1971/06/26 - 1971/07/12
1579位(同エリア2143件中)
ゆーちさん
この旅行記のスケジュール
1971/07/04
-
ルツェルン
もっと見る
閉じる
この旅行記スケジュールを元に
第2弾は スペイン マドリッドから古都トレド、ポルトガルへ行ってマドリッドへ戻り再び鉄道でスイスアルプスへと旅をする。
ポルトガル リスボン~シントラ~エストリル~リスボンに戻る
スペイン セビリアでフラメンコ鑑賞。
セビリアからアンダルシア地方を鉄道で北上。グラナダ アルハンブラ宮殿を訪れる。マドリッド迄同席した日本人旅行者のギター演奏を聞きながら車内で会話を楽しむ。
マドリッドからユーレイルパスを使い、バルセロナ経由でスイスへ
スイス;ツェルマットのYH泊
マッターホルンを望む山の町 自動車の通行禁止を旨とし長閑に馬車が走る。登山鉄道でグリンデンワルトからゴルナグラードに登る
インターラーケンYH泊;登山鉄道でユングフラウヨッホに登る
ルツェルン湖 カペル橋を渡り遊覧船に乗る
スイスは私にとって憧れのヨーロッパを代表する国だった。
スイス ルツェルンからイタリアへ
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 ヒッチハイク 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
6月26日(土)(マドリッド発)
古都トレドへ行く 片田舎の石畳の道を気ままに歩く。トレドはイベリア半島のほぼ中央部にある歴史的な古都。507年キリスト教、711年イスラム教、さらにユダヤ教が共存し文化交流の場となった。1031年「後ウマイヤ朝」の滅亡でトレドにも小王国が成立し、その後も共存は続いた。トレド駅 駅
-
糸杉が南欧を象徴する。トレドの駅から西へ大聖堂の方向へのんびり歩く。駅から橋を渡り小高い位置まで登っていき旧市街全体が見下ろせる場所まで行ったのは覚えているが、なぜか写真は無い。
トレド大聖堂 寺院・教会
-
ベランダに座ってこちらを見ていた子供。お留守番?「オーラ―」と声をかけるとニコッと笑顔を返してくれた。
-
トレドの土産物屋 ロバに積まれた土産品には郷土色が盛り込まれ、彫金の象嵌細工のお皿やカラフルな陶器を沢山積んでいた。
-
彫金の工房を見せてくれた。これは仕事台である。私のトレド訪問は路地を歩いて大聖堂のあたりまで旧市街らしきところを歩いて終わった。
-
真っ赤なポピーの咲くころだった。
-
6月27日(日)、ポルトガルの首都リスボンにやってきた。白壁がまぶしい。ジャカランタの明るい紫色の花が見事に咲いていた。
-
リスボン港で果物市へ行く。色とりどりの果物の賑わいの中でもサクランボが甘く美味しかった。リスボン泊
-
Risbonの旧市街、急こう配の下町 アルファマ地区を見下ろせる丘から遠くに見えるアトランティックオーシャンは紺碧だった。アルファマ地区には漁師と貧民が多く住んでいたという。1755年のリスボン地震の被害を受けず、狭い路地の迷路と小さな広場など絵になるような場所が残った。
アルファマ地区 旧市街・古い町並み
-
6月28日(月) リスボンから鉄道で約40分、シントラという町に行く。ユーラシア大陸最西端のロカ岬への観光の拠点。ムーア人の築いた城の跡やポルトガル王室の夏の離宮など様々な年代の文化財が集積する。詩人バイロンが「エデンの園」と称賛したという。
-
シントラのペーナ宮殿までの道すがら白壁がとても眩しかった。
-
ポルトガルSintraの有名なお城、ペーナ宮殿(絵葉書)。マリア2世の王配フェルナンド2世が建設した。ヨーロッパイチイ、セコイア、ツバキ類、ソテツ類の庭園がある。1584年日本の天正遣欧使節団がシントラの王宮を訪問しポルトガル王に謁見している。
ペーナ宮殿 城・宮殿
-
ペーナ宮殿でスケッチしていた時話しかけてきたリスボン大学生。シントラから南岸エストリルへと彼が車でドライブに連れて行ってくれた。ちょっとためらったが、おとなしめで紳士的だったので同行した。
-
エストリルの海岸で。手前の植物は全部サボテン。エストリルはコスタ・ド・ソル(太陽の海岸)と呼ばれる一帯にあるヨーロッパ有数のリゾート地だそう。
-
眺めの素晴らしさに会話も弾んだ。といってもお互いに簡単な英語しか話せなかったが、、、。エストリルの港と海
-
帰りはこの道をリスボンまで乗せてもらう。
-
リスボンに戻る途中の農村風景 白い風車が印象的
-
海沿いの道を走ると港町の帆柱(ヨット?)の数がおびただしい。リスボンで大学生と別れる。リスボン泊
-
6月29日(火)リスボン北駅への道を歩く。陶器(タイル)でできた壁の模様がどれも美しい町だった。リスボンからセビリア経由でマドリッドまで汽車に乗る。車中泊
-
フラメンコの発祥地セビリアで本場の情熱的なフラメンコを観た。バナナにブランデーをかけ火をつけて焼く料理をごちそうになった記憶が蘇る。
-
情熱的な踊りを見せてくれたSEVILIAのダンサー達(絵葉書)。ステップの響きは観客席まで揺らすかのように情熱的だった。セビリア泊 明日はグラナダへ行く。
-
アルハンブラ入場券 50Pesetas
-
Granada アルハンブラ宮殿の窓からサクラモンテの丘を望む。黒い穴がジプシーの住む洞窟だという。アルハンブラとはアラビア語のアル・ハムラ―「赤い城」を意味する。東西720m南北220mの区域に宮殿、家臣の住居、モスクや店舗、マドラサ(学校)、公共浴場、泉を配した中庭が含まれている。天井や壁は美しいアラベスク模様のタイルで飾られている。
アルハンブラ宮殿 城・宮殿
-
Granadaの夕暮れ サクラモンテの丘の洞窟でジプシー達の踊りは午後8時に始まると聞いた。フラメンコ・コミュニティを描いた映画も後に上映されたらしい。
グラナダ駅 駅
-
アルハンブラ宮殿の夜景(絵葉書)。宮殿への入場券は50ペセタ(257円)。イスラーム王朝ナスル朝の王宮であった建造物。13世紀に建造された代表的な西方イスラーム文化の遺産。グラナダ泊
-
グラナダから再び鉄道の旅。アンダルシア地方を経由してマドリッドへ戻る。
-
車窓からアンダルシアの町を撮る。アンダルシア州はスペイン南部に位置し、州都はセビリア。山と平原、大小の町の対比、フラメンコに闘牛など一年中太陽が降り注ぐ青い空に白い町、スペインらしさが凝縮された一帯である。
-
アンダルシアを列車で通過中に「アルハンブラの思い出」をギターで弾いてくれた日本人の男性(無名のギタリスト)。モロッコを旅してきたという日本人夫婦とスペインのかわいい女の子も交えて談笑する。車窓から見えるのはどこまでも続くひまわり畑だった。今思えばこの何気ない時間が旅の色を濃く豊かにしてくれたと思う。
-
7月4日~5日(月) マドリッド⇔バルセロナ間の寝台券 530ペセタ×5.14=2724.2円 ユーレイルパスには寝台券は含まれていなかった。食費一日1000円の貧乏旅行者には痛い出費だった。車中泊
バルセロナ サンツ駅 駅
-
7月6日(火)ユーレイルパスで憧れのスイスに入る。
-
標高1600mの町、ツェルマットの典型的な木造住宅。雪深い地方のため高床になっていて梯子のような階段がどの家にもあった。Zermatt 泊
ツェルマット駅 駅
-
ツェルマットの路地風景。買い物帰りの主婦。この街は車をシャットアウト。交通手段は馬車である。この辺りの小川の水に指を入れると、凍りそうなくらい冷たかった。
-
ツェルマットYHで知り合った日本人。ロンドンに留学中で休暇を利用してツェルマットに3か月の滞在中だと言っていた。
-
ツェルマットを中心とした地図で、今回登山電車で登る山を確認する。
-
7月7日(水) ゴルナグラードへの登山電車発着駅 グリンデンヴァルト
グリンデルワルド駅 駅
-
早速、電車は氷河の爪痕がくっきり見える場所を走る
-
ブライトホルン(4165m)の巨大な山容 氷河に圧倒される。 日本の山とはスケールが違うようだ。
-
マッターホルン(4478m)が雲の上に頭を出していた。 この山自体が国境となっており、北側がスイス、南側はイタリアに属する。 ここはゴルナグラード山頂展望台(3089m)。ここで乗り換えてユングフラウへ行ける。
-
ゴルナグラードへの登山電車の切符を買った時のリーフレット
ユングフラウ鉄道 鉄道系(地下鉄・モノレールなど)
-
可愛い高山植物が咲き乱れる車窓を楽しむ。
-
岩肌に流れる滝
-
登山電車からのツェルマットの街並みとマッターホルン(4478m)
-
ツェルマット(町の標高1605m)からマッターホルン遠望
-
電車は町を抜け次第に森の中に入っていく
-
反対側の電車とすれ違う
-
アイガー北壁は高さ1800mの岩壁「死の壁」と呼ばれる。登攀が困難で危険な北壁として世界的に知られている。
-
アイガー北壁に近づくとその絶壁の角度におどろく
-
アイガー北壁の中は氷の世界 この後すぐ氷のトンネルに入って行く。眼下に見える町が美しかった。トンネル内には氷の駅があり、そこに沢山の日本語の落書きを見て恥ずかしい気持ちになった。当時の心無い日本の団体ツアー客が描いたものだと思う。
アイガーグレッシャー駅 駅
-
トンネルを出るとユングフラウヨッホが見える。スイスを代表する山。氷河の爪跡が生々しく残る
ユングフラウ鉄道 鉄道系(地下鉄・モノレールなど)
-
降りてくると一転、緑の斜面が増えてくる
-
7月7日(水)
インターラーケンのYHに泊まるインターラーケンオスト駅 駅
-
7月8日
インターラーケンから再び登山電車でユングフラウヨッホまで登った。ここはヨーロッパ一高い展望台ユングフラウヨッホ (ユングフラウ) 山・渓谷
-
真っ白な雪がまぶしい
-
近くでスキーを楽しむ人
-
スキー客でにぎわうユングフラウヨッホのスキー場がすぐそばに在った。半袖どころかノースリーブのスキー客もいた。
スイス アルプスのユングフラウとアレッチ 山・渓谷
-
登山鉄道の乗車券と広いスキー場を滑走する人たち(点々とゴマのように見えている)。
-
サングラスでポーズ。観光客にとってもらった。
-
登山電車で山を降りる。だいぶ降りた中腹あたりは針葉樹の森が多い。
-
登山電車の窓から眼下に青い花を見つけた。強い日差しで影の部分が暗く映ったのが残念だ。
-
ルツェルンへ向かう途中の小さな駅
-
ロイス川の河口にある美しい町ルツェルン。ランドマークとなる橋はヨーロッパ最古の屋根付き木造橋と言われ、町と対岸の教会を結んでいたため、カペル(チャペル/礼拝堂)ブリュッケ(橋)と名付けられたという。
-
木造のカペル橋の内部。屋根の三角の梁板にはスイスとルツェルンの歴史を描いた絵が描かれており、17世紀に飾られた板絵が110枚ある。調べると、1993年の火事で大部分が消失したが翌年再建されたとある。ということはこの写真は焼失する前のものになる。
-
カぺル橋の中ほどにある貯水搭。高さ34m の八角形の塔「ヴァッサートゥルム(水の塔)」は町の見張り塔として防塞の役割も担うため1300年頃に作られたと考えられている。水面には白鳥が泳ぐ。
カペル橋 現代・近代建築
-
ボートを楽しむ人 遊覧船から街を撮影
ルツェルン湖 滝・河川・湖
-
7月9日(金)遊覧船からルツェルン遠望
-
スイス在住のシベリア鉄道の旅仲間から送られた一枚。冬景色だが一緒に載せておく。彼らはシベリア鉄道の旅で知り合って結婚。赤十字社の重鎮だったが退職し、現在はスイスのお城を買って住んでいる。
-
スイスの夕暮れ。車窓から。
-
スイスとイタリアの国境付近の夕暮れ このあとイタリアに向かう 車中泊
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったスポット
もっと見る
ツェルマット(スイス) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ ユースホステル一人旅
0
68