2022/05/20 - 2022/05/21
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fromatozさん
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豊後高田、宇佐、安心院(あじむ)、院内を散策。
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JR中山香(なかやまが)駅から約5km歩いて熊野磨崖仏へ。当初、近くの田原山(鋸山)にも登る計画だったが、この日は足の調子が万全でないため諦めた。
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熊野磨崖仏への最後の登り。不揃いな石段。鬼が一夜で築いたと伝えられている。秋田県男鹿の赤神神社の石段も鬼が一夜で築いたとの言い伝えがあり、1000km以上離れた地域で同じような言い伝えがされているのが興味深い。
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熊野磨崖仏。右下に大日如来(6.8m)、左に不動明王(8m)。養老2年(718年)に宇佐八幡神の化身(生まれ変わり)ともいわれる仁聞菩薩が設立したとの伝説があるが、実際には平安時代末期(約900年前)の作と推定されている。
熊野磨崖仏 寺・神社・教会
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熊野磨崖仏から約3km離れた場所にある真木大堂へ。真木大堂近くの随願寺(写真奥に見える小さなお堂)の前にはユーモラスな人形(案山子らしい)がお出迎え。ご時世を反映し、皆さんマスクをしている。
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真木大堂のある馬城山伝乗寺(まきさんでんじょうじ)は、熊野磨崖仏同様、仁聞菩薩により養老2年(718年)に開基されたと伝えられている。国東半島に点在する天台宗寺院郡の総称を「六郷満山」と呼び、多くの寺で同じような伝承があるようだ。
真木大堂の収蔵庫には、旧本堂から移された仏像が安置されている。真木大堂 寺・神社・教会
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収蔵庫内は撮影禁止。内部は外観からは想像できない照明を落とした厳かな小広い空間。像高216cmの阿弥陀如来坐像を中心に、右に像高255cmの不動明王立像、左に像高241cmの水牛に跨がった大威徳明王像が安置されている。
写真は、真木大堂に貼られてあったポスター(右:不動明王立像、中:阿弥陀如来坐像、左:大威徳明王像)。 -
旧本堂。
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旧本堂内部。こちらは写真撮影の許可をいただいた。
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真木大堂の境内には古代公園と名付けられた一角があり、国東塔、宝筐印塔、庚申塔、五輪塔等の国東半島の石造文化財が集められ展示されている。
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続いて、朝日観音・夕日観音へ。朝日観音・夕日観音への登り口に「サイクリングコース」とあるが、この先は勾配のある登山道で、マウンテンバイクでも通過するのは大変だと思う。
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まずは朝日観音。大岩の崖の下に小さなお堂が建てられている。
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そして、夕日観音。お堂はないが、こちらも崖の下にある。
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夕日観音の近くには田染荘(たしぶのしょう)といわれる平安時代に開墾された宇佐神宮の旧荘園が見渡せる展望好地がある。この写真で見える田んぼの一番奥に、この後に訪問する展望台がある。
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田染荘内を歩く。右奥に見える岩峰が夕日観音があった場所。
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この辺りは、水田や周囲の景観が昔のままの姿で守り受け継がれている貴重な場所らしい。
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夕日観音のあった山から田染荘を挟んだ向こう側にある展望台へ。
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元宮磨崖仏。右から毘沙門天(212cm)、コンガラ童子(105cm)、不動明王(203cm)、持国天(188cm)、声聞形尊あるいは地蔵菩薩像(122cm)。室町時代の制作と推定されている。
元宮磨崖仏のすぐ近くにある田染郵便局前から豊後高田市の乗合タクシーで豊後高田の中心街へ。元宮磨崖仏 名所・史跡
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「昭和の町」としてレトロな街並みを残している。
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大衆食堂 大寅屋でチャンポン定食(600円)をいただく。他にも親子丼(350円)、カレーライス(350円)、かけうどん(200円)等、安い。店内には「昭和55年より値上げしていません」と表示がしてあった。
大寅屋食堂 グルメ・レストラン
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昭和ロマン蔵。昭和時代に走っていた車が展示してあった。
昭和ロマン蔵 名所・史跡
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豊後高田バスターミナル。人がほとんどおらず、かなり寂れている。ここから宇佐駅まで路線バスで移動。
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宇佐駅前にある喫茶店蓮華でレンタサイクルを借り、宇佐市平和資料館へ。
宇佐は太平洋戦争前に海軍航空隊が置かれた場所で、太平洋戦争末期には特攻隊の基地としても使われた。宇佐市平和資料館 名所・史跡
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入場料が無料なのはいいが、展示内容はちょっと物足りなかった。零戦と人間爆弾「桜花」の実物大模型の展示、米軍による宇佐空襲や特攻体、桜花の記録映画の上映がメイン。
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宇佐市安心院(あじむ)町の鏝絵(こてえ)通り。鏝絵とは、左官が壁を塗る鏝で絵を描いたもので、家屋の戸袋や切妻に描かれることが多い。全国で約3000ヶ所、大分県で約1000ヶ所、安心院では約100ヶ所に点在しており、鏝絵通りでは6ヶ所10個の鏝絵が集中している。
本町鏝絵通り 名所・史跡
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重松家別邸。1階に豊後富士(由布岳)、3階に虎、龍、三階松(この建物の裏側)が描かれている。
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鏝絵通りの近くにある、からあげ ぜんで鶏の唐揚げを買う。小さな小屋のような店舗。メニューには100g毎の値段が書いてあるが、200g以上での注文が必要。骨なしを200g購入(500円)。
ぜん グルメ・レストラン
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注文が入ってから揚げてくれるので少し待たされるが、出来たて熱々を食べられる。
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宇佐市院内町の石橋めぐり。現代ではコンクリートや鋼材を用いた橋が一般的だが、院内町には江戸末期から明治、大正、昭和に架けられた石橋が多く残っている。
写真奥に見えるのは荒瀬橋。松田新之助という、この後に登場する富士見橋、御沓橋、鳥居橋等多くの石橋造りを手がけた名工を棟梁として、大正2年(1913年)に架設。昭和13年(1938年)~14年にかけて、洪水による破損のため大修理が行われているが、橋高18.3mと院内町で一番の高さがある橋。荒瀬橋 名所・史跡
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富士見橋の上から。峡谷に架けられている。右上に見える東屋がある場所が橋の展望台になっている。
富士見橋 名所・史跡
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展望台から眺める富士見橋。大正14年(1925年)に架設。架設中の大正13年、崩落してしまったが、松田新之助は田畑山林などの私財を売り払い、資金を集めて翌年に完成させたという、松田の意地と信念を感じさせる逸話が残っている。
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鷹岩橋。昭和3年(1928年)架設。長さ40mの橋を1連のアーチで支え、径間(橋脚の中心間の距離)は27mと院内町の石橋では最も長い。
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分寺橋。ここで折り返し、宇佐方面へ戻る。
分寺橋 名所・史跡
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久地橋(きゅうちばし)。明治初期に架設。長さ約7m、幅約40cm、厚さ約60cmの大きな桁石を2本、谷をまたいで渡し、その上に板石を16枚並べて造られている。重量規制ともいえる荷車等の通行を禁じる標柱も残っている。
橋の見栄えはシンプルで小さな橋だが、ほの暗い小さな渓谷は一種独特な雰囲気。 -
福厳寺の羅漢橋。こんな小さな橋も石橋として紹介されている。
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福厳寺の閻魔堂。
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旧豊州鉄道 豊前二日市駅跡。現在は国道387号線が整備されており、線路があった面影はなし。
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御沓橋。大正14年(1925年)架設。橋長59mは院内地域最長。
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打上橋(うちあがりばし)。文久3年(1863年)架設。院内に現存する最古の石橋。手前には水路の橋もあり、こちらは昭和初期の架設。また、元の橋の真上に新しい橋(赤い主桁とガードレールのある橋)ができている。
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鳥居橋。大正5年(1916年)架設。「石橋の貴婦人」と称される5連アーチの橋。
鳥居橋 名所・史跡
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宇佐神宮。全国に4万以上ある八幡神社の総本宮。
宇佐神宮 寺・神社・教会
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下宮。嵯峨天皇の弘仁年間(810~824年)に朝廷より造営使が遣わされ、上宮の御分神を鎮祭し創祀された。
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これから参拝する上宮の手前にあった看板。上宮参拝済みの人に下宮も参拝するよう案内している。私は先に下宮を参拝したが、本来、上宮から参拝するべきものだったのか?宇佐神宮のWEBサイトの参拝の作法の案内では、「「片参り」にならないよう、上宮、下宮ともにお参りしましょう。左の一之御殿、中央の二之御殿、右の三之御殿と、順にお参りします。」とあり、「上宮、下宮の順にお参りしましょう。」とはなっていないので、下宮、上宮の順でもよいと解釈。
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上宮西大門は令和の大修理中。令和7年に終了するようだ。
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上宮本殿。応神天皇の神霊である八幡大神、神話時代に宇佐に降臨された比賣大神、応神天皇の母親の神功皇后が御祭神。神亀2年(725年)に八幡神を祀る御殿が造立され、天平5年(733年)に神託により二の御殿が造立され、古くから地主神として崇敬されていた比賣大神を祀り、弘仁14年(823年)に神託により神功皇后を祀る三の御殿が建てられた。
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