2023/11/05 - 2023/11/09
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ソウルの旅人さん
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「その6」はサムスン美術館、梨泰院界隈,龍山にある鉄道踏切を訪ねる。
タイトル写真はその“踏切”
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
地下鉄1号線ソウル駅
DMZから午後2時頃ソウル市内に戻った。これから南山の南側山麓にあるサムスン財閥が作った美術館である「Leeum」に向う。 -
地下鉄6号線漢江鎮駅が美術館への最寄り駅である。
今まで通り地下鉄では迷うこと無くスムースに到着する。 -
リウム(Leeum)
三星(サムスン)財閥の創業者イ・ビョンチョルが収集した古今東西の美術品を展示している。リウムとは家名のイ(英語表記はLee)とMuseumの最後(um)の合成とのことなので、『李家美術館』となる。
韓国財閥の代表は「現代(ヒュンダイ)」と「三星(サムスン)」である。戦後の混乱期から起ち上がり、違法行為を含めて貪欲な経済活動にて現在は圧倒的存在感を誇る。「現代」は今まで多く見てきたが、「サムスン」の力を見せつけるのがこの美術館である。 -
美術館への道筋
美術館のある漢南洞は李氏一族の自宅のあった場所で、当然ながらソウル有数の高級住宅街である。駅から坂のある閑静な住宅街を歩くこと10分で到着する。韓国だけではなくヨーロッパの近現代芸術品を多数所有する大美術館である。入場料は無料。これだけの施設を全ての来訪者(外国人観光客を含む)に無料で提供する精神―即ち文化財を独り占めにせず、社会に解放する姿勢が財閥の使命であるとする精神に敬意を表する。同時にその莫大な費用を負担出来る能力に驚嘆し、サムスンの底知れない財力を誇示しているようにも見える。 -
美術館入口
財閥の美術館に足を運ぶ人は少なく閑散としていると思い込んでいたが、とんでもない思い違いだった。館内は学生を含め若人達が犇めいて騒々しかった。水曜日の午後であるから学生達は課外学習なのであろうが、それにしても老人は見当たらず、若い子ばかりだった。 -
館内は写真撮影不可なので内部紹介は出来ない。
写真は私の収集品で代用するが、Leemu展示品とは一万倍以上の価格差がある。
申すまでもなくこんな貧相な展示品ではない。 -
最初にとんでもない失態を演じた。
入館すると受付カウンターがある。受付嬢は韓国語で「・・・」と尋ねてくる。複数の展示棟があり、どの分野の展示館を見るのかと尋ねていることは判った。それは判ったのだが、韓国伝統工芸展示館を見たいという返事が出来ない。困惑して無言で立ち往生する。それを横に並んでいた日本の女性が聞いていて、Papagoを出し“伝統美術品館をみたい”と表記した翻訳文を受付嬢にみせてくれた。それで了解され入場券を入手する。私が今回旅行で計画した行動を他の日本人旅行者が替りに実行してくれた。情け無く、恥ずかしい。落ち込んだ。 -
バッグ等の持物は会場に持ち込めない。全てロッカーに入れる。
韓国伝統美術工芸品の展示館に向う。
場内は薄暗く、展示品だけにスポットライトが当たる展示だった。一つ一つの展示品が高級美術品のようである。
三国時代(高句麗・百済・新羅)は遺跡から発掘されたと思しき環頭太刀・壺や杯の土器類・金銅製冠・金製耳飾・青銅鏡・馬具などが並ぶ。全て学術的価値の高い発掘品に見える。私が今まで見てきた公設のソウル・慶州・公州・金海・高霊の博物館より凄いかもしれない。入手方法が気になる程だった。 -
次の高麗時代は青磁である。
日本には多くの青磁名品が持ち込まれ、かなりの数を見てきた積もりである。この写真の青磁の色が【青磁色】と思っていたが、Leeum美術館の青磁はそれらと異なる色と彩だった。言葉では表現しにくいのだが、もっと淡い色彩だった。これが本来の青磁なのであろう。素人がみても「素晴らしい!!」と声をあげたくなった。 -
この美術館訪問の主目的は李朝の粉青沙器と白磁コーナーである。素晴らしい白磁を沢山見ることが出来ると心躍らせていたのだが・・・・。
Leemuの白磁は真っ白で大きくぴかぴかの艶があり、染め付けは青々と明瞭である。スポットライトをあびた白磁は高級感に輝いていた。大阪中之島にある「東洋陶器美術館」は安宅コレクションが中心であり、中核は李朝白磁である。その白磁は真っ白ではなく少しくすんだ象牙色であり、壺は少し歪みがあって均整が取れておらず、染め付けは消え入るような淡い着色であり、艶はぴかぴかの全艶ではなく七部艶程度である。安宅コレクションを収集した安宅英一が李朝白磁に見出した
“美”はこのような不完全な非完成品の楚々とした自然の“美”だった。
イ・ビョンチョルが集めた李朝白磁は最終的に完成した完璧な白磁だった。財閥のトップに登り詰めた男が最高峰の美しい白磁を集めることは当然であろう。私が見ることが出来ると思っていたのは安宅英一の“美”である。残念だった。
日本人と韓国人が李朝白磁に見出す“美”の相違が如実に表れている事を了解した結果になった。 -
写真は2015年11月11日に訪問した19世紀の李朝陶磁器制作場である分院里を訪問した時に入手した磁器の欠片である。
分院里は広州にあるが、観光客が容易に訪問出来る場所ではなかった。ソウルから近距離乗合バスにて1時間30分かかり、降りる停留所が不明で迷ったり、また時刻表通りにバスが来ず、結局2時間歩き回ってやっと近くの町に辿り着いた。今思い出しても往還出来たのが不思議である。
リウム博物館は近現代の韓国・欧州の美術品を所蔵しているがそれらは次回とする。繰り返すが、これだけの美術館を造り、無料で開放し、維持する財力はどうして生まれるのだろう。大原美術館あたりとは桁が違がうのである。 -
梨泰院の大通り
リウムと梨泰院は近い。10分も歩けば梨泰院に到着する。 -
梨泰院の中心にあるハミルトンホテル
梨泰院は基地の街だった。近年まで大きな米軍基地があり、しかもそこは旧日本軍の龍山駐屯地だったのであり、長年に亘るソウルの軍事地域であった。米軍が移転した後、この街は現在では多様な外国人が集住する多国籍人町となっている。
米軍基地跡地は大部分がそのまま残っており、その一部にユン大統領が青瓦台から大統領執務館を移した。この地区が今後のソウルの焦点になるようだ。 -
グローバルフード通り
ハミルトンホテルの裏側にある多国籍料理店が並ぶ有名通りである。ユーチューブ梨泰院紹介動画にて何度に見たが、昼も夜も人通りが絶えない道だった。 -
いつも人が溢れていたのに今日は無人である。店舗も開いていない。
あの事件以後は人が集まらなくなったのか? -
グローバルフード通りから大通りへ降りていく坂道。
-
坂道の道路上に埋め込まれているプレート。
【10月29日】 -
坂を下りて振り返る。
2年前、ハロウィンの悲劇が起こったあの坂である。ここで500人以上が折り重なって死亡した。信じられないほど細い坂道だった。 -
観光客が気軽に写真を撮る場所ではない。
出来るだけ素早くその場を離れた。 -
梨泰院を隅々まで見て回る計画を立てていた。この階段を上がっていくとディープ梨泰院が広がっているのだが、ネーバー地図は無くPapagoは機能しないので探検するには無理がある。迷子になったら・・・。結局止めた。
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大通りから大きく外れない裏道だけ行ってみた。
-
平坦地と思っていたが、ここも落差のある坂道と階段である。
基地の街の裏町風情はあるか。 -
ディープな裏道散策を避けて、超人気ドラマ『梨泰院クラス』ロケ地を巡る。
主人公が最初に作った飲食店「タンバム」。 -
屋上からソウルの街を見るシーンは印象的だった。
「タンバム」とハングルで記載されている文字は消えかかっている。 -
ドラマのポスターが貼ってあった。変色している。
4~5年前はこのロケ地訪問者が列を成していたようだが、今日は私達だけだった。 -
「タンバム」は梨泰院の西の外れになり、そこからすぐに「緑莎坪の陸橋」がある。梨泰院クラスに登場して超有名観光地になった。
右端に写っているのがその陸橋である。 -
緑莎坪の陸橋上から見る南山タワー
確かに絵になる情景だった。
左側の緑地帯が旧米軍基地である。 -
南山の南斜面に当たる。
今まで北側からばかり見ていたので、このアングルは新鮮だった。 -
地下鉄「緑莎坪駅」(ノサッピョン駅)
梨泰院駅より一つ手前の駅であるが、地下鉄駅と思えない凄く凝った駅だった。 -
これが地下鉄駅の天井である。
韓国では思い掛けない場所にハッとする景色が見つかる。 -
梨泰院から鐘路3街に帰る時の地下鉄風景。
赤い座席は妊婦専用座席になっている。車内は満員にも拘わらずこの席に座る人はなく、さすがに韓国と感心した。
しかし、帰国してから韓国ニュースを見ていたらこの座席を妊婦以外が占領して妊婦が座れない苦情が多いことが報じられていた。一度の経験で感心するものではない。
夕食はキンパ天国鐘路3街店で食べる。店頭で忙しく働いているアジュンマとは顔見知りになった。
明日は帰国日である。四泊五日は長いと思っていたが、アットいう間に終わる。 -
11月9日第5日目 最終日
鐘路3街の交差点。奥に見えるのは南山タワーである。
帰国日だが、飛行機は19時であり、十分な時間がある。精一杯ソウルを駆け巡ろう。 -
地下鉄1号線「龍山駅」
地下鉄だが地下ではなく地上に駅がある。この駅は漢江のすぐ手前にあり、漢江の地下を通すことは出来ず鉄橋で渡ることになる為である。その鉄橋とは2日前に63ビルからみた漢江鉄橋である。
これから63ビルから見下ろした地域を歩いて行くことになる。見下ろした景色は実際の地上ではどんな姿なのか? -
龍山駅構内
この駅は韓国鉄道のターミナルになっており、ソウルの中心駅である。地下鉄駅はほんの一部で、構内は韓国各地に向う旅行者・観光客と近辺のビルに勤めるサラリーマンが行交う。 -
駅出口階段上からの駅頭風景
新しいビルが林立する。新都心の景観である。 -
龍山駅正面
斬新なデザイン駅舎か、それともバランス感覚を欠いた不整合な駅舎か? -
屋根上に置かれたロボット
有名なロボットなのであろう。だが、ターミナル駅正面に置くような装飾ではあるまい。昨日の地下鉄「緑莎坪駅」の凝った意匠に比べると安易過ぎる。
平凡と非凡が混在する景色が面白い。 -
駅の正面左にある「ドラゴンヒル」
韓国式サウナの巨大スパ(チムジルパン)である。10年前は有名観光地だったが、現在は休業中。古い韓国の価値観が思いっきり感じられ、これが本来の龍山駅正面の姿だった。今は周囲の高層ビルとは似ても似つかない異形になっており、恐らく近いうちに消滅するだろう。 -
「ドラゴンヒル」と道路を挟んで正対している新しいビル群。
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龍山駅前通り。
元々龍山は「ドラゴンヒル」に代表される古い地域であるが、急速に新しい街に変貌している。 -
龍山駅前の横断歩道に設置されていた地面信号。
地面に信号が埋め込んであり、新しい街であることを表現している。 -
地面信号の赤信号
信号機より判りやすく、歩行者には有用である。
日本にもあるのだろうか? -
龍山駅から南方向に歩いて行く。
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風景は一変し、韓国下街の風情に変わり、観光地の景色ではなくなる。
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駅前から僅か200㍍歩くと韓国伝統の『洞』になる。
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2日前に63ビルから撮ったこの地域の写真
○が龍山駅前ビル群・▲が駅前の建設中ビル・×が高層住宅群・漢江鉄橋が少し見える。青で囲った部分が今歩いている古い区域である。高層アパートに隠れている部分は点線で囲んだ。ビル群に囲まれて見えずらいが、この一帯だけが凹んでいる。 -
なおも南行すると一層寂れた住宅地になる。
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韓国鉄道の根拠地だった龍山駅近くには国鉄鉄道員宿舎があった。
改修中。現在も住民が住んでいる。 -
居住域を抜けると何だか既視感のある風景になった。ここに来たことはあり得ないのに記憶に残っているような錯覚を覚えた。
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上の写真の道を左折すると踏切があった。
そうだ!!
あの踏切だった。
何度も映像で見た風景である。既視感があるのも当然だろう。 -
韓国ドラマ『私のおじさん』に描かれた踏切である。
ドラマのロケ地訪問趣味は持っていないが、この踏切だけは見ておきたかった。
登場人物の全員が心に傷を負っており、この“踏切”はその傷を表象する。
主人公の少女に激しい暴力をくわえる最悪の男さえ大きなトラウマを抱えている人間として描かれる。そのようなドラマである。 -
踏切を電車が通る。
私の子供時代は到る所に踏切があった。現在は高架か地下化が進み殆どなくなった。ソウルも同様に踏切は旧態依然たる姿であり、いずれ排除される存在となっているようだ。ドラマ『私のおじさん』は発展に取り残された人々をその“踏切”で表現するのである。 -
ドラマではソウル近郊の裏寂れた路線と見えたが、実際のこの踏切は韓国鉄道京春線の複線路であり、電車が頻繁に通る主要路線だった。
ドラマではこの踏切も出てくるが、もう一つ南にある踏切が主役を演ずる。 -
踏切を渡って振り返る。
踏切の向こうに最新ビルと高層アパートが林立する。中央の赤い建築中ビルは前掲の▲ビルである。 -
私の子供の頃は踏切は日常風景だった。小さな小屋に係員が常駐し、電車が通る度に遮断機を手動で上げ下ろししていた。そしていつ頃か自動遮断機になった。
ここは2名の係員が管理していた。 -
電車が頻繁に通過し、遮断機は上げ下ろしに忙しい。
-
この道は車の往来も激しい。遮断機が下りると長い車列が出来る。田舎ではなく大都会である。
-
30分程もこの踏切を見ていただろうか。
飽きなかった。 -
電車が頻繁に通る先ほどの踏切より少し歩くともう一つの踏切が現れる。
こちらが『私のおじさん』に主に登場する踏切である。ここを見た瞬間、ドラマの印象的シーンを思い出した。
“飲み屋の女将は最終まで飲んでいた主人公のおじさん達と連れだって酒場を出る。そして、この踏切に来た時に「私の家はこっちだから」と言って右の道へと曲って行くのだが、女将が帰った家は先ほど出て来た粗末な飲み屋であり、裏の狭い部屋に入っていく。”
女将の家はない。 -
「私の家はこっちだから」と言うその時の女将の笑っているような哀しんでいるような複雑な表情が忘れられない。
-
女将は女の虚栄心で嘘をついたわけではない。この線路の左に広がる裕福な高層アパートに住むことが出来ない人々の悲哀を物語るのである。
この踏切は単線で列車が通過しなかった。係員もいない。
忘れられた人々を象徴する“踏切”に相応しい。 -
踏切から見える風景
おじさん役のイ・ソンギュンが寒い夜にここで突っ伏して号泣するシーンがある。忘れ難い場面である。
イ・ソンギュンが昨年末に自殺したニュースが伝えられた。彼は「パラサイト」にて重要な役割を演じるほどの韓国演劇界のトップスターである。実生活に於いては『私のおじさん』のような取り残された社会の片隅に生きる人物ではない。最高の成功者である。本当の事情は不明であるが、これだけの俳優でも自殺に追い込まれるのである。自嘲的に韓国人は「ヘルコリア」と呼ぶが、まさに地獄の韓国である。『私のおじさん』に描かれた社会は実存しているのかもしれない。 -
粗末なハングル看板と寂れた踏切の向こうに見える高層ビルが希望には見えず、社会の落差を表しているようで悲しい。
ドラマは厳しい現実だけではなく、お互いを労り合う感動的シーンが幾つもある。一つだけ紹介したい。
“主人公の少女の祖母は耳が聞こえず、口がきけず、足が萎えて歩くことが出来ない三重苦のお婆さんである。月を見たい祖母を少女が外に連れ出すのだが、車椅子を持っていないので、スーパーの大きなショッピングカートに乗せていく。毛布に包まれた老婆はカートから頭をあげて満月を見上げ、優しそうに微笑むのである。”
絶望的歓喜とも呼ぶべき美しい映像になっている。ドラマ史に残る名場面である。 -
『私のおじさん』はカスマプゲ(胸が痛い)なしには見ることができない。
最後は取って付けたようなハッピーエンドで終了するのだが、それは作者が登場人物の全員がこんな幸福になれたらよいのだが・・・とお祈りしているようなジ・エンドだった。 -
最初の踏切に戻った時に驚くべき光景に出会った。
踏切を韓国新幹線であるKTXが通過したのである。
新幹線が踏み切りを通っている。高架ではなく地表の踏切を疾走している。 -
突然、龍が地上に出現し、踏切一杯に太い胴体を奮わせ鱗をまき散らしているようだった。
これが韓国現代風景である。
「その7」は高宗への道、恵民署、中部市場
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この旅行記へのコメント (2)
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- みちるさん 2024/02/19 19:21:33
- 梨泰院クラスの聖地訪問♪
- ソウルの旅人さん、こんばんは
コメントもありがとうございました。
去年のソウル旅行では、当初初日は、南山韓屋村に行くつもりで、息子たちと別行動のつもりでした。
しかし仁川空港で、出国検査の行列が長くて思いのほか時間がかかり、息子たちの後をついてきました。
梨泰院クラスのドラマの現地に行くと言うので、喜んでついてきました♪
パクソジュンファンの嫁ちゃんの勧めで観ておいたので、興味津々で楽しかったです♪
あの事故現場の坂道を、孫が見たくない、歩きたくないと言ったので、回り道して反対側から、見てみましたが、ほんとに狭い道でびっくりしました。
また大学合格したら、一緒に行きましょうと今から約束してるので、楽しみです。
KPOPの好きな孫が、グループ名言っても、すぐ忘れてしまう私です(-_-;)
- ソウルの旅人さん からの返信 2024/02/20 16:37:00
- Re: 梨泰院クラスの聖地訪問♪
- みちる様、こんにちは
池下のコメント有難うございます。名古屋で最初に一番驚いたのは黄色の地下鉄電車でした。無くなりましたか。ひょっとすれば池下の地下鉄駅で擦れ違ったことが有ったかもしれませんネ。
梨泰院はあの事故現場を見て、こんな坂であんな悲劇がおこるとは信じられません。写真を撮るのも憚れました。
仁川空港第1ターミナルはいつも混んでます。私は今回第2ターミナルでしたが、全く混んでおらずスイスイと進行しました。それにしても仁川空港は大きな空港です。
今後とも宜しくお願いします。
ソウルの旅人
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