2005/11/18 - 2005/11/27
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kiju-jiさん
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2006年はモーツァルト・イヤー(生誕250年)でウイーンを含め、中欧は観光客で一杯になるだろうと奥さんと語り合い珍しく100%互いの意見が一致し行くことに・・・。
勤労感謝の日を挟んで休暇を取れるように第2の人生の勤務先の仕事(2002年6月定年)を調整。
この年は、中欧では冬の訪れが早く多くの観光地で雪に恵まれた(たたられた)10日間であった。
旅行の下調べで、プラハではエステート劇場(スタヴォフスケー劇場:歌劇ドン・ジョヴァンニをモーツァルト自身が指揮し初演した劇場。また、映画アマデウスのオペラシーンを撮影したことで有名)があり、ウイーンに2連泊するが国立歌劇場でヴィオレッタ(椿姫)が当日券を手に入れば観劇できそう・・・。
この旅行記は、コロナ禍の影響で海外旅行が出来ず、日本でのコロナ過が収束しつつある2021年10月に執筆している。16年前の旅行なので記憶違いや変わった面は悪しからず・・・。
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第1日目(11月18日・金)
成田空港⇒ドゴール空港(トランジット)⇒プラハ
成田空港の第2旅客ターミナル・JALカウンターに7:30までに行くために、
3:00 起床、朝食。4:20 最寄りのN駅にタクシーで、4:42 N駅発、
5:24 横浜駅着、YCATへ。5:45 YCAT発、7:10 成田空港着。
7:30 JAL 31番カウンター。日本旅行の添乗員Oさん。参加者26名(女子:16名、男子6名、夫婦6組(新婚2組))。
9:25 C86ゲート、JAL0415便に搭乗、10:24 テイクオフ。 -
7:30 JAL 31番カウンター。日本旅行の添乗員Oさん。参加者26名。
9:25 C86ゲート、JAL0415便に搭乗、10:24 テイクオフ。
10:50頃 飲み物、11:40 1回目の機内食(カレーライス、魚のフライ、ポテトサラダ)、17:30 軽食(ピザ、オレンジジュース・パリのドゴール空港に到着前に)。
海外旅行の後に実際の日程・時間を表にしているが、PCに残っていない。上記の時間はメモ帳に書き残したあった時間を記している・・・。
アルバムには、日本旅行社の募集パンフレットの日程表を切り抜いて貼ってあるが・・・。 -
この中欧旅行の時は、デジカメ1眼を持っていなかった。300万画素あればA4サイズまで引き伸ばせると評判のオリンパス社のCAMEDIA・C-3040ZOOM機だった。価格は10万円以上もした。参考までにプリンターとスキャナーの最高機能機はそれぞれ5万円以上した。
カメラの記録媒体は薄いスマートメディア・カードで、64MBカードを2枚、32MBカードを2枚、8MBカードを1枚を持っていた。カメラは自動焦点とズーム機能はあるが手振れ補正機能は無かった。100枚/1日できる撮影の勘定だが・・・。 -
デジカメを買った理由は2つある。2000年に行ったスペイン旅行では通称バカチョンのフィルムカメラで、スキャナーに付属したフイルムアダプタを使ってフイルムスキャンをしたが時間がかかり、仕上がりも悪かった。第2にオリンパス社から発売されていたフロッピーディスクアダプター(フロッピーディスクのスロットに入れて使うが、残念ながら本体は残っていない)を家に持ち帰り仕事で使っていたし、3.5インチフロッピーディスク(1枚1000円位した)は記録容量が1.4MBで、このフロッピーディスクアダプターは64MB(当時1万円ぐらいもしたが)のスマートメディアが使えた。現在では考えられない機能と価格である。
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現地時間14:35 パリ・ドゴール空港着。約4時間のトランジット時間。
ターミナル移動。免税店などを冷やかしながら・・・。
18:30 エールフランス航空AF2482便・ドゴール空港発。
21:00頃(日本時間で朝の4時) 夕食(おいなり1個、中華サラダ、ハム・チーズ、ラザニア、フルーツ)とメモにある。
現地時間22:00 プラハ・ルジイニエ空港着。雪は積もってないし降っても居ない。 -
直ぐに、バスに乗換え、21:00 旧市街のホテル・マリオットプラハに。
TV番組の”駅ピアノ”で有名になったプラハの西駅(プラハ・マサリク駅)近くのホテルでロケーションが良い。今現在は、経営者が替わりホテル名もかわっているようだ?・・・。
23:00 連泊なので下着、靴下など洗濯して就寝。今日は機内でのうたた寝を除くと28時間も起きていたことになる。 -
写真は、ホテル・マリオットプラハのカードキーのホルダー。部屋は356号室。
フエルアルバムに貼ってあった。11月20日の朝食の写真も・・・。 -
第2日目(11/19・土)
6:00 起床、カーテンを開けると建屋の屋根に降雪跡が・・・。
7:00 朝食、朝食後にホテルの玄関に。記念に奥さん。この頃は夫婦仲も良く、奥さんも素直に・・・。
今日はハードスケジュール。午前中にプラハ城、カレル橋、天文時計がある旧市街広場に。
午後は自由行動。旧市街広場、市民会館(スメタナホールがある)、エステート劇場(当日券購入)、ヴァーツラフ広場(国立博物館)、国立歌劇場、ムーシャ博物館、プラハ西駅(プラハ・マサリク駅)前を通って一旦ホテルに戻る。夜はエステート劇場(スタヴォフスケー劇場)でドン・ジョヴァンニを鑑賞・・・。 -
プラハは百塔の街と呼ばれるが・・・。ホテルの玄関の右側を見ると、ティーン教会の尖塔らしき塔が・・・。ティーン教会も近い辺りと見当をつける。
午後は自由行動となるので楽しみだ・・・。 -
爺(この時は53歳6ヶ月)も記念に・・・。建物の屋根には昨夜に降雪があったらしく積もっている。
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爺も記念に。手振れの写真・・・。
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このプラハの地図は添乗員から貰ったような。有難う。
パックツアでバス移動と歩いたところを赤線で・・・。
夫婦で歩いたところを緑色のマーカーで・・・。
A4サイズの地図をスキャナーしたが分かり難くてご免なさい・・・。 -
9:00 バスでプラハ城へ。バスを降車すると猛吹雪・・・。鹿の谷に架る橋を渡ってプラハ城に急ぐ・・・。
オネストジョンと呼ばれるぐらい日頃の行いは良い爺なのに、数少ない海外旅行で天候に恵まれない旅行となった。例年だと降雪の時期はもっと遅いらしい・・・。
*爺と名乗っているが、この時は63歳6か月、全て現役。ブログを書始めたのが77歳過ぎ。ブログ名はkiju-ji(喜寿爺)・・・。 -
プラハ城への道すがら・・・。観光客も沢山歩いている・・・。爺はいつも一番後ろをフォローしながら・・・。まるで添乗員のアシスタント!?・・・。
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プラハ城内の聖ヴィ―ト教会の尖塔も幽かに・・・。少し雲の切れ間もみえる。
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こんな吹雪は、40年住んでいる西湘のO町では20年に一度の大災害なので奥さんも記念に・・・。
少しだけ吹雪も弱くなってきて・・・。 -
プラハ城の西門(正門)に来て、聖ヴィート大聖堂の尖塔を・・・。
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プラハ城の西門(正門)で記念に奥さんが。
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爺も負けずに記念に・・・。
一寸の時間差で観光客が正門の衛兵の前に・・・。 -
ハンサムな衛兵と奥さん。奥さんも嬉しそうに笑っている。
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プラハ城は東西に細長く建設されている。
この平面図はネットに載っていたのを拝借。有難う。
プラハ城は、チェコ・プラハ市街地の北西部にある「フラッチャニ」という名の丘の上にある。城壁で囲まれたプラハ城の中には、聖ヴィート大聖堂の他にも鮮やかな赤の外壁が美しい聖イジー教会や旧王宮、フレスコ画の美しいルネッサンス様式のロジェンベルク宮殿などがあって、プラハ城とはこれら複数の建物が集合した複合型建築を差すらしい。
プラハ城がおよそ現在の姿になったのは14世紀頃。ボヘミア王国の時代から続くその雄大な佇まいは、カレル橋をはじめプラハ市街地のどこからでも望む事が出来るほか、プラハ城の南のペトシーン公園の展望台やテレビ塔(タワーパーク・プラハ)から眺めれば、また違った魅力が発見が出来るとネットにある・・・。
外壁の中の建物は9世紀頃から14世紀頃にかけて少しずつ段階的に建造された為、それぞれに各時代のプロセスが如実に表れており、そんな建築史の課程を肌で感じられる事も魅力の一つらしいが。 -
正門(西門)から第1の中庭に入り振返るとライオンとだーれ(勇者?)
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振り向いてカレル城の左の建物は、大司教宮殿。大司教は偉いんだ!・・・。
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建物だけをアップ。プラハ城の西門の北側に位置している。
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ブラハ城の第1の中庭。
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プラハ城の第1の中庭に位置する建物のシュヴァルツェンベルグ宮殿の南端?・・・。
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プラハ城に入場し第1の中庭を歩いて、マチアス門をくぐって第2の中庭に・・・。
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プラハ城の第2の中庭のコールの泉水。
どっかの外国の観光客がガイドの説明を聞いている。 -
聖ヴィート大聖堂の尖塔を見上げて・・・。中央に大きなバラ窓。
プラハ城の中で一際(ひときわ)大きく、雄大な佇まいを魅せるのがこの聖ヴィート大聖堂。正式名称は「Katedrala svateho Vita, Vaclava a Vojtecha」で、ここには大聖堂の創立に携わった「聖ヴィート」「聖ヴァーツラフ」「聖ヴォイチェフ」の3名の聖人の名前が使われている。
建築は14世紀中頃から始まり、途中戦火に見舞われながらも数多くの建築家によって建造が進められ、1929年に漸く完成。
歴史を感じさせるこの重厚なゴシック様式の建物は、ウィーンの旧市街にあるシュテファン寺院(大聖堂)をはじめ、中央ヨーロッパにある数多くの教会の建築にも大きな影響を与えたらしい。
塔の高さは96mにもなり、これはヨーロッパの中でも有数の高さ。 -
聖ヴィート大聖堂の正門で記念に。ゴシック様式のアーチや扉の彫刻の謂れは分からない・・・。
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爺も記念に。
プラハ城は、チェコ・プラハ市街地の北西部にある「フラッチャニ」という名の丘の上にあり、城壁で囲まれたプラハ城の中には、聖ヴィート大聖堂の他にも鮮やかな赤の外壁が美しい聖イジー教会や旧王宮、フレスコ画の美しいルネッサンス様式のロジェンベルク宮殿などがあって、プラハ城とはこれら複数の建物が集合した複合型建築を差すらしい。
プラハ城がおよそ現在の姿になったのは14世紀頃。ボヘミア王国の時代から続くその雄大な佇まいは、カレル橋をはじめプラハ市街地のどこからでも望む事が出来るほか、ペトシーン公園の展望台やテレビ塔から眺めれば、また違った魅力が発見が・・・。外壁の中の建物は9世紀頃から14世紀頃にかけて少しずつ段階的に建造された為、それぞれに各時代のプロセスが如実に表れており、そんな建築史の課程を肌で感じられる事も魅力の一つ -
聖ヴィート大聖堂の中央身廊と内陣。
主祭壇の後ろの後陣のステンドグラスは天地創造を表しているらしい?・・・。
聖ヴィート大聖堂の身廊の大きさは、全長124m、高さ33m、中央身廊と両脇の側廊(翼廊)を合わせた聖堂の最大幅は約60mもあるらしい。
添乗員は主祭壇には案内しなかったような・・・。 -
聖ヴィート大聖堂には主祭壇(中央祭壇)の他に17の礼拝堂がありそれぞれにステンドグラスが・・・。
係員が写真を撮るなら15ユーロ?とか言っているが・・・。
爺はストロボ(フラッシュ)はカメラの電池が消耗するし、他の人の観光を邪魔するので使わない。
帰国後フォトショップ・エレメントを使って画像を加工する。 -
聖ヴィート大聖堂の内部には後陣の大窓をはじめ、左右側廊(翼廊)の壁面に至るまで美しいステンドグラスが並んでいる。
ムーシャのステンドグラス?。
ステンドグラスの中でも代表的な作品が、聖堂の入口から見て3番目に飾られている「アルフォンス・ムハ(ミュシャ、ムーシャ)」が制作した「聖キリルと聖メトディウス」・・・。 -
ステンドグラス。順不同、どういうふうに聖堂内を歩き回ったのか全く覚えていない・・・。ネットにも平面図がない・・・。
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木彫りが見事。プファルツ選帝侯・フリードリヒ5世のプラハ逃亡を描いた木製レリーフ?・・・。
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マリア像とだーれ。我が奥さんは貴男は、現地ガイドや添乗員の説明を全く聞いてない。写真に夢中と・・・。まるでカメラのファインダーを通しての観光・・・。
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この祭壇は・・・。一寸手振れ。
側廊(翼廊)には聖人や王の聖遺骸を納めた17もの礼拝堂が並び、壁面には美しいステンドグラスの数々が飾られている。 -
殉教の発端となった「王女の懺悔」「王の追及」「カレル橋から投げ落とされる罰」の3つのシーンを描いたネポムツキ―殉教の絵らしい。ネットの説明・・・。
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祭壇。
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優雅な天蓋に覆われた墓碑を飾るのは、十字架を握る「聖ヤン・ネポムツキ―像」。
天蓋で覆われた祭壇の上には天使が飛び回っている。ネットに素晴らしい写真があるが・・・。
見事な金属の像・・・。爺は無信教なので謂れが分からない・・・。 -
パイプオルガンは大好き。色んな形があって・・・。
最初にパイプオルガンにであったのは、国内では東京・江古田の音楽大学のベートベンホール。海外では1977年1月に海外出張で行ったコペンハーゲンのグルントヴィークス教会のパイプオルガン。シンプルな形だったけど低音のパイプは60cm以上の直径だったような・・・。 -
ステンドグラス
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入口の真上にある円形状のバラ窓に飾られているステンドグラス。ゴシック特有のフライングパットレス様式によって、壁を補強しながら嵌め込まれている。このステンドグラスには約2万7000個のガラスが使用されており、まるで万華鏡の様・・・。
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ステンドグラス
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ステンドグラス
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ステンドグラス
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聖ヴィート大聖堂を出て、右側から・・・。
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聖ヴィート大聖堂の右側は第3の中庭。聖ヴィート大聖堂の南ファサード。かつては聖ヴィート大聖堂の正門としての役目、そして一際、目を引く「黄金の門」が。
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天気が良く朝陽があたれば黄金色に輝くだろう。
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天気が良く朝陽があたれば黄金色に輝くだろう。
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黄金の門の上部に描かれた「最後の審判」のモザイク画は西暦1370年頃の作品。
黄金の門は14世紀のゴシック建築の傑作と称され、かつては聖ヴィート大聖堂の正門としての役割を担っていた。黄金の門の3つの尖頭型のアーチ上部には「最後の審判」のモザイク画が描かれており、このモザイク画は30種類にも及ぶ鮮やかなガラスの破片を組み合わせて描かれている。一時期は破損が酷く本来の色彩が損なわれていたが、近年の修復により鮮やかな色彩を取り戻したとネットにある・・・。 -
南ファザードの左側。聖イジーの彫像と泉がある。
利用しなかったがWCもある。 -
黄金色に輝く大聖堂の右側。
大きくて全体が撮れないので絵葉書を買う・・・。 -
大聖堂の裏に廻って・・・。時間もなく、大きすぎて全体がうまく撮れない。
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大聖堂の裏に廻って・・・。この写真はネットから拝借。有難う。
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第3の中庭の端にある聖イジー教会。レンガ色のロマネスク様式がシンプルで美しい。爺の好み。
後ろには修道院も付属しているらしい。聖イジーの謂れは分からない。
この写真を見ながら思い出した。2019年6月に旅行したスロヴェニアのリュブリアーナの三枚橋の横のフランシスコ会教会の色使いと佇まい・・・。どっちにも入れなかった・・・。 -
ツア仲間が先に行って誰も居なくなり1ショット。
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ついでに聖イジー教会の左側の建物を・・・。
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ツア仲間は黄金の小径に急いでいる・・・。
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突き当りを右折れすると黄金の小径。
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曲がり角で奥さんを記念に・・・。この辺りはプラハ城の従僕などが住んでいたらしい。
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青い家はフランツ・カフカ(何をした人だったか)がユダヤ人街の生家の喧騒を避けて創作に没頭するために過って住んだ家らしい。ネットの説明・・・。
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黄金の小径で爺も記念に・・・。昔、錬金術師たちが集まって住んでいたので黄金の小径と呼ばれるらしい・・・。
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突き当りで黄金の小径は終わり・・・。
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プラハ城の東側の出口。カフェ兼土産物屋。時間が無く寄る暇もなし。ツア仲間は出ている。
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東側の出口を出て・・・。
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プラハの旧市街を背景に記念の1ショット。
1年3カ月後(65歳直前)にスキルス型胃がんで胃を全摘する前のふくよかな笑顔・・・。79歳の現在は骨ストジョンと自称・・・。 -
奥さんも記念に。
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プラハの旧市街のパノラミックビュー。
カメラにパノラマ写真の機能が内蔵してなかったので4枚の写真を繋ぎ合わせている。今のデジカメにはパノラミック機能が付いている。カメラをシャッターボタンを押しながら横にパーンするだけで・・・。
携帯電話やスマフォでは横にすると・・・。 -
カレル橋に下りてきました。
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カレル橋の欄干の両脇には30もの沢山の聖人像が・・・。
誰かの聖人像の前で最高の笑顔の奥さん・・・。 -
プラハ城を背景に・・・。
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爺は旧市街を背景に・・・。国民劇場も見えている。
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奥さんも記念に・・・。カレル橋の欄干には沢山の聖人像が・・・。
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ヤン・ネポムツキー聖人像の前に幸運にも観光客が居なく、奥さんが2度目の最高の笑顔で台座のレリーフにタッチ・・・。
観光客の多くがタッチするらしく光っている。幸運を呼び込めるらしい!?・・・。 -
国民劇場と奥さん。
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プラハ城をバックに名残りの1ショット。
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もうすぐカレル橋を渡り終える・・・。
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旧市街広場にやって来ました。ティーン教会の尖塔が・・・。
手前の左は旧市庁舎。天文時計がある・・・。 -
天文時計の前は沢山の観光客・・・。
記念の1ショット。 -
爺も負けずに1ショット。
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天文時計の左側のピンク色の建屋は何だったのか・・・。
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カレル橋側(カレル通り)の建物は?・・・。
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天文時計を観た後にカレル橋側に戻って、土産物屋とレストランを兼ねたロット・クリスタルに・・・。
奥さんは、2人の息子のお嫁さんにガーネットのペンダントトップを買って。 -
前菜が何だったか、デザートが何だったか覚えていない。
写真はメインの鶏肉のもも肉のソテー。メインの途中にあわてて写真を・・・。
爺も奥さんも長崎県の育ち。鶏肉は九州では”水炊き”が一番。戦後は各家庭でも鶏を飼っていた。卵を産まなくなるとつぶして”水炊き”に。幼い頃は”すき焼き”は牛肉が高くて年に1,2度・・・。九州では長ねぎは青い部分を食べていたが・・・。関東では白い部分が大事にされて青い部分は粗末?に・・・。 -
昼食後は14:00から自由行動。まず旧市街広場に・・・。
旧市街広場に。後ろはミクラーシュ教会。 -
旧市街広場に。有名なヤン・フスの銅像は興味がない・・・。
テイーン教会にも入りたいが時間が・・・。 -
共和国広場にやって来ました。後ろはスメタナホールがある市民会館。
爺はベドリッチ・スメタナより、アントン・ドボルジャック(アントニーン・ドボルザーク)が好き。交響曲”新世界から”の第2楽章は最高・・・。 -
ファザードが素晴らしい。
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全体が撮れないので絵葉書を買って・・・。左の塔は火薬庫。
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この地図は添乗員からもらったような。有難う。
パックツアで歩いたところを赤線で・・・。
夫婦で歩いたところを緑色のマーカーで・・・。
エステート劇場(スタヴォフスケー劇場)の位置は分かりにくいので有難かった・・・。 -
エステート劇場(スタヴォフスケー劇場)のファザード。写真を撮り忘れたのでネットから借用。有難う。後述するが夜の自前の写真が・・・。
ファザードで運よく劇場員らしき人が看板を持って出てきたのでチケット売り場を拙い英語で尋ねる・・・。エステート劇場の右側の路を行くと右角にあると・・・。 -
ついでにエステート劇場のリーフレットをくれる。明日(11月20日)と25日にガラコンサートが公演される。忙しくしていたのは、この日は14:00からドン・ジョバンニの昼興行(マチネー)があっていたのだ・・・。
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チケット売り場は直ぐ分かった。初老の女性に今日のチケットはあるかと聞くと2枚あると・・・。ユーロでOKかと聞くとチェコの紙幣でないとだめだと・・・。親切にも両替所の場所も教えてくれる。両替を終えて売り場に戻ると若い日本人カップルがいるが、この人たち(爺夫婦)が先客だと・・・。有難う・・・感謝、感謝。
写真はエステート劇場の2005年11月から2006年2月までのスケジュール。
このスケジュール表は帯状になっていて細長く、今日(11月19日)は午後2:00からのマチネー(昼公演)と、19:00からの夜の公演がある。ゲットしたのは夜の公演。 -
エステート劇場でチケットを購入し、ヴァーツラフ通り(広場)に・・・。
写真は絵葉書から。俯瞰写真で分かりやすい・・・。突き当りは国立博物館。 -
先ず、記念に奥さん。
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爺も・・・。脚が長く写るようにと。
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国立博物館に近づいて・・・。
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ヴァーツラフの騎馬像。外人は騎馬像とオベリスクが好き?・・・。
そう云えば皇居前の広場に楠正成の騎馬像があったような・・・。 -
ヴァーツラフの騎馬像の前で振返る。
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国立博物館の左側に国立歌劇場がある。プラハ中央駅はそのまた左(北側)。
写真は国立歌劇場のファザード。ネットから借用。有難う。
左側にチケット売り場があったような・・・。 -
国立歌劇場のチケット売り場に行くと、今日はビゼーのカルメンを公演するらしい。
パルコ・シートはあるかと聞くと平土間があると。料金は1000kcだと。
写真は国立歌劇場の2005年から2006年の公演スケジュールを記載したパンフレット。横長の変型A4サイズを折りたたんで・・・。 -
写真は、エステート劇場でもらったエステート劇場と国立歌劇場の年間スケジュールなどを記載したガイドブック?。厚さ5mm。
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国立歌劇場のシート席の図も記載されている。
どうもカルメンはモダンなアレンジのようだ(背広姿?)・・・。 -
2021年10月14日 AM10:00 に追加(10月13日 AMに公開)。
国立歌劇場で貰った2005年のパンフレット。42ページもあり、2005年に公演するオペラの紹介、俳優などを記載・・・。
ここまで、閲覧・イイネを戴いた方々(10名)にはご免なさい。チェスキー・クルムロフ、ザルツブルク篇を書いている際に出てきたので参考までに追加した。 -
2021年10月14日 AM10:00 に追加(10月13日 AMに公開)。
国立歌劇場で貰った2005年のパンフレット。42ページもあり、2005年に公演するオペラの紹介、俳優などを記載・・・。
ここまで、閲覧・イイネを戴いた方々(10名)にはご免なさい。チェスキー・クルムロフ、ザルツブルク篇を書いている際に出てきたので参考までに追加した。
パンフレットの裏表紙。アントニーン・ドヴォルザークもオペラを作曲している。日本では、有名ではないがチェコでは公演されるらしい。 -
国立歌劇場の前を左折れして、次はムーシャ博物館に。入口で記念に奥さん。
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写真はムーシャ博物館のリーフレットの表紙。
一時期、日本ではカレンダーなどになるほど人気があったが・・・。 -
ムーシャ博物館のリーフレットの裏側。
2階に上がると特有の人いきれが・・・。奥さんも閉口し直ぐに出る。 -
一旦、ホテルに戻る道すがら・・・。TVの”駅ピアノ”で有名になったプラハ西駅(プラハ・マサリク駅)の前を通って・・・。
夕食はホイリゲに行くらしい。添乗員のOさんが不在なのでロビーで帰りを待って。
エステート劇場のチケットが入手できたので夕食には行かないと断って。 -
エステート劇場の座席図。ゲットできたのは、ピンクの席の後ろから3列目の右から2席。10列目の16番席と17番席。
1783年にプラハ貴族のノスティッツ伯爵が建設した劇場で、当時はノスティッツ劇場と呼ばれていた。
その後、貴族たちの共同所有となり、身分階級という意味のスタヴォフスケー劇場(英語名でエステート劇場)に改名。 -
平土間の10列目の16番席と17番席。料金は1000Kc(5000円一寸)。
旧共産圏は安い。2014年に行ったドレスデンのゼンパーオーパーもロイヤルボックスの真横で確か90ユーロ(公演はラ・ボエム)だった。公演時期によって料金は倍の200ユーロにも(スケジュール表から)・・・。 -
写真はエステート劇場のパンフレットから・・・。
平土間は階段状になっていて、シートは緑色に近い別珍(ビロード)。日本では赤色、日本に無い雰囲気・・・。客席は700位と小振りの劇場。
1783年にプラハ貴族のノスティッツ伯爵が建設した劇場で、当時はノスティッツ劇場と呼ばれていた。
その後、貴族たちの共同所有となり、身分階級という意味のスタヴォフスケー劇場(英語名でエステート劇場)に改名。
日本では階段状の席になっているのは神奈川県立音楽堂で音の響きが良い。バブルの頃は足しげく通った・・・。 -
入ると老婆(失礼だが爺よりうんと年を重ねた、90歳ぐらい)が厚さが1.5cmもあるドン・ジョヴァンニの本?を売っている。
100kcだったような・・・。表紙以外はモノクロ印刷。残念ながらチェコ語で歴史や歴代の公演の記録が記載されているらしい。写真から判断して・・・。 -
一緒にくれた今日の公演のパンフレット。中段に役名と演者の名前が書いてあるが・・・。
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色の再現が悪いが記念に平土間の中央で記念に・・・。早く入館したので人がいない。
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天井のシャンデリア
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奥さんは自分の席にちゃっかりとお座りに・・・。パルコ席も数人。魅せ場、聴き処では満席に・・・。パルコ席(所謂、シューボックスは年間予約で・・・)
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オーケストラ・ボックスを覗くとチェンバロが・・・。
第2幕のドン・ジョヴァンニが唄うセレナーデ(小夜曲)・”窓辺においでよ”の伴奏にチェンバロが・・・。美しい響きの演奏・・・。 -
天井のシャンデリアに目を奪われ、緞帳の写真を撮り忘れ。深い赤い別珍だったような・・・。
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1幕と2幕の間に劇場の外に・・・。
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夜のエステート劇場のファザード。
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爺も記念に・・・。
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ファザードの柱にあったプレート。
チェコ語らしく内容は分からないが、一番下にSTAVUとある。 -
2幕が終わってカーテンコール。
豪華な中世の衣装ではなく、かなりシンプル化されているが背広や普通のドレスではない。演者の体形に合わせた中世の衣装は費用も掛かるので世界中の歌劇場の衣装がモダン化?!・・・。
左から主役のドン・ジョヴァンニ、ドンナ・アンナ、一人おいてレポレッロ、村娘ツェルリーナ、騎士長だったような・・・。レポレッロが唄うカタログの歌はまあまあ・・・。 -
2幕が終わってカーテンコール。全役者がお揃いで・・・。
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2幕が終わってカーテンコール。オーケストラの指揮者(左端)も・・・。
マチネーもやったし疲れがあったのか、第1幕の出だしの2小節ぐらい音が外れたが・・・。 -
あくる年の2006年1月に来日公演のチラシ。別の日にフィガロの結婚の公演も・・・。
残念ながら爺はオーチャードホールには行ったことはない。
次は、チェスキークルムロフ⇒ザルツブルク篇に続く・・・。
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