2023/06/30 - 2023/07/04
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あの街からさん
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早朝のユーロスターでロンドン到着。丁度10年ぶりのロンドンで5連泊。
初日 大英博物館徒歩圏内の〈Tavistock Hotel〉へ。
幸いにも午前中にもかかわらずチェックインできた。
いつも部屋に鞄&貴重品を収めたら
早速、街歩きに飛び出すのだが、
前日までのパリ滞在で、かなりタイトに過ごしていて
今朝も早起き(⌒-⌒; )
部屋で鞄を収めた後しばし休憩をした。
この旅では、先ず 美術館〈博物館〉巡りを
とスケジュールを決めて準備してきた。
この日のスケジュールをスケジュール表で見ると
① ナショナルギャラリー
②アフタヌーンティー(15:00から予約済)
と、なっていた。
が、急遽予定変更。部屋でゆっくりしナショナルギャラリーは
アフタヌーンティーの後にすることとした。
幸いにもこの日は金曜日。ということは
ナショナルギャラリーは、21:00までの夜間オープンの日。
予約表にメモ書きを入れておいたのが役に立った。
しばし部屋で休憩後、ロンドンの繁華街。ピカデリーストリートで
アフタヌーンティー〈別途・旅行記予定〉の後
ナショナルギャラリーへ向かった。
久しぶりのロンドンだし、お腹も満たされたし と
ルンルン♪( ´▽`)気分でやはりロンドン い~いなぁ。
ワクワクしながらナショナルギャラリーへ向かいました。
Googleマップを時折り見ながら。近くまで来てるし
もう分かるだろうとスマホをしまってしまった。
さらりとNationalの文字を見て、なんの疑いも持たず扉を開けた。
ん、記憶と違うなぁ。でも、裏口から入ったのかな。と
2人とも まだ、気がつかなかった。(⌒-⌒; )
広いエントランスフロアーの向こう側を見ると
まるで絵画ではなく近代美術館のような展示品が並んでいた。
どうも変だ。係り員に聞いてみた。
何とそこは、隣りの
National Portrait Gallery〈ナショナル ポートレート ギャラリー〉
ということがやっとわかった。(⌒-⌒; )
そこは、のんきな2人。
「ロンドンは美術館や博物館は無料だし、せっかくだからここも
観て行こうか」となり、しばし、観 すると、企画展で
まさか
ポール・マッカーサートニーが撮影したでビートルズのデビュー当時の
プライベート写真展が開催中ということを知った。
これは、Beatlesの導きに違いない。(⌒▽⌒)と企画展入口へ。
はて、並んでいる人を見るとチケットが必要らしい。
1人 22£〈186円×22ポンド=4,092円)かぁ。
こんなに円安でなければなぁ。と、ここでもため息。
まぁそんなことは、直ぐ忘れて写真展へ嬉々として入った。
レアの写真がずらりと並んでいた。中でも
映画「HELP」撮影でバハマ諸島へのロケの際の
オフショットなど初めて見たような気がする。
展示された写真にはピントが甘いものも多々あったけれど
ポールの撮影でポールにしか撮れない
メンバーの素顔がたくさん観ることができたほか
手書きの歌詞、パリのオランピア劇場出場時の公式パンフや
当時の新聞、エド・サリバンショーなどを併せたファンならずとも
興味深い写真が展示されていました。
ロンドンでビートルズのレアものの写真展に出会うなど
そして何より写真撮影がOK。満足な写真展でした。
あまりに多い展示品なので全て載せることは出来なかった
けれど、せめて
『デビュー当時のビートルズの素顔と活躍をポールの撮影した
写真でいっぱいにした』一編を作ろう。
そしてその一編をロンドン滞在の第一作としてみました。
デビュー当時を懐かしく思い出されるあなたに
出逢った時には既に解散していたというあなたにも
その解散すら遥か昔だった方も
彼等の曲は知っているけど・・・人には興味が無かった貴方
彼等の曲は学校の授業で歌った人まで
4Tの方々でも様々だろうなぁ。
そんな伝説のグループになったビートルズ。
それでは、伝説のグループ The Beatles!
ご一緒に楽しみましょう♪
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
PR
-
National Portrait Gallery 『ナショナル ポートレート ギャラリー』
これは正面玄関。
観終わって帰路玄関から出た時に。パチリ! -
チケットは、企画展の入口の専用窓口で買いました。
その際スマホのメールアドレスを申請し、料金を払う
〈私は、ポンドは全く持参せずに少額でもカード払い
で通した。〉
と、その場でメールが送られてきてそこにあるQRコード
が入場チケットとなった。
いざ、企画展に入場すると正面に大きな壁一面に
デビューしたてのビートルズのコンサートの写真
が迎えてくれた。 -
この写真も1枚が襖一枚はないにしても
かなり大きな写真でした。 -
ポール・マッカートニー
1963-1964
台風の目の中にいるような
激動の時代の写真の数々
とでもいったテーマがありました。 -
この写真を見て「ジャーン!」という
音が聴こえた あなた は
ビートルズのデビュー当時からのファンのひとりですね。
まさしく このシーンは、デビューしたてのビートルズの日々を
ドキュメンタリータッチで描いた映画「A Hard Day's Night」
「ビートルズがやってるヤァ!ヤァ!ヤァ!」の
ファーストシーンに写し出され同時に同名の主題歌の
イントロが ジャーン!と流れ出す。
まぁ有名なシーンですね。
この写真は、もしかしたらリハーサルでスタントの俳優が
演っていたのをポールが写したのかもしれません。
いや、そのもの映画のファーストシーン?かな。 -
会場中に入るとスペース毎に
テーマがあり
先ずは、5人のビートルズから
ジョン・レノン -
ポール・マッカートニー
これは、今の様に自撮りではないので
誰かが写したものだろうね。
この先は、ポールの写真は
あまりありません。 -
ジョージ・ハリソン
-
リンゴ・スター
-
そして、5人目のビートルズ
彼が、ビートルズを発掘し襟なしのスーツを着せ
頭をマッシュルームカットにし清潔感を持たせた
スタイルでデビューをさせました。
(それでも当時、4人のヘアースタイルはそれまでの7:3分けの
きっちりとした大人たちから非難の対象となりました。)
名マネージャーでもあり名プロデューサーでもあった
ブライアン・エプスタイン
彼は、それまでロンドンでレコード店を経営していましたが
ビートルズの演奏を聴いて彼一流の〈感〉が働き
これは! 売れるぞ!と早速、
ビートルズの面々を訪ね行動に出ました。
彼にとっても初マネージャー業へのチャレンジとなりました。 -
ロンドンは、大英博物館もナショナルギャラリーも
ほとんどの美術館や博物館は無料となっているので
この企画展の22ポンドは地元の人たちにとっては
高いと感じたことと思いますが、会場は盛況で人が
写り込まないようタイミングは難しかったなぁ。
懐かしく思い出しています。 -
昨年か一昨年にプレスリーの伝記映画『エルビス』が
公開されました。
プレスリーとマネージャーのパーカー大佐を
軸とした作品になっていましたが、
その中でパーカー大佐の数々の悪事が暴かれていました。
そのマネージャー役を珍しくトム・ハンクスが
演じ、アカデミー賞ものだと話題になりました。
さて、ビートルズのマネージャー&プロデューサーの
ブライアンは亡くなって半世紀経つ今も名マネージャーと言われています。
彼の数々のアイディアでビートルズを導き4人をまとめ
ていたこともあり彼が若くして急死した後の
ビートルズは程なくして空中分解してしまいました。 -
パティ・ボイド
彼女は、当時ジョージ・ハリソンの彼女でした。
ジョージと親友とも言われている
エリック・クラプトンがいつものように
ジョージの家に遊びにゆき、そこで
「僕の彼女」とパティを紹介されたクラプトンは
パティに恋をしてしまいます。
やがて、彼女を歌った「レイラ」という曲を発表するなど
彼女への思いは過熱。
ついには、彼女に告白します。
もちろんパティは
「私にはジョージがいます。」とキッパリ断りました。
けれど、クラプトンは執拗にまとわり続けます。
ある日ジョージの留守中に逢いに行き
遂にジョージからパティを奪ったクラプトン。
その話は有名な逸話として私も知っていましたが
昨年観たエリック・クラプトン本人が出演した
クラプトンの伝記映画でインタビューに答えて
自ら話しているのを聞き
やはり、少なからずショックを受けました。
伝記映画では ナレーションが続き
クラプトンはパティと一緒になった後、
不倫をしてパティから別れを告げられ
パティは出ていってしまいます。
映画はその後、現在のパティが出演
彼女へのインタビューが写しだされます。
「あの後も、クラプトンから執拗に請われ一時期
元に戻ったのだけれど、彼はアルコール依存と薬を止めて
くれず、別れる決心をした。」
「今は、ベストフレンドよ。」と。
クラプトンはそれから数年後アルコール依存症と薬から
抜け出しに成功し・・等波乱万丈の末に現在に至っていますが
その後、ビートルズも解散となったジョージは
他のメンバーと同様にソロアルバムを発表し
ソロ活動に入るが
そんな中
ジョージはバングラデシュで起こった大洪水で
苦しむ人々を救おうと自ら立ち上がり、
友人たちに声がけしてボブ・ディラン、レオン・ラッセル
ビリー・プレストン等ジョージの人脈で豪華なメンバーを集め
NYのマジソンスクエアガーデンで
『バングラデシュ救済コンサート』を開催。
その中にはエリック・クラプトンの姿もありました。
そして2人はビートルズ時代にジョージに請われて録音
に参加した2枚組み名盤『ホワイトアルバム』の中の
名曲「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」を
オーディエンスの前で披露し大喝采を受けました。
後にこのコンサートは2枚組みのレコード化され
ベストセラーとなりました。
ジョージの懐の深さなのか2人は元の親友同士に戻り
来日公演『横浜アリーナ』ではジョージ&クラプトンの
夢のライブ公演を行ないました。
私もオーディエンスの1人でした。 -
イチオシ
ジョージ
ブライアン・エプスタインの奥はジョン・レノン -
ジョンの笑顔がいい。
-
ジョージとジョン
-
ジョン
-
ジョージ
-
ジョージ
-
ポールが写したショット
-
パリのオランピア劇場に
ビートルズが出演した時のもの。 -
イチオシ
オランピア劇場の公式プログラム
出演者には
トリニ・ロペス
シルビー・バルタン
の名前が。 -
手書きの
「I Want to Hold Your Hand」〈抱きしめたい〉
の歌詞 -
当時の雑誌
-
音楽誌 メロディーメーカー
-
There is only one master Pant
の後の最後の文字がSにも見えるが
違うかもしれないが
オンリーワンとポールがタイトルをつけたのだから -
この先の展示に〈力〉 が入っていると感じました。
-
ビートルズの2作目の映画となった
『HELP』のロケ地となったバハマ諸島での
オフショットだろうと思います。
ポールにしか撮れない写真を見せてくれます。 -
ポール
メンバーか撮影スタッフが写したポール。 -
同じくポール
-
奥でカメラを構えているリンゴ
その手前にジョージ
その前がブライアン・エプスタイン
後ろ向きのジョン -
イチオシ
ジョン
楽しんでいますね。 -
ジョン
がプールで -
楽しんだね。(⌒▽⌒)
-
しばしの休息
-
ジョージが手に持っているのは
日焼け止め ではなくて サンオイル。
黄金色に焼きたくって塗っていた オイル。 -
ジョージ
今度は背中に塗っている? -
と 思えば今度は
美女からアルコール -
ポールのレンズはジョージに
-
ポールのレンズはジョージに
フォーカス。 -
リンゴ
-
イチオシ
ジョージ
憂いを秘めたショット -
イチオシ
リンゴとジョージ
ポールにしか撮れないショットだよなぁ。 -
みなさん 食い入るように観ていました。
-
休憩を挟んでしっかり
仕事もしていたビートルズ
リンゴの刻むドラムの音は
いいなぁ。と今もそう思う あの街から -
ジョージ
-
ジョン
-
ジョン
優しい顔してるぞ -
イチオシ
一服かぁ。
-
リンゴも
-
ファンの歓迎ぶり
-
イチオシ
雑誌『LIFE』にも
取り上げられて
Hard days は続きます。 -
アメリカに渡り
当時の大人気番組
「エド・サリバンショー」に出演した時
の特集コーナーもありました。 -
アメリカ訪問へのパンアメリカン航空の中で
今度の戦略はいかにと新聞を広げている
ブライアン・エプスタイン -
同じく、パンナムの機内でジョンとツアースタッフ
-
ニューヨークに第一歩を印した日
-
空港には大勢のファンが詰めかけ
-
記者会見はいつものエスプリで
さらりとかわし -
イチオシ
セントラルパーク・サウスの
宿舎前 -
プラザHotel前の広場にも
大勢のファンが押し寄せ -
エドサリバンショーは
記録的な視聴率を挙げ -
ポールのカメラの
ネガ・フィルム -
エドサリバンショー
-
エドサリバンショー
-
次のコーナーに移り
-
4人
-
ジョン
-
ジョージ
-
ジョン
-
ジョン
-
ジョン
-
リンゴ
-
ちょっとすましたリンゴ
-
ブライアン・エプスタイン
の笑顔 -
ブライアン・エプスタイン
-
イチオシ
出口となりました。
-
ミュージアムショップでは
企画展のコーナーも設けられてあり
ファンのみなさんが押しかけていました。 -
マグカップもありました。
-
絵葉書になった写真が発売されていました。
-
少し大きいサイズも
-
ポールの本は
ズバリ今回の企画展の本人解説。 -
その他 たくさんありました。
しっかり写真に収め
ナショナルギャラリーへと向かいました。
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この旅行記へのコメント (8)
-
- mistralさん 2023/08/15 09:57:12
- モノクロの写真から伝わるもの
- あの街からさん
おはようございます。
旅には思いがけない出会いがありますね。
そんな想いがわき起こりました。
誘い込まれるように入ったポートレートギャラリーでのビートルズの写真展、
モノクロの写真が一層、若き日のデビュー当時のビートルズの素顔を
印象的に伝えてくれています。
ポールが撮ったということで、飾り気のないメンバーの普段の姿が
そのまま伝わってきますね。
デビュー間もなくの、舞台の袖から撮影されたビートルズの面々、
直立不動で歌うポールの印象的な姿、
「A Hard Day’s Night」のファーストシーンとそのイントロなどなど、
あの街からさんのコメントがそのまま、mistralの記憶とも重なり
(年齢は違うはずと思いますのに)楽しませていただきました。
mistral
- あの街からさん からの返信 2023/08/15 13:06:34
- RE: モノクロの写真から伝わるもの
- mistralさん こんにちは
耳年増 今はそんな言い方も死語になりましたが。笑
私も一時期、彼等に関する本や雑誌を手当たり次第手にしては
そのつもりになった いちファンなのですが。(⌒-⌒; )
それもこれも彼等の曲が素晴らしく、なんでも知りたい症候群
に陥りました。
仕事がめちゃくちゃ忙しく忙殺されそうになった時にも
通勤時間のウォークマンや久しぶりに取れた休日のドライブ
など随分と暮らしにうるおいをもらいました。
モノクロ写真と共に懐かしい日々を思い出してもらえて
こちらも嬉しいです。ありがとうございます。
モノクロって味わい深いもので色彩と同様劣化しないところも魅力に感じます。
旅と同様に♪音楽もやっぱりいいですよね。
このところ、西洋文化に寄りかかった旅行記作りが続き
そんな時にmistralさんの日本史探訪。
自分でも西洋・東洋バランスよくするのは必要だなぁ。
と思いながらも古代史に疎くなンとかついてゆこうと!
楽しみながら改めて教えてもらってます。
あの街から
-
- Antonioさん 2023/08/15 09:01:46
- 1963-1964
- おはようございます。1963~1964の時期はまだビートルズの団結力が強い頃で、ポールは写真展を開催できるほどの写真があったのでしょうね。1968以降ですと、オノヨーコが登場し、写真もあまりないのではと思いました。
- あの街からさん からの返信 2023/08/15 12:29:04
- RE: 1963-1964 それから
- Antonioさん はじめまして
ありがとう(⌒▽⌒)ございます。
やはり、ブライアン・エプスタインの存在が大きかった
のだろうなぁ。と思っています。
写真展のタイトルにPaul自らが付けた様にそれまで
あまりに忙しい過ぎたのもあったのだろうけれど
ブライアンという防波堤もなくなり、もう、
4人バラバラの行動をするようになりましたね。
それまで押し寄せる魑魅魍魎への盾が消え、
アップルレコードを立ち上げ破産。
(これだけはリンゴのマークのレーベルを残しただけでも
良かったなぁ。と思うのだけれど)
グループとしてのラストアルバムのレコーディング風景が
ドキュメント映画『Let It Be』になりましたが
もう4人バラバラという感じのオーラがプンプンでしたよね。
その頃には、ジョンの傍らにピッタリヨーコが寄り添っていて、
多くのファンはなンだあいつ。つて
小野ヨーコさんを思っていたのだろうと思います。
後年、ジョンとヨーコの出会ってからジョンが亡くなるまでの
物語が様々な形で発表されたり、かかわりを持ったいろいろの
人たちの証言。そしてヨーコさんのその後の行動で徐々に
決してヨーコさんは、ただのキワモノではない。ことを
ファンが知ることになりました。
ロンドンの街角でヨーコの前衛的個展での出会いから
いかにもセンセーショナルな行動ばかりを取り上げられ
ました。まぁ2人は若かったこともあの時代の風を受け
自分たちも刺激を受け、更に前衛的なところに磨きが
かかったのだろう。と今はそう言えるファンがここに。笑
あの時代のミュージシャンによく言えることですが
手にした途方もないお金。寄ってくる魑魅魍魎。
さらには、ミュージシャンとしてのクリエイティブへ
の挑戦心。等で
いっぱいいっぱいになり 色恋・薬・アルコール漬けに
一時期なったジョン。そして型通りヨーコと距離を置く
ようになり。やがて やっぱりお互いに必要な存在と
気がつきヨーコと歩み寄りショーンが生まれ
静かに暮らし始めジョン自ら子育てに参加しょうと主夫に専念。
ジョン&ヨーコは、いつも時代の一歩も二歩も先を行く
存在でしたね。
あれ、彼等のHard Daysの話から
調子に乗って(⌒-⌒; ) しまいました。
先程Antonioさんの旅行記へ飛び拝見しました。
美味しそうな旅行記あふれていました。
その中で、目をを引いたのが
京都の「前田珈琲 室町本店』
私も、京都・珈琲どちらもドンピシャ。
ある日京都に行った折、
「高台寺店」でブレンドをいただきました。
その時、カウンターの正面に本店の暖簾と同じ店の
ロゴマークが色紙〈より大きかったと思うけど〉を
目にし、漢字のようでもあり違うようでもあり
カウンターの中で珈琲を淹れてくれた方に聞いてみました。
そしたら、丁寧にいろいろ教えていただきました。
驚き!の答えで 「アルファベットで、
ま・え・だ〈M・A・E・D・A〉と書いてあります。」
と聞いたことなど懐かしく思い出しました。
京都を訪れた時には、ぜひ本店の暖簾をくぐりたいと思います。
京都は、この先混み混みになりそうなので(⌒-⌒; )しばらくは
Antonioさんや4Tの旅ポテさん&たらよろさんの旅行記で
楽しませていただき機会をみて訪れたいと思っています。
その他にもたくさんの美味しそうなものをいただける店の紹介
楽しませてください。
あの街から
- Antonioさん からの返信 2023/08/15 20:33:01
- RE: RE: 1963-1964 それから
- こんばんは。
数年前にジョンレノン夫妻の展示会があったのですが、その展示会でのジョンレノンはビートルズ絶頂期の頃と違い、オノヨーコの視点のジョンのように思え、ポールの写真に写っているジョンと異なっているのが対照的と感じました。
https://4travel.jp/travelogue/11662701
- あの街からさん からの返信 2023/08/15 21:30:35
- RE: RE: RE: お互いの才能をリスペクトしていたジョン&ヨーコ
- 今晩は、Antonioさん
私も、私が見なきゃ誰が観る。の勢いを持って楽しみに
観に行きました。笑
まぁほとんどは、それまで公開されていた事実や
資料でしたがたとえそれが主催者の営業活動だとしても
生誕〇〇や解散〇〇年等ベスト盤やら展覧会など開催される
うちはいいなぁと、ファンの1人としては充分に満足して
帰ってきました。
そうですね。個性の強いヨーコさんに出会って、ジョンも
暮らしの様々なところで刺激を受けたり、自分の経験年齢
も積み徐々に変化していったのだろうと思います。
まぁ人間誰しもありますよね。
しかし、アーティストは特にビートルズは初期の頃は
アイドル性が高く、ともすれば、仮にその時代を全盛期と
捕られてしまうとそのイメージを追い続けるあまり
変わったなぁ。とため息もわからないことはないのだけれど。
ビートルズの時代にあっても発表するアルバムの度に、
それまでにない試みを曲に取り入れながら変化してゆき
ましたよね。今思うとそれがまたビートルズが単に懐メロ
バントで終わらずに、今でも年代を問わず愛されている
のかなぁ。とファンの贔屓目ですね。笑
ビートルズいいですよね。 ありがとうございました。
あの街から
-
- はなはなさん 2023/08/13 08:58:53
- ありがとうございます
- よいものを見せていただきました 感謝します
- あの街からさん からの返信 2023/08/13 11:44:19
- RE: はなはなさん こちらこそ(⌒▽⌒) ありがとうございます
- 趣味趣向の旅行記の典型になってしまい
同じように楽しんでもらえる人がいる
ということは とても嬉しいです♪
ありがとうございます。
バルト3国興味深々ですので
楽しみながら拝見いたします。
あの街から
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