2023/11/05 - 2023/11/09
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ソウルの旅人さん
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「その3」は東大門地区、鐘路3街界隈、江南にある宣靖陵を巡る。東大門は新旧入り混じる街、鐘路3街は旧ソウルの中心街だが、中心らしくない不思議な面白い街である。江南は1970年代以降に開発された新しいソウルである。但し最初の訪問地は朝鮮王朝の王陵である宣靖陵であり、最新ビル群ではなく、そのビルに囲まれる王墓に詣る。
タイトル写真はチャングムの時の王様だった中宗の陵墓(靖陵)
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 航空会社
- 大韓航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
東大門
11月6日午後。
青瓦台から安国を経て東大門地区にやって来た。ソウル訪問観光客の定番だが、新旧ソウルが入り混じった活気ある街である。 -
東大門は勿論「旧」の世界である。
正式名称は『興仁之門』
ソウルは都市全周を城壁で囲い、出入りは東西南北の門を通して行なわれた。この東門は全国から生活物資が流入する入口だったので、この界隈は大問屋街が発達し、それが21世紀にも引き継がれている。 -
石垣に残る銃弾の痕。
朝鮮戦争の痕跡である。
この大門には15世紀に建てられてから、多くの歴史が刻まれている。 -
東大門地域の「新」である。
現代百貨店東大門店。東大門地域は古い問屋街が沢山あり、現在も活発に活動しているが、このような近代的デパート・ショッピングモールも多い。
この地下でアイスクリームを食べた。 -
「新」の代表。
DDP(東大門デザインプラザ)
異様である。古い土地に舞い降りた宇宙船のようだ。 -
東大門地区は衣料中心(繊維産業)に発達した。衣服の流行を担うデザインプラザとして建設されたので、特別奇抜なデザインになったのであろう。だが、周囲景観とまったく調和していない。未来的と云うよりは現在の不調和を象徴している様に見える。
-
「旧」である。
DDP内にある朝鮮王朝時代の排水路跡。
面白いことに未来の中に突然過去が現れる。ソウル城壁の壁下に排水溝が掘られていた。それが発掘され、そのまま展示されている。
未来都市DDPと朝鮮時代の排水溝の併存が何とも微妙である。 -
「旧」の世界
中央は清渓流川(チョンゲチョン)。
川の両側は東大門最古の平和市場。
同行者の靴と服を買うために東大門の問屋街を2時間ほど歩き回った。(写真なし)しかし、膨大な同じ様な商品が陳列してあり差異が判らず、殆どの商品に価格が表示されておらず、同行者は「買物する処ではない。」と言う。観光旅行者には買物は困難だろう。専門業者の問屋街である。
見るだけで、そのあまりの大量の商品群に圧倒され疲れ果てた。 -
平和市場の南側。
この延々と続く低層建築物はどんな経緯を経て形成されたのだろう。それにしても長い。最期にこの市場を見に来た。 -
平和市場の内部。
このように狭いスペースに沢山の商品が並び、通路は狭い。これが何百㍍も伸びて、延々と続く。衣服だけの店、帽子だけの店、靴だけの店、手袋だけの店等同じ商品を扱う店舗が密集して連続する。「旧」世界の商店街。
店員はほぼ観光客に無関心だったが、愛想のよいアジュンマ(おばさん)が声を掛けてきて、同行者にしきりに洋服を勧める。勿論、韓国語である。Papagoを持ち出して自動翻訳しようとしたが、機能しない。翻訳しない。ここでも使用不可だった。5年前なら若干の旅行者会話を使えた。今回は準備しておらず、忘れてしまった。会話が出来ない。価格折衝も不可。連れ合いはその洋服をW80,000(¥9,000)で購入した。高いのか安いのか不明。以前のように少しの会話も出来なかった事にショックを受ける。 -
東大門から鐘路3街に向う。
今回の旅行もバス・タクシーは使わず、地下鉄だけで移動した。
従前より地下鉄は乗り慣れているが、5年前と変わっておらず、スムースに移動出来た。バスのほうが利便かもしれないが、従来の経験よりソウルのバスは“降りるべき停留所で降りること”が極めて困難なので、地下鉄移動がお奨め。 -
地下鉄1号線鐘路3街駅の1番出口。
1号線は最初にできた地下鉄の幹線路線。 -
鐘路大通りに面している。
-
1番出口には貴金属宝飾店が軒を連ねる。
金銀細工のネックレス、指輪、腕輪、等を陳列している。
韓国は「金の国」であることが実感出来る。韓ドラファンならお馴染みであるが、韓国人の金嗜好は度外れていると思う程強い。(プラチナが全く人気ない。) -
金色に輝くショウウインドウは圧巻である。
それにしても同じ商品を扱う店舗が同じ場所に集合するのは何故だろう。競争を避けるなら散らばったほうがよいと思うが、韓国は同一商品集住地が多い。 -
夕暮れの鐘路3街周辺の街路。
雨は止んだが、昨日からの風雨にて落葉が激しい。
バイクが歩道に駐車している。 -
本日の夕食
私が敬愛するフォートラベル韓国旅行記は104orabonim氏である。彼女は鐘路3街が定宿で、朝ご飯は3街のキンパ天国で食べると繰返し記載されている。今回の旅行目的の一つはその「キンパ天国鐘路3街店」を訪れることだった。
104orabonim氏のブログでは元祖キムパプがW2,000(¥200)だったが、2023年はW3,500(¥400)だった。為替変動と物価上昇により2倍になった。
今まで各種キンパを食べてきた。それぞれに癖のある特別な味付けがなされていたが、ここのキンパは韓国的味付けではなかった。あっさりさっぱりのキンパだった。特別美味ではないが、やさしい味付けは嬉しかった。 -
キンパ天国のカルグクス(うどん)
同じく食べやすい味付けだった。しかし、量が多い。一人では食べきれない。隣の席では一杯のカルグクスを2人で分け合って食べていた。このように分かち合って食べるのが韓国スタイルなのだろう。
夕食代合計 W19,500 (¥2,300)
昨日のW91,000に比べれば遥かに満足感高し。 -
鐘路3街にある楽園ビルの地下入口。
キンパ天国からホテルに帰る道筋にある。「ナクホンシジャン7」と表記されているので、『楽園市場7入口』の意味と思われる。
この地下に市場があるのか? -
階段を降りていくと確かに地下に何かがありそうだ。
-
地下の景色
韓国の古い市場がそのまま現れた。
仁寺洞のすぐ横の地下にこんな市場が存在し、実際に活動している。 -
生鮮食料品、鍋釜の日用雑貨品を扱う店舗の他食堂もあった。相当な広さである。
ユーチューブにてこの市場のあることは承知していたが、本当にその通りに存在していることに感激する。ここで市場が成立することが韓国なのだろう。 -
楽園市場の3番出入口
この下に伝統市場がある。本当にある。
“楽園”とは似ても似つかない姿であるが、想像出来ない都会の地下に広がるパラダイスと考えれば、この名前が相応しい。 -
楽園市場を通って夜の仁寺洞にやって来た。
-
仁寺洞の裏通りにある「サランナム」
食後のデザートを食べに来た。 -
仁寺洞の裏通りにある韓屋造りの韓国茶が飲めるカフェである。
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店内
Papagoがやはり使用不可だった。困る。
指差しで注文する。何とか通じた。 -
お茶は五味茶とナツメ茶
柿の加工品(名称忘れた)と韓菓。
柿の加工品が事前調査した目的の品である。干柿を丸めてギュと圧力を加え、円筒状にし、それを細く切ってある。奈良三条通「柿の専門」に”巻柿”の名称で同じ柿加工品が売られている。偶然同じ加工品になったのだろう。あるいは、遠い昔同じ加工をする人々が半島と列島に別れたのだろうか。味は大差なかった。
全部でW27,000(¥3,200)
柿が1,500円。(奈良の柿と近似する価格)
食後のお茶代が3,000円を超えるのは・・・。出費が嵩む気がする。 -
ホテル呉竹荘仁寺洞に帰ってきた。
部屋は308号室。3階の端っこだった。
特に期待したホテルではないが、それにしても残念なホテルだった。 -
窓の向こうは隣のホテルの壁である。一切の展望がない。
今まで泊まったソウルのホテルは8階以上の展望がきく部屋だった。今回は半地下の住民になったようで、パラサイトの住民気分である。
そして壁が光っているように見える。なぜ? -
隣のホテルのネオンがすぐ前にあって、カーテンを閉めても強い光が室内に入ってくる。ホテルの部屋とは云えない。
鐘路3街に泊まる為に選んだホテルだから我慢するしかない。 -
水回り
バスタブがあり、ウォシュレットもついている。だが、バスタオル・タオルからは厭な臭いがする。使用不可。持参タオルを大量使用。ウオシュレットはお湯が出ず水が出る。且つ、便器は温まっておらず恐ろしく冷たかった。トイレに入るのも極力減らした。
最悪! -
部屋に帰ってすぐスマホを確認した。なんと自動翻訳アプリ(Papago)・地図(ネーバーとコネスト)も間違いなく作動した。外出先では作動しなかったのにホテルに帰って来ると正常に動いた。再度、韓国のキャリア繋がりを確認し、作動しなかったのはその場所の電波事情によると考え、明日は大丈夫と思った。
WOWPASSのアプリも正常になり、使用明細、残高が表示できた。安心。
本日の使用金額:W163,000(¥19,000)
そんなに買物をしていないのに、WOWPASSの残高が目に見えて減少している。為替差損と物価高の相乗効果か?
5年前は使っても使っても減らなかった記憶があるのに・・・。 -
11月7日(火)3日目。
午前7時30分頃のホテル前。本日は快晴なり。
今日はホテル周辺の鐘路3街、江南、汝矣島を廻る。目一杯のスケジュールを組んでいる。旅のリズム感も整ってきた。
いざ出発!! -
鐘路地区は朝鮮王朝の宮殿である景福宮・昌徳宮の南側に当たり、商業地区を形成していた。伝統ある古い区域である。
鐘路3街の露地裏からの風景。古い家並みの向こうにランドマークである鐘路タワーが望まれる。 -
最新高層ビルの横は薄汚れた露地であって、この対比が韓国的である。
この混在が到る所で見られる。 -
細い露地を抜けると建設現場が現れる。(場所は地図参照願う)
-
前の写真の右端に写っている露地の入口。
左側は工事用パネルが張られ、右側は古い町並みの裏側になっている。 -
工事壁にこの露地の説明書きが貼ってあった。
大きな通りは鐘路の大通り、青→がこの露地を示めしている。 -
避馬路(ピマッコル)
朝鮮王朝時代から鐘路大通りは東西を繋ぐ中心街路だったが、この近辺に住んでいる両班(支配階級)が馬に乗って通る時は、一般庶民は路端に座って頭を下げなければならなかった。それを避ける為に大通りと平行に細い露地が作られたが、これが避馬路(ピマッコル)である。21世紀のソウルにその路が残っている。庶民の生活実態を生々しく伝える歴史遺物である。 -
左側の工事壁もそれ以前は右側と同じ商店や住居だった。即ち、再開発によって撤去され新しいビルを建設中なのだ。朝鮮王朝時代の遺物がなくなる現在進行形の姿である。
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このようにして古い家並みを壊して最新のビルが建てられていく。新旧混在を象徴する姿だと思われる。
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工事の為に撤去される前の露地の写真も貼ってあった。
恐らく15世紀から21世紀にわたって人々の暮しを支えた露地であるが、2~3年後には跡形なく消滅している。 -
露地を出た。
半分壊れた露地ではあるが、歴史を生きた民衆の息吹きが感じられないだろうか。 -
鐘路大通りに面しているタブコル公園の三一門。
早朝なので閉っていた。後ほど訪問する。 -
公園の東壁
この公園も鐘路の歴史を刻み込んでいる。 -
公園外周に沿って並ぶ人々
韓国は老人の貧困率が高いと云われる。家族のいない独居老人・路上生活者に毎日食事が配られている。この公園の周囲は貧困老人の居住区域になっているそうである。男性ばかりだった。 -
楽園市場の上にある楽園楽器商店街。
この建物は楽器店の集合市場である。ここではあらゆる楽器が手に入るそうである。
不釣り合いな古い映画の絵看板が掛っている。 -
ここには古い映画のフィルムを保存しているライブラリーがあって、入館できる。昭和30年代に日本にあった映画看板と同じ様な絵看板が掛けてあり、強烈な印象を与える。
鐘路3街という町が持つ性格の一片を見せている。 -
地下鉄5号線「鐘路3街駅」へ降りる長いエスカレーター。
これから江南方面に向う。 -
鐘路3街駅は地下鉄1号線・3号線・5号線の3ルートが交わっている。
3つの路線が交わる駅は交通の要所であることを示す。いずれにしても乗換えに便利なのだが、5号線から1号線に乗換えるには地下道を200~300㍍歩く必要があり、かつ何回もエスカレーター、階段を昇り降りする。大変である。しかし慣れると複雑な経路を間違わずに辿る事が出来、スムースに乗換えると達成した喜びが大きい。
私はソウル地下鉄の乗り換えを完全にマスターしたと思っている。 -
地下鉄で着いた駅は「宣陵」駅。
江南は1970年以降に開発された漢江の南地域である。
現在は今まで見てきた旧ソウル市街地である鐘路辺りを圧倒してソウルの中心となっている。 -
乗降客も多い。エスカレーターは長蛇の列。
新しい街なのに朝鮮王朝王墓が駅名になっている。それをまず見に行く。江南訪問者は数多あれど、お墓を最初に見に行くのは珍しいか。 -
地下の宣陵駅から地上にでた時の風景。
近代的ビルが林立する洗練された街が現れた。予想通り。
鐘路3街とは全く違う。 -
ビル街を通り抜けて5分ほど歩くと宣靖陵に到着する。
朝鮮王朝の有名王である成宗・中宗の陵墓である。
1960年頃の旅行記では「一面の田畑の中に、こんもり盛り上がった土饅頭が見える」と記されている。未開発時の江南の姿である。一面の田畑がこの50年にビルが林立する大都会に変貌し、田畑から突き出ていた陵墓はビル群の海に埋没している。 -
入園料はW1,000(¥115)
市街地にある公園のように見える。都会のオアシス。
散歩には最適な公園だ。 -
かささぎ(鵲)が居た。
-
斎室
墓守の施設である。墓を守る人々の施設(住居)は朝鮮王朝の姿を色濃く残している。 -
斎室内の土塀と門
宮殿・宗廟あるいは地方の古い村落にある韓屋に見られる景観と同じ。
とても江南とは思えない。 -
青空に映える樹齢500年を越える銀杏の大木。
日本の秋景に似るが、韓国の青空はもっと抜けて青い。ここがユーラシア大陸に繋がっているからであろう。
この青を見る為に11月に韓国を訪問する。 -
「宣陵」
成宗は15世紀後半の君主。長期王朝の基礎を作った名君とされている。
女性関係では大失敗する。 -
右端の小円が陵寝と呼ばれる陵墓本体である。
左側に写る教会の十字架がお墓を見守っているようで、なんともチグハグな印象を与える。キリスト教と朝鮮王の陵墓は似つかわしくない。 -
陵寝に近付いても十字架がどうしても写り込んでしまう。
成宗はジット十字架に見詰められている。現在、韓国のキリスト教信者は50%近いと云われ、韓国人にとっては何ら違和感のない写真であろう。現代韓国を象徴する絵柄かもしれない。しかし、少し朝鮮王朝の歴史を勉強した外国人にとっては驚くべき違和感がある。この擦れ違いが日韓関係かもしれない。 -
貞顕王后陵
成宗の三人目の王妃。この後に見る中宗の母親である。ドラマでは気丈な王妃として登場する。宣靖陵は王と妃、そしてその子供を祀っている陵墓である。
王后陵は陵寝のすぐ側まで近付く事が出来た。 -
陵墓を守っているのは他の王墓と同じ石馬・武人石・文人石だった。
-
陵内を20分以上歩いて中宗の靖陵に着いた。
立派な王陵だった。
中宗は「チャングム」の時の王様である。人のよさそうな大人しい王様と描かれているが、実際は波瀾万丈の厳しい治世だった。 -
靖陵の後ろ側
江南のビル群がすぐ側まで押し寄せている。 -
丁字閣と陵寝
-
丁字閣から
爽やかな青空に映える開放的な陵墓だった。 -
陵寝
これから「COEX」へ行く。
江南らしくない王陵からもっとも江南らしいアルファベット表記の場所である。
東京・大阪の大都会に近似しているだろう。
韓国の『今』を見ておかなければならない。
その4「現代ソウル」に続く
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この旅行記へのコメント (2)
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- 熟年ドラゴン(もう後期高齢だけど)さん 2023/12/26 07:55:22
- 鵲
- 以前、鵲の渡せる橋とは天の川のことですよと教わったことを思い出しました。
今でも九州にしかいないのかな?
チャングムでは中宗の母親というのは出てきませんでしたよね?
- ソウルの旅人さん からの返信 2023/12/26 17:08:20
- Re: 中宗の母親について
- 大王大妃として何度も登場しています。中宗が大変気を遣っているのが印象的でした。韓国ドラマ『西宮』(西宮市ではない。)では燕山君を倒した後、中宗が即位するのに大活躍します。チャングムではお婆さんの姿でしたが、実際は大変しっかりした美貌の女性だったようです。
宣靖陵はビルの谷間になっていますが、面白かったです。
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