2025/02/12 - 2025/02/12
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今回の旅の最終日は、これまでほとんど手つかずだった茅ヶ崎です。
さて、茅ヶ崎というとやっぱりサザンオールスターズ、サザンの聖地。湘南の海をバックにした爽やかな風のイメージもありますね。
もう遥か昔、デビューシングル「勝手にシンドバッド」は、なんともはちゃめちゃなグループが出て来たもんだなという印象でしたが、その後もロックだけじゃなくて、「いとしのエリー」「真夏の果実」「TSUNAMI」などラブソングやバラードなど幅広いジャンルでヒット曲を連発。国民的な人気バンドとしての地位が確立しました。ところで、最近、沖縄でネーネーズの「平和の琉歌」を聞きましたが、この曲は桑田佳祐の作詞作曲。戦後の沖縄の心を見事に歌い上げていて、その余りに素晴らしい世界感に思わず涙が出ました(https://4travel.jp/travelogue/11915563)。また、同時に、もしかしたら、これまでのサザンに対する国民的な人気バンドとしての認識は一面的だったのかもという思いが湧いてきて。桑田佳祐は天才?その才能には底知れないものがあるような気もしました。
ちなみに、アーティストとしてだけではなく、思想家や哲学者みたいな匂いがする歌手だとさだまさしもいますよね。さだは長崎市出身であり、地元長崎への思いの延長として、日本の歴史や文化への造形を深め、そこから人間社会の深いところまで考えが及ぶようになっていったのではないかと思います。つまり、それはさだの人間性だけではなくて、長崎の持つ特殊な歴史や文化の力が加わったものではないかというのが私の見方ですが、それに対して、桑田佳祐はどうなんでしょうか。
ちょっと失礼だとは思いますが、茅ヶ崎はそういう街ではないですよね。江戸期の東海道。茅ヶ崎は、6番目の宿、藤沢宿と7番目の宿、平塚宿の間にあった単なる農村地帯。今回回ってみて、神社がとても多いのにはちょっと驚きましたが、相模國一宮寒川神社は別格として、それらは基本小さな集落の鎮守社といったものばかりですからね。やっぱりなという感じです。ただ、明治31年の茅ヶ崎駅開業以降は、別荘地、保養地として発展。東海道線と中央本線とのバイパスの役割を担う相模線の開通によって、交通の要衝としての性格が少し加わったこともプラスになったのだと思いますが、それにしても、それくらい。いずれにしても、とても長崎に及ぶところではありません。しかし、「平和の琉歌」で感じたのは、桑田佳祐は湘南の色を濃厚に持ちながらも、それに全然縛られていない。自由自在に多様な人々の心を理解する力やセンス、そして、それを表現する才能があるということですね。特に最近はライフワークとしても平和や環境問題など社会性のあるテーマの楽曲に手を広げているようですから、さだまさしと同じくらいに哲学者のような気もします。
そうした桑田佳祐のパーソナリティと茅ヶ崎の歴史や文化は関係があるのかないのかは分かりませんが、少なくとも、茅ヶ崎がなにがしかが幼い頃の桑田佳祐の養分となって、その後の桑田佳祐の成長のきっかけになったことは間違いないし、今後そうした分野で何かヒントが見つかれば嬉しいですね。今回の旅で少しは足しになったかもしれませんが、まあ、一度の旅で解決するほどそんなに簡単なことでもないでしょう。サザンの熱烈なファンの方からすると何をいまさらということかもしれませんが、桑田佳祐にも茅ヶ崎にも深く敬意を表しつつ、また将来の楽しみにしておきたいと思います。
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茅ヶ崎駅に到着して、ここからまずは寒川神社に向かいます。
寒川神社の最寄り駅は、相模線の宮山駅です。
ちなみに、相模線は茅ケ崎駅と模原市の橋本駅を結ぶ路線。ローカル線ではあるのですが、思った以上に利用者は多いなという印象。朝の時間とか茅ヶ崎駅での乗降客の多さにはちょっと驚きました。 -
宮山駅から寒川神社は歩いて10分足らず。
寒川神社の門前にある西善院は、寒川神社に関係するお寺。いわゆる別当寺ですが、寒川神社には、この西善院のほか、かつては神照寺、中之坊、三大坊の4か寺があったということですが、今残っているのはここだけ。高野山真言宗の寺。境内は静かな雰囲気です。 -
では、寒川神社に向かいます。
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改めてですが、寒川神社は、相模國一之宮。
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式内神社として、相模国では唯一の最高ランク、国幣大社だったということです。
神奈川県は、相模国の全部と武蔵国の一部から成り立っていますが、ちなみに、武蔵国の一之宮は、大宮の氷川神社。場所が大宮にあることもあって、全国的な知名度は大宮の氷川神社の方があるかもしれませんね。例の迎春ねぶたが飾られていて by たびたびさん寒川神社 寺・神社・教会
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イチオシ
ところで、この時期は、例の迎春ねぶたが神門に飾られているはずなんですが、あー、見えてきましたね。
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なるほどー。
令和7年は、「乙巳~弁財天と幸運の蛇~」
今回で26回目となるようです。 -
神門をくぐって、御社殿へ。
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イチオシ
御社殿はなんとも悠々としていますね~
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ここまで末広がりの構えはあんまり見たことないかもしれません。
ただ、神社の構えは立派でも、門前町とかはないので、やっぱりちょっと寂しい感じは否めないかもしれません。 -
寒川神社を出て、ここからもうしばらく周辺散策。
興全寺は、寒川神社の東隣り。「相模地蔵菩薩」の看板があって、水子供養、子授け安産のお寺ということのよう。相模地蔵菩薩 by たびたびさん龍寶山 興全寺 寺・神社・教会
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天正年間(1573-1592)に創建された曹洞宗の寺。周囲と境内を隔てる塀がないので、立派な本堂が平地にむき出して建っているような印象。ちょっと雑駁な印象も否めません。
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南に下って。
さむかわ中央公園は、緩やかなスロープを持った芝生の広場がなかなかのスケール。端っこに子供用の遊具も設置されていますが、この芝生の広場自体が楽しい場所になっているように思います。公園内には寒川総合体育館もあるようです。 -
さむかわ中央公園から西に進んで。
水道記念館は、正式名称は神奈川県水道記念館。県営水道創設50周年を記念して、昭和59年、寒川浄水場の旧ポンプ所のレンガ造りの建物を活用して、整備された施設です。なお、この浄水場は、昭和8年に出来てから一日も休まず稼働しているというのもすごいことだと思います。寒川浄水場の旧ポンプ所のレンガ造りの建物 by たびたびさん水道記念館 美術館・博物館
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さらに西に進んで、もう相模川の河川敷です。
川とのふれあい公園は、相模川の畔ということで、こうした名前が付いているのだと思いますが、親水公園とは違って、直接水とどうとかということはないと思います。アクセスの道が分かりにくくて、初めてだと迷うと思います。 -
そこから南に下がって。
一之宮公園の見どころは、一之宮緑道。 -
緑道には、旧国鉄相模線の西寒川支線の線路が当時のままに残っていて、ちょっとノスタルジックな風景。枕木も二本の線路もジャリも、やっぱり本物ですからね。リアルな姿はちゃんと訴えかけるものがあると思います。
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さらに南に下がって。
梶原景時館址は、鳥居から入って神社に向かう参道のような感じのところを進んで行った先。ここ一之宮に館があったという場所です by たびたびさん梶原景時館址 名所・史跡
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梶原景時は、石橋山の戦いで大敗した源頼朝を見逃し、命を救ったことを機に鎌倉幕府の有力御家人となった人物。ここ一之宮に館があったという場所です。
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なお、景時は頼朝がなくなると梶原景時の変により一族は滅ぼされてしまいました。
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今度は、北に向かって寒川駅の方。
大塚古墳公園は、大神塚周辺古墳群と呼ばれるエリアの中。公園に保存されているのは、E号墳とされる古墳で、7世紀頃の築造だとか。石室、周溝が発見され、それをフェンスで囲って保存しています。 -
頂上にあたる部分に石室を連想させる部分があって、ちょっとした迫力でした。
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その北側すぐが大神塚古墳なんですが、安楽寺という寺の裏側。
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林の中に隠れるように位置していて、けっこう分かりにくいですね。ただ、近くに行くとちゃんと木の説明板が立っていました。古墳は5世紀の築造。全長約50m、後円部径約30m、同高さ約5mの帆立貝形の前方後円墳。和鏡2面、漢鏡1面も出土したようです。
これで、寒川地区の散策は終了。
寒川駅から茅ヶ崎駅まで帰ります。 -
茅ヶ崎駅に帰ってきました。
茅ヶ崎駅の改札を出てすぐのところにある茅ヶ崎市観光案内所です。小さな施設ですが、茅ヶ崎にちなんだ独自のグッズを販売していて、ちょっと特徴的。茅ヶ崎は、やっぱりサザンオールスターズですからね。茅ヶ崎というのが一種のブランドですから、少なくないニーズがあるんだと思います。茅ヶ崎にちなんだグッズを販売していて by たびたびさん茅ヶ崎市観光案内所 名所・史跡
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ではここから、改めて散策開始。まずは、茅ヶ崎駅の北側エリアに向かいます。
厳島神社は、 茅ヶ崎駅の西側すぐ。それなりに古い歴史があるようですが、現在地に移ったのは昭和の初期とか。 -
鳥居から境内に入って、参道を本殿まで向かいますが、全体はコンパクトにまとまっている感じ。本殿の建物は鉄筋コンクリートでしょうか。整った佇まいです。
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村田屋は、茅ヶ崎駅から北に向かう一里塚通り沿い。地元の老舗和菓子店のようですね。
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イチオシ
一番目立つ場所にあったのがサザンCまんじゅう。サザンCのCってなんですか?と聞くと、茅ヶ崎のCなんだとか。サザンオールスターズの茅ヶ崎ということかな。それにしましたが、黄身餡がおいしい饅頭でした。
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一里塚通りをそのまま進むと、ほどなく茅ヶ崎一里塚。一里塚通りが国道一号線にぶつかったところです。
江戸の日本橋から数えて14番目の一里塚。こんもりした土塁に中には、徳川家康が関ケ原の戦いの翌年から東海道に伝馬の制を制定したこととかが記されていました。 -
国道一号線を東に進んで。
八王子神社は、茅ヶ崎発祥という本村にある神社。鎌倉幕府倒幕の兵を挙げた新田義貞が決戦に臨む前にもここで祈願したとか、徳川幕府3代将軍の徳川家光が「八王子権現」の称号と社領五百石の朱印を贈ったとか。なかなかの歴史もあるよう。 -
武家に関係したことが多かったからでしょうか。社殿の屋根の厳めしさも印象的です。
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少し北に進んで。
茅ヶ崎村観音堂は、擬宝珠の乗った赤い屋根がまずは目を引きますが、境内には大根畑があったりして、荒れてはいませんが、言葉は悪いですが貧乏寺のような感じかな。一方で、相模国準四国八十八ヵ所 第70番札所。それなりの由緒もあるようです。 -
西に戻ってきて。ここまで戻ってくると茅ヶ崎駅の真北ですね。
中央公園は、茅ヶ崎の市街地ではあるのですが、けっこう広さもあるし、緑が濃い場所もあってそれなりに自然を感じさせる公園。いわゆる都市公園とは違いますね。 -
そこまでごみごみしていない茅ヶ崎の豊かさも感じます。
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そこから茅ヶ崎駅の方まで戻ってきました。
昼飯は、横濱飯店の肉そばにします。
それにしても、事前の情報通り、地元でも大大大人気のお店。11:15の開店前でもすごい行列でした。横濱飯店 グルメ・レストラン
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で、私は第二陣の入店となりましたが、30分以上経ってから。回転はあんまりよくないですね。なんでかなあと思ったら、皆さんあれこれけっこうな量を注文しているようでした。
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イチオシ
私は一番人気の肉そばだけをいただきましたが、それだけでもけっこう食べるのには時間がかかりますけどね。
しかし、この肉そばは絶品。白菜やきくらげとか、軽い塩味の餡掛けでこんなにおいしかったかなあみたいなことになっていました。確かに、これは茅ヶ崎の誇るソウルフードだと思います。 -
改めて、散策を再開。国道一号線を今度は西に進んで。
円蔵寺は、永享元年(1429年)創建という真言宗のお寺。江戸期、三代将軍徳川家光より朱印状を受けたというのはなかなかの歴史です。 -
ほか詳しい説明があって、本村に観音堂を残し、こちらに移転したのが昭和4年。関東大震災の被害によるもののようです。境内には、模国準八十八ケ所十五番、七十六番の祠があるというのは、本村観音堂と関連しています。
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国道一号線を北に折れて、梅田通りを北に向かいます。
本社宮は、長元6年(1030年)、平忠常の乱を鎮圧するため東征した源頼義が京都の石清水八幡宮を勧請して創建した懐島八幡宮が始まりという神社。頼義の子、義家も、後三年の役の際、戦勝祈願を行っています。 -
鳥居から社殿はかっちりした意匠。源氏ゆかりの神社に相応しい雰囲気もあると思います。
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本社宮から戻ってくる途中に目が止まったのは、さぬきや。お昼もうちょっと食べれますね。
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讃岐うどんのお店ですが、カウンターとかの雰囲気もいいし、気が付くとお造りのメニューなんかもあって、うどん屋さんの範囲に収まらない高級料理店の風格もあります。
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いただいたのは、シンプルなかけうどん。ただ、私的にはちょっと塩味が濃かったかな。まあ、敢えて言えばということです。
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ほとんど国道一号線まで戻ってきて、これは神明宮。
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神明宮ってけっこうあちこちにあるのですが、
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こちらの見どころは境内にある庚申塔でしょう。四つの腕と二匹の猿を従える青面金剛像を彫った庚申塔が現れる走りの頃のもの。明暦4年(1658年)の年号が刻まれています。
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そこから少し西に向かって。
第六天神社は、江戸時代初期の創建とも、吾妻鏡に記された十間坂の地名に関係するので、鎌倉時代の創建とも考えられる神社。いずれにしても、現在は、茅ヶ崎市十間坂の鎮守です。 -
社殿の青い屋根の意匠がかっちりとして厳めしい意匠。茅ヶ崎の神社はこういうのが多いような気がします。
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国道一号線をさらに西に移動して。
金剛院は、さきほどの真言宗、茅ヶ崎円蔵寺の末寺。創建は、天和2年(1682年)。境内に閻魔堂があって、閻魔大王ほかを祀っているのがちょっと目を引くくらいかな。寺全体は、けっこうこじんまりとしたもの。荒れてはいませんが、ちょっと寂しいのも否めません。 -
南西側の住宅地に入ってきまして。
御霊神社は、ちょっと窮屈そうな境内。隣接する西運寺にあった毘沙門堂がこの神社の前身です。その毘沙門堂は、鎌倉幕府の重鎮だった大庭景義が先祖の鎌倉権五郎景政を祀っていたものですが、その後、頼朝の元に亡霊として現れた源義経を合祀。御霊神社の名前は、そのためかなと思います。 -
これもすぐ近く。
金刀比羅神社は、元禄年間(1699-1704年)の頃、この地で回船問屋を営む新店藤左衛門なる人物が海難事故から無事に生還したことを感謝し創建したと伝わる神社。今はなんでもない市街地に建っていて、そうした経緯を知る人はなかなかいないのではないかと思います。 -
少し南に下がって。
八雲神社は、小高い場所に鎮座していて、しっかりした構えの社殿とそれを囲んだ松の緑がいい感じ。 -
南湖という地域がどれくらいの範囲なのか分かりませんが、浜降祭という祭りでは、南湖の各町内の神社ができるまでは全体がここの神輿を担いだのだとか。南湖地域の中心だった神社でしょう。
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イチオシ
さらに少し南へ。
住吉神社は、明治中期、大阪の住吉大神を勧請して創建された神社。住吉神社は海の神様ですから、地元の航海安全の気持ちとはぴったりだったのだと思います。 -
社殿の彫り物が意外に豪華。
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馬に乗った武士の彫り物とかなかなか見事です。
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そのまま進んで、海岸まで。
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茅ヶ崎漁港に到着です。
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開けた海の一角。
堤防で囲われた小さな港です。 -
漁船が多く停泊していましたが、普通の漁船というより、釣り人を乗せる遊漁船といった感じの船が多いように見えました。ここに来る手前の漁港の周辺も釣り人のための船宿が目立っていましたしね。一般の漁港とは毛色が違うようにも思います。
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イチオシ
茅ヶ崎漁港から東に向かって、海沿いに立派な遊歩道が続いています。
つまり、ここから先がサザンビーチちがさきですね。
とうとうやってきましたよ~おしゃれな要素はあんまりなくて by たびたびさんサザンビーチちがさき ビーチ
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イチオシ
と、目の前に立つこの大きな建物。
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この中にサザンビーチカフェというサザンビーチちがさきを望む海辺のカフェがあるようです。
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さっそく入ってみると
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店内はまるでリゾート気分。
みなさん、海辺の雰囲気を楽しみながら、屈託のないひと時を過ごしています。
ただ、ドリンクメニューの方はアルコールが多くて、ソフトドリンクだとレモネードくらい。そこはもうちょっと何とかしてほしいなと思います。店内はまるでリゾート気分 by たびたびさんサザンビーチカフェ グルメ・レストラン
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サザンビーチカフェでしばらく過ごして、ここからビーチに出てみますよ~
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砂浜はとても広くて、遠くに江の島も見えています。ただ、おしゃれな要素はあんまりない。結局、さっきのサザンビーチカフェの建物くらいしかないんですね。
そして、私はここまで歩いてきましたけど、実際、茅ヶ崎の市街地からはそれなりに遠いし、地元の人でもここに来るのはどうしても車でということになるような気がします。なので、毎朝ここで散歩するとか、そういうロケーションではないような気もします。 -
イチオシ
さらに進むと、これは茅ヶ崎サザンC。サザンビーチちがさきの中ほどに建つ「C」のモニュメントです。
サザンビーチちがさきは、サザンオールスターズの茅ヶ崎の象徴のような場所ですから、何かを作る必要があったのでしょう。「C」のバックに水平線を入れたり、江ノ島を入れたりして写真を撮りましたが、ただ、逆に言えばそれくらいしかできないですね。なかなか、このモニュメントひとつでビーチの雰囲気が変わるというほどの効果はないかもしれません。サザンオールスターズの茅ヶ崎の象徴のような場所ですから by たびたびさん茅ヶ崎サザンC 名所・史跡
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サザンビーチちがさきから、今度は茅ヶ崎公園へ。
こちらは、海岸を走る茅ヶ崎道路の北側に整備された運動公園も兼ねた公園。公園内には軟式専用の野球場のようですが、立派な野球場もありました。そして、なんと、ここではサザンオールスターズのコンサートが開催されたこともあったのだとか。まあ、地元へのサービスだったかもしれませんけどね。 -
茅ヶ崎公園の一角。野球場の裏あたりにある国木田独歩追憶碑です。
茅ヶ崎と独歩の関係は、結核を患った独歩が茅ヶ崎で闘病生活を送っていたというつながり。石碑の石は湯河原から運んだ自然石。独歩の肖像と「渚」の一節が彫られていました。 -
茅ヶ崎公園から市街地を東に向かいまして。
氷室椿庭園は、三井不動産の元副社長である氷室捷爾氏の庭園を茅ヶ崎市に寄贈したものだとか。 -
砂地の敷地の中には、約250種類の椿が所狭しと植えられていました。
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もともとの姿がこうだったとは思えませんが、
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いずれにしてもこの椿の群落は見事。
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係りの方がこの日も
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甲斐甲斐しくお世話をしていて
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余念がないようす。
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私も椿はけっこう好きですからね。
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ひとつひとつの花を眺めていると時間が経つのも忘れそうでした。
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なかなかの充実ぶり。茅ヶ崎では意外な名所のような気がします。
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氷室椿庭園から茅ヶ崎駅に戻りつつ。。
途中の茅ヶ崎市美術館は、茅ヶ崎ゆかりの美術家の作品を所蔵、展示する美術館。
洋画家、萬鐵五郎や小山敬三、水彩画家、三橋兄弟治などあまり聞いたことがない画家ですが、まとまりのよいコレクションでした。 -
ただ、見どころはむしろこの丘の上に建つ美術館の建物かな。近代的で、瀟洒な建物。文化の香りがいい感じで漂います。
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茅ヶ崎市美術館の南隣り。高砂緑地は、明治期、オッペケペー節で一世を風靡した俳優、川上音二郎が愛妻の貞奴と暮らした住居跡だとか。
木戸を入ると -
静かな日本庭園が現れました。
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一番奥は
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池を中心にしたエリア。
全体としては、ちょっとした公園のような雰囲気です。 -
そこから西に向かって、サザン通りに出まして。
そのサザン通りにあるのが、タイゾーベーカリー。茅ヶ崎ではかなり評価が高いよう。夕方、まだやっているかあと思って電話をしたら、田舎パンならまだあるということで急いで訪ねました。 -
しっかり焼いた香ばしさと中はしっとりふわふわのハーモニー。なるほどこれはいいですね。地元の人がうらやましくなるようなパン屋さんです。
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イチオシ
サザン通りを茅ヶ崎駅の方に進んで。
茅ヶ崎サザン神社は、サザン通り商店街のなかほどにあるサザンオールスターの聖地的神社。なんちゃって神社ではあるのですが、 -
建物に入ると「サザンオールスター感謝」の寄せ書きがあって、ファンの思いがそれぞれ綴られていました。私も同じ思い。今となっては唯一無二。ほかに代わるもののない足跡を残したバンドだと思います。
さて、以上で茅ヶ崎の街歩きは終了です。 -
茅ヶ崎駅から横浜駅まで戻ってきました。横浜駅からは羽田空港に向かって、そこから広島に帰ります。
ただ、少し時間があるので、横浜駅の周辺。ポートサイド公園の方を訪ねます。
その途中、PORTA横濱三塔物語は横浜駅からそごうの方に向かうとすぐ。ここから地下に下りるエスカレーターがあるので、その門といった感じでしょうか。三つの柱は頭の部分に注目。横浜三塔物語の「キング」「クイーン」「ジャック」の三つの塔をしっかりモチーフにしています。 -
イチオシ
そして、ポートサイド公園に到着。
公園から正面に見えているのは、Kアリーナ横浜。みなとみらいにある音楽専用アリーナで、収容人数は2万人。このKアリーナ横浜を含む一帯は、ミュージックテラスという複合施設になっていて、ヒルトン横浜、Kタワー横浜とかが近代的で横浜らしいまとまりのよい景色となっています。もう少し暗くなったら、いい夜景になりそうです。
さてさて、これで6日間の旅はおしまい。お疲れさまでした。
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