2022/12/02 - 2022/12/02
4544位(同エリア5999件中)
ちふゆさん
2022年12月2日(金)12時前、秋篠寺拝観を終えて、少し東にある五社神古墳へ向かう。この間は1972年に奈良市が定めた歴史の道の一部(下の写真1)。歴史の道は奈良市の周りを一周するウォーキングルートで、全長27km。秋篠寺から五社神古墳はその北西部にあり、秋篠寺から南は西大寺に通じ、五社神古墳から南東の佐紀盾列古墳群に通じる。
西大寺
https://4travel.jp/travelogue/11782850
佐紀盾列古墳群
https://4travel.jp/travelogue/11786912
秋篠寺から北東に進むと奈良大学附属高校の前を通る(下の写真2)。文字通り、私立の奈良大学の付属高校。1925年(大正14年)に勤労青年のために西ノ京の薬師寺の境内に設立した、無月謝・夜間制の南都正強中学がルーツ。「正強」は文豪・徳富蘇峰の「心身共に正しく強く」から来ている。
1927年(昭和2年)に西大寺東町に移転。その後、奈良県正強中学校を経て新制の奈良県正強高校となり、1969年に正強高校となる。この年に奈良大学が開学するが、現在の校名となったのは1996年で、この時、現在地に移転した。
当初は男子校だったが、1957年に共学化。普通科に加えて商業科、電気通信科、電子工学科、自動車工学科などを置いていたが、現在は普通科のみで、特進コース、文理コース、標準コースの3コースがある。
野球部は、2015年には春の選抜高校野球に、2018年には夏の選手権大会に出場し、2018年に山形県代表の羽黒高校に4-1で勝利し、全国大会初勝利を挙げている。この時のエースは、佛教大学を経て現在ホークス所属の木村光投手。現在プロ2年目の24歳だが、まだ1軍登板がない。
その他、2010年から3年間、京都サンガに在籍した(全く覚えてない)GKの児玉剛選手(現在36歳、FC東京所属)も卒業生。ただし高校のクラブでなく、サンガユースでプレーしていた。2014年から2018年の愛媛FC、モンテディオ山形時代は正GKとしてプレーした。
奈良大学附属高校の途中から山陵町に入る。江戸時代には山陵村だったところ。周辺に数多くの古墳があることから、古墳の別称である山陵(みささぎ)と呼ばれた。1889年(明治22年)の町村制の施行で、周辺5村と合併して平城村となり、1951年に奈良市に編入され、町名として残った。
奈良大学附属高校の前を北のピークとして南東に進んでいくと五社神(ごさし)古墳に出る。佐紀盾列(さきたてなみ)古墳群(西群)を構成する古墳の1つで前方後円墳。その名は、かつて後円部墳頂に五社権現の祠があったことから来ている。全国では第12位の規模の古墳で、古墳時代中期初頭の4世紀末葉頃の築造と推定されている。
実際の被葬者は明らかでないが、江戸時代末の1863から1864年に行った文久の修陵時に神功皇后陵とされ、明治期に宮内庁により狭城盾列池上陵として、第14代仲哀天皇皇后の神功皇后の陵に治定された。
神功皇后は三韓征伐で知られており、私の住んでいる京田辺にもまつわる場所が多く残っていることは書いた。
https://4travel.jp/travelogue/11627216
神功皇后陵は日本書紀などでは狭城盾列陵や楯列北山陵とされ、南に続く佐紀盾列古墳群の佐紀石塚山古墳(成務天皇陵)や佐紀陵山古墳(日葉酢媛命陵)が治定されていた時代もあった。
五社神古墳の墳形は左右非対称の前方後円形で、前方部を南方向に向けている。墳丘は後円部が4段築成、前方部が3段築成。墳丘長は推定復原で267m。墳丘周囲には周濠が巡らされているが、元来は周濠を伴わず、現在見られるものは後世に形成されたものと推測されている。
奈良大学附属高校前から後円部の東側に出、南に進んで周濠を過ぎ、次の丘の途中にある入口から拝所にお参りする。本当は誰のお墓なんやろうねえ。発掘調査すれば分かるかも知れないのに、宮内庁がさせないのよね・・・
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.27399945026315495&type=1&l=223fe1adec
帰りはまっすぐ西に進み、奈良競輪場を横切る。奈良競輪場は奈良県が所有・主催する競輪場で正式に奈良県営競輪場。1周333mで、1950年開設。特別観覧席以外は入場無料。写真では分からないが、歩いてきた東側のエリアには1954年まで奈良競馬場があった。奈良大学附属高校前の緩くカーブした道は第1コーナーから第2コーナーの痕跡。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.27399960989647232&type=1&l=223fe1adec
12時半になるので、近くで昼食にする。秋篠寺から750mほど西の大和中央道の手前にあるカフェとお弁当の店、スギノコ。2018年にオープンした店で、モーニングからサラダバー付きランチ、珈琲や各種ケーキ等を提供している落ち着いた雰囲気のカフェ。弁当やオードブルなどのテイクアウトも充実しているとのこと。
黄身出汁醤油漬けのおにぎり、しめじと油揚げのおにぎり、豚バラ大根、穂先メンマとカニカマきゅうりの和え物、だし巻き卵、鱈のフリッターねぎだれ、フルーツの乗った週替わりランチプレート、生野菜サラダボウルとほうれん草とシイタケのお味噌汁付を1000円で戴く。美味しかった。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.8612352225501392&type=1&l=223fe1adec
なお、大和中央道だが、高の原の南西、ならやま大通りとの交差点から近鉄奈良線の大和西大寺と菖蒲池のちょうど中間辺りまで通じる約4.6kmの4車線(南側450mは2車線)の道路。
元々は大和郡山市の大和郡山広陵線(約6km)と繋がる計画だったが、阪奈道路との阪奈宝来交差点から大和郡山市の城大橋東交差点までの区間(3.7km)の計画は廃止された。近鉄奈良線から菅原町までの若葉台区間(1.2km)は未着工で、事業費が約200億円とされ建設はかなり難しい。
食事後は大和中央道を北に走り、奈良から京都に戻る。大和中央道はそのままけいはんな学研都市まで続く奈良精華線になる。けいはんな学研都市は正式には関西文化学術研究都市で、大阪府、京都府、奈良県に跨る京阪奈丘陵に位置する広域サイエンスシティ。1994年に都市びらきが行われ、総面積約15,000haの中に12の文化学術研究地区を分散配置している(2地区の整備は未着手)。
京都市・大阪市の中心部から30km、奈良市の中心部から10kmの圏内に位置し、150を超える研究施設、大学施設、文化施設などが立地し、各立地施設における就業者数は概ね1万人で、文化、学術研究等の分野で顕著な成果を上げている。
現在整備されている10の文化学術研究地区の中心となっているのが京都の木津川市と精華町に跨る精華・西木津地区。木津川台、光台、精華台の3区域で構成されているが、この3区域の真ん中を東西に走るのが精華大通り。
北上してきた奈良精華線を精華大通りで右折すると、約2km、メタセコイヤ並木が続く。メタセコイヤ(Metasequoia)はアケボノスギとも呼ばれるヒノキ科メタセコイア属の落葉針葉樹。メタセコイア属は化石植物として1941年に提唱されたが、そのすぐ後によく似た植物が中国で生き残っていることが発見されたため、生きている化石とも呼ばれる。
針葉樹としては珍しく落葉し、紅葉し始めは短枝に緑色が残るが、時間が経つに連れて淡い橙色からレンガ色、赤茶色へと色が濃くなり美しい。日本紅葉の名所100選に選定されている滋賀県高島市のメタセコイア並木や、東京都葛飾区の水元公園の「メタセコイアの森」などが有名だが、この精華大通りの紅葉も美しい。ただし、この時はもうちょっと遅かったな・・・
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.8612334125503202&type=1&l=223fe1adec
以上
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
奈良市(奈良) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 奈良秋篠
0
2