2022/03/11 - 2022/03/11
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hijunoさん
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宝塚にある小浜宿を歩きました。
小浜宿15世紀末、毫摂寺が建立され、寺内町として発展、布教や戦国大名と対抗するため自然の地形などを利用して、要塞としての役割もありました。
関西や有馬、西宮などを結ぶ三街道が交わる交通の要所でした。
大阪から有馬に至る湯治の道・有馬街道、西宮から米や酒を運んだ道・西宮街道、京都伏見などからの道・京伏見街道などの道が入っていました。
宿場町の情緒が残り、静かな街並みです。
春の暖かい天気のなか、気持ちよく歩けました。
順番はおおよそ以下の通りです。
①毫摂寺
②小浜宿資料館
③皇大神社
④首地蔵
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
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宝塚市内にある小浜宿に来ました。
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小浜宿は15世紀末、浄土真宗の毫摂寺が建立されて、寺内町として発展してきた宿です。
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宿の入り口に地図があります。
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ちょっと見えにくいですが、詳しい案内図もありました。
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まず、その毫摂寺から周りたいとおもいます。
右お隣は学校のようです。 -
大きな屋根、
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大きなお寺です。
小浜御坊とも呼ばれます。 -
15世紀末、善秀が小浜荘を開いて毫摂寺を建立します。
小浜は、寺内町として発展していきますが、布教や戦国大名、織田信長の一向一揆弾圧に備えるために、北、西、南の三方に流れる大堀川が迂回している自然な地形を利用し、池や谷などの土塁で囲むなど、城塞化されています。
豊臣秀吉も有馬温泉の湯治の際には千利休を伴い宿泊したそうです。
秀吉の養子秀次も毫摂寺の次女の亀姫を側室にしています。 -
境内はとても広いです。
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鐘楼。
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古い灯籠があります。
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元禄14年とありました。
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水仙があちこちに。
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開基堂とありました。
洋風の建物です。 -
趣のある壁の道を通って、資料館へ行きます。
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静かな通りにあります。
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小浜宿資料館に到着しました。
資料館ではビデオの上映をしてくださり、小浜の歴史や見どころなどがとてもよくわかりました。 -
小浜の街並みについても、館内のスタッフの方が詳しく教えてくれました。
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イチオシ
地形を見てみると、一目、川が三方を囲み、要塞になっています。
寺内町として発展していきますが、小浜は、三街道が重なる宿でもあります。
有馬の湯治につながる有馬街道、西宮からの米や酒を運ぶ西宮街道(馬街道)、京都・伏見からの京伏見街道などです。
街道ごとに三方には門があり、北門は有馬街道、南門は西宮街道、東門は京伏見街道に通じています。
このような城塞寺内町の様子から「小浜城」とも呼ばれています。 -
パンフレットによると、1851年の記録によると、戸数202戸、人口は800人。馬借、問屋、茶屋、旅籠が並ぶ町場、専業農家はほとんどなかったそうです。
江戸時代~古いものが展示されています。
掟が書かれているものも。 -
わかりやすく説明したもの。
忠孝等札というものだそうですが、具体的に生活全般の掟みたいなものが書かれていました。具体的です。
奉行から出されています。 -
小浜組といわれる大工さんたちの集団。
1723年ごろ成立したようです。
小浜の大工さんたちは腕が良いと評判だったそうです。 -
薬研などもあります。
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古い教科書や明治や大正、昭和などで使われていたような数々の品。
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美しい版画なども。
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大工さんの道具も大切に保存されていました。
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火消の道具などでしょうか。
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小浜の街並みが説明されています。
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銅鐸も。
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企画展もしていました。
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堂坂遺跡の写真パネルと説明。
宝塚市の遺跡です。 -
出土された様子。
おおよそ、室町時代後期~戦国時代の古銭が壺に詰め込まれています。
誰が何のために隠匿したのかわからないようです。 -
多くの古銭。
19万枚が発見されたそうです。
これだけの量の古銭の出土は珍しいそうです。 -
出土された壺。
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こちらの土蔵も山中家が使用していたものを収蔵庫として今も利用されているそうです。
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もうひとつ、宝塚市内の遺跡の紹介と遺物の展示もありました。
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弥生時代の土器などが出土したようです。
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こちらの資料館のある場所は山中家の敷地を提供されたもの。
祖先は山中鹿之助という家系です。 -
庭には道標や石碑なども。
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資料館の見学が終わり、小浜宿を歩いて周ってみます。
資料館お隣の建物が山中家。
代々続いたお家。
千利休が茶をたてたときに使った井戸も残っているそうです。 -
お向かいのお宅は菊仁というお酒の量り売りなどをしていたお店。
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軒先。
風情があります。 -
小さな杉玉が可愛いです。
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静かです。
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江戸時代から交通の要所だったこともあり、制札と呼ばれる、幕府のお定め書などが多くあったようです。
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小浜会館。
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代官所、番所があったそうです。
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民家の前。見えにくいですが、道標です。
道標はあちこちにありました。 -
更に歩きます。
趣ある建物の上、面白い樹を見つけました。 -
皇大神社に到着しました。
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1441年の創建と伝わっているそうです。
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由緒が書かれてありました。
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本殿は県の登録文化財です。
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境内、びっくりするような大木がありました。
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保護樹木とありました。
とても古い樹のようです。 -
こちらにも。
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小浜戎も一緒に祀っています。
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狛犬の後ろ姿なのですが、こんな尻尾だったのですね。
失礼ながら、可愛いと思ってしまいました。 -
神社前の標識。
首地蔵の方角へ歩きます。 -
途中、このような風情のある建物も。
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南門の跡の石碑があります。
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公園のようになっている高台があります。
桜の季節は美しいと思います。 -
首地蔵があります。
首から上の病気にご利益があるといわれています。 -
説明があります。
洪水で流れてきた、伊丹のお殿様が祀ったとかなど。。 -
お堂を建てようとしたところ、大工さんたちが病気で倒れたことから、
家の中に入るのを嫌がっているのではないか、、と人々が考え、外で
祀っているそうです。 -
周りには古い石塔もあります。
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この石段を上ったところにあります。
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説明板にもありますが、全国から参拝者が訪れていたそうです。
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谷風岩三郎のお墓があります。
江戸末期に小浜に生まれ、明治に入り、大関に昇進したお相撲さんだった人。 -
地図によると、このあたりは馬街道と呼ばれていたところ。
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こちらにも道標。
たいへん古い、、とあります。
ここから、旧和田家住宅へ向かいます。 -
小浜宿は商家も沢山ありました。
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読みにくいですが、町家の説明がありました。
宿場町の賑わいが想像できます。
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