2023/06/04 - 2023/07/07
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ごまめ堂主人さん
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65歳ソロ・トラベラーが中央アジア(カザフスタン・キルギスタン・ウズベキスタン)~南コーカサス(アゼルバイジャン・ジョージア・アルメニア)~トルコ~ギリシャを2ヶ月半かけて旅した記録。そのウズベキスタン ヒヴァ編。熟年の一人旅、女性の一人旅、中央アジアでガイド・ドライバーを雇いたい人にも参考になるかもしれません。
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ブハラからさらに北、トルクメニスタンにも近いヒヴァに行くには、夜行列車利用となる。ブハラ駅までタクシーで。パスポートとEチケットのチェック、荷物のX線検査をして駅構内へ。0:15頃人々の動きが始まったので、列車が来ることがわかる。私は4人のコンパートメントにした。1人用、2人用、寝台無しもある。車掌がシーツと枕カバー、ハンドタオルを配ってくれる。すでに3人が寝ている。2段ベッドの上だが、はしごはなく、ちょっと足をかけられる折りたたみ式のバーがあるだけで、登るのは少し大変。暑い。大きい窓ははめ殺しで、狭い天窓だけが斜めに開く。個室の扉は閉めないでおくと、わずかに空気の流れができる。うとうとしているうちに夜明けとなる。水田が見える。相部屋の乗客は家族連れ。狭いのでベッドのいるしかない。通路には給湯器がある。
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朝6時過ぎウルゲンチに停車。次にヒヴァに停車。アナウンスはないので乗客に確かめるしかない。タクシーは1万ソム(144円)。イチャンカラ(旧市街)の中までは入れない。宿に近いゲートに停めて、徒歩で宿まで案内してくれる。
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ヒヴァはイチャンカラ(旧市街)と新市街に分かれ、イチャンカラは周囲を城壁で囲まれた地域。16世紀成立のヒヴァ・ハン国の町並みが今に残っている奇跡的な要塞都市だ。歩けば15分ぐらいで端から端までいける。この城壁の中はすべてのものが博物館といえる、歴史保存地区になっている。
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イチャンカラの南側半分はモスクやメドレセ(神学校)など歴史的建造物が集まっている。古い建物が、レストランやカフェや土産物屋に使われているところも多い。
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北側半分は地元の人の住宅街になっている。夕方になると、縁台で涼む人たちが笑顔で挨拶してくれる。
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ヒヴァは年間300日が晴天という。しかし暑い。とんでもなく暑い。温度計をみると、なんと43度。宿で洗濯をして、昼寝をすることにした。
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今回の宿はイスラムホジャ・メドレセの裏手にある「イスラム・ホジャ」朝食付き1泊30米ドル。裏庭でメドレセの塔を眺めながら見ながら食べる朝食はさわやかで、また豪華だった。清潔で快適な宿。英語を話す若い主人が街の地図をくれて、是非見るべき場所、食べるべきもの、おすすめレストランなどを教えくれる。ウオーキング・ツアーやカラ(要塞都市遺跡)めぐりのツアーも催行してくれる。おすすめの宿だ。
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昼間歩き回るのは観光客だけ。ヒヴァまで来る観光客は比較的少なく、またシーズン前と言うこともあって、イチャンカラはゆったりとしている。日中はひとかげのない通りも多い。
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外でくつろぐ縁台兼昼寝。
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イスラムホジャのミナレット(塔)に登れる。10万スム(1140円)と結構な料金を取るが、せっかくなので登ってみた。
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こんな急な階段を登ると
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イチャンカラが360度見渡せる。本当に街が丸ごと野外博物館だと言うことがよくわかる。登ってみる価値はあった。
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中世そのままの街を歩く。
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タシュハウリ宮殿1830年代)のハーレムは、豪華絢爛な木製天井と靑タイルが素晴らしい。
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美しいデザインが沢山。
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神学校の地下に下りる階段。下りると、
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地下の食堂。学生と先生が食事をしたと言うが、とても狭い。天井には明かり取り。
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ジャマ・モスクは1778年建造。213本の木の柱で天井を支えている、珍しいモスク。
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細密な彫刻が1本1本の柱に施されていて、見応えがある。
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イチャンカラの外にあるヌルラボイ宮殿(20世紀初め)はヒヴァの藩王のために商人ヌルラボイが寄進したもの。
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文字通り成金趣味
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夕方になって、人々も出てきた。
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ヒヴァでぜひ食べてみろと、宿の主人おすすめは、左上、花びらのように丸く並べてある白い食べ物トゥンバラク。中身は卵を使った水餃子といった感じ。サワークリームと一緒に食べる。もう一つおすすめは右下のグリーン・ラグマン。ラグマンだから緑の焼きウドンといったところか。どちらもおいしい。
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夕方になって、少し涼しくなる。やはり暑く、乾燥しているから、ビールは最高。サマルカンドで出会った、40代の男性バックパッカーと、レストランでまさかの再会。半鎖国トルクメニスタンに行ってきたという20代の女性パッカーとも同じテーブルで、話が盛り上がった。
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ヒヴァ3日目は、宿の主人のアレンジで、カラ巡りをした。カラとは城のことで、キジルクム砂漠に紀元前4世紀~7世紀の古代ホレズム王国の城跡が多数点在しているのだ。タクシーで回ってもらう方式で、訪れるカラの数で値段が違ってくる。
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キジルクム砂漠はカラカルパクスタン共和国にある。写真はその国境ゲート。とはいっても、カラカルバクスタンはウズベキスタン憲法下にあり、外交権はない国。ウズベキスタン憲法の第1条に国民投票により、ウズベキスタンからの独立の選択が保障されている。よって、国境でのパスポートコントロールはない。
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カラカルパクスタン共和国ではいまだにこんなロバの農作業車が使われていた。もう絵本の中に出てくる100年前の農村の姿そのまま。
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砂漠の向こうになにやら岩の塊が見えてくる。
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なるほど古代の城壁か。
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しかしとんでもなく暑い。カラの斜面を登るとクラクラしてくる。10分歩くとノドがとてつもなくカになるになる。これが砂漠ってヤツだったのか! 携帯のバッテリーは異常な熱を帯びる。温度計を出せば、目盛りの上限の50度に達しているではないか。
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アヤズ・カラは古城の面影を残す有名なカラだ。
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1000年以上も砂に埋もれていたという古城。壁を手で触ってみる。内部の門や天井なども一部残っている。毎日快晴の空は紀元前から変わっていないのだろう。想像力が刺激される。
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アヤズ・カラのふもとには、観光用のユルタ(遊牧民のテント)キャンプがあって、通年で宿泊できる。今回ここに泊まったという二人連れの女性旅行者にウルゲンチ空港で会ったが、暑くてたまらなかったという。ただし星空だけは最高で、それだけでも泊まる価値はあったとのこと。
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道にはラクダが当たり前のように群れていた。
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トプラク・カラは1~3世紀ごろの遺跡で、よく形が残っている。
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キジル・カラ1~4世紀の遺跡。当時の住居の土台がよくわかる。
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ヒヴァ最後の夜は、ライトアップされたイチャンカラをゆったりと散歩して、宿に帰った。明日は列車の切符が取れなかったなので、ウルゲンチまでタクシーで行き、飛行機で再びタシケントに戻る。
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約束していたタクシーが来なかったので、宿の主人がカラめぐりのツアーと同じ方向なので、ウルゲンチ空港まで送ってくれることになった。タシケントまでの鉄道が最近できたのだが、すでに書いたように、「政府が買い占めたため」日本で切符が取れなかった。なんかよくわからない理由だ。
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これはおまけ。タシケントで泊まった宿のトイレは典型的な中央アジアの宿のトイレ。便器の脇の容器は使用済みの紙を捨てるゴミ箱。紙を流すとパイプが詰まるのだそうだ。その隣の金属の物体は、便器を洗うブラシ。便器が大便で汚れた時には自分でこすれと注意書きがある。実際、設計が悪いのか、よく汚れる。そのとなりはごわごわのトイレットペーパー。紙を流してはいけないトイレは、今回、南コーカサス~トルコ~ギリシャも同様だった。
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これは旅の必携品。携帯ウォシュレット。キャップを外して水を入れ、再びキャップを閉める。収納されているノズルを引っ張り出し、容器を押せば、水がシャワーになって吹き出すので、オシリを洗浄できるんです。ごわごわの紙では数日でオシリが痛くなってしまう。ウォシュレットに慣れてしまった日本人にはありがたい品物。1000円ぐらいでAMAZONで買えまする。安くてかさばらず、断然オススメです!私は日本でも持ち歩いて使っています。
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