2022/11/26 - 2022/11/26
20位(同エリア1421件中)
まほうのべるさん
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この旅行記スケジュールを元に
会津若松といえば宮城の小学校の修学旅行の定番の地です。
もちろん修学旅行で行ったはずなんだけど、全く記憶が記憶が全くありません。その後、社会人になって1回行っただけ。
会津若松は東北の有数の観光地。
人が多いとことろは避けてしまう癖がついているけど、『さざえ堂』『福西本店』が気になって出かけることにしました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 5.0
- 同行者
- その他
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
東山温泉 向瀧
宿泊できませんが、どうしても外観だけでも見たくて、東山温泉の向瀧に向かいます。24室ある客室はすべて異なる造りになっていて、離れの間は多くの皇族の方が宿泊されています。向瀧は江戸時代『きつね湯』と呼ばれた会津藩の指定保養所を譲り受け,平田家が明治6年創業しました。 -
東山温泉 向瀧
平成8年、登録有形文化財制度が制定されて、第一号物件として登録され、創業150年以上という歴史の或る宿です。すべての客室が有形文化財の宿は全国的にも珍しいそうです。屋根の形は三角形の千鳥破風です。 -
東山温泉 向瀧
宿のコンセプトは『ゆったりとした思い出をお探しのお客様へ 思わずまた訪れてしまう極上の和空間』
写真を撮っていると、ちょうど熟年のご夫婦がチェックアウトして出てこられました。玄関で姿が見えなくなるまで、おかみさん・番頭さん・仲居さん 3人がお見送りしていました。 -
飯盛山
向瀧を訪れた後に飯盛山に向かいます。
お土産屋・食事処に『無料駐車』の場看板がありましたが、無料で車を停めていいのでお店を利用してくださいねということらしい。お土産屋さんに車を停め、帰りに『赤べこクッキー』を購入しました。 -
飯盛山
飯盛山までの急激な183の石段を避けるために、有料のスロープコンベアがあり、250円を支払い乗っていきます。 -
飯盛山
白虎隊十九士の墓
白虎隊は戊辰戦争の際に、会津藩隊士の子息で組織された軍隊です。
江戸から明治へと時代が移り変わる境目に生まれた彼らは、幼いながらも新政府軍から鶴ヶ城を守るために戦いましたが、市中火災を見て鶴ヶ城が落城したと思って自決しました。 -
飯盛山
城下町を一望に見渡す小高い山標高382.4m。 -
飯盛山 さざえ堂
1876(寛永8)年に建立され、高さ16・5m、六角三層のお堂です。
正式名称は『円通三匝堂』といいます。 -
飯盛山 さざえ堂
当時、飯盛山には正宗寺があり、その住職であった僧郁堂の考案した建物だそうです。二重螺旋階段構造で、西国三十三観音像が安置され、参拝者はさざえ堂をお参りすることで三十三観音参りできると言われています。 -
飯盛山 さざえ堂
上り下りが全く別の通路になっている一方通行の構造により、たくさんの参拝者がすれ違うことなく安全にお参りが出来る、世界でも珍しい建築様式を採用しています。 -
飯盛山 さざえ堂
江戸時代の庶民にとって、会津より西に出て各札所をめぐるのは、一つの夢でした。しかし、実行するためのお金も時間もなく、諦めざるを得ませんでした。さざえ堂で一度に三十三の観音像を廻るこの構造は人気を得、堂内には無数のお札が貼られています。 -
会津武家屋敷
飯盛山から車で数分、東山温泉への途中に会津武家屋敷があります。
江戸時代、三代将軍・家光の弟、星名正之を藩祖とする会津藩は、東北地方における外様大名の抑えとして栄えました。幕末の戊辰戦争で会津城下は戦火にさらされ、多くのものを失いました。それを惜しんだ地元の有志により、会津の歴史・文化・精神を後世に伝えるために造られたのがこの会津屋敷です。 -
会津武家屋敷 旧中畑陣屋
県指定重要文化財
1837(天保8)年に建てられ、東北に残った最後の代官所です。
約150年前、現在の福島県矢吹町中畑に建てられ、当時の代官は旗本松平軍次郎で、昭和50年ここに移築復元されましたが、県内唯一陣屋として現存する建物です。 -
会津武家屋敷 旧中畑陣屋 奥座敷
この代官所は中畑村など7カ村を支配していました。 -
会津武家屋敷 茶室(嶺南庵)
会津領主蒲生氏郷の庇護を受けた千利休の子少庵は、鶴ヶ城本丸内に茶室『麟閣』を造りました。戊辰の戦火を奇跡的に逃れ、明治七年鶴ヶ城取り壊しの際に移築されましたが、この茶室はその『麟閣』を再現したものです。 -
会津武家屋敷 家老屋敷(西郷頼母邸)
表門
江戸時代中期の和様建築の粋を集めた豪華かつ壮大な家老屋敷です。
各38部屋には武具、調度品を展示しています。 -
会津武家屋敷 家老屋敷(西郷頼母邸)
表玄関
上級武士だけが通された玄関です。 -
会津武家屋敷 家老屋敷(西郷頼母邸)
西郷家は会津藩松平家譜代の家臣で、代々家老職を務め千七百石取りの家柄でした。幕末期の当主は頼母で、戊辰戦争の際、恭順論や藩主の京都守護職辞退を進言したものの受け入れられず数奇な運命をたどりました。 -
会津武家屋敷 家老屋敷(西郷頼母邸)
片長屋(第二資料館)
屋敷の周りに設けられた『片長屋』には、警護を兼ねて家臣を住まわせていました。表門の片側についているため、片長屋といわれています。 -
会津武家屋敷 家老屋敷(西郷頼母邸)
片長屋(第二資料館) 駕籠部屋
実際にこの駕籠が使われていたんですよ。 -
会津武家屋敷 家老屋敷'(西郷頼母邸)
片長屋(第二資料館) 家臣の居宅
独身で持ち家の無い家臣が住んでいました。 -
会津武家屋敷 家老屋敷(西郷頼母邸)
片長屋(第二資料館)
1868(慶応4)年8月23日、新政府軍が会津城下に迫ってきました。頼母の妻である千恵子は、夫と長男を送り出した後に、親戚一同21人を今に集めて、足手まといにならないようにと、一斉に自害しました。
武士や家族が覚悟の自決をするときには屏風を逆さまに置くという作法があるそうです。 -
会津武家屋敷 家老屋敷(西郷頼母邸)
武家屋敷の敷地内には『会津くらしの歴史観』『心の美術館』『手作り体験館』などの施設があり、『手作り体験館』赤べこ絵付けガラス絵彫りなどが体験できます。『心の美術館』会津を代表する仏像を中心とした絵画の展示。 -
会津武家屋敷 家老屋敷(西郷頼母邸)
奥玄関
この屋敷はけやき・檜・杉材を使用した和様建築の豪華壮大な造りとなっています。敷地面積は2400坪、建築面積280坪におよびます。 -
会津武家屋敷 家老屋敷(西郷頼母邸)
女中頭部屋
女中頭は一人で一部屋使用できました。 -
会津武家屋敷 家老屋敷(西郷頼母邸)
女中部屋
女中頭以外の女中たちは相部屋です。
女中さん何人いたのかな? -
会津武家屋敷 家老屋敷(西郷頼母邸)
38の部屋があり、畳の数は328枚にもおよぶ広大な屋敷です。 -
会津武家屋敷 家老屋敷(西郷頼母邸)
子供部屋
屋敷の役割は大きく4つに分けると、1つは御成り御殿の一角で、ここは藩主をはじめ重役以外は通されることがなかった格式の高い部屋。次いで使者の間や番所、役人所など西郷家家臣が執務などに使用する部屋。 -
会津武家屋敷 家老屋敷(西郷頼母邸)
子供部屋
客待の間・表居間・奥二の間など家族が使用する部屋。最後に女中部屋・台所など使用人が使う部屋です。 -
会津武家屋敷 家老屋敷(西郷頼母邸)
台所
この台所で数十人の食事をつくっていました。
天井のない吹き抜けの構造で、太い柱や雪国会津の厳しさを物語っています。 -
会津武家屋敷 家老屋敷(西郷頼母邸)
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会津武家屋敷 家老屋敷(西郷頼母邸)
奥の一の間(家長の寝室)
薩摩藩士川島が屋敷に入った時、自刃した時長女細布子(16歳)にはわずかに息があり、『その所に参らるるは、敵か味方か』と尋ね、敵ならば戦おうとするしぐさをし、川島が『味方だ』と叫びました。細布子は喉を刺そうとするができず、川島が不憫に思い介錯したそうです。 -
会津武家屋敷 家老屋敷(西郷頼母邸)
『なよ竹の風にまかする身ながらも たわまぬ節はありとこそ知れ』
西郷頼母の妻・千恵子の自刃する時に読んだ句です。
弱いなよ竹と同じように風に吹かれてしまう身だけれど、強風にも曲げられないように、私も節義に殉じてみせるという、強い意志と覚悟が感じられる句です。 -
会津武家屋敷 家老屋敷(西郷頼母邸)
家族の生活のエリアです。
雨戸を回転して戸締りをするため『角金具』を使っています。 -
会津武家屋敷 家老屋敷(西郷頼母邸)
表居間
西郷頼母は藩主容保が京都守護職を任命された時、時局の大勢いを予見し、『薪を負うて火を救うにひとし』と再三にわたり反対し、職を解かれました。 -
会津武家屋敷 家老屋敷(西郷頼母邸)
客体の間
時局の急迫とともに家老に復帰しますが、和議恭順を主張し、再び退かれます。頼母の強硬な和議恭順説は、交戦派から軟弱論として激しい反発を受け、長男と共に城を去ります。 -
会津武家屋敷 家老屋敷(西郷頼母邸)
槍の間
維新後は各地の神社の神官を務め、晩年は故郷会津若松に戻り、城に近い『十軒長屋』に居住しそこで亡くなりました。 -
会津武家屋敷 家老屋敷(西郷頼母邸)
使者の間
お城から来た使者が家老と会った部屋です。 -
会津武家屋敷 家老屋敷(西郷頼母邸)
書院壱の間
お殿様がおいでになった時だけ使用された部屋です。中央が会津藩九代当主松平容保公。松平容保は身の三万石松平義建の六男として生まれ、会津湾撞松平容敬の養子となります。18歳で藩主となり、28歳で京都守護職を命じられました。 -
会津武家屋敷 家老屋敷(西郷頼母邸)
次の間
手前に控えているのが、西郷頼母。
病床に付していた時、家老たちの反対をおしきって京都守護職につきます。
尊王攘夷派の取り締まりを行い、戊辰戦争の発端となった鳥羽伏見の戦いで会津藩は旧幕府軍の主力となり闘い、敗れたことで朝敵となり悲劇の最期をとげます。 -
会津武家屋敷 家老屋敷(西郷頼母邸)
雲隠(厠)
砂を敷いた箱車が置かれており、使用するたびに処理をしていました。中の方は畳敷きになっています。 -
会津武家屋敷 家老屋敷(西郷頼母邸)
厠(内部)
天井板がなく、敵が忍び込むのを防いだと言われています。
この様式は、幕府の間者に対する備えとして、江戸時代中頃から始まりました。奥の方には畳が3枚敷かれています。 -
会津武家屋敷 家老屋敷(西郷頼母邸)
茶室 -
会津武家屋敷 家老屋敷(西郷頼母邸)
茶室 釘隠し
他の部屋の釘隠しは銅製ですが、この部屋だけ瀬戸物です。
湯気で銅が錆びると緑青という毒物が発生し、体の毒になるからだそうです。 -
会津武家屋敷 家老屋敷(西郷頼母邸)
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会津武家屋敷 家老屋敷(西郷頼母邸)
渡り廊下
広い廊下で当時の姿が浮かんでくるようです。 -
会津武家屋敷 家老屋敷(西郷頼母邸)
中の口玄関から入ってすぐの部屋『番所』になっています。 -
会津武家屋敷 家老屋敷(西郷頼母邸)
会津歴史資料館
2013年度NHK大河ドラマ『八重の桜』のパネルが展示されています。
当初他の作品を計画していましたが、2011年3月11日発生した東日本大震災を受け、NHK局内で東北復興を支援する内容にすべきとの意見が上がり、福島県出身で同志社を創設した新島襄の妻・新島八重を描いた作品となったそうです。 -
会津武家屋敷 家老屋敷(西郷頼母邸)
会津歴史資料館
主役の綾瀬はるかさんは、このドラマがきっかけで翌年の『会津まつり』パレードに毎年参加しています。(コロナ感染で中止以外)主演の俳優さんがドラマの翌年の祭に参加するのかたはいますが、有名な俳優さんが何年も続けていらしゃるかたはほとんどいないのでは? -
会津武家屋敷 家老屋敷(西郷頼母邸)
会津歴史資料館
会津藩では10歳になると日新館という現在の学校 のようなところに入って学問や武芸を習うことになっていました。 -
会津武家屋敷 家老屋敷(西郷頼母邸)
会津歴史資料館
日新館にはまだ入れない6歳から9歳の子供たちは、自分たちの町に10人くらいの遊び仲間をつくっていました。その集まりのことを『什』と言います。 -
会津武家屋敷 家老屋敷(西郷頼母邸)
会津歴史資料館
会津藩のこどもたち(男の子)は、皆、町ごとに作っている『什』に必ず入らなければなりませんでした。その中で、1番年上のものが什長になり、毎日、什長が次の7つの掟を唱和し、メンバーがきちんと守れているか確認していたそうです。 -
会津武家屋敷 家老屋敷(西郷頼母邸)
会津歴史資料館
『什』の掟
1,年長者のことに背いてなりませぬ
2,年長者にはお辞儀をしなければなりませn -
会津武家屋敷 家老屋敷(西郷頼母邸)
会津歴史資料館
3,うそは言うことはなりませぬ
4,卑怯なふるまいをしてはなりませぬ
5,弱いものをいじめてはなりませぬ -
会津武家屋敷 家老屋敷(西郷頼母邸)
会津歴史資料館
6,戸外でものを食べてはなりませぬ
7,戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ
ならぬことはならぬものです -
会津武家屋敷 家老屋敷(西郷頼母邸)
藩米精米所
精米所もあるというので、見学していきましょう。
この階段をおりていくようです。 -
会津武家屋敷 家老屋敷(西郷頼母邸)
藩米精米所
16個の石臼で1日に16俵、精米できる東北一の精米所です。
藩米精米所の見学を終え、会津武家屋敷の見学がすべて終わりになりました。 -
鶴井筒 ネパール博物館
車をほんのちょっと移動し、鶴井筒に来ました。
大地主の豪邸を移築した会津郷土料理店・鶴井筒。その建物の屋根裏を利用した2・3階ガネパール博物館になっています。 -
鶴井筒 ネパール博物館
鶴井筒の建物は喜多方市山都町にあった明治30年代建築の造り酒屋で、大地主の主屋を移築したものです。 -
鶴井筒 ネパール博物館
完成までに2年の歳月と多額の金額を費やしたといいます。規模の大きさだけではなく、本漆を塗った天井や繊細な格子戸などに工夫を凝らしています。店内には3つの囲炉裏があります。 -
鶴井筒 ネパール博物館
会津の豪邸でヒンズーの神々に出会う不思議な世界。 -
鶴井筒 ネパール博物館
食事はしないけど、内部を見たくてネパール博物館に入ったので、特に展示品を見学したかったわけではないという、ちょっと不純な動機。 -
鶴井筒 ネパール博物館
入場料も200円と安いし、少しは興味はあるけどあまり期待はしていませんでした。 -
鶴井筒 ネパール博物館
不思議な空間が広がり、見学者が一人だったので異空間にいるみたい。 -
鶴井筒 ネパール博物館
仏頂尊勝
三面の顔を持つ長寿の女神 -
鶴井筒 ネパール博物館
ネパール博物館をサラッと見学し、お昼過ぎたので元祖わっぱめし田季野へ向かいます。 -
上菓子司 会津葵
『田季野』へ向かう途中に『会津葵本店』の前を通り、お土産を購入しました。 -
上菓子司 会津葵
会津藩御用の茶問屋二字屋治郎左衛門の系譜で、和菓子を通じて『感動』していただくことを理念とし、特選原材料を使用し、一つ一つ丁寧に仕上げているそうです。 -
上菓子司 会津葵
会津葵は1960年代から作られ、カステラにあんという組み合わせは当時のお菓子としては斬新で、1962年に科学技術庁長官より創意工夫功労賞をうけています。 -
上菓子司 会津葵
会津葵5ケ箱入り1350円。
1個ずつ包装された5個の会津葵が和紙の包装紙に入っています。
キメ細やかなカステラ種の中に、小豆より吟味した自家製こし餡を入れて焼き上げたお店の代表菓子です。表面の文様は会津藩の文庫印です。
包装紙は染絵作家の岡村吉右衛門の会津民芸のデザインです。
掛け紙は民芸作家で人間国宝・芹澤けい介の染絵南蛮船と会津葵紋章を組み合わせたデザインになっています。 -
会津若松市役所
1937(昭和12)年に完成した会津若松市役所本庁舎
古代ローマの建築様式コリント式を採用しています。県世地当時の姿をできるだけ残そうと、職員の努力によって受け継がれてきたそうです。 -
元祖わっぱめし 田季野
会津若松と日光を結ぶ下野街道の宿場、築250年以上の糸澤陣屋を移築復原した建物です。お店の横に数台駐車できるスペースがあったのでそこに駐車します。 -
元祖わっぱめし 田季野
参勤交代の際に使われ戊辰戦争の傷跡を残す大黒柱と太い梁が残っているそうです。お店はメインストリートではなく、ちょっと小道に入ったところにあり、ナビを設定していないので迷ってしまいました。 -
元祖わっぱめし 田季野
席に案内され五種わっぱめしを注文すると、『く』と書かれた木の札を置いていかれました。箸入れの袋が可愛いよ。 -
元祖わっぱめし 田季野
わっぱめしは初代店主が尾瀬のふもとにある檜枝岐村で、500年の伝統を誇るまげわっぱに出会い、この器を使い会津の食材を生かした料理を『輪箱飯』として提供したいと思ってできたものだそうです。 -
元祖わっぱめし 田季野
屋号を山部会檜枝岐のイメージから、田も野も希なところとして『田季野』と名付けました。桧を曲げた器に会津米をさまざまな食材を入れ、蒸しあげた会津の伝統的な郷土料理です。 -
元祖わっぱめし 田季野
わっぱめしは前菜2品・お味噌汁・お新香付きです。
ぜんまい・きのこ・鮭・かに・いくらなどの中から五種輪箱を注文しました。
五種の中身はぜんまい・きのこ・鮭・かに・卵焼きで、濃いめの味付けになっています。2100円。 -
中町まちなか市民広場観光客専用無料駐車場
田季野を出てどの駐車場に入れようかと思っていたら、観光客専用無料駐車場という看板が目にはいり、ここに駐車することにします。事前にこの駐車場のこと知らなかったな。 -
野口英世青春館通り
野口英世が左手の手術をした会陽院跡が喫茶店として営業しており、ここを中心に書生として多感な青春時代を贈ったゆかりの地です。 -
野口英世青春広場
奥に野口英世増が建ち、イベントステージなどがあります。
門扉にはレリーフがあり、レリーフをアップするのを忘れてしまって残念。
日中なのに門は閉まったまま。 -
野口英世青春広場
自販機にも飲み終わった缶・ペットボトル入れにも野口英世のイラストが描かれています。
: -
七日町通り 四ツ角大正館
旧郡山商業銀行若松支店
1921(大正10)年竣工
鉄筋コンクリート造り2階建て地下1階、腰壁は石積み
1階はカフェ&軽食、2階は斎藤清女性画のギャラリー、地階は貸ホール -
七日町通り
滝谷建設工業会津若松支店(旧郡山橋本銀行若松支店)(旧第四銀行会津支店)
1927(昭和2)年建築。
大正・昭和初期に活躍した建築家岡田信一郎が設計。
昭和10年『第四銀行』に買収され、昭和55年に滝谷建設工業
6本の太い円柱が見事です。 -
七日町通り(白木屋漆器店)
大正3年建築。
木造洋風建築で、土蔵造りに近い技法で造られています。 -
七日町通り
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七日町通り(小野屋夢蔵)
明治19年に建てられた店蔵を利用した、漆器・お香・などを販売しています。 -
七日町通り
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七日町通り(鶴乃江酒蔵)
寛永6年創業の造り酒屋。
林家は会津藩御用達頭取を務めた栄宝屋一族で、屋号を『永宝屋』と称し、当主は代々、平八郎を襲名し伝統的製法を守り続けています。
『会津中将』『ゆり』の醸造元 -
七日町通り
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七日町通り (有)バンダイスポーツ七日町店(塚原呉服店)
1926(大正15)年に建築、当時は塚原呉服店として営業を行っていました。木造3階建 -
七日町通り(太郎庵七日町)
『会津の天神さま』は会津を代表する銘菓です。 -
太郎庵 会津の天神さま
地元で愛されているお菓子という事前情報をもとに購入しました。
5個入965円
昭和54年第一号店開店に合わせて作られた創業菓子。
『会津の天神さま』はふんわりとした甘みのあるブッセ生地に、塩味のきいた北海道バターと酸味のきいたプロセスチーズが入っています。 -
七日町通り(奥会津食彩蔵河内屋)
食事もできる民芸品と母屋毛の店
ソースカツ丼が人気 -
七日町通り(会津新選組記念館)
明治の店蔵を利用していて、新選組関係や新島八重の貴重な資料を展示しています。 -
七日町通り(甘味処)(鎌倉)
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七日町通り(菓子司熊野屋七日町店)
明治20年創業の和菓子の老舗
会津産のお米コシヒカリを使用した7種類のお団子『会津七福団子』、丁寧に手焼きしたふわふわ生地にこだをりの粒餡とクリームをはさんだ『生どら焼き』が人気の商品です。 -
七日町通り(長門屋)
1848(寛永元)年創業の駄菓子の老舗店
当時の藩主・松平容敬から『庶民の菓子をつくれ』と初代・長平命を受け、菓子つくりを始めたそうです。 -
七日町通り(松本酒店)
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七日町通り(満田屋)
1834(天保5)年創業のみその老舗です。
囲炉裏を囲みながら食べることができる味噌田楽屋さん。 -
七日町通り
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七日町通り(紀州屋1934)
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七日町通り(渋川問屋)
120年以上もの歴史を持つ元海産物問屋。
会津の地で長く受け継がれている郷土料理を提供しています。 -
阿弥陀寺
境内には戊辰戦争での戦死者1281体を埋葬した東軍基地、新選組斎藤一、盲目の会津藩武芸家黒河内伝五郎の墓があります。 -
阿弥陀寺 御三階
1818(文政元)年以前の建築といわれ、明治3年に鶴ヶ城本丸から移築した密議所『御三階』 -
会津壱番館
明治17年建築。
野口英世ゆかりの旧會陽医院跡。
現在は1階が喫茶店で、2階が野口英世青春館。 -
野口英世青春館
1階で入場料200円を支払い、2階へ上がります。
階段は狭いので気を付けて登ります。 -
野口英世青春館
この部屋は野口英世が火傷でおった傷の手術を受け、その奇跡に感動して医学の志書生となった會陽医院跡で、英世が刻苦勉励した部屋です。 -
野口英世青春館
英世が火傷を負った左手の手術を受けたのは、1892(明治25)年で、會陽医院の渡部先生の執刀により、恩師であり理解者であった小林栄先生や同級生の温かい寄付によって費用はまかなわれました。 -
野口英世青春館
英世は『てんぼ、てんぼ』とからかわれた左の指が切り離された医術の奇跡に心強くうたれ、翌年高等小学校を卒業するとすぐ會陽医院に入門して薬局生となりました。高等小学校時代の成績は抜群でしたが、医者になる道はただひとつ、医院に書生として住み込み、独学によって医師免許試験に合格し、開業免許をとることでした。 -
野口英世青春館
『ナポレオンは三時間しか眠らなかった』ことから、英世もこれを実行し、近所の教会の牧師や会津中学の先生について、英・仏・独語を勉強し、渡辺先生に医学を勉強しました。 -
イチオシ
福西本店 店蔵(黒漆喰蔵造二階建)
福西本店は19世紀後半から20世紀前半に栄えた会津若松の大商人福西家が、その豊かな財を費やして、明治後期から大正初期に建てた蔵と商家建築です。店蔵・仏間蔵・炭蔵の三棟は外壁が災いを祓うと言われている黒漆喰の蔵です。
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福西本店 店蔵(黒漆喰蔵二階建)
左側は仏間蔵(袖蔵)で、店蔵・仏間蔵・炭蔵の三棟は外壁が災いを祓うと言われている黒漆喰の蔵です。通りでも異色をはなっています。 -
福西本店 店蔵
黒漆喰の蔵は、近代以降は綿や寝具を扱った福西家の商売の拠点となった蔵です。
店蔵はお土産とセレクショショップになっています。会津のつくり手によるこだわりの食材、加工品や調味料、また伝統工芸品から地元作家の手仕事品まで取り揃えとぃます。 -
福西本店 炭蔵(夢家)
炭蔵は炭や綿などを保管する場所でした。
改修後は、炭火焼きの専門店『炭蔵』になっています。 -
福西本店
建物見学の入口は店蔵の奥にあり、入場料は300円です。 -
福西本店 母屋二階
茶室
茶室は母屋二階の東南隅へ昭和5年に増築されたもので、福西家当主が親しい人との時間を楽しんだ部屋です。普通、茶室は一階にあるものだと思っていましたが、この建物には二階に茶室がありました。 -
福西本店 母屋二階
茶室の天井
茶室の天井は中央から左右異なった造りになっていてとても興味深いです。 -
福西本店 母屋二階
福西家の一族が生活していた場所で、二階の大広間では宴や会合を催していました。 -
福西本店 母屋二階
福西家は代々『伊兵衛』という名前を襲名し、12代に渡ってつないできました。現在が13代目だそうです。 -
福西本店 母屋二階
一階が日常の場であるのに対して、二階はハレの場として、盆暮れや正月などに一家一族が集まるのはもとより、十一代伊兵衛の結婚式や数奇の集いにも使われました。二か所の襖で三つに区切っていますが、合わせると32畳の大広間で、建造時の姿をそのまま伝えています。 -
福西本店 母屋二階
多い時には福西家の一族が七世帯も居住し、働き手も含めると50名近い人たちの生活の場となりました。 -
イチオシ
福西本店 母屋二階
寄木細工飾り棚
寄木細工の飾り棚は、1925年のパリ万博へ出展された貴重なものです。 -
福西本店 仏間蔵
袖蔵の一部を仏間としたもの。
袖蔵は店蔵に配される商品・什器の修蔵倉です。
左側の襖を開けると、二階へ登る階段が隠れています。 -
福西本店 仏間蔵
7代目伊兵衛の妻イネさんの肖像画が架けられています。額も黒柿です。
店蔵の北側に隣接して、土蔵の造り二階建ての一階東半分にあたります。 -
福西本店 蔵座敷
福西本店は江戸中期の享保時代に初代伊兵衛が奈から会津に移ったと伝わり、以降12代を重ねてきました。明治後期から大正初期の9代伊兵衛の時代には銀行や電力会社、鉄道会社の株主・役員に名を連ね、多くの分家を独立させるなど繁栄を極めました。 -
福西本店 蔵座敷
福西家の歴代当主が住んだ贅沢な座敷蔵で、庭園が一望できます。
右側、屏風の裏の襖の奥にも部屋があるように思えますが、実際にはなく奥行を感じさせるためにこのような造りになっています。 -
福西本店 蔵座敷
福西家の当主、特に10代伊兵衛は大正から昭和初期に活躍した酒井三良のような画家や文化人との交流を重ね、多くの書画や調度品を集めました。 -
福西本店 蔵座敷
外雪隠もしつられていて、30畳の座敷はお客様をもてなす空間としても使われていました。床の間の装飾には黒柿が使われていました。 -
福西本店 蔵座敷
江戸中期以降、綿の製造を北国でも作れるようになり会津綿ができ、このころに藍も地元で作られるようになり、江戸中期以降に爆発的に増えました。 -
福西本店
しかし、4代目・5代目となり、会津藩が貧乏になっていき、百姓が藩から逃げ出し消費も冷え込みました。 -
福西本店 蔵座敷
6代目伊兵衛が藩から荷綿(綿の流通)、打ち綿(綿の製造)の独占的販売権(株)
を購入し盛り返します。 -
福西本店 蔵座敷
7代目伊兵衛の時に戊辰戦争が発生しました。藩に多額のお金を貸していた商家は衰退していき、明治時代に入った時期に経営が難しい状態になりました。 -
福西本店 母屋蔵
母屋蔵は8代伊兵衛が建て、丈夫な赤松で作られていました。
一階は食料品や生活用品の備蓄に、二階はお雛様や普段使いではない器などの保存に使っていました。使用人が住み込み、布団づくりなどの作業をする場所でした。 -
福西本店 母屋蔵
歴代の福西家は商人として活躍し、明治時代にはさまざまな物産を扱う問屋業に加えて、味噌醤油、漆器などに手広く商売を広げました。 -
福西本店 母屋蔵
新政府が設置した出先機関と交渉し、明治7・8年から荷綿の権利、砂糖、鉄、西洋織物を売る権利を取り戻し、規模を大きくし分家を出していきます。 -
福西本店 母屋蔵
9代目当主の時代には会津銀行の頭取に就任し、鉄道や電力会社の設立に参加するなど、会津を代表する大商人となりました。 -
福西本店 母屋蔵
現在は二階の半分を吹き抜けとし、ギャラリーとして個展を開催しています。 -
福西本店 母屋 蔵座敷
明治19年頃に建てられた蔵座敷です。 -
福西本店 離れ(数寄屋)
庭に面してお客様が滞在する場所でした。
福西家が交流を結んでいた画家や有力者が逗留する二階建ての瀟洒な建物で、のちには跡継ぎの夫婦が新婚生活を過ごしたこともありました。 -
福西本店 離れ(数寄屋)
第1次世界大戦、関東大震災、中国大陸と戦争が続き、日本は不景気になり商売が難しくなっている中、昭和5年に10代目伊兵衛は離れを造りました。11代目伊兵衛の新婚用の離れです。 -
福西本店 離れ(数寄屋)
染付花瓶
12代目伊兵衛の時に布団屋を営んでいましたが、お店の運営がうまくいかなくなりました。 -
福西本店 離れ(数寄屋)
夏山の景図(相田直彦)
建物が人手に渡り壊されるおそれがあり、地元の経済界の人たちが会社を立ち上げ建物を買取り、2018年6月にリニューアルオープンしました。 -
福西本店
細工が粋ですね。
郷土料理を食べ、お土産を購入し、街歩きを楽しんだ1日でした。
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この旅行記へのコメント (8)
-
- aoitomoさん 2023/01/17 23:55:31
- 会津街歩き満喫ですね~
- まほうのべるさん こんばんは~
東山温泉『向瀧』が気になってネットで調べたら、
公式HPに3Dバーチャルツアーというのがあって内部の雰囲気も楽しめました。
https://my.matterport.com/show/?m=pf7TEg6f7tK
こんな場所にも泊まってみたいです。
飯盛山『さざえ堂』
和風の建築物なのに上りスロープで頂上まで行って
下りスロープで裏口に出るという一本道。
構造も外観も面白いですね~
参拝したくなります。( ´艸`)
『会津武家屋敷』
リアルな人形も配置されたりして、
分かりやすいですね~
コメントも楽しめました。
会津歴史資料館の『什』の掟
年長者にはお辞儀を・・( ´艸`)
はっきりと書いてあるのが面白いです。
『什』を守る人々はお辞儀もうまかったのでしょうね。( ´艸`)
鶴井筒『ネパール博物館』
それこそネパールの博物館に訪れた気分になってしまいますね~
これも見ていて飽きません。
福西本店『店蔵』
黒光りで立派で頑丈そうで風格もありびっくりですね~
さらに福西家の歴史も楽しめました。
いつもながら丁寧な旅行記
楽しませていただきました~
aoitomo
- まほうのべるさん からの返信 2023/01/20 22:36:24
- RE: 会津街歩き満喫ですね?
- > まほうのべるさん こんばんは?
こんばんは、aoitomoさん。
いつも書込み有難うございます。
> 東山温泉『向瀧』が気になってネットで調べたら、
> 公式HPに3Dバーチャルツアーというのがあって内部の雰囲気も楽しめました。
> https://my.matterport.com/show/?m=pf7TEg6f7tK
> こんな場所にも泊まってみたいです。
3Dバーチャルツアー参加しまし
ちょうど写真を撮っている時にチェックアウトのお客様のお見送りを見かけ、とても温かさを感じ是非泊まってみたいなと思いました。宿の魅力を伝えるためにHPでいろいろなことをなさっているんですね。
> 飯盛山『さざえ堂』
> 和風の建築物なのに上りスロープで頂上まで行って
> 下りスロープで裏口に出るという一本道。
> 構造も外観も面白いですね?
> 参拝したくなります。( ´艸`)
今までなぜか?一度も行ったことがなかったので、どうしても気になって行かなくちゃって思ったんです。小さな建物なんですが、上りと下りが別のスロープになっていて、とても不思議な空間でした。
> 『会津武家屋敷』
> リアルな人形も配置されたりして、
> 分かりやすいですね?
> コメントも楽しめました。
会津武家屋敷はとても広い家老のお屋敷で、所々説明があり、当時の様子を思い浮かべて見学しました。ただ『自決のシーン』だけ心傷みました。
> 会津歴史資料館の『什』の掟
> 年長者にはお辞儀を・・( ´艸`)
> はっきりと書いてあるのが面白いです。
> 『什』を守る人々はお辞儀もうまかったのでしょうね。( ´艸`)
『什』の掟は人としての道を説いているわけですが、時代が変わっても現代にも通じるものがある一方、道で食べ物を食べてはいけないとか、婦人と話ししてはいけないとか、ちょっと笑っちゃうものもありますね。
> 鶴井筒『ネパール博物館』
> それこそネパールの博物館に訪れた気分になってしまいますね?
> これも見ていて飽きません。
ネパール博物館は独特の世界があって、異次元に迷い込んだようでした。
できれば『鶴井筒』でゆったりと食事をしたかったのですが。
> 福西本店『店蔵』
> 黒光りで立派で頑丈そうで風格もありびっくりですね?
> さらに福西家の歴史も楽しめました。
福西本店は重厚で、通りでひときわ目立っていました。
さざえ堂とともに今回の旅で楽しみの一つでした。
> いつもながら丁寧な旅行記
> 楽しませていただきました。
もうちょっと写真を整理して見やすい旅行記を作りたいのですが、文才はないし
悩みはつきません。
まほうのべる
-
- クサポンさん 2023/01/17 18:57:01
- 福西本店
- まほうのべるさん
クサポンです
会津はもう一度行きたいランキングでかなり上位!
街の雰囲気もよく、会津の方の意気込みを感じました。もちろん食べ物が美味しかった要因ですけどね。
福西本店は前回時間の関係で入館しないで心残りがありました。
外から見たら磨き上げられた床が印象的で気になっていたんです。
旅行記で見る事が出来て、今度は自分の目見たいと思いました。
これからも丁寧な解説とともに楽しみにしています(^。^)
今年もよろしくお願いします。
- まほうのべるさん からの返信 2023/01/18 22:53:07
- RE: 福西本店
- > まほうのべるさん
> クサポンです
こんばんは、クサポンさん。
いつも書込み有難うございます。
> 会津はもう一度行きたいランキングでかなり上位!
> 街の雰囲気もよく、会津の方の意気込みを感じました。もちろん食べ物が美味しかった要因ですけどね。
会津若松は街歩き・歴史探訪・お土産などの買い物・食事やお茶・お城など旅人の心くすぐるものがたくさんあって、だからこそたくさんの人々が訪れているのですよね。
> 福西本店は前回時間の関係で入館しないで心残りがありました。
> 外から見たら磨き上げられた床が印象的で気になっていたんです。
福西本店は外観も素敵で、通りでひと際際立った建物でした。
もちろん内部もとても興味深く、次回、会津若松を訪れた際には、是非行かれてください。
> 旅行記で見る事が出来て、今度は自分の目見たいと思いました。
お店の方に案内していただけるので、お話を聞いているだけで楽しいですよ。
> これからも丁寧な解説とともに楽しみにしています(^。^)
写真だけが多くてまとまりのない旅行記ですが、少しでも役に立てることが出来たら嬉しいです。
> 今年もよろしくお願いします。
こちらこそよろしくお願いいたします。
まほうのべる
-
- 尚美さん 2023/01/17 04:47:46
- 私も、さざえ堂
- べるちゃん、おはようございます。
スロープコンベアって呼ぶんですね、エスカレーターとか動く歩道とか言わずに。でも、坂が多い地形だと助かりますよね。
さざえ堂、行った事ないんですが大好きなんです。いつか行きたい。
会津若松市役所、旧、かな?フェンスで囲われているようですが、今は使われていないのでしょうか?
七日町通りには、素敵な洋風建築がいくつもあるんですね。こんなにあるなんて予想以上。見てみたいです。
11月に行かれたんですね。以前、冬の間は行けないと書いておられたから、次の旅は雪のシーズンが終わってからですか?
尚美
- まほうのべるさん からの返信 2023/01/18 22:28:01
- RE: 私も、さざえ堂
- > べるちゃん、おはようございます。
こんばんは、尚美さん。
いつも書込み有難うございます。
> スロープコンベアって呼ぶんですね、エスカレーターとか動く歩道とか言わずに。でも、坂が多い地形だと助かりますよね。
飯盛山にはスロープコンベア以外に階段があるのですが、急なうえ結構段数があるので、お手頃な料金なこともあり、こちらを利用する人が多いようです。
> さざえ堂、行った事ないんですが大好きなんです。いつか行きたい。
とても気になる建物ですよね。
見学者が少なかったので、2周してじっくり見ることが出来ました。
> 会津若松市役所、旧、かな?フェンスで囲われているようですが、今は使われていないのでしょうか?
会津若松市役所は事前に知らなくて、たまたま通ってその場ですぐに停車して写真を撮りました。歴史的価値が高いことから旧市市役所は一部を取り壊し、同じ敷地に新館を建てる予定だそうです、業務は数か所の場所に分かれて行っているようです。
> 七日町通りには、素敵な洋風建築がいくつもあるんですね。こんなにあるなんて予想以上。見てみたいです。
最近は一つの建物の見学が多くあまり街を歩いていませんでした。
会津若松は7日町通りをはじめ、建物を見て歩くのがとても楽しかったです。
> 11月に行かれたんですね。以前、冬の間は行けないと書いておられたから、次の旅は雪のシーズンが終わってからですか?
2022年最後の旅は12月に那須高原の美術館に行ってきました。
雪道の長距離は嫌だけど、どこかへ行きたい病が発生しているので、早い時期にまた出かけられるといいなと思っています。
まほうのべる
-
- ムロろ~んさん 2023/01/16 10:03:11
- さざえ堂(^_-)-☆
- おはようございます、ムロろ~んです。
会津若松へ行かれた旅行記を拝見しました。
そうそう、私は会津若松で一番印象に残っているのがさざえ堂なんです。
あの造り、何回行っても分からないんですよ(~_~;)。
どーなってるの?歩いてもあら不思議な感じがして。
また行っても分からないままだろうなぁ(^_^;)。
七日町のエリア、散策して楽しいですよね。
歴史ある街並みがきちんと残されていて、整備されてて。
あの界隈、車で行くとちょっとジャマで。でも列車だとちょっと不便で(;´Д`)。
何かとどっちがベターなんだろう?って悩ましい旅先ではありますよ。
わっぱめしもおちびちゃんとべるちゃんも仲良く食べて(´艸`*)。
ほほえましい旅行記を拝見させてもらいました。
ムロろ~ん
- まほうのべるさん からの返信 2023/01/17 22:02:39
- RE: さざえ堂(^_-)-☆
- > おはようございます、ムロろ?んです。
> 会津若松へ行かれた旅行記を拝見しました。
こんばんは、ムロろ〜んさん。
いつも書込み有難うございます。
> そうそう、私は会津若松で一番印象に残っているのがさざえ堂なんです。
> あの造り、何回行っても分からないんですよ(~_~;)。
> どーなってるの?歩いてもあら不思議な感じがして。
> また行っても分からないままだろうなぁ(^_^;)。
そうですよね、さざえ堂気になって仕方がなかったんです。
会津若松には二回行っているのですが、さざえ堂にはまだ行ったことがなかったんです。ちょっと不思議な感覚で、楽しかったです。
> 七日町のエリア、散策して楽しいですよね。
> 歴史ある街並みがきちんと残されていて、整備されてて。
> あの界隈、車で行くとちょっとジャマで。でも列車だとちょっと不便で(;´Д`)。
> 何かとどっちがベターなんだろう?って悩ましい旅先ではありますよ。
会津若松には古い建物がたくさん残っていて、街歩きが楽しいです。
古い建物をカフェやショップなどに上手に利用していて、時間があったら次々にお店に入ってみたかったです。電車はゆったりした気分になって楽しいけれど、車は家から目的地まで直行できるし時間に縛られないからから、今は車の方がいいかな?
> わっぱめしもおちびちゃんとべるちゃんも仲良く食べて(´艸`*)。
> ほほえましい旅行記を拝見させてもらいました。
わっぱめしってご飯自体には味がついていないので、どちらかと言うと釜めしの方が好きです。べるとおちびちゃんは、仲良く食べていましたよ。
まほうのべる
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