2022/03/29 - 2022/03/29
56位(同エリア529件中)
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パッピーさん
この旅行記のスケジュール
2022/03/29
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徒歩での移動
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豊橋カトリック教会 7:24-7:31
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徒歩での移動
7:31-7:40
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徒歩での移動
7:43-7:47
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徒歩での移動
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豊橋駅ペデストリアンデッキ
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電車での移動
11:07 浜松行
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この旅行記スケジュールを元に
青春18切符を使い、2泊3日で東海の城巡り。桜色の駿府城、掛川城、犬山城、岐阜城、吉田城、浜松城を巡る お得な1人旅。⑥は最終日の吉田城(豊橋)をアップします。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 高速・路線バス JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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https://4travel.jp/travelogue/11769516 の続きです。
☆The Third Day☆ 3月29日 (火) ⑥
(写真) 6:27 色とりどりの生野菜。(ジャストインプレミアム豊橋駅新幹線口 無料朝食)
朝食は6:30開始ですが、前日早めに開いていたので時間前に行って、先ずは写真を撮りました。 -
(上写真) 6:26 ヨーグルトだったかな?
(下写真) 6:27 スクランブルエッグ、ウィンナ、ヴェジタブルスープ。
その後、ポリ手袋をつけて盛り付け。 -
(写真) 6:36 朝からドッサリ。パンはラップにくるんであるのでテイクアウト。
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(写真) 6:36アクリル板でコロナ対策バッチリですが、学食みたい。
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(写真) 6:36 使い込んだカードキー
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(写真) 6:36 ドアでかざすタイプ
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(写真) 7:02 ジャストインプレミアム豊橋駅新幹線口
荷物をフロントに預けて、出発。本当に便利なロケーション。 -
(写真) 7:05, 7:07新幹線口(/西口)から東口に向う。
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(写真) 7:08, 7:09 写真の時間はデジカメの時間
東栄ビルの表示は、7:10, 11℃。 -
(写真) 7:09 階段を降りて、路面電車(豊鉄市内線)乗り場へ。
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(写真) 7:10, 7:11 路面電車で吉田城に向います。スイカ使えました。区間均一運賃で\180。
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(写真) 7:19, 7:22 市役所前駅下車。 電車は道の中央に止まります。青になるのを待ち横断歩道を渡るとこちらの建物がありました。上の写真の女性の後を進めば吉田城のある豊橋公園です。吉田城鉄櫓は10時からですので、その前にブラブラ。
(ところでサーモンピンクのタイル塀?の上のオブジェはなんでしょうか?)
市役所前駅から豊橋市公会堂は見えますが、建物まで行くには、上の写真の通りを渡るので信号を2度待ちました。下写真のロマネスク風の美しい建物が豊橋市公会堂。 -
(写真) 7:22 公会堂前でカラフルなマンホールアート発見。
こちらは市電マンホールで、公会堂と市電と市花(つつじ)です。他にも、手筒マンホール、船マンホールがあるのですね。 *https://www.city.toyohashi.lg.jp/24916.htm -
(写真) 7:23藩黌(/校)時習館址の碑 豊橋市公会堂前の角にあります。
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(写真) 7:24豊橋市公会堂西側。半球ドームを羽ばたく大鷹が囲む。
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(写真) 7:24 豊橋カトリック教会
藩黌(/校)時習館址の碑を右折すると教会が見えた。 -
(写真) 7:25 豊橋カトリック教会
聖母子像と鐘。この組み合わせ初めて見た気がする。 -
(写真) 7:25 豊橋カトリック教会入口の掲示板
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(写真) 7:27 豊橋カトリック教会のステンドグラス
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(写真) 7:28 豊橋カトリック教会
席は一席ずつ空けてありました。 -
(写真) 7:28 豊橋カトリック教会
カトリック教会の祭壇に十字架に架けられたイエス像があるものと思ってましたが、こちらの教会には3人の像(東方の3賢者ではないですよね)が描かれその上に小さめな木の十字架。
祭壇そばに黒い服を着た人がいたので、教会の関係者と思いハリストス正教会の場所を尋ねた。礼拝に来ていた外国人のようだったが、別の教会があることを教えられた。 -
(写真) 7:29 祭壇に近寄って、向って右側の聖母子像と、
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(写真) 7:29 左側の王冠を被って銀の玉を持っている像を撮る。
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(写真) 7:30ドアの両脇にあったP+十字架+魚+波線+輪 何だろう?
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(写真) 7:34 豊橋公園の方に向かう。満開の桜。
右手には可愛い路面電車が走ってました(^^♪ -
(写真) 7:37 時計付き太陽エネルギー灯。 無限かつ無公害の太陽エネルギーを電気にかえるのだそうです。
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(写真) 7:38 豊橋公園の前を通ると
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(写真) 7:38 三の丸口門跡があり
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(写真) 7:40 工事中でした( ;∀;)
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(写真) 7:40 豊橋ハリストス正教会
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(写真) 7:40 色々傷んだ所があったのですね。
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(写真) 7:43 2本の木と2羽の鳥。工事が終わった頃に又来よう。
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(写真) 7:47 吉田城と城下町 歴史をたどる観光マップ
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(写真) 7:48 豊橋公園案内図 日本の歴史公園100選に入ってます。
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(写真) 7:49 春祭り中でした。ソメイヨシノ満開。
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(写真) 7:49 歩兵第十八聯隊(豊橋市今橋町・豊橋公園)説明
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(上写真) 8:00 花時計
(下写真) 8:01 朝ドラ「エール」のテーマ・ガーデン
古関金子の出身地でしたか! -
(写真) 8:01 豊橋市歌
市歌なんてあるんですね。スゴーイ。
調べたら、わが市にもありました(>_<) -
(写真) 8:01, 8:02 「エール」ポスト
2020年に放送された連続テレビ小説「エール」のモデルとなった古関裕而さん、金子さんご夫妻の出会いが文通から始まったことにちなんで、「皆様の想いを届け、「エール」を送る」という願いを込めて「エール」ポストを設置しました。
と「エール」ポスト 説明板にありました。 -
(写真) 8:04 友好の森プレート、友好の森
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(写真) 8:05 二つの友情
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(写真) 8:05 豊橋市美術博物館 時間の関係で外観のみ
開館時間9:00-17:00
休館日 月曜(有料企画展開催中の月曜日が祝日の場合は開館し、翌日の火曜日が休館)、年末年始(12月29日~1月3日)
1970年動物園閉鎖後の跡地に作られた。1979年竣工。
!!令和4年10月17日~令和5年度後期 休館!!
*http://www.toyohashi-bihaku.jp/ -
(上写真) 8:05 地方役所跡 石碑があるだけでいつのものか分かりません。何でもかんでも写真とっても意味なかった( ;∀;)
(下写真) 8:06 こちらは単なる池か? -
(写真) 8:11 ソメイヨシノ(豊橋公園)
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(写真) 8:12 ソメイヨシノ(豊橋公園)
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(写真) 8:12 ソメイヨシノ(豊橋公園)
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(写真) 8:13 桜の向こうには豊橋市役所
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(写真) 8:14 日時計
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(写真) 8:15 富田良穂 歌碑
「三河なる 二葉の松の 生立てる 今はときはの 色にいづらむ」 と彫られている。
*https://www.net-plaza.org/KANKO/toyohashi/hito/tomita-yosiho/index.html -
(写真) 8:16 野面積みの石垣
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(写真) 8:17 冠木門跡
コロナウィルス第6波の終息に向け厳重警戒中だったのですね。 -
(写真) 8:18 中村道太 碑
中村 道太(なかむら みちた、天保7年3月10日(1836年4月25日) - 大正10年(1921年)1月3日)は、幕臣、明治・大正期の実業家、教育者。*Wikipedia -
(写真) 8:18 中村道太 の経歴
なんて書いてあるのでしょうか?裏も写したのですが、拡大しても部分しか読めません。
天保七年生れ、吉田藩士 藩関奉還の徐藩を代表して政府の受取
・・・八十六才の一生を終えた。 -
(写真) 8:20 二の丸口門跡
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(写真) 8:21 戦災復興碑
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(写真) 8:29 豊橋市役所展望ロビーより
市役所の展望ロビー開館時間8:30になったので市役所東館13階展望ロビーへ。 -
(写真) 8:29 とよはし物語館、 豊橋市役所展望ロビー
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(写真) 8:30 とよはし物語館、豊橋市役所展望ロビー
昔の豊橋公園 5 説明文 書き写しました。
「1954(昭和29)年3月に開催された豊橋産業文化大博覧会に合せて吉田城隅櫓(鉄櫓)を再建し、終了後は動物園を開園した。
園内には豆汽車があり、時々猿の運転手が乗った。1970(昭和45)年5月に東高田町に移転し、動物園は閉鎖され、跡地には美術館ができた。
豊橋動物園には動物の展示に合わせて遊園地として多くの子供に愛された。」 -
(写真) 8:30 とよはし物語館、豊橋市役所展望ロビー
豊橋公園には1954~1970年まで動物園がありました。 -
(写真) 8:30 豊橋市役所展望ロビーより東
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(上写真) 8:30 豊橋市役所展望ロビーより 東 浜名湖方面
正面、豊橋公園の右にビニールを被ったハリストス正教会、正面に「二つの友情」の像があり、左に美術博物館、その向こうに豊橋球場。
(下写真) 8:31 窓ガラスの前の台に表示付き写真があるので分かり易いです。 -
(写真) 8:30 豊橋市役所展望ロビーより東
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(写真) 8:32 豊橋市役所展望ロビーより東
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(写真) 8:32 とよはし物語館 豊橋市役所展望ロビー
市電の路線 今と昔を比べてみよう!
日本に路面電車19もあるのですね。荒川線には乗ったことがありますが、世田谷線知りませんでした( ;∀;) -
(写真) 8:33 豊橋市役所展望ロビーより東
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(写真) 8:36 豊橋市役所展望ロビーより吉田城
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(写真) 8:37 豊橋市役所展望ロビーより吉田城
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(写真) 8:37 豊橋市役所展望ロビーより吉田城
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(写真) 8:38 豊橋市役所展望ロビーより 豊川
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(写真) 8:38 豊橋市役所展望ロビーより 豊城中学校、豊川
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(写真) 8:40 豊橋市役所展望ロビーより吉田城
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(写真) 8:41 豊橋市役所展望ロビー表示付き写真 北
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(写真) 8:41 豊橋市役所展望ロビーより北方向
直ぐそばのグランドは豊城中学校。中学そばに吉田大橋。豊川に架かるその先の橋は豊橋。 -
(写真) 8:42 とよはし物語館、豊橋市役所展望ロビー
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(写真) 8:42 手筒花火体験パークがありましたが、写真があったことしか覚えていません。
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(写真) 8:42 TOYOCKYが手筒花火を持っています。
豊橋市市制施行100周年を記念して、とよはし100祭のマスコットの募集を行い、「トヨッキー」が愛称に決定。
◎デザイン
豊橋の鬼なので、豊(トヨ)+鬼(キ)=トヨッキー
豊橋市の「ハイテク」分野での発展を象徴するために、 「鬼まつり」の赤鬼をロボット風にアレンジ。 アレンジのモチーフとして、漢字の「豊」を使用。
*https://www.city.toyohashi.lg.jp/6554.htm -
(写真) 8:45 展望写真をもう一枚を撮って豊橋公園に戻ります。
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(写真) 8:56 ソメイヨシノ遠景も良いけど アップが好き。
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(写真) 8:57 此処に歩兵第百十八聠隊 の石碑
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(写真) 8:58 舊藩祖豊城神社の碑
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(写真) 8:58 吉田城説明板
吉田城略史、吉田城の縄張り、吉田藩士屋敷図 -
(写真) 8:58 歩兵第十八聠隊之址 石碑
黒い石に刻まれた文字略判明するも旧字体も多く
完全とは言い難い。検索するも見つけられず、
苦し紛れに観光協会に夕刻にメールすると
翌日ご丁寧な解説付きの返信を戴いた。
許可を戴きましたので下記掲載します。
判読できたにしても、チンプンカンプンだった筈。
本当に有難うございました。
「祭
歩兵第十八連隊将卒
耳底猶存す
吶喊の声
軍歌整々
堅城を壓す
満腔の熱血
天子に捧げ
竹帛千年
姓名を留む
正五位 佐藤正 」
(大訳)
まだ耳に残っているとっかんの声、
軍歌はよく揃い堅固な城を落とした。
全身に満ちる血を天皇に捧げて、
長い歴史にその名を留める。
※耳底(じてい)-耳の奥
吶喊(とっかん)-鬨(とき)の声、一斉に大声をあげること
整々(せいせい)-整然とすること、よく整っていること
壓す(へす・あつす)-圧倒する、屈服させる
満腔(まんこう)-からだじゅう、満身
天子(てんし)-天皇
竹帛(ちくはく)-書物、歴史
◎佐藤 正
-明治期の軍人、明治24年(1891)に歩兵第18連隊長となった。
明治27年(1894)から始まった日清戦争に従軍し、翌年3月の平壌攻略戦に元山支隊として参加し玄武門を攻略した。 -
(写真) 8:59 金柑丸跡
☆金柑丸 「今橋城の本丸跡と言い伝えられている。」 *http://www.toyohashi-bihaku.jp/wp-content/uploads/2014/02/ydc-panf.pdf -
(写真) 8:59 彌(/弥)健神社の石碑と鳥居
舊藩祖豊城神社の石碑の左奥にある鳥居の右横に弥健神社の碑がある。
豊城神社、弥健神社の双方とも社はない。
弥健神社は「聯隊の営内神社です。現在は軍人記念碑の上に建てられていた神武天皇の銅像が移設されています。」*http://www.toyohashi-bihaku.jp/?page_id=4348 -
(写真) 9:00 神武天皇銅像
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(写真) 9:01 神武天皇銅像
略記
このご銅像は、明治27年、8年の日清戦役後建てられた戦勝記念碑上に奉安した、神武天皇のお姿であります。
・・・
玉くしげ みずらに風の 吹きやまば
この国原は 安らけくあらじ
昭和40年11月23日
豊橋市民 丸地古城 -
(写真) 9:01 吉田城鉄櫓の入口
工事中の為遠回り。 -
(写真) 9:02 空堀か?
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(写真) 9:03 野面積み石垣
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(写真) 9:03 裏御門跡
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(写真) 9:04 野面積み石垣
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(写真) 9:04 工事中です( ;∀;)
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(写真) 9:04 本丸井戸跡
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(写真) 9:05 吉田城鉄櫓
やっと着きましたが、内覧は10:00からです。
!!!吉田城パンフレットは豊橋美術博物館で!!!
本日 8/26 吉田城パンフレットなるものの存在を知りました。豊橋美術博物館のホームページ http://www.toyohashi-bihaku.jp/ からダウンロードできます。 又電話で確認しました所 豊橋美術博物館に行くと こちらのパンフレットあるそうです。 -
(写真) 9:07 武具所跡と表示がありますが、展望台のようなところ
吉田城鉄櫓の東側にあります。 -
(写真) 9:07 武具所跡より野面積み石垣
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(写真) 9:07 武具所跡より吉田城鉄櫓
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(写真) 9:08 武具所跡より豊川を見晴らす。ピクチャレスク!
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(写真) 9:08 武具所跡より吉田城鉄櫓北東面
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(写真) 9:09 武具所跡より吉田城鉄櫓東面
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(写真) 9:10 武具所跡より豊川を見晴らす
見るだけなら安心ですが、こちらの階段急勾配ですのでご注意! -
(写真) 9:10 池田輝政時代の野面積み石垣
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(写真) 9:21 北御多門跡
鉄櫓の開館の10:00まで周辺散策。 -
(写真) 9:23 一文字一星 片輪車 か? 薄っすら見えると感じるところを赤で囲みました。
刻印のことに詳しそうな方に言われた辺りを撮ったのですが。刻印と言われただけで「一文字一星 片輪車では?」と思っているのは 私だけですが、8割方自信あります(^^♪
☆名古屋城築城用の転用石
「各地の城の多くの刻印は幕命による天下普請の城に見られるものであるが、ここ吉田城に見られるのは名古屋城築城用の残石を転用したためと考えられている。」*http://www.toyohashi-bihaku.jp/wp-content/uploads/2014/02/ydc-panf.pdf -
(写真) 石垣刻印 一文字一星片輪車画像
下記サイトの刻印地図を既に印刷して持っていたので、吉田城の石垣刻印案内板の写真撮っていません。画像は下記画像印刷の「一文字一星片輪車」部分を参考の為、写しました。 *https://kojodan.jp/castle/180/memo/876.html -
(写真) 9:25 写真でみると分かりますと言われたので こちらの石垣も写しましたが(>_<)
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(写真) 9:27 腰曲輪跡
☆腰曲輪 豊川に面した部分の防御のために造った曲輪。*http://www.toyohashi-bihaku.jp/wp-content/uploads/2014/02/ydc-panf.pdf -
(写真) 9:27 こちらの階段 急勾配で降りるのが怖かった。
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(写真) 9:28 算木積みの部分が苔むしていていいでしょ。
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イチオシ
(写真) 9:32 豊川が鏡のよう。
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(写真) 9:34 野面積み石垣。刻印見つけられず。
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(写真) 9:34 空堀
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(写真) 9:38 豊川遊歩道脇のスミレ
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(写真) 9:41 吉田城鉄櫓
鉄櫓は昭和29年復興。 -
イチオシ
(写真) 9:41 桜と吉田城鉄櫓
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(写真) 9:42 桜と吉田城鉄櫓
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(写真) 9:42 桜越しの吉田城鉄櫓も素敵
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(写真) 9:43 桜と吉田城鉄櫓
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(写真) 9:45 豊川の方から見上げると聳えるようでした。
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(写真) 9:46 美しい算木積み!
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(写真) 9:47 豊川沿いのソメイヨシノの方が個人的には好き。
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(写真) 9:47 何枚も写真撮りたくなります。
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イチオシ
(写真) 9:48 豊川をバックにソメイヨシノ。
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(写真) 9:48 豊川をバックにソメイヨシノ。
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(写真) 9:49 豊川をバックにソメイヨシノ。
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(写真) 9:50
鉄櫓に戻ります。今更ですが、てつやぐらでなく「くろがねやぐら」と読みます。 -
(写真) 9:51
浜松城、観光後 青春18切符利用で東京に戻るので、一番に入って駆け足で鉄櫓内見学です。 -
(写真) 9:51 まだ閉まっていました。
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(写真) 9:52 鉄櫓跡
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(写真) 9:53 スタッフが掃除を始めました。時間にならないと入れてくれそうにありません。
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(写真) 9:54 感染対策徹底していました。 読みづらいですが、茶色の板には
「この吉田城鉄櫓は、宝くじ
の普及宣伝事業として改修
整備されたものです。
平成十七年九月 豊橋市
寄贈 財団法人日本宝くじ協会」
と書かれています。 -
(写真) 9:58 入り口に手指消毒スプレー
お掃除終わっても直ぐには入れず。ですが一分前には入れて貰えました(^^♪
☆吉田城鉄櫓の内部公開(無料)
※ 外観見学は随時可。
営業日・時間:
火~日 10:00~15:00
定休日月曜日
※ 月曜日が祝日の場合は開館
*https://www.aichi-now.jp/spots/detail/216/ -
ようこそ吉田城 リーフレット表 画像。
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ようこそ吉田城 リーフレット裏 画像。
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(写真) 9:59 城内案内 吉田城1F
こちらのお城も土足OKです。 -
(写真) 9:59 鶴柄の着物に6つの家紋 吉田城2F
ネット検索を総括すると、吉田城の歴代城主の家紋。
三つ柏=牧野家、丸に片喰=酒井家、備前蝶=池田家、重ね扇紋=深溝松平家、三階菱=小笠原家、三蝶円内十六葉菊=大河内松平家の家紋 と思われる。 -
(写真) 9:59 1. 吉田城 築城から廃城まで 説明 吉田城2F
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(写真) 10:00 ケースの中に甲冑が展示されています。 吉田城2F
誰の甲冑でしょうか? -
!!大河内松平家の甲冑!! 吉田城2F
「こちらは吉田城の城主であった大河内松平家の末裔の方より安久美神戸神明社へ奉納されたものだそうです。」
誰の甲冑かと豊橋観光プロモーション課にメールすると即返信が。説明パネルがあったのは覚えているのですが、甲冑の部分の説明と思い関係なし! と写真撮りませんでした。と言う訳で写真は観光プロモーション課が添付ファイルで送って下さったものです。PDFファイルを変換しましたので画像が少し不鮮明です。是非吉田城で実際のパネル説明を御覧下さい。☆吉田城内覧無料☆でーす。本物の甲冑もお忘れなく(^_-)-☆ -
(写真) 10:00 2. 牧野古白と吉田城 吉田城2F
説明板に依れば
1505(或いは1496)年、牧野古白が今川氏親の命により今橋城(吉田城の前身)築城するも、翌年討死。後70年余り、吉田城争奪戦が続いた。 -
(写真) 10:00 吉田城から豊川 吉田城2F
豊川にまるで小島が浮かんでいるようでした。 -
(写真) 10:00 雛飾り 吉田城2F
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(写真) 10:01 7. 酒井忠次と吉田城 吉田城2F
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(写真) 10:01 8. 池田輝政と吉田城 吉田城2F
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(写真) 10:01 9. 吉田城の縄張り 吉田城2F
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(写真) 10:01 13. 吉田城と武家屋敷 吉田城2F
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(写真) 10:02 吉田城(本丸)復元模型
豊橋工業高校建築科制作 吉田城2F -
(写真) 10:02 23. 廃城 吉田城2F
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(写真) 10:02 11. 九つの櫓で構成 吉田城2F
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(写真) 10:03 1. 城下町・宿場町として発展した吉田 吉田城3F
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(写真) 10:03 27. 吉田駒曳銭 吉田城3F
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(写真) 10:04 吉田城下町 推定図 吉田城3F
床のうえに展示されています。 -
(写真) 10:04 吉田城下町 推定図 吉田城3F
床のうえに展示されています。 -
(写真) 10:04 19.伊勢航路としての吉田湊 吉田城3F
読みづらいので書き写します。
「船町一体は吉田湊と呼ばれ、港町として栄えました。吉田藩は吉田川(豊川)河口から約4km上流にありますが、満潮時には海から大型の帆船が入港することができました。そのため伊勢参宮の旅人や奥三河からの物資の輸送拠点として賑わいを見せました。伊勢へは陸路では4日かかるところ、海路では天候が良ければわずか半日で着くことができました。」 -
(写真) 10:05 吉田城鉄櫓から豊川
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(写真) 10:05 吉田城鉄櫓から豊川
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(写真) 10:06 吉田城鉄櫓から豊川
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(写真) 10:06 池田輝政顔はめパネル 吉田城4F
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(写真) 10:07 吉田城鉄櫓から豊川
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(写真) 10:08 14. 吉田の名産、吉田城3F
現在最古の大黒天の鬼瓦。 -
(写真) 10:08 8. 魚町 説明 吉田城3F
魚町は1750年の記録では、吉田宿最大の町。 -
(写真) 10:10, 10:11 ウサギの耳の雛人形。 吉田城2F
吉田城と関わりがあるのかとスタッフに尋ねた。豊橋の女性が作ったのを展示したそうだ。 -
(写真) 10:14 富安風生 の句碑 (豊橋公園)
萬歳の 三河の国へ 帰省 かな と彫られている。
☆富安風生・・・明治18年(1885年)4月16日 八名郡金沢村(現在の豊川市金沢町)で生まれ、高浜虚子 を師とする東三河出身の俳人、昭和54年(1979年)2月22日 94歳で没。
*https://www.net-plaza.org/KANKO/toyohashi/hito/tomiyasu/index.html -
(写真) 10:15 NHKの塔と豊橋市役所 (豊橋公園)
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(写真) 10:16, 10:17 ソメイヨシノ満開(豊橋公園)
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(写真) 10:17 どうして桜まつりでなく春まつり?
春まつり(うめ)、春まつり(さくら)、春まつり(つつじ)と続くのですね。 -
(写真) 10:20, 21 豊橋市公会堂
「3階の2連アーチ窓、丸窓に用いられるステンドグラスなどから、全体にロマネスク様式(城郭風)を感じさせますが、半球ドーム屋根はモザイクタイルを用いており、中近東風の建物を思わせます。」 -
(写真) 10:20 翼を広げる鷲、豊橋市公会堂
ここに建つ2羽の鷲は、昭和6年公会堂建
設当時のもので、ずっと豊橋の街を見守り続
けてきました。鷲たちの翼を広げる雄々しい
その姿を公会堂のシンボルとして残していく
ものであります。
平成14年2月
*説明板 -
(写真) 10:22 豊橋市公会堂
市政25周年を記念し1931年に建てられた。鉄筋コンクリート造3階建てで、玄関には巨大なコリント式列柱を並べ、その両脇には四方に羽ばたく大鷲の彫刻で飾った阪急ドーム屋根の階段室を置いている。設計者は浜松市出身の中村與資平。 *説明板 -
(写真) 10:23 路面電車(豊鉄市内線) 市役所前駅
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(写真) 10:24 時刻表 路線図 市役所前駅
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(写真) 10:24-25 市役所前駅
ICカード使えます。 -
(写真) 10:27-28 市役所前駅
電車が来ます! -
(写真) 10:28 キャラ電です。
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(写真) 10:29 やったー!
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(写真) 10:29 クマクンです。10:28発 駅前行き。
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(写真) 10:38 駅に着きました。
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(写真) 10:38 すぐにドアが閉まりました。「ぼくクックマ」
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(写真) 10:38 ドアはリンゴでしょうか?
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(写真) 10:39 大変!動き始めました。
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(写真) 10:39 クックマ号は 運動公園前 行きに早変わり。
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(写真) 10:39 乗降中のグリーンのランプが点きました。
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(写真) 10:39こちらは降車専用ホームです。
向いのホームから乗車が始まりました。
「でんしゃイノチ」の孫の為に頑張ってたくさん撮りました(^_-)-☆ -
(写真) 10:40 エスカレーターを昇って行くとクックマ号のパンタグラフが見えました。こちらもレアなので孫の為。
☆☆780形
「1997~1998年製造。
名鉄岐阜市内線・揖斐線で運行していましたが、2005年の廃線にともない譲り受けました。
全7両が全面広告車で当線の主力車両です。
前後扉は3枚折り戸、中扉は両開きで扉の開閉と連動してステップが降ります。」
*https://www.toyotetsu.com/shinaisen/train.html -
(写真) 10:44 ウッドデッキのカラフルな花々とユーモラスなブロンズオブジェ
駅に向かって歩いて行くと、カラフルな花々の間にユーモラスなオブジェがありました。グーグルマップで調べると英語名が出ていました。左からBox on Horse on Box Containing Fox Statue, Foxy Watering Can, Crying Baby Statue, だそうです。
この後見たドングリの付いたオブジェの名前が始めは分からず、豊橋観光プロモーション課にメールで問い合わせしました。数日後資料を見つけて下さり返信戴きました。
添付のPUBLIC ART 探検資料によれば
この地方に伝わる民話に題材を求め、藤原 吉志子氏が制作した作品だそうです。 -
(写真) 10:43 豊橋駅東口のウッドデッキ
ウッドデッキ内のオブジェ3品は民話「大西の馬場観音さま」に基づいています。
「若い働き者の馬方が、仕事の帰りに狼に付け狙われ、塩をあげることを約束して食べ られることなく家までたどり着く。が、疲れて寝てしまい、狼に資をと与えるのを忘れてしまったばかりに、大事な馬を食べられてします。馬方は悲嘆にくれ、しばらくして馬の後を追うように死んでしまう。哀れに思った近所の人たちが馬頭観音をおまいりして霊を弔ったという。」 -
(写真) 10:43ウッドデッキ内のオブジェ 1
大西の馬頭観音さま:1 馬と狼。
グーグルマップではBox on Horse on Box Containing Fox Statue. -
(写真) 10:42ウッドデッキ内のオブジェ 2
大西の馬頭観音さま:2 狼が馬方と馬を付け狙う。
グーグルマップではFoxy Watering Can. -
(写真) 10:41ウッドデッキ内のオブジェ 3
大西の馬場観音さま:3 狼にウマを食べられて悲嘆にくれる馬方。
グーグルマップではCrying Baby Statue. -
(写真) 10:44, 10:45 コンコース入口そばには色とりどりのプリムラの柱
-
(写真) 10:46 豊橋駅カルミア店 館内案内
前日買物した成城石井と鮮魚丸忠の写真撮り忘れたので行こうかな?でも何も買わずに写真だけはと遠慮して案内板だけ写す。
次の浜松行電車は11:07にはまだ時間があったので西口ペデストリアンデッキに戻る。 -
(写真) 10:50 デッキ植栽内のオブジェ 1
金次の椎の木: 1 by 藤原 吉志子
グーグルマップではAcorn Abundance
グーグルマップ検索するも植栽内のオブジェ1,2の名前が見つからず、豊橋観光プロモーション課にメールしました。この2つは余り心惹かれず一枚ずつ撮っただけなのですが、これが思いがけない収穫となりました。この2枚の写真がなければグーグルマップの名称からこれらのオブジェがこの近辺の民話に由来すると推測できなかったでしょう。 -
(写真) 10:49 デッキ植栽内のオブジェ 2
金次の椎の木: 2 by 藤原 吉志子
グーグルマップではGrowth Cycle
既にご紹介した 資料によれば
民話「金次の椎の木」 の粗筋
「大きな椎の木の持ち主である金次は、けちで椎の実を誰にもあげなかったが、弘法大師の戒めによって改心し、広い心を持った人間になって人々に椎の実を分け与え、尊敬をあつめた。そして、王大きな椎の木は『金次の樫の木』と呼ばれるようになったという。」 -
(画像) 豊橋東口駅前広場 PUBLIC ART 探検 現在こちらのチラシの在庫はないそうです。
デッキ・広場周辺パブリックアート (豊橋観光プロモーション課のスタッフが添付ファイルで送って下さった資料)
地平部植栽内のユーモラスなねことキツネのオブジェ見てません。
又、目にした筈ですのにシンボルアーチの下に池があったの失念。池に浮かぶオブジェは大北 利根子氏作だそうです -
(写真) 10:51 !トラムが走る賑やかな駅前大通りのアートも楽しい!
緑のSINFONIAの広告トラムが通ります。
お目当てはトラム手前の2人の子供を抱くパパの像です。ドングリのオブジェやトラムは偶々。
王将の前2人の女性の通行人の足元に注意(^^♪ 「座布団の上のねこ」(Corner Cat)のオブジェ発見。 今更ですが(>_<) -
(写真) 10:51 と今度は最新車両、白に横長のヒローイ窓のほっトラム
☆☆T1000形 ほっトラム 車いす対応車両
「2008年に製造された狭軌軌道事業者において純国産で初となる全面低床車両(LRV)です。
東三河地区を指す『穂の国』と『ほっ』と和むイメージ、路面電車を意味する『トラム』を組み合わせた『ほっトラム』の愛称で親しまれています。」
※運動公園前方面には乗り入れていません。
*https://www.toyotetsu.com/shinaisen/train.html -
(写真) 10:51 育愛 イクメンの鑑(^^♪
今更ですが駅前通りを更に進むと「花束」の像、その斜め前(駅前通りを挟んで)には「遠足」の像があります。 -
(写真) 10:52 豊橋駅前通りのパチンコ店屋上のロケット
屋上のロケットが気になり写真撮りました。USAとあるので何か謂れがあるのか調べてはみましたが、何もヒットしない(>_<) -
(写真) 10:57 豊橋駅 改札内にも飲食店ありました。
-
(写真) 10:58 11:07発浜松行に乗り、浜松城に向います。
ここまでお付き合い下さり有難うございます。
最終、浜松城編 気長にお待ち下さい。
8月26日 パッピー
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