1975/01/01 - 1987/01/02
6454位(同エリア11038件中)
呑ん兵衛ヴァガボン(ド)さん
- 呑ん兵衛ヴァガボン(ド)さんTOP
- 旅行記241冊
- クチコミ137件
- Q&A回答278件
- 108,377アクセス
- フォロワー24人
このサイトで毎日催されている、要は閲覧(アクセス)増加促進キャンペーンである「宝箱を探せ!」。その「本日のお題」の地の画像が容易に探し当てられれば、旅行記として投稿しようと思っています。
久しぶりに投稿できる今日、2023年9月14日の目的地は福島。
そこには1975年から80年代にかけて何回か訪れています。
写真をたくさん撮ったのは銀塩カメラ時代ゆえ、それらはほとんどお蔵入りしていますが、数枚の紙焼きが出て来ましたので、そのスキャン画像を掲げます。
いつものごとく、白地図を塗りつぶすための自己満足でしかない、ロクでもない旅行記ですが、ご容赦の程を。
表紙は、その昔社員旅行で訪れた「常磐ハワイアンセンター」でのひとコマ。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 3.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 3.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- JR特急 JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
喜多方の磐越西線ホームです。
この列車は新潟行で、当時会津若松から先の普通列車はほとんど客車列車でした。
喜多方はその昔から「蔵のまち」として知られていましたが、今ではラーメンの方が有名かも? -
同じ喜多方に停車中の、今は廃止された日中線の(熱塩行)列車です。
この写真では先頭にディーゼル機関車が見えますが、初めて行ったときは蒸気機関車牽引でした。 -
その日中線の途中駅、会津村松です。
なおこの路線は、朝1往復、夕方2往復のみ設定され、線名とは裏腹に日中の運転はありませんでした。別名、「日中には走りま線」! -
旧国鉄会津線の終点・会津滝ノ原。
今は社線に移管され、鉄路も今市方面に繋がっています。
なお、写真の先頭のハコは、郵便、荷物、旅客の合造車です。その後ろには2両も連結され、鉄道が地域の足、物流に欠かせないものであったことを物語っています。
ところで、左端の麦わら帽子を被った方は、何をしていたんでしょう?
草むしり? 木の実摘み?? いずれにせよ、のどかな時代でした。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
呑ん兵衛ヴァガボン(ド)さんの関連旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
4