2024/07/19 - 2024/07/19
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たびたびさん
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今回の旅の目的は、日田祇園祭。ただ、広島から日田は一気に行くにはちょっと遠いですからね。そうするとその前に福岡を挟むのがちょうどいい。久留米に宿をとって、その前に博多と久留米とか。それに、一日くらいの小さな旅なら、予定を組むのなんか簡単です。
博多は、まずは友泉亭。アクセスがあまりよくなくて、これまでは訪ねるのを躊躇していたのですが、今回は時間もあってむしろちょうどいい機会。そして、友泉亭が決まれば、せっかくですから、近場の福岡市動植物園、平尾山荘、松風園も。この辺りも今回の機会を逃せばまたいつ行けるか分かりませんからね。そして、ちょっと強引ですけど、そのまま、薬院大通駅まで歩いて戻って、そこから後半は六本松駅経由で、今度は舞鶴公園とその周辺を散策するというコース。どっちにしても、前半は福岡市の郊外のようなそこまででもないような、観光客にはあんまり縁のないようなエリアですが、やっぱり予想した通り、こういうところにこそ福岡の知らない歴史が眠っていたなという感じですね。
ところで、福岡は黒田孝高(黒田官兵衛または黒田如水)を祖とする黒田家福岡藩52万石。関ヶ原の戦いにおける息子、黒田長政の活躍もあって、九州随一の大藩に封じられたわけですが、そのピカピカの福岡藩のお膝元なのに地元で黒田家の影がけっこう薄いというのはよく考えてみると意外な事実かもしれません。私は福岡で少しの間暮らしたことがありますが、福岡では城下町という意識はまずありませんし、福岡城への郷愁もほとんどないと言っていいでしょう。博多どんたくや祗園山笠が博多の町衆の心意気をしっかり伝えているのと比べるとその違いは明らかですね。
背景としては、いくつか考えられるのですが、まずは、武家の福岡と町人の博多の融和に心を砕いたとかの統治策。秀吉や家康にも一目置かれる黒田家の有能さを打ち出すことなく封印したかのような姿勢ですね。もしかしたら、これは太宰府や博多商人の歴史も持つ豊かな筑前を領有したことの余裕だったのかもしれませんし、これも黒田家の政治センスの良さなのかもしれません。二つ目は、幕末の動き。倒幕の立役者だった薩摩藩にこれを支えた佐賀藩。西南戦争では西郷隆盛軍の猛攻を防いだ熊本とかに比べると本当に地味。福岡藩黒田家の存在感なんてほとんどありません。三つめは、二つ目とも関連しますが、黒田家には暗愚な藩主が続いたと言われています。福岡市内に黒田家を象徴するようなレガシーがこれといって見当たらないのもそういうことかと思います。
ちょっと長くなりましたが、それでもその僅かなレガシーが、黒田家六代藩主、黒田継高が宝暦4年(1754年)に建てた別荘、友泉亭なのですね。これとて、さほど知られているわけではないし、思っていたよりはまあまあというくらい。島津氏の仙厳園、細川氏の水前寺公園や柳川藩立花氏の御花と比べてもとてもその比ではない。黒田家の限界を改めて感じざるを得ないというのが正直な感想です。黒田家に特別な思いがあるわけではありませんが、福岡県で黒田家に思いを馳せるなら、やっぱり秋月になると思います。
一方で、平尾山荘、松風園は意外や意外。野村望東尼と高杉晋作との深い絆とか。幕末、水面下での福岡藩の葛藤とも併せ、知らなかった歴史の一面に触れて、感慨深いものがありました。
夕方からの久留米の方は、久留米中央公園から石橋文化センター。ブリジストンのお膝元だけにいろんな設備がよく整えられていて、なるほどお見事。気持ちよく散策ができました。
日田祇園祭前の程よいつなぎ。いい慣らし運転になったと思います。
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博多バスターミナルから友泉亭は、バスで向かいます。最寄りのバス停からでも少し歩きますが、まあなんとかという感じですね。
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冒頭に触れた通り、友泉亭は、黒田家六代藩主、黒田継高の別荘として建てられたもの。
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この六代藩主、黒田継高は、福岡藩の支藩、直方藩から養子として宗家に入り、跡を継いだという経緯。
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歴代福岡藩主の中では最長となる50年間にわたり藩主を勤め、積極的な藩政改革に取り組み、伝統芸能や文化も愛したという人物。しかし、後継者となるべき息子たちを相次いで亡くし、結局は幕府から打診があった徳川吉宗の孫、後の七代藩主、黒田治之を養子に受け入れる。しかし、黒田治之の許嫁だった黒田家の血を引く娘が早世したことから、ここに宗家においての黒田家の血統は途絶えることになりました。
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福岡藩の存続を最優先した決断ですが、つまり、福岡藩ほどの大藩でも幕府の意向には簡単には逆らえない。ちょっと切ない気持ちにもなりますね。
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門から入って、順路を進むと
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イチオシ
池のほとりに建つ建物が現れました。
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これが友泉亭ですね。
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順路は、その友泉亭を望みながら池の周囲を巡るもの。
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池と周囲の緑の雰囲気は、どうかするとミニ栗林公園のような感じもしなくはないですが、
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やっぱり規模が違い過ぎるかな。
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イチオシ
いずれにしても、47万石の福岡藩にしてみれば、かなりささやかなものだったと思います。
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ここから、今度は建物の中へ。
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奥に進んで
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イチオシ
これが大広間。
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友泉亭の建物は庭の方から眺めた時はそんなにインパクトはなかったのですが、
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こうして中に入ると大広間のぐるりを囲んだ縁とそこから見える池の庭の組み合わせは、やっぱりただものではないですね。
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殿様好みのあっぱれな出来栄えだと思います。
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足もとには餌をねだる鯉たちが寄ってきて、
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周囲の緑もひたすら静か。
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観光客は私一人なので、ちょっと殿様気分に浸ってしばし寛ぎました。
黒田家六代藩主、黒田継高とその後の福岡藩に思いを馳せるのもまた一興というところでしょうか。 -
友泉亭からしばらく歩いて、今度は福岡市動植物園です。
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動物園と植物園が一体になった施設は、小山ひとつをまるまる整備して作られたもの。
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高い場所が植物園、低い場所が動物園ですね。
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まずは、植物園のエリアに入ったようです。
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一角に展望台があって、
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福岡市街を遠望。
ただ、どこが見えているんでしょうねえ。よく分かりません。 -
これは、ごく近場の眺めです。
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イチオシ
この展望台の隣りには、ボタニカルライフスクエアというご機嫌な建物があって、ちょっと休憩したりするのにお勧め。
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第10回福岡県木造・木質化建築賞を受賞した建物のようですが、
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ソファや椅子も用意されていてとても快適です。
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続いては、動物園の方へ移動します。
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豹や
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猿に
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後はなんだったかなあ。
それより、丘を下りながら、配置された建物を抜けて行くのが面白くて印象に残りました。 -
山を下り切ると出口です。
なお、売店や食堂辺りもけっこう充実。この日は入場者はまばらでしたが、けっして寂れている施設ではないですね。 -
また、少し歩いて、これは平尾山荘。
女流歌人で幕末の勤王家でもあった野村望東尼が隠棲したという史跡ですね。 -
ちなみに、野村望東尼は、幕末の福岡藩にあって、勤王の志士たちを陰ながら支援、母のように慕われていた人物。
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長州から逃れてきた高杉晋作をここで10日ほど匿ったこともあるようです。
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残っているのはこの藁ぶき屋根の小さな建物ですが、
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隣りにそれなりの資料館があって、乙丑の獄という福岡藩における勤王派の弾圧とそれに関連した野村望東尼の流罪の解説も。たぶん、明治になってから大いに再評価された人物。幕末に世の中の動きに乗り遅れた福岡藩の恥部に触れる話だと思いますが、福岡藩は徳川幕府との関係が強すぎて身動きがとれなかった面も大いにありそう。幕末の加賀藩とも事情は似ているような気がします。
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また少し歩いて、今度は松風園。
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こちらは、かつて福岡を代表する百貨店だった福岡玉屋の創業者、田中丸善八の邸宅を整備した日本庭園と和風建物が見どころの施設です。
石段を上がった先の -
こちらが入口。
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玄関からして、網代天井も美しい純和風の建物。
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イチオシ
奥に進むとすぐにお庭が現れます。
駿河湾と富士山をイメージしたという日本庭園は、きれいに刈りこまれたつつじの植栽と芝生の緑がいい組み合わせ。 -
庭の石灯籠や最低限の庭石、松とのバランスも秀逸ですが、
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建物と庭の程よい距離感もとてもいい。
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建物から眺める庭は、一幅の絵を見ているようなことになっています。
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また、茶室の方の佇まいも静謐な趣がグッド。
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すべてに上質な空気感が漂って、
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田中丸善八のセンスの良さを感じます。
ちなみに、田中丸善八は、九州古陶磁の田中丸コレクションもその筋ではけっこう有名。美術館の展覧会とかでたまに目にする機会がありますが、九州の文化の継承にもなかなか大きな貢献をしたものだと思います。 -
ここから薬院大通駅を目指しますが、その途中の浄水通り沿い。
blancというスタイリッシュでおしゃれなお店が目に留まって、寄ってみることにしました。 -
基本はケーキ屋さんですが、お昼にサラダランチというのがあったので、それをいただきます。
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サラダランチってどういうことなんでしょうね。
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つまり、スープのほかに
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メインの一皿はサラダにサーモンやハムなどいろいろ仕込んであって、意外に贅沢な内容じゃないですか。
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後でお腹がすくかなと少し心配もしましたが、まあ、そうでもないですね。複数のスタッフがいて応対もしっかり。店内も明るくて気持ちよく過ごせます。ここまでだいぶ歩いて疲れていましたが、これでちょっと元気回復です。
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もうすぐ薬院大通駅という場所で、これはブロートラントというパン屋さん。外観からして一格上の雰囲気がありますね。
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いただいたのは、クリームパン。いやいや、これがまたなかなかの逸品。クリームの滑らかな食感とやさしい甘さが素晴らしい。とてもお勧めです。
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薬院大通駅から六本松駅に移動して、ここからはまた歩きです。
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六本松421は、九州大学六本松キャンパスの跡地の再開発で作られた商業施設。
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六本松駅を出てすぐの場所で便利がいいし、入ってすぐのスーパーとか店内もきれい。適当に休んだりできるところがあるし、地元の人には優しいビルだと思います。
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六本松421の3~6階は、福岡市科学館。
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6階のプラネタリウム以外は、自由に出入りが可能な展示室や学習室があるといった緩い施設。宇宙、環境、生活、生命、フューチャーのテーマがあるようですが、網羅的な感じではなくて、カーボンニュートラルとか個別のテーマもあって、その辺りも格式張ってはいないです。ごく軽い気持ちで見学するというスタンスの施設だと思います。
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六本松421のすぐ近くには、旧制福岡高等学校跡(青陵の泉)も。現在の九州大学のルーツですね。
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六本松から福岡県護国神社に向かいます。
福岡県護国神社の一角にあるお稲荷さん、堀出稲荷神社です。周囲を赤い囲いで守られた意外に立派な構え。由緒があって、歴史は大正年間。福岡歩兵連隊の兵隊さんが夢枕で告げられた通りの場所を掘ってみたら御神体が出て、それを祀ったものだとか。掘出というのはこのことですね。歴史はあまりないですが、勢いは感じます。 -
そして、これが福岡県護国神社。舞鶴公園の南側の国体道路を挟んだ場所に境内があって、なかなか大きな構えですね。
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他の県の護国神社と同様に、明治維新から太平洋戦争までの福岡出身の戦死者を祀った神社。大きな白い鳥居も護国神社っぽいと思います。
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国体道路を進んで、今度はNHK福岡放送局。
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その中にあるNHKギャラリーですが、ほかの県の放送局のPR展示と大きくは変わらないでしょう。大河ドラマの「光る君へ」や人気キャラクターの「ちこちゃん」など。建物が大きい分だけ余裕もあるというくらいです。
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国体通りを挟んで向かい側には、広田弘毅銅像。福岡県出身の総理大臣で、戦後、A級戦犯として処刑されたのですが、文官としては唯一の例だとか。碑文には、死刑判決に対し、毅然として判決を受け一言の弁解もなかったと記されていました。氏にどれだけの戦争責任があったかは分かりませんが、誰かが責任を負う必要があったのは致し方ない当時の状況。A級戦犯の問題はいまだに論争が絶えませんが、指導者への戒めとしての意義を見出すしかないように思います。
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そのまま福岡城のエリアに入ります。
鴻臚館案内処は、旧舞鶴中学校の校舎を活用した施設。 -
長く伸びた建物がまずは面白いですね。
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展示の方は、福岡城に関するものと鴻臚館に関するものの二本立て。それを切り口にして、大陸との関係の窓口となっていた福岡県の歴史や藩政時代に培われた福岡の文化を紹介するという幅広い内容。簡単な博物館といった色合いかなと思います。
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そこから、名島門もすぐ。関ケ原の戦いの前、筑前・筑後を支配する59万石の大名だった小早川秀秋の居城は、現在の福岡城ではなく名島城。その城の脇門だったという門です。
関ヶ原の戦い後、小早川秀秋に代わって名島城に入った黒田長政でしたが、城下町造りに余裕のない名島城を福岡城に移すこととし、名島城は廃城となることに。この名島門もその時、家臣にさげ渡され、邸宅の門となったようですが、今はかつての武家屋敷の門として、こうして舞鶴城公園の一角に保存されています。大きさはさほどでもないですが、城の門という雰囲気は確かにあると思います。 -
これもすぐそばの旧母里太兵衛邸長屋門。黒田二十四騎のひとり母里太兵衛の屋敷にあった門。屋敷は天神二丁目の野村證券にあったのですが、長屋門はこうして移され、保存されています。白い漆喰壁に腰壁はなまこ壁。大きさもかなりの規模があって堂々としたもの。黒田藩の重臣というのはこんなにもすごかったんだという実感を持つには十分な建物です。
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その向かいの平和台陸上競技場は、昭和23年、第3回国民体育大会の会場として、平和台総合運動場が設けられたのが始まり。今は福岡国際マラソンのスタート、ゴール地点として使用されるので、全国的にもお馴染みかもしれません。ちょっと古さを感じなくもないですが、広々としたトラックはやはり立派です。
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舞鶴公園の北側に移動して、これは福岡城むかし探訪館。目の前が鴻臚館跡の開けた場所で、福岡城跡の石垣もすぐ向こうに見えています。
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建物は小ぶりですが、黒田長政が築城を決断した福岡城のこと、黒田官兵衛、長政親子のあれこれを紹介して、コンパクトで見やすい内容ですね。
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福岡城のビデオ映像もなかなかの迫力で、けっこう楽しめます。
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イチオシ
ここからだと、すぐ目の前は鴻臚館跡。
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福岡城の石垣も近くに見えています。
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舞鶴公園の北側を出てすぐのところにある圓應寺。福岡城が築城された翌年の慶長7年(1602年)、黒官兵衛の妻で長政の母、光姫が創建した黒田家の菩提寺です。
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本堂は堂々としていますが、近代的な建物。境内の大部分は墓地になっているし、ちょっと手狭な感じもしなくない。歴史の古い寺なのですが、趣はそれとは少し違います。
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ここから昭和通りを東へ。東学問所跡を目指します。
その途中、ふと目に入ったのは、熊屋 福岡店。こちらは、平戸の老舗菓子店、熊屋が福岡市に出しているお店。平戸では、牛蒡餅本舗熊屋という名前だったかな。一番人気の麩まんじゅうをいただいたことがあって、とてもいい印象が残っています。
平戸のお菓子屋さんならカスドースがあるかなと思ってのぞいてみましたが、カスドースではなくカステラの名前で売っているんだとか。カスドースでいいんじゃないのかなあ。ちょっと残念です。 -
東学問所跡は、福岡藩が天明4年(1784年)、藩の子弟教育のため2つの藩校を設けたがうちの1つ東学問所の跡。西学問所の甘棠館は火災により消滅、廃校されたのに対し、貝原益軒の流れを汲む東学問所は、修猷館として残ったということ。修猷館高等学校は福岡の名門校。伝統と歴史のある学校です。
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黒田家濱町別邸跡は、赤坂駅の北側の市街地の一角。妙に立派な石碑が建っていました。
黒田家は藩主ですが、この別邸は明治維新後のもののよう。それまでは城中にあったいろんなものをここに持ち込んで管理していたということ。ただ、戦災で焼けてしまって、今はどうなっているかは分かりません。 -
イチオシ
もう一度、国体通りの方に出まして。
これはけやき通り。しゃれた街並がいいですよね。 -
その国体通りに近い場所。福岡警固教会です。
始まりは、西南戦争で西郷軍に福岡から参加した人たちが戦後、兵庫監獄に投獄され、その際に神戸基督教会のキリスト教に入信したというもの。出獄後に郷里の福岡で伝道活動のための教会を建てたのだとか。教会は、蔦で覆われていて古いのか新しいのかの見わけもつかないほど。大丈夫かなという感じです。 -
さらに東に進んで、若宮神社。聖武天皇の時代、太宰府や鴻臚館に向かう海外使節の船舶の港だった萬町に海上安全と土地の守り神としてお祀りされたというのが始まり。
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現在地に移ったのは正徳3年(1713年)だとか。明治31年に建立の石鳥居には萬町有志の文字が入っています。
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ソラリアプラザに到着。
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警固公園側入り口の横には、LOVE FM パークサイドスタジオ。周囲から中の様子がよく見えるようになっていて、DJの姿とかもありますね。FMのスタジオだとよくあるスタイル。FMを身近なものと感じてもらいたいという現れでしょう。
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ソラリアプラザに入って、
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福岡三越のライオン広場のところにある福岡市観光案内所。
全面ガラス張りで中の様子がよく分かるので、これだと用事がなくてもちょっと寄ってみたくなる感じがしますね。スタッフもきちんとしているし、パンフレットもたくさん。福岡市が観光地だというのを改めて感じます。 -
アクロス福岡の二階にある匠ギャラリーにも寄ってみます。
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福岡県の伝統工芸品を集めたショップですが、
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竹製品や
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博多織、博多人形、
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小石原焼とかさすがに数が多い。
そして、海苔やお茶とか食品関係も割と充実していて、こういうのがあるとまた別の楽しさもありますね。福岡やるなあという感じです。 -
ここから久留米に移動して、櫛原駅で下車。
久留米市鳥類センターは、鳥の動物園を標榜する施設。 -
クジャク、キジ、ペンギンなどの鳥類が多数で、特にインドクジャクとかクジャクがウリとなっています。一方で、遊園地を併設しているのがまた変わったところ。それもけっこう本格的で、家族連れにはちょうどぴったりなんでしょうね。
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向かいは、久留米総合スポーツセンター陸上競技場。立派ですね~
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福岡県青少年科学館も建物からしてとても立派。展示は地学、生命の進化、生物のからだ、宇宙とか9つのジャンル。ただ、メインはプラネタリウム。迫力が違います。
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イチオシ
つまり、この辺りはまとめて中央公園となっていて。公園内には、陸上競技場、野球場、体育館といったスポーツ施設に鳥類センター、青少年科学館とかがあるというもの。
この芝生広場にある大噴水、愛の泉も意外な見応え。 -
やっぱり、地元にブリジストンがあるし、財政が豊かなのかもしれませんね。久留米の底力の凄さといった感じかと思います。
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イチオシ
で、ここまで来たら、久しぶりに石橋文化センターへも行ってみましょう。
見どころは、この花壇の公園。 -
少女の彫刻を囲んだ優しい花々に
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涼し気な
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イチオシ
ペリカンの噴水と
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周囲のバラ園。
隅々までよく管理が行き届いていて、とてもいいですよね。ベンチに座ってゆっくりしているだけで本当に心が和みます。 -
近くには五穀神社というのもあって。
豊宇気比売神(とようけひめのかみ)を主祭神とする五穀豊穣を願う神社。併せて祀られている稲次因幡というのは、久留米藩の家老。享保の一揆では百姓側の犠牲者を出さずに事態の収拾を図った人物。しかし、これが原因で藩主と不和になったことで蟄居、病没したことからこの神社に祀られたということです。
神社は赤で統一されていて、個性的です。 -
晩飯は、やっぱり大砲ラーメンかな。久留米ラーメンの代表格のお店です。
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店内に入ると豚骨スープの刺激的な匂いがして、まあ、ちょっと強烈ですけどね。濃厚な味なんですが、私としては、久留米ラーメンには、夏の暑い盛りでもなんか元気が出てくる印象があります。すごくおいしいというわけではないのですが、今回もそんな感じ。期待通りのありがたいラーメンです。
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今夜の宿のホテル久留米ヒルズは、西鉄久留米駅とJR久留米駅の中間辺り。逆に言うとどちらからでも遠いので、普通に考えると使い勝手はあんまりよくないかもしれません。ただ、六ツ門町なので人気の餃子屋さんとかが近いので、それはそれで利点になるかもしれません。
なお、ホテルの方ですが、やっぱり値段相応。外観は普通でしたが、狭くてちょっと古びていて、ゆったりできる感じではないですね。泊まるだけと割り切って利用するホテルではないかと思います。
さて、明日は朝イチで日田に向かいます。明日からが本番です。
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