2022/10/24 - 2022/10/25
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ishigantouさん
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中学校の修学旅行以来、何十年かぶりに清水寺に行く。今までまた行ってみたいなと思いつつ、いつも混んでいると聞いていて、コロナ収束後の今外国人がどっと押し寄せる前に大阪出張のついでに寄ってみた。
昔は鴨川の先の東山のふもとは鳥辺野と呼ばれ、亡くなった人を葬る場所であった。
清水寺へは大阪から京阪電車で向かった。清水五条駅で降り、五条通を進むとこの世とあの世への分かれ道である「六道の辻」がある‘六原’を通る。その先が清水寺。
六道とは仏教用語で、死後の人間は、天上道、人間道、地獄道、餓鬼道、修羅道、畜生道の6つの冥界を輪廻、彷徨い、生きている間の行いによって死後どの道に行くかが決まる。その分かれ道が「六道の辻」であった。
五条通から五条坂を少し上がったところに当日の宿‘TERRACE KIYOMIZU'があり、荷物を預けて清水寺に詣でる。その後産寧坂、二年坂を通って高台寺、知恩院へ。夕刻に八坂神社を詣で八坂の塔を通り過ぎ、ホテルへ戻った。途中ちりめん山椒の「やよい本店」があったので購入。
ホテルでひと息ついて今宵のあてを求めて五条通にあった「京居酒屋Sherry」へ。
翌朝は早い時間に、人が少ない二年坂、三年坂を撮影しに行く。ホテルに戻ると朝食として「京都 志津屋」の幕の内サンドが出た。
荷物を預けてチェックアウト後、建仁寺、六波羅蜜寺、六道珍皇寺をまわり荷物を取りにホテルへ戻る。どこもまだ拝観時間でないため御朱印は頂けなかった。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス 新幹線 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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東山巡り最初のスタートは大谷本廟
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時期的に少し葉が紅くなり始めた頃だった。
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念願の清水寺、仁王門に到着。寺に鎮座しているこの狛犬は、双方とも口を開いている。
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イチオシ
西門と三重塔
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778年(宝亀9)延鎮上人が開山。創建は延暦17年(798)年、坂上田村麻呂が観世音菩薩を安置するために堂宇を建立。
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西国三十三所第16番礼所。本尊は十一面千手観世音菩薩。
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舞台から望む、清水寺の寺号の由来である「音羽の滝」。
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音羽山 清水寺は奈良仏教の法相宗を宗旨とし、中世・近世においては法相宗大本山、興福寺(奈良)の末寺であった。1965年「北法相宗」の本山として独立。北法相宗としたのは、南都と呼ばれた奈良に対して、北に位置する京都で法灯を掲げるとしたところからなる。
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’清水の舞台から飛び降りる’などの言い表しがあるが、昔は実際に飛び降りた人がいたという。願掛けで飛び降りた人達、亡くなった人は意外と少なかったらしい。
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イチオシ
本尊は秘仏で、33年に一度の御開帳がある。この33は「三十三身して衆生を救う」という教えに因んだものとのこと。
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清水の舞台は13m。懸造りによる伝統工法では、樹齢400年余の柱を18本、継ぎ手による構造は1633年の再建によるもの。
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今回お参りしたかったのがこちらの碑。
古代王国「日高見国」を形成していた蝦夷(えみし)の総帥、阿弖流為(アテルイ)と同胞母禮(モレ)の顕彰碑。 -
日高見国はみちのく、東国の広い範囲において形作られていた。そして蝦夷のことを「勇猛果敢な人々が住み男女ともに椎のような髪を結い、体には刺青をしている」と数少ない文献には残っている。これはまさに日本の先住民である縄文人の流れを汲んだ人達ではなかったろうか。
いつの世も中央政府にたてつく者は悪とされた。その中においても坂上田村麻呂は、阿弖流為達を助命嘆願したと言われている。これも真実は不明だ。 -
ここは岩手県平泉の達谷窟毘沙門堂(たっこくのいわやびしゃもんどう)の写真。
坂上田村麻呂に滅ぼされた悪路王と呼ばれていた由縁の毘沙門堂。
坂上田村麻呂が悪路王と激戦のうえに首をはね、毘沙門天のご加護であると清水寺を真似てこの地に毘沙門堂を立てたとある。
悪路王とはアテルイとされ、助命嘆願の美談は後からの作り話かもしれない。 -
イチオシ
舌切茶屋 ここで抹茶を一服
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音羽山の中腹に広がる13万平方メートルの境内には、国宝と重要文化財を含む30以上の堂塔伽藍が建ち並び、1994年にユネスコ世界文化遺産「古都京都の文化財」のひとつとして登録されている。
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産寧坂、二年坂を通り高台寺へ向かう。
産寧坂の石段で転ぶと魂を落とし、三年以内に死ぬと言われる坂。 -
左に見える望楼は、幻の銅閣寺「祇園閣」
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最近の建物であるが、高台寺・利生堂の大涅槃壁画。
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高台寺・開山堂
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臥龍廊
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方丈前庭
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高台寺は北政所のねねが秀吉の菩提を弔うため、慶長10年(1605年)に建立した臨済宗の寺院。
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少し色づいた紅葉が見られた「臥龍池」
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重文の茶室「傘亭」
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秀吉とねねの木造が安置され、ねねが埋葬されている「霊屋」。
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マニ車がある高台寺「天満宮」
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台所坂を降り
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ねねの道へ
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洋館も垣間見える
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長楽館
村井吉兵衛が迎賓館として建てた建物。アメリカ人技師J.Mガーディナーの設計で明治42年(1909年)6月に竣工した。1,2階はロココ様式、3階は和室の和洋折衷。 -
現在はレストランになっている。
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円山公園
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知恩院の世界最大級の国宝「木造三門」
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内部からの三門
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イチオシ
こちらの三門は、高さは24m,間口は35m,奥行きも35m。
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御影堂(本堂)
本尊は法然上人像および阿弥陀如来像(阿弥陀堂)。開山は法然上人、詳名は華頂山知恩教院大谷寺(かちょうざん ちおんきょういん おおたにでら)で浄土宗の総本山。 -
経蔵
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宝物殿
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多宝塔
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八坂神社
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西楼門
八坂神社は、平安期創建の古社。 -
主祭神は素戔嗚尊。日本全国の八坂神社の総本社。
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八坂神社を出たところに、門構えが立派な懐石料理「中村楼」がある。
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拝観時間切れにて宿に戻っていく
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久しぶりの京都で心が落ち着き、日本人であることを実感する。
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またもや門構えが立派な店
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イチオシ
八坂の塔(法観寺)
高さ46mで、聖徳太子の創建と伝わるが、現在の塔は足利義教が再建したとされる。 -
八坂庚申堂(金剛寺)
日本三庚申の一つである天台宗の寺 -
見ざる、言わざる、聞かざるの「くくり猿」が心を戒め、願いをかなえる。
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居酒屋Sherryではビールのつまみで、京都らしくおばんざい。そして伏見の酒「澤屋まつもと純米酒」でハモの天ぷら、最後は京都、青谷の梅酒とおしんこで締めた。
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五条坂にあるホテル「TERRACE KIYOMIZU」
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客室前廊下
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イチオシ
翌朝、人がいない産寧坂へ。
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日中の様子とは違う店々
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日中の様子とは違う店々
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二寧坂(二年坂)
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イチオシ
朝日を受ける八坂の塔
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高台寺の丘より望む
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高台寺の丘より望む
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前日の同じ場所
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高台寺山門
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朝の付近散歩から戻ってきたら、ホテルの朝食にてサンドイッチが渡された。
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荷物を預け、建仁寺へ。
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イチオシ
三門
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法堂
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建仁寺は栄西が建仁2年(1202年)年に源頼家の援助を得て建てた臨済宗の名刹で、京都最初の禅寺である。山号は東山、本尊は釈迦如来。
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本坊
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六波羅蜜寺
天歴5年(951年)空也上人より開創された真言宗智山派の寺院。本尊は十一面観音立像で、口から南無阿弥陀仏と刻まれた6体の仏を吐く空也上人立像、平清盛座像が宝物館にはあると言うが拝観時間前で見れたかったのが残念。 -
六道珍皇寺
山号は大椿山、臨済宗建仁派。寺域が鳥辺野の麓の入口付近に当たるため「六道の辻」と称され、お盆に帰る精霊は必ずここを通るとされた。 -
本尊は平安時代前期の薬師如来坐像(重文)で、ここには閻魔堂があり木造の閻魔大王座像と冥官伝説をもつ小野篁の立像が祀られているらしい。
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こちらが冥界との境界「六道の辻」
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