2023/05/01 - 2023/05/30
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ばねおさん
パリは5月に入ると晴れの日が多くなり、気温が20度を越す日も出てきた。
4週目あたりからは20度後半にもなり、こうなるともう一気に初夏である。
陽射しのある公園の芝地には半裸で横たわる人が増え、街には極端な薄着の女性も闊歩するようになった。
18日までほとんどバカンス状態の中で、1日はメーデー&スズランの日、8日は欧州終戦記念日、オペラの日、美術館の夜と続き、カンヌ映画祭、ローランギャロスの全仏オープン、ル・マンのレース、そしてサッカーetc.とイベントも目白押しだ。
その上、早くも夏の大バカンスが話題になっていて、いったいここの国民はいつまとまった仕事をするのだろうか、いつも疑問に思ってしまう。
バカンスとバカンスの合間に仕事をしている、といった方が正確かも知れない。
それはともかくとして、自分も陽気につられてあちらこちらと思いのままに歩き回り、盛りだくさんの5月の日々となった。
(写真は市内のあちらこちらで少しづつ復活し始めたコクリコ(ひなげし))
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
5月1日はメーデー&幸せのスズランの日。
フランスでは、この日に愛するひとやお世話になっている人にスズランを贈る習慣が古くからあり、もらった人には幸せが訪れるとされている。
例年であればメーデー行進にも加わり、スズラン売りも見て回るところなのだが、抗議運動に乗じた激しい衝突が続いている昨今、街歩きだけにとどめることにした。
パスツール駅頭で目に止まった光景。
旧ソ連の国旗でお馴染みの鎌とハンマーの組み合わせの図柄を描いたスズラン売り場があった。
気になったので近くまで行ってみたところ、PCFの文字があった。
フランス共産党 Parti communiste français ということだが、政党がスズラン売り場を開設しているのを初めて見た。 -
昨年まで住んでいたモンパルナス駅近くを通り、ヴァヴァン Vavinを経由してダゲール街まで行ってみたけれど、以前のような趣のあるスズラン売りには出会えなかった。
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ダゲール街では林芙美子が滞在していた安ホテル Hôtel Floridor が何やら工事に入っていた。改修工事なのか、それとも廃業なのか、とりあえず現状を写真におさめてみた。
冬に来て、5月にはパリを去ってしまった芙美子だが、この都の本当の花の季節をもっと見て行ってほしかったなあ。
帰りに住まいの近くで一束のスズランを買った。
「幸せになれるスズラン」を下さい。
こういう場合のフランス人の切り返しは機知に富んでいる。
「どういう種類の幸せを望むか?」
売り場にはたくさんの組み合わせのブーケが並べられていた。
そうか、幸せにも種類があったか。
自分が選んだのは数本のスズランが束ねられたシンプルなもの。
買い上げ時の挨拶は、普段とは違って「ボンミュゲ!」。(ミュゲはスズラン)
日本で宝くじを買うと「当たりますように」と言われることを思い出す。 -
5月4日、ポンヌフを渡りメッギス通り Quai de la Mégisserie 沿いの植木店へ。
3か月間の不在中、バルコニーの植木類を家主が世話をしてくれていたのだが、冬を越せなかったゼラニウムなどを補充するためにやってきた。
ここにはふたつの大型店が並んでいて、種類が豊富なことと、意外にも値段も安いことから毎年のように買いに来るのだが、2店の内、ひとつが無くなっていた。
店のあった場所は改装中で、どうやら現代風のカフェができる様子だった。 -
通りがかりに横目で見えたのは草間彌生の巨大像。
お馴染みの水玉模様に身を包み、サマリテーヌを背にルイ・ヴィトンの方に向かって何やらポーズをとっている。 -
5月6日は英国のシャルル3世(チャールズ3世)の戴冠式の様子を朝からTV中継していた。式の始まる何時間も前からカメラがさまざまな情景を写し出していて、まるで自国の重大行事であるかのような熱心さだ。
歴史的な出来事ということ以上にやはり英仏の深い関係ゆえだろうか。
この日は久々にモンパルナスのお気に入りのブラッスリー「クーポール La Coupole」で食事会となった。 -
日本で某人物の記念会を発足させることになり、自分も行きがかり上、発起人に名を連ねることになったのだが、資料の中に高木東六作曲の楽譜があった。
歌詞もついているのだが、音源が見つからないためどういう曲なのか音楽に疎い人間揃いのためよく分からない。
このため、懇意にしているパリ在住のピアニストの方にお願いしてみたら、忙しい中を快く引き受けてくれた。おまけに公開しないという前提ではあるが、自ら歌まで添えてくれた。
そのお礼のために食事にご招待することになり、お互いにレストランのような肩肘張った場所は苦手なのでこちらで一席設けた次第。 -
それぞれ好きなものを注文することにして、頼んだ品はどれも皆満足。
自分が選んだ一つはリースリングのムール貝。海鮮を売りにしている店だけあって間違いない味だった。
高木東六に関しての話も盛り上がった。
記念会の件とは全く無関係なのだが、実は、東六氏は自分の卒業した小学校の大先輩。昔、TV番組に登場していた姿しか存じ上げないが、パリ留学時代のエピソードなどを書いた著書を実に面白く読んだことがある。
自分ではコンサートに行ったという記憶がないのだが、高木東六100周年記念コンサートの冊子が自宅にあって、その中で島崎藤村の息子の鶏二と親友であったこと、留学を終えて日本へ帰る船にチャップリンと乗り合わせたことなどが掲載されていて、とても貴重な記事として大切にしている。 -
13日は「ヨーロッパ美術館の夕べ La Nuit Européenne des Musées」で今年で19回目となる。
この日は夕刻6時過ぎから午前0時にかけての時間帯で多くの美術館が無料で開放される。
毎年9月にある「ヨーロッパ文化遺産」の日の夜間版と思えば良い。 -
こうしたお得情報は逃さず活かす主義なので、さて、どこにしようかと考えてみた。事前予約が必要な施設は受付開始と同時にあっという間に埋まってしまっている。
多分、あまり混雑しないだろうという見込みもあって、ロダン美術館へ行くことにした。ここなら、混み合っても広い庭園がある。
ロダン美術館には開館20分ほど前に着いてしまい、少し早すぎたなと思ったのだがすでに30人ほどが列を作っていた。
通りがかった外国人観光客が理由を知って列に加わるなど、並ぶ人は次第に増え、やがて後尾が見えなくなるほどになった。 -
フランスルネッサンス建築の傑作の一つに数えられているロダン美術館「ビロン館」(Hôtel Biron) 。
生前、ここを一人で借り切っていたロダンは大戦が始まった1914年に全作品を寄贈するのでここをロダン美術館にしたいと国に申し出たが、結局、実現したのはその死後となった。 -
ロダンの若き日の作品
「JEUNE FEMME AU CHAPEAU FLEURI (花飾りの帽子の若い女)」(1870-1875) テラコッタ
モデルは妻となるRose Beuret(1844-1917年)と言われている。 -
ロダンの傑作のひとつとされる「 Le baiser (接吻)」。
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オランジェリー美術館の前にも鋳造された一体が置かれている。
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居並ぶ作品群を飛ばして目指したのは、奥まった位置にあるカミーユ・クローデルの作品を集めた部屋。
ロダンは1917年に亡くなる前に、美術館にはカミーユ・クローデルの作品に特化した部屋を設ける提案に同意したが、数多くの弟子の中でなぜカミーユだったのかは、色々な解釈が成り立つところだ。 -
カミーユ・クローデル「 AUGUSTE RODIN ロダン」像(1886-1892)
ロダンとは、師弟であり愛人である関係が続いていた時代の作品。 -
カミーユ・クローデル
「VERTUMNE ET POMONE」(1886 - 1905)
古代サンスクリットの詩劇「Sakuntala」から着想を得たとされる抱擁の作品は、いくつかのバージョンとタイトルを持っている。
そのひとつ「L'Abandon」は1888年にサロンで受賞し、カミーユの出世作となった。 -
「L'Abandon」に続き、1889年頃から創作を開始した「La Valse ou les Valseurs」作品のひとつ。25体のシリーズ作品が鋳造されている。
男女がパ・ド・ドゥ Pas de deux をしながら踊りを展開する姿で、ドレープが靡く表現が動きを示している。
裸体作品だったものが物議を醸し、特に女性が描写し、表現することが世間に受け入れられなかった時代、カミーユはやむなく衣装を着せることになった。 -
「La petite CHATELAINE」(1892年)
6歳の少女をモデルにしたこの像にもいくつかのバージヨンがあって、作品によって題名が異なるものもあるが、一般に(総称して)La petite CHATELAINEと呼ばれている。
1890年から1892年にかけて数回滞在したchâteau de L’Islette 館の主人の孫娘であるMarguerite Boyerにポーズをとらせて制作した。 -
ロダンの所蔵絵画のひとつ。
ゴッホの『Père Tanguy(ペール タンギー)』(1887年)
写真では分かりづらいが人物の背景描写として浮世絵が並んでいる。頭部の後ろには富士山と桜の木、その下には役者絵。
Père Tanguy(タンギーおじさん)ことJulien François Tanguyは、絵具製品の商いとギャラリーを営み、印象派作品の収集家でもあった。
ゴッホ兄弟と親交があり、ゴッホは愛情を持って彼を表現している。
タンギーはこの作品を終生大事に手元に置き、ロダンに遺贈した。 -
こちらは『叫び』で知られるムンクEdvard Munchの描いた『考える人』。
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誰もが知っている『考える人』は前庭に置かれている。
上野の国立西洋美術館にも同一の作品があり、日本人に最も知られているロダン作品と言えるだろう。
写真右後方にアンヴァリッドの金色の円頂の突端がのぞいている。 -
「地獄の門」。
松方幸次郎の出費で鋳造された2個のうちの一つがこちら、上野にあるのがもう一つ。
ロダンは公に認めないが、カミーユ・クローデルの作ったパーツが各所に用いられている。 -
この時期、屋外のカフェも気持ち良いが、今日は曇が多くて通り雨もあった。
雨が来ると館内に逃げ込み、雨が去ると再び庭園に出る繰り返し。 -
ロダンの彫刻作品は一通り見てきたつもりだが、今回初めて知った存在がこちらのバラ。
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その名は「Rodin」。
ロダンの名前が付けられていた。 -
ロダンの最後の記念像である「バルザック」。
バルザックを崇拝し、制作に貪婪なロダンは何体のバルザックを作ったのだろう。
これははるかに「まし」なバルザック像だが、寝巻き姿やジャガイモの袋のようだと評された像もあり、世間はロダンは気が触れたとまで言った。
しかも、芋袋のようなバルザック像は、あの官能的な「Le baiser (接吻)」と同じ年に出ているのだから、これが同一人の作とは信じられぬ思いであったろう。 -
ロダン美術館を出たのは8時半頃。
天気も回復し、まだまだ明るいので、道路を隔てたアンヴァリッド Invalide に向かった。
ナポレオンの墓があることで知られるアンヴァリッドは、17世紀ルイ14世の時に傷病兵を収容する施設として建てられ、現在では建物の一部が世界最大級の軍事史博物館として公開されている。
北側の門が入場口になっていた。 -
反対側の南からみるとこのようになる。
モンパルナスに住んでいた頃は、ここまでよく散歩に来ていたのでこちらの方が自分には馴染みのある姿だ。
(2022年3月撮影) -
アンヴァリッドを一口で言えば、とにかく広い建物だ。
建物の周囲には植栽があり、緑地が広がっている。 -
昨年4月にとても興味深いニュースがあった。
アンヴァリッドにはブローニュの森に次いで野ウサギが多く生息し、害をもたらすので駆除してきたが、これが動物愛護の観点から禁止となったというのだ。
そもそもここに野ウサギがいることすら知らなかったが、最近のニュースが追加された。
駆除禁止以来一年、ウサギは増殖して木の根を食べ、花壇の草木を枯らし、芝生に穴をあけ、配管は切断されるなど多大な被害をもたらし、周辺住民を苦しめているという。
当然、駆除すべし、との意見が強くなっているのだが果たしてどうなることか。 -
とても、ついでにちょっと見学していくという規模ではないのだが、主だったところだけを回ってみた。
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ナポレオンの墓のあるアンヴァリッドのドーム。
ルイ14世の首席建築家であったジュール・アルドゥアン=マンサール Jules Hardouin-Mansart (1646 - 1708年)が手がけたもの。
マンサールはパリ天文台、ヴァンドーム広場などの建設にもあたっている。 -
この先にはサンルイ教会が続いている。
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ドームを見上げるとはるか上方に天井画が見える。
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ドーム下の広大な吹き抜け空間。
この下にナポレオンの棺が安置されている。 -
巨大な大理石の石棺のナポレオンの墓。
「わたしの愛したフランス国民に囲まれ、セーヌ川のほとりで眠りたい」というナポレオンの言葉通りの場所にあると言って良いだろう。 -
館内のブティックの向かい側にモンブランで有名なアンジェリーナ Salon de thé Angelina が出店していた。
常設のカフェレストランもあるので、ここは夏季だけの期間限定営業となっている。 -
25日、ポンヌフにあるデパート La Samaritaine ラ・サマリテーヌ へ出かけた。
前日、ボンマルシェまで買いにいった品物が手に入らず、こちらにあるというというのでやってきた。 -
長い間続けられていたサマリテーヌの工事の様子は、ずっと外から眺めてきたが、中に入るのはこれが初めて。
買い物を終えたあとで見学のため館内を少し歩いてみた。 -
むき出しの鉄骨とアール・ヌーヴォーの意匠。
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2005年に閉店したサマリテーヌは、2021年6月に営業再開するまで16年の年月が流れている。
2021年に再オープンした当時には入館を待つ人の列ができていたが、今ではそうした光景はなくなったようだ。 -
世界で一番多くの高級ブランドを率いているLVMH(モエ=ヘネシー・ルイ・ヴィトングループ)が手掛けているだけに、改修には潤沢な資金を投じらたことがうかがえる。
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最上階はレストランフロア。
いくつもの店が営業していたが、客はまばら。
自分と同じように見学にここまで上がってきて、また下りていく人が多い。
もしかしたら、買い物をするデパートではなく、見学するデパートと言っても良いのかも知れない。 -
修復工事が終わると同時に、デパート前の道路も形状が変わってしまった。
以前はこの前にあったバス停をよく利用していたのだが、今では遠くに移動している。
先日は横顔を拝見したが、今日は後ろ姿の巨人像。
さようなら彌生さん。 -
翌26日は、カミーユクローデル美術館訪問のため東駅からRERに乗りNogent-sur-Seineへ出かけた。
こちらの旅行記は長くなるので別稿とする予定。 -
30日、モンマルトルの丘の下にあるロマンチック美術館(ロマン派美術館 Musée de la Vie Romantique)を初訪問。
前方に何やら集団で移動している人たちがいた。
この先の PigalleからSt.Georgeにかけての一帯は数多くの芸術家が住んでいたので、様子から見て探訪するグループなのかも知れない。 -
この近辺に居た芸術家は数多い。
ローレック、ユーゴ、モーパッサン、アポリネール、ベルリオーズ、ワーグナー、ゴンクール兄妹、マラルメ、ネルヴェル等々、一覧表が必要になってくる。
ドラクロアのアトリエも、ゴーギャンの生家もあるし、ゴッホ兄弟の住まいも、ゴッホの描いたタンギーおじさんの家もある。
ロマンチック美術館のメインたる、ジョルジュ・サンドとショパンももちろんのことだ。 -
樹齢100年は越しているであろう大木のある石畳の通路を進むと正面に可愛らしいメゾンが見えてくる。
通路の先には手荷物検査兼受付係のマダムがいてにこやかに迎えてくれた。 -
こちらがメゾン(母屋)
手前の左右にアトリエがある。
左側は管理棟、右側の地階では展覧会が開かれている。
メゾンの見学は無料、展覧会入場は有料となっている。 -
母屋の内側から見たステンドグラスをはめ込んだ玄関扉。
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ジョルジュ・サンド George Sand (1804-1876)ゆかりの品々で構成されているサロン。
室内には彼女の用いていた宝石・アクセサリー類、筆記用具、小箱などが展示されている。
肘掛け椅子や寄木細工の物入れなどの家具類はサンドが 故郷のBerry地方の家で用いていたものを運んできたもの。 -
よく知られているジョルジェ・サンドの肖像画。
サンドとショパンはこの近くのsquare d'Orléansに住んでいて、近隣の多くの芸術家たちと同様に、この家の持ち主である画家のアリ・シェフェールの定例サロンに訪れていた。 -
サンドが戯画風に描いた扇状の絵が実に面白い。
カリカチュアというべきかも知れない。
自身を含めてショパン、リスト、ドラクロワなど実在の人物が16人登場している。
羊飼いの妖精(?)のようなサンド、その膝の上にいるショパンは鳥で、ドラクロワがこれを眺め、リストが恍惚状態で傍にいる、といった図である。
対照図が置かれているので、描かれた人物が誰であるのか分かるようになっている。 -
壁の一面を占めているドラクロワ Eugène Delacroix(1798 - 1863年)の作品。(撮影は許されているのだが、光が入り込み写真にならない)
ロマン派の巨匠ドラクロワはサンドとショパンの共通の友人で、、後にサンドは息子のモーリス・サンドを画家にしようとドラクロワのアトリエに通わせている。 -
その中の作品「Lélia レリア」
『ジョルジュ・サンドの《Lélia》の最後の場面』(1847年頃)
サンドとドラクロワはお互いに影響し合い、亡くなるまで友情を維持した。 -
青の部屋
サンドとショパンの手からとられた石膏像がショーケースの収められている。
写真右上の赤いパネル画は、現在アトリエで開かれている展覧会の作者の作品。
どうみてもこの部屋にはそぐわないと思うのだが.. -
窓を通してみた庭園の様子。
緑の中にバラ、リラ、アジサイなどの花々が見える。
この美術館を訪れるには最もよい時期なのかも知れない。 -
2階にはこの邸の元の主であるオランダ出身の画家アリ・シェフェール Ary Scheffer (1795-1858)の作品が展示されている。
今日ではまったく忘れ去られている存在だが、当時は王族の肖像画で地位を確立した巨匠であった。 -
アリ・シェフェールの作品のひとつ「Portrait de la Princesse de Joinville ジョワンヴィル王女の肖像」(1844年)
ジョワンヴィルはブラジル皇帝の妹でルイフィリップ王の息子と結婚した。 -
母屋に接続してサロン・デ・テ(ティールーム)がある。
屋外にもイスとテーブルが並べられ、食事やお茶を楽しむ人たちで占められていた。 -
せっかくの機会なので、木陰の庭園カフェを利用しようと順番待ちの列に並んだのだが、一向に進まないので諦めた。
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天気も良く、花と緑に囲まれたロマンチックなひとときがここで過ごせなかったのが心残りだ。
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この旅行記へのコメント (2)
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- ユーユさん 2023/06/22 12:24:54
- 大好きなパリ
- ばねおさん
こんにちは♪
まだフォローしていなかった事に気が付きました。
フォローさせて頂きます。
「ヨーロッパ美術館の夕べ La Nuit Européenne des Musées」たるものがあるんですね。知らなかったです。観光客にはあまり知られていないですよね。
ホントに美しいパリ、美術館や公園。日本よりずっと緑が多いような気がします。
去年行ってからまだ1年も経っていませんが今すぐにでも行きたいです。
円高になって、戦争が終わってくれないと・・・。
ユーユ
- ばねおさん からの返信 2023/06/24 03:45:43
- RE: 大好きなパリ
- ユーユさん こんにちは
いつもお立ち寄りいただきありがとうございます。
「パリ好き」な方にフォローいただくのは、嬉しいような怖いような..ドギマギしますね。
グルメもオシャレも登場しない内容ばかりですが、今後ともお読み捨ていただければ幸いです。
ばねお
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