2024/05/31 - 2024/05/31
220位(同エリア426件中)
ポールさん
この旅行記のスケジュール
2024/05/31
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電車での移動
新神戸駅10:33-(山陽新幹線さくら号)-11:09岡山駅
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電車での移動
岡山駅11:24-(伯備線普通列車)-12:18備中高梁駅
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車での移動
タクシー
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備中松山城
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車での移動
乗合タクシーで備中高梁駅へ
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電車での移動
備中高梁駅15:48-(伯備線やくも号)-17:31米子駅
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この旅行記スケジュールを元に
備中松山城は全国に12ある現存天守のうちの一つを有し、山城では唯一です。
見事な石垣群を見ることもできました。
旅の全体日程は以下のとおりです。
1日目:新神戸駅→備中松山城→米子(米子泊)
2日目:レンタカーで、月山富田城、足立美術館(米子泊)
3日目:松江城と城下町、茶室(出雲市泊)
4日目:レンタカーで、古代出雲の遺跡巡り(出雲市泊)
5日目:レンタカーで、奥出雲たたら製鉄の歴史巡り、出雲空港→羽田空港
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- タクシー 新幹線 JR特急 JRローカル
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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山陽新幹線の新神戸駅からスタートです。
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10:33発さくら551号に乗車します。
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さくら号の到着です。
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さくら号の普通車指定席は、グリーン車のような4列シートです。
私が乗車した車両の乗客は諸外国からの観光客と思われる人が過半で、その多くは姫路駅で下車しました。 -
岡山駅からは、伯備線の普通列車で備中高梁駅を目指します。
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備中高梁駅の駅舎は、図書館や観光案内所との合築になっていて、たいへん綺麗で立派です。
備中松山城まで自動車で行ける最高地点はふいご峠というところです。
駅からそこまでの乗合タクシーが運航されているのですが、列車の到着12:18に対して、乗合タクシー出発が13:00と少し間があるので、列車の到着時刻に合わせてタクシー(ピレーネ交通)を予約しておきました。乗合タクシーが片道1,000円/人のところ、料金は1,800円/台だったので、2人ならこの方が少しお得なようです。
なお、帰路はふいご峠14:40発の乗合タクシーを予約しています。 -
ふいご峠駐車場です。
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天守を目指して、山道を登ります。
備中松山城は、1240年に地頭の秋庭三郎重信が臥牛山のひとつ大松山に砦を築いたのが最初だそうです。
その後、高橋氏、高氏、秋庭氏、上野氏、庄氏と、城主が変わりましたが、1561年には、三村家親が城を落としてここに拠点移しました。
それまでは大松山が城の中心だったようですが、三村氏が入城したころ、標高約430mの小松山に中心が移されました。
1574年に始まった、三村方と毛利・宇喜多方による一連の戦い「備中兵乱」のなかで多くの出丸が築かれて、全山が要塞化されていきましたが、1575年に落城し三村氏は滅亡しました。
その後、城は毛利氏の支配下となり、整備が行われました。
関ヶ原の戦いの後は徳川幕府の天領となり、小堀氏が城主となりました。
1604年に家督を継いだ作庭家としても有名な小堀遠州が、山上では天守や櫓などの建築を進め、山麓には御根小屋とよばれる居館を整備しました。
なお、小堀氏時代には、山上の建物が完成することはなく、1681年から水谷勝宗が3年をかけて天守などの城郭の大改修を行い、現在の姿になったと伝えられています。 -
所々に、このような城主様からのご注意が掲示されていました。
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更に登山道を登っていきます。ふいご峠から城までは、700mほどの道のりです。
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中太鼓丸櫓跡です。御根小屋と天守との間に、下太鼓丸櫓(ふいご峠駐車場付近)と中太鼓丸櫓の二つの中継地点を設け、太鼓の合図で連絡を取り合っていました。
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中太鼓丸からは、高梁の街並みが眺望できます。
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大手門跡の石垣が見えてきました。
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大手門跡です。大迫力の石垣です。
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現地に掲示されていた復元図です。
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NHK大河ドラマ「真田丸」のOPでも活躍していましたね。
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大手門から先には多くの石垣が残っています。特に目を引くのが大手門の右手にそびえる石垣群で、天然の岩盤の上に石垣を築き、土塀を建てています。
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大手門跡をはいり、左に曲がると土塀が見えてきます。
この土塀は山城に現存する全国唯一のもので、全長9.393mが残っており、国の重要文化財に指定されています。 -
手前の部分は復元されたもので、段差を付けることで現存部分と区別しています。
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大手門から三の丸へ続く道です。
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城の全体像はこのようになっています。
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三の丸です。三の丸奥には厩曲輪の石垣、その上は二の丸の石垣です。
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三の丸から大手門の石垣を見下ろしています。
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足軽番所跡です。
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三の丸から先へ続く道です。
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厩曲輪の石垣です。
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厩曲輪は、荷馬を繋いでいた場所です。
山城の厩曲輪としては規模が大きいそうです。 -
黒門跡と四の平櫓跡です。
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御膳棚です。かつては食事を作る場所でしたが、現在ではトイレが建っています。
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二の櫓門跡です。
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二の丸にある雪隠跡です。
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天守が見えます。天守は日本の現存12の天守の一つで、国の重要文化財に指定されています。手前の五の平櫓と六の平櫓は復元されたものです。
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本丸南御門です。
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チケットを購入して本丸へ入ると天守が眼前に現れます。
自然の岩盤を削り出した巨石の上に石垣が積まれ、その上に層塔型の天守が建てられています。山城では唯一の現存天守です。
天守外観の特徴は中央の唐破風の部分で、唐破風にはあわせて出格子窓が設けられており、石落としとしての機能も持っています。 -
写真手前部分は接続廊下です。
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接続廊下の内部です。八の櫓と天守をつなぐ廊下で、写真の階段を上った先が天守一階です。
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天守一階です。
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籠城時の城主の食事、暖房用と言われている囲炉裏です。天守閣の中に切りこみの囲炉裏があるのは全国でも珍しく、戦国時代にこの城をめぐる激しい争奪戦が繰り返された経験から生まれたものだと考えられています。
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天守二階には、御社壇が設けられています。
説明板には、「天和三年(一六八三)当時の城主水谷左京亮勝宗が、この松山城を修築したその節、松山藩五万石の守護として三振の宝剣に、天照皇大神を始め、水谷氏の守護神羽黒大権現等、十の神々を勧請し、この御社壇に安置し、事ある毎に盛大な祭典を行ない、安康を祈った。」とあります。 -
天守二階小屋組み隅の構造です。
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裏側から見た天守です。
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本丸南御門を出て、本丸の東側を北へ向かいます。
写真は、本丸東御門とそこへ上る階段です。 -
搦手門跡です。
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番所跡です。石垣の上は後曲輪です。
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後曲輪です。本丸北側を守る曲輪でした。
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天守の裏手に二重櫓があります。
天守同様、天然の巨石を櫓台とした2層2階の構造で、現存建物です。国の重要文化財に指定されています。 -
水の手門です。
主郭部はここまでとなり、この先は大松山城などに続いています。 -
下山して駅まで戻り、15:48発のやくも号で米子へ向かいます。
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今年5月7日から投入されている新型車両です。
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この日は、車窓から大山の優美な姿がよく見えました。
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米子駅に停車中のやくも号です。
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ホテル(東横イン米子駅前)近くの和食店「山陰旬華 新鮮組」を予約しておきました。各種口コミのとおり、どの料理もすごく美味しかったです。
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その中の一品、岩ガキの造りです。たいへん新鮮で、日本海の香りがするようでした。
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