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    市川散策(1)  千葉県市川市  全行程5時間21分  JR総武線市川駅→(3分)八幡神社(5分)~(11分)桜土手公園・浮島弁財天(15分)~(4分)真間の継橋・手児奈霊神堂・真間稲荷神社・亀井院(21分)~(4分)弘法寺(42分)~(16分)須和田公園・須和田遺跡(34分)~(郭沫若記念館・仙元宮)~(24分)下総国分寺(22分)~(3分)宝珠院・日枝神社・龍珠院・経王寺 (18分) ~(25分)竺園寺(2分) ~(腹切様・天満宮・庚申塔)(23分)下総国分尼寺跡(7分) ~(41分)JR総武線市川駅<br />「日時」2021年12月15日 <br />「アクセス」JR総武線市川駅下車<br />「参考案内書」市川観光マップ<br />

市川散策(1)

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2021/12/15 - 2021/12/15

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zenkyou01さん

この旅行記のスケジュール

2021/12/15

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   市川散策(1)  千葉県市川市  全行程5時間21分  JR総武線市川駅→(3分)八幡神社(5分)~(11分)桜土手公園・浮島弁財天(15分)~(4分)真間の継橋・手児奈霊神堂・真間稲荷神社・亀井院(21分)~(4分)弘法寺(42分)~(16分)須和田公園・須和田遺跡(34分)~(郭沫若記念館・仙元宮)~(24分)下総国分寺(22分)~(3分)宝珠院・日枝神社・龍珠院・経王寺 (18分) ~(25分)竺園寺(2分) ~(腹切様・天満宮・庚申塔)(23分)下総国分尼寺跡(7分) ~(41分)JR総武線市川駅
「日時」2021年12月15日 
「アクセス」JR総武線市川駅下車
「参考案内書」市川観光マップ

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
JRローカル 私鉄 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 八幡神社拝殿 創建は不詳、十九世紀前半から祀られる、主祭神 誉田別命(応神天皇)です。鳥居を潜ると正面に拝殿、その奥に本殿があります。境内には保存樹木クスノキがあります。拝殿の透かし彫り彫刻は見事です

    八幡神社拝殿 創建は不詳、十九世紀前半から祀られる、主祭神 誉田別命(応神天皇)です。鳥居を潜ると正面に拝殿、その奥に本殿があります。境内には保存樹木クスノキがあります。拝殿の透かし彫り彫刻は見事です

  • 文学者の説明板 文学の道には、北原白秋、郭沫若、水原秋櫻子、富安風生、幸田露伴・文、永井荷風、井上ひさし等の文学者の説明板が建っています

    文学者の説明板 文学の道には、北原白秋、郭沫若、水原秋櫻子、富安風生、幸田露伴・文、永井荷風、井上ひさし等の文学者の説明板が建っています

  • 桜土手公園 真間通りと菅野通りの交差点から真間川に向かい、西詰めにあたる浮島弁財天までの細長い公園です。文学の道と呼ばれ、桜の名所にもなっています

    桜土手公園 真間通りと菅野通りの交差点から真間川に向かい、西詰めにあたる浮島弁財天までの細長い公園です。文学の道と呼ばれ、桜の名所にもなっています

  • 浮島弁財天 桜土手公園の西詰めにある弁天さんで、1841年創建です。金運・財運、子孫繁栄、学問・技芸にご利益があるそうです

    浮島弁財天 桜土手公園の西詰めにある弁天さんで、1841年創建です。金運・財運、子孫繁栄、学問・技芸にご利益があるそうです

  • 真間の継橋 上総と下総の国府をつなぐ官道がこの市川砂洲を通っていた。この地域が真間の入江の開口部であったころ、いくつもの洲を渡るために架けられた橋の一つです

    真間の継橋 上総と下総の国府をつなぐ官道がこの市川砂洲を通っていた。この地域が真間の入江の開口部であったころ、いくつもの洲を渡るために架けられた橋の一つです

  • 真間万葉顕彰碑(手児奈霊堂神前) 万葉集に真間の手児奈や土地を歌った歌が九首載せられていますが、その内の三首がそれぞれ歌のゆかりの地に建てられたのが3つの万葉顕彰碑です。その内の一つが手児奈霊堂の門前にあります(山部赤人が手児奈の墓のことを詠む)。他は真間の継橋際と亀井院門前に建っています

    真間万葉顕彰碑(手児奈霊堂神前) 万葉集に真間の手児奈や土地を歌った歌が九首載せられていますが、その内の三首がそれぞれ歌のゆかりの地に建てられたのが3つの万葉顕彰碑です。その内の一つが手児奈霊堂の門前にあります(山部赤人が手児奈の墓のことを詠む)。他は真間の継橋際と亀井院門前に建っています

  • 手児奈霊神堂本堂 弘法寺の一堂宇で、創建は1501年、手児奈を供養するために弘法寺七世日与上人が建立。1300年ほど前、伝説上女性手児奈が身投げ自殺をはかった。これを悲しんだ人たちが手児奈霊神堂を建て祀った。棟門の手前に真間万葉顕彰碑があります。棟門を潜り、参道を進むと正面に本堂、右手に浄行菩薩像、池(川の入り江の名残)があります。幹を横に長く伸ばした松の木があります。歌手さだまさしが奉納した縁結びの桂の木があります

    手児奈霊神堂本堂 弘法寺の一堂宇で、創建は1501年、手児奈を供養するために弘法寺七世日与上人が建立。1300年ほど前、伝説上女性手児奈が身投げ自殺をはかった。これを悲しんだ人たちが手児奈霊神堂を建て祀った。棟門の手前に真間万葉顕彰碑があります。棟門を潜り、参道を進むと正面に本堂、右手に浄行菩薩像、池(川の入り江の名残)があります。幹を横に長く伸ばした松の木があります。歌手さだまさしが奉納した縁結びの桂の木があります

  • 真間稲荷神社拝殿 創建は不詳、1860年再建、主祭神 豊受姫命、菅原道真です。手児奈霊神堂と池を挟んで地続きにある神社です。鳥居を潜ると、平和の碑、境内社天満神社、狛犬、正面に拝殿、その奥に本殿があります

    真間稲荷神社拝殿 創建は不詳、1860年再建、主祭神 豊受姫命、菅原道真です。手児奈霊神堂と池を挟んで地続きにある神社です。鳥居を潜ると、平和の碑、境内社天満神社、狛犬、正面に拝殿、その奥に本殿があります

  • 亀井院本堂 日蓮宗で弘法寺(市川市)の境外塔頭です。創建は1638年頃、弘法寺第十一世住職日立上人の隠居寺として建立。門前には真間万葉顕彰碑(詠み人、高橋虫麻呂)があります。境内には、北原白秋歌碑、本堂があります。本堂軒下の透かし彫りの龍の彫刻は見事です。本堂の裏手は庭園になっており、手児奈が汲んだと言われる井戸「真間の井」、北原白秋が一時期澄んだ竹林があります

    亀井院本堂 日蓮宗で弘法寺(市川市)の境外塔頭です。創建は1638年頃、弘法寺第十一世住職日立上人の隠居寺として建立。門前には真間万葉顕彰碑(詠み人、高橋虫麻呂)があります。境内には、北原白秋歌碑、本堂があります。本堂軒下の透かし彫りの龍の彫刻は見事です。本堂の裏手は庭園になっており、手児奈が汲んだと言われる井戸「真間の井」、北原白秋が一時期澄んだ竹林があります

  • 弘法寺仁王門 日蓮宗で池上本門寺の法縁五本山の一寺で、創建は伝737年、開基は行基で、手児奈の霊を供養するために建立した求法寺が始まりとされる。本尊は三宝尊です。山門を通り、石段を登る途中、二十数段目に涙石がある(晴れているのに、いつも湿り気を帯びている石)。小林一茶の句碑、水原秋櫻子歌碑が建っている。仁王像が安置されている仁王門を潜ると、右手にあまり見かけない鐘楼堂と濃縁観世音菩薩像、右正面に、伏姫桜と月見櫻、その左にご神木、その奥、祖師堂、客殿、本堂が並ぶ。左にある朱雀門を潜る。右手に龍神堂、太刀大黒天堂(日蓮上人の真刻といわれる大黒天)、石造十五重塔、宇賀桜がある。正面は修行道場である。道場の左後ろに前方後円墳があります

    弘法寺仁王門 日蓮宗で池上本門寺の法縁五本山の一寺で、創建は伝737年、開基は行基で、手児奈の霊を供養するために建立した求法寺が始まりとされる。本尊は三宝尊です。山門を通り、石段を登る途中、二十数段目に涙石がある(晴れているのに、いつも湿り気を帯びている石)。小林一茶の句碑、水原秋櫻子歌碑が建っている。仁王像が安置されている仁王門を潜ると、右手にあまり見かけない鐘楼堂と濃縁観世音菩薩像、右正面に、伏姫桜と月見櫻、その左にご神木、その奥、祖師堂、客殿、本堂が並ぶ。左にある朱雀門を潜る。右手に龍神堂、太刀大黒天堂(日蓮上人の真刻といわれる大黒天)、石造十五重塔、宇賀桜がある。正面は修行道場である。道場の左後ろに前方後円墳があります

  • 弘法寺古墳 築城年は六世紀後半から七世紀初めにかけての前方後円墳です

    弘法寺古墳 築城年は六世紀後半から七世紀初めにかけての前方後円墳です

  • 弘法寺紅葉 江戸時代は紅葉の名所であったが、現在でも所々に最盛期の紅葉が見られます

    弘法寺紅葉 江戸時代は紅葉の名所であったが、現在でも所々に最盛期の紅葉が見られます

  • 鈴木長頼の墓 長頼は十七世紀の江戸幕府大工頭を務める官僚で、日光東照宮、増上寺、江戸城等の重要施設の保全に係る。市川では、万葉集に詠まれた「真間の井」、「手児奈の墓」、「真間の継橋」を後世に継承するために、それぞれの地に銘文を刻んだ碑を建てました

    鈴木長頼の墓 長頼は十七世紀の江戸幕府大工頭を務める官僚で、日光東照宮、増上寺、江戸城等の重要施設の保全に係る。市川では、万葉集に詠まれた「真間の井」、「手児奈の墓」、「真間の継橋」を後世に継承するために、それぞれの地に銘文を刻んだ碑を建てました

  • 須和田遺跡 主に弥生時代中期から平安時代に至る各期複合の集落遺跡です。発掘調査の結果、土器が発見されています。復元住居跡の基礎部分が展示されています

    須和田遺跡 主に弥生時代中期から平安時代に至る各期複合の集落遺跡です。発掘調査の結果、土器が発見されています。復元住居跡の基礎部分が展示されています

  • 須和田公園 須和田遺跡の一部が整備されて公園になっています。バラ園、子供遊具、運動広場、遺跡の復元住居跡の基礎部分、郭沫若の像等があります

    須和田公園 須和田遺跡の一部が整備されて公園になっています。バラ園、子供遊具、運動広場、遺跡の復元住居跡の基礎部分、郭沫若の像等があります

  • 郭沫若記念館 残念ながら休館日でした。中国出身の文学者・歴史学者・政治家で市川須和田に一時住んでいた。日中友好の懸け橋になった人です。氏の旧宅をここに移築し、氏の業績を紹介した資料、写真等が展示されています

    郭沫若記念館 残念ながら休館日でした。中国出身の文学者・歴史学者・政治家で市川須和田に一時住んでいた。日中友好の懸け橋になった人です。氏の旧宅をここに移築し、氏の業績を紹介した資料、写真等が展示されています

  • 仙元宮 下総国分寺に向かう坂の途中にある鳥居と小さな祠があるお宮です。仙元とは浅間のことで、富士山登山講碑のようです

    仙元宮 下総国分寺に向かう坂の途中にある鳥居と小さな祠があるお宮です。仙元とは浅間のことで、富士山登山講碑のようです

  • 下総国分寺南大門 真言宗豊山派の一寺で、奈良時代に立てられた下総国分寺の後継寺院であるが、下総国分寺以降の変遷は不明。現国分寺は旧国分寺跡に昭和初期に建立、本尊は薬師如来です。仁王門前に国指定史跡下総国分寺の石碑が建つ。仁王像が安置されている南大門を潜ると、宝篋印塔本堂、鐘楼、准四国霊場予州国分寺写石柱、市川七福神の毘沙門天像、十九夜塔、本堂が建つ。本堂前に旧国分寺礎石(寺跡碑がたつ)、清滝権現がある。本堂裏に旧国分寺の金堂・講堂の基壇がある

    下総国分寺南大門 真言宗豊山派の一寺で、奈良時代に立てられた下総国分寺の後継寺院であるが、下総国分寺以降の変遷は不明。現国分寺は旧国分寺跡に昭和初期に建立、本尊は薬師如来です。仁王門前に国指定史跡下総国分寺の石碑が建つ。仁王像が安置されている南大門を潜ると、宝篋印塔本堂、鐘楼、准四国霊場予州国分寺写石柱、市川七福神の毘沙門天像、十九夜塔、本堂が建つ。本堂前に旧国分寺礎石(寺跡碑がたつ)、清滝権現がある。本堂裏に旧国分寺の金堂・講堂の基壇がある

  • 旧国分寺七重塔礎石 741年聖武天皇の命により、全国に国分寺建立がなされ、下総国では市川に国府があったので、ここに建立されました。発掘調査の結果法隆寺様式の伽藍配置を持つ金堂、七重塔、講堂の遺構が発見されています

    旧国分寺七重塔礎石 741年聖武天皇の命により、全国に国分寺建立がなされ、下総国では市川に国府があったので、ここに建立されました。発掘調査の結果法隆寺様式の伽藍配置を持つ金堂、七重塔、講堂の遺構が発見されています

  • 宝珠院本堂 真言宗豊山派の一寺で、創建は1621年、開基は順光法印、本尊は薬師如来像です。山門手前に北向地蔵尊、山門を潜ると、本堂、石造十三重塔、大きなやかん(夜間でもご利益があるように)、水子地蔵があります

    宝珠院本堂 真言宗豊山派の一寺で、創建は1621年、開基は順光法印、本尊は薬師如来像です。山門手前に北向地蔵尊、山門を潜ると、本堂、石造十三重塔、大きなやかん(夜間でもご利益があるように)、水子地蔵があります

  • 日枝神社拝殿 創建は不詳ですが、鳥居に1689年建立の銘があり、江戸時代中期以前であることがわかります。主祭神 は大山咋命です。棟門と鳥居を潜ると、境内社三社(大杉神社、古峰神社、稲荷神社)、拝殿前にご神木大銀杏(樹齢300~350年)、拝殿、その奥に本殿があります

    日枝神社拝殿 創建は不詳ですが、鳥居に1689年建立の銘があり、江戸時代中期以前であることがわかります。主祭神 は大山咋命です。棟門と鳥居を潜ると、境内社三社(大杉神社、古峰神社、稲荷神社)、拝殿前にご神木大銀杏(樹齢300~350年)、拝殿、その奥に本殿があります

  • 龍珠院本堂 真言宗豊山派の一寺で、創建は1718年、開基は良善法印、本尊は不動明王像です。本堂、鐘楼、本堂前の修行大師像、地蔵群があります

    龍珠院本堂 真言宗豊山派の一寺で、創建は1718年、開基は良善法印、本尊は不動明王像です。本堂、鐘楼、本堂前の修行大師像、地蔵群があります

  • 経王寺本堂 日蓮宗の一寺。」山門、本堂、身代わり・厄除け地蔵があります。門柱の脇にある木の枝が横に延び、冠木門を形成しているように見えます

    経王寺本堂 日蓮宗の一寺。」山門、本堂、身代わり・厄除け地蔵があります。門柱の脇にある木の枝が横に延び、冠木門を形成しているように見えます

  • 竺園寺本堂 臨済宗大徳寺派の一寺で、創建は十四世紀中ごろ、開山は喜州和尚、本尊は釈迦牟尼仏です。山門を潜ると円通堂、本堂がある。本堂前に枝を横に長く伸ばした松がある

    竺園寺本堂 臨済宗大徳寺派の一寺で、創建は十四世紀中ごろ、開山は喜州和尚、本尊は釈迦牟尼仏です。山門を潜ると円通堂、本堂がある。本堂前に枝を横に長く伸ばした松がある

  • 腹切様 昔、酔っぱらった侍がここで腹を切ったと伝えられ、腹切様と呼ばれています。なぜか、風邪や咳を治してくれると言われています

    腹切様 昔、酔っぱらった侍がここで腹を切ったと伝えられ、腹切様と呼ばれています。なぜか、風邪や咳を治してくれると言われています

  • 天満宮鳥居と社殿 創建等の詳細は分かりません。境内には鳥居、社殿、菅原道真公の歌碑が建っています

    天満宮鳥居と社殿 創建等の詳細は分かりません。境内には鳥居、社殿、菅原道真公の歌碑が建っています

  • 根古屋庚申堂 根古屋と北台二つの庚申塔が建っています。江戸時代盛んに行われた庚申講の名残で、体の中に住む虫が庚申の日の夜、抜け出し天帝に告げ口するのを防ぐためにお酒を飲んだ。昔は道標として、旅人には欠かせない存在でした

    根古屋庚申堂 根古屋と北台二つの庚申塔が建っています。江戸時代盛んに行われた庚申講の名残で、体の中に住む虫が庚申の日の夜、抜け出し天帝に告げ口するのを防ぐためにお酒を飲んだ。昔は道標として、旅人には欠かせない存在でした

  • 下総国分寺尼跡石碑 下総国分寺と同様に、聖武天皇の詔により建てられた下総国分尼寺です。旧国分寺の一部とされていましたが、昭和7年の発掘調査で「尼寺」と墨書された土器から国分尼寺跡ということがわかりました

    下総国分寺尼跡石碑 下総国分寺と同様に、聖武天皇の詔により建てられた下総国分尼寺です。旧国分寺の一部とされていましたが、昭和7年の発掘調査で「尼寺」と墨書された土器から国分尼寺跡ということがわかりました

  • 馬頭観音 国分尼寺跡の一隅にあります。六観音の一尊で、民間信仰では馬の守護神として祀られている。馬と歩む道中の安全を祈ったり、死んでしまった馬の冥福を祈ったりする理由により、馬頭観音が作られました。旧道を歩いていると時々見かけます

    馬頭観音 国分尼寺跡の一隅にあります。六観音の一尊で、民間信仰では馬の守護神として祀られている。馬と歩む道中の安全を祈ったり、死んでしまった馬の冥福を祈ったりする理由により、馬頭観音が作られました。旧道を歩いていると時々見かけます

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