2022/03/27 - 2022/03/27
107位(同エリア576件中)
パッピーさん
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青春18切符を使い、2泊3日で東海の城巡り。桜色の駿府城、掛川城、犬山城、岐阜城、吉田城、浜松城を巡る お得な1人旅。1日目 後半になります。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
https://4travel.jp/travelogue/11746269 静岡編の続きです。
☆The First Day☆ 3月27日 ②
13:04 静岡発 浜松行きにて 13:48掛川着
(写真) 13:53 「暁光」の像
掛川駅で降りて北口へ。駅前から掛川城跡に向かう、掛川停車場線(#254)の西側の遊歩道を歩くとアミカ掛川店の前でアート発見。「暁光」とは、明け方のことなんですね。旅行記作るっていいですね。スルーしていた事を調べるのでボケ防止になります。写真を撮った時は裸婦と思ってましたが、薄いネグリジェを着ているんですね。因みに像は南を向いて立っていました。
掛川思ったより都会でした。食事処も彼方此方にありました。でもランチ終わっているお店ばかりで。 -
(写真) 13:55「たかい たかい」の像 掛川停車場線遊歩道
私だって昔は「たかい たかい」しました! 今はいつも腰痛に注意ですが( ;∀;)
更に歩き駅から二つ目の信号を少し進むとレストラン、アミメゾン前にこの親子の像がありました。 -
(写真) 13:59 ねむの木学園「やさしいお店」の壁画。宮城まり子さんがねむの木学園のこどもたちと一緒に描いた絵。
連雀西の信号を更に進むとなまこ壁に女性と4人の子どもが描かれていた。 -
(写真) 13:59 ねむの木学園のこどもたちの意向で塗り替えしていないそうです。
「ねむの木学園」30年以上前に夫の運転で家族で行きました。懐かしいい! 掛川初めてと思ってた(>_<)。亡母へのお土産のマグカップ今でも息子宅に有。掛川城跡があることすら当時は知らず。 -
(写真) 14:05 「菜の花」掘り炬燵風の席
早朝に朝食を取ったので 空腹に耐えられず 営業中の 「菜の花」で昼食。
空席はあったのですが、片付けがまだで少し待たされました。 写真の掘り炬燵風の席でなくカウンター席に案内されました。
「菜の花」は 今気付いたのですが、「城下町 掛川まち歩きマップ」(掛川観光協会発行)の裏面に呑み処として紹介されています。 -
(写真) 14:07 「菜の花」カウンター席
カウンター席に変わった花がありました。触って見たら造花でしたが( ;∀;) -
(写真) 14:13 茶 天ぷら そば
天ぷら付きで 920円! 観光地なのに安いな(^^♪ と思ったら。 かき揚げの天ぷら1個付きでした( ;∀;) かき揚げは油濃いものが多く胃もたれする事が多々ですが、こちらのかき揚げは大丈夫でした。
静岡なので茶そばかなと思い選びましたが、不味いとはいいませんが、スーパーで買った茹でそばと味の違いを感じませんでした。蕎麦湯も出てこなかったし。その旨頼まなかったし、駆け込みセーフのランチで無くなってしまったのかもしれません。
お茶を出すのも忘れられ、食事が終わった頃お願いして初めて戴けました。掛川城から逆川を渡って一つ目の信号(城下4-6)にあります。ワザワザ探してまで行く店ではありませんが。 -
(写真) 14:14 メニュー
私の後に来た客が釜飯セットを注文したが、出来ないと断られていた。
14時過ぎのランチですから仕方ないかな。 -
(写真) 14:26
際どい所でした。食べ終わって出ると準備中になっていました。 -
(写真) 14:27
逆川にかかる緑橋。擬宝珠の向こうに太鼓櫓が見えた。 -
(写真) 14:29 懸河旧址 史跡標識
「懸河と呼ばれていたこの場所が、掛川の地名の由来」 -
(写真) 14:29 松尾池跡 説明板
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(写真) 14:29 正保絵図 説明板
城郭監理の為 1644年に徳川幕府に提出された当時の城の正確な絵図。 -
(写真) 14:30 タイルのアーティスティックな正保絵図
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(写真) 14:31 三の丸広場入口玉石垣上の石柱に飾られた鯱と桜。
掛川の桜は早咲きと聞いていたので、満開のソメイヨシノはご褒美。 -
(写真) 14:32 急勾配の階段で四足門へ
ランチでビール飲まなくて良かった。 -
(写真) 14:34白塀に狭間が。木製の屋根は飾りだろうか?
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(写真) 14:35四足門 説明板
本丸に通じる重要な門。 -
(写真) 14:36 掛川城主要部模型 説明板
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(写真) 14:36 掛川城主要部模型 有田製磁器が用いられています。
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(写真) 14:36 ペールブルーに映えるソメイヨシノ
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(写真) 14:36 枝垂れ桜も満開
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(写真) 14:37 十露盤(そろばん)堀 水がたまった部分がそろばんの箱のように見えることが名の由来では?とされています。
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(写真) 14:37 山内千代と名馬、鏡栗毛と山内一豊
山内一豊の妻、千代が夫の欲しがった名馬を買い、信長の目に留まり出世のきっかけとなったと言う逸話より。 -
(写真) 14:40
と説明されているのですが、登城路の石垣の見えない所に保存されているということでしょうか? -
(写真) 14:41 腰石垣と玉石側溝
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(写真) 14:41丘の上の天守閣
入館料 掛川城天守閣と御殿の2ケ所 410円 -
(写真) 14:43
可憐なソメイヨシノをアップで撮ったと思ってますが、花びらこんな白いと自信なくなりました。 -
(写真) 14:44 腰櫓台跡説明板
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(写真) 14:44 急勾配の登城路。観光客無しのショットは無理。桜咲く日曜日の午後ですもの(>_<)
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(写真) 14:45 白壁に狭間ありました。私だけでなく皆キツそうでした。もう少し。
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(写真) 14:47 やっと到着。密でした。
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(写真) 14:47 ご褒美のパノラマ。桜が花広場を飾ってました。
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(写真) 14:48 天守下門跡説明板
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(写真) 14:48 二ノ丸御殿が見えました。立派な松。
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(写真) 14:49 狭間から眺めるのも楽しい。狙うのが楽しいのか!
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(写真) 14:49 天守丸霧吹き井戸 説明板
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(写真) 14:51 井戸に近寄れますが柵があり中は見えません( ;∀;)
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(写真) 14:51 お風呂でなく井戸
家康が攻めてきた時、「井戸から立ちこめた霧が城をつつみ、・・・城を守った」と言われているそうです。*説明板 -
(写真) 14:51 イヨイヨ天守閣! 行列できてました。
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(写真) 14:52 天守閣の石垣。打込接でしょうか?
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(写真) 14:52 掛川城天守閣説明板
山内一豊が掛川城に初めて天守閣をつくりました。現在の天守閣は木造により復元。 -
(写真) 14:55 掛川城天守閣復元について
★掛川城等工事に伴う長期休館
!!掛川城天守閣!!
内容 天守閣漆喰壁、廻縁・高欄の修復
期間 令和4年6月~令和5年1月
6月より天守閣等入城できません。詳細は下記を参照下さい。
*https://www.kakegawa-kankou.com/news/13956/
上記サイトは「梵天」の説明文(後述)の引用許可を下さった、鈴木建設のブログ執筆者に教えて戴きました。 -
(写真) 14:55 階段とても滑り易いです。靴下脱いでいても要注意!
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(写真) 14:56 登るとこんなご褒美が。逆川が外堀の役目となっているのがよく分かりました。
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(写真) 14:57 花広場の向こうに太鼓楼、右手ペイルブルーの小崎葛布の建物の裏辺りが茶そばを戴いたお食事処。中央少し左の黒い小屋根の櫓のある建物は太鼓櫓。逆川向こうのひと際高い濃いベージュのビルがdormy inn。その手前のPと書かれた塔の建物は大手門のパーキングで、手前のグレーの屋根と白壁の建物が大手門です。川沿いの大手門と太鼓櫓の真ん中にあるのは火の見櫓でしょうか?今でも残っているのは珍しいですね。
アップで見ると子供連れで賑わっているのが分かりますか? -
(写真) 14:57 狭間説明板
狭間って「ざま」でなくて「さま」だったのですね。
「掛川城天守閣では(狭間が)一階に九ケ所、二階に十四ケ所 」あるそうです。 -
(写真) 14:57 狭間
単なる正方形の小窓。扉付きの狭間初めて見た気がします。今まで気付かなっただけかもしれませんが。 -
(写真) 14:57 鯱の説明板
鯱は火除けのまじないだそうです。 -
(写真) 14:58 鯱(掛川城天守閣据付け原寸大複製) 青銅
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(写真) 14:58 天守閣4階
写真のように「天守閣4階の望楼部が極端に小さいのは、殿舎の上に物見のための望楼を載せた出現期の天守閣のなごり」だそうです。 -
(写真) 15:00 天守閣より南西方向
写真中央に中央2丁目の遠鉄ストア、更に右手にマック、デニーズ。 もっと右の 赤い尖がった屋根の塔はストリートビューで見ると中央小学校のようです。 -
(写真) 15:01天守閣より北方向
手前のグランドは県立掛川西高等学校 右側の通りは掛川川根線、県道39でねむの木学園は手前の丘の右端辺りにあるようです。右端の写真内では最も高い小山は大尾山だそうです。 -
(写真) 15:01天守閣より東方向
手前の横向きのグレーの屋根は二の丸御殿。 縦向きのグレーの屋根が二ノ丸美術館。その隣の黒い屋根と白い壁に小さな丸が円を作っている建物がステンドグラス美術館。写真中央の擬宝珠(/玉ねぎ)の右奥の森が 龍華院大猷院霊屋と掛川古城跡。森の斜め前のグラウンドは掛川市立第一小学校。何となく眺めていたのでそうとは知りませんでした(>_<) ついでに森の側の黄色の建物は日本人形、提灯の松白堂。
この後、二ノ丸御殿と掛川古城を見ることになります。 -
(写真) 15:01天守閣より東。 残念ながら富士山は見えませんでした。
長押の写真に分かり易く説明されているのですが、撮れた写真はピンボケばかり。写真に番号がふられ左に全て名前が書かれています。混んでいたのでサッサと写真を撮って終わりにしたものの アップとなったら方向さえ自信なくなってしまい( ;∀;) 結局ストリートビュウのお世話になりました。するとそれが楽しくなってしまい。ですから眺望の説明くどくなりました(^^)/ -
(写真) 15:01 天守閣より南方向
写真右の太い通りはまつおばしを通る掛川停車場線(#254)。通りの右手に、Hotel Live Max 。赤白の塔は中部電力パワーグリッドの鉄塔。
赤い看板のターミナルホテルの左手前はNTTの鉄塔。鉄塔の向こうの円錐台のペールブルーの屋根のある建物は東海道本線の向こうにある掛川グランドホテル。 -
(写真) 15:02 天守閣より南東。
こちらは既に説明済み。前の景色を見るより高揚しませんか?掛川城危険を冒して天守閣登って良かった(^_-)-☆ -
(写真) 15:03 簾の向こうに武者たちが隠れていました。
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(写真) 15:03 全体ではこんな感じです。
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(写真) 15:05 土佐漆喰説明板
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(写真) 15:05 土佐漆喰の実物説明。ガラス越しなので上手く写らず( ;∀;)
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(写真) 15:05 土佐漆喰は7工程を経て完成します。
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(写真) 15:05 石落とし説明板。
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(写真) 15:06 ここから落とすのですね。やってみたいな。
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(写真) 15:06 青森ひば説明板
耐久性に優れたひばが使われたのですね。 -
(写真) 15:07 鎧・瓦 (革製朱塗紺糸威五枚胴七間五段下り) 江戸時代 山内豊秋氏寄贈 *説明板
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(写真) 15:08 益々混んで来ました。
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(写真) 15:11 軒唐破風と火燈窓で飾られた天守閣
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(写真) 15:12 石落とし
「天守台の張り出し部に設けられ、石を落としたり、槍を突き出したりして、石垣を登って来る敵を攻撃する施設。」 *掛川城天守閣、掛川城御殿 リーフレット -
(写真) 15:15 見上げると又違う顔です。
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(写真) 15:17 二の丸御殿に向かいます。
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(写真) 15:19 このアングルも捨てがたい。
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(写真) 15:19 こちらは桜の勝ち。
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(写真) 15:21 二の丸御殿の裏庭の桜
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(写真) 15:21 阿吽 像の説明板
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(写真) 15:21 阿吽の像 言われてみれば阿吽のようにも見えなくもない。
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(写真) 15:19 余りの美しさにもう一枚。青空と鱗雲をバックに映えるでしょ。
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(写真) 15:22うろこ雲が出ると天気が悪くなるそうですが、その後掛川の天気崩れたのかな?
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(写真) 15:24 雪洞みたいで可愛いでしょ。
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(写真) 15:25 黒土塁説明板
全くの脱線なのですが、説明で引用されている唄シニアでも知らない人多くなってるかな?リリース昭和29年だったのですね。「死んだはずだよお富さん」ネットで調べて今日初めて元の唄が分かりました(>_<) 何故調べたか?私はいままで「いきなクロベー(/男の名の黒平) ミコシ(/御輿)のマーツリ(/松に でなく祭)」と思い込んでました。楽しい歌ではなかったんだ! 悲恋物語だったとは!勉強になりました(^_-)-☆ 当時3、4才の弟が夜行列車で歌い見ず知らずのオジサン達のアイドルになった思い出の唄でした。 -
(写真) 15:26 外部から二ノ丸御殿を隠す目的で作られた黒土塁。
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(写真) 15:26 松の向こうに天守閣。
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(写真) 15:27ソテツにも似合う天守閣。右手前は掛川城(/二ノ丸)御殿。
御殿内に入ります。
★現在の掛川城御殿は 太田資功(すけかつ)により再建
「寛永7(安政元、1854年)安政の東海大地震で御殿が倒壊したため、時の城主太田資功によって安政2(1855)年までの間、掛川藩で使われました。」*掛川城天守閣、掛川城御殿 リーフレット -
(写真) 15:29 入るとすぐ華やかな吊るし飾りが目に付きました。
金魚 兎 柿 梟 蝶々も吊るされていました。御雛さんより動物が多く飾られていました。 -
(写真) 15:29 報告の大太鼓 太鼓櫓にあったもの。
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(写真) 15:29 説明写真によれば、報告の大太鼓は1855年時刻を告げる為に制作されたそうです。 又、江戸時代の時法は午前0時を基点に十二支をあてはめました。
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(写真) 15:29 三の間説明板
吊るし飾りのあった部屋。 -
(写真) 15:30 次の間
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(写真) 15:30 次の間説明板
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(写真) 15:30 長押中央に八重桔梗紋
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(写真) 15:30 天守閣が絵のように見えた。
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(写真) 15:31 御書院上の間説明板。
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(写真) 15:31 御書院上の間の床の間と脇。
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(写真) 15:31 掛け軸の説明。「虎」と書かれている
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(写真) 15:33 小書院
説明板が光って読みづらいので書き写します。
「城主が成務を離れてくつろ
いだ私的な部屋です。」 -
(写真) 15:34 長囲炉裏の間
写真が不鮮明なので全文書き写します。
「長囲炉裏の間
城主あるいはその奥方が使
用した部屋です。
天井中央には太田侯の家紋
である桔梗と替紋の違いか
ぶら矢が掘られています。」
太田家は1746年太田資俊(すけとし)~1868年資美(すけよし)間掛川城主 *掛川城天守閣、掛川城御殿リーフレット -
(写真) 15:34長囲炉裏の間天井 正紋の桔梗紋と替紋の鏑矢(かぶらや)紋 *掛川城天守閣、掛川城御殿リーフレット
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(写真) 15:35太田資俊公甲冑 本小札紺裾濃縅(ほんこざねこんすそごおどし)
大袖付胴丸(太田摂津資俊所用)
検索してみたら、本物で俳優の杉良太郎さんが掛川市に寄贈したものでした。*https://www.city.kakegawa.shizuoka.jp/gyosei/docs/6324.html?msclkid=4ee8a576b96311eca1732aa033214cd8広報かけがわ 2017年3月28日 俳優の杉良太郎さんが掛川城主の甲冑を寄贈。もっとジックリ鑑賞すれば良かった(>_<) -
(写真) 15:35
良く撮れていないのでこちらの写真はカットのつもりだったのですが、杉良太郎さんと掛川市に失礼をすることになるので。私が適当に見て回っていたので見落としてました。写真左奥に杉良太郎さんが掛川市に寄贈した云々の説明があったようです。一日に2城は厳しいですね。時間タップリあるのですから欲張らずにユックリ観賞すべきでした。ここでも「急ぐべからず」でした。静岡で家康公御遺訓3度も眺めたのに(>_<) -
(写真) 15:36 梵天 説明板
梵天「ぼんでん・ぼんてん」とは、上棟式の時に祀り、その後は屋根裏に取り付ける神様の依代(よりしろ)だそうです。
*https://www.cs-suzuki.jp/blog/%e4%b8%8a%e6%a3%9f%e3%81%ab%e5%90%91%e3%81%91%e3%81%a6%e3%80%80%ef%bd%9e%e6%a2%b5%e5%a4%a9%e9%80%a0%e3%82%8a%ef%bd%9e/?msclkid=c1b249c2bd7c11ecb29b6c7a6dae8bb1 -
(写真) 15:36 梵天
大きいのに狭い所にあり一枚にできなかったので合成しました。 -
(写真) 15:37 唐金獅子。 江戸時代 太田松子氏寄贈。
ガラスが反射し上手く写真撮れませんでした。 -
(写真) 15:38 長持 寄贈者 石川 進氏 (掛川市在住)
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(写真) 15:38 足軽目付説明板
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(写真) 15:38 足軽( 江戸時代最下位武士)を監督した足軽目付の部屋。
土間だったのですね。寝泊りは左右に見える狭い板の間だったのでしょうか? -
(写真) 15:39 徒( 江戸時代の下級武士の一つ)を監督した徒目付の部屋。
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(写真) 15:40 大目付(半内の観察、警備などを主要な任務とした)の部屋
★「掛川御殿は、7棟よりなる書院造で、部屋はそれぞれの用途に応じ約20部屋の分かれています。」 *掛川城天守閣、掛川城御殿リーフレット -
(写真) 15:40 掛川城大手門棟札 安政五年
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(写真) 15:40 掛川城御殿門棟札 重要文化財 安政二年
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(写真) 15:41 掛川城御殿門棟札 重要文化財 文久元年
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(写真) 15:42 大名行列説明
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(写真) 15:44 大名行列
「大名行列を作る会」のメンバーが和紙で再現したもの。 -
(写真) 15:42 隋臣
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(写真) 15:44 桔梗 太田氏
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(写真) 15:45 掛川城出土瓦
掛川城御殿、予想以上に見応えありました。母娘2人連れも「たくさん見るものある!」と感激の様子でした。 -
(写真) 15:48 天守閣見納めの一枚
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(写真) 15:49鬼瓦、鳥伏間の桔梗紋
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(写真) 15:49 鬼瓦と丸瓦の桔梗紋。
針金で止めてあるのでしょうか? -
(写真) 15:50 青空に映える桔梗紋をもう一枚。
掛川古城跡へ向かう。 -
(写真) 15:54 大日本報徳社
大講堂が国指定重要文化財だったんだ(>_<)
*https://www.city.kakegawa.shizuoka.jp/kanko/spot-docs/9389.html?msclkid=895203c5bebf11eca4eb40670a97039a
こちらの建物も充分奇麗でしたが。 -
(写真) 15:55 ステンドグラス美術館説明板
鈴木正昭氏の寄贈で出来上がった美術館。
不味い美術館の写真なし(>_<) 入館も可能(9:00-17:00)だったのですが、出来たら浜松城のライトアップを見たかったので。 -
(写真) 15:59
龍華院が掛川古城があった所です。掛川古城の道標はなかったかもしれないので要注意。 -
(写真) 15:59 竹の丸入口
ここも行かなかったな(>_<) -
(写真) 16:04 龍華院への階段登り口着。
分かり易かったし、予習も上手くできていたので迷わず到着。 -
(写真) 16:04龍華院登り口から天守閣。ここからも見えました(^^♪
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(写真) 16:05 可愛いピンクの花々が咲いていた。 シレネ・カロリニアナでしょうか?
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(写真) 16:10 龍華院 中村 葛嶺翁 碑 説明板
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(写真) 16:10 龍華院 中村 葛嶺翁之 碑
石にさく花を
言葉に
借りる日かな
孫 桂花
と刻まれています
孫 桂花の詩なのでしょうか? 検索してもヒットせず。 -
(写真) 16:10 龍華院より掛川市立第一小グラウンド 野球をする子供達。少年野球チームでしょうか?
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(写真) 16:11 龍華院大猷院霊屋 説明板
霊屋の建つ地に朝比奈泰熙(やすひろ)が築いた掛川古城の本曲輪があったと最終段落に記されています。 -
(写真) 16:11 龍華院寺標
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(写真) 16:12 顔が風化したお地蔵さんのお出迎え。
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(写真) 16:12 龍華院大猷院霊屋
廃屋ではなさそうですが。 1組の観光客に会っただけ。 -
(写真) 16:13家光関係のお墓でもあるのかと裏に回りましたが、それらしきものはなし。説明板をよく読めば建物内部に春日厨子があり、霊碑を祀ると書かれているのに、会った男性に「家光のお墓はどこですか?」とトンチンカンな質問。
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(写真) 16:15霊屋を一周してくると、顔が崩れかけた石仏さんがひっそりすわってました。
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屋根の内側には金色の飾り。塗もまだ奇麗でした。
丸瓦には三つ葉葵紋。写真を見て気付いたのでアップ写真なし。
一周してくると家光の墓を尋ねた男性が女性を連れて近寄って来てお墓は日光にありますと教えてくれました。以前家族で東照宮には行ったのですが、見た見たの感じで、温泉に入ってご馳走食べてお終いでした。 家光の眠る大猷院が有ることも知らず(>_<) 旅のご夫婦有難うございました。 -
(写真) 16:18青空に映える龍華院の桜
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(写真) 16:19
野球する子供達を眺めながら、階段をおりる。
古城跡の道標を捜しながら子角山(ねずみやま)へ。 -
(写真) 16:22 子角山(ねずみやま)からの展望 説明板
古城跡の道標見つからず。 -
(写真) 16:23 粟が岳の表示
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(写真) 16:23 表示を参考に略中央の山が 粟が岳532m。
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(写真) 16:23 今度は引いてもう一枚。
堀切を捜しに行きます。 -
(写真) 16:25 入って右側堀切
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(写真) 16:25両側だとこんな。ですがこれが堀切の案内板はありません。お城めぐりFAN等のネットで事前に写真をみておいたので 多分これと思っただけ。
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(写真) 16:26 こちら左側の方が堀った感じが残ってるかな?
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(写真) 16:26 更に進むと立ち入り禁止
ので 大手門を通り掛川駅に戻ります。 -
(写真) 16:28 こちらからも天守閣見えました(^^♪
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(写真) 16:35 大手橋より逆川
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(写真) 16:37 大手橋より天守閣 本当にこれが天守閣ラストショット。
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(写真) 16:37 大手橋
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(写真) 16:37 逆川沿い遊歩道と三光稲荷大明神
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(写真) 16:38 大手門入口の枝垂桜。バックの白壁の建物は福田スタジオ。塔に三つ葉葵紋が。
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(写真) 16:38三光稲荷にお詣り。
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(写真) 16:38三光稲荷御由来 説明板
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(写真) 16:39大手門番所説明板
しまった! 大手門番所の写真がない( ;∀;) -
(写真) 16:40 掛川城大手門礎石根固め石 駒札
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(写真) 16:41 掛川城大手門礎石根固め石 ガラスが反射して 上手く写らず。
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(写真) 16:41 根固め石 の前の柵板には城主歴代名が書かれていた。右端 掛川古城を築いた第一代城主 朝比奈 泰煕から 左端 掛川城御殿を再建した太田資俊 計16城主名が書かれている。 他16城主で計36名が掛川城主。
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(写真) 16:42 大手門。門の中(/間)に見えるのが大手門番所
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(写真) 16:42 掛川城大手門・大手門番所案内柱 柱の右上部に桔梗紋 左の家紋?は見えず。
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(写真) 16:43こんなところにも八重桔梗
-
(写真) 16:43 掛川城大手門跡 説明板
読みづらいので全文書き写します。
大手門は、城の正門にあたります。
平成5年(1993)に行われた発掘調
査では、掛川城大手門の柱に礎石根固
め石(12カ所)、番所跡、土塀の石垣を
確認しました。これらの配置は、正保
年間頃 (1644 ~ 1647) に描かれた正保
城絵図のとおりであることがわかりま
した。
平成7年 (1995)、大手門と番所は、
周辺の区画整理による50m北に復元さ
れました。これらの意向の位置を明ら
かにするため、道路と歩道上に根固め
石と番所跡の一部を表示しました。
礎石根固め石:礎石の沈下を防ぐために、30~
70cm大の石を地中に埋めたもの。 -
(写真) 16:44 白壁の並ぶ大手門通り
帰りは大手門通り経由で掛川駅へ -
(写真) 16:52 掛川駅と二宮金次郎像
-
(写真) 16:53 二宮金次郎像の台座に彫られた説明文
読みづらいので全文書き写します。
二宮金次郎(1787年~1856年)
は、小田原市栢山に生れ、向学
勤勉、貯蓄のモデルのような
一生を送った地域づくり、財政
再建の専門家で報徳運動の元
祖です。
金次郎の指導を受けた岡田佐
平治が掛川市倉真の人だったこ
とから、掛川市に大日本報徳社
がありますので、生涯学習都市
掛川の駅前広場に、向学心の象
徴としてこの銅像を設置しまし
た。
像の原作は岡崎雪聲で、明治
天皇が座右に愛蔵され、いま明
治神宮宝物殿にあります。
昭和63年3月13日
掛川市長 楱村純一 -
(写真) 16:54二宮金次郎の像
金次郎さんお久しぶりです。昔、小学校にありましたが、いつの間にか見かけなくなりました。 -
(写真) 16:59 「玄」モニュメント説明板
掛川発電車まで時間があったので北口アートの写真を撮る。 -
(写真) 17:00 モニュメント「玄」
説明文をよく読んでいなかったのでイサム・ノグチから譲り受けた玄武岩よく見ませんでした( ;∀;) -
(写真) 17:01 青いモザイクは何の絵でしょうか? 鳥に見える穴に意味はあるのかな?
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(写真) 17:02 掛川駅周辺MAP
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(写真) 17:13 17:15発浜松行き電車。中央線みたいな車両。
Good-bye, Kakegawa! -
(写真) 17:41 浜松駅#4,#5ホーム。
早朝からの移動でしたが、思った程疲れていないので宿のある豊橋に直行せず、途中下車。青春18切符って気兼ねなく途中下車できるのがいいですよね。 -
(写真) 17:46 浜松駅北口駅前
桜まつり中で18:00まで浜松城天守閣入場可だったのですが、張り切り過ぎ旅先で又骨折は恥ずかしいので、駅そばを観光。想像以上に都会です。
最後の最後まで浜松で宿を取るか迷ったのですが。翌日の犬山、岐阜観光に便利な豊橋にしました。 -
(写真) 17:49 ドラゴンフライ 1994 掛井五郎 アクトシティ
坂を登って行きます。 -
(写真) 17:50 不思議なオブジェ。 アクトシティ。
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(写真) 17:54 木を支えているだけかもしれませんが、アートになっています。
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(写真) 17:55 「ショパンの丘」
階段の天辺に見えてきました。 -
(写真) 17:56 「ショパンの丘」
2015年の秋、ポーランド旅行の最終日早朝1人でワジェンキ公園に会いに行きました。
当時、ショパンが白鳥の首でも掴んでいるのかと思ったのですが、「柳の木に座り古郷の自然を眺めるショパンを表現」と「地球の歩き方」に載っていました。 しかもこの像は第2次対戦中ドイツがポーランドで破壊した最初の像だそうです。
浜松にもあると知り時間がなくならない内にやって来ました。 -
(写真) 17:56ショパン像説明板
ポーランドと言えばショパンだったのに今はウクライナ難民の大量受け入れ国となりました。コロナ+戦争、平成はどこに( ;∀;) 円は下がるしヨーロッパ又行けるのかな? -
(写真) 17:57 緑の通信94-3A 1994 見崎泰中
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(写真) 17:59 アクトシティ 音楽広場
学生ばかりでした。楽器の練習をしているグループもいました。
帰りはエレベーターで。ですが何階で降りるか分からず。結局どこで降りたのかな? -
(写真) 18:11 マイン・シュロス 静岡県浜松市中区中央3-8-1 月曜休業 祝日の場合は営業
予習済みだがうろ覚え。検討をつけた方向に進むが 暗いし 思ったより大都会。コンビニの店員聞くも分からず。当然か!でも店を出ると大きな看板発見(^^♪ 遂につきました。ドイツのお城 じゃなかった。 -
(写真) 18:11 浜松じゃないみたい。
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(写真) 18:13
ベアじゃないよ。ビールです(^^♪ 1人じゃ寂しいけどね。
「演奏で少しうるさいですが、よろしいですか?」 好都合です! -
(写真) 18:15
エッセン お一人様のみ注文できます。やったー! -
(写真) 18:16 こじゃれた店でしょ
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(写真) 18:18 来ました!
豊橋の世界のビール店は日曜日休みなので、ドイツビールを飲むために浜松下車。ビールは本場とまではいかないが、今日のご褒美に自分に乾杯。よくやった。でも2杯はダメ。宿は豊橋ですから。シュバルツ500ml ¥790 -
(写真) 18:18 グルメでないので食レポート難しいけど、思ったよりオイリーでなく完食(^^♪ 御摘みに良し。 エッセン¥1,100
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(写真) 18:41 フェイスシールドをしたマネキン。
18:44店を出る。 -
(写真) 19:08 浜松駅4番線
迷わず駅へ。駅の方向教えて貰いましたが。
19:13発の豊橋行きです。もう安心。 -
(写真) 19:08 豊橋行き電車到着。この電車も中央線ぽい。
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(写真) 19:40 やっとクロスシートでした(^^♪ 豊橋19:46着。
帰りはグリーン車にするかな。 -
(写真) 19:48 宿のジャストインプレミアム豊橋駅新幹線口 は名前の通り新幹線口(西口)です。
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(写真) 19:49 ホテル 駅前じゃなかったっけ!
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(写真) 19:51新幹線口をでると直ぐ左手に見えたのはJUST INNのネオンサイン。
変だな! 変なのは私(>_<) 写真を見ていたのに、プレミアムインを探してしまい。一瞬戸惑う。 -
(写真) 19:51 小さな字でPremiumと書いてありました。
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(写真) 20:05
19:59 チェックイン 自動精算機で前払い ¥10,700 (3/27日曜泊分¥5,200) 2泊無料朝食付き 2周年アニバーサリープラン 2連泊以上 掃除無しのエコプラン ホテルホームページで3/7予約。
愛知県豊橋市白河町31-2 TEL 0532-35-0003 キャンセルチャージが当日のみ100%。 -
(写真) 20:05 ジャストインプレミアム豊橋駅新幹線口 7階シングルルーム
ベッド質素ですが、寝心地良かった。ベッドサイドに携帯を置くスペースがあり、コンセントがついていました。お風呂写真撮るの忘れましたが、足が完全に伸ばせないし浅めです。でも全てが清潔。この値段寝巻もタオルもついているのですから文句なし。Free WIFIでした。 -
(写真) 20:06 ジャストインプレミアム豊橋駅新幹線口 7階シングルルーム
新幹線見えたように思いますが。写真がないのは、撮れなかっただけかな。駅前ですが静か。 -
(写真) 20:06 ジャストインプレミアム豊橋駅新幹線口 7階シングルルーム
ミネラルウォーター2日分2本をフロントから持ってきます。エコプランは自販の飲み物を一本買えるトークンが貰えます。普通のビールを差額を払っても買う事が出来ません ので飲みたいもの見つからず。 無料テレビは地デジのみでした。
長い一日の終了。フリーアメニティーで貰った入浴剤を入れて湯舟に浸かる。
3/27 総歩数 25798歩。
ここまでお付き合い下さいまして有難うございます。
次の犬山編も宜しくお願い致します。
2022.4.19 パッピー
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