2023/09/19 - 2023/09/19
895位(同エリア1113件中)
BO/Mさん
台湾 台北市内中心部から30分程のMRT黄色線 十四張駅から徒歩なら10-15分で訪れる事が出来る人権博物館です。乗換えなど含め、片道小1時間。
国家人権博物館は、ここ台北市内中心部に近い景美紀念園区と、台湾 台東側の離島、緑島紀念園区があります。(緑島は、毎年10月初めから4月末日迄は休館、及び月曜日は休館)にあります。
白色恐怖=白色テロ
白色テロは、中国内戦で中国共産党側に負けた中華民国政権が台湾に逃げ込み、中国の土地を取り戻すという捲土重来を自己理論として法の拡大解釈により台湾人を迫害した時期を指します。
それは、1949/5/19の台湾省戒厳令、1949/5/24の懲治叛乱条例可決、6/21施行の時期に始まり、1992/5/15刑法100条修正条文可決し翌日公布するまでの実に40年以上の長きに亘る期間となります。
国家人権博物館の設立は、台湾が自由で民主的な国であり、人権を重視する国であり、過去の人権被害者と勇気をもって向き合う国であることを宣言するものです。
過去を反省:過去の人権侵害の歴史を深く理解する。
教訓を汲み取る:自由迫害と人権侵害の覆轍を踏まない。
未来を展望:各種人権の議題を支持し、人権の理念を推進し、民主人権の普遍的価値を根付かせる。
などをうたっています。
画像は、一つずつが姓名、勾留時期などが刻まれたもので、年度毎に並べられています。見ると、1950年代に勾留、そのまま処刑された方が数多く、胸が痛みます。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 交通
- 1.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
MRT Y線(黄色ライン) 十四張駅は台北の南側中央に位置します。
今回投宿した松江空港に近い民権西路の台北サンルートホテルからは、O線(オレンジ色ライン)民権西路駅から南勢角駅方面に乗り、9駅目の景安でY線(黄色ライン)に乗り換え、3駅目で下りました。乗り換えを含め30分程度で駅到着。
そこから徒歩で約15分程度で景安国家人権博物館に到着します。 -
MRT 十四張駅の地図を見ると、中央の黄色が駅、そこからほぼ真上の交差点角が博物館となります。
川沿いから進み、途中右折して、次左折して行くと職業訓練校などがあり興味深い学校風景画垣間見られました。その他、車の教習所も有りました。 -
かつては軍法学校であり、その後軍の情報機関の看守所と軍事法廷が置かれた場所です。また、白色テロの時期は政治犯を拘留し、起訴、裁判、監視代行が執行された場所です。
結構な敷地内に様々な建物が建ち、僕自身は10時に入り14時まで、結果的に丸々4時間を過ごし、それでも仔細に見るには名残惜しい感じでした。 -
拘留されたものと面会者が電話機を通じて話をする、よくある監獄面会スタイルですが、国語=中国語でしか話をしてはならない、とされていたので1950年初頭頃には日本語母語の者や台湾語しか喋れない方も居た事を思うと、為政者による言語教育も暴力の一種だな、と感じたりもします。
-
拘留エリアの模型図です。
実際に交流エリアも警備室・弁護士接見室・医務室・福利社・面会室・監房・運動場と見る事が出来ます。
ここで拘留者の健康管理をしていた医師が、三宅さんと言う日本語通訳者にカルテに挟んだ拘留者資料を渡し、そこから日本ユネスコが読み解き、それがもとで拘留者の実態の一部が読み解けた話を聞いたことがあります。 -
食堂も拘留エリアの一部で実際の食事風景を再現されており、自由に見て回る事が可能です。
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サービスエリアの旅客サービスセンターには図書を始め販売や飲料を買って、涼みながら飲めるサービスもあります。
私は、蔡焜霖先生の口述生命史、逆風行走的人生を買い、中国語の勉強も兼ねて読むことにしました。蔡焜霖先生は2023年9月に逝去されましたが波乱万丈の人生を歩まれ、後年は国家人権博物館でも園区ガイド解説のボランティアをされたりと元政治受難者としての生き字引としてご活躍された方です。 -
緑島にも国家人権博物館は在り(次回には行きたいと思っている場所です)蔡焜霖先生はそこに島流しに遭った流刑者でもあります。
こちらが当時の緑島を表した模型です。 -
様々な戦後台湾政治案件統計
左上:男女比=96:4
上中:戸籍:台湾:中国=57:42(資料不明1)
右上:終審刑度:死刑1,153名(8%)
上記の死刑者1,153名の政治案件死刑判決統計
左下:男女比=98:2
下中:戸籍:台湾:中国=59:41
右下:処刑時期:
1947-1949 30名(3%)
1950-1959 1,031名(89%)
1960-1969 59名(5%)
1970-1979 32名(3%)
1980-1990 1名
下中:戸籍:台湾:中国=59:41 -
敷地内エリア説明図です。
現在進行形で拘留エリアの再現などもされています。
また、いわゆる刑務所内での職業教育として洗濯、縫製等幾つかの手に職をつける訓練もあったようです。 -
場所を離れ、十四張駅に向かう道しに、高い壁と有刺鉄線がめぐらされており、場所の何たるかを感じました。
夜、大勢で留置され寝ている時間帯の明け方、名前を呼ばれると刑場に連行されて行くのだ、と分かり生きた心地がしない日々を過ごした事でしょう。
それが、1950年代から40年間余りも続いた反政府分子のあぶり出しと拘留、そしてあらぬ罪名を着せられてそのまま亡き者となった方も多く居た事は、こうして記憶に残し伝えて行かないとなりません。
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