2024/02/01 - 2024/02/21
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一人旅のラクさん
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大学の春節休み中に、鉄道だけを用いて新疆ウイグル自治区を旅行してきました。
今回は2月6日の、新疆ウイグル自治区博物館見学と、ウルムチからクチャまでの移動について書きます。
旅程
2/1 瀋陽発・移動(瀋陽→ウルムチ)
2/2 移動(瀋陽→ウルムチ)
2/3 移動(瀋陽→ウルムチ)
2/4 ウルムチ観光(街歩き)
2/5 ウルムチ観光(天山天池など)
2/6 ウルムチ観光(博物館)・移動(ウルムチ→クチャ)
2/7 クチャ観光(キジル千仏洞など)
2/8 クチャ観光(街歩き)・移動(クチャ→カシュガル)
2/9 移動(クチャ→カシュガル)・カシュガル観光(街歩き)
2/10 カシュガル観光(カラクリ湖など)
2/11 カシュガル観光(動物市場など)
2/12 移動(カシュガル→ホータン)
2/13 ホータン観光(ラワク寺院などホータン近郊)
2/14 ホータン観光(街歩き)・移動(ホータン→トルファン)
2/15 移動(ホータン→トルファン)・トルファン観光(交河故城)
2/16 トルファン観光(火焔山などトルファン近郊)・移動(トルファン→ウルムチ→アルタイ)
2/17 移動(トルファン→ウルムチ→アルタイ)・アルタイ観光(アルタイ市街)
2/18 アルタイ観光(街歩き・博物館)・移動(アルタイ→ウルムチ→瀋陽)
2/19 移動(アルタイ→ウルムチ→瀋陽)
2/20 移動(アルタイ→ウルムチ→瀋陽)
2/21 移動(アルタイ→ウルムチ→瀋陽)・瀋陽着
※旅行した当時は私は留学中の身でしたので、旅行の開始地点は遼寧省の瀋陽となっております。ご了承ください。
※列車のみで旅行するという趣旨のため、移動の場面がかなり多くなると思われます。
※当時の元/円レートは、1元=20.7円くらいです。
それではここからが本編です。
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おはようございます。2月6日の朝です。
ホテルをチェックアウトして、今から新疆ウイグル自治区博物館へ向かいます。 -
ホテルから博物館まではタクシーで10分くらいでした。
博物館に行った後は直で駅まで向かうつもりなので、スーツケースも一緒に持っていきます。 -
新疆ウイグル自治区博物館に着きました。
ウイグルやシルクロードにまつわる貯蔵品が多く展示されており、楼蘭の美女が一番の見ものです。新疆ウイグル自治区博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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中に入りました。
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建物は4階建てで、1~3階が展示室です。
とりあえず順当に1階から見ていきます。 -
古代の衣服。
約2500年前のものらしいです。 -
こちらは鄯善国の衣服。
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象牙の何かと玉の首飾り。
こちらは唐の時代のものらしいです。 -
絹製の靴。
1階はこのくらいにしてもう2階へと向かいます。 -
2階にやってきました。
この逝者越千年という名前の展示室が、この博物館が一番の見どころです。 -
楼蘭の美女がありました。
楼蘭の美女は、1980年にロプノール湖畔の楼蘭鉄板河遺跡にて日中共同で発掘された、およそ3800年前のミイラです。
シルクロード貿易が活発になるずっと前に楼蘭に定住したヨーロッパ系のアーリア人種だと考えられており、生前はコーカソイドの特徴(彫りが深い、目が大きい、顎が尖っているなど)を多く有していたと言います。
※この先ミイラの写真が写ります。 -
肌の色こそもう真っ黒ですが、肉もまだ残っており、顔の輪郭もはっきりとわかります。
亡くなった時の年齢は40歳くらいだったと考えられています。 -
身体は毛織物のようなもので包まれており、足には革のブーツを履いています。
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こちらが生前の顔を復元した写真らしいです。
2004年に瀋陽のとある大学教授の方がCGを使って復元したそうで、復元度はかなり高いと言います。 -
子供のミイラがありました。
こちらもおよそ3800年前のミイラらしいです。 -
こちらはおじいさんのミイラ。
この展示室には計6、7体くらいのミイラが展示されていました。 -
古代の弦楽器のようなものがありました。
西域の音楽はやがて中国へと伝わり、特に隋・唐の時代には胡楽と呼ばれ、都長安の宮廷音楽を彩りました。 -
犬?の像。
なんとも言えない顔をしています。(笑) -
2400年前の弓。
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ブーツやマフラーなど。
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ホータン玉も展示されていました。
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張騫と班超の遠征のルートです。
前漢の時代、武帝に命を受けた張騫が西域を抜け大月氏まで同盟を結びに行ったのは有名な話です。
結果として大月氏と同盟を結ぶことはできませんでしたが、この遠征は漢の西域経営のきっかけとなる出来事となりました。 -
西域三十六国の地図です。
西域には天山山脈の南を通る天山南路、タクラマカン砂漠の南を通る西域南道という交易路が通っていました。
この交易路に位置する国々(オアシス都市)は砂漠を旅する商人にとって必要不可欠な拠点であり、東西交易を行う上で非常に重要な価値を持っていました。 -
こちらは亀茲国(現クチャ)のキジル千仏洞の第171窟を再現したものです。
石窟の中には幾つもの仏画が描かれています。
午後からクチャに向かうので丁度いい予習になります。 -
唐の時代の著名な僧についての説明。
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陶磁器など。
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時代が進むにつれ色鮮やかになっていきます。
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清の乾隆帝時代の新疆について書かれています。
1762年にイリ将軍を置いて新疆を設立し…1884年に新疆省が設立された…というようなことが書かれています。 -
3階にやってきました。
しかし展示室が1つしか空いておらず、それも中国語の資料だけが展示されておりまともに読めなかったので割愛させていただきます。 -
最後に2階にある玉販売店にやってきました。
高いので買うつもりはありませんがチラッと見ていきます。 -
こんな小さな玉な5000元(約10万円)だなんて…
ここ2、30年で玉の値段は何倍にも跳ね上がったらしく、そりゃ貴重なんだとは思いますが、とてもじゃないですが手が出ません。 -
そんなこんなで新疆ウイグル自治区博物館を出ました。
ほとんど西域、シルクロード関連の展示物がメインでしたが、結構楽しめました。 -
時刻は13時ちょうど。
これから列車に乗ってクチャに向かうため、そのままウルムチ駅へと向かいます。 -
13時15分、ウルムチ駅に着きました。
列車の発車まではまだ時間があるので、駅の中で昼食を取ることにします。 -
とその前に、この先乗る列車の切符を全て電子から紙に交換します。
古い考え方かもしれませんが、列車の切符などは手に残る形で残しておきたいのが性なんです。 -
窓口が混んでいて30分もかかってしまいましたが、これで全旅程の切符が揃いました。
これらの切符が予定通りに使えればいいのですが。 -
13時45分、駅の中に入りました。
ウルムチ駅は非常に大きなターミナル駅ですから、待合室も広く、2階には飲食店が幾つも並んでいます。 -
私が乗るのは15時10分発のカシュガル(喀什)行きの列車です。
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駅の2階のケンタッキーで昼食をとります。
毎食新疆料理を食べていては飽きてしまいますし、たまにはこういうのも食べたくなります。 -
14時50分になると検票開始です。
夜まで乗車することになるので、間食や飲み物を買っておきました。 -
今回はいつもの硬臥席ではなく、硬座席です。
硬座席は最も安い座席で、5列のコンパートメント席かつ椅子も硬いので、長時間の乗車はオススメしません。 -
15時10分になると発車しました。
クチャ駅には23時14分に着きます。
およそ8時間の列車旅です。 -
16時42分、トルファン北駅に到着です。
20分ほど停車します。 -
トルファン北駅では沢山の人が乗り込んできたので、硬座席はたちまち満席になりました。
トルファンを過ぎると、シルクロードのルートの一つ天山南路に沿って走り始めます。 -
天山山脈を横切るため、タリム盆地へ入るまではいくつものトンネルを抜けます。
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タリム盆地へと入りました。
南にはボステン湖、北には天山山脈の南麓が広がります。 -
19時37分、焉耆駅に到着です。
ボステン湖の西に位置する町で、古くは西域三十六国の一つ焉耆国がありました。
列車は10分もしないうちに発車しました。 -
空がどんどん暗くなってゆきます。
-
すっかり日も沈んだ20時17分、コルラ駅に到着です。
コルラは古くは渠犁国と呼ばれた町で、コルラ香梨の産地としても栄えてきました。
町の中には孔雀川が流れており、タリム川へ合流しています。
この駅では30分の停車で、20時47分になると発車しました。 -
この辺りまで来ると、車内の会話の殆どがウイグル語になります。
大半の方は中国語も話せるはずですが、普段の会話はウイグル語なんでしょうね。 -
乗る前に買ったパンをいただきます。
貧相な晩飯ですが、ホテルに着くのが日を跨ぐ前くらいになりそうだったのでしょうがないです。 -
22時18分、轮台駅に到着です。
この駅を出れば、次はコルラ駅です。
ここまでほとんど座りっぱなしですから、そろそろお尻と腰が限界です。 -
23時を過ぎた頃、真っ暗な砂漠の中にチラホラと灯が見えてくると、もうすぐクチャへと着きます。
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23時14分、クチャ駅に着きました。
やっと腰の痛みから解放されます。 -
さっさと駅を出てホテルへ向かいたかったのですが、駅員に止められてしまいました。
やはりセキリュティが厳しいのか、クチャに来た目的や、何日滞在するかなど聞かれました。
煩わしいと思う反面、ようやく新疆らしい新疆に入っていくんだなという気持ちも湧いて出てきます。 -
解放されたのが23時40分のこと、ようやくクチャ駅の外に出てこれました。
クチャは古くは天山南路の強国で亀茲国と呼ばれ栄えた街であり、人口の80%をウイグル人が占めているウイグル人の町です。
亀茲国の時代には仏教文化が興隆し、鳩摩羅什や仏図澄などの高僧も輩出しており、町の外にはキジル千仏洞をはじめとしていくつもの仏教遺跡が点在しています。
ではタクシーに乗って、とりあえず今日泊まるホテルへと急ぎます。 -
今日泊まるホテルは怡程酒店というホテルです。
何とか日を跨ぐ前にチェックインできました。 -
部屋も安い割にはかなりいい感じです。
今日はさっさと寝て、明日の観光に備えます。
といった所で今回はここまでです。
ようやくこの回でタリム盆地へと足を踏み入れました。
これから先はよりウイグル文化を感じることができるはずです。
明日はタクシーをチャーターして、郊外のキジル千仏洞とクズルガハ烽火台という観光地に行ってみようと思います。
次回はクチャ(郊外)編です。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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旅行記グループ 冬の新疆鉄道の旅
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