2024/10/24 - 2024/11/08
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佐々の賢次郎さん
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ダハシュール、サッカラ、ギザのピラミッドを訪ねて、砂漠の中を歩き回りました。その後は、寝台列車でルクソールに行き、王家の谷やカナルック神殿、ルクソール神殿、等を見学して再び寝台列車でカイロに戻りました。
カイロでは、待望の黄金のマスクを目の当たりにして感激しました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 3.0
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 鉄道 自転車 タクシー 徒歩
- 航空会社
- アシアナ航空 カタール航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
!砂漠にピラミッドを訪ねて!
ヒマラヤ山脈の 次に行きたいと思っていた台湾、特に花蓮は以前仕事で数日滞在し、現地の人に太魯閣渓谷に連れていって貰って感動した。そして高雄に行き仕事を済ませ、台北から帰国した。
今回は、台北から台中・高雄・花蓮・基隆等をゆっくりと廻ろうと思っていた。しかし、地震が直撃したので、花蓮はかなり制限が出そうだ。また、台湾のホテルはかなり高額で1ヶ月滞在は、予算的にキビシイと思っていた。
テレビの番組で ハワード・カーター(イングランド人)が、ルクソール (新王国時代に首都が置かれ“テーベ”と呼ばれた) で ツタンカーメンの墓を発見した経緯を放送していた。イギリス人貴族から発掘の資金援助を受けて、ルクソールの王家の谷で発掘を続けたが成果なく、最後の年となった。1922 年に、未発見の若干 18歳で亡くなった、ツタンカーメンの “黄金のマスク” を着けたミイラを始めとする副葬品の数々を発見し、「世紀の発見」 と称賛された。
ハワード・カーターは執念を持った魅力ある考古学者だったと思える。
航空券を EXPEDIA で色々見ていると エジプトが 11万と出てきた。
ネパールまで5000km で 5万円;(中国東方航空の最安値)、エジプトまで 1万kmで11万は格安と考えられ、ピラミッドを巡るのも面白いと思って、エジプトを色々と調べると、ピラミッドは最新の調査で138基が確認とあったので、どの位見る事が出来るか、廻ってみようと計画を始めた。
Bookingにも記載のピラミッドの中心地 「サッカラ」 のホテルが、google翻訳付きでホームページを作っていたので、早速問合せしてみた。・・・ しかし 返信が無く 英語やアラビヤ語や口語に変換して、短文にして問い合わせたが、これでもダメだった。
ギザの近くのホテルが、貸出し自転車の記載が有ったので、ここに泊まって自転車で3日間、10、20、30kmを往復してピラミッド巡りをする事にした。自転車に乗ったのは、2022年にマナスルトレッキングした後、カトマンドゥ北部のブダニールカンタ寺院 (約15 km) に行った時に使った時以来で、エジプトは世界一のナイル川に沿っているので、高低差が少ないので、急がずゆっくり走る事で廻ろうと考えている。
現地でグーグルマップが使えれば良いが、心配なのでストリートビューを開き自転車で走るイメージで、繰り返し見る事でイメージを頭に植えこむ事にした。
しかし、3日間で150km 程の走行は大変! 2日目はダハシュール近くのホテルに泊まり、3日目は戻るだけ! ・・・ 等 計画したが、ギザのホテルをキャンセルして、サッカラで安いホテルを探す事にした。之で最南端まで行く日だけが、 30km 走る程で、他の日はゆっくりと徒歩で巡る事が出来る程になり安心出来た。現地の、レンタル自転車は色々問い合わせたが返事が無かった。それで、4-Travel に質問を投稿して、4名の方から詳しい説明を受けたので、ピラミッド域内を徒歩で歩けるので頑張ってみようと思った。Googleで ストリートビュー を見ると、ホテルから500m程の町中の市場近くに、トクトクの待機場所らしきものが有り6台が確認できたので、トクトクを往復に使用して移動すれば、安価で時間節約にもなり、体力も温存できそうだ。 一安心 -
タクシーの1日貸し切りが、70 US$ だと投稿があったが、トクトクだと格安で済みそうだ。
出発する10日前になって、自転車は準備出来ないので、運転手付きの車を使うように連絡が来たが、歩いて “ウオーキング” で行くので車は不要と返信した。・・・ 連絡が遅い!!
ピラミッドの分布を地図に書き込んだものと、現在のレートに合わせた “エジプトポンド、US$、日本円”の比較表を準備した。これを見せながら、話をする事にした。
空港からのホテルまでの移動は、Booking で予約したが、VIZA手続き、荷物受取り、外貨両替、電話用SIM交換などを考えると、Bookingが “到着から45分間待機します” とする事では、此のカイロ空港では通用しないと思われたので、キャンセルして到着から1時間後から45分待機して貰う条件にして再予約した。 ・・・ 運転手は変更無かった。
エジプト南端の、アブシンベル神殿に行くため交通手段を調べると、アスワンからバスツアーで行くのが (往復11時間程)一般的で安価なので、アスワンのホテルを 2泊予約した。
航空券をExpedia で手配し、ホテルをBookingで予約し、残りの南北移動は 寝台車にして予約しようとしたが、7月時点では10月の便は未掲載だった。
寝台列車の予約は Abelatrains.com で1カ月前から受け付けると ネット で見たが その予約方法が非常に面倒くさいと有ったので 試しにトライしたが まさに同じ入力の繰り返しで!!
若奥さんに何度も、色々とアドバイスを貰い入力すると、スムーズに進んだ。が 支払の段階でカード会社のブロックが掛かっていて カード会社とチャットでやり取りした。 すると、専門家が解除操作するので料金を支払う様に指示が出たが・・・ 無視して切断した。
後日、使用可能との連絡があり、再入力して、カイロ ~ アスワン、ルクソール ~ カイロ の乗車券を取得できた。 50日前だったが アスワン行きが “残り23席目” カイロ行が “残り78席目”だった。早目に確保出来たので 之で一人旅は何とかなりそうだ!!
帰国までの間、カードのブロックを解除して貰らわないと、現地での決済がカードのみ ( 観光施設窓口での抜き取りが多いのかな?) なので、身動き取れないと説明して処置して貰った。
9月24日に エジプトの日本大使館からメールが入り, アスワン県で原因不明の下痢・嘔吐などの症状が数百件、その内60人が入院と注意喚起があり、基本的な衛生対策を徹底するように連絡があった。・・・ 1ヶ月で原因調査と対策が完了するのは難しいと判断し、残念ながらアブシンベル神殿行は断念し、ホテルをキャンセルして、列車はルクソールで下車して5日間滞在する事に変更した。
石破総裁になると、株安・円高( 142/$ )となったので13万円をドルに両替した。出発する日には円安傾向 (152/$ )になっていた。心配していた台風の発生もなく晴天の日の旅立ちになった。 -
10月24日 / 20;40分 福岡空港発のアシアナ航空で仁川へ。 3時間後、カタール航空に乗り換えドーハ空港へ、3時間後、カタール航空でカイロに12時10分に到着した。
10月25日 (金)
ビザ申請の25ドルカードを購入して入国審査を済ませたが、これまでに1時間以上掛かってしまった。スマホのSIM購入しようと並んでいたが、1人あたりの時間が長いのでピックアップ時間を考えて断念した。外に出て名前札を見つけて車に乗り込んだ。
外貨両替を運転手にお願いし、途中のATM で100 $ 両替を済ませた。ホテルに到着し荷物を部屋へ運んだが、Sakkara○○○○○○○○主人が来て階下に連れられて、崩れている天井を見せられ「危険だから同族のホテルに移ろう」と言われたが、直ぐに壊れる事は無いので大丈夫、と言ったが、荷物を持って車に積み込まれた。近くのホテル(Seror Guest House)に連れて行かれた。私は明日の移動を考えて、市場近くの、トクトク運転手に地図を見せてダハシュール、サッカラ、ギザへの移動について料金などの話をして確認をしていた。すると、ホテルの主人が来て「大変なので直ぐ帰ろう」と車に乗せられた。宿に戻ると、支払ったお金を返され泊まれないと追い出された。一人付いて来て「Sahure Pyramid View」を紹介された。
・・・ 運転手付きの車を使わなかったので拒否されたようだった
・・・ しかし booking には 本人は来なかったとして料金は支払われていた。
10月26日 (土)
8時に朝食を済ませ、市場傍でトクトクに乗り込み、ダハシュールまで行きチケット売り場で、運転手に場内迄行く様にお願いしたが断られた。
チケット売場から歩いていると後ろから来た車が止まり「乗って行かないか」と言われたので屈折ピラミッドの駐車場まで乗せて貰った。距離があったので助かりました。
高所に行くと目の前に広大な砂漠が広がり、初めて見る光景に感動しました。 -
スネフェル王 2613 – 2589 BC(屈折ピラミッド)189mW 105mH L ; 54° U ; 43°
下部の傾斜 54度のままであれば非常に高いく尖ったピラミッドになった様だ。 -
内部に入れるので、少し下ってみたが高さが無く50m程で断念しました。
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赤ピラミッドを覗みながら写真を!!
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崩落を防止するために 補修の工事が続けられています。
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屈折ピラミッドの南側にサテライトピラミッドが有りました。
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数キロ先に黒ピラミッドが見えますが、禁止区域なので近ずけません
アメンエムハトⅢ世 1842 ? 1799 BC(黒ピラミッド) -
続いて赤ピラミッドに向かいます。
スネフェル王 2613 – 2589 BC (赤ピラミッド) 220mW 104mH
二等辺三角形の真正ピラミッドとしては最古のものですが、傾斜角が緩やかなので
大きく見えない!! -
この広大な砂漠を監視するのは大変だなと思います。
ピラミッドから離れた所に移動していると、警察が来て戻る様に指示されます。 -
チケット売場から振り返ると、少し盛り上がった所が見えたが配置的には、
アメンエムハトⅡ世 1929 – 1895 BC(白ピラミッド)の様だった。 -
帰りは出口から歩いていると、前後に7~8歳位の子供を二人載せたバイクが止まり、中心部まで乗せてくれました。有難う;数キロは有ったようだ。
其処では直ぐにトクトクが見つかり乗りこんだ。
しかし、運転手の知人が乗り込み、賑やかに喋りまくる事が度々あり、楽しませてくれた。 -
市場傍に戻って、スマホの SIM 交換をするため紹介された店に行ってお願いした。 30分程かかったが無事完了。日本に電話がつながり一安心。チャージは? 聞いたが “NO” と言われた。
近くのレストランで食事を済ませホテルに戻った。
身体を洗ったが、砂漠では10 m/s 位の北風 ( 砂漠の高気圧から噴き出す風;ハルマッタン ) が吹くのであまり汗をかく事もなかった。
ナイル川では常に北風が吹くので、船で川を上る場合は帆を揚げれば風の力で上り、下る時は川の流れに乗って航行出来たそうだ。ナイル川は雨季には肥沃な土壌も運び農業の原動力となり、この恩恵を享受できたエジプトの人々は、豊かな生活を満喫していた様だ。 -
10月27日 (日)
8時予定の朝食が遅れたので、持参したカルパス・羊羹で済ませ、市場傍でトクトクに乗り込み、サッカラのチケット売場に行ったが多くのバス・車が並び、30分掛かって入場出来た。入場切符の種類が多くて判別できず、階段ピラミッドとイムホテプ博物館のチケットにした。 -
チケット売場の前から、階段ピラミッドを目指して砂漠の上を歩き始めた。
砂の粒が細かいので靴が沈み込む感じになる。
ジョセル王 2668 - 2649 BC (階段ピラミッド) 140x128mW 60mH
最古のピラミッドで4700年 も前に造られたものとは? ・・・凄い!! -
此処ではピラミッドの、北側/葬祭殿、東側/上神殿と其処からの参道の先に、下神殿(ナイル川の船着場)、などはピラミッドコンプレックスと呼ばれている様です。
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参道と言っても列柱殿が素晴らしい!!
圧倒されます。 -
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ピラミッドコンプレックスの説明図です。
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内部に入れ無いので分かりませんが、ピラミッドの北側にあるので “葬祭殿” でしょうか?
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ギザではラクダに乗るのも高額だそうなので、此処で写真を撮る事にしました。
料金は 10分程乗って写真を撮ってもらって2ドルでした。 -
ここサッカラは、10カ所以上のピラミッドがあるので楽しみにしていましたが、階段ピラミッド以外は閉鎖されていました。
北側の先にアブシールのピラミッドが見えます。
左から ネウセルラー王 2453 - 2422 BC
中央は ネフェリルカラー王 2477 - 2467 BC
右奥は サフラー王 2491 - 2477 BC -
アブシールのチケット売場(現在は閉鎖中)脇から見た、左はネフェリルカラー王 2477 - 2467 BC と 右側は サフラー王 2491 - 2477 BCになります。
夕方からは係員も居なくなるので、中に入って登っている人を見かけました。
チケット売場の方に降りて行き、イムホテプ博物館に入ってみました。 しかし、内部での写真撮影は禁止されていた為、展示物の内容は頭に残っていません。 -
帰りは、メンフェス博物館に寄りました。ここで見たラムセス二世の優しい顔に癒された。
上下エジプトを統一した( 3000 BC )メネス王によって、古王国の首都となったメンフェスですが、
テーベ(現 ルクソール)に首都が移転してからは、衰退してしまった様です。
今日の移動はトクトクで合計3ドルでした。 -
ラムセス二世の展示場でした。テーベから巨像を運んで権力を誇示したのでしょうか?
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アラバスター(白色鉱石)製のスフィンクス
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アブシールの朝日
ギザのホテル屋上からの眺め -
10 月 28 日 (月)
ホテルの人は9時になっても起き出さないので、荷物を持って玄関先でトクトクに乗り込みギザへ向かった。 計画では、今日はアブシールのピラミッドを廻る予定だったが、閉鎖なので断念しました。
ホテルに荷物を置いて、周りを散策しました。馬車、ラクダ、トクトクが行き交うのを見ているだけでワクワクする雰囲気になりました。コシャリ屋もありましたが、パンが美味しそうだったので明日の朝食まで買い込みました。色んな店があり、目を引いたパピルスの絵を見せて貰い、お土産に3枚買いました。
日本に電話しようとしたが接続できず、アラビア語のメッセージが表示されたので、ホテルの人に見て貰うと近くの店に連れて行かれ、 600 ポンド (\ 1800 ) チャージする事になりました。 -
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ホテルの屋上は、テーブルが並びピラミッドを見渡せる絶好の場所でした。
夕日が沈む西側の砂漠方向は、死者の領域とされていて、一般の人の墓も点在しているようでが。立ち入り禁止区域になっています。 -
10 月 29日 (火)
06:00 時にはチケットを購入して入場した。チョット早いかと思ったが多くの人が詰めかけていた。
スフィンクスの方に向かい正面から見あげたが、思っていた感覚では 「物凄く威圧感を感じる程大きい」
に比べ 20m 程の高さだったので 「小さいな!」 と感じた。しかし、優しい顔立ちでした。 -
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登って行き、最大の高さを誇る “クフ王のピラミッド” へ向かいました。
クフ王のピラミッド 2589 – 2556 BC 230mW 147mH -
朝焼けのクフ王のピラミッド
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東側にある 女王のピラミッド
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女王のピラミッド
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カフラー王のピラミッド 2558 – 2532 BC 215mW 143mH
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頂上部分に化粧板が残っていますが! 4500年前の物です・・・凄いの一言です。
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あちこちに、化粧板などが脱落していました。
・・・ 地震が無いので4500年も耐えたのかな? ・・・ 日本では考えられないようです。 -
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メンカウラー王のピラミッド 2532 – 2504 BC 108.5mW 70mH
規模は小さいし、造りが荒いようです ・・・ 財政が厳しかったのでしょうか? -
反対側からの眺め
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女王のピラミッドです。
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西側の絶景ポイントへ行ってみます
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大勢の人がラクダや馬に乗って楽しんでいます。
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観光バスが並んでいますが、1万人以上は来ていたようです。
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ここからは全部のピラミッドが一枚に収まります。
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チケット売り場から場外へ出ました。
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ホテルに預けたバッグを受け取り、タクシーでカイロのラムセス駅に向かいました。
駅の窓口で、Abela のチケットを見せて入場するつもりでしたが、返されました。何で!!
たまたま傍に居た、日本語の分かる女性が出発駅は、別の所だよと “Bashtil Station”と 紙に書いてくれました。本当に助かりました。有難う!!
・・・ 今回の旅で、日本語で対応してくれた唯一の人でした。
時間に余裕があったので良かった。 早速タクシーを拾いそちらに向ってもらいました。
そこは、最近使用が開始されたようで、場内は大きいモニターがあり、大きい柱が並び、まるで神殿と思うような駅舎でした。暫くすると多くの人で、椅子がいっぱいになりましたのでチケットを見せてホームに入りました。 しかしホームの番号などの表示は無く、傍に居た人に確認をして待つ事にしました。
19:45 発の時間が近くなると、欧米人も多くなり安心感が増して来ました。
その人達は、アスワンに行くと言っていましたが?
私には、大使館から旅レジを通じて アスワン県で下記の病気が蔓延しているとメールが届来ました。
「アスワン県で原因不明の下痢・嘔吐などの症状が数百件、その内60人が入院」
それで、アスワンのホテルをキャンセルして、ルクソールでの滞在に切り替えました。
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