2023/10/30 - 2023/11/02
2914位(同エリア6951件中)
魚屋No1さん
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- クチコミ45件
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京都も奈良も、2019年に行ったのが最後です。是非にも行ってみたい場所が貯まったため、秋の正倉院展に絡めて観光してきました。
写真は、アパホテル京都祇園の私達の部屋から撮った夜の八坂神社です。
○行程
10月30日(月) 京都へ 歩行:16.2km、20,102歩
・東京発:9時39分⇒のぞみ217号⇒京都着:11時51分
・京都駅⇒市営バス⇒アパホテル京都祇園へ荷物預け⇒昼飯(祇園権兵衛)
・祇園⇒タクシー⇒将軍塚⇒徒歩で知恩院⇒祇園の建仁寺と六波羅蜜寺
・夕飯:志る幸で利休弁当
・泊:アパホテル京都祇園 ツイン18㎡ 2泊で19,455円 八坂神社前
10月31日(火) 京都観光 歩行:16.9km、20,925歩
・前田珈琲高台寺店でモーニング
・阪急京都河原町駅⇒阪急桂駅⇒桂離宮 ・昼食:阪急桂駅の街中華
・阪急嵐山駅⇒法輪寺⇒渡月橋⇒嵐山の竹林(激混み)
・嵐電嵐山⇒四条大宮・阪急大宮⇒京都河原⇒新京極・錦小路・高島屋等
・夕飯:ぎをん や満文 青木
11月1日(水) 奈良へ 歩行:22.4km、27,777歩
・京阪祇園四条⇒丹波橋で乗り換え⇒近鉄丹波橋⇒大和西大寺⇒近鉄奈良⇒
猿沢の池近くのホテルパゴダへ荷物預⇒元興寺⇒奈良ホテル横⇒荒池⇒
東大(転害門、正倉院、手向山神社、三月堂、二月堂、ミュゼ 大仏殿)
・昼飯:東大寺門前夢風広場「わらべ 喜庵」で蕎麦 ・ホテルで昼寝
・正倉院展 奈良博 16時からのレイト割りで2千円⇒1500円に
・泊:HOTEL PAGODA ツイン28㎡ 10,688円/泊
猿沢の池の直ぐ近く ・夕飯:ホテルで「たなかの柿の葉鮨+α」
11月2日(木) 奈良観光 歩行:15.7km、19,482歩
・ホテル⇒バス⇒春日大社⇒ささやきの小道⇒新薬師寺(十二神将)
・バス⇒興福寺(国宝館、工事中の五重塔と金堂、北円堂の特別拝観)
・バス⇒平城宮跡⇒バス⇒近鉄奈良⇒昼食(うどん)と土産⇒近鉄京都
・京都⇒新幹線⇒自宅 夕飯:車中で「いずうの鯖寿司+α」
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 3.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 新幹線
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
9:39東京発 のぞみ217号 14,170円/人⇒11:51京都着
新幹線の本数は多いから、指定券は東京駅で買えばよいとのんびり構えていたのですが、1時間後でも横並びの席は残っていませんでした。通路側の縦並びの席なら、予定より2本後の列車にあったので、この指定席を仕方なく購入して京都に向いました。甘く見ていました。 -
晴天で、富士山が綺麗に見えました。
ただ、ガラス窓越しの写真はどうしてもボケてしまいます。 -
東海道新幹線の車内販売は、明日の10月末で終了します。
そこで記念に、有名な硬いアイスを買いました(340円)。
ウィキペディアにもシンカンセンスゴイカタイアイスの項目がありますが、味は普通です。 -
京都に到着。
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京都駅は誇大妄想の極みか。
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先ずは、荷物を預けに、2泊する「アパホテル京都祇園」へ向いました。
祇園へ乗り換え無しで行ける206系統の市営バスの乗り場はD2です。
市内を反時計回りで循環する206系統は、230円/人の均一料金で、京都駅⇒京都国立博物館・三十三間堂⇒清水道(清水寺)⇒祇園⇒知恩院前⇒百万遍⇒北大路バスタ⇒大徳寺前⇒千本今出川⇒四条大宮⇒七条大宮(京都水族館前)⇒京都駅というゴールデンルートを廻るためか、乗り場はインバウンド客も加わって大行列でした。 -
アパホテル京都祇園の玄関です。
八坂神社の正面から100mほどいった四条通りにあります。
フロントは2階、1階はスタバと菓子屋です。 -
アパホテル京都祇園の玄関前からは、八坂神社がこんな感じに見えます。
オフシーズンではありますが、この立地で、ツイン(18㎡)1泊1万円以下は劇安です。 -
荷物を預けたら、お昼御飯です。狙っていた場所は、写真の「祇園権兵衛」か、直ぐ近くの「おかる」でした。
それなりに有名なので行列を覚悟しましたが、1時30分頃でも、両方共にご覧の通り。なので、目の前の此処に入りました。 -
店内も空席だらけでした。
私は木の葉丼1250円、連れはしっぽく(東京のおかめ)1300円。
空いているのは、普通に美味しいレベルなのに観光地値段のためなのかも。 -
最初の観光場所は、連れのお薦めの将軍塚です。
将軍塚といっても、目的地は、天台宗青蓮院門跡『将軍塚青龍殿』に付随する、京都市街を一望できる木製の大舞台です。
将軍塚青龍殿は、1913年(大正2年)に大正天皇の即位を記念して京都北野天満宮の境内へ建てた「大日本武徳会京都支部武徳殿」を2014年(平成26年)に移築したもので、大舞台も、この時に整備されました。
将軍塚青龍殿は、東山ドライブウエイの終点にある東山山頂公園に隣接しています。この道路を徒歩で行くのは厳しいため、通常は自動車利用ですが、旅行計画を練っている最中、知恩院からの登山道という魅力的なルートを見つけました。
ただ、地図が入手できませんでした。そのため、往きは祇園からタクシーで、帰りは可能なら登山道を下ることにしました。タクシー代は、蹴上経由で1800円ほどでした。 -
大舞台へは、国宝『青不動』が納められてる、この青龍殿にお参りしてから入ります。青不動は平安後期の仏画で、園城寺(三井寺)の「黄不動」、高野山明王院の「赤不動」とともに三不動と称されます。
ただ、本物の『青不動』が安置されているのは青龍殿の奥殿です。通常拝見できるのは複製品なのですが、毎日供養される場所で拝見すれば、信仰心を持たない私でも有難さを感じられました。 -
大舞台から北の方向の景色です。
左の森は、京都市左京区黒谷町にある浄土宗大本山の金戒光明寺です。
なお、将軍塚の名前は、桓武天皇が平安京に遷都する際、京の都の鎮護のために作った将軍像を此処に埋めたことに由来するそうです。 -
金戒光明寺をズーム。といっても、使っているカメラは、倍率が5倍(35mm判換算24-120mm相当)で2014年製のNikonのCOOLPIX P340なので、大して寄せられません。
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御所方面。
四角い森は御所、手前の緑の線は鴨川。 -
下鴨神社がある鴨川デルタの方向です。
左の上に続く緑は鴨川、右手に伸びる緑は鴨川デルタで合流する支流の高野川です。
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写真は、もう一ヶ所の展望台から見た御所方面。
この展望台と大舞台の間には、目立ちませんが(私もスルーしてしまった)代名詞になっている将軍塚があります。
ともあれ、以上の写真で判るように、青龍殿からの眺望は手前の木が邪魔して足下が見えません。近くにある平安神宮や南禅寺が見えないため、下に2枚示したウェスティン都ホテル京都 の屋上や大文字山の眺望と比べると少々つまらないものでした。
なお、公園の直ぐ近くに無料の「東山山頂公園 展望台』があることに気が付いたのは帰宅後です。京都が舞台のドラマで出てくるのは、こっちの方なので、立ち寄らなかったのは失敗です。残念。 -
これは、2010年にウェスティン都ホテル京都 の屋上で撮したもの。
左に見える赤い鳥居は平安神宮。その右側の青い屋根の大きな建物は、2020年のリニューアルに伴い京セラが命名権を取得した京都市立の京都市京セラ美術館です。 -
こちらは、やはり2010年に左大文字山で撮した都ホテル の方向です。
左の山裾に都ホテルが見えます。 -
青龍殿の庭です。
広くはありませんが、凝った造りの回遊式なので、かなり楽しめます。 -
青龍殿の受付で聞くと、徒歩で知恩院に下るのはさほど難しくなさそうなので歩くことにしました。
道はこんな感じで悪くありません。登ってくる人とは数名会いましたが、往復だと少々シンドイと思います。 -
もっとも、倒木が道を塞いでいる場所はありますが。
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将軍塚への登山道の知恩院側の出入り口です。
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将軍塚の登山道は知恩院のこの鐘撞き堂の裏です。
奥の方に、上の写真の登山道の入り口が写っています。 -
祇園方面に向う時に通過した『知恩院」の御影堂です。
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次の目的地は、祇園の建仁寺です。
この、知恩院近くにある円山公園の入り口から⇒八坂神社⇒アパホテル京都祇園⇒祇園花見小路⇒祇園裏通り⇒建仁寺と歩きました。 -
祇園の裏通りを大廻りをしたため、建仁寺へは裏口から入ってしまいました。
そのため、建仁寺で最初に見たのは、この法堂(はっとう)です。
建仁寺は、栄西が建仁2年(1202年)に開山した禅宗の臨済宗建仁寺派の大本山です。何回も火災に遭っているため、この法堂は、仏殿(本尊を安置する堂)と法堂(講堂にあたる)を兼ねた本堂として、明和2年(1765年)に再建されたものです。 -
方丈の庭です。
入り口は本坊なので、法堂を回り込んだ上で、本坊⇒この庭に面した方丈を通過するコースを通らないと、法堂の内部には到達できません。 -
法堂の天井絵です。
2002年(平成14年)に創建800年を記念して小泉淳が描いた「双龍図」です。
ただ、線は硬いし、龍の躍動感も乏しく、次に載せた写真の海北友松の雲龍図(重文)と同じ敷地に置いては気の毒なレベルでした。 -
方丈にあった、海北友松の雲龍図ふすま絵(桃山時代、重文)です。
オープンスペースに置かれているので、当然、複製です。ですが、複製といっても、キヤノンが行なっている文化財未来継承プロジェクトの一環として作った高精細複製品なので、私のような素人は区別がつきません。という以上にうれしかったのは、元々置かれていた場所で絵の雰囲気を味わう経験を得られたことです。そんな場を作ってくれた寺とキヤノンに感謝しました。 -
俵屋宗達の代表作として名高い「風神雷神図」です。
建仁寺が所有する唯一の国宝でもあります。原本は京都国立博物館へ寄託しているので、これも、キヤノンの高精細複製品です。それでも、迫力は十分でしたよ。 -
この時、キヤノンが作成した高精細複製品の特別展示を行なっていました。
建仁寺の所蔵品に加えて、スミソニアン国立アジア美術館(フリーア美術館、アーサー・M・サックラー・ギャラリー)が所蔵する作品が複製として多数展示されていました。これはこれで楽しい見ものでした。
写真は 尾形光琳の群鶴図屏風 江戸17~18世紀 フリーア美術館蔵
でも、この絵の線はへたくそで、違和感があります。 -
枯山水の方丈の庭は、隙のほうから下りられて、方丈の裏手にある書院の庭を散策できます。
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書院の庭です。
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大書院への渡り廊下から見た中庭です。
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葛飾北斎の玉川六景図 フリーア美術館蔵の複製。
北斉の絵だというものも多くありましたが、私が知っている北斉とはずいぶんと違う感じがします。それに、北斉の肉筆画はこんなに残っているのでしょうかね。疑問です。 -
次の目的地は、2022年に箱根の山を越えて上野の博物館までお出ましいただいた『空也上人立像』で一躍有名になった六波羅蜜寺です。
木造のシックな町屋が続く祇園の裏通りを歩いていると、このど派手な建物が突然出てきて驚かされました。
この寺の起源は、踊り念仏で知られる空也上人が平安時代の天暦5年(951年)に創建した十一面観音を本尊とする西光寺と称する道場です。上人の没後の貞元2年(977年)、比叡山延暦寺の僧・中信が六波羅蜜寺と改称して中興しました。その後、平家の庇護を受けて隆盛したものの、寿永2年(1183年)に平家が都落ちした際に炎上して本堂だけが残ります。この本堂も度々火災に遭い現在の建物は貞治2年(1363年)の再建です。文禄年間(1593~1596年)に豊臣秀吉が本堂の改修を行った際、真言宗智積院の末寺となり、江戸時代までは大伽藍を擁していました。しかし、明治の廃仏毀釈で荒廃し、境内は、民家に囲まれた現在の狭さまでに縮小してしまいました。 -
重文の本堂です。悪疫退散を念じて空也上人が刻んだという12年毎の辰年に開帳される本尊の十一面観音立像(国宝)が納められています。
昭和44年(1969年)に創建千年を記念して解体修理を行い、現在の朱の柱と白壁の鮮やかな装いになりました。でも、この派手な外観から、コンクリート造りの新しい建物だと思い込んでしまった私は、横目で眺めただけで通過してしまいました。残念。 -
木造空也上人立像を始めとした重文14体を含む17体の像は、令和4年(2022年)に竣工したコンクリート製の「令和館」に収められています。
*収蔵の重文 ウィキペディアから
・木造空也上人立像 鎌倉時代、運慶の四男・康勝の作
・木造僧形坐像(伝・平清盛像) - 鎌倉時代
・木造地蔵菩薩坐像 - 鎌倉時代 寺伝と作風等から運慶作とされる
・木造伝・運慶坐像、伝・湛慶坐像 - 鎌倉時代
・木造四天王立像 4躯 - 平安時代。空也による創建期の遺作
増長天像は鎌倉時代の補作
・木造薬師如来坐像 - 平安時代 中信による中興時の像と考えられる
・木造地蔵菩薩立像 - 平安時代。六波羅地蔵堂に安置されていた
『今昔物語集』にも取り上げられている著名な像
・木造弘法大師坐像 - 鎌倉時代 快慶の弟子長快の作
・木造閻魔王坐像 - 鎌倉時代
・木造吉祥天立像 - 鎌倉時代 -
木造空也上人立像
見慣れているせいでもありましょうが、多数の重文の中でも、この像は別格の感じがしました。此処も撮影禁止ですが、この像だけは載せておきたいので、ウィキペデアから借りてきました。
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四条通りのホテル近くまで戻ってきました。
歩き疲れたので、血糖値を回復するため、四条通に面した伊藤久右衛門祇園で抹茶パフェ(1090円)を食べました。
栗が大好きな連れは、モンブランパフェ(1390円)です。 -
今晩の夕食は、美味しくて、雰囲気も良かった木屋町の「志る幸」へ再訪です。
京都最大の繁華街といってよい四条通りから少し入った河原町にあるので、大行列を覚悟したのですが、写真のように人が殆どいません。 -
室内の雰囲気は以前と変わらずですが、客の入りは半分以下で、少し変です。
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頼んだ酒が先に出てきました。
袴が付いた徳利で飲むのは久しぶりです。 -
しる幸の名物の利休弁当(2700円)です。
味噌汁の変更を聞きに来ましたが、うっかり頼むととんだことになるのは、前に訪れた時に知っていいるので、余裕でパス
楽しみにしていた利休弁当は、以前と同じ盛り付けで期待したのですが、かやく飯はモサモサ、おかずも味がありません。2010年に訪れた時の美味しさはどこへ行ったのでしょうか。これでは、店がガラガラになるはずです。一食損してしまいました -
旨かったのは、この賀茂ナス田楽(1000円)だけ。
お値段は、ビールと酒を1本ずつ頼んで、合計8400円でした。
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アパホテル京都祇園のツインはこんな感じです。
18㎡なので広くはありませんが、荷物が少ない私達にはこれで十分だし、圧迫感も無かったため、快適に過ごせました。 -
2日目 10月31日(火)
ホテルの部屋の窓から見えた朝の八坂神社。
この景色を楽しめることが、このホテルを選んだ理由の一つです。 -
前田珈琲高台寺店でモーニングをするために祇園の路地を通り抜けていきます。
これも、アパホテル京都祇園の醍醐味です。
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八坂の五重塔が見えました。
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高台寺下の石塀小路にある田舎亭です。
テレビドラマの京都迷宮案内で、橋爪功さんと北村総一朗さんが下宿していた場所です。 -
石塀小路はこんな感じ。
祇園は、玄関が路地に直接面している小さな家が並んでいますが、こちらの通りは、塀で囲まれた大きな家ばかりです。 -
前田珈琲高台寺店は満員で、30分ほど待ちました。客の半数以上は外人でした。
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モーニングセットは1450円、安いホットドックセットでも1360円です。
結論から言えばガッカリ。絶妙な量のミルクと砂糖を既に入れてある京都風のコーヒーでなかったためです。出来合いを集めだけのプレートは兎も角、ただのコーヒーを飲むのだったら、此処へ行く意味がありません。
ということで、翌日の朝飯は四条大橋近くのマックになってしまいました。 -
今日の最初の観光先は桂離宮です。そのため、四条大橋を渡って阪急の京都河原町駅まで歩きました。
写真は、桂駅で下車して桂離宮へ向う途中で撮した阪急電車です。
なお、桂離宮の後は、嵐山にある電気と電波の神様の電電宮が祀られている法輪寺と嵐山の散策を予定しています。 -
駅から徒歩15分で到着した桂離宮の前庭です。
さすがに宮内庁管理ですね。前庭ですら丁寧な手入れがなされています。
12時の入場で予約を入れていましたが、11時前に到着してしまいました。京都はどこも混んでいると聞いていたので変更は無理かと思いましたが、聞いてみると、11時でも空きがあるとのこと。お陰で、時間を無駄にせずに済みました。
なお、京都御所と修学院離宮は無料なのに、此処だけが有料(千円)なのは何なのでしょうかね、とはいっても、支払った以上の価値は十二分にありました。 -
一般人は、参観者休所で時間まで待機した後、この入口から入ります。
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入って直ぐに見える池。
桂離宮はこの池の周りを巡る地泉回遊式の最古の庭園です。 -
最初に案内された場所は、皇族や国賓といった「やんごとない人」だけが利用できる御幸門です。
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綺麗な苔の中にキノコが生えていました。
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典型的な地泉回遊式の庭園です。
この型式の大名庭園は東京にも多数ありますが、茶屋などの建物まで完全に整備・保存している例は知りません。大いに楽しめたので、もっと良い写真を載せている旅行記はありましょうが、私の記憶のために何枚かを掲載します。 -
時計回りで池の周囲を散策すると、最初に到着する松琴亭です。
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松琴亭から見た書院(左)と月波楼(右)です。
吹き替えたばかりの書院の屋根が綺麗です。 -
賞花亭へ向かう御一行様。
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円林堂
念持仏(日常的に礼拝する仏像)や位牌を安置する持仏堂なので、桂離宮で唯一、本瓦葺の寺院様式で建てられています。 -
茶屋の笑意軒です。
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書院の屋根は、柿(こけら)葺きという、薄く割った板を竹釘で止めた板葺きです。板は、色が直ぐに変わってしまうので、このコントラストは極めて珍しいのだそうです。
旅行計画を練っていた時は、屋根を葺き替えている最中で、工事中は素屋根で覆われていると聞いていました。書院の全体は見られないだろうと思っていたのですが、既に取り払われていました。案内してくれた職員に聞くと、取り払ったのは2週間前だとのこと。実にラッキーでした。 -
珍しくも美しい景色なので、建物の写真をもう1枚載せておきます。
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感動的に美しい造作です。
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なので、こちらの方も、もう一枚。
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最後に立ち寄った建物は、松琴亭が望める月波楼です。
12時のグループが到着したところのようです。 -
名残惜しかったけれども、以上で見学は終了です。
昼飯を食べに行くため、前庭を通って桂駅に向います。
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桂離宮の近所のめぼしい店は定休日です。なので、阪急桂駅で朝見つけた「ラーメン横綱 桂麺房」でランチにしました。
連れは普通の担々麺(870円)。私は写真の赤辛野菜担々麺880円+半炒飯180円。かなり美味しい街中華でした。 -
食後は、阪急嵐山駅近くの法輪寺へ向います。
創建が奈良時代の法輪寺は、有名な渡来人の秦氏と関係する、渡月橋は寺僧の道昌が承和年間(834-848年)か貞観年間(859~877年)に架けた、十三詣りで有名、電気・電波の神様を祀る電電宮があるなど、興味深い由緒を持っていることが今回参拝しようとした理由です。 -
下車駅は終点の阪急嵐山駅です。
渡月橋や嵐山の最寄り駅の一つでもあるためか、人が著しく多くなりました。 -
法輪寺の参拝には、渡月橋脇の裏参道からの方が有名ですが、初めて参拝するので表参道へ廻りました。写真は、山門を入った直ぐ右手にある電電塔です。
電電塔は、昭和31年(1956年)に当時の近畿電波監理局の平林金之助局長が、「今後電波の利用が増加すると予想されるため、電電明神を電気と電波の祖神として祀り、併せて電気電波関連の先覚者や事業者の霊を顕彰すべきである」と主唱したことに賛同した関西の電気電波関係者が同年中に建立しました。中央に関係者の霊を顕彰する石塔、向って右に電気研究者の代表としてエジソン、左に電波研究者の代表としてヘルツの銅製の肖像を配してあります。 -
表参道の石段は煩悩と同じ数の108段あるそうです。
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石段の途中に、敢えてここへ参拝に来た理由の一つの『電電宮』があります。
法輪寺の本尊は、「明けの明星」の化身とされる『虚空蔵菩薩』なので、光の関連として、雷の神の「電電明神」を主神とする『明星社』を鎮守社のひとつとして平安時代に創建しました。しかし、同社は元治元年(1864年)の禁門の変(蛤御門の変)の際に本堂と共に焼失してしまいまた。その後は仮宮の状態が続いたものの、電電塔を建立した電気電波関係者の尽力で、昭和44年(1969年)に社殿を再建して『電電宮』へと改称しました。 -
明治17年(1884年)再建の本堂です。
この寺で有名な行事は十三まいりです。3月13日-5月13日(4月13日の前後1か月)と10月-11月に、数え年で13歳になった男女が、健康を願い参詣する「知恵詣り」とも呼ぶ京都独特の行事で、お詣りが済んだ後の帰路、渡月橋を渡るまで、後ろを振り返ると知恵が本堂に帰ってしまうという言い伝えがあるそうです。 -
昭和11年(1936年)再建の多宝塔です。
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この門の先に、渡月橋や嵯峨野を一望できる舞台(見晴台)があります。
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舞台から見た渡月橋です。
素晴らしい眺望を無料で楽しめるし、空いてもいるので、嵐山に出かけたなら、此処には是非にも立ち寄るべきだと思いました。 -
法輪寺の裏参道に続く裏門です。
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渡月橋付近にある、法輪寺の裏参道への門です。
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渡月橋を渡ります。
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嵐電の嵐山駅前は雑踏状態です。
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竹林はあまりの人での多さに辟易し、さっさと退散しました。
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写真は、表紙にも使った、部屋から見える夜の八坂神社です。
嵐山を退散した後は、河原町に出て、新京極・錦小路・高島屋を流しました。
新京極は以前のままですが、錦小路は外人の食べ歩きで激混みです。土産の下見を兼ねていたのですが、昔ながらの漬け物屋やおばんざい屋(特に琵琶湖の魚料理)は埋没しています。。そのため、早々に退散し、高島屋に移動したものの、此処の京菓子や漬物も、殆どは東京で買えます。仕方なく、ばらまき用の漬物を買って、自宅に送ってもらうように手配しました。
その後は、ホテルでしばらく休憩です。 -
今回の旅行でのメインディナーは、これも連れが以前に友達と行って感激したという『ぎをん や満文 青木』です。
店は、祇園花見小路『一力』の裏にある弥生小路にあります。弥生小路は「観光客を立ち入り禁止」の看板を立てたことで有名になった私道ですが、私達は店の客です。堂々と通行するのは、何か優越感を感じられました。 -
座敷は、こんな中庭に面しています。
-
天井もおしゃれ。
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九品の付け出しです。どれも旨し。
頼んだのは一ドリンク付き6100円のコースです。 -
造りは、アラ、サワラ、本生マグロ赤身です。
ただ、旨すぎで写真を撮り忘れました。 -
吸物 松茸の土瓶蒸し。
松茸御飯は毎年家で作りますが、土瓶蒸しを食べたのは何時だったのかは思い出せないほど昔です。 -
煮物椀です。
-
蓋を開ければこんな感じ。
この後、止椀、炊込み御飯、水物(寒天)と続きました。
店に入ったのが18時30分、店を出たのが20時20分。2時間近く大いに楽しめました。この日、会社の送別会が行なわれていました。こんな店で送り出してくれるなんて、京都人がうらやましくなりました。 -
わんこに見送られて、徒歩2分のホテルに戻ります。
お休みなさい。 -
3日目 11月1日(水) 今日は奈良へ行きます。
朝ご飯を食べるために四条河原町へ向います。
朝の花見小路は、昼間の喧噪が嘘のようです。 -
四条大橋のたもと、京都南座の向いには、大正5年(1916年)創業の『レストラン菊水』があります。以前から気になってる店ですが、この辺りで食事をする場合、洋食の序列は低いので、未だに訪れていません。
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四条大橋を渡った先には、東華菜館があります。
大正13年の創業時は洋食レストランだったのですが、中国人に売り渡したため、
昭和20年末に中華料理の「東華菜館」になりました。これも気になる店ですがまだ行ったことはありません。 -
ミルクと砂糖を店が入れる京都風のコーヒーを飲みたかったのですが、店の宛てがありません。そのため今朝は朝マックでお手軽に済ませます。
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ホテルへ荷物を取りに帰る途中、四条通りには清掃活動を行なっている人達がいました。主体は不明ですが、十人近くいたし、揃いの法被を着ているので、日常的に行なっているのでしょうね。
-
奈良へ向います。
祇園から奈良への最も繰り的なコースは以下のとおりです。
京阪祇園四条⇒丹波橋で乗り換え⇒近鉄丹波橋⇒大和西大寺⇒近鉄奈良
以降は奈良編で紹介します。
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