

映画の「仁義なき戦い」シリーズや「孤狼の血」シリーズや「とんび」、「海猿 ウミザル」、「男たちの大和」や大林宣彦監督の尾道3部作などの舞台でもある。

「社会文化の興隆に卓越した功績があり、県民の誇りとして等しく尊敬を受ける」者へ贈られる広島県名誉県民には、国泰寺高校卒業のデザイナー、三宅一生氏(38年4月~22年8月)、旧制広島修道中学在学中に被爆された画家の平山郁夫(30年6月~09年12月)、旧制広島県立福山中学校卒業の作家、井伏鱒二氏(1898年2月~93年7月)、旧制広島中学校(後の国泰寺高校)卒業の陸上の織田幹雄氏(05年3月~98年12月)、最初は参議院広島県選挙区で国会議員になった第78代内閣総理大臣の宮澤喜一氏(19年10月~07年6月)、石内尋常高等小学校(現在の広島市立石内小学校)卒業の映画監督、新藤兼人氏(12年4月~12年5月)、旧制広島高校(広島大学の前身)卒業の作家、阿川弘之氏(20年12月~15年8月)らが選ばれている。

また「輝かしい業績をあげ、広く県民に夢と希望を与え」た者へ贈られる広島県県民栄誉賞は、プロ野球の山本浩二氏(46年生れ、廿日市高校出身)、衣笠祥雄氏(47年早生れ)、北別府学氏(57年生れ)、野村謙二郎氏(66年生れ)、前田智徳氏(71年生れ)、黒田博樹氏(75年生れ)、新井貴浩氏(77年早生れ、県工出身)、プロゴルファーの岡本綾子氏(51年生れ、現東広島市の安芸津中学校卒業)、バレリーナの森下洋子氏(48年生れ、江波小学校から袋町小学校へ編入後、東京へ移る)、2016年リオ五輪200m平泳ぎ金メダリストの金藤理絵氏(88年生れ、三次高校卒業)に贈られている。

広島出身著名人はかなり多いので、ここでは触れない。全く著名人ではないが、私の故郷も広島。大学に入るまでを過ごし、その後も4回生直前まで両親が広島にいたので、休みは広島で過ごしていた。実家が広島になくなった後も、小中高の友人も多く毎年のように広島には帰っていたが、コロナ禍の影響で今回の広島行は2019年5月以来、約4年振り。


設置時には三原駅だった糸崎で乗り継いで、三原に到着する(下の写真3)が、続く

  • 写真1 栗おこわ弁当

    写真1 栗おこわ弁当

  • 写真2 栗おこわ弁当中身

    写真2 栗おこわ弁当中身

  • 写真3 三原駅改札口

    写真3 三原駅改札口

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