2024/05/30 - 2024/06/01
359位(同エリア514件中)
junさん
5月30日、マオからインパールを目指します。
途中、第15師団の激戦地カングラトンビに寄りました。
インパール市内に入ると、道路が至る所水没していましたが、かろうじてホテルにチェックインしました。市内散策もできず、まる1日ホテルに缶詰めでした。
5月31日はメディアのインタビューを受けて、その後一緒に食事。
6月1日朝から、インパール南東の第33師団山本支隊の激戦地テクノパールへ向かいました。
テクノパール訪問記
今でもこの戦域最大の激戦地は、ニッポンヒル(表紙写真)と呼ばれています。
そもそも、インパールから往復10か所前後の検問を通過して行きつきました。第2番目の検問所では、銃を持った大勢の部下を連れた憲兵の偉い人が来て、危ないから行かない方が良いとソフトに説得されました。諦めてインパールへ帰ろうかとドライバーに目配せしたら、車に乗るように言われました。インパールへ戻るのかと思ったら、軍用車両が先導して第3番目の検問所まで案内してくれました。
その後、何度かの検問所を通過し、最後に多くの女性達がいる検問所で止まりました。なに?ドライバーに言ったら、寄付だとのこと、いくら渡して良いかわからなかったが、200バーツ(400円位)を渡しました。
その後、テグノパールに着き、男二人が乗り込んできました。
ドライバーの友人のようです。ニッポンヒルの陸軍兵営に戻り、兵営を写さないように注意を受けました。
続けてテグノパールに再度向かい、ニッポンヒルを遠望できる場所で何枚か写真を撮りました。
これで、目的を達したのでインパールへ帰るのかと思いました。しかし、どういうわけか、車は陸軍兵営に入っていきます。
再度、外側は写真OKだが、兵営内は禁止だと言われました。
山の上から写真撮らせてくれるのかと思ったら、スマホを置いて、部屋へ入れと言う。まさかまずい写真を撮ったので拘束される?
部屋に入ると、インド軍アッサムライフルズの司令官が!
階級を聞くと大佐とのこと。ソファーに座り英語で数分話すと、外へ行こうと言う。庭に出るとさすがに山の上なので、眺望がすばらしい。
司令官が部隊史の本をくれると言う!さらに司令官夫人を含めて紅茶をご馳走になる。周りに報道担当者らしき将兵が盛んに我々の写真を撮る。私は英語で、得意なインパール戦の説明をしたら、盛んに感心してくれた?さらにランチを一緒にどうかと言う。ドライバーが待っているし、英会話も限界なので、丁重にお断りしました。そもそも陸軍基地に入るとも思っていなかったので、夢を見ているような時間でした。
陸軍基地を辞し、帰りの車で多くの検問所で現実に引き戻されました。
最初の検問でまた大勢の女性達が来たので100ルピーを渡そうとしたら、あなたは先ほど払ったので大丈夫「arigato」と言われた。なんか嬉しくなったら、次の検問所で30分近く止められた。検問所の責任者が、私を座らせたがみんなをなんか怒っている。なんか機嫌が悪いのだろうね?とドライバーに言ったら、彼は酔っぱらっているとのこと。しかし酒のにおいはしなかったな。
そして、水没が少し収まったインパールに戻りました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- タクシー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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インパールへ向かっています。
この辺りは、日本軍第15師団歩兵第60連隊がインパールを目指して南下した場所でした。 -
この橋あたりでも、日英軍は戦ったのでしょう。
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カングラトンビのKhengjang War Cemetery WW2です。
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歩兵第60連隊の最激戦地カングラトンビ。
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この辺りで戦死した英印軍兵士の墓地です。
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選挙の掲示板がありました。
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サイクロンの影響で川の水量が多いです。
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インパール北方の英軍主力飛行場でした。
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インパール市内の道路は水没していました。
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ホテル前の道路も水没していました。
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なんとかチェックインできました。
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インパールまで来れて、ほっとした気分の朝食です。
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まる一日、ホテルに缶詰めでしたが、
まだ、ホテル前の道路はまだ水没しています。 -
インパール東南のパレル、テクノパールを目指します。
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パレル飛行場だった場所です。
当時はインパール周辺に、6か所飛行場がありました。
少人数の挺進隊がパレル飛行場を襲撃に成功したことがありましたが、
日本軍は6か所のうち一つも占領することはできませんでした。 -
テクノパール近くのニッポンヒル(前島山)。英印軍側からの遠望です。
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エギジャAigijang村。
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北に曲がるとSaivom村。
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ビルマとの国境のMorehへの道。
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道路を行くとMorehへ。
左の山道はテクノパールの村内へ。 -
テクノパールのバス停。
写真左側(南側)がインド軍基地なので、写真は禁止。 -
テクノパールの建物の先がニッポンヒル。
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ニッポンヒル。
日本軍第33師団山本支隊歩兵第213連隊と戦車第14連隊が、英印軍とこの山で攻防を繰り返しました。この戦域で一番激しい戦いでした。 -
私が指さす方向から戦車を含む日本軍が登ってきました。
ちなみに、現在、この先は国境に近いので行けません。 -
引き返して、インド軍の基地に入れてもらいました。
基地内は写真禁止ですが、基地からの写真はOKです。
基地を含めて正面の山あたりまでが、広い意味のニッポンヒルです。
この写真は英印軍の視点です。 -
テクノパールの三叉路です。
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インパールに戻る途中で遅いランチを取りました。
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チキンカレーです。
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