2022/12/10 - 2023/01/10
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ばねおさん
日本の年の瀬とは違い、パリの年末は新年を迎えるための改まった準備をするでもなく、ノエル(クリスマス)の続きの休暇をのんびりと過ごしているという雰囲気が強い。
家庭で特別な正月料理を囲んで祝うということもないし、1月2日が平日であれば通常に仕事が開始されるのだ。
郷に入れば郷に従えというが、やはり、日本人としては正月は正月だ。
常であれば、食材を工夫して正月料理らしきものを整えたりするところなのだが、今年は年明けに一時帰国を予定している。それも3か月、4か月の長期となるため、不在中の諸手当てを含め出発準備に慌ただしい年末となった。
そんな中、運悪く発生したのがパリの定番ともいえるアパルトマンの水漏れ。幸い大事には至らなかったが、復旧するのに1週間もかかってしまった。
それでもガレット・デ・ロワを前倒しに味わい、会いたい人に会え、見たいものを見て何とか旅立ちの支度を整えた。
コロナウイルスによる規制下では5回目の帰国となるが、ロシアの侵略戦争が開始されてからは初めての渡航だ。ロシア上空を迂回する航路の時間はやはり長かった。
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩 飛行機
- 航空会社
- JAL
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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日本への一時帰国は、自分は3か月間、パートナーは4か月間というこれまでにない長期となるため不在中の手当てもそれなりに必要となった。
アパルトマンの家主にも断りを入れ、留守中の植木の水やりと部屋の換気を引き受けてもらった。 -
そんな中で発生したのが、排水不良による水漏れ。
パリの古いアパルトマンの定番である水漏れには、これまで運よく出会わずに済んでいたのだが... よりによって、なぜ今なの?と言いたくなるタイミングの悪さだ。
まず初めにやってきた家主の夫君はDIYが大得意。これは自分が直せる、とあれこれいじり回したが上手くいかない。部品を交換する必要があるということで、新しい部品持参で出直してきたが、結局お手上げ。
専門業者に連絡するもあいにく当日は金曜日の為、週明けになるという。
水が使えぬ不自由な3日間をしのぎ、月曜日の昼過ぎにようやく業者がやってきた。
さすがに専門家は手際がよい。短時間のうちに排水詰まりは解消してほっとしたのだが、翌日になると再び水の流れが悪くなり滞留してしまった。
その翌日、再びやってきた業者が持ってきたのはなんとパイプの通りをよくする液体ジェル。排水口に流してみせて、これを数時間おきに繰り返せばよいという。
言われたとおりに、時間を計りながら液体ジェルを流すこと3回。しばらくして排水してみたところ、滞留せずに流れていく。
これですっかり安心して翌日洗濯機を回していたら、突然何かが破裂した音がした。行ってみると何と床一面が水浸し。まずは階下への被害を食い止めるため、ありったけのタオルや新聞紙を使って必死に水止めして、家主にSOS。
駆けつけてきた家主の夫君は、水漏れ被害拡大防止の功を褒めてくれたが、そんなことより早く何とかしてくれ、トイレも使えないではないか、と強く訴えてようやく真剣モードに切り替わった。
結局、根本解決策として排水管のドレーンを行うことになり、発生から1週間目にようやく復旧となった。 -
12月29日、Hôtel de la Marineオテル・ドゥ・ラ・マリーヌへ。
ルイ15世時代に建てられた風格ある外観は、コンコルド広場で誰もが目にしているが、ミュゼとして一般公開となったのはコロナ規制下にあった2021年6月のこと。
la Marine の名称は、ミュゼとして一般公開される前には海軍省が使用していたことに由来している。
ここを訪れるのは、この日で実に5回目となる。 -
全国のさまざまな文化施設に入場できるパッションモニュマンに加入しているおかげで、料金を払わずに入場できることも訪問の多さの大きな理由になっている。
但し、無料であってもここは事前予約が必要なので、近くに来たついでにちょっと立ち寄っていくというわけにはいかない。 -
この建物の大きな魅力のひとつは、コンコルド広場に面するロッジア(回廊)の存在だ。
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ここに立つと、眼前のコンコルド広場はもとより、パリのランドマークの多くを見ることができる。
ここはパリで最も眺望の良いミュゼと言えるかもしれない。
コンコルド広場からの写真で有名な木村伊兵衛が居たら、ここから写真を撮っただろうか。 -
Hôtel de la Marine建物内の装飾は、一言でいえば絢爛豪華。
規模こそ違え、ヴェルサイユ宮殿と比べても遜色ないほどの金ピカで満ちている。 -
ただこうした18世紀のきらびやかな装飾には自分はいささか食傷気味で、高慢に聞こえるかもしれないが常設展示もすっかり見飽きてしまった。
2回も来ればもう十分といった気持ちになる。 -
それでも何度も足を運ぶのは、Hôtel de la Marineの中に別のギャラリーがあって、ここの展示物にとても興味を惹かれているからだ。
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カタールの王族Al-Thaniの膨大なコレクションが展示されている特設ギャラリー。
もちろんコレクションのすべてが展示されている訳ではないので、作品は時々入れ替わるし、特集を組んだりもする。 -
このコレクションには古今東西、あらゆる時代の様々な文物があって、まるでまとまりがない印象も受けるが、パターンにはまらない鑑賞の楽しみがある。
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多様な展示品をここに羅列することも、解説できるほどの知識もないのでいくつかに絞って挙げてみたい。
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こちらは、一枚の金のシートから作り上げられたカップ。
イラン北西部のマルリク古墳遺跡からの出土品で紀元前1100~900年頃のものとみられている。
側面に 4 頭の雄鹿が描かれ、容器の底にはコンパスで描かれた円が刻まれていて、その中には 16 枚の花弁を持つロゼットが描かれてるという。
1965 年から 2000 年までニューヨークのメトロポリタン美術館に長期貸与され展示されていたものである。 -
しゃがむドワーフ(小人)の石像。
メキシコ、紀元前900~600年頃の作品。
石を彫り、磨き上げたこの小さな彫刻は、ワーフの特徴的な姿をデフォルメして表現している。マヤ文明の後期にはドワーフは芸術的表現に数多く登場している。
この像にはトウモロコシの絵柄が刻まれ、背にはトウモロコシの袋を負っているが、古代のメソアメリカでは、トウモロコシは単なる作物ではなく神の存在を示しているものであったとされている。
ちょうど、トウモロコシと人類との歴史的かかわりが書かれた本(アリス・ロバーツ『飼いならす』)を読んだ後であったためか、とても興味を惹かれた一点となった。 -
アフリカ ガボンの18世紀~19世紀頃の聖遺物頭。
アフリカの彫像は、20世紀初頭のヨーロッパの芸術に深い影響を与えている。
この像はパリの美術商が一時所有していたもので、その美術商はアマデオ・モディリアーニと親しかったという。この像に限らないが、モディリアーニの人物表現にはアフリカの彫像を連想させるものがある。 -
作品のタイトルは「男の頭」。
古代メソポタミアのシュメール時代の都市国家ラガシュの王グデア(Gudea)の像とされてきたが、紀元前21世紀頃のウル王朝の初期の王であるシュルギとの説もあるようである。
いずれにしても男の頭であることには相違ない。 -
中国 明王朝、永楽時代の見事な景徳鎮産の磁器皿。
もとはムガール帝国の皇帝のコレクションにあったものであるという。
TV「何でも鑑定団」に出したら、いくらの値付けをするだろうか。 -
この日は見学もそこそこに切り上げ、地上階にあるカフェ「 Café Lapérouse(カフェ・ラペルーズ)」へ降りた。
創業1766年であるこの 左岸6区にある伝統店は、シャンゼリゼ大通りのサロンドトンヌにも出張していたが、右岸に正規に出店したのはこれが初めてとのこと。
今日はここで楽しみにしている人との待ち合わせを設定した。
この日は肌寒く、熱いcafé viennois(カフェ・ヴィエノワ)がことさら美味しく感じられた。 -
Café Lapérouse の反対側には二つ星シェフ、ジャン・フランソワ・ピエージュ Jean-Francois Piege のレストラン「Mimosa(ミモザ)」もある。
どちらの店もミュゼの入館とは別に利用できるので、この近辺の食事や喫茶の場所が増えて選択肢が多くなったことがとても便利だ。
それに、いずれも有名店ではあるが、こうした場所にあると敷居があまり高く感じられないのもよい。 -
そうそう、ミモザといえば12月なのにもう店頭に並んでいた。
まだこれから寒さが増そうというのに、ちょっと早すぎやしませんか。 -
いつもは1月に入ってから買い求めるガレット・デ・ロワだが、今回は前倒しで12月下旬に購入。
昨年はちょうどガレッ・ト・デロワが店頭に並ぶ前に日本に一時帰国していて、食べ損ねてしまった。
しかも、自分のお気に入りのパン屋の一つ、「Le Moulin de la Croix Nivert 」がエリゼ宮にガレット・デ・ロワを納めたことを後で知って、嬉しいような悔しいような気持ちになった。 -
ということで、住まいから15分以上かけてLe Moulin de la Croix Nivert へ出かけた。
その店内は、トロフィー屋さんですか?と突っ込みを入れたくなるほど数々の受賞トロフィーが並べられている。(陳列の仕方に工夫を欠いているが..) -
で、期待を込めて4人用を購入。
早速、切り分けてみたらすぐに陶器製のフェーヴに当たった。 -
中から登場したのはこのお方
なんとまあ懐かしいカリメロさんではありませんか! -
他にも外出のついでに Ernest & Valentin で買い求めた1、2人用サイズのガレット。
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そして最後に、ご近所の「LAURENT DUCHÊNE」でも小型サイズを購入。
日仏カップルが営むパンとパティスリーの人気店で、15区と13区に店がある。
夫がパン、夫人がパティスリーという区分けらしい。 -
ビュト・オ・カイユ(ウズラが丘)の麓にある13区の店はバゲットも田舎パンも揃っているのだが、ここ15区の店はスイーツが中心で、パンはごく数種類しか置いていない。
日本人らしい繊細なデコレーションが魅力とみえて、ショーウィンドウの前には常に見物客が立っている。
値段が高すぎる感があって、日頃は敬遠しているのだが、通りがかりに覗いたらガレット・デ・ロワは妥当な値付けであった。 -
長い間、パイ生地にアーモンドペーストが入ったガレット・デ・ロワしか知らなかったが、ブリオッシュ風の生地に砂糖漬けのドライフルーツを入れたタイプもある。
フランス南部、プロヴァンス地方ではこちらが伝統らしい。
こちらは、やはりご近所の店 「Lorette boulangerie pâtisserie 」に並んでいた。 -
結局、今年(2023年分という意味で)自分が買い求めた3店のなかでは、LAURENT DUCHÊNE が一番おいしかった。生地やペーストに手を抜いていない点が気に入った。
格別といわれるガレットの女王(la reine de la galette )Ninaさんのガレット・デ・ロワを一度試してみたいと思っているのだが、売店のあるプランタンへわざわざ行く時間がなく、次の楽しみにとってある。 -
そして迎えた2023年。
慣例の花火が凱旋門に上がるのが、アパルトマンから遠目に見えた。
コロナウイルスにより2年間中止になっていたが、今年は新年のカウントダウンにコンコルド広場からシャンゼリゼ大通りにかけて何と100万人が集まったという。
ちょっと信じがたい数字だが、パリ市、警察発表で間違いないらしい。
ちなみにコロナ前は25万人程度の人出であったというので、人々がいかに待ち望んていたかが分かる。 -
その凱旋門に、先日、日本大使館へ行った帰途に数十年ぶりに登ってきた。
いやこんなに螺旋階段があったことを、すっかり忘れていた。
息切れして途中で一休みするひとも多い。 -
でもやはり、登っただけのことはある。
放射線状に伸びる街路と建物、ところどころに突起物のようにランドマークが認められ、やはりここでしか見られないパリの景観がある。 -
2023年は卯年。
まさかパリの商店が干支に合わせたわけではなかろうが、ショーウィンドウに多くのウサギさんが登場していた子供服店がヴォジラール通りにあった。 -
15区の公園 square Saint-Lambert を通りかかったら、偶然、大好きなクロウタドリに出会えた。これだけ間近で写真を撮らせてくれるのも滅多にない。
やがて春が来れば美しい歌声を聞かしてくれるだろう。
12月は楽しい出会いがいくつも重なった。 -
年末であろうと年始であろうと、交通ストは相変わらずだ。
路上には乗客を乗せないバスが数珠つなぎに並んでいる。
フランス生活ですっかり慣らされたとはいえ、どうしても矛盾を感ぜざるを得ない社会事象のひとつ。
年明けには年金改革に反対する大規模ストが予定されている。
歴代の政府が先送りにしてきた改革を今の政府は断行するのだろう(実際、強行したようだ)。
年金の支給開始を現在の62歳から64歳にするという改革だが、日本の年金制度と比べるとずいぶん恵まれているとしか思えない。 -
いよいよ日本への渡航が近づいた。
日本入国の条件である3回のワクチン接種要件を満たしていないので、今回もPCR検査を受検。72時間前の検査と証明書の記入を搭乗日時から逆算して、朝早くの検査となった。
今回は住まいの近くにある検査ラボを利用し、フランスの健康保険証を提示して、検査も証明書発行もすべてが無料となった。
日本だと健保加入するだけで保険料が徴収されるが、フランスの場合加入しているだけでお金(保険料)はかからない。おまけに検査代も書類作成料も不要とは、こちらが心配になってくる。
朝食もとらずに検査ラボに行ったため、帰りは近くのカフェのテラス席で朝ごはん。 -
昨年までは、冬季のカフェやビストロのテラス席には暖房が入ったが、電力不足の今年(2022年冬)は禁止となった。
今やテラス席にはどこでもこうしてひざ掛けが用意されている。
寒がりの人は店内を利用すればよいので、それほど深刻な事態ということではないだろうが、やはりテラス席は利用客が減ることになるだろうか? -
PCR検査も無事に陰性結果が得られ、1月9日JAL便に搭乗。
2020年から始まったコロナウイルスの規制下での日本渡航はこれで5回目だ。
毎回、日本入国時の変化があったけれど、今や指定待機もなくなり、公共交通機関も利用できるようになった。
日本入国の関門通過に必須のアプリも様変わりして、より合理的簡便になったように思う。設定された条件がクリアできるとアプリ(visit Japan)の画面が青色基調となり、遠目からも色で判別できる。
これが目に入らぬか、と葵の御紋の印籠のように画面をかざしていくと黙って通してくれる。水戸のご老公と異なるのは誰も畏まらないことだけだ。 -
ロシアの侵略戦争により、以前よりも数時間長くなったフライト。
自分がチケットを手配した時点でも燃料サーチャージが高かったが、その後さらに高騰して驚くべき金額になっている。
おまけに円安は今やすっかり定着してしまった観がある。
日本を訪れる外国人にとっては喜ばしいかぎりであるが、海外へ行く日本人にとっては厳しい事態が依然続いている。
ロシアの侵略戦争も円安も、先が見通せないままの年の始まりだ。
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