2024/10/24 - 2024/11/08
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佐々の賢次郎さん
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初期王朝 ( 3000 BC頃 ) ; メネス王により上・下エジプトが統一され、メンフェスに首都を定める
古王国時代 ( 2650 BC 頃 ) ; ジョセル王の階段ピラミッドに続き、四角錐ピラミッドの技術を確立
中王国時代 ( 2060 BC頃 ) ; メンチュヘテプ二世によってエジプトを再統一、首都はテーベに
新王国時代 ( 1550 BC頃 ) ; アメンホテプ一世により、テーベのカルナック神殿建設に着手
末期王朝時代 ( 1080 BC ~332 BC ) ; 古代 ギリシャ王 ; アレクサンドロス により 制服される
11月 4日 (月)
08;45 分にギザ駅に到着した。 地下鉄に乗ってサダト駅で2号線から、1号線に乗り換えたつもりが元に戻ってしまった。ギザ駅の駅員はゲートを開けて通してくれた。他の人に聞きながらサダト駅で乗換えて、ナサレ駅に着いた。駅前の道路を渡り、歩きながら警察官に通りの名前 “26 July St” を確認しながらホテルに到着した。
一休みした後、十字軍を打ち破ったサラデインが 1176 年に建設した、城塞の ”シタデル“に行く事にした。タクシー代 \ 300 で行き、見あげた ムハンマド・アリ・モスク は トルコを思い出す。しかし内部は薄暗く細かい所は良く見えなかったが、全体の形状 ; 丸天井と尖塔(ミナーレ)はトルコのブルーモスクを彷彿させる。軍事博物館などは見る事が出来ず、モスクをひと回りして終わった。高台にあるので、カイロ市内が一望できるが、雨雲が広がって来て、エジプト初の雨となった。15分程度で止んだが、市内の彼方此方の道路で、水溜まりが出来て渋滞する事になった。
シタデルから、夕日が綺麗でカフェ、レストラン等があるアズハル公園に向かって歩いた。新道路が出来たので入口は北寄りになっていたが、丁度いい散歩コースだった。チケット売り場から入場口に行くと、バッグの中のカメラを見て¥900 ? 追加しますと言われた。 公園で入場料とカメラまで課金するのには納得できず、キャンセルして戻って来た。
乗ったタクシーは、地下鉄のナサレ駅横だと言って降ろされたが、通りに出ても見覚えが無かった。次に乗ったタクシーは途中で解らないと言って地下鉄に乗る様に言われてしまった。3台目のタクシーは、やっと見覚えのある通りに来たので降りたが、何とも残念な気持ちになった。
通りには多くの車が行き交っているが、家は5-6階建てのアパート形式がほとんどなので、駐車場は整備されてなく、メインの通りから脇道に入ると、両側に所狭しと (車間距離 50cm 程 ) 駐車してあり、更に二重駐車も多かった。その様な道路を、見事に通り抜けていく技は、とても真似できない凄い技術だと感心せざるを得なかった。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 3.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 鉄道 タクシー 徒歩
- 航空会社
- アシアナ航空 カタール航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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シタデルの入口付近
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チケット売り場に向かいます
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後方(南側)方向の一般道 と 高架橋道路 ; ともに多くの車が行き交っていました。
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ムハンマド・アリ・モスクが見えてきました。
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中庭 ; 結婚式なども行われるそうです。
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モスクの内部を通り抜けた南側の出口周辺 ; 奥の西側は カイロ市内が一望出来ました
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カイロ市内が広がっています。・・・ 残念ながらピラミッド迄は見えません
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雨雲の襲来 ; 15分程の雨に遭遇しました。・・・ 雨は想定外でした。
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丸天井の屋根 と 尖塔(ミナーレ) は とても印象的でした。
雨後の水溜まりが見えます。 -
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シタデルから出て、西側に向かって下って行くと、全貌が見えてきました。南側から見上げています。
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ホテル直近の地下鉄駅 “ナサレ” 周辺の景色
路上に商品を並べて売っています。場所によっては床一面に並びます。 -
車が行き交って大変ですが、横断する人も大変です ・・・ 渡る人の後について行きました。
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カイロに市内に信号機はありません。 ルクソールでは 2 ~ 3 カ所に信号機がありました。
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11月 5日 (火)
待望の “黄金のマスク” と 対面!! -
考古学博物館へは、ホテルから歩いて20分程で到着しました。
バスが続々と入ってきて、チケット売り場は多くの人が並んでいました。入館すると、入口の正面;ツタンカーメンの椅子がありました。狩猟などの屋外で使ったらしい。 カメラは、ツタンカーメンの黄金のマスクを除いて、フラッシュ無しで使用可能だった。展示区画の表示は番号と、貴重な区画は氏名の表示が有りました。 しかし、名前を聞いても判らないし、数も多いし、色とりどりで、 5,000 年の歴史は偉大だと感じました!!
此処でも、スフィンクスのお出迎え! -
奥側の二階から 正面の入り口方向を見ています
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入り口上の二階 から 奥の方を見ています。四角錐の石は ピラミッドの頂部です。
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ツタンカーメンが使用していた椅子 ; 屋外用だったようです。
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1922 年 11月 4日 ツタンカーメンの墓 で 発掘されたものです。
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カフラー王の像
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アメンホテプ三世 と 王妃 ティイ の像 ?
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ラムセス三世の両側に、セト神とホルス神?
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誰でしょうか? 綺麗な形で色鮮やか!!
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人型棺が沢山並んでいました。
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誰でしょう?? 保存状態が良ければ!!
王冠が素晴らしいですね! -
プスセンネス Ⅰ世 1051~1006 BC
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首飾りが綺麗な状態で見つかっています。
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ルクソールの南、アスワンから南の隣国スーダンにかけては、金や銅などの鉱物資源に恵まれ、古代では 重要な土地だったようです。 この様な背景があるので 金の装飾品が多いのも頷けます.
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いよいよ ツタンカーメンの黄金のマスクです
* ツタンカーメンは トゥト アンク アメン とも 呼ぶそうです -
ツタンカーメンの王座
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ツタンカーメンの王座 ; ひじ掛けは;広げた翼 脚は;ライオンの四本足
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ツタンカーメンに手を差し伸べる、妻;アンケセナーメン ; 鮮やかな色 3000 年前とは!!
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草 履 ; 形が見事ですね!縁どりも素晴らしい。
レリーフの中にも、これを着けた絵が多く有りました。 -
展示室は撮影禁止なので、一階のモニター画面から撮りました。
1341 ~ 1323 BC の短い栄光の時を刻んだ ツタンカーメン ! -
余暇に、楽しんでいたのでしょうか?
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楽器を 奏でていたのですね。
ツタンカーメンの“黄金のマスク”を、この目で見ることが出来て満足しました。
地下鉄路線図 -
11月 6日 (水)
昨日、昇降口を確認する為Nassor駅に行き、若い人にマップを見ながら確認した地下鉄1号線に、乗り込んだ。地下鉄は、ドアの上に電子表示板があり、進行方向に点滅し駅名も表示され、安心できた。しかし、女性専用車両の表示を見落していた為、1列車見送った。
鉄道駅ではホームの番号、隣の駅表示、入線する列車番号等々全く分からず戸惑ってしまった。
チケットの列車番号を見ながら、入線してくる車両に記されている番号と見比べて確認したが!
地下鉄は数分間隔で運行され運賃も格安で便利だった。カイロは広大でタクシードライバに メトロ駅名を伝えても把握していないのが普通の状態だった。
09:30に出発し、15分程で Mar Girgis に到着した。教会の方向に向かったが高い塀が続いていたので、近くの人に聞くと 「左側から下に降りるよ」 教えられた。近づくと観光客も大勢来ていた。
階段を下って奥に進んで行くと、ネットで見た入口が見つかった。
エジプト最古の教会と言われるが、現在の天井は木材で組み上げられ、正面上部にはステンドグラスも見えた。礼拝堂の正面の左右に出入り口があり、階段を降りて行くと生活空間と井戸も有った。
此処で生活していたとは!! 2000年前の話だが!!
ユダヤの ロデ王 の迫害から逃げて来た聖家族がカイロにも滞在していた!! -
メトロ駅から100m程の所に有った
地下への下り階段 -
曲がり角
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聖母マリア と 幼子 キリスト?
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教会の入口 に着きました
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アラビア語の説明書で??
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教会の内部 外壁はコンクリートで屋根部分は木材
正面の両側に地下に下りる階段が設けてあります
欧米人の観光客は、十字を切ってお祈りしていました。 -
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洞窟教会への下り階段です。 説明書きがありました
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井戸を覗いてみました
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地下の生活空間
中央部分に机がありました。 -
左奥と中央部
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右奥; 扇風機が
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名前は分かりませんが ??
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11月 7日 (木)
出国の日、12:55発の便に乗るため、 09:30 に送迎車を予約していたが、出国するまで運転手が決まっていかった。チョット心配だったが、ホテル入口まで降りて行くと ”空港サービス” と書いたバンが停まっていた。早速乗り込み、出発して貰うと、渋滞の道路を巧みに切り抜けて、空港に到着し第2ターミナルの横につけてくれた。荷物検査で、カメラのことを何か言われるか心配していたが、スムーズに通過でき、全てクリヤになり一安心。
残ったエジプトポンドは、両替出来ないのでお土産を買って使い切りました。
“
16:55 ドーハ空港に到着 ; 隣の女性が 使用しなかった “ブランケット” を袋に押込み持って行ったが、 無事に通過出来たのかな??
19;00 ドーハ空港発 翌朝 09:55 仁川空港到着 ; 往路の飛行機で賑やかに振舞っていた韓国人の男性が、偶然にも同じ飛行機に乗り込んできて ハイタッチ。
12:40 仁川空港発14:30 福岡空港着 ; 入国審査はパスポートを機械にかざして通過、韓国の高校生の集団が乗り込んできたので、バッグの受け取りまで1時間弱掛かった。
高速バスに何とか乗り込み、予定通り到着できた。
** 振り返ると、色々ありました
ギザのピラミッド観光では、詐欺師が暗躍するので7時前がいいよ! と書き込みが有ったので、早朝から入場したので、会う事はなかった。
しかし。サッカラでは 1 : ミネラルウオータ6本を ¥600 と5倍の価格で! 2 ; ホテルで、ここは古いので同族のゲストハウスにと言われた、booking には 来なかった! と報告され、ホテル代は支払われていた。 3 ; レストランでは \ 900の料理に付いていたコーラを追加すると¥500- 追加料金の請求があった。
しかし、それ以降は詐欺師には会う事は無かった。
移動では、トクトク、馬車、自転車を使い格安で済んだ。
観光中に声を掛けられ、チャイナ、コーリヤ と聞かれると,私は エジプシャン と何時も答えていました。すると、笑いながら話が広がりました ・・・ 続いて、ジャパンと聞かれる事は2割ぐらいでした。
顔を合わす多くの人から、タバコを差し出されました。私は断りましたが、喫煙率は高いと推測されます。アルコール禁止のイスラム教の国なので、タバコが楽しみなのかな!!
いずれのホテルも、朝・昼の室内温度は 25℃ で一定だったので、本当かなと息を吹きかけ上昇するのを確認する事が数回ありました。
エアコンも扇風機も、使うことは有りませんでした。しかし、屋外は 30 ℃ 位はあったでしょう。
蚊取り線香も使うことはありませんでした。
道路の要所要所に、警察官がいたので ひったくりや 泥棒などは見かけず安全でした。
隣国、イスラエルで戦争が起こっているので、特に警戒が厳しかったのでしょう。
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