2024/11/04 - 2024/11/14
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danteさん
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この旅行記のスケジュール
2024/11/07
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サント・トメ教会
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この旅行記スケジュールを元に
恐らく最後の海外旅行になるだろうと思って選んだ地は、昨年楽しかった思い出のあるスペインにした。オーバーツーリズムに加え・円安。旅行代金は昨年より大幅に高騰。それでも、どうしてもこのツアー&この日に行きたかった。ところが…。
※ツアー主催会社・ブランド名は控えさせて頂きます。
4日目。今日はトレドに向かいます。今回のトレド泊は「パラドール・デ・トレド」。旅行会社のパンフレットって、「憧れのパラドールに宿泊確定!」って謳い文句があるけど、ぶっちゃけパラドールって高級ホテルではないんだよね。まぁ、そこは兎も角、朝からガックリ(>_<)
- 一人あたり費用
- 100万円以上
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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トレドに向けて9:00に出発。
ドライバーさんが荷物をバスに積んでる間ウロウロ。と、添乗員から声が掛かる。《スーツケースのハンドルが収まらないんですけど…》
(えっ? 部屋から出した時は、ハンドル収めて出しましたけど)。
見ると確かに出ている。でも収まらない。って事は、ポーターさんが部屋からバスに運ぶ間に壊れたって事?( ;∀;) まぁ、スーツケースは4つあるからいいけど、ツアーは始まったばかりなんだよなぁ(-_-;) キャスターが壊れなかっただけマシか。&こういうことが起きるとツアーは door to doorなので楽です。Hotel Villa Real, a member of Preferred Hotels & Resorts ホテル
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【車窓から】
今日は曇ってます(>_<)
さて2回目のトレド、行きたかった所がありました。サンタ・クルス美術館。昨年も行こうとしていたのに、何故か迷って行けなかった"(-""-)" そう、トレド旧市街、迷います(^^;) -
【車窓から】
ところが下調べをしてたら、 HP (スペイン語)に修復工事中で《一部》と書いたあった。この一部がどこまでの一部か判らない! 一部を工事しているのか・一部しか見られないのかが判らない。出発前、添乗員さんから連絡が来、どんなもんかと聞いたら、<8月に行った時は1部屋しか見られませんでした>と回答が。( ;∀;) -
【車窓から】
正直旅行をキャンセルしようかと悩んだ。ところがキャンセルするには時間的に明日にならないと出来ない。更に既にキャンセル料は50%になってしまう。800.000円のキャンセル料はかなり痛い(>_<) まぁ、他にも目的はあったからいいんだけど、今思うと…微妙だなぁ~。 -
【車窓から】
トレド観光、先ずは旧市街を一望できる展望台に向かっています。 -
【ミラドール デル バイエからの眺望】
で、ここで早速始まった!! 記念撮影に写真は誰でも撮ってほしい。私も他人様の写真を撮るのは嫌ではない。ところがB妻、(今回は専属カメラマンがいるからいいわね!)と無言で私にカメラを渡す。勿論、<ありがとう!>の言葉もない(+_+)。
《心の声》おいおい! ちょっとおかしくないか? 普通一言あるだろう! 大体、専属カメラマンって何? 意味わかんないし…(?_?) -
【ミラドール デル バイエからの眺望】
これが3回続いたので、4回目は断った! これがご機嫌を損ねたらしい。以後、B妻からは話しかけられなくなり、陰口を叩かれる。
こうやって毎回やらかしてるのね。 -
尚、最悪だったのはB妻の事だけでは、ありません。
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旧市街にやって来ました。私は最後尾を歩きます。初めてココに来られた方が、万が一、スリに遭われたり、置いてけぼりにされたら困って。
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大聖堂の鐘楼が見えてきました。平坦な道に見えるけど歩きにくい。
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脇道から【大聖堂の時計の門】
幾つかある門の中で、14 世紀に着工された最も古い門だそうです。 -
【トレド市庁舎】
トレド市庁舎の建設は 1575 年に始まり、1703 年に完成したそうです。基本設計は建築家フアン・エレーラが担当し、1 階はニコラス・ベルガラ (父) とフアン・バウティスタ・モネグロ、2 階はエル・グレコの息子が 仕上げたそうです。また、ディエゴ・デ・コバルビアスの父、アロンソ・デ・コバルビアスも携わったようです。
大聖堂に行く前に市庁舎の近くにあるトイレに寄りますが、女性用は2つしか無く長蛇の列でした。観光案内所 (トレド 市庁舎内) 散歩・街歩き
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トレド大聖堂の鐘楼が見えてきた。
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【トレド大聖堂メインファサード】
6世紀にモスクとして使用されていた西ゴート大聖堂の基礎の上に、1226年から着工され、1439年に完成したそうです。その後改修され続け、現在の形になったのは19世紀なのだとか。
左の鐘楼の高さは92m。右のモサラベ礼拝堂は、15世紀にはモサラベ様式の天井だったものが16世紀の火災で失われ、現在のドームは17世紀にエル・グレコの息子が設計したそうです。このファザードの門は、特別な日や大主教座聖堂の新大司教の任命式の際にのみ使用されていて、普段は閉じられているようです。トレド大聖堂 寺院・教会
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上に「最後の晩餐」の彫刻があります。今でこそカメラなどでズームして見れるけど、昔は見ても判らなかっただろうなぁ~。
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どこの門から入ったのか判らないけど、聖堂内に入りました。
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早速お決まりの「祭壇画」へ
1497年に着工され、1504年に完成 -
分割線が千鳥状で、中央だけ5つになっています。中央の主題は下から上に、
1番目 銀メッキされた聖母子
2番目 ゴシック様式の聖体拝領<1番大きな枠の所>・
3番目 キリスト降誕
4番目 昇天
5番目<1番上> 磔刑
左右の2列は、イエスの生涯に纏わるテーマで構成されているそうです。 -
1番上の磔刑図。ここにも物語があります。
イエスの他に犯罪人も十字架につけた。1人は右に。1人は左に。
犯罪人の1人が、イエスをののしって言った。「あなたは、キリストではないのか。自分と我々を救え」》
するともう1人の強盗は「我々は、自分のやったことの報いを受けているのだから、当然だ。しかし、この方は何も悪いことをしていない。イエス様、あなたの御国にお着きになるときには、わたしを思い出してください」
イエスは、彼に言われた。「まことに、あなたに告げます。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます」 -
よくよく見ると、左の罪人はイエスのほうに向き・イエスも彼にお顔を向けています。右の罪人は、そっぽを向いてますね。
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聖歌隊席の【サンタ・マリア・ラ・ブランカ=白いマリア像】
13 世紀ロマネスク様式のフランス製。
<うんちく話>
教会によって、黒いマリア像もあります。
これは「光=<キリスト>から見たものは、黒くなるから」という謂れです。(逆光と同じ理論)
で、白い聖母。「白」は汚れの無い純潔のイメージかと思えば、これは如何やら「白人至上主義」だから・らしいです。西洋から広まったキリスト教。自分達の肌に似せて作られたという事ですね。ベラスケスのキリスト磔刑図をはじめ、やはり白人ぽく描かれているのも当たり前の話。 -
大聖堂の中には、マリアがトレドにメッセージを伝える際に立っていたとされる石があります。伝説によると、数世紀前、聖母マリアが天国から降りてきてトレドを訪れたそうです。
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天の女王が地に足をつけた時、
彼女はそれらをこの石の上に置きました。
慰めのためにキスしてあげてください。
心からの信仰をもって石に触れてください。
というメッセージが書かれてあるんだけれど… -
石が遠くて、届かないじゃないかっ~!!
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こっちからはどうかなぁ?
こちらの鉄格子は狭くて手が入らず、指先が少~しだけ触れられた・だけ(>_<) -
聖歌隊の席です。ここも重要なミサの時には今も使われているいるようです。で、ここに座れる聖歌隊の人、やはりキャリアが無いと選ばれないそうです。
聖歌隊席も1つ・1つに彫刻が施されています。 -
写っているのは、この教会だけを案内してくれるガイドさん。たまたま上にあるパイプオルガンの清掃をしていた女性が顔を出す。(どうやって上に上がるの? )と聞いてみた。
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ガイドさん<ここから上がるんだよ!>と、教えてくれた。ここには左右にパイプオルガンがあるんだけど、オルガニストもここから上がるそうです。当たり前か(^^;) 因みに普段は右のオルガンを使っているそうで、両方を使うのはやはり重要な時だけらしいです。
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【アルフェの聖体顕示台】
アルフェというのは、<製作者が、エンリケ デ アルフェ>だからです。純銀とコロンブスが持ち帰った純金で作られたと言われています。 更に宝石がちりばめられています。これは毎年行われるトレドの聖体祭で使われているそうです。
<ここに「パン」を載せている>…というガイドさんの説明に飛びつく私。(じゃ、葡萄酒は何処に載せるの?)と私。ガイドさん(?_?)
日本人からこんな質問をされるとは思ってなかったらしい(笑) 回答は(ここに葡萄酒は載せない)
後で調べたところ、パンと葡萄酒をセットにしているのは、教会によって違うそうです。パンは必ずあるものの、葡萄酒は無いところもあるとか。恐らくガイドさんが通われている教会では、葡萄酒は無いのでしょう。だから、(何それ?)だったのかも。
あっ、パンはキリストの身体・葡萄酒はキリストの血を意味していて、キリスト教徒にとって重要なものです。 -
主祭壇の傍に地下室がありました。<昨年は気付かず> 好奇心旺盛な私はとっとと入る。勿論入らない人も居ました。
【フランシスコ・リッチの絵画】
これ「セバスティアンの殉教」って書いてあったけど「ステファノス」の間違えだと思うよ(>_<) -
「キリストの聖なる埋葬」ディエゴ・コピン作
この場面は、マリア、三人の聖女、聖ヨハネが祈りの姿勢で見つめる中、ニコデモとアリマタヤのヨセフが持つ布の上にキリストが横たわり、墓の頭と足のところで半分ひざまずいてから布を墓の中に置く様子を描いています。 -
【トレドのサン・ジュリアン 642生.690没】トレド大司教34代目。
ジュリアンは680 年にトレド大司教になりました。また、イベリア半島全体の首位権を持つ最初の司教だったそうです。彼は、スペインのキリスト教徒の礼拝習慣に、統一感をもたらすことを目的とした・モサラベ典礼の改訂をし、大きな功績を残しました。<モサラべとは、キリスト教徒でありながら文化的にイスラム化したスペイン人> -
で、ココにあったのは【聖ウルスラの遺骨】でした。
頭蓋骨(枕の上に置かれ、王冠を冠している)、胴体と手足(上部は一種の金属メッシュで保護され、各部分を一緒に保持する硬い布地で保持されている)は、慎重な防腐処理が施されています。
これが何故ココにあるかというと、アラゴンのパスクアル枢機卿(1666-1677)が、弟のアラゴンのペドロ・アントニオの妻であるフェリア公爵夫人から、聖ウルスラの遺骨を与えられたので、大聖堂の地下にこのスペースを作ったと言われてます。 -
【聖ウルスラ】
4世紀に存在したとされるウルスラ。話をめちゃくちゃ端折ると、彼女はブリタニア王の娘で、11人の側近と共に、ローマに巡礼に旅立った。彼女たちはケルンで蛮族に捕らえられ、キリスト教の信仰を捨てるよう求められたが、拒否したため殺された。
ドイツのケルンには聖ウルスラ大聖堂があり、そこに同じような遺骨が収められてあるというし、アイルランドにも聖ウルスラのものとされる頭蓋骨が所蔵されているらしく、信憑性は全く判らないらしいです"(-""-)" -
あら、この部屋前回来たのかなぁ? 全く覚えがありません。でも昨年のSDカードには無いからやはり初めてです。この部屋にはエル・グレコはじめ、沢山の絵画がありました。流石に混んでいます。
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天井のフレスコ画は、ルカ・ジョルダーノによるもので「聖母降臨」が描かれているそうです。
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この部屋のメインは、エル・グレコの『キリストの脱衣』のようですね。これはエル・グレコがトレドに来て、最初に描いたものだそうです。で、私はというと…サクッとした絵画のほうが好きです。といっても、エル・グレコはあまり好きではありません(^^;)
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これを1枚ずつ載せるのもなんなんで、コラージュにしました。
左上 イエス・キリスト
左下 ヨハネ
右上 マタイ
右下 ルカ
【ヨハネ】十二使徒の中で1番若かったとされ、また唯一殉教しなかった、とされている直弟子です。「ヨハネによる福音書」の著者とされ、後にパトモス島で「ヨハネの黙示録」を書いたとされていますが、書かれた時期が違うこともあり、現在では「同名の・別人ヨハネ」だと考えられています。
【マタイ】彼は元々「取税人」で、イエスが自分に従うよう促したことで、弟子入りした直弟子です。その後、エチオピアで殉教したとされています。
【ルカは直弟子では無く、イエスが昇天されてから、パウロと共に布教した人物です。マルコの絵を見剥ぐりましたが(あったのかも不明) 新約聖書・福音書の著者とされている3人とリーダーのコラージュです。 -
左上・左下 ペテロ
右上 アンドリュー
右下 パウロ
ペテロとアンドリューは兄弟です。イエスの最初の直弟子です。
【ペテロ】新約聖書で最も登場する人物です。調子がいいというか・おっちょこちょいで、とても人間味溢れています。ペテロは初期キリスト教会の最初の指導者の一人で、最初のローマ教皇。逆さ十字で殉教。バチカン市国・サンピエトロ寺院は、ペテロの埋葬地と言われている場所の上に建っています。
【アンドリュー】ペテロと共に最初の直弟子。彼は東ヨーロッパで宣教したといわれ、最終的にはギリシャ西部で殉教したとされています。「X十字」で知られていますが、それは14世紀に広がったようで、実際は普通の「十字架刑」だったようです。
【パウロ】パウロは、初めキリスト教徒を迫害していた人物ですが、後に回心し、伝道に最も力を注いだ使徒とされています。パウロも直接イエスにあった事はなく、昇天されてから、キリスト教徒になりました。 -
左上 トマス
左下 バルトロメオ
右上 ピリポ
右下 ヤコブ
こちらは皆、直弟子です。
【トマス】 イエスの復活の際、「脇腹に指を入れてみないと信じない」と発した人物。トマスはインドに宣教し、そこで殉教としたとされています。チェンナイ(マドラス)のサン トメ教会にお墓があるようです。建築家の守護聖人。
【バルトロメオ】こちら、聖書では十二使徒としての名前しか出てこない(^^;) 伝承では、インドで宣教し、その後アルメニアに行き、そこで殉教された事になっているようです。バチカンのシスティーナ礼拝堂・最後の審判の絵で、ミケランジェロが自身をバルトロメオに模して描かれていますが、<生きたまま皮膚を剥がされ殉教した>で知られています。『諸説あり』
【ピリポ】初めはペテロやアンドリューと同じように、<洗礼者ヨハネ>の元にいたようで、初期の直弟子です。イエスの復活後、バルトロメオと共にヒエラポリス<トルコ>へ宣教に行きますが、そこで捕らえられ、十字架刑or斬首によって殉教。尚、ピリポの願いによって、<バルトロメオはココでは解放された>との説もあります。
【小ヤコブ】こちらも聖書では十二使徒の名前だけしか出てこない人物ですが、「初代エルサレム司教」になったといわれています。彼は群衆に石を投げられ、棍棒で頭を叩き潰されて殉教したとされています。<イエスとは従兄> -
以上、撮れた絵画の説明でした(^^;) あくまで伝承で実際のところは判りません。
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【エル トランスパレンテ】
高いところに切り込まれた大きな天窓と、祭壇画自体の背面に切り込まれた別の穴から太陽の光が聖櫃に当たり、祭壇全体が天に昇る印象を与えるように作られたのだそう。
今日は曇り。太陽の光、入り込みません(>_<) -
【聖クリストファー】
壁一面に大きな絵画があります。これは初期の時代から描かれたもので、現在のは1638年に画家ガブリエル・デ・ルエダによって修復されたそうです。
「クリストファー物語 抜粋」
クリストファーはカナン人で、カナンの王に仕えていた時、「最も偉大な王」に仕えたいと思い、最も偉大であると評判の王のもとに行ったが、その王は悪魔を恐れていた。<では、悪魔が最も偉大な王なのか>と思い悪魔に仕えたところ、その悪魔はキリストを恐れていた。
<では、キリストが最も偉大な王なのか?> と今度はキリストを探し始めました。そこで出逢った隠者に、<危険な川を渡ろうとして命を落としている人々を助けることで、キリストに仕えることが出来るだろう>と教えてもらいます。
暫くこの奉仕をしていると、小さな子供が彼に川を渡って欲しいと頼みました。川を渡っている間、川の水位が増し、子供は鉛のように重く感じられ、大変な困難に陥りました。向こう岸に着いたとき、彼は子供に「あなたは私をとても危険な状況に追い込んだ。私の肩には全世界が重くのしかかったように思えました」と言いました。
子供は答えました。「あなたの肩には全世界だけでなく、それを作った神も乗っていました。私はあなたの王キリストです」 -
トレド大聖堂、とても広くてツアーではほんの一部しか見れません。いつかパイプオルガンの演奏を聴きたいなぁ~。
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トレド大聖堂の見学が終わり、サン・トメ教会に向かっています。
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またまたやって来ました。本当は放棄して大聖堂に残っても良かったんだけど、この後に昼食なので抜けられませんでした(>_<)
サント トメ教会 寺院・教会
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昨年見た時は (これの何処が最高傑作なの?)ですよ。まぁ今回も同じですが(^^;)
この絵画は、アンドレス・ヌニェス・マドリードが、オルガスの町を相手取って起こした訴訟で勝訴したことを記念するものでもあったそうです。 -
あまりごちゃごちゃした絵は好きじゃないけど、昨年見た時に、下に描かれている人物がさっぱりわからないので、出発前に調べてみました。
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こんな感じです。尚、⑬の位置にいるのは、エル・グレコの友人だった《アントニオ・デ・コバルビアス》と説明してあるサイトもあります。ディエゴとアントニオは⑧のアロンソ・デ・コバルビアスの息子で、ディエゴが兄・アントニオが弟。
弟のアントニオも法学者だったようですが、兄ディエゴのほうが功績が大きかったようで、スペインの美術研究者の多くは、「ディエゴが描かれている」としているようです。《前の投稿・セゴビア大聖堂にあるディエゴ・デ・コバルビアスの石棺・参考》 -
上はこんな感じです。サン・トメ教会なので、聖トマスがこの教会の守護聖人になっているようです。
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これは、エル・グレコの息子のポケットに入っているハンカチーフ。息子の名前が書かれてあるとか。
狭いスペースに多くの人が集まるので、後ろにある長椅子に座って眺めていました。こちらの教会は中には入らず、10分程度の滞在でした。 -
エル・グレコの絵画で1番好きなのはコレです。「胸に手を当てる貴族」
自画像という説もあるようですが、
「この人物像をモンテマヨール侯爵3世フアン・デ・シルバ・イ・デ・リベーラと結びつける説が最も有力である。エル・グレコと同時代の人物で、フェリペ2世からトレドのアルカサルの軍事司令官と王室公証人に任命された人物」だそうです。 -
恐怖の昼食になりました~!! 今回は連続で、ツアーで出された食事は(なんだかなぁ~(-_-;))です。昨年とは違うレストランです。
【前菜】アーティチョークのグリル これはこれでいいんだけど… -
【牛の???】
肉の旨味は無いし、掛かっているソースもイマイチ(-_-;)
お料理って、食べる側のコンディションによっても味覚が変わるというけれど(確かにあります)、でも、美味しいものは美味しく感じる。だけど、今回もまた・ですワ。誰も美味しいとは言わなかった(-_-;) もともとツアーで出される食事は期待してないけど、その中でも昨年のスペインの時は、今まで行った国の中で1番美味しかったから、(最後はスペインで終わらそう!!) と思って来たのに…。 -
【デザート】
右の白いのは、クリームでは無く、メレンゲの甘いお菓子でした。珈琲は付いていないので、別途料金で追加。 -
【刃物屋さん】
食事の後は、30分ほどフリータイム。パラドールのチェックインは3時なので、時間潰しです。 -
自分の土産にでも・と思ったんだけど、高いです(-_-;)
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トレドに到着した時は曇りでしたが、段々晴れてきました!!
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何の店だろう? ドン・キホーテだけあって、サンチョ・パンサが無い!!
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30分しか時間が無いので、あまり遠くへは行けません。
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バスが迎えに来てくれる場所へ、サン・マルティン橋を渡って行きます。
サン・マルティン橋 建造物
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この橋は元々1165年に建築されてあったそうですが、ペドロ一世とエンリケ2世の兄弟による戦争の際に橋が破壊されたようで、14世紀に再建築されたそうです。昨年はこの橋を見てない・渡ってなかったので、新たなところに行けて良かった!(^^)!
サン・マルティン橋 建造物
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【車窓から】
バスに乗ってパラドールへ移動。道幅狭いワ、丘の上なのでクネクネしながら登っています。
ところで今日は15:00のチェック・イン。夕食はパラドールで。それまでどう過ごすのだろうと思い、事前に説明会に行った。結局、其の場の状況で添乗員が判断し、(もし旧市街に戻りたい人が居れば、タクシーに分乗し散策すると思いますよ~) と言われた。出発前の添乗員からの電話でも同じだった。しかし現場では、そのことについて、特に説明も案内も無し。 -
【車窓から】晴れてきた~!
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添乗員さんによるチェックイン中。ソファに座って待つ人、カフェテラスから旧市街の眺望を見る人・私はウロウロとしています。そう、ここにもエル・グレコの十二使徒が飾られていました。
パラドール デ トレド ホテル
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2階にあった調度品…candle stand?と箱 ←そのまんま(^^;)
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同じく2階にあったキャビネット。引き出しが小さいので、薬やスパイスなどを入れる為の物なのでしょうか? ジュエリーボックスかなぁ?
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ロビーに飾ってあった、スペインのパラドール所在地map。90か所以上もあるのね。日本でいうなら、以前の「かんぽの宿」って感じかなぁ?
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ドアを開けました!! また階段があります。マドリードほどではないけど、スーツケースを下すのが大変(^^;)
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振りかけるとこんな感じ。手前にハンドルが収まらない・壊れたスーツケースが(笑) ドアの左側に水回りがあります。
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アメニティもありました。トイレは右側に。
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シャワーは固定式じゃなくて良かった!! 結構広いです。
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出発前4トラで、(パラドール・デ・トレドに、ケトルはありますか? )と質問しましたが、ツアー利用にも拘わらず、ありました。ケトルと珈琲セット。水もありました。
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部屋もなかなか広いです。但し、眺めはプール側。といってもバルコニーに出れば旧市街の一部を眺められます。(写真撮ったのに、消えてた(・ω・)
今日の夕食は20:30から。只今15:30。さて、どう過ごそうか?
一応「本」は持ってきた。のんびり読書でもするか? -
【カフェテラスから旧市街の眺望】
パラドール・デ・トレドは丘の上にある一軒家(?) 周りには何も無い。旧市街の眺望をするといっても、20:30迄は長いし、ずっ~と本を読むのも勿体無い。
そう思っていたら、添乗員から電話を貰った。
(良かったら、旧市街に戻りますか?)
電話を貰ってから10分後、添乗員と2人で結局タクシーに乗り込んだ!!
パラドールから旧市街まで12ユーロ。勿論自腹です。トレドの展望台 観光名所
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ところで他の皆さんはどうなったのと伺うと、歩き疲れたとかでパラドールでのんびりするそうです。 初めてのトレドで、大聖堂とサン・トメ教会しか見てないのに勿体ない気がしますが、まぁ、人それぞれなので(^^;)
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やってきたのは【サン ファン デ ロス レイエス教会】だったかなぁ?
教会って、キリスト教に興味が無い人は来てもつまらないだろうし、話も判らないと思う。私と添乗員は、説明要らずで込み入った話が出来るので楽です。午前中にトレド大聖堂を見学したけど、皆(ふ~ん)って感じだったもんなぁ(笑)サン ファン デ ロス レイエス教会 寺院・教会
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この教会は「フランシスコ会」らしい。といっても、アッシジのフランチェスコしか知らないなぁ。
『オルガス伯の埋葬の人物』修道士について追記。
4つの修道会士が描かれています。 -
【サンティアゴ修道会】=【サンティアゴ騎士団】
シンボルは《赤い聖ヤコブ十字》
12世紀に設立された宗教的および軍事的な騎士団で、当初の目的は、サンティアゴ巡礼路の巡礼者を保護し、キリスト教世界を防衛し、レコンキスタによってイベリア半島からイスラム教徒のムーア人を追い出すことであった。但し、誰でも入れるわけでは無く、「貴族の血を引く、生粋のカトリック教徒」に限られているそうで、現在もスペイン王室の保護下になっているのだそう。
【ドミニコ会修道士】=【ドミニコ会】
カスティーリャ人の司祭ドミニコ・デ・グスマンによって、1216年にフランスで設立。宣教・伝道・貧しい人々への奉仕を目的とする一方、学問と美徳にも力を入れていた。その為、そうそうたる著名人を輩出。
トマス・アクティナス《教会博士・哲学者》
画家の フラ・アンジェリコ フラ・バルトロメオ
やり過ぎて処刑された ジローラモ・サヴォナローラ など。
イタリア・フィレンツェ好きの人なら、サヴォナローラの名は御存じかと思います。 -
【アウグスティヌス修道士】=アウグスティヌス会
4世紀の人物・アウグスティヌスの戒律に従って、イタリア・トスカーナ地方の隠遁者たちが「修道生活の宗教的理想を都市部に持ち込み、修道士が使徒的立場で人々の要求に応えること」を目的とした、1244年に設立された托鉢修道会。こちらの出身者で有名なのは、宗教改革の火蓋を切った《マルティン・ルター》
【フランシスコ会】
1209年にイタリアのフランチェスコ・ダ・アッシジによって設立。
基本理念は、《イエス・キリストの生涯を範として、その福音を使徒と同様忠実に生き、ローマ教皇に対してはあくまでも従順をつらぬき、人びとに神の国と悔い改めを説くこと》で、個人として一切の所有権を持たず、他者の喜捨によって宣教活動を行った。ここで知られている人物といったら…コルベ神父かなぁ?
長崎で布教・哲学を教えるなどの活動をし、その後ポーランドに帰国したあと、ナチスのゲシュタポに捕まり、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所に送られ、他人の身代わりに餓死室へ。最期はフェノールを注射され殺害された。 -
【ヨハネの彫刻画】
何で、ヨハネだけ? …と思ったら、ココは San Juan=Saint John だった! それとヨハネのシンボルの「鷲」は、ココを建てたカトリック両王の紋章でもあったのね。なるほど~!! -
【メイン礼拝堂】
天井高~い!! また、トレド大聖堂と違って明るいしシンプル。 -
横を見ると、カトリック両王の紋章を描いたレリーフがある。
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ズームすると…こちらも漫画のような鷲が5羽ありました。
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【ムデハル様式の天井】
再度おさらい。
ムデハルとは、レコンキスタ後、イベリア半島に残ったイスラム教徒
モサラべは、イスラム教徒の支配下で暮らすキリスト教徒
モリスコは、キリスト教に改宗したイスラム教徒
これを覚えておかないと、訳が解らなくなる。 -
上に昇ってみた。幅2mも無く・長さもあまり無い空間でした。と、今更ながら気づく。修道院というと、修道僧の住む住居があるはずなんだけど、見てないなぁ~。それもそのはず。1809 年にナポレオン軍によって大きな被害を受け、修復は 1883 年に始まったらしいけど、完成したのはなんと1967年だったらしい。結構新しい教会だったんだ!! その間に修道院としては使われなくなってしまったのね。
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出口付近にあった、塗料が剥げ落ちている【カルバリーの丘】の壁絵。下にはドクロが横たわっている。
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【外装にあった鎖】
この飾ってある鎖、てっきりイスラム教徒やユダヤ人に嵌めたものかと思っていたら、レコンキスタの際にイスラム教徒に捕らえられたキリスト教徒が嵌められてたらしい。逆だった!! -
こちらの教会にも入って見たかったんだけど、時間切れ(-_-;) 既に入場時間は終わってた。元々はユダヤ人のシナゴーグだったらしいんだけど、ユダヤ人が追放された後、キリスト教会に変えられたらしい。
サンタ マリア ラ ブランカ教会 寺院・教会
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【散策中】
ユダヤ人の迫害って、11世紀の十字軍から広まったというけど、もっと前から始まっていたわけで…。ただこの話は、簡単には纏められないです(-_-;) 宗教戦争、同じ宗教でも争いが起きるのに、他の宗教なら尚更です。 -
【散策中】
こうして歩いている間でも戦争が起きているのに呑気なものです。ただ(戦争反対!!)とは思いません。自分の国が脅かされているのに、戦わないなんてあり得ないから。 -
エル・グレコ美術館にやって来ました・が、丁度閉めたところ。11月だと開いている時間が短くなるのでしょうがない。場所によっちゃ、冬季は週末しか開かない所も多し。
エル グレコ美術館 史跡・遺跡
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【散策中】
見晴らしの良い場所にやって来ました。あれはパラドールかなぁ? 自分の居る位置が判らないので何とも(笑) -
トレドの旧市街は坂が多いから、普段歩いていない人にはキツイかなぁ?
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【穴場のスポット】
狭い路地から見える鐘楼がいいのよ~!! -
昨年泊まった【アルフォンソ セスト】
ツアー利用だと、大体このホテルになるんじゃないかな? ツアーじゃなくても、日本人が多く泊まるホテルのようです。Sercotel Alfonso VI ホテル
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【秘密の場所からの眺め】
この場所は、観光客は知らない・来ない・居ない& 教えない(^^;) -
【陽が沈んで行きます】
今回は「パラドール・デ・トレドに泊まる」と判っていたものの、到着時間が早いなら、絶対旧市街のホテルのほうが良いと思う。丘の上じゃ散策しようにも大変だもん。私は2度目だからいいけど、初めて訪れた人は残念がっていた。ココがハズレた一点目。 -
パラドールのカフェテラスからの眺め。これから夕食です。
レストラン パラドール デ トレド 地元の料理
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【前菜はカポナータに似ていました】
夕食はB妻欠席。部屋で<どん兵衛>を食べるそうだ。B主人はとても大人しく、自分からは殆ど喋らない。ただお酒はお好きなようで、翌朝笑わしてくれた。 -
【メインは魚料理】
(明日の荷物出しは各自、ロビーでは無く、バスに詰め込み易い・廊下の一画に置くように)と指示があった。が、B夫妻はロビーに持ってくる。B妻(そんな話、あったの?!) 。B主人(全く記憶に御座いません)。アルコール3杯飲んだら、忘れるわナ。 -
【デザート】
このツアー、常連客夫妻が2組。各々控えめでは無い。ツアー4日目で早くも暗雲が流れる。 -
ライトアップも少なくなっていました。【この日までは未だ良かったんだけど】
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