2020/02/05 - 2020/02/12
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noriyosiさん
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2020年2月7日後編ダイジェスト
10:10 サン・モイゼ広場前
ゴンドラ乗り場より乗船
10:10~10:40 ゴンドラ遊覧
10:40~ゴンドラを降りて
サンマルコ広場へ
(途中有料トイレ立ち寄り)
サンマルコ広場周辺探索
ツアー仲間と時間待ち、
ガイドさんと待ち合わせの間
サンマルコ広場周辺探索
11:00~11:30
現地ガイドさんと
サンマルコ寺院のテラスに上がる。
11:30~ベネチアングラス工房見学
12:00~残りの自由時間は個別行動
鐘楼展望台にむかう。
12:35 サンマルコムーア人の時計塔前集合
現地ガイドさんとお別れ
12:45~レストランに移動
13:00~14:00レストランで食事。
14:00~船着き場からベネチア埠頭へ戻る。
15:00~バスでプラトーに向かい出発
(途中19:00ころレストランで食事)
20:00 ホテルに到着予定(ウオールアートホテル)
行き当たりバタン 痛い。サンマルコ大聖堂は大好き。
助けてください、ローマまで。
2020年イタリア8日間の旅Ⅴ(5回目)2020年2月7日ベネチア編
後編
サンマルコ寺院1
9世紀,最初のサンマルコ寺院は
聖マルコの遺体を収まるための建物として、
今のドゥカーレ宮殿の位置に建てられたが、
何度も消失、再建をくりかえした。
1063年再建にあたり、ビザンティン帝国に傾倒して、
コンスタンティノープルで500年以上も前に流行した形式を採用した。
ビザンティン建築を代表する記念建築物である。
(その後も幾度も改修されている。)
-
鐘楼展望台からサンマルコ寺院のクーポラ(英語はキューポラ)をみる。
センターのクーポラを取り囲むように
4つのクーポラが配置されている。
十字形平面の中央部に円蓋を持つ典型的なクロス・ドーム形式である。
(何のこと)
「中央交差部と十字架の4枝の上にクーポラがあるでしょう。」
(やれやれ、そうですか。) -
サンマルコ広場から見る、サンマルコ寺院
サンマルコ寺院2
1807年からはヴェネツィア大司教座が置かれているため、
イタリア表記のBasilica di San Marco「サン・マルコ大聖堂」が
適切である。(200年もたつのに、日本語表記は寺院(イタリア語でTempio)
のままが多い。
「例えばBasilica di Santa Maria della Saluteが救済の聖母マリア聖堂
となるのに、なぜサンマルコ寺院となるのか。私にはわからない。」
(何か問題でも)
「全然、良いんどすけど、
サンマルコ寺院はベネチアにある有名な大聖堂ですとか、変。
長らく司教座聖堂でなかったから、寺院といいますとか
言うことはないでしょ。はい、パンフレットに従います。」 -
Bauer S.S Trinita' ゴンドラ乗り場前
サン・モイゼ教会(聖モーゼ教会)1
初めての建物は796年が起源、
947年モイゼヴァリエによって再建
モーゼに捧げる教会とした。
火事によって焼失後1105年に再建、最後に
1632年に再建された。
ファサードは1668年に建てられた。
よくわからないが、3度再建されて
ファサードはバロック様式です。
(何ですって)
「だから、本体は1668年に竣工して、
正面のファサードは1668年に付け加えられたんでしょ。
改修工事中の防音シートに、イメージ絵と、広告看板をつけて
工事中も存在をアピールしてる、やんけ。」
(広告もつける。姫路城もそうしたのかしら。)
「絵だけみたいですな。お金がかかるのだから、今後やってもらおう。」 -
SERVIZIO GONDOLE TRINITA
Bauer S.S Trinita' ゴンドラ乗り場です。
サン・モイゼ教会(聖モーゼ教会)2
紀元前13世紀か16世紀の伝説の人なのに
なぜ聖モーゼ教会というかといえば、ローマカトリックで
モーゼの5書が福音書にみとめられているからです。
(もう聞きたくない。)
「ほとんどこんな感じ。再建、消滅、再建、改修、改修。
国だけでなく有力者の援助とか、
善意の寄付がなければ成り立たない。」 -
出航前のゴンドラ写真、
誰も買わなかったら
ゴミ箱行きなので
あとで降りるときに引き受けました。 -
ゴンドラに乗り込んだところ、
一人だけ対面で座ることに。
どうも視線があう。
見ると、若いお譲さん。
どう見ても当年取って、12,3歳にしかみえない
-
私も好きで対面で座っているわけじゃない。
どうしても一人はここに座れといわれたから。
イヤな思いをさせて、申し訳なく、
身体をよじって前を見る。
ラッキー、視線からみんなが消えて
前しかみえない。
すこしきついけど。
心の中でゴンドラの歌をくちずさむ。
心が痛む日がなけりゃいい
船からぼんやり何がみえりゃいい
はやりの歌は難しい
歌えなければ聞けばいい
泳げないから沈むなよ
ぽろ ほろほろ
あの頃を思い出さすな
舟歌よ
これは舟歌か?
元歌は名曲や。これほどの名曲を
よく作るわ。いい、歌詞も歌手も
すごくいい。紅白にでてほしい。 -
きつくなったから、横を向く。
やれやれ。
ゴンドラが橋の下をくぐる。
(堀川遊覧みたい。あれは屋根を下げるけど) -
吉本興業なら、頭をぶつけるパフォーマンス
するけどな。
(不謹慎なうえ、船頭さんが落ちたら漂流やで。)
「それはゴンドリエーレ(船頭)さんや。ごめん」 -
生活感のある風景。
洗濯物 潮風で大丈夫か。
外壁が煉瓦剥き出しだがだいじょうぶか。
滿汐の位置か、竪樋が途中で建家の中に。 -
水が貴重なので中水に使うためか。
竪樋が入り込む高さもそれぞれちがう。
(竪樋を見に来たんか)
「それぞれの人々の暮らしぶりを瞑想しているだけ。」 -
ゴンドラ運河を出て、外洋へ
カナルグランデとジュデッカ運河が合流するあたり、
いよいよ外洋にでるのか。 -
ゴンドラからサンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂
和名:救済の聖母マリア聖堂を見る。
公募によりロンゲーナのベネチアン・バロックの新作
が選ばれた。
円形でバロック建築を作ったらどうなるか、興味深い建物。
1630年着工 埋立地で工事は難航、1681年竣工
巨大な八角形の建物で、
10万個の木片を組み合わせた土台の上に建っている。
建材は、イストリア産の石と
マルモリノ(大理石の粉末で表面を覆った煉瓦)
で、大小のクーポラも特徴。 -
期待をもたせて、でないのか。
まもなくサンモイゼ前のゴンドラ乗り場にもどる。 -
サンマルコ広場の有料WCより広場をみているのだが、
Public restroom Diurno Sanmarco
男子用は2階
この位置がどこになるのか、説明できないでいた。
窓から見える景色が、ナポレオン翼からサンマルコ広場
を見る風景にみえる。が、造営テントがない。
ふと思いついた。窓に風景を貼った偽景ではないかと。 -
やっと記憶が一致。探しあてたグーグル地図、
この位置ではサンマルコ広場は見えない。
窓に風景を貼った偽景
(こんなことで!時間の無駄) -
1階に降りて、待ち合わせ、トイレ側から出口を見る。
Public restroom Diurno Sanmarco
有料WCより出る -
サンマルコ広場に戻ってきた。
サンマルコ寺院をみる。
ツアー仲間と時間待ちを
しているうちに、
時計塔のムーア人の機械人形が11:00の鐘をならす。
正面入り口の真上のモザイク画
「栄光のキリストと最後の審判」
を見ながら、現地ガイドさんとテラスに上がる。 -
サンマルコ寺院のテラスより広場をみる
-
サンマルコ寺院のテラスより鐘楼を撮る
-
よく見えます。ムーア人時計塔
今の時刻は11時20分
時計は24時間表示、ギリシア文字
青いラピスラズリ(和名は瑠璃石)
の盤面
馬のブロンズ像は4体、
ベネチア十字軍の戦勝品のレプリカです。 -
サンマルコ寺院のテラスは大混乱
奥様人気の現地ガイドさんの取り合い。 -
ドウカーレ宮殿が接続してかなり
難しい納まりになっている。
竪樋を紙の門側に落とせないので
仕方ないが、
サンマルコ寺院側の這樋はよくない。 -
サンマルコ寺院のテラスで
逆光だけど記念写真
この時点で11時35分 -
この後、ベネチアングラスの工房と日本人工房を見学。
サンマルコ寺院まで戻ってきた。
自由時間になって、
サンマルコ寺院の正面をみる。
サンマルコ寺院は、シンメトリックに見えて、
微妙に違う。ただ各部分は調和がとれて建物全体がまとまって
凝縮された印象をうける。
重厚荘厳なイメージより、自由奔放、絢爛豪華、楽しそうで
ドウカーレ宮殿が押さえていないと、空に飛んでいきそう
な感じがする。
(また、訳の分からないことを)
自由な外観、
クーポラが回りだしてサンマルコ寺院が飛んでいきそう。
(こんな重たいものが飛ぶか。) -
サンマルコ寺院 南面
(サンマルコ寺院で何か聞こえますか。)
いや、てんとう虫のサンバなんて、全然思い浮かばない。
(添乗員がツアー客を工房とショッピングに連れていく
のは重要な仕事なんだから、行ってあげなさい。)
というのは聞こえた。
(それはわたしや。)
「どおりで威圧的で優しい声だと思った。」 -
サンマルコ寺院北面1-2
惜しい、あまり並んでないから、中をみられるか。
いや、今入ると、生きて出られそうもない。
今まで時間の関係でシャルトル大聖堂、ピータ教会
やミラノ大聖堂とも上がれなかったので、
今回は鐘楼に上がる。エレベータがついているし。
-
サンマルコ寺院北面2-2
どこを見ても、どのスパンも同じデザインでなく、自由な外観。
しばらく外観をみる。
ライオンさんもいるし。
(三越にもいるよ。)
いっぱい出てくるけど、翼のあるライオン像は
ヴェネツィア共和国の守護聖人、聖マルコの象徴。
ヨハネ黙示録に聖マルコが有翼ライオンとして描かれている
いる。 -
サンマルコ寺院北面2-2補正
上部の架構 南面と創りが違う。 -
サンマルコ寺院正面 左側のファサード
(行くよ、鐘楼。もっと見たいのは分かるけど)
「サンマルコ大聖堂を見るのは、
大谷選手や藤井5冠の活躍を見て、わくわく。
アディリャさんのふわふわとした声を聴いて
至高の幸せを感じるのと同じだと、わからんか。」
(わからん) -
これは扉上部、左から2番目のモザイク画
聖マルコの遺骸を掲げて寺院の前で行進
13世紀のオリジナル -
これは扉上部、左から3番目のモザイク画(部分)
聖マルコの遺骸を総督、市民総出で歓迎
17世紀以降再生品 -
グダグダしていたが、やっと鐘楼に。
鐘楼展望台は12時30分に上がった。
サン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂
1566年から1610年にかけ再建されたルネサンス建築。
ここからは分からないので、
他のルネサンス建築について、発祥の地フイレンツエで
実際に見ましょう。
金網が写ったので左上修正 -
鐘楼展望台から見るドウカーレ宮殿
屋根、中庭側の立面がわかる。 -
鐘楼展望台からサンマルコ広場と遠景をみる
サンモイゼ教会(正面ファサードはバロック様式。
屋根と外壁側面を見るとどうでしょう?)
バチカンで代表的なサンピエトロ寺院(大聖堂)を
実際に見ましょう。
新行政館と旧行政館の間にあるコッレール美術館
新行政館(1566から1640年にかけて建設)は、
サン マルコ広場の南側に位置する建物。
17 世紀に、古典主義の建築様式としたのは
一続きになる旧行政館のファサードの統一感
のためか。同じデザインではないが。 -
鐘楼展望台の嫁さん
(ほら、鐘がみえるよ。)
かなりの人がいますね。 -
鐘楼の鐘 じかに見るのは初めて
あがってきてよかった。
この時点で12時27分、戻れるか。 -
サンマルコ広場の時計台が12時35分をさしている。
国旗掲揚ポールの影もほぼ南中を指す。
ガイドさんが待っていてくれるので、
遅れないように戻る。
ありがとうございました。奥様に好評でした。 -
サンマルコ寺院と別れてレストランへ向かう途中の道すがら
の建物 右側にため息橋があるが、
運河が曲がっているので見えない。 -
サンマルコ寺院から路地をくねくね曲がって
レストランに到着 -
レストランに入る。
いい雰囲気の庶民的なレストラン。
・・・(イカ墨バスタの映像は?)
「ないねん。」
後はどうなったか、憶えていない。
(引きずるように船着き場に連れて行った。)
引きづられながら、サンマルコ広場を泣く泣く抜けて、
連絡船に乗り、桟橋に戻り、バスに乗車、
疲れたので寝ていたのでしよう。
すやすや。 -
〆め「おわびの言葉・謝意」
昔のアルバムは分厚いから
カラーボックス2箱分をデータ化しょうと
スキャンしたが、色、汚れが気に入らない。
エクセル、ワードで始めたがテンプレートが
気に入らずデータ化中断。やはり紙がいい。
今回の旅行記を始めて、
整理をして見つかった紙のファイルを、
読み返してみてもまだ、
記憶のほうが正しいような錯覚。
しばらく読み込んでみると、データの方で
話がつながる。スキャンしなくてもJPEGで存在するし。
PCで保存もいい。結局両方残こそう。
日付も間違えていた。
2月5日に8を足して13日としていた日程だが、
ずーと考えてやっと気付いた。
もし2月1日を含めて8日間なら
完了は2月12日が正しい。
次は2020年2月8日のフイレンツエ旅行記になります。
お願いです。みてください。
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