2024/05/13 - 2024/05/14
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はなまりんさん
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三井寺から蹴上まで琵琶湖疏水船に乗って疏水を下りました! 面白かった~~! 念願かなったよ~~!
疏水記念館も見学しました! またまた、明治の人たちのパワーを知って、圧倒されまくり!! 琵琶湖疏水は、文化庁の日本遺産にも認定されています。
でも・・そもそもだけど、琵琶湖疏水って何?? って方も案外多いんじゃないかしらん? どうだろう?
かく言う私も、今回の旅の計画中に初めてその存在を知ったばかり。 どっちかって言うと、マイナーかも?!?
旅行記を記しながら、少しずつ疏水の秘密を解き明かしていきましょう!
な~んて大げさかな? (;´∀`) でもハナは大真面目!
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 船
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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京都二日目の午後、三井寺拝観ののち、琵琶湖疏水船の乗船場に向かいます。この写真は三井寺のそばの水路。ここと琵琶湖疏水は繋がっているようです。
「琵琶湖の水を京都に引く」 それは、江戸時代からの、京都の人々の夢でした。前回の旅行記でもご紹介したように、琵琶湖から流れ出る自然の水系は、石山寺方面に流れる瀬田川のみ。都の中心部に琵琶湖の水は届いていなかったのです。
飲料、灌漑、工業用水、発電等々、さまざまな用途のため、琵琶湖の水を引くのはみやこ人の念願だったはずです。水は生きていくのに必須ですから。びわ湖疏水船 乗り物
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この夢を実現に向かって発進させたのはこの人、明治政府第3代京都府知事 北垣国道 (きたがきくにみち)。
維新によって天皇を東京に連れ去られ、第一の都としての機能も東京に奪われ、京都がすっかりすたれて人口も三分の一も減少してしまったこの時期、なんとか活気を取り戻して京都の再生を図らなければ。よし、都を建て直すため、起爆剤として、なんとしても琵琶湖から水を引くぞ、とこの方は決心したのですって!
これが、琵琶湖疏水と呼ばれる人工の水路実現の第一歩でした!
(☆京都疏水記念館のパネル展示から) -
そうしてなんと、北垣が工事を全権委任したのはこの人、田辺朔郎(たなべさくろう)。若干21歳、工部大学校を卒業したばかりの新進気鋭の技術者にして工学者。
田辺は在学時代に早くも疏水の必要性に着目し、卒業論文として精緻にして具体的な論文を書いており、それが北垣の目にとまったという訳です。
え!? 工部大学校ですって!!
そう、あの台湾にダムを造った八田與一も、東京駅を作った辰野金吾も学んだ、あの学校ですね?! のちの東大工学部ですね! 勢いがあったんですねぇ・・日本を作り直すぞ、という気概に燃えた若い人が明治時代にはいっぱいいたんですねぇ・・ 工部大学校は新生日本の生みの親かも。。。
(☆京都疏水記念館のパネル展示から) -
明治18年(西暦1885年)に着工された琵琶湖疏水建設は、未曽有の大土木工事だったそうです。莫大な資金の確保、まだ発展途上だった土木技術、固い地盤と湧水の多さなど、山ほどの困難を克服しながらの一歩また一歩の連続だったとか。
それでも、外国人の手に頼らず、日本人の力だけで完成させたというのは、驚異的にあっぱれ!!
国家100年の計を描くことの出来る政治家や技術者がちゃんといた、ということですね。胸が熱くなりますね。。。
(☆京都疏水記念館のパネル展示から) -
毎度おなじみの手描きのマップでご覧ください。
疏水の北側には山があります。
琵琶湖疏水が、山のすそ野を巻くようにして作られているのが分かりますね。山科の辺りではようやく平地が開けているようですが。それでもトンネルだらけです。難工事だったのですね。 -
ではいよいよ琵琶湖疏水遊覧船乗船の記に参りましょう。
三井寺から歩いて数分。大津閘門(おおつこうもん)と呼ばれる水門が現れます。
琵琶湖疏水は琵琶湖の水を京の都に送るために作られた人工の水路です。琵琶湖から自然に流れ出ている訳ではないので、水位の調節も必要です。
閘門はそのために作られた施設。水門の開閉によって水位の異なる水面を行く船がスムーズに通れるようにするのですね。
手前が琵琶湖側です。大津閘門 名所・史跡
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三井寺乗船場に到着。ガイドさんが乗船時の注意事項と航路の説明をして下さいます。ひと組10人くらいだったと思います。みな、静かに聞き入っていました。どちらかと言うと、年配の方々が多かったようです。
建物の写真はありません。なにしろ、この後約2時間ほど、トイレ休憩など無いのですから、トイレをちゃんと済ませることに一生懸命で、余裕がなかったんです。。
でも実際には、船に乗ってるあいだ中、ワクワク キャーキャーで、トイレの心配などどこかへ行っちゃったんですけどね。
(写真掲載許諾済)琵琶湖疏水 名所・史跡
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今日の船はこちら。12人乗り。 天井はシースルーです。
雨がやっぱり止まず、雨具が必要でした。私たちは事前に用意した100円の使い捨てビニールポンチョ。役に立ちました。傘は禁止でしたから。びわ湖疏水船 乗り物
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ガイドさんは、立て板に水のガイドぶり。さすがにプロはすごい!!
ダウンコートをお召しですが、それほど船は冷えました。雨のせいもあるでしょうが、特にトンネルの中はひんやりと5度くらいは気温が低かったと思います。私たちも、コートの下にカーディガンを羽織るなどして備えました。 -
出発してほどなく、トンネルに入ります。
トンネルはたしか四つ。第1&諸刃&第2&第3。
トンネルの入り口にはそれぞれ偉いさんの書かれた扁額がかかっているということでしたが、スマホをかまえる暇もなく過ぎてしまうので、一枚しか撮影できませんでした。
伊藤博文とか山県有朋とか、揮毫をしたのはそうそうたるメンバーだとか。 -
第1トンネルは2500mもあり、とても長く感じました。
壁に通してあるひもは、船を引っ張るためとか、通信のためとか、役割があるのだそうです。
明るい光は、ガイドさんのライトです。無ければきっと真っ暗でしょうね! こわ! -
私たちは席が一番前でした。とてもグッドな席です。席は、申し込み順でした。こんなこともあろうかと、申し込み開始と同時にオンラインで申し込んだんです。ここは、せっかちハナの手柄!!
第1トンネルの途中には竪坑があります。トンネルを掘る際、両サイドからだけではなく、中ほどの上方から竪穴を掘り、そこからも横に向かって掘ったのだそうです。つまり、4方向からの掘削と言うことでしょうね。竪坑の真上の、穴が開いているところからは水が勢いよく落ちています。その、水の流れ落ちる様子を動画に撮りました。併せてご覧下さい。真上の映像は、残念ながら間に合わなくて、写せませんでした。
https://www.youtube.com/watch?v=rLQqq5kiZlI
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壁になにやら彫ってあります。 え~と なんだったっけ??
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出口も絵になりますね!
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水路の行く手には水門が見えています。緊急遮断ゲートです。
大地震による堤防決壊時には、ここで水流を自動停止するそうです。 -
橋も架かっています。藤尾橋。相当古いもののよう。
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この橋の構造物は年代物ですね! 橋台はレンガと石の造り。
最初の橋ですって! 明治のまま?! -
こんな可愛い橋も。本圀寺正嫡橋と言うんですって。
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第2トンネルを出て振り返って撮った写真。明治が生きていますね!
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ガイドさんの説明に聞き惚れます。 ・・でも、中身はほとんど忘れてしまって・・
第三高等学校がどうとか、四季折々の風情だとか、疏水の勾配とか色々…
ゴメンナサイ・・ (ノД`)・゜・。 -
時々雨がぽつぽつの空模様だけれど、とても気持ちいい川下りです。 (*´ω`*)
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新緑が奇麗!
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所々、カーブもあります。雨のせいか、水位もそれなりにあります。
この船の船長さんは女性の方でした。巧みな操船で、危なっかしい思いをすることはありませんでした。 -
お花を愛でながら…
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暑からず寒からず、気持ちいい・・
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乗客の皆さんも楽しんでるご様子。
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最後の第3トンネル入り口。 扁額には「過雨看松色」と書いてあるらしいです。
松方正義(初代大蔵大臣)書。 -
壁に、琵琶湖疏水のルートマップが貼られていました。カラフルで分かりやすいですね。 誰かさんの地図とはだいぶ違うなぁ・・ (/ω\)
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トンネルもこれでおしまい。もっと乗っていたかったな~
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第三トンネルを出ます。もうすぐ終点です。
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第一疏水に沿う第二疏水も見えています。ここで一旦合流して、第二疏水はまたトンネルに入っていくようです。
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お疲れさまでした。所要時間1時間40分。
あっという間な感じでした。もっと乗っていたかった~~。 -
下船しました。ガイドさんありがとう!
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上陸地点は、旧御所水道ポンプ室の前でした。ここから、御所に防火用水を送水していたんですね。
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14:40分の定刻通りに終了したので、ひとまずホテルで休憩することにしました。ホテルは、蹴上の「ウエスティン都ホテル京都」。疎水遊覧船の終点のすぐ近くだったのと、地下鉄駅もすぐそばにあって交通至便だったことの両方が、選択の理由です。まるで琵琶湖疏水見学者のためにあるようなホテルと言ってもいいほどの立地の良さ。
琵琶湖疏水船体験にはとても便利な立地。ラグジュアリー感満載。 by はなまりんさんウェスティン都ホテル京都 宿・ホテル
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2連泊の予定のため、ちょっと張り込んで、クラブラウンジアクセス可の部屋を予約。なので、先にラウンジに寄ってティータイム。
イマイチぱっとしなかったような気もしますが… 期待過剰だったのかな… -
部屋はジュニアスイート平安ビューキング朝食付き。料金は高めですが、一休で予約したためかなり安く泊まれました。連泊だと、広めの部屋がありがたいです。
ゆっくり出来ました。 -
飾り棚の置物類は、動かせないようにしっかり固定されてました。きっと、持ってっちゃう輩がいるんでしょうね。 なんだか興ざめ…
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ホテルの周りにはお店があまりないので、夕食の為に、二条城前のイタリアンレストランまで遠征しました。二条城近くのホテル、ザ・ミツイの中のレストランです。でも、こちらもイマイチ… ついてないなぁ…
写真は、ザ・ミツイの入り口の門。FORNI グルメ・レストラン
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翌日は奇麗に晴れてくれました。平安京ビューと銘打った、7階の部屋からの
眺めはこの通り。
街中と違って、緑いっぱいで和みますね。 -
右の方に視線を移せば、山々が青く霞んでいます。琵琶湖はあの向うの方だろうか・・
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朝食会場のカフェで朝ごはん。和洋折衷です。まぁそれなり…
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今日も、琵琶湖疏水関連の場所を巡ります。
まずはインクライン。蹴上の乗下船場からの続きとでも言ったレール。インクライン 名所・史跡
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高低差を乗り越えるため、疏水を下って来た船を乗せて運んだんだそうです。ケーブルカーのような装置でしょうか。
琵琶湖疏水の完成によって、京都・大阪・神戸を繋ぐ舟運が盛んになったことが分かりますね。鉄道や車が普及するまで、船は大いに活躍したことでしょう。 -
舟で材木も運んでいたんですね。
(疏水記念館のパネル展示より) -
更に疏水沿いに歩いて行きます。奇麗な水が流れています。
たぶん、疏水分線の方ですね。先は南禅寺あたりかな? -
こんなところに出ました。
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南禅寺船溜まりと呼ばれる所のようです。向うの方には市立動物園があって、子どもたちの賑やかな声が聞こえていました。遠足かな?
京都市動物園 動物園・水族館
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ここから大きな水路が曲がって行くのが見えます。これは、鴨川につながる水路でしょう。
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この場所に、琵琶湖疏水記念館があります。疎水事業の全般に渡って、資料のパネル展示や工具などが展示されています。
これは発電機…だったっけ?琵琶湖疏水記念館 美術館・博物館
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あの、トンネル内の竪坑の説明パネル。
(疏水記念館のパネル展示より) -
琵琶湖疏水は電力供給にも大いに寄与しました。アメリカまで視察に行った田辺朔郎の提言を入れて、当初の水車構想は発電施設建設へと変更され、蹴上の地に立派な発電所が作られました。その電気のおかげで街には電灯が灯り、工場が稼働し、電車が走りました。
琵琶湖疏水は本当に、維新後衰退しつつあった京都の町の復活に大いに貢献したんですね!!
疏水の開通式には、明治天皇皇后両陛下も臨席されたそうです。
(疏水記念館のパネル展示より) -
可愛いレゴブロックの模型もありました。
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ジオラマです。
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資料館を出た後、更に疏水を追って南禅寺に向かいます。
こちらは南禅寺三門。
南禅寺 寺・神社・教会
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さっそく高上り。
階段の急なこと!! -
新緑が気持ちいい!
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さてと、これこれ、これですよ!!
有名な「南禅寺水路閣」! 琵琶湖疏水の水路橋です。
ローマの水道橋を思い出させますね。 -
レンガのアーチが風格ありますね。境内の景観に配慮して、田辺朔郎が設計・デザインを行ったのだそうです。
いい仕事してますね~~! -
花崗岩レンガ造りのアーチ。これで力学的には重量を充分に支えてるんですね。
凄いな~~! -
水路閣を渡って、先の方へ行ってみました。こんな水路が延びています。水が流れています。琵琶湖疏水の水ですね。
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その先はまた暗渠になるようです。どこまで続いているんだろう・・
疏水分線の先はかの「哲学の道」を経て銀閣寺、さらに北へ・・
今回は無理でしたが、次回は哲学の道を逍遥してみたいものです。。。 -
琵琶湖から流れて来た大切な水。京都の再生に無くてはならなかった琵琶湖の水。
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帰りは、ねじりまんぽ と呼ばれる近道を通って、ホテルに戻りました。
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ねじりまんぽは、歩行者用のトンネル。
中学生や高校生たちが大勢通っていました。大事な通学路になっているようです。 -
この上をインクラインが通っています。その重さに耐えられるよう、レンガが渦を巻くようならせん状の形に積まれているのだそうです。
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ねじりまんぽ、面白いですね。
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ちょうど都ホテルの向かい側に、蹴上発電所があります。日本初の一般供給用水力発電所として、明治24年(1891年)に運転を開始した、重要な発電所です。現在は二代目の施設を保存。
奥に見えているのは南禅寺です。
ほんと、ウエスティン都ホテル京都はいい場所にあるなぁ・・・ -
道路から発電所の中を覗き込んでみると、導水管のようなものが見えます。
しっかり保存してあるんですね! -
また、ホテルの隣には、蹴上浄水場があります。第二疏水の水を利用した水道水の供給が、明治45年に始まったんだそうです。
映画「翔んで埼玉 琵琶湖より愛をこめて」で、滋賀県民が京都や大阪の府民に向かって
「琵琶湖の水 止めたるで~~!」と叫ぶシーンがあるそうですが、とても重い言葉なんですね?! こりゃ、映画見ないかん!!
京都は、どんだけ琵琶湖の水にお世話になっとるんじゃ??
京都のみなさん、滋賀県には足を向けて寝られませんね?!
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この旅行記へのコメント (2)
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- mistralさん 2024/05/28 19:27:41
- 琵琶湖疎水船の旅
- はなまりんさん
こんばんは。
琵琶湖疎水を辿る船旅の旅行記、拝見しました。
はなまりんさんは京都にご滞在されて、日帰りで戻ってこられたんですね。
それも疎水巡りには至便の距離にあるホテルとのこと。
もちろん、そのために予約をされたことでしょう。
私が乗船の予約をした時は紅葉の真っ盛りの時期でしたから、取れないことも
考えていたのですが、それでも最前列に陣取ることができました。
はなまりんさんも最前列のお席でしたね。
ガイドさんの説明を間近に聞くことができて良い席でした。
私たちは疎水船にはキャリーを持って乗り込みましたので
疎水記念館やねじりまんぽなど、行けなかったことを残念に思っていましたが
今回はなまりんさんの旅行記で拝見できて良かったです。
南禅寺の煉瓦のアーチも朔朗氏の設計だったんですね。
若き天才の仕事、素晴らしいことですね。
mistral
- はなまりんさん からの返信 2024/05/31 12:05:30
- Re: 琵琶湖疎水船の旅
- mistralさん こんにちは。
遅くなりましたが、書き込みありがとうございました。
実は、疏水巡りの旅を計画していた時、たまたまmistralさんのほぼ同じ行程の旅行記を”発見”して、ビックリしたんですよ。なんて写真が奇麗なんだろう、なんて文章が素晴らしいんだろうと!! こりゃあ適わんなあというのが第一印象でした。後日自分の旅行記を書きながら、更に観察眼も写真の腕も、自分はなんてアバウトなのかと自覚した事でした。仕方ないですけどね…
琵琶湖疏水船は、体験に値する素晴らしさですね。クラシックホテルが好きでいくつか泊まり歩いているんですが、あの明治の時代の建造物の力強さには、圧倒されるものを感じています。琵琶湖疏水もまさに国家百年の計が形になって行ったその象徴のように感じます。次はぜひ紅葉の季節に、大津閘門を通って琵琶湖に出るコースにチャレンジしたいものです。
mistralさんは、海外にも多々お出掛けのようですね。これからも旅行記を楽しみに拝見させていただきますね。
はなまりん
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