2018/07/29 - 2018/07/30
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ローテンブルク2日目、街歩き、前回の続きです。
ローテンブルクって可愛いだけの町だと思っていたけど、歴史的にも大変面白い町なのですね。
30年戦争で大酒飲みの市長が町を救った話、トップラー市長の頑張りで町は繁栄するものの市長は牢獄に入れられた話、ウィーン包囲網の英雄ポーランドの王さまがローテンブルクを訪れていた(これは私の推測)話・・・、枚挙にいとまがありません。
後編でも、またいろいろ驚く発見がありました。
私自身、ローテンブルクをこんなに深く見たのは初めてです。
今まで、可愛いだけの町、なんて軽く見ていたことを深く反省します。
ごめんなさい、ローテンブルク。
さて、次はフュッセンに向かいます。
-
前回から続きます。
今通ってきた道を振り返ります。
正面突き当りが市庁舎広場、左側の塔は展望台がある市庁舎の塔。
通りにはケーテヴォールファールトやホテル・アイゼンフート。
古い石畳のヘレンガッセ。
ローテンブルクって可愛いだけの町だと思っていたけど、歴史的にも大変面白い町なのですね。
30年戦争で大酒飲みの市長が町を救った話、トップラー市長の頑張りで町は繁栄するものの市長は牢獄に入れられた話、ウィーン包囲網の英雄ポーランドの王さまがローテンブルクを訪れていた(これは私の推測)話・・・、枚挙にいとまがありません。 -
ここの壁にも何かありますよ。
「カイザー・フリードリヒ3世(1415-1493)が、1474年2月にここに1週間滞在した」。
神聖ローマ皇帝フリードリヒ3世と言えばあのマクシミリアン1世の父親ですね。
マクシミリアン1世と名前を聞くと、あのとんがった鷲鼻の人物画がすぐに思い浮かぶほどの有名なハプスブルクの皇帝です。
ローテンブルクは帝国自由都市でしたから、皇帝が訪れるのは不思議ではありませんが、やはりこういう碑銘を間近にみると、時空を超えてときめきますね。 -
ここにも興味深いプレートがあります。
ヴィトゲンシュタイン・ハウスの文字に反応する私。
オーストリア鉄鋼王と言われる財閥ですから、ローテンブルクに別荘があってもおかしくないですね。
ヴィトゲンシュタイン家のことを、前に調べたことがありました。 -
私が調べたきっかけはグスタフ・クリムトのこの絵。
「マルガレーテ・ストンボロー・ヴィトゲンシュタイン」1905。
(ノイエピナコテーク蔵)。
モデルのマルガレーテの父は製鉄で莫大な富を築いたカール・ヴィトゲンシュタイン、世紀末「ウィーン分離派」の後援者です。
また弟は哲学者ルートヴィッヒ・ヴィトゲンシュタインです。 -
私が最も興味を持ったのがこれ。
大して期待せずに撮った写真でしたが、読み進めるうちに面白いことが。
何と現在のローマ教皇フランシスコ(第266代)がローテンブルクでドイツ語を勉強していた!?
「アルゼンチン出身のイエズス会司教だったホルヘ・マリオ・ベルゴリオは1986年8.4~10.2、ローテンブルクのゲーテ・インスティトゥートでドイツ語を勉強していた。
彼は2013年3月にローマ教皇に就任した」と。 -
この話、最近どこかで見たような・・・?
そうだ!4トラ会員のbeachさんの旅行記でした。
もしかしてbeachさん、教皇様のご学友かも!?
早速beachさんの旅行記をガン見しました。
残念ながらbeachさんのクラスメイトの司教さんは別人でしたけど、いつの日かその司教さんも手が届かないほど偉くなられて、あの人は昔私の隣の席で落書きしていたのよ、なんてことになるかも知れませんねbeachさん?(笑)。
ていうか、私だって短期とはいえシュヴェービッシュハルとプリーンのゲーテに行きましたし、青山のゲーテにも通いましたから、畏れ多くも現ローマ教皇様の同窓生と言えるかも(笑)。
無理か・・・。 -
更に散策を続けます。
フランツィスカーナ教会。1285年建立の前期ゴシック様式の教会。
ローテンブルク最古の教会だそうです。
中には入りませんでした。 -
ブラブラとブルク公園に向かっていたら「竹山画房」という日本語のお店を見つけました。キョロキョロしていたら中から、「入って見ていきませんか」と日本語でお声がかかる。
息子たちには先に行ってて、と言って私だけ中に入らせていただきました。 -
画廊の中には奥の方まで素敵な絵がいっぱい。
この方がこの画廊のご主人、竹山栄一氏。
ローテンブルクと東京に画廊をお持ちの画伯でいらっしゃいます。
寛いでいらっしゃっしゃったみたいですが、お写真いいですか?と聞くと快く了承してくださった。
そしていろいろ面白いお話を伺いました。
その節はありがとうございました。 -
記念に、竹山画伯がお描きになった淡い美しい色調のローテンブルクの風景画の絵葉書を何枚か買い求めました。
とても思い出に残るローテンブルク土産になりました。 -
ブルク門(城門)
-
ブルク門の入り口の左側は、異国風な壁絵が素敵なワイン居酒屋です。
ではブルク門をくぐります。 -
ブルク公園側から見たブルク門(内門)。
小さな可愛い小屋は見張り番人の詰め所。
レーダー門とそっくりです。 -
塔の上には帝国自由都市の双頭の鷲とローテンブルクの紋章。
内門の正面も双頭の鷲かな~?欠けているのでよくわかりません。
ローテンブルクは1274年にハプスブルク家のルドルフ1世より帝国都市の特権が与えられ、1350年には神聖ローマ皇帝から帝国自由都市と認められました。 -
ここに八角柱の石のモニュメントがあります。
今はないけど、ここにホーエンシュタウフェン家が帝国城塞を建てたということですから、この場所にあったのでしょうか。
詳しく碑銘を見てみます。 -
石碑にはコンラート3世とかバルバロッサとかフリードリヒ1世とか、歴史好きには堪えられない名前があります。
この公園内にホーエンシュタウフェン家のコンラート3世によって、帝国城塞が築かれたようです。
コンラート3世は甥であるフリードリヒ1世(バルバロッサ・赤ひげ王)を後継者に指名しました。
コンラート3世の死後、息子フリードリヒ・フォン・ローテンブルクはまだ幼かったので、従兄弟であるバルバロッサの後見下におかれたということのようです。
しかし城は1356年の大地震により崩壊してしまい、現在は城址として公園だけが残っています。 -
石碑といえば、前に訪れたバートヴィンプフェンにも同じような石碑がありました。
バートヴィンプフェンも帝国自由都市で、ホーエンシュタウフェン家が居城を築き、統治していた場所でした。
この石碑にもバルバロッサやハインリッヒ、フリードリヒ2世などのお馴染みのローマ皇帝たちの名前が刻まれていました。
(写真は2011年5月に訪れた時のもの) -
ブルク公園のテラスから眺める旧市街やタウバー渓谷の風景は素晴らしい。
こちらは旧市街方向。
左のほうにプレーンラインのジーバー塔が見えます。 -
タウバー渓谷の風景。
中央にタウバー川に架かるドッペル橋(二重橋)。
この橋は14世紀に造られました。その左側の小さな塔はコボルツェラー教会。これも1172年から1479年の間に建てられた古い教会です。
あの近くまで後で散策するつもり(!)です。 -
眼下に見える堅牢な城壁。
あの立札は何だろう? -
城壁と一体となっているあの石造りの建物は、カールシュタット博士(アンドレアス・ルドルフ・ボーデンシュタイン:1486-1541)が匿われていた場所らしい。
カールシュタット博士は、ルターやメランヒトンと同時期の宗教改革者でしたが、なぜかルターやザクセンのヨハン公らと意見が対立し、追放され放浪生活を余儀なくされるのです。
あの石造りの家はその放浪の途中で匿われた家のようです。
その後カールシュタット博士は同じくチューリッヒの宗教改革者ツヴィングリに助けられ、バーゼル大学で学部長の仕事に就き、そこでペストで亡くなりました。 -
城塞の角の見張りの塔。
-
ブルク公園の彫像
-
息子たちが戻ってきました。
再びブルク門を通って次へ移動します。 -
ブルクガッセ(ブルク通り)。
彼方に見えるのは、一気飲み市長の仕掛け時計が演じられた市議宴会館。 -
中世犯罪博物館。
庭には鳥かごのような中世の拷問用具(処刑用具)。
パンの目方をごまかしたパン職人を入れて水責めにした鉄製の檻だそうです。
今回は中学生が一緒だし、拷問とか処刑とか残酷な場面が多いので、中に入るつもりはありません。 -
さっと通り過ぎようと思ったら、中から鋭い視線を感じました。
こわもてのおじさんがこちらを睨んでいます。
日本語で「盗賊?」と。展示物のようです。
傍らには「鉄の処女」。
ほんとは大変面白い博物館なのだけど、もっと中世の歴史が理解できるようになったらまた来ましょうね、と孫娘に伝えます。 -
再びプレーンラインへ。
ホテルには寄らないで、私たちはこちらのジーバー門ではなく・・・。 -
右側のコボルツェラー門をくぐります。
ここから城壁の外側に出ることができます。 -
階段をおりると、そこは城壁。
-
息子たちはこれから城壁巡りをします。
私とは12時にホテルで待ち合わせ。
息子があんなところで私に手を振っている、と思ったら写真を撮っている・・・!?
止めてよ~! -
息子たちが城壁巡りをしている間、私は一人でタウバー川の方を散歩します。
この下に美しい風景が広がっているそうです。そしてそれはタウバーのリヴィエラと言われるほどだとか。
ローテンブルクは何度も訪れているのに、ここはまだ未踏。
早速足を踏み入れてみたいと思います。
コボルツェラー塔の前門を出て。
ここにも鷲と赤い城の紋章。この鷲の紋章が一つ一つ微妙に違うのが気になっています。 -
この坂道を降りて、ブルク公園から見えたドッペル橋(二重橋)まで歩きます。
緑の中を歩くのは爽快でしょうね。 -
下に見えるつづら折りの坂道を降りるようです。
ここから旧市街が見えます。ブルク公園の方です。
えっ、ちょっと遠い・・・。 -
なんとなく鬱蒼とした木々。周りを見渡しても誰も歩いていない。
ちょっと不安になりました。
こんなところで襲われたらどうしよう(笑)。
だって、このおばちゃん、現金は持っているしクレジットカードも持っている、それにパスポートを携行していますから、そうなったら被害甚大です。
治安の良いローテンブルクですから、その確率は非常に低いとは思いますが。 -
でもそうなってからでは遅すぎます。
あの塔の下まで行ったら引き返そう!
ここはコボルツェラー塔から二つ目のカルク塔。
諦めるのは早い私です。 -
ほんとに誰ともすれ違いませんでした。
城壁の向こうに見える塔はFisch塔。 -
そしてまたコボルツェラー門を通って、旧市街に出ました。
-
待ち合わせ時間まで、たっぷり時間があるので、ホテルの前の静かなカフェにはいります。
暑いのでメレンゲたっぷりの冷たいコーヒーをいただきました。 -
さて、コボルツェラー門で私と別れた息子たち。
この門、何度も登場しますね(笑)。 -
銃口穴から私が去った方向を見ています。
-
再びプレーンラインの泉にやってきました。
城壁への上り階段を探します。
コボルツェラーからジーバー塔は城壁が繋がっていないのですね。 -
ジーバー塔近くのレーダーシュット(城壁沿いの通り)から城壁を眺め、さあどこから城壁に登るんだろうと考えている(たぶん)
-
近くに階段を見つけ城壁に登りました。
片面が石の壁、片面は木造の手すりの屋根付きの城壁の通路。
壁側にもところどころに窓があり外を眺められます。 -
城壁を歩く。
中世のころより歴史を物語るすり減った城壁の床や手すり、壁。 -
どれくらい歩いたでしょうか。急傾斜の切妻屋根、日本の合掌造りの家をメルヘンチックにしたような旧鍛冶屋(ゲルラッハ鍛冶屋)を見おろす場所にやってきました。
その先にはレーダー門が見えています。 -
息子たちはレーダー門の展望フロアまで登ったようですね。
壁にはいろんな資料が展示してあったのね。写真を撮ってきてくれたらよかったのに。 -
フロアの一画には子供たちがカードで遊んでいる場所も。
-
展望台から見渡す景色は圧巻です。
赤い切妻屋根の連なりが何とも美しい!
その向こうに見える塔は左から、市庁舎の塔、聖ヤコブ教会、そしてヴァイサー塔(白い塔)です。 -
ジーバー塔の方向。
右が城壁内(旧市街)、左は城壁の外。森が広がっています。 -
そして下にはレーダー門の見張りの塔。
それでは展望台を降りて、ホテルへ急ぎます。 -
その前にシュネーバルを買わなきゃね。
お昼ごはん代わりに列車の中でいただきましょう。 -
12時にホテルで合流し、荷物をピックアップして駅に向かいます。
じっくりローテンブルクを見て回ったはずなのに、まだこの街並みに後ろ髪を引かれます。 -
壁を這っているのは藤棚。
咲き遅れの藤の花がところどころ紫色に染まって見えます。 -
駅への道々、未練がましく写真を撮り続けます。
窓辺の花が芸術的で・・・。 -
ショーウィンドウに飾られた楽器がオシャレで・・・。
-
ホテルの看板が可愛くて・・・。
-
陶器やさんの店先。
あんなお鍋でポトフを出したら美味しそうね。あらこんな傘立て、うちの玄関に欲しいわ。
買う気がないのに品定め。
ほんと、どこを切り取っても絵になります。 -
この小さな乗り物は何?
描かれているのは夜警の絵。毎晩ツアーで街中を見回ってくれる夜警さんの乗り物かしら?
思わず前に周り込む、セグウェイです。 -
立派な木組みの家!
壁に文字が書いてあります。
(私の拙い訳)
「1945年、戦争は古い家を呑みこんだ。1962年、人々は戦争を消し去りました」。
とても含蓄のある言葉です。
第二次大戦でローテンブルクはアメリカ空軍の爆撃を受け、建物の40パーセントが損傷または破壊したそうです。
この古い家も被害に遭い、1962年に再建されたのでしょうか。 -
レーダー門に着きました。
息子たちにとってはすっかりおなじみの門です。さっきまであの塔の上にいたんですものね。
彼らは何度この門を行ったり来たりしたのでしょうか(特に息子は)。 -
門の近くのアイスやさんでは子供たちが冷たいアイスをおいしそうになめている。
この時間の温度は34~5度はあるはずです。何しろ暑いのです。
あの大きな門は車道専用。 -
人間さまはこの小さな通用門を通ります。
-
お堀には、マロニエ(?)。
実をつけています。 -
トップラー・テアター。
ローテンブルクの名市長トップラーの名を冠した劇場では、「Wir sind mal kurz weg」という喜劇映画をやっているようです。
ローテンブルクのトップラー市長は永遠に偉人です。 -
レーダー門を出た二人。
ローテンブルクを楽しみましたか?
何となく去りがたい表情に見えるのは私の気のせい? -
駅前通りアンスバッハー通りに面して建っている、その名も帝国都市薬局。
ローテンブルクは、可愛いものと、中世から現代にいたるまでの歴史あるものが混在する奥深い町でした。
私自身、ローテンブルクをこんなに深く見たのは初めてです。
今まで、可愛いだけの町なのよね~って、軽く見ていたことを深く反省します。
ごめんなさい、ローテンブルク。 -
ローテンブルク駅に着きました。
駅前にはちゃんとタクシーが停まっていますよ!(誰に言っているの?笑)
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この旅行記へのコメント (2)
-
- beachさん 2022/02/06 09:06:16
- ガン見して頂きありがとうございます(*^^)v
- frau.himmelさん
この度は旅行記に私の余談エピソードを採用頂きありがとうございます(;´∀`)大変光栄でございます!!!
さすが世界のゲーテ。凄い人たちを輩出していますね!我々もその一員、同窓生という認識でよろしかったでしょうか(笑)そうゆうことにしておきましょう(笑)
さて、今回のローテンブルク大変興味深く拝読いたしました。実は…私もfrau.himmelさんと同じく「可愛いだけの町なのよね~」と軽く見ていたことを告白します。なので、2005年のクリスマスに訪れて以来、実は実はドイツにいるにも関わらず・・・一回も行っていません(苦笑)!今回の旅行記を読んで、もう一度行きたくなりました。今度行った時には「中世犯罪博物館」にも入ってみたいと思います。
次回はフュッセンですね!私がドイツ国内で大好きな場所のひとつです。楽しみにしています!それでは、また(^^)/
beach
- frau.himmelさん からの返信 2022/02/06 17:06:58
- RE: ガン見して頂きありがとうございます(*^^)v
- beachさん、
早速のコメントありがとうございました。
無断でお名前を使わせていただいたにも関わらず快く了承してくださいましてありがとうございます。
いえ、ローテンブルクで見たことがあまりにも凄いことで、これってbeachさんのご学友では?と思い、ガン見させていただきました(笑)。
よく考えたら年代が違うのですが、そんなことなど吹っ飛んでしまっていました。
あのローマ教皇様も、ホームステイしてゲーテに通われたようですね。
そういう庶民的なところを汲んで、私たちは同窓生(笑)、と言うことにしておきましょう。
ローテンブルクの印象、beachさんもそうでしたか。
今回は私の旅ではない、中学生の孫の旅なのだから、彼女が喜びそうなところ、と言ったら、やはりローテンブルクですよね。
と言いながら最終的に一番興奮していたのは私だったりして・・。
次回は、もう一つ中学生が喜びそうな白鳥城に連れてまいります。
beachさんの次の旅行記、mittenwaldでしたね、楽しみにしています。
でも、いいですね。ドイツであちこち行けるんですもの。(僻みです)。
himmel
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