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 その4では大分県日田市から八女市の矢部川上流部を経由して、熊本県の玉名市そして大牟田へ向かいます。道中には名工一族の架設した石橋やRCアーチの古橋、ドイツ製トラス等も。後半は三井三池炭鉱関連の遺構を中心に観て廻ります。<br /><br />その3はこちら⇒https://4travel.jp/travelogue/11919973

◆福岡県の橋梁等を巡る旅◆その4

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2024/06/03 - 2024/06/08

48位(同エリア158件中)

ブリッヂ・トレック(橋梁旅行)

ブリッヂ・トレック(橋梁旅行)さん

この旅行記のスケジュール

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 その4では大分県日田市から八女市の矢部川上流部を経由して、熊本県の玉名市そして大牟田へ向かいます。道中には名工一族の架設した石橋やRCアーチの古橋、ドイツ製トラス等も。後半は三井三池炭鉱関連の遺構を中心に観て廻ります。

その3はこちら⇒https://4travel.jp/travelogue/11919973

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
10万円 - 15万円
交通手段
レンタカー 徒歩
  • JR久大本線 【筑後川橋梁】<br />1932年(昭和7年)頃竣工、下路ワーレントラス橋他<br /><br />大肥川橋梁と同様、こちらも川崎車輌製。<br />同社橋梁製造は1927年~1937年の間のみとか。

    JR久大本線 【筑後川橋梁】
    1932年(昭和7年)頃竣工、下路ワーレントラス橋他

    大肥川橋梁と同様、こちらも川崎車輌製。
    同社橋梁製造は1927年~1937年の間のみとか。

  • 九州電力【夜明ダム】<br />1954年(昭和29年)竣工、重力式コンクリートダム<br /><br />ダム建設中に昭和28年西日本水害により被災、未完成なので作動できない水門もあり3門が流失したそうです。

    九州電力【夜明ダム】
    1954年(昭和29年)竣工、重力式コンクリートダム

    ダム建設中に昭和28年西日本水害により被災、未完成なので作動できない水門もあり3門が流失したそうです。

  • 【三隈大橋】<br />1953年(昭和28年)竣工、下路ワーレントラス橋<br /><br />筑後川水系の三隈川に架かる古橋。<br />カンチレバーかと思いきや3径間連続トラスでした。

    【三隈大橋】
    1953年(昭和28年)竣工、下路ワーレントラス橋

    筑後川水系の三隈川に架かる古橋。
    カンチレバーかと思いきや3径間連続トラスでした。

  • 灯籠の様な親柱が素敵です。

    灯籠の様な親柱が素敵です。

  • 斜材等にはチャンネル内側にプレートを加え架設時から当て板補強されている物もありました。

    斜材等にはチャンネル内側にプレートを加え架設時から当て板補強されている物もありました。

  • 製作は日本橋梁。

    製作は日本橋梁。

  • 【石岡橋】<br />1961年(昭和36年)竣工、下路プラットトラス橋<br /><br />歴史的鋼橋調査台帳によると、1890年(明治23年)英国パテント・シャフト社製のトラスを改造したもの との事。

    【石岡橋】
    1961年(昭和36年)竣工、下路プラットトラス橋

    歴史的鋼橋調査台帳によると、1890年(明治23年)英国パテント・シャフト社製のトラスを改造したもの との事。

  • ピン周りに沈頭鋲!<br />添接板の斜めの切欠きが如何にも英国っぽいです。1959年(昭和34年)竣工の日向神ダム建設の際、水没する橋を改造して移設したという説があるようです。

    ピン周りに沈頭鋲!
    添接板の斜めの切欠きが如何にも英国っぽいです。1959年(昭和34年)竣工の日向神ダム建設の際、水没する橋を改造して移設したという説があるようです。

  • 雑な改造で兎に角通れればよいといった感じの残念な状況でした…何故格間長をいじる必要があるのか…

    雑な改造で兎に角通れればよいといった感じの残念な状況でした…何故格間長をいじる必要があるのか…

  • 【立門橋】<br />1860年(万延元年)竣工、石積アーチ橋

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    【立門橋】
    1860年(万延元年)竣工、石積アーチ橋

  • 下流側に突起がある独特な石橋!<br />増水時の倒壊を防ぐ為の補強が目的とのこと。<br />

    下流側に突起がある独特な石橋!
    増水時の倒壊を防ぐ為の補強が目的とのこと。

  • 側面には漆喰で「立門」の文字が描かれているのも独特!<br />石工長は通潤橋にも携わった名工橋本勘五郎氏の兄、卯市氏(宇市、宇一とも)。

    側面には漆喰で「立門」の文字が描かれているのも独特!
    石工長は通潤橋にも携わった名工橋本勘五郎氏の兄、卯市氏(宇市、宇一とも)。

  • 【姫井橋】<br />1925年(大正14年)竣工、下路アーチ橋<br /><br />【土木学会選奨土木遺産】 【登録有形文化財】

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    【姫井橋】
    1925年(大正14年)竣工、下路アーチ橋

    【土木学会選奨土木遺産】 【登録有形文化財】

  • 下路のRCアーチ橋としては現存国内最古!<br />50度位のきつい斜角付き。<br />高欄の鋼材がアーチリブから伸びていました。

    下路のRCアーチ橋としては現存国内最古!
    50度位のきつい斜角付き。
    高欄の鋼材がアーチリブから伸びていました。

  • 1本だけ残る親柱、円形の文字盤が独特!

    1本だけ残る親柱、円形の文字盤が独特!

  • 鹿本鉄道 【菊池川橋梁】<br />1921年(大正10年)開業、下路ポニープラットトラス橋<br /><br />鹿児島本線千歳川橋梁、旭川橋梁から移設された4連の内の1連を改造して保存。10パネル100ftを7パネル70ftに短縮しています。

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    鹿本鉄道 【菊池川橋梁】
    1921年(大正10年)開業、下路ポニープラットトラス橋

    鹿児島本線千歳川橋梁、旭川橋梁から移設された4連の内の1連を改造して保存。10パネル100ftを7パネル70ftに短縮しています。

  • 横桁の上に下弦材が載る、ドイツ製独特のトラス!

    横桁の上に下弦材が載る、ドイツ製独特のトラス!

    道の駅 水辺プラザかもと 道の駅

  • プレートとアングルでL字形に組んだ頼りない下弦材も特徴的!<br />ウニオンの刻印は見つけられませんでした…

    プレートとアングルでL字形に組んだ頼りない下弦材も特徴的!
    ウニオンの刻印は見つけられませんでした…

  • JR鹿児島本線 【高瀬川橋梁 】<br />1891年(明治24年)九州鐵道が開業、下路プラットトラス橋他<br /><br />下り線は150ft4連+100ft3連の構成。<br />九州の古い橋台の残る鉄道橋は大体100ftか150ftです。

    JR鹿児島本線 【高瀬川橋梁 】
    1891年(明治24年)九州鐵道が開業、下路プラットトラス橋他

    下り線は150ft4連+100ft3連の構成。
    九州の古い橋台の残る鉄道橋は大体100ftか150ftです。

  • 150ft並行弦のプラットトラス!<br />初代のトラスはドイツ製のボーストリトラスだったので、150ftが限界だったようです。九州鉄道の架設したボーストリングトラスは長野県にりんどう橋1連が残っています。(復元改修保存)

    150ft並行弦のプラットトラス!
    初代のトラスはドイツ製のボーストリトラスだったので、150ftが限界だったようです。九州鉄道の架設したボーストリングトラスは長野県にりんどう橋1連が残っています。(復元改修保存)

  • 舟形の橋脚。<br />橋脚の下流側を階段状に落としているのが独特。琴電新川橋梁と同様、複線化を考慮した形状でしょうか…

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    舟形の橋脚。
    橋脚の下流側を階段状に落としているのが独特。琴電新川橋梁と同様、複線化を考慮した形状でしょうか…

  • 上り線はプレートガーダーの中に1連のみワーレントラス…<br />矢部川橋梁からの転用との事ですが、なぜ1連のみ異なる構造を入れるのかちょっと不可解です。

    上り線はプレートガーダーの中に1連のみワーレントラス…
    矢部川橋梁からの転用との事ですが、なぜ1連のみ異なる構造を入れるのかちょっと不可解です。

  • 【高瀬船着場跡】<br /><br />江戸時代には菊池川の水運を利用して年貢米を集積、大坂堂島の熊本藩蔵屋敷へ搬出したそうです。

    【高瀬船着場跡】

    江戸時代には菊池川の水運を利用して年貢米を集積、大坂堂島の熊本藩蔵屋敷へ搬出したそうです。

    高瀬船着場跡 名所・史跡

  • 【高瀬避溢橋】<br />1891年(明治24年)九州鐵道が開業、上路プレートガーダー橋<br /><br />鉄道の盛土が堤防になるのを防ぐ為、避溢橋が架設されていました。

    【高瀬避溢橋】
    1891年(明治24年)九州鐵道が開業、上路プレートガーダー橋

    鉄道の盛土が堤防になるのを防ぐ為、避溢橋が架設されていました。

  • JR鹿児島本線 【繁根木川橋梁】(下り線)<br />1891年(明治24年)九州鐵道が開業、下路プラットトラス橋<br /><br />1916年汽車製造製の100ftトラス。<br />初代のトラスはドイツ製のボーストリングトラスだったそうです。

    JR鹿児島本線 【繁根木川橋梁】(下り線)
    1891年(明治24年)九州鐵道が開業、下路プラットトラス橋

    1916年汽車製造製の100ftトラス。
    初代のトラスはドイツ製のボーストリングトラスだったそうです。

  • 三池炭鉱専用鉄道 【諏訪川橋梁】<br />1900年(明治33年)頃開業、上路プレートガーダー橋<br /><br />各炭鉱の石炭等を運搬した専用鉄道の橋。<br />【世界遺産】(三池炭鉱専用鉄道敷跡)

    三池炭鉱専用鉄道 【諏訪川橋梁】
    1900年(明治33年)頃開業、上路プレートガーダー橋

    各炭鉱の石炭等を運搬した専用鉄道の橋。
    【世界遺産】(三池炭鉱専用鉄道敷跡)

  • 橋脚は尖頭の隅角部のみ石材を使用、下流側には使われていません。<br />

    橋脚は尖頭の隅角部のみ石材を使用、下流側には使われていません。

  • 上流側はJ形スティフナーの桁!<br />下フランジを切除し、新たにプレートを溶接する等、かなり改造されていました。

    上流側はJ形スティフナーの桁!
    下フランジを切除し、新たにプレートを溶接する等、かなり改造されていました。

  • 上フランジを支える斜材・・・

    上フランジを支える斜材・・・

  • 橋台は煉瓦を削ってデリネーターを埋設!<br />防護工も高さ制限(3.4m)もありません...

    橋台は煉瓦を削ってデリネーターを埋設!
    防護工も高さ制限(3.4m)もありません...

  • 中央の水管は主桁(水管)をフィンク補強!

    中央の水管は主桁(水管)をフィンク補強!

  • 【三井三池炭鉱万田坑】<br /><br />時間が遅くて入れませんでした。三池炭鉱関連はまた今度、レンタサイクルでじっくり廻りたいと思います。

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    【三井三池炭鉱万田坑】

    時間が遅くて入れませんでした。三池炭鉱関連はまた今度、レンタサイクルでじっくり廻りたいと思います。

    万田坑 名所・史跡

  • 三池炭鉱 【旧三川電鉄変電所】(旧四ツ山変電所)<br />1909年(明治42年)築<br /><br />【登録有形文化財】

    三池炭鉱 【旧三川電鉄変電所】(旧四ツ山変電所)
    1909年(明治42年)築

    【登録有形文化財】

  • 竪積みのアーチ!

    竪積みのアーチ!

  • 四ツ山発電所構内の電車用変電所を1915年(大正4年)に周波数変換室に変更し、四ツ山変電所と名付けたようです。<br />今は電材会社の社屋として活用。

    四ツ山発電所構内の電車用変電所を1915年(大正4年)に周波数変換室に変更し、四ツ山変電所と名付けたようです。
    今は電材会社の社屋として活用。

  • 三池炭鉱専用鉄道 【紡績前架道橋】<br />1954年(昭和29年)頃竣工、上路プレートガーダー橋<br /><br />橋脚の煉瓦が上に広がる珍妙な積み方!<br />北側に三池紡績の工場があった事から命名されたようです。

    三池炭鉱専用鉄道 【紡績前架道橋】
    1954年(昭和29年)頃竣工、上路プレートガーダー橋

    橋脚の煉瓦が上に広がる珍妙な積み方!
    北側に三池紡績の工場があった事から命名されたようです。

  • どうやら1軒用地買収できず、家屋をさけた結果このようになってしまったようです。<br />よしたかG3の大牟田放浪記様、橋名含め情報ありがとうございます。

    どうやら1軒用地買収できず、家屋をさけた結果このようになってしまったようです。
    よしたかG3の大牟田放浪記様、橋名含め情報ありがとうございます。

  • 三池炭鉱専用鉄道 【明治町架道橋】<br />1954年(昭和29年)竣工、下路プレートガーダー橋

    三池炭鉱専用鉄道 【明治町架道橋】
    1954年(昭和29年)竣工、下路プレートガーダー橋

  • 三井三池製作所の銘板が残っていました!<br />うしやん@炭鉄様、橋名ご教示ありがとうございます。

    三井三池製作所の銘板が残っていました!
    うしやん@炭鉄様、橋名ご教示ありがとうございます。

  • 【三井港倶楽部】<br />1908年(明治41年)築<br /><br />三井財閥の社交場や外国高級船員の宿泊接待所として活用された三井の迎賓館。<br />今はフレンチのレストランに。

    【三井港倶楽部】
    1908年(明治41年)築

    三井財閥の社交場や外国高級船員の宿泊接待所として活用された三井の迎賓館。
    今はフレンチのレストランに。

    三井港倶楽部 グルメ・レストラン

  • 敷地内には團琢磨氏の胸像や大浦坑のモニュメント等もありました。<br />團琢磨氏は三池港の築港、三池鉄道の敷設等を行い、三井財閥の総帥まで上り詰めました。

    敷地内には團琢磨氏の胸像や大浦坑のモニュメント等もありました。
    團琢磨氏は三池港の築港、三池鉄道の敷設等を行い、三井財閥の総帥まで上り詰めました。

  • その5に続きます。⇒https://4travel.jp/travelogue/11927516

    その5に続きます。⇒https://4travel.jp/travelogue/11927516

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この旅行記へのコメント (1)

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  • Decoさん 2024/09/09 05:42:55
    紡績前架道橋
    ブリッヂ・トレック(橋梁旅行)さん 、はじめまして。

    橋梁をめぐる旅行記、時折楽しみに拝見しています。
    三池炭鉱の専用鉄道跡、私も同じ場所を廻りましたが、細部まで観察され橋梁のデータなども詳しく説明されていて、勉強になりました。私はただ漠然と鉄道跡の景色を撮っていたようで、ちょっと反省しています。
    特に紡績前架道橋の上に広がる部分は、恥ずかしながらまったく気が付いておらず、目から鱗です。ご存知かも知れませんが、あの場所にはガード下食堂が数年前(?)までありました。あの場所は炭鉱鉄道でも最初期に建設された部分なので、食堂以前にもっと古い建物があったのかも知れません。

    諏訪川橋梁は、三池炭鉱専用鉄道敷跡の橋梁では一番の見所かと思います。普段は通れませんが、昨年11月の文化の日に渡れたらしいのです。しかし残念ながら機会を逃してしまいました。いつか渡ってみたいな、と思っています。
                                   Deco

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