
2022/01/15 - 2022/01/15
16位(同エリア70件中)
あおしさん
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小笠原旅行3日目。
今日は母島行の船「ははじま丸」が父島からその日のうちに往復する日。
そこで母島に日帰りで行きました。
現地ではレンタバイクでまわりました。
動画 小笠原・母島(4K)
https://www.youtube.com/watch?v=JW-4hR8jPe4
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 船 バイク
- 利用旅行会社
- エイチ・アイ・エス
-
「ははじま丸」の出航は朝7時半。
民宿に聞いたら7時に出た方がよいとのことで、朝食の代わりにサンドウィッチのお弁当を作ってくれました。
二見港では「ははじま丸」の待合室は「おがさわら丸」とは別の待合室。
ここでチケットを購入。
片道約5000円。
高い!
距離は50キロほどなのでJRの5倍のお値段です。
やはり同じく日帰り観光客がぱらぱらと。サンシャイン小笠原 <小笠原諸島父島> 宿・ホテル
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「ははじま丸」です。
漁船のような小さな船です。
7時半に出航しました。
母島までは片道2時間です。二見港船客待合所 乗り物
-
朝早かったので、船でもう一眠り。
母島が近づいてきました。
名前とは裏腹に、岩がごつごつしているダイナミックな島です。
途中、船がスピードを落としていました。
「どうしたのかな?」と思ったら、クジラが潮を吹いていました。ははじま丸 乗り物
-
母島・沖港に入港します。
母島は沖港の周りに集落があり、村役場、学校なども集まっています。沖港 乗り物
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沖港に到着しました。
民宿などのお出迎えの人も多くいました。
まずは沖港の観光案内所でMAPを入手します。小笠原母島観光協会 名所・史跡
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まずは沖港から歩いて5分ほどの母島ユースホステルへ。
ここでレンタバイクを借ります。
帰りの便まで約4時間、2200円。
やや高いですが、仕方がないですね。ペンションりゅう 宿・ホテル
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まずはロース記念館へ。
母島に最初に住んでいたロースという人の記念館です。ロース記念館 美術館・博物館
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母島は最初はロース夫妻と先に母島に住んでいたジェームス・ロットレイ夫妻の2組の夫妻だけが住んでいました。
彼は母島の石が健材や道具作りに適していることを発見しました。
島民はこの石を「ロース石」と名付けています。 -
またこの記念館は母島の郷土資料館でもあります。
母島の歴史、写真などが多く展示されていました。
ロース記念館で母島の「お勉強」したあと、まずはレンタバイクで北へ都道を直行します。 -
母島の市街地からバイクで約30分。
最北の北港へ。
ここが都道の終点です。
戦前はここが母島の「玄関」となる港でした。
今は埠頭の残骸だけが残っています。北港 ビーチ
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ロース記念館で展示されていた戦前の北港の写真。
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戦前は北港を中心に集落がありました。
今は家のあったところは自然に帰り、家の跡なども残っていません。北村 名所・史跡
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ロース記念館にあった北村の写真。
北港を中心に家々が並び、集落を形成していました。
500人ほどの人々が住んでいたそうです。 -
ここには小学校もありました。
現在は石垣と石門が残っているだけで、校庭などは木々で埋まり、自然に戻っていました。北村小学校跡 名所・史跡
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ロース記念館の写真より。
手前が北村小学校校庭です。 -
北村から中心部へ今度は適当に寄り道、一休みしながら都道を戻ります。
まず北港の近くにある東港。
平成の直前、1987年までは捕鯨基地だったそうです。
今は使われていないようですが、なぜか工事中で立入禁止になっていました。東港 自然・景勝地
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都道に戻り、東港を見下ろす展望台。
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展望台の近くから森に入ると、砲台が残っていると案内がありました。
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なんとも頼りない道案内。
一周15分ほどの遊歩道にはなっています。 -
太平洋戦争で使われた砲台です。
かなりしっかり残っていて、迫力がありました。
この砲台が3基残っていました。 -
都道に戻り少し南下したところにある六本指地蔵。
指が六本あるので、六本指地蔵と呼ばれているようですが、前掛けがあったのでよくわかりませんでした。 -
六本指地蔵の下にある探照灯基地。
防空壕の中にあります。
移動可能なようにレールもありましたが、今は残骸になっていました。 -
さらに都道を南下。
石門と呼ばれる特別保護地区(森林生態系保護地区)への入口を通り過ぎて、ビックベイと呼ばれる海岸の展望台。
天気が良ければいい風景だったでしょうけど、曇りなのでいまひとつ。石門 名所・史跡
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さらに南下すると新夕日ケ丘。
向島などの母島諸島の島々が見えます。
今回は夕方までいられませんが、夕日が美しい場所だそうです。新夕日が丘 名所・史跡
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都道を南下して、中心部を通り過ぎてさらに南下します。
御幸之浜へ。
ようやく天気もよくなってきました。御幸之浜 自然・景勝地
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御幸之浜の展望台からも母島諸島の島々がよく見えました。
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ここは元は南京浜といいましたが、昭和2年、昭和天皇が行幸され、以来「御幸之浜」と呼ばれるようになりました。
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ここには「貨幣石」と呼ばれる大型有孔虫の化石があります。
自然学者でもあった昭和天皇はこの化石を採集されたそうです。 -
これが貨幣石。
昭和2年と言えば、張作霖爆破事件、浜口首相暗殺など日本がファシズム・軍国主義の始まった時代。
なにかと心労の多かったであろう昭和天皇にとって楽しいひと時だったことでしょう。 -
御幸之浜から中心部、沖港へ戻ります。
沖港の前のビーチは前浜と呼ばれるところです。 -
前浜にあるガジュマルの大木は地元の人のたまり場だそうです。
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前浜の前の母島の中心部。
村役場や学校、商店などが集まっています。
役場の前には昭和天皇行幸の記念碑がありました。 -
沖港の近くにある鮫ケ崎展望台へ。
脇浜 公園・植物園
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ここからも海がよく見えます。
運が良ければクジラも見られるそうですが、残念ながらこの時はクジラは見られませんでした。鮫が崎展望台 名所・史跡
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レンタバイクをユースホステルに返却して、帰りの「ははじま丸」で父島に戻ります。
出航のときは母島の民宿などの人が旗を振ってお見送りをしてくれました。
離島の名物ですね。沖港船客待合所 乗り物
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今日は最後の夜。
今日は小笠原の名物、「島寿司」と「亀料理」を食べたいと思っていました。
まず民宿の夕食で島寿司が出てきました。
サワラ寿司です。サンシャイン小笠原 <小笠原諸島父島> 宿・ホテル
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民宿で夕食後、亀料理を食べるためのお店を探しに行きます。
湾岸通り (父島) 名所・史跡
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亀料理の看板のある居酒屋さんで亀料理と小笠原の地酒のロック。
あのウミガメのお刺身です。
味は魚の刺身に似ていましたが、お餅のようなむっちりした舌さわりでした。バー クレヨン グルメ・レストラン
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サンシャイン小笠原 <小笠原諸島父島>
3.23 -
ペンションりゅう
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