2022/10/22 - 2022/10/22
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かつのすけさん
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今回も続日本百名城スタンプをいただきに千葉県佐倉市にある本佐倉城へ
佐倉には日本百名城の佐倉城もありますが、こちらの本佐倉城は小田原平定まであった中世の平山城で、文明年間に千葉輔胤が築城しました
【表紙の写真】本佐倉城
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄
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朝、船橋に寄ってから出発
東葉高速鉄道線に乗って終点の東葉勝田台へ向かいます東葉高速鉄道 東葉高速線 乗り物
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西船橋を出発すると地下へと潜り、お隣東海神駅のホームはそのまま地下にある
西船橋駅 駅
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飯山満駅では一転して高架上にホームがあり
飯山満駅 駅
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北習志野駅からは船橋日大前駅の勝田台側まで再び地下を走り
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八千代緑が丘・八千代中央・村上と再び高架上の駅で
村上駅 駅
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終点の東葉勝田台駅は再び地下駅
東葉高速線は全線16.2kmのうち5,875 m(37%)は地下トンネル、9,456 m(59%)は高架橋、774 m(4%)が土工区間なんだそうです
平成8年に開業した比較的新しい路線
元々は営団地下鉄として開業の予定だったものが諸事情で新会社設立による第三セクターでの開業となったこともあり、現在線内運転は殆どなく、ほぼすべての電車がそのまま東西線に乗り入れています東葉勝田台駅 駅
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地下通路を通って京成線の勝田台駅へ
一応駅名は「東葉勝田台」と「勝田台」で異なりますが、東葉勝田台駅の駅名標にもあった通り実質的にはほぼ同じ駅として乗換駅にもなっています勝田台駅 駅
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快速特急成田行き
以前は特急が成田空港行、都営浅草線からの直通快速が京成佐倉行でしたが、特急成田空港行が快速特急成田行に、快速京成佐倉行が京成成田空港行に変更されていました -
と言うことで次の停車駅京成佐倉で向かいのホームに停車中の
京成佐倉駅 駅
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快速成田空港行に乗換
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乗り換えて1駅目 つまりお隣の大佐倉駅で降ります
何でもこの駅が京成電鉄の中で乗降人員が一番少ないそうです大佐倉駅 駅
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改札を出たところに続日本百名城スタンプがあります
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ということで無事にスタンプをいただきましたが、折角なので大佐倉城に行ってみましょう
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駅前にあった案内図
2つ並んでいますが、左(←)は実際の方向に合わせていて(向かって右が佐倉駅方面)、右(→)は北を上にしているため(同左が佐倉駅方面)全く逆の向きで表示されています
両方を見ていたらどっちがどっちだかわからなくなります -
成田方面へ線路沿いに歩いて勝胤寺
享禄5年千葉勝胤の開基だから勝胤寺と言うそうです
千葉勝胤は本佐倉城を築城した輔胤の孫で、この時代が一番本佐倉城が栄えた時代だったそうです -
御本堂の隙間から仏像が顔を覗かせています
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本堂裏右手には佐倉城主千葉胤富などの菩提を弔った石塔があります
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線路を越えて本佐倉城です
この「東光寺ビョウ」は本佐倉城の正面玄関ともいえる場所だそうですが、何の場所なのかはわかっていないよう -
東山虎口
ここから登ります -
一面黄色い世界
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Ⅴ廓に出ました
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東山から見る景色
中央の辺り山の向こうには筑波山
開けていて見張りには絶好の場所だったそう
ちょうど電車が来ました -
東山馬場の月星紋楯
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そこから下ったところが実は正式な登城口だったのかな(少なくとも現在は駐車場や案内所もあるので)?
本佐倉城跡 名所・史跡
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国史跡本佐倉城跡案内所
スタンプはこちらにもありますが、既に大佐倉駅で押印済なので、スルーして -
再びⅤ廓へ登ります
当時も地形が変わらないなら、ここから簡単に攻めて来られそうなくらい麓から楽に登ってこられる -
城山通路を通って城山へ行ってみます
この通路が城山へ行く唯一の道
幅は180cmで砂で舗装されていたそう -
途中に立っていた木は真ん中でぽっきり!
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城山虎口 嘗てはここに門があったようです
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城山廓(Ⅰ廓)は城主のための空間で、「主殿で来客を迎えたり、会所で庭を眺めながら宴会を催したりしていたことでしょう」とパンフレットには書かれています
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下には先ほどの案内所が見えます
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奥ノ山(妙見廓・Ⅱ廓)へ
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中央の木の下辺りからは発掘調査によって14m四方の一段高い基壇が見つかっており、第5代・8代の城主が元服をした妙見宮の跡だと思われるそうですが、そこに行ってみても何もなく全くどこだかわからない
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真っ白な猫が一匹
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倉跡は3段になっていて、内廓群7廓の中で最も広い廓(Ⅲ廓)
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こちらを進むと城の南側へ出られます
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下ったところに妙見神社
元々は奥の山の妙見宮跡に建っていたものだそうです -
妙見様は千葉氏の守護神で、千葉氏の城があるところには必ず傍らに妙見神社が建っているそう
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この辺りにはかつて中池があり、弁天様が祀られていました
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そばに建っていた本佐倉城の俯瞰写真です
現在いるのは写真の下側 -
この道の反対側は酒々井なんですね
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「水の手」辺り
気づけば道が舗装されていなくなっていました -
セッテイ空堀は本佐倉城の中で最も大規模な空堀
現在の空堀は竹が散乱していて当時よりも攻めにくい状態になっていますね -
セッテイ虎口
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竹がすごいことになってる~
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竹林の小径
この竹「金明竹」と言うらしく、節と節の間に緑と薄い黄色が縞模様のように現れているそうで、この辺りだけに群生しているものなんだそう -
そこを抜けると南奥虎口
発掘調査によって木戸跡や柵列跡、通路跡などがみつかっていて、当時は柵列と木戸によって虎口内部が見えないようになっていたそうです -
さきほど来るときに通った東光寺ビョウに戻ってきました
入口には進入禁止と書かれていたのに人が出てきた~何だろうって思っていたけど、ここが南奥虎口になっていたから人が出てきたんですね
・・・なのになぜ進入禁止? -
再び山を越え城の南側へ
将門町の浅井忠旧宅跡の碑は民家の庭先に建っていました
浅井忠は舊佐倉藩士で明治に洋画家として活躍した方
Wikipediaに「将門町で1863年から1872年までを過ごし」と書かれているので、その時に住んでいたのがここなんでしょうねぇ -
この先地図では行き止まりだったのに、下の方へと下って行く階段がある
方向的にはこっちへ行くと佐倉市街の方だと思うので、、、
ちょっと不安だったけど行ってみよう! -
進んで行ったらこんな湿原っぽいところに出たけど、どこに出るんだ?
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で、この道に出た
何か見覚えある道だと思ったらやっぱり、2019年11月に元上司のお葬式で来た葬祭場へ入って行く道でした
こんなところに出るとは思わなかった
そういえば佐倉に来たのはこの時以来なような気がする ほぼ3年ぶりです -
市街への道の沿道にある佐倉順天堂記念館
このとき
https://4travel.jp/travelogue/10972848
に行きました佐倉順天堂記念館 美術館・博物館
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妙経寺
およそ三百六十余年前に東光院日受上人によって建立された日蓮宗のお寺
赤い門がとても目立っていたので寄ってみました妙経寺 寺・神社・教会
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三谷家住宅
市登録有形文化財に指定されている江戸時代からの呉服太物を扱う老舗として佐倉に唯一残っている商家だそうです
現在主屋・袖蔵・座敷屋が残っていて、袖蔵は明治17年にできたそう
とっても古い建物ですが、現在もこちらの住宅には人が住まれているようで、見学とかはできないようです -
教安寺
花井左門(浄徳院殿雲竜心白居士)の夫人東専院殿松誉春貞大姉を開基として、欣蓮社厭道波大和尚を開山に迎え寛永2年に創建した浄土宗のお寺教安寺 寺・神社・教会
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こちらの金剛地蔵菩薩坐像
像高100.2cm 八葉蓮座の上に座り、享保6年に三界万霊供養のために鋳造されたそうで、佐倉大仏とも云われているそう -
教安寺の前の道路は¬型になっていて城下町の名残が感じられます
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この辺りにはお寺が多く集まっている佐倉の寺町になっています
その中にある甚大寺甚大寺 寺・神社・教会
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この奥に進んで行くと
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佐倉藩主堀田家の歴代のお墓があります
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「不吟院殿又新叢翁大居士」は上野安中藩主・後に下総古河藩の初代藩主となった堀田正俊
後期佐倉藩堀田家の祖
稲葉正則の娘と結婚して春日局の遺領3000石を与えられ、後に幕府の大老等をも務めています
お墓は元々は浅草の金蔵寺にあったものを1936年にここに改葬しています -
故佐倉城主侍従従四位下紀文明公墓
戒名は「文明院見山静心誓恵大居士」
幕末の藩主で、幕末に幕府の老中首座を務めた堀田正睦 -
従二位勲三等伯爵紀正倫卿之墓 堀田正倫のお墓
最後の佐倉藩主で、維新後は佐倉の民衆のために尽力しました -
その境内に佐倉七福神の毘沙門天様
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そのお隣宗円寺
元々は前期佐倉藩初代堀田正盛が松本藩主だった寛永16年に松本に建立した円覚山慧光院の境内に19歳で卒去した正盛の弟堀田佐兵衛安利の冥福を祈り塔頭の寺として建立、寛永19年に佐倉のこの地に移転して来たお寺だそう宗円寺 寺・神社・教会
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境内に入るとすぐにあるのがこちらの七福神寿老人
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御本堂の前にはマスクをしながらお勤めする小僧くん
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佐倉藩は蘭学が発達していた藩で、順天堂の創立者・佐藤舜海のお墓があります
この他にも家老・渡辺弥一兵衛の墓(東山千恵子の実家)、執政・香宗我部家の墓があります -
その前にある嶺南寺
嶺南寺 寺・神社・教会
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こちらの七福神は弁財天
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こちらにも舊佐倉藩士の家のお墓が多くありますが、古い墓石は結構こんな感じで倒れたままになっています
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佐倉に来たついでに図書館でちょっと調べものをして
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このローソン
元々は地元スーパーだったけど、その後はセブンイレブンだったような気がしたけど・・・ -
お隣には「夢咲くら館」
令和5年3月に開館予定の(仮称)佐倉図書館等新町活性化複合施設だそうです -
麻賀多神社
麻賀多神社 寺・神社・教会
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手水には花が生けられていました
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神社の前に立つ碑は「佐倉養生所跡」
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佐倉だけにさくら色(しかも桜の花びらが描かれてる!)のポスト発見!!
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坂を下りる
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重願寺
もとは三河国岡崎にあり、聖徳太子開創にかかる上宮寺の院家だったが、元和元年に土井利勝の佐倉城築城に際して佐倉城鬼門除けとして移建され、天満宮の別当を兼ね、その後元禄年間に現在地へ移る
さきほどの浅井忠のお墓もこのお寺にあります重願寺 寺・神社・教会
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お寺の脇の細い坂を登って行くと
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市役所の裏に出る
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市役所の敷地からは海隣寺にもつながっています
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佐倉藩家老若林家のお墓の前を通って
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海隣寺の正面に
海隣寺 寺・神社・教会
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ここで遅い昼食をいただきます
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最近はコロナの影響もあってこいつが配膳してきますが・・・
時間で帰るのか、センサーがあるのかわからないけど、お皿を全て取る前に帰ろうとしやがって・・・
危うくお皿落とすところだったじゃん -
ハンバーグステーキ
599円と書かれていますが、税込みで659円、ライス・スープセット300円(税込330円)で表向き500円台でも何だかんだで結局1000円近くしてしまいますね -
コロナ禍になって外食産業も衰退し、多くのファミレスも撤退を余儀なくされていますが、ここのステーキガストも撤退したよう
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駅に到着
マンションには西陽が照り付ける京成佐倉駅 駅
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帰りも快速特急(と言っても、佐倉から西は特急と変わらないけど)
京成本線 乗り物
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なんか最近眠たい
ウトウトしてたら日暮里についてしまいました日暮里駅 駅
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