2022/04/29 - 2022/05/05
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ミズ旅撮る人さん
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四国周遊の途中、松山に泊まるので、瀬戸内海の島を訪れたいと思いました。
小豆島や直島には行ったので、少し西側の島をということで、
目に付いたのが「うさぎ島」です。
昨今は猫島が人気ですが、うさぎがいっぱいいる場所というのは
ちょっとおもしろい。
しかも、大久野島は第二次世界大戦中は、毒ガスを製造していた
施設が残っていて、一時期は地図からも消されたという。
単にうさぎがいるだけではないのがおもしろい。
愛媛県からしまなみ海道を渡って、最後にフェリーで行けばいい。
ドライブばかりの四国の旅に、変化を与えてくれました。
最後に、しまなみ海道の多々羅大橋をドローンで撮影しています。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通手段
- 船 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
松山市内のホテルを出て、路面電車の走る通りを走っています。
まだ朝が早いので、「坊ちゃん電車」は走っていません。
昨夜、道後温泉駅で駐留しているのを見ました。
でも停まっている姿より、走っている所を見るのがいいですね。
松山から北上して海沿いに走り、今治でしまなみ海道に入ります。 -
しまなみ海道で四国から離れます。橋の下は来島(くるしま)海峡です。
-
近年、しまなみ海道を自転車で渡るのが人気だそうで、
この時も見掛けました。 -
大島、伯方島と渡って、大三島に来ました。
ここで、しまなみ海道を降ります。
ICの目の前に次の生口島に渡る多々羅大橋が見えます。 -
大三島の北側にある盛港から、大久野島経由、
広島県竹原市忠海(ただのうみ)行きのフェリーが出ています。
午前3便、午後4便なので、割と便がある方なのかな?
広島側からだと小型の客船便もあります。
因みに、大三島は愛媛県今治市、大久野島は広島県竹原市です。盛港 乗り物
-
大三島フェリーで、わずか15分。片道360円で大久野島に渡れます。
カーフェリーになっていて、旅客定員は300名です。
港には無料の駐車場がありますが、
意外と車で乗船する人が多くて驚きました。
なにしろ、頭の上をしまなみ海道が走っているのですから。
船の窓ガラスにはうさぎのモチーフが貼られています。 -
盛港を出て15分で大久野島に着くので、もう目の前に見えています。
右の海岸が大久野島と灯台で、その背後には大崎上島が見えています。
瀬戸内海は島だらけなので、どの島が見えているのか、
はたまた広島県側なのかわかりません。 -
大久野島の桟橋が見えて来たので、デッキに人が集められました。
船内には、うさぎとのふれあいの注意点を書いてありました。
大久野島のうさぎは野生なので、飼われているうさぎとは
接し方が違います。追いかけても、抱っこしてもいけません。
詳しい接し方は、下記のHPが綺麗で詳しいです。
http://rabbit-island.info/ -
フェリーが接岸すると、どっと人と自転車が降り、
続いて車が降りて行きます。
桟橋から、休暇村へのシャトルバスがあるので、
慣れた人々はあっという間に車上の人になりました。
一団が去った後、さて、どうしたものかと思案します。
そもそも動物に興味がないし、戦跡巡りもする気はない。
のんびり歩きながら、うさぎでも見るかとしか
考えていませんでした。
島には観光客向けの地図や順路を示す看板などもほとんどなく、
尋ねる地元の人もいません。
フェリー乗り場の係員すらいませんでした。
島の地図は頭に入っているものの、島の素っ気なさに、驚きました。 -
便が少ないので、帰りの時刻をチェックしておきます。
同じ瀬戸内海の直島ならフェリー乗り場の前に
レンタサイクルの店が待ち構えているのになあ。
土産物店ひとつないのです。こんな場所だから、
うさぎが自力で生きて行かれるのでしょうね。 -
フェリー乗り場のそばの崖で、初うさぎを見つけました。
フェリーを駆け降りて来た観光客が、
うさぎを目指して猛ダッシュすると聞いていたのですが、
大多数はシャトルバスに乗って行ってしまったようです。
辺りには、なんとな~く残ってしまったような数人がいるだけです。
大久野島のうさぎはアナウサギです。
地下に複雑に張り巡らされたトンネルを隠れ場所にしています。
年間降水量1000mm以下の地中海性気候が適し、
巣穴の掘りやすい排水力のある堅牢な土壌を備え、
採食場に隣接して隠れ場となる低木林のある環境が好適地で、
正に大久野島は条件にピッタリです。 -
フェリー乗り場から、島の南側を歩いてみることにしました。
どうも、この界隈にしか戦跡以外の建物はないようなので。
向かいには大三島があって、二つの島の近さが実感できます。 -
舗装された遊歩道を歩いて行くと、
たまに木陰にうさぎが、のべ~~~っと寝そべっています。
大久野島は、瀬戸内海に浮かぶ周囲4.3kmの小さな島で、
2018(平成30)年には 920 頭以上(大久野島ビジターセンター調べ)の生息が確認されています。
観光客が餌を持ってくるので、個体数が年々増加しています。
第 2 桟橋から休暇村大久野島までの区域に多く、
山林内では数が少ない傾向がありますが、島全域に生息しています。 -
天気のいい日だったので、うさぎは日陰でじっとしています。
うさぎはそもそも夜行性なので、昼日中は「お昼寝中」なのでしょう。 -
野生の動物って、もう少し警戒感があると思うのですが、
ひたすら、のべ~~
あの長い耳、掴んで見たくなるなあ。猫の尻尾と同じ? -
木陰にいるので、顔に影が落ちます。
なかなかどうして、予想以上に難物? -
珍しく2羽います。
アナウサギには、自分のテリトリーに対する強い意識があります。
数頭のメスと1頭の優位雄が、テリトリーを防衛します。 -
うさぎ用の餌を持って来た人がいます。スティック状に切った人参です。
この子が全部食べてくれれば問題は無いのですが、
食べ残したら回収しなければなりません。
腐敗するし、カラスの餌になってしまうからです。
更に、在来種のイノシシやネズミ(外来種のイエネズミ)が食べて、
これらの個体数が増加しているとの報告があります。 -
おや、珍しく目を開けているうさぎ。
そう言えば、うさぎの目は赤いんじゃなかったっけ?
種類に寄るのかな?
うさぎは両目を合わせると355度周囲を見渡せます。
真背面と口の近くはよく見えず、
視力は0.05~0.1でかなり近眼なのだそうです。 -
目線が鋭いうさぎ。お陰で、ブロマイド向きの写真になりました。
光を感じる能力は人間の約8倍、暗い部屋でも物にぶつかることは
ないそうです。
でも、骨はもろく繊細で、高いところから着地するだけでも
骨折の危険があるそうな。
最近、無理に抱き上げて落とし、骨折させる事故が増えているのだとか。 -
「可愛らしいうさぎ」の写真を撮ることになるのだろうと
思っていたけれど、やはり野生のうさぎは、愛玩動物とは一味違います。 -
おや、長い耳のお手入れを始めました。これは可愛い!
-
耳が襟巻き~。
そう言えば、君、それで夏毛なの?モサモサしてるけど。 -
え~~、わかんない。そっかあ。
-
お手入れ完了。キリッとしたね。
-
天然のベッド。ふかふかかな?
うさぎの嗅覚は人間の10倍なんだって。
よく、鼻をふんふんさせてるよね。 -
う・わ~、真ん丸!そのまま持ち上げてみたい。
でも、抱き上げるのはご法度です。
うさぎは、撫でられるのは好きでも、抱えられるのは嫌い。
野生のアナウサギは、ペットのカイウサギとは違います。 -
人間の食べ物などをあげるとお腹を壊してしまうけど、
あちこちに置かれている水入れに、水を入れてあげて欲しいそうです。
確かに自然の状態で水が飲める場所がないですね。 -
まるで小屋の前で寝そべっている犬みたい。迫力あるね。
動物園のうさぎは撮る気にならないけど、大久野島のうさぎはいい感じ。 -
来年の干支が兎だったら、年賀状に採用間違いなしなんだけどな。
-
ぷぷぷ、その尻尾、引っ張りたい。
お尻が引っ掛かっているんじゃないよね? -
大久野灯台。その向こうは大三島。続いていないのが不思議な近さ。
それにしても瀬戸内の海は本当に綺麗です。 -
海岸沿いに並んだ「うさぎの耳の集音器」
海に向けることも出来るので、目の前を通る船の音も聞けます。 -
この美しい海岸は、夏になると大人気の海水浴場になるそうです。
-
次の便が出て行きました。
私が乗ったフェリーが広島県の忠海(ただのうみ)に行って、
再び大久野島に来て、今、大三島に向かうところです。
このフェリーは、なかなか忙しい。
2つの航路がどちらも15分だから、ピストン輸送になっています。
既にもう遅れが出ていました。 -
イチオシ
君は、こんなに美しい海で遊べて幸せだね。いつまでも覚えていてね。
-
大久野島には、もう1つ桟橋があります。
ここには、広島県の須波経由、三原行きの船が来ます。
土生商船グループのラビットラインで、土日祝日限定の運航です。
https://habushosen.jp/ -
何もない広場に消火栓と小さな説明板があります。
「医務室跡」
この広場の周りに医務室がありました。当初は診療所程度でしたが、
1937(昭和12)年頃に入院病棟も建てられ、
本格的な病院となりました。
病院には、歯科・内科・外科・眼科・耳鼻咽喉科・レントゲン室・
毒ガス治療室、病室(30床)などがありました。
「イペリット・ガスは、隙間から浸透し、皮膚・目・喉などを冒して
結膜炎・肋膜炎・肺炎・気管支炎等を引き起こしたが、
有効な治療法はなく、皮膚炎に対する普通の治療法で
過マンガン酸カリと酢で毒を中和し、更に火傷と同様に扱っていた。
しかも、呼吸器疾患に関しては、出来るだけ栄養のあるものを食べる以外
ほとんど治療法はなかった」(毒ガス資料館のパンフレットから抜粋)
医務室は立派でも、役には立たなかったようです。 -
藤の花とうさぎ。ちょっとうさぎが遠かったですね。
-
この子も耳のお手入れは欠かしません。
-
と思ったら、いきなり駆け出しました。
-
そのまま崖を駆け上ります。いや~、早い。
-
崖の中腹に落ち着きました。
国立研究開発法人国立環境研究所(茨城県つくば市)の
「侵入生物データベース」というHPによると、
アナウサギは、16世紀に輸入された外来種で、島嶼部で野生化している
ものは、1950~90年代に食肉や皮を取るために放されたもの。
環境への影響は、「繁殖巣穴占拠による繁殖妨害,競合,植生への影響
及び土壌浸食,農業被害,VHDの伝播」だそうです。
沖縄ではアマミノクロウサギが生存競争に負けて数を減らす原因であり、
各地で駆除されているようです。
環境省が平成 27 年度(2015 年)に作成した「生態系被害防止外来種
リスト」で、アナウサギは「重点対策外来種」とされています。 -
「自動交換機室跡」
見ても区別のつかない戦跡が、散在します。 -
そうした施設の裏側にも、うさぎが潜んでいたりします。
こんな所にいるうさぎは、競争に敗れたオスかしら? -
「大久野島毒ガス資料館」中は撮影禁止です。
「1929(昭和4)~1945(昭和20)年の終戦まで、
大久野島は秘密の「毒ガス島」として当時の陸軍毒ガス製造所が
建設されていました。その間、各種の毒ガス製造所や戦後の処理作業で
被毒した多くの人が亡くなっています。
この資料館は、おそるべき毒ガスの実態を多くの人に知っていただき、
忌まわしい歴史を二度と繰り返さぬことを願って、
元従業員やご遺族から貴重な資料をご寄贈いただき展示しています。」
毒ガスの製造過程で、作業員が被害を受けたことは悲惨な事ですが、
もっと大事なことが抜け落ちています。
完成した毒ガスは、どこで使われ、誰を殺したのでしょう。
「日本が毒ガスを使用したという事は1984(昭和59)年まで
日本では殆ど知られていませんでした。
化学戦の実体は慎重に秘匿され、旧軍関係者以外の日本人は
殆ど事実を知りませんでした。
日本の毒ガス兵器の研究開発は旧陸軍科学研究所(東京)、
大量製造は大久野島、充填は曽根(北九州市)、科学戦の運用と訓練は
旧陸軍習志野学校(千葉)といった日本の化学兵器の構図が
明らかにされています。」(パンフレットより抜粋)
この資料館は、作業工程と、作業員が被った被害を提示するだけで、
本当に日本がアジアの国々に何をして来たのかは、
何一つ示していません。
ドイツのベルリンには、ナチスの行った様々な行いを
詳(つまび)らかにしたすごい資料館があります。
日本のこういう態度が、韓国での従軍慰安婦問題を
引き起こしたのでしょう。大久野島毒ガス資料館 美術館・博物館
-
休暇村の建物は、毒ガス製造所の敷地にあります。
これらは、終戦後にアメリカ軍に破壊され、
わずかな痕跡しか残っていません。
この平和な芝生には、いくつもの建物が並んでいたのです。 -
オレンジ色に塗られた部分が現在の休暇村本館です。
-
大久野島歴史の重なり
1902~24年芸予要塞時期、
1929~44年毒ガス製造時期、
1951~56年アメリカ軍による弾薬庫としての利用時期
大久野島で毒ガスを作っていたのは、15年間だけなのですね。 -
「三軒家毒ガス貯蔵庫跡」
ここには、猛毒で皮膚がただれる、びらん性毒ガス「イペリット」が
貯蔵されていました。
写真のような10t入る大きなタンクがそれぞれの部屋の台座の上に
置かれていました。
管を使って工場から直接タンクに毒液が送り込まれていました。
イペリットやルイサイトなどの液体毒ガスは腐食を防ぐため、
内部に鉛を張り付けたタンクに保管しました。 -
これが毒ガス貯蔵庫跡です。
-
台座だけが残されていて、壁には落書きがいっぱい。
-
そして、知らぬ顔でうさぎがいます。
-
ふと、台座の方を向くうさぎ。
ここが何だったのか、知ることに意味はないね。 -
イチオシ
今回の表紙です。うさぎを額縁に入れてみました。
-
キラキラと美しく輝く瀬戸内の海。
でも、そこには怖いものがいっぱい沈んでいるようです。 -
「陶磁器製毒ガス製造器具」
毒ガスは、化学薬品を反応させて、複雑な科学操作を経て
製造して行きます。従って、製造設備の主要な部分は、
薬品に反応せず熱に強い陶磁器が用いられました。」
こういう物は、証拠隠滅を図って海洋投棄されたんじゃないかな。 -
国内外から多くの観光客が訪れている大久野島。
2009(平成 21) 年に約 13 万人だったものが、
2017(平成 29) 年には約 36 万人(竹原市統計)になっています。
うさぎの威力はすごいですね。
うさぎと海以外の暗い歴史に目を向ける人はどれだけいるんだろう。 -
「幹部用防空壕跡
上に土を盛り、石垣を築いて造られています。
入口が2つあり、左右どちらからでも逃げ込むことが出来ました。
防空壕の中は高さ約2m、幅約2m、長さ約5mの広さで、
半地下式のかまぼこ型になっています。
コンクリートは強固に作られており、幹部が如何に他の従業員と比べて
優遇されていたかがわかります。
従業員用の退避壕は地面に1mくらいの穴を掘り、上に草木を被せた
簡単な物で、通称「たこつぼ」と言われていました。」 -
幹部用防空壕跡の見取り図です。
一時的に身を隠すためだけのようで、部屋などはないのですね。
毒ガス工場が被弾したら、防空壕など意味もなかったでしょう。
守るべきは工場の方なのに、人間は愚かですね。 -
君もそう思う?
-
花の下のうさぎ。
うさぎは地面近くの葉や芽を食べてしまうので、
植物があまり育たないのだそうです。
うさぎの嫌いな夾竹桃などは旺盛らしい。 -
このうさぎは、何故か私の足元に駆け寄って来ました。
餌をくれると勘違いしたようです。
このように、野生ではありながら餌付けされてしまっている
うさぎもいます。 -
夾竹桃の下のうさぎ。食べないけれど、身を隠すのには利用するらしい。
夾竹桃は、花、葉、枝、根など全ての部分に、青酸カリよりも毒性が強いと云われるオレアンドリンという有毒物質を含んでいます。
口に入れると死に至ることもあるほど危険です。
うさぎは絶対に食べないでしょうね。 -
キャンプ場のうさぎは、観光客の差し出す餌をがぶり。
自ら寄って来て、おねだりしていました。
すっかり餌付けうさぎになっています。 -
テントサイトの下のうさぎ。遊び相手にはならないよ。
-
広々と気持ちのいいキャンプ場。
すっかりキャンプ場のスタイルが変わりました。 -
キャンプ場を駆け抜けるうさぎ。何かに驚いたようです。
転んだり、何かにぶつかったりしてケガをしても、
治療してもらえることはありません。
海水浴場の近くで、男の子がうさぎを追いかけ回していました。
注意すると一旦立ち止まるものの、平気でまた追いかけて行きました。
親は近くにいても気にしません。
むしろ、「触ったら手を洗ってね。」とのお達し。
フェリーの中にあれほど注意書きがあっても、読まないのでしょうね。 -
数が増えれば、健康ではないうさぎも増えます。
アナウサギの個体間で広がるウサギ梅毒、人も動物も罹患する
E 型肝炎ウイルスや日本脳炎ウイルス等の各種感染症の抗体が
大久野島のうさぎから検出されました。
(中国四国地方環境事務所2020年発表)
このうさぎは、目の周りが皮膚病に罹っていますね。 -
ねえ、君、大丈夫?
-
フェリー乗り場などで売っているうさぎの餌は、
放置すると湿って食べなくなってしまいます。
餌をあげたら、食べ残しは必ず回収しましょう。
また、袋はその辺に捨てないように、売り場に返却すると
絵葉書と交換などの対策を取っているようです。
住民の殆どいない島には清掃業者はいません。
ゴミは必ず持ち帰りましょう。 -
さて、フェリー乗り場まで歩いて戻り、その先の戦跡を訪ねます。
-
トンネルを抜けると、大きな建物が建っています。
-
発電場跡です。
-
アメリカ軍に最後まで利用されていたようなので、
壁の文字や数字はその当時の物でしょう。 -
この建物は、大久野島で毒ガスを製造する際(1929~45年)に、
電力を供給していた発電場跡です。
当時ディーゼル発電機が8基設置され、重油を燃料にしていました。 -
また、この建物では、1944年11月~1945年4月までの間、
「ふ号作戦」に使用する風船爆弾の風船を膨らませ、
弱い部分を補修する作業も行われました。
使用された風船は、動員学徒の女学生が和紙をこんにゃく糊で
貼り合わせて作っていました。 -
当時の写真です。
-
奥の方は、少し低くなっています。事務所だったのでしょうか。
-
ポンプ室跡。発電機の冷却水用に海水を汲み上げていました。
-
ここにも黒うさぎがいました。
静かな戦跡が、いっそう静寂さを増すような気がします。
もう、ここには戦争なんて関係ないのよね。あとは、静けさだけ。 -
さて、帰りのフェリーを待ちます。
(見えているフェリーは、ここを出て忠海に向かっています)
忠海行きの乗客の数は半端ではなく、
フェリー乗り場から、ずっと発電場跡近くまで続いていました。
忠海行きの小型の客船だと、乗り切れなくて置いて行かれることがあると
聞きました。時間には余裕を持っておきましょう。 -
大久野島と大三島の間をジェットスキーの一群が突っ走って行きます。
スクールでもあるのかな? -
ふと本州側を見ると、JR呉線愛称「瀬戸内さざなみ線」が
走っているではないですか。
1時間に1本しか走っていない希少な列車が、たまたま見た瞬間に
走っていました。
呉線は、広島県三原市の三原駅から広島県安芸郡海田町の海田市駅までの87㎞を結ぶ路線で、全線単線です。これは227系です。 -
忠海行きの小型客船が出て行きました。
忠海港を出たフェリーと行き合います。 -
そろそろフェリーが着くので、桟橋に並びます。
後ろを振り返ると、おおすごい。
休暇村からのシャトルバスで一気に来たのでしょう。
シャトルバスの本数はフェリーの時間に合わせているので少なく、
それ以外の時間にはほぼありません。
島には他に施設が無いので、昼食時は休暇村はごった返していました。 -
GWなので、観光客が多いです。乗船時間が15分と短いから
気軽に遊びに来られるのでしょう。JR忠海駅は無人駅だそうですが、
みんな車を港に停めて来るんだろうなあ。 -
フェリーから、しまなみ海道の多々羅大橋が見えます。
-
大三島の盛港です。小さな事務所がポツンとあります。
その左側に大きな駐車場があります。盛港 乗り物
-
盛港で車に乗って、さて大三島ICに向かおうと思ったら
信じられない大渋滞が起こっていました。
渋滞の先頭はそのICのようです。
渋滞を回避して、住宅地を走っていたら、軽トラックのおじさんが
声を掛けて来ました。抜け道を教えてくれたのです。
そして、まるで「ポツンと一軒家」のように、先導してくれようと
しました。カーナビで道はわかったので、先導は辞退しましたが、
ご迷惑をおかけしている地元の方に親切にしていただいて、
感動しました。
そのままICには向かわずに、道の駅多々羅しまなみ公園に来ています。
ここは、「サイクリストの聖地」なのだそうで、
記念碑の前で写真を撮る人が次々と訪れています。道の駅 今治市多々羅しまなみ公園 道の駅
-
道の駅の海岸に降りて来ました。ここはベストアングルなのに、
誰もいません。
渋滞があるので、道の駅に入って来る車もほとんど無かったです。 -
ドローンで撮影しています。
しまなみ海道が混んでいるのかと思いましたが、
空いていますね。IC前の信号が原因のようです。 -
大三島(手前)と生口島を結ぶ、しまなみ海道の多々羅大橋です。
-
ドローンの飛行高度は150mまでに制限されています。
橋脚が高いので、これより上からの撮影は出来ません。 -
右が大三島です。2つの小島の向こうは伯方島です。
「伯方の塩」で有名ですね。
伯方島では19世紀初頭から塩田がつくられ、製塩業が盛んでした。
しかし、1971(昭和46)年4月に成立した「塩業近代化臨時措置法」で
失われてしまう自然塩を維持するため、存続運動を始めました。
そうして作られたのが「伯方の塩」です。
大三島の工場では、工場見学が行われています。
今回はここで終わりです。次回は、香川県のレオマリゾートに行きます。
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