2021/12/13 - 2021/12/15
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ドクターキムルさん
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一昨日、大江広元墓参道が清泉小に突き当たる角の空き地の隣で、庭で草むしりしているおばあさんがいる。話掛けてみると、この参道には稲荷社があり、かつては丁度、今ブロック塀がある辺りあったのだが、鉄筋コンクリート造のアパートが古くなったので取り壊し、今は更地になっているのだという。
なるほど、今は屋敷稲荷にしか見えないが元々は大江広元墓参道に鎮座していた稲荷社なのだという。その稲荷社を引き継いだのだという。屋敷稲荷ではないと思わせるのは覆い屋の屋根が銅葺きであることであろうか。
十二所(じゅうにそ)には滑川左岸に大江広元が低宅を構え、右岸の北の頂上付近の山中には大江広元墓と伝わる墓が残っており、十二所神社までの間にある山裾には大江稲荷(https://4travel.jp/travelogue/10487316)が鎮座している。そうしたことを鑑みると、江戸時代後期の文政6年(1823年)から明治10年(1877年)くらいまでに、源頼朝墓の裏手に新しく大江広元墓が営まれ、整備された際に、十二所の大江稲荷を分社したものであろう。
また、毛利季光墓もこの当時に整備され、鶴岡八幡宮の西側の鶯ヶ谷にあったが、大正10年(1921年)にこの地の大江広元墓と源頼朝墓との間に移設され、親子の墓が並んでいる。
この稲荷社は国指定史跡「法華堂跡(源頼朝墓・北条義時墓)」の付属物であるはずなのだが、落ちてしまっているのはいかにも鎌倉市らしい。
おばあさんの家の庭には秋に咲く花が少ないので、今度来るときに鎌倉タンポポ、横浜タンポポ、フキタンポポ、緋紅タンポポを持ってきてあげると約束した。おばあさんは清泉小の校長先生と親しいので、清泉小で私がかつて持っていった鎌倉タンポポ、横浜タンポポを見せてもらうと言っていたが、枯れてしまっているかも知れないからと、今日は秋には寂しくなっているおばあさんの家の庭に植える開花している鎌倉タンポポ、花芽が伸びて開花直前の横浜タンポポ、花芽がたくさん付いているフキタンポポ、それに緋紅タンポポを玄関前に置いて帰った。おばあさんは不在だったのでメモを残しておいた。
(表紙写真は大江広元墓参道にあった稲荷社)
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