1971/07/12 - 1971/08/12
45位(同エリア61件中)
ゆーちさん
この旅行記のスケジュール
1971/07/12
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ベネチア駅通過
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トリエステ 国境の街はヒッチハイクで通過 アメリカの女性二人の車でギリシャ迄一緒に旅をする。
1971/07/19
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ドゥブロヴニク アルバニア スコピエ
1971/08/04
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ヨーロッパひとり旅も後半に入った。
第3弾 スイスから南下してイタリアへ
イタリア フィレンツェ泊 ; ウフィツィ美術館 アカデミア美術館
ヴェネツィアの駅前を通過し、ユーゴスラビアへ
旧ユーゴスラビア(1992年ユーゴスラビア連邦共和国になった)
陽気で明るいアメリカの女性二人の車でヒッチハイクすることになった。一緒に南のギリシャに向けてユーゴスラビアを縦断する。紛争で国がいくつにも分かれる前の大統領はチトー。国民に人気があったころだ。
サラエボ ザダール(YH) ドゥブロヴニク アルバニアの山中を越えて
スコピエからギリシャへ向かう。
ギリシャ
最初の到着地はギリシャ北部,中央マケドニア地域の県都エデッサ。
歩けば古代遺跡にあたる勢いで観光。
そしてテサロ二キ周辺 デルフィー遺跡
アテネに到着してからはアクロポリスの丘周辺を観光。丘から夕陽が沈
む景色は格別だった。ギリシャからトルコへ。
トルコ イスタンブールで3泊。ブルーモスク、ボスボラス海峡でヨーロ
ッパとアジアの文化が交わる都市の雰囲気を味わう。
その後、黒海の見える町シノップに滞在する。
再びイスタンブールから鉄道でミュンヘンまで移動した。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 船 ヒッチハイク 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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イタリアの北部都市フィレンツェの街並み ウフィツィ美術館より望む。絵画が充実していたが、写真は撮れなかった。
ウフィツィ美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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イタリアのフィレンツェ アカデミア美術館外観 イタリア中部トスカーナ州の州都フィレンツェは、14世紀から17世紀にかけて毛織物業と金融業で栄えた街。メディチ家の統治の下ルネサンス芸術の宝庫として名高い。
ウフィツィ美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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ミケランジェロの作品が多い。Frienze 泊
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ミケランジェロのダビデ像を真近で鑑賞。天上から採光しているので自然な光が当たっていた。1501 年から制作し始め1504年に公開した。ルネサンス期を通じて人間の力強さや美しさの象徴とも見なされる卓越した彫刻作品である。
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ダビデ像は廊下の正面に位置し一番目立って迫力があった。ダビデが巨人ゴリアテとの戦いに臨み石を投げつけようと投石器を左肩にかけて狙いを定めている場面を表現しているそうだ。高さ5mはあった。ダビデは旧約聖書によると投石の名手、勇敢で美しい羊飼いの少年だった。のちに二代目のイスラエルの統治者(王)となり40年間統治した。下から見上げても自然に見えるように頭部が若干大きく作製されていると聞いた。
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ベニス駅前の風景
ベネチア メストレ駅 駅
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ベニス遠望
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イタリアで知り合ったアメリカ人女性二人の車に同乗することになった。
イタリアとユーゴスラビアの国境付近トリエステを通過する。トリエステ バスターミナル その他の交通機関
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ユーゴスラビア Zadar(ザダール)YHで 日本人のミキオとミレンコと団らん
手前は私のリュックバスターミナル (ザダール) バス系
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7月15日(木) 10USDを 150Dinaraに両替
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現在のクロアチアの首都Dubrovnik(ドゥブロヴニク)は旧ユーゴスラビアの一部だった。その古城の城壁に登る
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城壁はかなり幅広く歩き易かった。
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城壁からの景色 アドリア海の色が独特だった
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ドゥブロヴニクの街並み
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城壁を降りたところにある水道施設。私たちの喉をかなり潤してくれた
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露天の民芸品を売る土産物屋がところどころにある
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木材の貼り絵が目を引いた。木の絵画、ウッドアートというそうだ。とても精巧な木目細工。
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ユーゴスラビアのアドリア海に面した典型的な街並み。アドリア海の紺碧が独特な深い色だった。
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岩壁に続く城壁 アルバニア近くの海岸で
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ところどころに水道施設が点在する
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マケドニア スコピエ(Skoplje)へ向かう途中で。彼らの使用している井戸。
スコピエはマザーテレサの生誕の地だという。マケドニアは19世紀初頭まで500年間オスマントルコに支配されていた。 -
アルバニア付近の山岳地帯を歩いていた人の写真を撮らせてもらった。この辺りの人は大抵こんな衣装で歩いている。
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野原で結婚式が行われていた。逆にこちらが物珍しそうにみつめられて恥ずかしかった。アジア人は珍しいらしい。
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結婚式を見物していた子供たちが写真をとれとせがんできた。
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エデッサの入場券5DR(ドクラマ)。エデッサはかつて(260年)ローマ帝国軍がササン朝ペルシャ軍に敗れて皇帝ヴァレリアヌスが捕虜となった戦いのあったところ。
エデッサ 自然・景勝地
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ギリシャ北部,中央マケドニア地域の県都エデッサ。ギリシャの古代遺跡
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豹と女神
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狩り
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エデッサの遺跡に腰掛けてドラと。
エデッサ 自然・景勝地
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この辺りは歩けば遺跡に当たる。無造作に並べられた遺跡群
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エデッサの滝の裏手に回れる。標高は380mほど、ギリシャでは最大の滝だそう。
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結構高い位置にある滝だ
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ユーゴスラビアを縦断させてもらいギリシャ迄長距離をお世話になっている。陽気なアメリカのご婦人ジニー&ドラに感謝である。車で一緒にヒッチハイクしているミキオと。
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エデッサの滝で
エデッサ 自然・景勝地
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7月19日(月) ギリシャのテサロニキに到着。ギリシャ第二の都市、エーゲ海のテルマイコス湾に面する港湾都市。ローマ、ビザンチン、オスマン帝国時代の名残は旧市街に色濃く残る。
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アメリカ人の女性二人、ジニーとドラの宿泊するホテルがある町だった。市内中心部の多くは1917年の大火で焼失し、モダンな街に生まれ変わっている。
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ジニーたちのホテルの屋上からテサロニキの町遠望 Thessalonikē泊
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ギリシャの僧侶右向き、奥の僧侶は左向き 伝統的な衣装だそう
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ギリシャの兵隊
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ジニーとエーゲ海 海の色が明るいエメラルドグリーン。
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翌日はデルフィー(Delphi)の神託に行く。「世界の中心」とされた古代ギリシャの太陽神アポロンの神託が行われていた聖域であった。
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アテネから北西へ178km のギリシャ中部にある遺跡で。デルフィーの競技場跡に座るジニー
デルフィ遺跡 史跡・遺跡
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ギリシャで最も神聖な太陽神アポロンの聖地デルフィー 円形劇場跡
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デルフィー(絵葉書)。アポロンは主神ゼウスと女神レトの子で、光と秩序を重んじる神託の神。神託の入り口に「汝、自身を知れ」という箴言(しんげん)を掲げた。
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私はやっと探した安ホテルの屋上に設置されたベッドに宿泊。星空が見え、洗濯物が干せた。今考えたらとんでもない宿泊だ。Volos泊
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ギリシャで泊まったボロスホテルのリーフレット
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翌日いよいよアテネの観光を始める。プラカはアクロポリスが見渡せることから神々の地区とも呼ばれ、アテネ最古の地区で最も絵になると言われる。
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円柱の装飾された柱に身を寄せるジニーとドラ。遠方にアクロポリスの丘が見える。アクロポリスの麓に位置するプラカと呼ばれる地区。ここでジニー&ドラ達とお別れ また一人になる。アテネYH 泊
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円柱の柱の大きさがわかる
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アクロポリスは永遠なり パルテノン神殿。中央に少し膨らみを持たせた円柱が46本、白い大理石がジョンブリアンに輝いて美しい。ギリシャ神話の女神アテーナ―を祀るために作られた
パルテノン神殿 史跡・遺跡
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エレクテオン神殿の「カリアティード(女像柱)」少女の形をした6体の柱が天井を支えている
エレクティオン 史跡・遺跡
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円形劇場跡 今でも使われていそうな雰囲気だった
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アクロポリスの丘に登る
アクロポリス 展望台 史跡・遺跡
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カラッとした空気が心地よい
アテネのアクロポリス 史跡・遺跡
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7月30日(金)
アクロポリスの夕陽までずっとここに居た。アテネYH連泊 -
アクロポリスで知り合ったアテネ在住の人
アテネ駅 (アテネ中央駅) 駅
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お母さんと息子たち
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息子の一人。彼らとピレエウス港まで行った。そこで食べた「ムサカ」と「ももの皮ごと丸かじり」の味は忘れられない。
この後、ギリシャのアテネからトルコのイスタンブールを目指す。ピレウス港 船系
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トルコ イスタンブールへ、ユーレイルパス(鉄道)で移動。写真はスルタン アフメト モスク(ブルーモスク)。スルタン・アフメト1世によって1616年に7年もかけて建造されているとのこと。外側に高くそびえるミナレット塔が6本あり遠くからでもすぐわかる。ここでは靴を脱いで神殿に入ると白を基調に青と金で繊細に装飾され壮厳で美しい。皆と同じようにお祈りをした思い出がある。
スルタン アフメト モスク 寺院・教会
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Semsecホテルから通りを見下ろす。男性は殆ど眉が濃く髭を生やし、靴の踵を踏んで履いているのが大人の男性だと教えられた。
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宿泊したホテルからの眺め。イスタンブールでは男性が怖い顔にしか見えず、ほとんどホテルに籠っていた。ブルーモスクが見えたのが救いだった。
アヤソフィア 寺院・教会
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ボスボラス海峡をはさんでブルーモスク,イスタンブール港 遠望..船で黒海沿岸の漁村に行く。
ボスボラス海峡のガラタ橋のたもとでイワシの唐揚げを挟んだサンドイッチをたべた。揚げたてでとても香ばしくてその味は今でも忘れられない。 -
イスタンブールからサムスンまでの船で一緒だった人たち。ユーゴスラビアの美人とトルコのカップルと情報交換。右の二人はトルコ人の新婚さん。「ウスクダラ」というトルコの歌を歌ってくれた。
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やっと着いた黒海沿岸の街Sinopの風景
アラアッディン ジャーミィ (シノップ) 寺院・教会
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高台から街をとおして黒海を望めた。
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宿泊したホテルから黒海と街を見下ろす
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一つの村には必ず尖塔(ミナレット)のある信仰の拠点があり、一日に5回「アッラーあああ~~~」という男性の祈りの声が聞こえてくる。小さなカフェで飲むガラスの器に入った熱くて甘い「チャイ」を飲みながら何回も聞いたので今でも耳に残っている。
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トルコの小さな町の大通りがずっと向こうまで続く
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トルコの子供たち
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黒海の海の色はちょっと黒っぽかった。再びイスタンブールに戻る。
イスタンブール港 船系
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