2022/03/28 - 2022/03/31
114位(同エリア125件中)
ヒビーさん
東北海道一周の旅のその3です。
上川駅から特別快速きたみに乗車して北見駅に向かいました。
風景印を押して貰う為に北見郵便局に行くのですが想定外の事態に・・・
いったいどうなってしまうのでしょうか?
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JRローカル
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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イチオシ
15時41分、北見行きの特別快速きたみです。
今回の車両はキハ54形気動車です。
キハ54形気動車は1986年から製作されたそうで、四国向けの温暖型と北海道向けの酷寒地型が製作されたそうです。
北海道仕様車(500番台)は1985年に29両が製作され、過酷な気象条件の中での運用に備え、随所に耐雪、凍結対策が施されているそうです。
排雪走行や動物との衝突などに備え、運転台下にはスカートが装備されているそうです。
ぷー 「次は北見まで行くよ」
ぐでたま「よろしく頼むんだわ」 -
特別快速きたみの側面を撮影しました。
ぐでたま「これってもしかして旭川から来たん?」
ぷー 「そうだけど」
ぐでたま「旭川から乗ったら座席の確保出来たんじゃね?」
ぷー 「上川での目的があったからね」
いずれにしても上川駅より先に進むには一番早くてこの列車しかありません。
特別快速きたみは上り列車と下り列車では停車駅は多少違うようで、今回の下り列車は当麻駅を発車後は上川駅まで停車しないようです。 -
今回のキハ54形はセミクロスシートとロングシートの車両で、セミクロスシート側に座れたものの、目の前がロングシートとなっていて、更に乗客もいたので遠軽駅までの間はぷー君達を置けない状態が続きました。
客室の窓は小型の一段上昇式で、車内側にFRP枠の内窓を備えた二重窓だそうです。
客室の扉は85センチ幅の引戸で、凍結対策としてドアレールとステップに機関廃熱利用の温水ヒーターを装備しているそうです。
上川駅を出発してからしばらくは旭川紋別自動車道と国道333号線と留辺志部川と並走したり交差しながら走行します。
写真は旭川紋別自動車道の下を交差している状況です。 -
ぐでたま「それにしても次の駅まで長くね?」
ぷー 「ずっと山道だからね」
ぐでたま「30分以上経つけど、まだどの駅にも停車してないんだわ」
ぷー 「信号所が何ヶ所かあるだけみたいだね」
上川駅から次の白滝駅までは駅間の距離が37.3キロメートルと、JRの在来線では最長だそうです。
山道を走行するので速度も上がらず、30分以上かかってようやく白滝駅の近くに近づいてきました。写真の奥には白滝郵便局が見えました。
キハ54形は長距離運用に備えてトイレを設置おり、当初はFRP製ユニット式(和式)の垂れ流し式だったそうですが、後に洋式便器を使用する循環式に改造され、汚物タンクは床下に設置するスペースがない為に床上に追設されたそうです。
水タンクは屋上に設置され、圧縮空気やポンプを使用しない重力給水式だそうです。
冷房装置は装備せず扇風機のみを室内に設置し、屋上には押し込み式通風器を配置しているそうです。
暖房装置は機関冷却水を利用した強力な仕様のようです。
ぐでたま「トイレが垂れ流しだったん?」
ぷー 「今は大丈夫だよ」 -
白滝駅に停車しました。
駅名標を撮影しました。
ぐでたま「美味しそうな駅の名前なんだわ」
ぷー 「ぐでたま君とは相性の良い駅だね」
現在では白滝と名のつく駅はここだけですが、かつては奥白滝・上白滝・白滝・旧白滝・下白滝と「白滝」と名のつく駅が5駅連続していたそうです。
ぐでたま「そんなにあったんか」
ぷー 「乗り降りする時に間違えそうだね」 -
白滝駅の駅舎を撮影しました。
白滝駅は1929年8月12日に開業し、1984年11月10日に駅員無配置駅となり、1992年4月1日に無人化されたそうです。
白滝駅には特急大雪4号と全ての特急オホーツクが停車します。
白滝駅は2面3線の単式・島式の複合ホームの駅のようです。 -
白滝駅から丸瀬布駅間の走行風景が続きます。
写真奥に見えるのは道道558号線の永代橋と思われます。
更に奥には白滝ふれあいセンターが見えました。 -
写真左側には道道558号線と国道333号線との分岐点が見えました。
旭川紋別自動車道の白滝インターチェンジの出入り口も見えました。 -
列車は湧別川に沿って走行して行きます。
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丸瀬布駅に近づいてきました。
ぷー 「屋根にSLのイラストが描いてあるよ」
ぐでたま「実際にSLがあるん?」
丸瀬布森林公園いこいの森には森林鉄道蒸気機関車「雨宮21号」や郷土資料館・キャンプ場・各種遊具があり、すぐそばには温泉や昆虫生態館もあります。 -
丸瀬布駅に停車しました。
駅名標を撮影しました。
ぐでたま「奥にSLと昆虫のまちって書いてあるんだわ」
ぷー 「子供が楽しめそうだね」 -
丸瀬布駅の駅舎を撮影しました。
丸瀬布駅は1927年10月10日に開業し、1984年11月10日に駅員無配置駅となり、1992年4月1日に無人化されたそうです。
現在の駅舎は2000年4月1日に改築されたそうです。
丸瀬布駅はかつては駅舎に面した単式ホームがあり2面3線で運用されていたそうですが、現在では島式ホーム1面2線の駅だそうで、構内踏切を渡ってホームに向かうそうです。
丸瀬布駅には特急大雪(4号は通過)と全ての特急オホーツクが停車します。
ぐでたま「駅舎にはどうやって行くん?」
ぷー 「あそこに小さな看板があったよ」
駅舎を示す看板がありましたが、小さくてよくわかりませんでした。 -
丸瀬布駅を発車して間もなく。旭川紋別自動車道の金山第2大橋と思われる橋が見えました。
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瀬戸瀬駅が見えましたが特別快速きたみは通過して行きます。
ぐでたま「急に減速したんだわ」
ぷー 「鹿が現れたみたいだね」
場所は忘れましたが遠軽駅までの途中で鹿が現れて減速運転を余儀なくされました。
キハ54形には野生動物、特にエゾシカとの衝突事故が多発する路線事情に対応するため、「鹿笛」と呼ばれる甲高い音色のホイッスルに交換されているそうです。 -
道道711号線の救世橋と思われる橋が見えました。
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遠軽駅に停車しました。
柱用駅名標を撮影しました。
遠軽駅では7分間の停車時間だったので、駅舎の撮影・記念スタンプ・記念入場券の購入の全てを行なうのは厳しいのでやめておきました。
ぷー 「ここから先は進行方向が変わるんだって」
ぐでたま「座席の向きってどうするん?」
ぷー 「さあ~」
ぐでたま「周りの様子を見るんだわ」
様子を見ていたら乗客が座席の手すりを動かして進行方向の向きにしていました。
ぐでたま「いったいどうやったん?」
ぷー 「北見に着いたらボク達も試してみよう」 -
天井から吊り下がった駅名標です。
遠軽駅は1915年11月1日に開業したそうです。
遠軽駅は単式ホーム1面1線(1番のりば)と島式ホーム1面2線(2番・3番のりば)の合計2面3線の駅のようです。
社員配置駅で、営業担当社員が不在の早朝・夜間は営業上無人駅扱いとなるそうですが、信号扱いを行う輸送担当社員は終日配置されているそうです。
全ての特急列車が停車します。
ぐでたま「駅の構造がこんなんだけど、この先って昔続いてたん?」
ぷー 「見た感じそうみたいだね」
かつては石北本線と名寄本線の分岐する鉄道の要衝でしたが1989年に名寄本線が廃止されてからは石北本線のスイッチバックだけの駅になってしまったそうです。 -
遠軽駅から安国駅間の風景です。
道道1032号線と思われる道路が見えました。
ぐでたま「それにしても、写真撮りづらくね?」
ぷー 「座席の位置が悪かったね」
遠軽駅から座席の向きが変わって先程座っていた座席では普通に座った状態では撮影出来ないので写真を撮影するのに体勢がつらい状態となってしまいました。
ぐでたま「座席を変えれば良かったんじゃね」
ぷー 「それが出来たら苦労しないよ」
遠軽駅で座席の向きを変えた際に座席を変えようとしましたが、手頃な座席は埋まっており、唯一開いていた座席の反対側には親子の乗客がいたのでぷー君達を置くと目立つので、結局座席は変えないままにするしかありませんでした。 -
安国駅に停車しました。
駅名標を撮影しました。
安国駅は1914年10月5日に下生田原駅として開業し、1946年3月1日に現在の安国駅に改称し、1983年1月10日に無人化されたそうです。
安国駅は単式ホーム2面2線の駅のようです。 -
安国駅の駅舎です。
駅舎は1989年10月に生田原町が行った「安国駅前再開発事業」の一環で町の物産展示場との合築として改築したものだそうで、地元のカラマツ集成材を用いた木造平屋建(ログハウス調)となっているそうです。
ぐでたま「おしゃれな駅舎なんだわ」
ぷー 「無人駅だなんて勿体ないよね」
現在は分岐点は遠軽駅ですが、1920年頃に方向転換の必要のない安国駅で分岐して瀬戸瀬へ直行するルートを主張し、この分岐点の問題は苛烈を極め、互いの私財を投げ打ち破産状態になるまでに発展したそうですが、最終的には当時の鉄道院当局の裁量に任せることとなり、遠軽が分岐点となったそうです。
ぐでたま「ここが分岐だと、いちいち座席を変えずに済んだんだわ」
ぷー 「まあ~結果論だけどね」 -
安国駅から生田原駅間の風景です。
-
生田原駅に停車しました。
座席の反対側だったので駅名標がかすかに見えただけでした。
生田原駅は1914年10月5日に上生田原駅として開業し、1946年3月1日に現在の生田原駅に改称し、1984年11月10日に駅員無配置駅となり、1995年8月15日に簡易委託が廃止されて無人化されたそうです。
生田原駅は上下で互い違いに設置された上下方向別単式ホーム2面2線の地上駅。上り線は駅舎側のホーム(1番線)と向かい側のホーム(2番線)の両方と接しますが、乗降は駅舎側のホームでのみ取り扱うそうです。
全ての特急列車が停車します。
現在の駅舎は1993年3月15日に竣工されたそうで、町の「生田原駅前再開発事業」に伴い建設された、鉄筋コンクリート造り2階建てのものである。建物内には遠軽町生田原図書館(旧:生田原町図書館)とオホーツク地方の文学作品をテーマとした博物館である遠軽町生田原オホーツク文学館が入居しているそうです。 -
生田原駅を発車しました。
オホーツク炭化センターが見えました。 -
常紋トンネルを走行中です。
ぷー 「昔は信号所もあったみたいだよ」
ぐでたま「暗くてわからないんだわ」 -
西留辺蘂駅の手前まで来ました。
無加川にかかる石山橋と思われます。
なお、西留辺蘂駅は通過して行きました。 -
留辺蘂駅に停車しました。
柱用駅名標を撮影しました。
ぐでたま「親子の乗客が、降りてったんだわ」
ぷー 「もう北見までこのままで行こうか」
座席の埋まり具合は忘れましたが、今更移動するのも面倒なので、北見までこのままの座席にしました。 -
留辺蘂駅の駅舎を撮影しました。
留辺蘂駅は1912年11月18日に開業し、2016年4月30日にみどりの窓口を廃止して駅員無配置駅となり、簡易委託化されたそうです。
留辺蘂駅は単式ホーム1面1線および島式ホーム1面2線の計2面3線のようです。
全ての特急列車が停車します。 -
留辺蘂駅を発車するとしばらくは国道39号線と並走します。
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相内駅に停車しました。
駅名標を撮影しました。
ぐでたま「あいのない・・・愛の無いだなんて、縁起が悪いんだわ」
ぷー 「ぐでたま君、字が違うから・・・」 -
相内駅の駅舎を撮影しました
相内駅は1912年11月18日に上相ノ内駅として開業し、1934年2月5日に相ノ内駅(2代目)に改称し、1984年11月10日に駅員無配置駅となり、1992年4月1日に無人化され、1997年4月1日に現在の相内駅に改称されたそうです。
相内駅は単式・島式ホーム2面2線の複合ホームで、ホーム間の線路は両方と接しますが、島式ホーム側は崩されていて乗降は行われていないそうです。
ぐでたま「何回も駅名を変えるなら、あいのある駅に変えれば良かったんだわ」
ぷー 「縁起はいいんだろうけど、そういう問題じゃないからね~」 -
相内駅から東相内駅間を走行中です。
ぷー 「ダンプカーがたくさん並んでるよ」
ぐでたま「お仕事ご苦労様なんだわ」 -
東相内駅に停車しました。
座席の反対側だったのでズームで駅名標を撮影しました。
東相内駅は1912年11月18日に相ノ内駅(初代)として開業し、1934年2月5日に東相ノ内駅に改称し、1984年11月10日に駅員無配置駅となり、1992年4月1日に無人化され、1997年4月1日に現在の東相内駅に改称されたそうです。
東相内駅は単式ホーム2面2線の駅で、ホーム間の線路は両方と接しますが、駅舎と反対側のホームでは乗降を取り扱わないそうです。
ぐでたま「どうせなら、たくさんあいのある駅にすれば、良かったんだわ」
ぷー 「これもそう言う問題じゃないから・・・」 -
東相内駅から西北見駅間を走行中です。
ぷー 「よい作物はよい肥料だって」
ぐでたま「良い言葉なんだわ、これでたくさんのぐでたまが出てくるんだわ」
ぷー 「それってよい肥料なの?」
ぐでたま「ひどくね?」 -
西北見駅に停車しました。
西北見駅は1986年11月1日に西北見臨時乗降場として開業し、1987年4月1日に駅に昇格したそうです。
西北見駅は単式ホーム1面1線の無人駅だそうです。
写真にはありませんが、打放しコンクリートの待合室は、北見市の特産物タマネギがデザインされたものであるそうです。 -
西北見駅から北見駅間を走行中です。
ぐでたま「あっ、救急車」
ぷー 「緊急時だから列車を追い抜くくらい急がないとね」
ぐでたま「今の列車の速度だと危ないっしょ」
ぷー 「じゃあ、なるべく安全に急いでね」 -
ぷー 「今度はトドックのトラックだよ」
ぐでたま「たまごの配達、ご苦労様~」
ぷー 「たまごを頼んだかどうかはわからないよ」
ぐでたま「食卓にたまごは必需品なんだわ」
この後地下トンネルに入り、トンネルを抜けると北見駅に到着します。 -
18時5分、北見駅に到着しました。
上川~北見駅間の運賃目安は3190円相当です。
ぐでたま「ところで座席って、どうやって変えたん?」
ぷー 「座席を変える前の段階から説明するね」 -
ぷー 「座席の手すりを持って手前に引くと」
ぐでたま「ふむふむ」 -
ぷー 「あっと言う間に座面が入れ替わって進行方向に変えられたんだ」
ぐでたま「簡単だけど、この列車に乗った事の無い人は、わからないんだわ」 -
北見駅の柱用駅名標です。
ぐでたま「北見に来るのにこんなに時間かかるん?」
ぷー 「十勝地方から車ならそんなにかからないんだけどね」
かつては十勝地方へは池北線がありましたが、1989年6月4日に北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線に転換し、2006年4月21日に北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線が廃止されて十勝地方への鉄路は消滅し、現在では北見バスに乗って陸別で十勝バスに乗り換える必要があるそうです。
こうして鉄路で十勝地方から北見地方に行くには今回のルートにしろ、釧路・網走経由にしろ、ほぼ一日かかるようになってしまいました・・・ -
天井から吊り下がっている駅名標を撮影しました。
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北見の名所案内がありました。
ぷー 「これなら徒歩で行ける所もあるみたいだね」
ぐでたま「今回はそんな時間、ないっしょ」
時間も遅いですし、滞在時間が約1時間しかないので目的は限られます。 -
イチオシ
北見駅の駅舎を撮影しました。
北見駅は1911年9月25日に野付牛駅として開業し、1942年10月1日に市制施行を機に現在の北見駅に改称したそうです。
北見駅は終日社員配置駅でみどりの窓口の他にもキヨスク(北海道四季彩館)や駅レンタカー事務所があるそうです。
以前は立ち食いそば・うどん店があり駅弁も販売していたが、2007年8月に閉店したそうです。
北見駅は駅舎側に面した単式ホーム1面1線(1番のりば)と島式ホーム1面2線(2・3番のりば)の合計2面3線のホームの駅のようです。
ぐでたま「さすがにもう暗くね?」
ぷー 「一応写っているけど明るい時にも撮影したいね」 -
イチオシ
18時15分頃です。
北見駅から坂を上って北見郵便局に着きました。
ぐでたま「上り坂だなんて聞いてないよ~」
ぷー 「時間がないから風景印とATMで用事を済ませよう」 -
そうして北見郵便局の中に入ったのですが・・・
ぐでたま「すごい行列なんだわ」
ぷー 「う~ん、この行列を待っていたら列車に乗れなくなるかもね」
ぐでたま「って言うか大きな街なのに、17時で閉まるなんてありえなくね?」
ぷー 「確かにそんなに早く閉まったら行列が出来ても仕方ないかもね」
ゆうゆう窓口には長蛇の列となっており、このまま待っていたら列車に乗れなくなる恐れもあるので、風景印は断念してATMでの用事(1000円出金)のみにして撤収しました・・・ -
北見市内のアーケード街の風景です。
北2条通と銀座通は歩道が屋根で覆われていました。
ぐでたま「似たような風景、室蘭でも見た気がするんだわ」
ぷー 「きっと時間が遅いからだよ」 -
イチオシ
18時30分頃です。
北見市役所に来ました。
ぷー 「新しい建物だね」
ぐでたま「暗いけど、何とか写ってるんだわ」
市庁舎問題は1980年代から度々取り上げられてきたそうで、建て替えと空きビル移転と二転三転し、その間に2011年に老朽化により旧市庁舎が解体されて約10ヶ所の仮庁舎に分散し、結局2021年1月4日に新築された市役所新庁舎が供用開始したそうです。
その後セブンイレブン北見北四条店で翌日の朝食(617円)を買いました。 -
イチオシ
北見駅前の郵便ポストにはカーリングのストーンがありました。
ぷー 「北見と言えばカーリングだよね」
ぐでたま「細かく言えば、常呂町(2006年3月5日に北見市と合併)なんだわ」
ぷー 「よし、誰もいないうちに記念撮影しよう」
ぐでたま「その間に人が来たら、迷惑になるんだわ」
幸いにも撮影をしている間に郵便物を出す人はいませんでした。 -
18時45分頃です。
北見駅に戻って来ました。
入り口付近から改札口方向を撮影しました。 -
入り口から北海道四季彩館を撮影しました。
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待合室付近から入り口付近を撮影しました。
-
イチオシ
一通り撮影が終わってから記念スタンプと記念入場券(200円)を購入しました。
その後改札を抜けようとすると・・・
ぷー 「大きな駅なのに時間にならないと改札しないの?」
ぐでたま「列に並ぶように、言われたんだわ」
とりあえず列に並んで改札の時間を待つのでした。
その4に続きます。
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