2023/06/24 - 2023/06/24
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あおしさん
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コロナが明けてすっかり旅行ブーム。
今回北海道へのマイレージの特典航空券は軒並み満席で空席があったのは羽田帯広便だけ。
しかも北海道旅行に必須のレンタカーも軒並み満車。
というわけで夭折の天才画家・神田日勝を訪ねてバス旅をしてきました。
神田日勝は十勝で農業の傍ら、べニア板に油絵を描くというスタイルの画家です。
十勝の自然や馬をはじめとする生き物を好んで描きましたが、33歳の若さで亡くなりました。
朝ドラ「なつぞら」では神田日勝をモデルにした山田天陽を吉沢亮さんが演じていました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 高速・路線バス JALグループ
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
朝8時の羽田発のフライトで帯広空港へ。
ただ、油圧系が故障したとかで出発は30分遅れ、帯広にも30分遅れの10時着。
この間も1時間遅れだったし、最近JALとは相性が悪いようです。
帯広空港の案内所で十勝地方のローカルバス乗り放題チケット2000円購入。
このチケットは市内までの空港線1000円も乗れるので、あと1000円でモトが取れる優れものです。北海道の中では割合すいている空港 by あおしさん帯広空港(とかち帯広空港) 空港
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帯広駅に11時前に到着。
ここから鹿追方面のバスに乗り継ぐ予定でしたが、タッチの差で乗り継ぎできませんでした。帯広駅バスターミナル 乗り物
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次のバスは2時間半後。
仕方がないので、市内路線バスに乗って市内の緑ケ丘公園へ。
広い北海道らしい、広い公園です。 -
この公園内にある「帯広百年記念館」へ寄ってお勉強を。
帯広や十勝地方の歴史を学べる博物館 by あおしさん帯広百年記念館 美術館・博物館
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帯広の歴史は、明治初めのころは「オペレペレケプ」と呼ばれた土地でした。
そのころはアイヌ人の家が10戸ほどの小さな寒村だったそうです。
に明治16年、依田勉三率いる晩成社が入植して近代帯広の歴史が始まりました。 -
晩成社の開墾は苦難の連続で、その当時の食事は豚の餌のような食事だったそうです。
依田は「開墾のはじめは豚とひとつ鍋」(豚の餌と1つの鍋で食事を作るという意味)と詠っています。
依田は40年帯広の開墾に生涯をささげ大正14年この地で亡くなりましたが、やがて帯広は昭和8年に北海道で8番目の市となりました。
ちなみに帯広の著名お菓子メーカー・六花亭では「ひとつ鍋」という最中が販売されています。 -
「帯広百年記念館」から帯広駅に戻り、駅周辺を散策。
近代に作られた町なので、整備された街並みで、まるでミニ札幌のようです。帯広駅 駅
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しかし最近は駅周辺の中心街は空洞化が進んでいるようで、帯広地元の百貨店・藤丸は廃業。
その建物が廃墟のようになっていました。
ちなみにもう1つの大型店である長崎屋も年内閉店を発表しています。藤丸百貨店 ショッピングモール
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アーケードのある商店街も人の気配がほとんどせず、さびしい限り。
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さて、1時半の拓殖バスで鹿追に向かいます。
このバスは鹿追を通って、神秘の湖・然別湖まで行きます。
北海道のバスなのに、車体は真っ赤。
ちょっと違和感。十勝地方をメインのバス会社です。かつては鉄道会社でした。 by あおしさん北海道拓殖バス 乗り物
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帯広市内を出ると、あとはひたすら農地地帯を進んでいきいます。
栽培されているのはそばか何かでしょうか。 -
帯広駅から約1時間で鹿追の道の駅の前のバス停に着きます。
砂漠の中のオアシスのような、農地地帯の中の小さな町です。道の駅 しかおい 道の駅
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「道の駅 しかおい」の中にある神田日勝記念館。
神田日勝はこの当時は貧しい農村だった鹿追の出身の画家です。
農家の貧しい生活の傍ら、独学で自然や馬をはじめとする十勝の生き物をべニア板に油絵を描く独特の手法の絵画を残しました。夭折の天才画家・神田日勝の美術館です by あおしさん神田日勝記念美術館 美術館・博物館
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朝ドラ「なつかぜ」では神田日勝をモデルにした山田天陽という画家が登場します。
吉沢亮さんが演じていました。
この絵は神田の自画像をモチーフにしたドラマで使われた山田天陽の自画像です。 -
神田日勝は農業に傍らに絵をかいていたこと、また33歳の若さで亡くなったため、作品は多くありません。
この美術館にも10枚ほどしかありません。
神田日勝の最後の作品である「馬」(現物は撮影禁止)。
べニア板に馬の半分を描いたところで彼は倒れて未完に終わりました。
べニア板には鉛筆でデッサンが残っていました。 -
「馬」は未完の作品ながら、神田の代表作となっており、この美術館のシンボルマークに使われています。
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神田日勝美術館から、800m離れたところにある福原記念美術館へ。
共通券だと700円。神田日勝美術館から800m。神田日勝の作品もあり、しかも写真撮影OKでした by あおしさん福原記念美術館 美術館・博物館
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この美術館はやはり鹿追町出身で、裸一貫から十勝を中心に40店舗のスーパー経営者になった福原浩平が地元に建設した美術館です。
有名な絵はあまりありませんでしたが、神田日勝の絵画が20点ほど展示されていました。 -
しかもこの美術館は撮影OKと太っ腹。
「扇ケ原」という作品。
鹿追から然別湖に向かう途中にある展望場所で十勝台地を描いた作品。
本当はもう1本前のバスでここに行く予定でした。 -
「静物」
然別湖の名産を描いた作品。
オショロコマという魚、ラワンブキ、シャクナゲ、ザリガニなど。
神田日勝、29歳の時の作品。 -
「赤い魚」
福原治平が神田に依頼した作品。
赤い絵の具をふんだんにつかったダイナミックな作品です。
神田日勝は「赤」をダイナミックに使う作品が多く見られますが、その原点ともいえる作品です。
拓殖バスのカラーが「赤」なのも関係あるかもしれません。
「なつぞら」でも山田天陽クンの高校の演劇の背景の絵に赤い馬を描いた作品が登場していました。 -
「未完の魚」
この絵も「馬」と同じく絶筆、未完で終わってしまった作品です。
福原美術館は神田日勝の絵が多くみられること、撮影OKと素晴らしい美術館でした。 -
次のバスまでまだ時間があったので、町役場の隣にある図書館の中の郷土資料館へ。
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図書館の1室にある無料の資料館なので、さほどの展示物はありませんが、北海道拓殖鉄道の展示は興味を持てました。
先ほど乗ってきた拓殖バスはかつて鉄道会社で、JR新得駅からこの鹿追まで鉄道を走らせていました。
この小さな町に昭和43年まで鉄道があったのは驚きでした。 -
鹿追駅は町の中心部からやや離れたところにあったようです。
役場前には中鹿追駅があったようです。 -
鹿追駅跡まで歩いてみることにしました。
役場から町の中心街を通って、約1.2キロ。
途中には福原浩平のつくったスーパー「フクハラ」もありました。 -
鹿追駅跡には拓殖バスの営業所と当時使われていた機関車が保存されていました。
敷地は広大で当時はさぞかしにぎわった駅だったのでしょう。
神田日勝も町の外に行くときはここから鉄道に乗ったかもしれません。 -
今日は鹿追から新得に向かいます。
新得行は平日は1日6本ですが、土休日、つまり今日土曜日は16時50分の1本だけ。
鉄道のあったルートのバス路線ですが、1日1本とは。 -
バス営業所の建物は古く、もしかしたら当時の鉄道の駅舎かもしれません。
待合室には平日は係員が常駐しているようで、鉄道の駅のようなきっぷ売り場もありました。
帯広駅からのバスが到着し、高校生とおばさん2人が下車。
鹿追発のバスの乗客は私ともう1人、おっさんだけ。 -
約30分でJR新得駅へ到着。
ここまでくれば特急が1時間に1本、札幌帯広間に走っており安心。
本当は今晩はこの新得の町に泊まりたかったのですが、ホテル、旅館とも満室。
隣の十勝清水町へは普通列車で1駅向かいます。新得駅 駅
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列車の待ち時間が1時間あったので、駅前の食堂で晩御飯。
十勝の名物「豚丼」を注文しました。
吉野家と違って1000円となかなかの値段だけあって、肉はとても厚く、枚数も多い食べ応えのあるどんぶりものでした。 -
新得駅から1駅、十勝清水駅で降ります。
この時間は無人駅になります。
降りたお客も私だけでした。十勝清水駅 駅
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十勝清水駅前には清水町の市街地があり、お店も多く見られますが、駅前のホテルをはじめ廃業している店も多く、また人が全く歩いていません。
最近の地方の町の中心部のさびれぶりはすさまじいものです。
今日はこの町のホテルで宿泊。簡易なホテルです。駅からは15分ほど by あおしさん清水イン勝造 宿・ホテル
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