2024/01/22 - 2024/01/30
1272位(同エリア1923件中)
akitaineさん
- akitaineさんTOP
- 旅行記94冊
- クチコミ22件
- Q&A回答14件
- 72,449アクセス
- フォロワー11人
乾季である1月にラオスを旅行しました。タイトル「ラオスにいったい何があるというんですか?」は、村上春樹の2014年短編作品のタイトルで、村上さんがタイからラオスに行くとき、タイの出国職員から言われた言葉だそうです。
この言葉が表しているように、あまり特徴がないラオス、華やかな観光資源もあまり見当たらない。
そんな地味なラオスですが、よくわからないから行ってみたい。
今回は、旅の3日目からヴィエンチャンからラオス中国鉄道でルアンパバーン入りしました。ルアンパバーンの街全体が世界遺産に登録されています。まずは半島中心部の見学です。
【行程】
2024年1月22日(月)関空ーホーチミン・プノンペン経由ービエンチャン
1月23日(火)ビエンチャン滞在
1月24日(水)ビエンチャンーラオス中国鉄道でールアンパバーン
1月25日(木)ルアンパバーン 滞在
1月26日(金)ルアンパバーン 滞在
1月27日(土)ルアンパバーン 滞在
1月28日(日)ルアンパバーン 滞在
1月29日(月)ルアンパバーン 夕刻ハノイ経由ー1月30日(火)朝 関空
- 旅行の満足度
- 5.0
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 航空会社
- ベトナム航空
-
ビエンチャンとルアンパバーンの間は360㎞。
とはいえ、山間部を走るせいか、バスだと10時間くらいかかるらしい。
今回、初めて知ったが、2021年まで、ラオスには鉄道がなかった!
インドはもとより、タイやミャンマーにも戦前から鉄道はある。どれだけ重要視されていなかったのか、、、。
当初、バスか飛行機の移動を考えていたが、調べると何と、中国の昆明からビエンチャンまで2021年鉄道が開通したという。
さっそくチケット入手し、鉄道(新幹線のような特急)で2時間の移動を選択しました。
ただ、チケット入手は、日本のJR緑の窓口のようにサクッと買えるものではなく、結局、ネット旅行業者からセット券を買いました。
ビエンチャンホテルとビエンチャン駅とルアンパバーン到着後、中心部ホテルまでの送迎付き、です。
ビエンチャン駅構内に入りました。
表の駅名「万象」はビエンチャンという中国表記。 -
中国からのお客さんがどっと降りてきました。今のところ、ビエンチャンが中国からの終点駅。
駅舎は、ごらんのようにだだ広く、構内の両側にトイレと売店が数件あります。お弁当や飲み物、スナックがあります。 -
13:05発の列車です。
ホームに入りました。列車名はランサーン号。中国の資本で導入したもので、習近平の一帯一路政策の下、中国ーラオスータイ(バンコク)と鉄道を通し、海に出たい。
何もない場所に建設しているから、すべて広い。 -
車内。新幹線のような造り。今回は、1等車に乗りました。
約2時間の旅です。
途中、しばらく田園風景が見えていましたが、山間部に入るとトンネルが多く、あまり景色は望めませんでした。
車両はほぼ満席。
ぱっと見ると、8割方外国人。欧米人と中国人。 -
車内で車掌さんがチケットチェック。スマホで確認します。
この車掌さんが車両担当のようです。
不思議な(よくわからない)光景を見ました。一等車内にテーブル付のボックスシートが2組あって、そこにラオス人らしき人々が座り、食事、飲み物、最後にはデザートの果物まで、この車掌さんがかいがいしくお世話していました。一等車の中のさらに上級クラスというのがあるのだろうか。 -
車窓からの風景。田園と山が見えます。電車にしてよかった。
-
バナナや耕作物が、やはり南方らしい。
-
途中停車駅にあった貨物列車。
中国の勢いを感じます。ラオスは外国なのに日本で言えばJR貨物を動かしているようなもの。
国というものを超えて進む感覚は、大陸的なものでしょう。 -
約2時間で、ルアンパバーン駅に到着。
駅前の景色です。周囲を山に囲まれ、何もありません。ラオス中国鉄道の一番の目的は、街をつなぐのではなく、中国からインドシナ半島を縦断して海に抜ける貨物を運ぶ鉄道だからです。
私たち旅行者にとっては、中国への別ルートができてよかったけど。将来一帯一路はどうなっているだろうか。
市の中心部へはタクシーで30分ほどかかります。
今回は、宿泊ホテルまで送るタクシーセットのチケットなので、タクシーを探しました。 -
奥の建物が駅舎。駅舎の前に広い車寄せがあったので、そこで待っていましたが、個人の車が来るだけで、タクシーらしきものが見当たらない。
もう一つ下の道に行くエレベーターで降りると、タクシー乗り場がありました。しかも乗り合い。
皆さま、ラオス中国鉄道・ルアンパバーン駅に着いたら、下の道路まで降りてタクシー乗り場に行ってくださいね。
日本の様に、駅を降りたら、すぐに「〇〇様」と書いたタクシーはない。ここは日本ではないのだ、と痛感。 -
山を一つ抜けて、ルアンパバーン中心部に入りました。
ごらんのように、ほとんど低層階の民家が店やレストラン、ホテルになっています。 -
ルアンパバーン中心部の地図です。
メコン川とナムカーン川の合流点に、半島のように伸びた地域が中心街です。
毎日歩きかなり道を覚えました。
博物館、プーシーの丘、市場、主要なお寺は、この中心部に集まっています。 -
やっと、ホテルに着きました。
メコンチャームホテル。ここに5泊します。
ネットで見ると部屋が広くていいなと思ったのですが、個人経営のゲストハウスでした。古い木造で、固いチーク造りは気に入りました。
場所が、ルアンパバーン中心部に近く、目の前がメコン川なのも選んだ理由。 -
1階のテラスからメコン川を望む。
毎朝、ここで朝食をいただきました。
コーヒー、フランスパン、卵、果物、のメニューだけ。
料金がまあまあだから仕方ないが、ヴィエンチャンのSalanaのような豪華朝食がよかったけど.
しかしこのテラスは印象深く懐かしい思い出です。夕食も隣の食堂から出前して食べた日もあった。自分の家のような自由さがゲストハウスの良さですね。 -
翌日、プーシーの丘に登る。高さ150m。
プーシーは丘自体が寺院域になっていて、かつ二人の仙人が神に導かれてこの山にたどりつき、ルアンパバーンを作ったといわれる民間信仰の山でもあります。
街のどこからでも小高い丘が見え、ランドマークになっています。 -
丘に上がりました。ルアンパバーン中心部は、メコン川とナムカーン川に囲まれた半島で、写真の川はナムカーン川。
緑多く住宅地が点々とある。ルアンパバーン市街が360度一望できます。 -
ちよっと幻想的。
プーシーの丘に夕方登ると夕陽が見られてよい、とネット情報ありましたが、混雑するのもイヤなので朝一番に登りました。 -
こちらはメコン川。半島の幅は1㎞無いのではないか。
その中に寺院、店、ホテル、民家が詰まっている。 -
プーシーの丘から。赤い屋根がこれから見学するワット・マイ。その先はメコン川
-
下って元の入口に戻ります。
-
プーシーの丘を降りると、目の前にルアンパバーン国立博物館があります。
ここも行く予定ですが、昼休みがあったり、臨時休業があったりして、数日後にやっと入場できました。かつて王宮だった建物を利用して博物館になっています。
写真の建物は、入口入ってすぐにあるパバーン像安置祠。 -
プーシーの丘から下りて、下の大通りに面した博物館隣にあるワット・マイに行きました。
境内に入ったところ。裏に見える山はプーシーの丘。 -
ワット・マイ本堂。1788年に建設が始まり、完成まで70年を要したそうです。
屋根が五重に折り重なる典型的なルアンパバーン様式。 -
内部のご本尊。
-
次は、ワット・マイからダーラーマーケット方面へ。マーケット手前の丘の上にある伝統芸術民族センターへ。
ラオスは国土の8割が山地です。民族は50もあり、山岳少数民族は独自の文化を持っています。その文化を紹介してくれる博物館です。
主に衣装の展示が多かったです。 -
個人的な博物館なので、展示品はあまり多くありません。
アカ族の説明。 -
モン族の説明。
アメリカに移住したモン族が登場するアメリカ映画(クリント・イーストウッド主演監督)がありましたね。ベトナム戦争に遡る少数民族紋モン族の悲劇をガイドブックで読みました。 -
ここでちょっと一休み。
プーシーの丘を挟んでメコン川側にある大通りが、シーサワンウォン通り。一番の繁華街で、レストランやお店が並んでいます。
この喫茶店では、コーヒーの他、生のジュースもいろいろありました。今は1月ですが、ラオスではマンゴーがとれるのですね。台湾や日本では5月~10月くらいなのに。
今回はマンゴーもたくさんいただきました。
今日は、ここで終了。次回②で後日、市内中心部のお寺などに行った写真を紹介します。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
akitaineさんの関連旅行記
ルアンプラバン(ラオス) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
28