2023/10/06 - 2023/10/06
513位(同エリア624件中)
キャンサー50さん
- キャンサー50さんTOP
- 旅行記87冊
- クチコミ7624件
- Q&A回答4件
- 364,302アクセス
- フォロワー2人
神田明神はコロナ前から日本人はもちろん、インバウンドにも人気の観光地でした。
コロナも落ち着き、インバウンドもかなり戻ってきた神田明神を久々に観光してきました。
JR中央線御茶ノ水駅から徒歩で向かったので、ついでに途中にある湯島聖堂も訪れてみました。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- 交通
- 3.0
- 同行者
- その他
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄
-
湯島聖堂の前にもう一つ寄り道です。
御茶ノ水駅のすぐ南側に建つ、東京復活大聖堂、通称ニコライ堂。
正教会の大聖堂で、ニコライ堂の名は、日本に正教会の教えをもたらしたロシア人修道司祭聖ニコライに由来します。
建物は国の重要文化財です。ニコライ堂 寺・神社・教会
-
御茶ノ水駅のすぐ北、神田川に架かる聖橋です。
昭和2年(1927)に関東大震災の復興橋の一つとして架けられました。
北の神田聖堂と南のニコライ聖堂という二つの聖堂を結ぶ橋として「聖橋」と命名されました。聖橋 名所・史跡
-
優美なコンクリートアーチ橋である聖橋は土木學會選奨土木遺産に登録されています。
聖橋 名所・史跡
-
聖橋の北側の橋詰にあった「近代教育発祥の地」。
現在この場所は、東京医科歯科大学(附属病院)となっていますが、道路を挟んだ向かい側は湯島聖堂です。
かつて湯島聖堂(昌平黌)は道路のこちら側にも続いていたようで、明治期以降にこの地に設立された学校から、東京大学・東京教育大学・お茶の水女子大学などに発展していきました。近代教育発祥の地 名所・史跡
-
聖橋すぐにある湯島聖堂。
元禄3年(1690)、徳川五代将軍綱吉によって建てられた孔子廟で、後に幕府直轄の学問所、昌平坂学問所(昌平黌)となりました。
国の史跡です。
写真は湯島聖堂の東側の門、仰高門。
現在の門は昭和10年(1935)竣工のものです。湯島聖堂 寺・神社・教会
-
仰高門を入ってすぐの右手にある斯文会館。
中に売店があり、合格祈願の鉛筆が売っていて、受験生に人気です。
私も娘の大学受験時、買ったのですが、この鉛筆、論語が刻まれているため、試験会場には持っていけませんでした。湯島聖堂 寺・神社・教会
-
斯文会館の裏手にある孔子銅像。
湯島聖堂 寺・神社・教会
-
入徳門。
大成殿を見上げる位置にあります。
宝永元年(1704)建造、聖堂内で唯一の木造建造物です。湯島聖堂 寺・神社・教会
-
杏壇門。
入徳門との中間にあります。
杏壇(きょうだん)とは、山東省曲阜にある孔子の教授堂の遺址のことです。湯島聖堂 寺・神社・教会
-
大成殿。
間口20m、奥行14.2m、高さ14.6m。
大成とは、孔子廟の正殿の名称です。湯島聖堂 寺・神社・教会
-
湯島聖堂を離れて神田明神へ向かいました。
その途中、神田明神向かって右手にある明神女坂。
ちょっと目立たない場所にあり、こちらから神田明神へ向かう人は少ないと思います。
女坂という名のイメージと違い、かなり急な石段の坂です。明神女坂 名所・史跡
-
明神女坂のやや北にある明神男坂。
こちらは明神のすぐ右手にあり目立つ坂です。
天保の頃、神田の町火消「い」「よ」「は」「萬」の四組が、石坂を明神へ献納したとの男坂の由来が記されています。明神男坂 名所・史跡
-
神田明神。
天平2年(730)、出雲族真神田臣が祖神大己貴命を現在の皇居大手門付近に祀ったのを創祀とします。
徳川将軍の江戸城拡張に際し、元和2年艮の鬼門の守護神として現在地に遷座され、歴代将軍家の尊崇篤く、神田祭は天下祭と呼ばれました。
写真は明神の入口にある随身門。
昭和50年に昭和天皇御即位50年の記念として建立されました。神田神社(神田明神) 寺・神社・教会
-
随身門の向かって左手にあるえびす様尊像。
海の仲間(イルカやタイやトビウオ)に守られて大海原を渡る『えびす様』の像です。
鍛金工芸の技術で造られており、美しい造形です。神田神社(神田明神) 寺・神社・教会
-
えびす様尊像近くにはだいこく様尊像。
昭和51年、石造りとしては日本一のだいこく像として建立されました。神田神社(神田明神) 寺・神社・教会
-
大黒様の後ろに建つ建物は、神田明神文化交流館、EDOCCOです。
平成30年オープン、ホールや土産物屋などが入ります。EDOCCO 神田明神文化交流館 名所・史跡
-
1階の土産物屋さんはお客さんがいっぱい。
外国人客もたくさんいました。EDOCCO 神田明神文化交流館 名所・史跡
-
神殿前の狛犬。
狛犬が正面を向いているのは非常に珍しいそうです。神田神社(神田明神) 寺・神社・教会
-
同じく神殿前の鉄製天水桶。
その銘文から、神田あるいは新川辺りの江戸の酒屋が世話人となり、「摂州灘大石」と「筋違外」の酒屋により、弘化4年(1847)に奉納されたことがわかります。神田神社(神田明神) 寺・神社・教会
-
神田明神御神殿。
昭和9年竣工。
当時としては画期的な鉄骨鉄筋コンクリート・総朱漆塗の社殿です。神田神社(神田明神) 寺・神社・教会
-
御神殿向かってすぐ右にある明治天皇御臨幸記念碑。
明治7年(1874)9月19日、明治天皇が神田明神に御親拝になられたことを記念しています。神田神社(神田明神) 寺・神社・教会
-
明治天皇御臨幸記念碑の向かって右手が獅子山。
獅子山に乗る石獅子は武州下野の名工石切藤兵衛が生涯でわずか3つしか造らなかったものの中の1つと伝えられ、3つの獅子は「坂東三獅子」として有名でした。神田神社(神田明神) 寺・神社・教会
-
御神殿の右手から裏に向かう道沿いにはいくつもの石碑があります。
こちらは明神のすぐ右手にあり目立つ坂です。その一つの銭形平次の碑。
野村胡堂の名作『銭形平次捕物控』の主人公、平次親分が神田明神下に住んでいたことから造られた碑です。神田神社(神田明神) 寺・神社・教会
-
平次の碑の隣には子分・がらっ八の小さな碑もあります。
神田神社(神田明神) 寺・神社・教会
-
銭形平次の碑の隣は国学発祥の碑。
国学は、荷田春満(1669~1736)により江戸において始められた学問です。
その春満に最初に入門したのが神田明神神主家の芝崎好高であり、邸宅を講義の場として提供するなど国学の普及・発展につとめました。神田神社(神田明神) 寺・神社・教会
-
国学発祥の碑の隣が阿部筲人(1900~1968)の句碑。
「山茶花の散るや己の影の中」。神田神社(神田明神) 寺・神社・教会
-
神田明神の裏手には社内社など多くの建造物があります。
一番右手にある祖霊社。
平成16年創建、神田明神を尊崇した氏子・崇敬者の先祖をお祀りする社です。神田神社(神田明神) 寺・神社・教会
-
祖霊社から左へ順に紹介していきます。
こちらは合祀殿。
平成24年に旧・籠祖神社社地に建立。
籠祖神社(猿田彦神、塩土老翁神)他、6つの神社を合祀しています。神田明神 籠祖神社(合祀殿) 寺・神社・教会
-
千社札の碑。
200枚以上もの「千社札」が刻み込まれた碑で、平成12年に建立。神田神社(神田明神) 寺・神社・教会
-
小唄塚・小唄作詞塚。
昭和31年(1956)、小唄作曲家・吉田草紙庵(1875~1946)を追悼するため、堀越三升(10代目市川団十郎)・英十三らによって建立されました。神田神社(神田明神) 寺・神社・教会
-
神田明神裏参道。
神田神社(神田明神) 寺・神社・教会
-
水野年方顕彰碑。
水野年方(1866~1908)は、明治時代の浮世絵系日本画家・風俗画家です。神田神社(神田明神) 寺・神社・教会
-
末廣稲荷神社。
宇迦之御魂神、級長戸辺之命、級長津彦之命を祀っていた旧社で元和2年の頃の社です。
現社殿は昭和41年に再建されたものです。神田明神 末廣稲荷神社 寺・神社・教会
-
三宿・金刀比羅神社。
三宿稲荷神社は創建は不詳。
金刀比羅神社は天明3年(1783)に、武蔵国豊島郡薬研堀に創建されました。神田神社(神田明神) 寺・神社・教会
-
鳳輦神輿奉安殿。
神田祭神幸祭に出される神社鳳輦・神輿2基が保管されています。神田神社(神田明神) 寺・神社・教会
-
浦安稲荷神社。
元は江戸平川の河口に近い所(現内神田鎌倉町附近)に祀られていたもので、天保14年に遷座されました。神田神社(神田明神) 寺・神社・教会
-
祭祀殿・資料館。
平成10年オープン。
2階、3階展示室からなり、2階には神田祭のジオラマをはじめ、神田祭に関する資料を多く展示しています。
3階には神田明神に伝わる神宝を展示しています。
拝観料300円。神田神社(神田明神) 寺・神社・教会
-
江戸神社。
大宝2年(702)に江戸の地・現在の皇居内に創建、江戸最古の地主神として今もなお崇敬されています。江戸神社 寺・神社・教会
-
力石。
若者たちが力くらべに使った石で、神田明神のものは直径80㎝・短径67cm で、文政5年(1822)12月に神田仲町2丁目の柴田四郎右衛門が持ち上げたものです。神田神社(神田明神) 寺・神社・教会
-
角田竹冷の碑。
角田竹冷(1858~1919)は、代言人(今の弁護士)をつとめるかたわら、俳人としても名の知れた人物です。
「白うをや はばかりながら 江戸の水」。神田神社(神田明神) 寺・神社・教会
-
大伝馬町八雲神社。
社の前の水桶は、江戸深川上大島町在住の御鋳物師である大田近江掾藤原正次が作成したもので、江戸の問屋仲間の一つ太物問屋仲間が天保10年(1839)6月に奉納したものです。神田明神 大伝馬町八雲神社 寺・神社・教会
-
小舟町八雲神社。
社の前の天水桶の奉納者は、江戸の魚問屋中に属する商人・遠州屋新兵衛他十名。
塩干肴や乾物などの流通を担った商人のことで、日本橋にあった魚市場の界隈に軒を並べて商いをしていました。神田明神 小舟町八雲神社 寺・神社・教会
-
魚河岸水神社。
日本橋に魚市場があったころに徳川家の武運長久と大漁安全を祈願するため市場の守護神・大市場交易神として神田明神境内に祀られました。神田明神 魚河岸水神社 寺・神社・教会
-
最期におまけで立ち寄った、神田明神の隣にある神田の家。
江戸時代より神田鎌倉町で材木商を営んできた遠藤家が、関東大震災後昭和初期に建てた店舗併用住宅で、平日は庭が一般公開されるとともに日中はカフェとしても営業しています。
湯島聖堂、神田明神ともに久々の訪問でしたが、コロナ禍を経て観光客がたくさん戻ってきていて嬉しい光景でした。
神田明神は改めて一周、やはり見どころの多い神社です。神田の家 (井政 /旧遠藤家住宅) 名所・史跡
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったスポット
もっと見る
御茶ノ水・本郷(東京) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
44