2008/03/11 - 2008/03/12
90位(同エリア276件中)
さっくんさん
メキシコに残る真矢遺跡巡りの旅、後半です。
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お祭りでしょうか?民族舞踏に遭遇しました。
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メキシコの躍りは底抜けに明るいです。
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見ているだけで幸せな気分になれます。
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素敵な夜を過ごせました。
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緑と花に囲まれたプールがあるホテルへ泊まる事が出来ました。さて遺跡巡り後半戦に突入です。
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メリダのカラフルな街並み。
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サンティアゴ アポストル教会。
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メリダの街並み。
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まずカバー遺跡を訪れました。この後訪れるウシュマル遺跡と姉妹都市の遺跡です。
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二体の人物像が出迎えてくれました。
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カバー遺跡に残されたレリーフ。
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正面からご対面です。宇宙飛行士説もあります。
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ピラミッド状の建築が無いので地味な部類な遺跡とも言えますが、そこに装飾される夥しいチャック像等、如何にこの地が水を渇望していたかが伝わり一見の価値はあります。
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チャック神の像。
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カバー遺跡のチャック像。チャックは雨神。ユカタン半島はカルスト地形で雨は大地に浸み込んでしまい川が存在しません。マヤの人々の水の願いが如何に切実だったかが、夥しいチャック像に込められていると思います。
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ウシュマル遺跡を訪れました。マヤ古典期の遺跡でマヤ文化のオリジナル色濃厚な遺跡でもあります。プウク様式が顕著に見られる遺跡で、プウク様式とは様々なモチーフを過剰に装飾するのが特徴です。
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裏面は非常にスッキリとしたデザインです。
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非常に珍しい楕円形のピラミッド、魔法使いのピラミッドです。
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魔法使いが一夜にして築いたと言う伝説が残っています。
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遺跡にはパレンケでは見られなかったチャック神のレリーフが夥しい程装飾され、如何にこの地に暮らした人々が雨を渇望していたかが解ります。
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それが此方、魔法使いのピラミッドの階段部分には夥しい数のチャック像で装飾されていました。
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魔法使いのピラミッドのチャック神にズームイン!
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頂上には神殿がありますが、登る事は出来ません。
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マヤ・アーチの内部。
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マヤ・アーチから覗く魔法使いのピラミッド。
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マヤ・アーチから眺める尼僧院。
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尼僧院中庭。
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魔法使いのピラミッドと連結している立地上、尼では無いでしょうがマヤの神官的存在の住居及び儀式の場ではと思います。僧院に囲まれた広い広場も意味があったものでしょう。
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尼僧院のマヤ・アーチ。
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尼僧院全景。
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尼僧院のひとこま。
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尼僧院と総督の宮殿。
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此処にもチャック神さんがいらっしゃいました。
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ウシュマルを含むユカタン半島はカルスト台地で雨は全て大地に浸み込む為川がありません。明確な貯水施設が見当たらないと言う事は、昔はウシュマルにもセノーテの様な地下水脈にアクセス出来る箇所があったのでしょうか?いくら何でもチャック神だけを頼る訳にはいきませんから。
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グラン・ピラミッド。
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総督の宮殿と名付けられた建築。
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グラン・ピラミッドから魔法使いのピラミッドと尼僧院を眺めました。
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鳩の家と名付けられた建造物。上部の格子窓の形状が鳩の巣の様だった事から名づけられました。壁面しか残っていない事から用途は判明していません。
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グラン・ピラミッドを正面から眺めました。丘の斜面を利用して石を敷き詰めてピラミッド状にしていた事が解ります。
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下から見上げた総督の館。
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遺跡内にはイグアナさんがいっぱい!
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球技場。
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球技場のゴール。サッカーの様に手を使わずこの輪に球を通すらしいです。無理ゲーですってば!
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チャックの神様が此処にもおわします。
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ユカタン半島をひた走ります。
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チェチェンイツァを訪れました。マヤ独自の特徴が顕著な古典期とトルテカ文明との融合した後古典期の二つの時代の遺跡から構成されています。
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天文台であるカラコル、壁面彫刻の神殿、エル・オサリオ、尼僧院のグループは古い時代に築かれた旧チェチェンイツァ、以外を新チェチェンイツァと時代によって分けられています。
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壁面彫刻の神殿。
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教会と名付けられた建物。此処にもチャック神が多数装飾されています。
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此方にもチャック像が。特徴的な逆鉤鼻ですぐ解ります。
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尼僧院と名付けられた建物。教会と言い、キリスト教圏的想像の下の命名でしょう。
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天文台のカラコルです。どの古代遺跡も同様ですが、天文の知識を得て農耕のタイミングを掴む事が国家運営の最重要課題でした。
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マヤ暦は四つの暦を使い分けており、その全ての暦が合わさる時、何かが起きると信じられていました。この事から2012年地球滅亡説が持ち上がりました。
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幾つもあるマヤ文明滅亡説の中には、この暦を読み解いて、マヤ人が自ら都市を放棄して移動した事で街が廃墟化し遺跡となったと言う説さえあります。
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エル・オサリオ、大祭司の納骨堂。
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エル・オサリオの階段にもククルカンがいらっしゃいました。
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美しいピラミッドです。そのスタイルから、これがカスティージョへと繋がったと考えて良いでしょう。
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カスティージョと左奥に戦士の神殿。
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戦士の神殿。新旧チェチェンイツァ文明の違いは、新時代に突入するとトルテカ文明の影響が受け、それに伴い好戦的な像やレリーフ、生贄や髑髏、ククルカンの信仰等が加わりました。人口が少なく雨(水の確保)だけ心配すれば暮らせた時代から、人口が増え、国内の問題と共に異民族との闘いも加わった世知辛い時代に突入したと言う事でしょうか?
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戦士の神殿。階段上中央の横たわる像チャック・モール。この像の上に生贄の心臓を捧げたと言われます。
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千本柱の間。
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別角度から千本柱の間。
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カスティージョ。東西南北に91段の階段があり、祭壇の一段を加える事で365段となり、マヤ?の一年に該当します。
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ククルカンとは羽を持つ蛇の姿をした農耕の神で、春分、秋分の日にカスティージョの階段下部にある蛇の頭から階段に太陽光が当たる事で、光と影によりまるで蛇がピラミッドから降りてくる様に見える現象が起こります。
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ツォンパントリは生贄の台座。アステカ族の言葉で「髑髏の壁」を意味します。
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大球技場。
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ジャガーの神殿。
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スチーム・バスとして機能したテマスカル。
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球技場のレリーフ。首を切り落とし飛び散る鮮血が蛇と化す。
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此方は・解読不能です。ごめんなさい。
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球技場です左右の壁面の上にある円状の穴に手を使わず球を潜らせると得点となります。勝者は栄光を讃えられなんと生贄になる事が出来るのです。マヤでは生贄になる事は名誉な事だったそうです。
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マヤ遺跡ではこの様に何かにつけて生贄、そしてそれに関する儀式が有名ですが、ひとつ心に留めておきたい事があります。歴史はいつも勝者の立場で伝えられます。征服者であるスペインが、征服する正当性を強調する為に、生贄と言うセンセーショナルな部分を強調した形跡もあります。今、伝えられている全てを真実だと受け止めるのは多少リスクを感じます。
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鷲とジャガーの基壇
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これだけの文明を築きながら何故マヤ文明は滅んでしまったのでしょう?それは未だ解明されていません。只此処チェチェンイツァが後期になるとトルテカ文明と言う外部の文明の思想を大きく導入し、より戦闘的なスタイルへと変貌した事から、外部の民族との闘争、特に水資源が乏しい地域がら、水資源の確保を巡った地域の取り合い等が生じ、そこへ天変地異等の厄災、疫病等が発生した事から都市としての機能不全に陥り、定住出来る地域を探し離散、それ以降はピラミッド等を造営する風習は消失してしまったのかもしれません。
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セノーテを訪れました。ユカタン半島には川が無く、その代わり地底湖が存在します。地上にそれが口を開けている所、それがセノーテです。
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チェチェンイツァと言うその名の語源は泉の畔のイツァー人と言う意味で、如何にセノーテと言う水源が重要だったかが解ります。
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命の頼りの綱の水源ですから、神聖な場所でしたが、生け贄を捧げた場所でもあったそうです。死体等放棄したら疫病の源なのですが…。
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植物の根が垂れ下がり、まるで蜘蛛の糸の様です。
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私も泳ぎたかったなぁ。
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旅の最後は底抜けに明るい民族舞踏で締め括りました。
最後までご覧になってくださり、ありがとうございました。
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