2005/11/18 - 2005/11/27
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kiju-jiさん
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第5日目(11/22・火)、第6日目(11/23・水)
第5日目(11/22・火)
5:50 起床、6:40 朝食、8:00 荷出し(荷物は先にバスでウィーンに)、
9:00 ホテル・ルネッサンスを出発。徒歩でザルツブルク駅に。
9:34 ザルツブルク駅発、12:35 ウィーン西駅に到着。
13:00 日本食レストラン・優月で昼食。
昼食後、ベルヴェデーレ宮殿(絵画館)、美術史博物館、一旦ホテル・インターコンチネンタルにチェックイン、夕食はシェーンブルグ宮殿内のレストラン(レジデンツ)、オランジュリー・ホールでウィンナー・ワルツなど鑑賞。
第6日目(11/23・水)
5:50 起床、6:30 朝食、9:00 ウィーン市内見物にホテル・インターコンチネンタル出発。
シェーンブルグ宮殿⇒再度ベルヴェデーレ宮殿⇒カールス広場の近くの土産物屋のワルツでお買い物⇒リンクをバスでドナウ運河の袂で下車⇒ウィーン最古のレストラン・グリーフェンバイスルで昼食⇒シュテファン寺院広場⇒ケルントナー通り⇒国立歌劇場(当日券をゲット)⇒ケルントナー通りをシュテファン寺院⇒グラーベン通り(ペスト終焉記念塔)⇒コールマルクト通り(高級スーパーのジュリアス・メインルで夕食のお惣菜を買って)⇒新王宮へ⇒一旦、ホテルに⇒国立歌劇場(オペラ、ラ・トラヴィアータを観劇)
この旅行記は、コロナ禍が収束しつつある2021年10月に暇を持て余し、執筆している。何しろ、16年前の旅行なので記憶違い、変わった面は悪しからず・・・。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.5
- ショッピング
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 日本旅行
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第5日目(11/22・火)
5:50 起床、6:30 朝食、8:00 荷出し(荷物は先にバスでウィーンに)、
9:00 ホテル・ルネッサンスを出発し、徒歩でザルツブルク駅に。
写真はこの日の朝食。野菜が少ないので、フルーツを沢山。昨日の朝も同じような・・・。 -
ホテル・ルネッサンスの玄関で・・・。
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爺も・・・。
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歩いてザルツブルク駅に・・・。
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ザルツブルク駅前にて記念に奥さん。
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ザルツブルク駅のホームで・・・。手荷物は3個(ショルダーバッグ2個、小型のボストンバッグ1個)。トランクはバスでウィーンに先回り・・・。
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ホームで御一行様23名。
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ヨーロッパでお馴染みの型式の電車が来ました。ツア仲間もカメラをむけて・・・。
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2等車の車内。ツア仲間が好きな場所に・・・。16年経っても懐かしく想い出される面々・・・。
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2等車の車内。ツア仲間が好きな場所に・・・。16年経っても懐かしく想い出される面々・・・。
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途中、リンツ駅に停車・・・。
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ホームに下りて。時間は10:50・・・。
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リンツ駅のホーム。最後の乗客が乗り込んで・・・。
モーツアルトの交響曲36番・ハ長調、K425”リンツ”は、モーツアルトがリンツに滞在した時に誰かに依頼されて作曲・・・。
また、風除け室で新婚の男性と左側の車窓からメルクの修道院が見えるはずと・・・。
一瞬見えたので感激!・・・。阪神航空フレンドツアー(11日間)はメルクの修道院に行き、ヴァッファ渓谷のクルーズもあったが・・・。 -
12:35 ウィーン西駅に到着。
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ウィーン西駅の構内。
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ウィーン西駅の前に、先回りしたバスが待っている。早速乗り込んで・・・。
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ウィーン西駅の前の景色。爺は最後に乗り込んで・・・。
添乗員さんが昼食は日本食と・・・。13:00 レストラン・優月では寿司と天ぷらを造り置きに・・・。
寿司はまだしも天ぷらは冷え切って。思わず電子オーブン(電子レンジ)を持って来ーいと叫びそうに・・・。23人分を一辺に出すのは無理としても数人分を何回かに分けて出す才覚もなし。最低のレストラン・優月。日本だったら3日で潰れる。
後で、添乗員さんに貰った地図をよく見ると、優月は、ケルントナー通りにほど近い所にあった。 -
昼食を終えたらバスに乗って、ベルヴェデーレ宮殿に。
ベルヴェデーレ宮殿は、当時ウィーンで多大な権力を持っていたプリンツ・オイゲン・フォン・サヴォイ公(オスマン帝国軍を撃退?)が1716年に夏の離宮(下宮)として建設。1723年に宴会用として上宮(現在、美術館)を建設。オイゲン公が亡き後ハプスブルク家が買い取り、19世紀末からは王位継承者のフランツ・フェルナント(フランツ・ヨーゼフ1世の甥、フランツ・ヨーゼフ1世とエリザベト王妃の長男のルドルフ皇太子は自殺)が1914年サラエボで銃殺(第1次世界大戦の始まり)されるまで住んでいたらしい。 -
ベルヴェデーレ宮殿。大きな池の右側を歩いて・・・。
今現在はオーストラリア絵画館(上宮)に。グスタフ・クリムトの絵を中心に展示している。 -
多分、ベルヴェデーレ宮殿のチケット?・・・。
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グスタフ・クリムトの代表的な絵(左・接吻、右・アレデ・ブロッホ=バウハの肖像)。絵葉書から・・・。
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ここで絵葉書を買うときにトラブル発生。
爺が先に窓口でコインを置き、絵葉書数枚を置いた。
左の女性がコインを引き出しに手で払うように入れた。爺が払ってないと言い張る・・・。爺はsometime pay coinとめちゃくちゃな英語で抗議。後ろに並んでいたツア仲間が確かにテーブルに置いたと助け舟を・・・。 -
しゃくに触ったので写真を2枚・・・。
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フランス式庭園に出て。ここから下宮越しにシュテファン寺院の尖塔などが望められていい所なのだが積雪で今一つ・・・。
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一応、奥さんを記念に・・・。
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また、バスに乗ってリンク内の、猛吹雪の中をマリア・テレジア広場にある美術史博物館に・・・。
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美術史博物館では丁度スペインの画家のゴヤ展をやっていた。
ゴヤの絵は2000年11月に行ったスペイン旅行で、マドリードのプラド美術館で観ていた。写真のパンフレットの写真を見てゴヤの日傘だと・・・。 -
写真はLPレコードのジャケット。帰国後、高田馬場駅近くのCD,LPの中古屋さんで見つけたもの。マドリード交響楽団の演奏なので日傘がジャケットに使われたらしい。1978年の製作、アメリカでプレス・・・。爺は中身は聴いていない?・・・。
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美術史博物館のドーム型天井を見上げて・・・。
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2階に上がる階段・・・。
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先ほどの日傘の絵が看板に・・・。
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隠し取りした1枚?(天井画?)。何か爺の琴線にピッと来たのかな・・・。
ブリューゲル父子などの絵もあったが爺の好みではない・・・。
ラファエロ、ヴェラスケス、ティツィアーノなど有名画家の絵を観たが写真が撮れない・・・。 -
美術史博物館での鑑賞の後は、17:30 一旦ホテル・インターコンチネンタルにチェックイン・・・。
写真はホテルのカードキーのホルダーとコースター。
部屋は210号室、2連泊。 -
荷物を置いた後、17:55 シェーンブルグ宮殿に向け出発。
レストラン・レジデンツでの夕食と、オランジュリー・ホールでの音楽鑑賞。 -
レストラン・レジデンツのリーフレット(はがき大)の表紙。
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前菜のサラダ・・・。日頃の野菜不足解消?!・・・。
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メイン。ここでも温野菜のほうれん草。不味かった。
肉は塩だけの味付け。塩っ気が強い。爺はバターで軽くソテーしてほしいが・・・。
そして、ワサビと醬油で・・・。 -
デザート。塩辛い料理の後は甘過ぎるケーキ。ヨーロッパの特徴?!・・・。
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夕食後はシェーンブルグ宮殿のオランジュリー・ホールでコンサート。
写真はチケット。内容にしては、55ユーロと高い(ツア料金に含まれて)。
オランジュリー・ホールは縦に細長く、前の席群と後ろの席群とに分かれていた。
我々ツア仲間一行さんは前席。
オランジュリー・ホールは、元々オレンジを栽培するための温室。ガラス張りで音響的には向かないし響きが悪い。 -
コンサートホールのパンフレット兼プログラム。
A4サイズで42ページ・・・。歴史や演奏者などが記載されているが・・・。
余りにも音響効果が悪い。いちげんさんの観光客むけ・・・。
爺たちもいちげんさん・・・。二度と行くか・・・。 -
オランジュリー・ホールは縦に細長く、前の席群と後ろの席群とに分かれていた。
我々ツア仲間一行さんは前席の様子。 -
オランジュリー・ホールは縦に細長く、前の席群と後ろの席群とに分かれていた。
我々ツア仲間一行さんは前席。前席と後席の間に5列か6列かが空いていたので座って・・・。やはり音の響きが悪い。後席は料金が安いのか満席・・・。
コンサートの後はホテルに・・・。この夜は体も冷えていたので珍しく爺もバスタブに・・・。 -
ここで、閑話休題。
昔々々〃〃、ウォルト・ディズニの映画で”ウィーンの森の物語・1963年制作”があった。ご老体は記憶にある方も居られるかも・・・。
若きヨハン・シュトラウス2世(シャニー)と、後に妻となったソプラノ歌手のイエッティを主人公にした映画。この映画でイエッティがスキャット?する”ウィーンの森の物語”は吹き替えかも知れないが素晴らしい歌声だった。また、イエッティ役のセンタ・バーガーは超美人だった。爺は1971年(昭和41年)頃、横浜市の東横線の白楽駅前の”白鳥座”で観た。その頃”白鳥座”をはじめ、映画館はTVに押され斜陽、衰退気味で、名画座と云うか古き良き映画をリバイバル興行をしていた。料金も安く各週の土曜日に通った(時短の始まりで各週土曜日が休み、毎土曜日が休みになるのはもう少しあと)。
画像は、爺がブログの旅行記を参考にするMollyさんから勝手にお借りした。Mollyさん有難う。Mollyさんの旅行記は写真が素敵で説明もすばらしいのでフォローしている。
爺は人生最後の海外旅行としてローマに逗留してオルヴィエートに日帰りと思っているが・・・。コロナ禍で叶わぬ計画になりそう・・・。 -
第6日目(11/23・水)
5:30 起床、6:30 朝食。ホテル・インターコンチネンタルの朝食の特徴は、味噌汁があること。映画・寅さんシリーズ(第41作・男はつらいよ・寅次郎心の旅路)で、ウィーンで撮影した映画がある。柄本明、竹下景子、淡路恵子らが出演。撮影のために監督の山田洋次さん以下、インターコンチネンタルで長逗留、厨房を借りて、ご飯を炊き、味噌汁を作った縁で、日本人は味噌汁がないと頑張れないとホテル側が曲解して・・・。ヨーロッパのインターコンチネンタル・ホテルに・・・。
味噌味はまあまあとして、豆腐はまさに腐ったような酸っぱい中国の味。
ここで、面白かったのは卵焼き。ここで余談を少し。爺は幼い頃、母親が香りのよい九州特産の小ねぎを細かく刻んで混ぜた卵焼きを・・・。爺は奥さんが居ない時は卵3個にキャベツを細かく刻んで少しの麺つゆと胡椒を混ぜた卵焼きをつくる。
ホテルのコックさんにエシャロット(小ねぎの代わり)を細かく刻んで混ぜた卵焼きをオーダー。写真右上のハムの横が卵焼き・・・。久し振りに美味かった・・・。因みにご飯の上はホテルの卵焼き・・・。 -
玄関ホールで、チェリストのミーシャ・マイスキーに出くわす。
前夜(11/23)に、楽友協会の大ホールでリサイタルをやったらしい。気さくに撮影に応じてくれた。度々カメラを向けるのは失礼なので、ツア仲間から頂いた写真。
色紙を持っていなかったのは残念。爺が著名音楽家と間近かに接したのは3度目。1度目は勤務先のH社がオーディオ機器に注力していた頃、ウィーンフィルハーモニーが来日した時に、第1ヴァイオリン(ゲルヘルト・ヘッツェル、後年登山事故で亡くなる)をはじめ主要メンバー7人(ウィーン室内楽団・ウィーンフィルには多くのグループが・・・)を2度ほど招き録音して特別なLPレコードを制作した時に役得で、7人のサインもちゃっかり持っている。
2度目は1985年8月に日航機が事故を起こした後の9月末に札幌に出張の際、羽田空港の勝手知ったる抜け道(現在のように警護に厳しくなかった)を歩いている特に偶然、音楽事務所?の女性と歩いているアルフレッド・ブレンデルと出くわした。あなたのファンでLPレコードとCDを沢山もっていると話した。握手をして・・・。この頃は日航機は危ないと・・・。多くの人が全日空機に・・・。札幌まで、ブレンデルも同じ全日空機の普通席に載っていた。
爺の奥さんは、友人とのドイツのクリスマス旅行の際、ドレスデンのゼンパー・オーパーでミーシャ・マイスキーのリサイタルを聴いている。
写真の日付けが11/24となっているので、ブダペストに出発する11月24日の朝かも・・・。記憶が曖昧・・・。メモになし・・・。 -
ホテル・インターコンチネンタルの玄関で記念に奥さん・・・。
9:00 ウィーン市内観光に出発。 -
先ず、ナッシュマルクトの横を通ってシェーンブルグ宮殿に。この日は雪も降らず快晴・・・。
写真はシェーンブルグ宮殿の入り口の2つある塔の片側。 -
シェーンブルグ宮殿のパンフレットの表と裏表紙。大きさはA4サイズを3つ折りにしたサイズ。
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天下の悪妻、傾城の美人エリザベト王妃を表紙に使ったパンフレット。
エリザベト王妃(愛称・シシー)は生涯、勉強嫌いで我儘を通し自身の美にこだわった(身長170cm、ウエスト57cm)野心家?・・・。侍女であるまいし姉の見合いに付いて行ってフランツ・ヨーゼフ1世に見初められる。
フランツ・ヨーゼフ1世とエリザベト王妃の長男のルドルフ皇太子は自殺・・・。王位継承者のフランツ・フェルナント(フランツ・ヨーゼフ1世の甥)は、1914年6月にサラエボで銃殺(暗殺)。第1次世界大戦の始まり。1918年ハプスブルク家は滅亡、共和国となる。
マリア・テレジアの子供たちはマリーアントワネットを始め不幸な末路・・・。 -
積雪の宮殿の前庭を歩いて・・・。
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先ず奥さんを記念に・・・。
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爺も・・・。ここでも爺は手袋をしていない・・・。と云うか写真を撮る時は邪魔・・・。
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裏に廻ってフランス式庭園に・・・。遠くにグロリエッテ。
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フランス式庭園とグロリエッテを背景に・・・。
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シェーンブルグ宮殿の裏?・・・。
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記念に仲良くフランス式庭園とグロリエッテを背景に・・・。
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奥さんも記念に何回も応じて・・・。
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庭園は広い。マリア・テレジアがフランスのヴェルサイユ宮殿と張り合って・・・。
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またまた、奥さん・・・。観光客もまばらに・・・。
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シェーンブルグ宮殿の裏。宮殿内の見学は各自午後の自由時間にと・・・。
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シェーンブルグ宮殿の入り口に戻って、またバスに乗って・・・。
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天気も良くなったし、再度ベルヴェデーレ宮殿に・・・。
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またまた記念に・・・。
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爺も・・・。
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まだ雪は残っているが吹雪の昨日よりまし・・・。
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上宮の裏のフランス式転園にはまだ雪が残っている。爺の横のスフィンクスって女性?・・・。
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雪でハレーションして、下宮越しのウィーン市内は上手く撮れない。
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上宮(美術館)の裏も当然残雪が溶けていない・・・。
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上宮(美術館)の裏も残雪が溶けていない・・・。
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もう一度スフィンクスを・・・。
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上宮の入り口。
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フランス式庭園の右端?・・・。
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フランス式庭園の右端?・・・。
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フランス式庭園の右端?・・・。
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またバスに乗って・・・。
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カールス広場でバスを下りて・・・。
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カールス教会・・・。
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土産物屋のワルツでお買い物。モンブランの万年筆が結構な値段で売られている。もう一本欲しいが懐を考えて諦める。
爺は1975年頃からモンブランを使っている。ワープロ、PCが無かった時代は研究報告、特許は万年筆で清書して・・・。その内、ボールペンや鉛筆で良いことに・・・。
現在の今日この頃は、少なくとも20年近くほっておいたモンブランを取り出して使って日記を書いているがインクの吸引機構は完璧だ。それに引き換えパイロットのエリート(昭和40年当時は高級品、2000円もした)はゴムのタンクの吸引が壊れて・・・。 -
またバスに乗って(リンクを走っている)車窓から国会議事堂。
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車窓から市庁舎。リンク越しに対面にブルグ劇場があるが写真は撮れず・・・。
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ヴォティーク教会の尖塔・・・。
リンクに沿ってバスは進み、ドナウ運河に出てシュヴェーデンプラッツの近くでバスを降り、名物のウィーナーシュニッツエルのレストラン・グリッヒエンバイスルに歩いて・・・。
ウィーン篇②に続く・・・。
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