2022/04/29 - 2022/05/05
217位(同エリア648件中)
ミズ旅撮る人さん
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海外旅行に行かれなくなったので、「日本の中にある外国の風景」を扱った本が
多くなりました。
その中の1冊の表紙に目が止まりました。アンコール王朝の寺院が日本にある?
カンボジアには、内戦終結直後の外国人観光客がまだほとんどいない時代に訪れ、
その後信じられないほどの開発で様変わりした後にも訪れています。
あの懐かしいクメールの寺院を見ることが出来る。
それがなんと遊園地の敷地内にあるというので、張りぼてかしらと疑いながら、
四国周遊の最終日に香川県に入りました。
遊園地と言っても、別料金の区画にアジアの寺院を3つ集めた特別なエリアが
設けられています。クメールのプラサット・ヒン・アルンの他に、
中近東にあるようなモスクと、ブータンのタシチョ・ゾンもあります。
ブータンにも、前国王の時代に訪れており、タシチョ・ゾンにも行きました。
もう、これは何が何でも行かなくては。
今回で、徳島・高知・愛媛・香川と周遊して来た四国の旅は終わります。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
香川県坂出市の瀬戸大橋記念公園に来ました。
今回、鳴門大橋と、しまなみ海道の多々羅大橋をドローンで撮影した
ので、香川県にいるならと瀬戸大橋にもやって来ました。 -
ドローンによる撮影です。
-
やはり橋が大きいので、ドローンの高度が足りません。
-
この後、ここをJR瀬戸大橋線の列車が通過したのですが、
動画で撮ってしまいました。
昨夜泊まったホテルの目の前に、この先の高架の線路がありました。
朝食を摂っていると、サンライズ瀬戸が通過して行きました。 -
瀬戸大橋を後にして、ニューレオマワールドに向かっていると、
踏切が閉まりました。
琴平電鉄・通称「ことでん」です。
なんと、「ことでん」の特別なラッピング列車が通過しました。
ウクライナを応援するため、車体をウクライナの国旗の色にしています。
「We stand with you. -To the Ukrainian reilway operators working to protect people's lives- We wish for world peace.」
ウクライナ国鉄職員へのメッセージが添えられていました。
ラッピングの事はニュースで知っていましたが、
まさかここで出会えるとは思っていませんでした。
車体の向こうに見える白い大きな建物が、ニューレオマワールドにある「大江戸温泉物語ホテルレオマの森」です。 -
香川県丸亀市にある中四国最大級のテーマパーク
「ニューレオマワールド」。
キャッチコピーに「一日では遊びきれない」とあるように、
広大な敷地に遊園地と大型ホテルにコテージ、
更に山の上に「オリエンタルトリップ」という別区画があります。
それだけに、入園料が1,700円、全部の乗り物に乗れるフリーパスが4,000円。四国のディズニーランドですね。
オリエンタルトリップは別料金なので、入園料を含んで2,200円です。
遊園地に入らないオリエンタルトリップだけの料金があればいいのに。レオマリゾート テーマパーク
-
レオマオリジナルキャラクターのペディー&ポーリーやパフォーマーが
出演するレオマファンタスティックパレードがあります。 -
ペディー&ポーリーの像がお出迎え。
GWですが、とても日差しが強くて暑い暑い。 -
ここは、かつてはレオマワールドの名称で運営されていましたが、
2000年に休園。
2004年(平成16年)4月11日に現在の名前でリニューアルオープン。
2010年7月17日二度目の再オープンをしています。
園内には運河が造られていて、一部遊覧船も運行しています。 -
ビバーチェ(水上ジェットコースター)
-
コースの下に水があるので、スリル感が増しますね。楽しそうです。
-
「レオマウォーターランド」には、エーゲ海をイメージした白い建物が
並びます。奥の山の上に青いモスクの屋根が見えます。 -
山の上にオリエンタルトリップがあります。そこへ行くには、
日本一長いエスカレーター「マジックストロー」を使います。
乗車時間は3分14秒!!長さ96mは、日本一だそうです。 -
「大江戸温泉物語ホテルレオマの森」とコテージが見えて来ました。
遊覧船も行き交っています。この辺りも海外トリップの感じですね。 -
白い壁に窓辺をイメージした絵が飾られたこの小径は、
「風の道」と呼ばれ、バラがたくさん植えられています。 -
まだバラの開花が始まったばかりで、咲いているバラはポツリポツリ。
-
大半が蕾です。
GWが終わった5/7~6/12に「大バラまつり」が開催されます。
レオマでは、「花ワールドイベント」として、
チューリップ祭り・芝桜のじゅうたん・つるバラロード・あじさい祭り・胡蝶蘭展・トロピカルアベニューなどの催しが行われます。 -
大バラまつり迄には、このうなだれたバラたちも元気になるのかしら?
-
この「風の道」は、「つるバラロード」になります。
GWだというのに、他には殆ど人がいません。
バラ祭りの時期にはいっぱい来るのかな? -
最大で7名が泊まれるというコテージ。夏には夕涼みが楽しめそうです。
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ステンドグラスのある教会風の記念撮影スポット。
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エーゲ海のミコノス島をイメージした風車。
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オリエンタルトリップの入り口が見えて来ました。
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「パスポートのいらない海外旅行」の始まりです。
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・・・の筈なのですが、オリジナルのパスポートがありました。
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出国スタンプを押して、いざ世界旅行へ。
入口はアラブのモスクです。 -
右上の池の畔からエレベーターで現在地に上って来ました。
ピンクの部分がモスクで、隣にローズガーデンがあります。
左の大階段になっているフラワーガーデンを上ると、
目的のプラサット・ヒン・アルンです。
更に下に伸びる坂道を登って行くと、タシチョ・ゾンが現れます。
日本一のエスカレーターを上っても、更に結構歩いて上ることが
多いです。 -
魅惑的な青いバラがモスクの入口で待っていました。
-
ここは、バラの苗を売る売店になっています。
-
入口の建物と向かい合う形で、さらに大きな門があります。
ウズベキスタンの古都サマルカンドをイメージしているようです。 -
モスクの中では「ブータン展」が行われていました。
もう、足が地に着かず、泳ぐようにして通路を進みます。 -
ブータンの概要です。
ブータンには、1993(平成5)年に訪れています。
外国人の入国を厳しく制限していたブータンには、
ツアーで行かれる旅行会社は西遊旅行しかありませんでした。
後ほど、タシチョ・ゾンで当時の話をいたしましょう。 -
ブータンでは、チベット仏教が信仰されていますが、
チベットから来たパドマサンバヴァが伝えたニンマ派と
パジョ・ドゥゴム・シクポが伝えたドゥクパ・カギュ派などの
宗派に分かれます。
ブータンではタンカ(仏画)を伝統工芸として、
専門の学校を設立して保護しています。
この画は、「ホワイト・ターラー」と呼ばれる菩薩像で、
身体を白色で表し、額と両手・両足に目を持ちます。
タンカの中では最も美しく人気のある画です。 -
観音様。
ブータンのタンカは色彩が控えめで、全体的に大人しい絵柄です。
インドのラダックでは、ヒンズーの影響もあってか、
もっと派手な色で劇的に表されます。 -
2011年に来日した現国王ジグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク夫妻と
天皇陛下(当時は皇太子)。 -
ブータンは世界的に有名なのが切手です。
ブータンの貴重な外貨獲得の手段となっています。
もう売ってはいませんが、レコードになっている切手が有名です。 -
レオマのタシチョ・ゾンの説明です。
早く行きたいですが、先ずはモスクのエリアから。 -
ホワイトガーデン「願いの泉」
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ホワイトガーデンには白い花だけが植えられています。
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建物の中には、喫茶コーナーがあります。
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外に出ると「アリス イングリッシュ ローズ ガーデン」があります。
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先ずは「3月うさぎ」がお出迎え。
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ハンプティダンプティも。
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チェシャ猫が見下ろしています。
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足元のトランプを辿って行くと・・・
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「お茶会」です。
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隣の小屋の中には、よくわからないディスプレイが。
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トランプの衛兵たち。
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この辺りは「レオマローズガーデン」です。
バラがもっと咲いていれば、すごく素敵でしょうね。 -
「レオマローズ」
レオマリゾートと国立岐阜大学との共同研究にて開発されたバラ。 -
これだけのバラ園なら、遊園地を含まない入園料を設定すれば、
見に訪れる人はかなりいると思うのですが、
2,200円ではバラのためだけだったら、行かないですね。 -
これだけのバラを入園者増加のために利用しないのはもったいないです。
-
先程見た、門をくぐって大階段に進みます。
-
使われている石材が、現地の物と同じなので、とても臨場感があります。
-
橋の欄干などを守るナーガの像は、アンコールワットなどのものとは
デザインが違いますね。時代が違うのかな?
アンコール・ワットは12世紀前半、
アンコール・トムは12世紀後半の建築です。 -
プラサット・ヒン・アルンです。「丘の上の暁の寺院」という意味です。
-
寺院の周囲には堀(池)があります。アンコールワットも
広い敷地の外側を堀が囲んでいます。堀の中には左右に池があって、
そこに写るアンコールワットが撮影ポイントになっています。
このプラサット・ヒン・アルンもそうですね。 -
プラサット・ヒン・アルン。
「タイ国東部、カンボジア国境付近に実在するアンコール王朝の
寺院遺跡を建設当時の姿で再現しました。約3,000tにも及ぶ石を使い、
タイ人の手で彫刻され、組み上げられました。
刻まれた彫刻は、ヒンズー叙事詩の有名な場面を取り入れ、
ヒンズー寺院建築様式を余すところなく再現しています。」
アンコール遺跡なのでカンボジアにあるのかと思いましたが、
タイにある寺院だそうです。
アンコール王朝は、最盛期は大きく現在のタイの領土を含んでいたので、
タイ東部にはアンコール遺跡が多くあります。 -
「現地の赤土石を使い、現地の石工たちが作った」と説明されています。
石の感じがアンコール遺跡と同じなので、本物に近い印象を受けます。
私はアンコール遺跡を1992年と2001年に訪れて、
ほぼすべての寺院を見て来ました。
92年は、本当に内戦直後で、ようやく外国人を受け入れられるように
なった時でした。
シェムリアップはただの野原にある農村で、外国人が泊まれるホテルは
グランドホテルだけでした(今では超高級ホテルです)。
アンコール遺跡が世界遺産になって、世界中から観光客が来るように
なり、シェムリアップの町は信じられないような発展を遂げました。 -
カンボジア北部のタイ東部との国境付近には、
アンコール遺跡が点在しています。
1993(平成5)年、私はアンコール遺跡観光の基地となる
シェムリアップからほぼ真北に向かった国境にある
「カオ・プラヴィ・ハーン」という大規模な寺院を訪れました。
現在では「プレアヴィヒア」という名称の方が有名です。
9世紀末のクメール遺跡で、世界遺産に登録されています。 -
まだフィルム写真だったので画像はひどいものですが、
当時のカオ・プラヴィ・ハーンの入口です。
私はタイ側から入りました。国境線が明確ではない状態で、
遺跡はカンボジア領内にあるのだと聞きました。
パスポートは見せるだけで正式な入国手続きもないまま、
書類に記入するだけで国境を越えました。
国境の目の前がカオ・プラヴィ・ハーンです。プレアヴィヒア寺院 寺院・教会
-
丘の上にある大規模な寺院遺跡です。
頂上までずっと石段を上がって行きます。プレアヴィヒア寺院 寺院・教会
-
カンボジアは1970年にロン・ノル将軍によるクーデターが勃発、
1975年からはクメール・ルージュ率いるポル・ポト政権が
樹立しましたが、これは強権政治と虐殺の悪夢でした。
1978年にベトナムの侵攻によりヘン・サムリン政権に
代わりましたが、3年間に170万人もの知識人・文化人を
中心とした人々が虐殺されました。
1991年にカンボジア和平協定が成立し、翌年から
国連カンボジア暫定行政機構(UNTAC)が活動、この時初めて
日本の自衛隊が平和維持活動(PKO)の一環として参加、
穴だらけの国道の整備などを行い、1993年に帰国しました。
まだ、自衛隊がカンボジアで活動していた時に
カオ・プラヴィ・ハーンを訪れていました。
遺跡は、ご覧のように瓦礫の山で、規模の大きさはわかりますが、
まともに建っている建物がありません。
丘の上からは広大なカンボジア平原が見渡せたのが印象に残っています。プレアヴィヒア寺院 寺院・教会
-
現在のプラサット・ヒン・アルン周辺は、
約6万本のバラが咲き誇る「大バラ庭園」となっています。 -
元祖のプラサット・ヒン・アルンは、まさか日本の香川県で、
バラに囲まれているなんて想像もしなかったことでしょう。
それにしても、何故、アンコール寺院がここに建てられたのでしょう?
しかも、無名のタイにある寺院とは。 -
ここに建てられたのはいつなのかわかりませんが、
少しずつ朽ち始めているところが遺跡らしくて、
建設当初より渋みが出ているのではないでしょうか。 -
プラサット・ヒン・アルンの正面です。本当によく出来ています。
アンコール王朝は王が信望する宗教がヒンズー教だったり、
仏教だったりすると寺院もそれぞれに建てられます。
しかし、はっきりとした違いがわかりにくく、
アンコール・トムの大きな顔が観音菩薩の顔だとわかったのは、
発見から随分経ってからでした。
仏教寺院の場合は、とぐろを巻いたナーガ(大蛇)の上に座禅を組む
仏陀像があります(博物館に持って行かれて、無いことも多いですが)。
ここのご本尊は、中央に細長いものがあるのが見えるので、
シヴァリンガムかと思いましたが、
その手前に何かあるみたいで、よくわかりません。
もう少し寺院についての説明が欲しい所です。 -
ああ、もう少し後に来たかったなあ。
バラはまだポツポツと咲き出したばかりです。 -
この寺院がバラに取り巻かれる様を、是非とも見たかったです。
-
この日は、歩くのがうんざりするような暑さで、
日差しが強かったので、写真にもその感じが出ています。
亜熱帯にある遺跡にはピッタリの日だったでしょう。
・・・でも暑かった・・・ -
アンコール遺跡で日本人に好まれているタ・プローム寺院は、
全体が大きな木に覆われ、巨大な板根が回廊から垂れ下がっている様子で
有名です。他の遺跡でも同じような状況だったのですが、
あそこは、そのまま残して保存する事にしたのです。
もう、木を排除すると建物は崩壊してしまいます。
それでも、初めて訪れた時は、地面は崩れた石材が埋め尽くし、
私はその上を渡り歩かなくてはなりませんでした。
今は、ちゃんと整備された道を歩くことが出来ます。
だんだんと自然に埋没していた遺跡の風情が無くなってしまって、
侘しい限りです。 -
この写真だけを見たら、本当にカンボジアに行ったように見えますね。
残念ながら、建物の中に入ることは出来ません。
これだけ精巧に作られているのなら、
せめて、回廊の内側には入らせてもらいたかったです。
せっかく造ったのに、見る人がいないなんてもったいない。 -
アンコール・ワットの壁には数多くのアプサラ(天女)が彫られていて、
そこにクメール・ルージュによる弾痕があったっけ。
初めて訪れた時にはライフルを抱えた兵士が座っていて驚きました。
中心部から外れたところにある寺院は、まだ危なかったんですね。
地雷があちこちに埋められていて、
決して道路以外の場所を歩かないように言われました。
日本から恐らく初めて出たツアーで参加者は7人だったかな?
他の旅行会社の人が視察で参加していました。
帰りは長期間滞在していた私が一人で帰国することになり、
シェムリアップ空港の待合室に座っていると、
日本人の名刺を持ったカンボジア人がやって来ました。
話があるので外に出て来て欲しいと書いてありました。
行って見ると、記者の人で、カンボジアの現状をルポルタージュした
データを日本に持ち帰って欲しいとの事でした。
当時、カンボジアから安全に早く持ち出す手段がなかったのです。
インターネットのない時代でした。
もし、これが麻薬の密輸だったら、私は逮捕されます。
外国で捕まったら、どうなるでしょう。
とても怖かったけれど、その人も私に託すのは心配だったでしょう。
外国にいる日本人が切羽詰まって見ず知らずの私に託しているのに、
日本人である私が受け取らない訳にはいきませんでした。
成田では、迎えの車が来て、データを新聞社に届けた後、
家まで送ってもらいました。
今では、撮ったその場でデータを東京に送ることなど簡単です。
でも、30年前は、こういう時代だったのです。
連載された記事の載った週刊誌が、毎週届けられ、
私は自分の決断を誇りに思うことが出来ました。 -
さて、丘の上のタシチョ・ゾンを目指します。
-
「ヒマラヤの秘境ブータン王国の王宮の一画に建つ行政棟を
ブータン人の手により、2分の1のスケールで再現しました。
この建物は、大阪花の万博で大盛況だったパビリオンを
移築したもので、仏教建築の華麗な色彩溢れる曼荼羅の世界と、
はるか本州を望む展望台があります。
ブータンは、ゆったりとした時間が流れ、高い仏教美術を持つ王国。
この門をくぐると、スローライフ・ブータンを訪れることが出来ます。」 -
左はブータンの国の形の中に、国旗が描かれています。
右は、空港のある都市パロの郊外にあるタクツァン僧院です。
ここは、インド人の高僧で、ブータンに仏教を伝えたとされる
グル・リンポチェ(パドマサンバヴァ)が虎に乗って
降り立った場所とされています。
タクツァン僧院は、標高3,120 mの場所に、1694年に建立されました。
私は1993年に訪れましたが、その後の1998年に火災が起きて
大部分が失われてしまいました。
ブータンと繋がりの深い西遊旅行から連絡が来て、寸志を寄付しました。
寺院の床板1枚くらいにはなったでしょうか。 -
こちらも30年前のフィルム写真です。
この年は4月にカンボジア、GWにブータンに行っていました。
この建物は火災の前の物なので、今はもう少し増築され、
彩色の綺麗な立派な建物になっています。
もともと、標高の高いブータンにあって、この僧院は更に高い場所に
あるため、高山病と戦いながらの山登りとなりました。
わずか数10m歩く毎に息が切れて、立ち止まります。
第二展望台からは一気に谷に降りて、小川を渡り、
最後に急な階段を登らなくてはなりません。
若かった筈なのに、とてもたいへんな行程だった記憶ばかりが鮮明です。 -
赤いシャクナゲ(ラリグラス)は隣の国ネパールの国花ですが、
ブータンでも多く見られます。
ブータンでお世話になった現地のツアー会社の名前は、
シャクナゲを表す「エトメト」でした。 -
エトメトの頭上に、タシチョ・ゾンが見えて来ました。
-
建物の周囲には、「マニ車」が取り付けられています。
これを回すと経典を1回読んだことになり、功徳を積むことが出来ます。
ブータンでは、寺院などの建物だけでなく、
町のあちこちで大きなものから小さなものまであります。
タクツァン僧院への最後の谷には、川が流れていて、
水を使用していつでも回っているマニ車がありました。
インドのラダックにあった大きなマニ車は、
1回転するとチンと鐘が鳴りました。
タクツァン僧院のマニ車も鳴っていたと記憶しています。
タシチョ・ゾンのマニ車は鳴りません。 -
見上げると、窓ガラスに新緑が映っています。
珍しく1枚だけ、丸窓です。ブータンにしては珍しい。 -
これも30年前の写真です。
ブータンの首都ティンプーを訪れて、タシチョ・ゾンに行きました。
手前にいるツアーの人達と比べると、建物の大きさがわかると思います。
レオマリゾートにあるのは半分の大きさで、
実物は国会議事堂なども含まれた巨大な複合施設の一部です。 -
1993年のティンプー、タシチョ・ゾンです。
ブータンの政治と宗教を司る、国の中央政庁であるタシチョ・ゾン。
ゾンの中には国王のオフィスと、宗教会の最高権威である
ジェ・ケンポ(大僧正)の部屋があります。
釘を一本も使わず、伝統的な手法で建てられた建物です。
毎年秋に、タシチョ・ゾンの脇に建てられたスタジアムで
ティンプー・ツェチュというお祭りが行われ、多くのブータン人で
埋めつくされ、躍動感溢れるチャム(踊り)が繰り広げられます。
ゾンの向かいには、国会議事堂と、小さな国王の住居があります。
現在のティンプーは、凄まじい建設ラッシュがあったことが
伺われるほど、町が拡大しています。
93年当時は、信号機が無く、ティンプーにだけ交通警官が
交通整理をしている交差点がありました。
ブータンはヒマラヤの山の中にある国なので、
首都ティンプーには空港がありません。
隣のパロ谷にブータン唯一の国際空港があり、国営のドゥルックエア
(ロイヤルブータン航空)で、バンコクからバングラデシュの
ダッカ経由で行きました。ドゥルックとは、国旗の雷竜を表します。
現在は、インドやネパール、シンガポールにも就航しているようです。
また、2011年にブータン初の民間航空会社タシ航空が設立、
カトマンズ・デリー・ムンバイ・コルカタ・バンコクに就航しています。
かつては、王様が航空機を使うと、フライトキャンセルになると
言われていましたが、もうその心配は無さそうですね。 -
パロでは、毎年春にパロ・ゾンのすぐそばのデヤンカ広場で行われる
ツェチュと呼ばれる祭りを見学しました。
数日間行われる祭りのハイライトが、この巨大なタンカ(仏画)を
拝むことです。毎年、高僧のインスピレーションで
寺院の壁に垂らす時間が決められます。
この日は、まだ暗いうちからこの状態でした。
すっかり夜が明けると、徐々に下に降ろして巻いてしまいます。
パロから首都・ティンプーまでは約1時間弱。
2008年に高速道路が開通し、パロからティンプーまでの所要時間は
かつての半分近くに短縮されました。
以前は、崖の上の半未舗装の道を、道の端には岩を並べてあるだけの
九十九折れを走って行かなければなりませんでした。
高速道路と言っても、日本の感覚では良くて国道程度のようです。パロ ゾン 寺院・教会
-
ブータンの伝統的な様式は、チベットのようにキツい色は使わず、
日本人にも馴染みやすいものです。
民族衣装も、男性は「ゴ」、女性は「キラ」という裾を短くした
日本の着物に似たもので、国が着用を義務付けています。
但し、その下にTシャツやジーパンを履いていてもOKです。
色は抑え気味ですが、女性のオシャレは全国どこでも素敵です。
キラの前垂れを止める金具は銀製で、細かい細工が見事です。
長袖の下に来ている方の袖を上にまくり上げるのもオシャレの一つ。
それが白だと、白を維持できるお金持ちの証なのだとか
(30年前の話です)。 -
ブータンのお土産は、何と言ってもタンカ(仏画)ですが、
他には織物があります。伝統的な模様の布で、小さな巾着から、
バッグまでいろいろ売っていました。
ツアーでは、その織物の巾着に、ブータンの主食である赤米を入れて、
渡してくれました。
その巾着と、自分で買ったボストンバッグは、今でも愛用しています。 -
タシチョ・ゾンの中に入ると、タンカが出迎えてくれます。
仏は、手のひらと足の裏が違う色で表されます。
仏によっては、そこに目が描かれます。 -
ブータンの首都ティンプーは標高約2,400m。
1950年代に第3代国王ジグミ・ドルジ・ウォンチュクが
町の北に宮殿を建設して、年間を通じて居住するようになったのに伴い、
1955年から恒久的な首都になりました。
それまでは冬季はプナカに首都機能が移っていた為、
本格的に首都としての街づくりが始まったのは60年代以降です。
プナカは2つの川の合流地点で、先端にプナカ・ゾンと呼ばれる
冬の城があります。 -
歓喜仏。チベット仏教に多く見られます。
-
版木のような板絵。
-
化仏が幾段にも上に伸びている菩薩像。
日本の十一面観音は、化仏が小さいですね。 -
こちらは仏の頭の肉髻(にくけい)が縦に伸びて、
化仏が1体おわします。なよやかな仕草はヒンズーの影響もあるのかな。 -
おお、これは素晴らしい。寺院にたくさん祀られている仏たちです。
-
2階もなにやらありそうですが、立入禁止です。
1990(平成2)年に大阪の鶴見緑地で「国際花と緑の博覧会」が
開催されました。この時は階段を上がって見学が出来たと思います。 -
建物の裏手に出てみると、塀が仏像でいっぱいでした。
-
摺って仏画をたくさん作るのかな?1枚欲しいな。
そう言えば、アンコール・ワット周辺では、和紙のような紙に、
寺院のレリーフ(浮彫)や、仏像、寺院などの絵を拓本のように
墨で写し取ったものがお土産で売られていました。
かなり横に長いもので、アンコール・ワットを創設した
スーリヤヴァルマン2世の絵柄を買いました。 -
ブータン王国歴代国王
初代:ウゲン・ワンチュク(1907~1926)
2代目:ジグミ・ワンチュク(1926~1952)
3代目:ジグミ・ドルジ・ワンチュク(1952~1972)
4代目:ジグミ・シンゲ・ワンチュク(1972-2006)
5代目:ジグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク(2006~) -
現国王のジグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク夫妻。
2011年10月にジツェン・ペマさんと結婚。
国王は17歳の時に、まだ7歳だったペマさんに一目ぼれ。
ドゥルク航空のパイロットの父を持ち、国王とも遠縁関係にあり、
イギリスに留学して花嫁修業をした後、21歳で結婚しました。
国王もオックスフォード大学に留学しています。
結婚の翌月、東日本大震災を追悼するために福島県相馬市を
訪れています。その後訪れた京都で、案内をしている僧侶に
傘を差し掛けたことは大きな話題になりました。
2016年2月、第一子となる王子が誕生しました。
一夫多妻制のブータンですが、国王は妻は一人と断言しているそうです。
30年前に訪れた時に、青年海外協力隊の人に会って話を聞きました。
ブータンでは、気に入った女性に夜這いをすると、
それで結婚が成立するのだそうで(平安時代みたいですね)、
女性隊員は、襲われないように気を付けなければならなかったそうです。 -
1993年に訪れた時は、まだ4代目のジグミ・シンゲ・ワンチュク陛下の
在位でした。陛下は前国王の急逝により、
16歳という若さで急遽即位することになりました。
第3代国王の時より徐々に実施されてきていた国王の権限の縮小化を
一気に押し進め、行政の実権を担う首相職を設立するなど、
立憲君主制への移行を推進しました。
2006年に譲位し、2008年に民主主義のための選挙が行われ、
ブータンは立憲君主制となりました。
また、「国民総幸福量(GNH)」を国の重要な政策として定めたのも、
この第4代国王です。
現代化を図る一方で、公の場での民族衣装着用を義務付けるなど、
ブータン独自の伝統を守ることにも尽力しました。
世界初の禁煙国家となったのもこの時代です。 -
ジグミ・シンゲ・ワンチュクは、1972年に16歳で即位した
若くてハンサムな国王として人気でした。
国王の記念切手も発売されています。
6人姉妹のうち4人を妻として、5男5女の子供がいます。
そのうちの1人が、ジグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュクです。
国王の定年制を打ち出し、2006年に譲位しています。
ブータンは農業国ですが、ヒマラヤの豊富な水を利用した水力発電は、
余剰分をインドに輸出し、なんと国家歳入の4割を占めるそうです。 -
国旗と楽器。国旗に立て掛けられているのが、チベットホルンで、
ブオーッという低い音がします。
これらの楽器は、ツェチュ(祭り)の際に盛大に鳴らされます。
ブータンの話で、どうしても忘れてはならない人がいます。
西岡京治氏です。
パロ近郊のボンデ村にはブータン農業の近代化に尽力した
故・西岡京治氏の実験農場があります。
1964年、海外技術協力事業でブータンに派遣された西岡氏は、
28年間に渡りブータンに農業の技術を伝え、
わずかな作物しか出来なかったブータンを大きく変えました。
また、ブータンの食生活を見直し、橋を架けて流通を改善し、
「ブータン農業の父」と呼ばれました。
その功績により1980年に第4代国王からダショーの称号を
与えられました。「ダショー」とはブータンで最高の爵位。
西岡氏は今までこの称号を与えられた唯一の外国人です。
ボンデの街を見下ろす丘の上には西岡氏の功績を称えるために
建立されたチョルテン(仏塔)が建っています。 -
女性の民族衣装キラを止めるための装身具。
小物入れの蓋に描かれている鹿と宝輪は、
寺院の屋根などにもあしらわれています。 -
端麗な顔立ちの仏像。見事な宝冠を被り、円盤状のピアスをしています。
-
こちらは、宝冠は左程ではありませんが、ピアスと肉髻が凝っています。
これ程、こだわりのある肉髻は、仏の知恵にあやかりたいという願いが
こもっているのでしょうか。 -
ドアノブも見事な細工です。
チベット仏教の寺院は、どこもドアノブの意匠に凝っています。 -
ブータンの伝統的な建築様式は、木造の完成された美しい形です。
特徴のある窓枠、軒の入り組んだ細工と装飾。
職人が美しいものを作ろうとした姿勢が伺われます。 -
プラサット・ヒン・アルンの裏側に来ました。
いつか、タイの本物に行ってみたいなあ。
これにて、今回のシリーズは終了します。
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