2025/01/18 - 2025/01/18
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hijunoさん
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高砂を歩きました。
江戸時代の町家の風景が残っていて、静かな落ち着いた街並みでした。
レトロな雰囲気があちこちに残っています。
その中で、工楽松右衛門が高砂出身で、その居宅が残っていることを知って
見学を楽しみにしていました。
工楽松右衛門は高砂出身です。1743年生まれ。
工楽松右衛門を初めて知ったのは、神戸のお寺 八王寺にあった顕彰碑がきっかけでした。
そちらの顕彰碑の名前はなぜか、苦楽松右衛門となって工楽ではなかったのですが、松右衛門が発明した松右衛門布の形をしていました。
松右衛門布は、それまでの船のスピードを改良するなどの画期的な帆布だったようです。
しかも、海運業も営み、幕府や藩の依頼で、函館や択捉、鞆の津などの港湾を改修する業績を残しました。
1802年には、幕府からその功績により、「工楽」の苗字をおくられています。工夫を楽しむという意味。
1804年には函館にドックを建造し、択捉や蝦夷地の交易に使った函館の
地所を高田屋嘉兵衛に譲っています。
その後、故郷に帰り、鞆の津などの港湾の事業も行い、1812年に亡くなっています。
1810年に、高砂に家を建て、住んでいましたが、その旧宅が改修され保存されています。
中を見学できます。
技術者であり、商人であり、多くの人に信頼され慕われていた初代の工楽松右衛門の偉業がよくわかりました。
子孫も高砂の港を改修したり、新田開発などの事業を行い、その後、砂糖の問屋を営むなどしていたそうです。
棟方志功など、文化人との交流もあったそうです。
初代の工楽松右衛門の教えを守って代々続いている工楽家も素晴らしいと思いました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 私鉄 自家用車 徒歩
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高砂駅に到着。
高砂駅 駅
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山陽電車、ひさしぶり!
可愛い電車でした。 -
シートも可愛い。
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改札口を出てすぐにあるカフェ。
パンケーキが美味しいと聞いていました。 -
駅前にありました。
ハートの形の石。 -
説明がありました。
石は高砂の特産の「竜山石」。
ここはベンチになっていて、ペアで座ると寄り添うようになっているそうです。 -
歩いていくと、町屋のような古い建物が並んでいました。
静かで歴史を感じる街並みです。
高砂は江戸時代から加古川を利用した船の運送と瀬戸内海の航路を結ぶ拠点になっていた商業の発達した場所でした。
その商売を営んでいた家々の町家も多く保存されています。 -
登録有形文化財です。
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こちらも大崎家という町家、保存されています。
材木商を営んでいた大崎卯平が明治38年から43年ころにかけて建てた木造二階建ての建物です。明治後期の近代町家です by hijunoさん大崎家住宅主屋 名所・史跡
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石板に地図もありました。
平成25年に復旧保存と耐震工事が行われています。 -
近代町家の代表的な建物だそうです。
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こちらは花井家住宅。
江戸時代に建てられた町家です。
保存されて、いまは地域の様々な活動の拠点にもなっているようです。江戸時代に肥料問屋を営んでいた花井家の住宅が保存されています by hijunoさん花井家住宅 名所・史跡
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中を見学できます。
江戸時代に肥料問屋を営んでいた花井家、堀川沿いにも倉庫も持っていたそうです。 -
中へ。
いろんな資料が展示されていました。 -
主屋は国の登録有形文化財に登録されています。
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1階。
いくつもの部屋が分かれていました。広いです。 -
座敷には高砂染の型をとった布が干されていました。
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高砂染もこちらで活動の一つでされているようです。
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美しい型でした。
高砂染め。 -
こちらの何かの活動に使われている部屋のようでした。
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中庭。
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幕末の漢詩人 河野鉄兜が書いた額がありました。
夜明けの梅という意味で、これからの時代の到来への期待を意味しているのでは?と、説明にありました。
幕末の時代の転換期のころです。
河野鉄兜は姫路市網干の出身。
医者であり、漢詩人、江戸では私塾も開き、高砂にもしばしば訪れ、
申義堂(江戸時代にできた、高砂の町民のための学校)の教授たちとも交流があったそうです。 -
高砂染めの作品もありました。
綺麗な色です。 -
高砂染めの説明もありました。
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すぐそばには川があります。
高砂川(加古川)です。
今も小さな船がみえました。
当時はこの川では荷物を運んだ船が行き来していた、にぎわった場所だったようです。 -
説明。
高砂は、高砂川(加古川)の船、瀬戸内海の航路を結ぶ拠点だったところです。
このあたりも、船や人々の往来がにぎやかだったところだったのですね~ -
蔵があります。松宗蔵。
海産物商で栄えた田尻家の蔵でした。
1823年に建造されています。
蔵の中は改造されていて、イベントなどにも使われているようです。海運で栄えた高砂を象徴するような蔵です by hijunoさん松宗蔵 名所・史跡
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周囲にも古い蔵や街やがあります。
タイムスリップしたような家々のつくり。 -
松の模様のマンホール。
高砂神社の松のイメージなのかな。。。 -
近くに、ちいさな神社があります。
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そこには、こんな説明板。
江戸時代に高瀬舟を使って年貢米や物資をは運んでいたりしたことから
こんな町名になっていたらしい。
こんな町名の由来みたいな説明があちこちにありました。 -
少し歩くと、
高砂 松下村塾、、とありました。
何か学習に使う建物なのかな。。 -
ここは、材木町。
加古川流域から材木を運んできて、その集散の場所になっていたから町名になったそう。
憲法学者 美濃部達吉の父 美濃部秀芳はこの近くにあった町人のための塾 申義堂の教授でしたが、この材木町の出身だそうです。 -
工楽松右衛門の旧宅の見学をします。
このあたりも町家が多く残っていて、江戸時代の雰囲気。 -
立派な建物でした。
船の帆布 松衛門帆を発明し、海運業や港湾改修に尽力した工楽松衛門の居宅だったところで、内部の見学ができます。 by hijunoさん工楽松右衛門旧宅 名所・史跡
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花弁を形どった、可愛い手水鉢があって、
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説明板。
工楽家と懇意にしていた三木市の小河家から贈られた手水鉢だそうです。
以前、小河家の別邸を訪れたことがあります。
美しい庭園のある邸宅でした。 -
入口。工楽松右衛門宅へ。
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入口に工楽松右衛門さんのお人形がいました。
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入口付近。
見学はフリーです。 -
ビデオコーナーもありますよ。
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工楽松右衛門と旧宅の説明があります。
工楽松右衛門は、江戸時代に海運業や港湾の改修の事業などを行ってきました。
その居宅は、加古川の船の運送、瀬戸内海の海運として繁栄してきた高砂の南堀川の船着き場の前にありました。
平成28年に工楽家~高砂市が寄附を受けて、当時の建築様式をできるだけ残しながら改修工事をしたそうです。1年4か月ほどかかっています。 -
1階と2階には、工楽松右衛門の功績を説明したパネルや数々の遺品などが展示されています。
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奥に進みますが、とても大きな居宅だったことがわかります。
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天井の立派な梁。
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引き札が貼られた扉だそうですが、
引き札とは江戸時代や明治、大正のころの広告のようなものだったそうです。 -
座右の銘がありました。
工楽松右衛門は温厚で、尊敬を集めるひとだったと聞いたことがあります。
一日腹をたてない、、人の悪口を言わない、、、
簡単そうで、難しいです。。 -
1階は、ここから靴を脱いであがります。
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台所も広くて立派です。
ここにも、座右の銘がありました。
日常、忘れがちな大事なことが書いてありました。 -
古いものも。
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大きなカマド。
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様々な功績を残してきた工楽松右衛門、やはり志は高いです。
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古い帳簿類が貼られた衝立。
表は普通らしいですが、裏はこのように不要になった紙が貼られています。
紙が貴重な時代です。
しかも、今や、この古い紙も貴重な資料となっています。 -
1810年に小倉藩の依頼により、朝鮮通信使の接待のために対馬までの船の建造を工楽松右衛門に依頼します。
船の建造のお礼に麻の上下を松右衛門に贈ったそうです。
書簡が残っています。 -
松右衛門の業績が書かれていました。
主に船や港に関しての多くの業績を残したことがわかります。
しかも、船のスピードを画期的に変えた帆布も発明、その後の海運業にも
大きな影響をもたらしています。 -
ここにも、高砂の港湾工事に貢献した褒美に上下が与えられたことが記されています。
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松右衛門の業績 履歴について、三代の松右衛門が書き残しているものも展示されていました。
祖父の業績の数々、、
姫路藩に一代限りで召し抱えられ、高砂の川の普請、小倉藩よりの造船の依頼、福山藩の依頼により鞆の浦の港湾整備、、、 -
祖父の偉業を誇りに思っていたことでしょう~
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大名行列の際に使っていた道具も展示。
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イチオシ
工楽松右衛門の肖像画や像。
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大正時代に一度、工楽松右衛門の銅像が造られますが、第二次世界大戦の際に金属供出でなくなり、
その後、あらたに高砂神社に像が造られます。
左はその記念品だそうです。 -
工楽松右衛門の建造した船を説明。
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松右衛門帆もありました。
丈夫な布です。
今もお店が続いていて、バッグなどの小物を販売しています。 -
松右衛門の発明した帆布は、船のスピードを上げて、海運業に画期的な進歩をもたらしました。
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船の建造や帆布の発明、、工楽松右衛門の才能がうかがえます。
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欄間が海の波のように見えます~
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工楽家はのちに、棟方志功とも交流があったといいます。
美しい版画が飾られていました。 -
居間。とてもたくさんの部屋が続いています。
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1階から観た、外の様子。
このあたりには蔵などがあったようです。 -
二階へあがってみます。
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階段に、こんな説明が。
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本当に、曲がりくねった梁には圧倒されます。
日本の建築の技術! -
二階の一室には、高砂の昔の風景の写真などが展示。
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江戸時代の西回りの航路、北前船について。
巨大な富を得た動く総合商社。
工楽松右衛門も初期の北前船の船主として活躍していました。 -
加古川の船による運搬について。
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高砂は加古川(高砂川)という川の船、瀬戸内海の航路、この両方とつながっていた土地です。
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ここは、川と海の船による運搬などが詳しく説明されていました。
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この工楽松右衛門の居宅は堀川の護岸のすぐ前にありました。
堀川護岸の遺構も発掘されています。
その護岸から船の荷物を上げ下ろししていたようです。 -
堀川についての詳しい説明もありました。
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高砂に早く帰ってきてほしい、、、というような手紙のようです。
多くの人々が工楽松右衛門の力を必要としていたのですね~
工楽松右衛門は1810年にここに居宅をかまえています。 -
工楽松右衛門の高砂川の普請により、姫路藩より与えられたもの。。
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上空から見ても、堀川護岸のすぐまえに、居宅があります。
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工楽松右衛門の故郷 高砂でも、橋や堤などの土木技術を使って、多くの事業を行っていました。
長年の経験や技術、知識が豊富な技術の人ですから、多くの人々に頼られたのだとおもいます。 -
高砂港の工事も、工楽松右衛門が行っていますが、大型船も通れるような港を造っていたようです。
二代目、三代目の子孫たちも、新田を開発するなどしています。 -
多くの古文書が残っているようでした。
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初代の工楽松右衛門が築いてきたものも、二代、三代と受け継がれてきたことがわかります。
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二代目の松右衛門について。
父親の偉業を受け継いで、数々の事業を成し遂げていきます。
造船など。 -
可愛い八畳の間。
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イチオシ
工楽松右衛門が発明した船。
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江戸時代から昭和のころまでの工楽家の文書。
保存されています。 -
ここにも、江戸時代の広告、引き札がありました。
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三代目の工楽松右衛門も祖父である初代の偉業を引き継いでいます。
初代が築いた港の西隣に新しい港を造っています。 -
1階に降りて、工楽松右衛門が鞆の浦津の整備にも関わった資料をみます。
工楽松右衛門の技術を頼って、全国から来てほしいとの要望があったとのことです。 -
鞆の浦津の改修についての文書の数々も残っています。
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初期の北前船の船主として江戸時代の末期から開かれた大阪から蝦夷地への西回りの航路で、新潟や、秋田などの港を経由していました。
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鞆の浦津の整備の図なども。
高齢でもあり、病気のこともあり、一度は断った経緯もあったようですが、
その技術を請われて、整備にあたります。 -
港の整備のために、工楽松右衛門が発明した工業用の船の模型がありました。
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特徴のある床でした。
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名栗加工といわれる、日本独特の技術。
カメの甲のような形。
千利休も茶室に好んで使っていたそう。 -
台所あたりの屋根をもう一度みます。
精巧なつくりです。 -
イチオシ
座右の銘、、もう一度、読みます。
こんな風に毎日を過ごしたいなぁ~ -
裏の庭に出てみます。
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湯殿のあと。
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このあたり、土蔵のあとも。
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面白い石灯籠。
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イチオシ
つくづく、梁が独特で美しい建物でした。
天井が高いです。 -
イチオシ
こんな可愛い工楽松右衛門さん。
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松右衛門の簡単な紹介。
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昔の古い写真ももう一度みます。
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イチオシ
とても資料が多くて、工楽松右衛門の仕事がよくわかりました。
多くの人々に頼られてきた人だとわかりました。 -
近くに観光案内所?お土産物も置いているところがありました。
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レトロなものがありました。
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こんな石碑がありました。
新選組の河合耆三郎の誕生の地とありました。
裕福な家に生まれたそうです。 -
今津町の説明板。
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そして、工楽松右衛門の居宅前には、南堀川の遺構が保存されています。
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護岸の石垣や、船からの荷物の上げ下ろしをする雁木という石階段など
船着き場の遺構が発見され、発掘調査が行われています。 -
発掘後は保存されています。
工楽松右衛門の居宅はすぐ前。南堀川遺構 名所・史跡
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発掘の様子など。
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にぎやかな港の様子がかつては見られていました。
人々の往来やにぎやかな場所だったのだとおもいます。 -
整備され保存されています。
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このあたりの町家の続く街並み、静かでタイムスリップしたみたいでした。
長くなりましたので、高砂歩き、続きます。
最後までお付き合いいただいて、ありがとうございます。^^
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