2009/03/25 - 2009/04/04
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コロコロパッカーさん
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国内の登山日記ばかりだったので、たまには気分転換に世界一周のおもひででも。
世界一周の日記はまだまだ全然終わっていませんが、世界一周最後の国、中国に飛びます。
※カメラ壊れています、ピントが残念なことになっておりますが、ご了承ください・・・
ベトナムから国境を越えて、世界一周序盤の国・中国に戻ってきました。
元陽の棚田と菜の花で有名な羅平は2年前の旅で季節が合わなかったのでパスしたところ。
ともに雲南屈指の観光地で、ベトナムのサパから近かったこともあり、ちょっと回り道することにしました。
羅平の菜の花、まだ残っているといいけれど。
単純に中国の一周の旅がとても良かったから、世界一周の最後でも問題はない。
鬼畜リーベンレンなんて、一度も言われず、我給你想為法なんて言ってくれる人がいる国、村人皆親切・・
・・・・・・・・・・・・・・・・
実に1年半ぶりの中国。
なつかしいことこの上ない。
接続の都合でなんもない河口に1泊しなくちゃならなかったけど、招待所のおばちゃんは親切だったし、覚えてる中国語をかたっぱしから使ってみて、通じたらうれしかったり、町の人も日本人だとわかると日本語を話してくれたり、いちいち懐かしみながら中国帰還を満喫しました。マーボー豆腐うますぎる!!!
- 旅行の満足度
- 5.0
-
3/25
めちゃくちゃぼったくられ絞り取られたベトナム、二度と来るものか。
今ではそんな気持ちもすっかり忘れたが、当時は河口に春巻きを売りにきていたベトナム人の行商人に対しても、ベトナムにお金を落とすものか、ベトナムに帰ってくれと思っていた。
帰国後、ベトナム人と仕事した人が「トランジットさえしたくない」と言い放っていて笑っちゃいました。どんだけ!?
この国は色々と価値観が違うのよね。確かに仕事で関わってみると、賄賂やピンハネについてはアジア屈指だと思うところがある。お金にうるさくなるのも頷ける。
ベトナム人については目下研究中であります。
このあとバスの時刻の都合で何もない河口に一泊しなければならなくなったので、花モン族に会いにベトナムに戻ろうかしらと思ってしまったのは旅行者のサガ。 -
再見しに来ましたよ中国!かの有名な国境の三角です!
イミグレで荷物チェック。
係の人がいちいち誘導してくれるわ、小姐はバス停を教えてくれるわで、さっそくやさしい。
イミグレには係員の作業速度や満足度を評価する4段階のボタンがあった。
你好と声をかけると、ニコッとするではないか。そうそう、これが中国。
一番いい評価を教えておいた。
X線で護身用にと旅人にもらった(?)催涙スプレーを没収されたものの、係員の若い男子が「中国は安全だから大丈夫!thank you for your cooperation!」と気の利いた一言。
オリンピックパワーか!?気持ちいいね、この余裕。どっかのインドなら「NO!」と一蹴されてゴミ箱にポイだわ(笑)
晴れて自由の身になったら、移動するためにバス停へ。
思い出す、懐かしき中国語。
「一个人 多少銭?」「没有了」(出たー)
「今天 明天」
「几点到了」(←適当だが通じる)
惜しくも時差でお目当てのバスにはわずかに間に合わず。
バス会社のお姉さんに結構しつこく質問しまくったが、忍耐強く質問に付き合ってくれた。
中国語は全然分からないが、「予約はできないからまた明日来てね」などのことは、なんとなく分かる不思議。
仕方なく宿探し。
たまたま見た一軒の招待所(懐かしい)が日本人が多いらしく、親切なおばちゃんに日本語で「ヤドダイ」と請求された。
ああ懐かしい、日本語で宿泊料金を催促されたのはネリダリ以来だ・・・(トモダチ、オカネ・・・)
始めて中国に来た時に理解するのに苦労した「押金(ヤーチン・デポジット)」10元。おー!!懐かしい!分かってますよ!押金デスネ!
部屋には素っ裸でトビウオを釣る女の絵が飾ってある不思議。
スリッパ、歯ブラシ、沐浴液(シャンプー)完備。懐かしい・・・
まずは帰国のフェリーチケットを買う大仕事。
初めて公用電話という電話やさんを使うことにした。
普通の電話で、通話料は設置主に払うしくみ。便利や。
上海に電話して2元(約30円)。
持っていた番号はつながらず、おっちゃんに、「この番号、没有みたいです。上海の市外局番は?」と聞いてみたら(もちろん中国語ではないなんらかの方法で)、すぐに理解してくれて市外局番を教えてくれた。中国の人は勘がいいなと思うことがとても多い。※中国語が話せない私の言わんとしていることを理解する能力が高い。
フェリー会社では日本語が話せる人が出てくれたので、すぐに予約を取ることができた。これにて帰国日が4月4日に決定。1年10か月の旅が終わる。
とそのとき、「チンハヤチンハヤチンハーーーーアヤーーーー!」
1年半前の中国で流行っていた音楽が流れた。
まだ流行ってるのか!?
買って帰ろうかな、店頭で歌うか?(←海外で気になる曲を買うときはその場で歌うと100%お目当ての品が出てくる。)
あ、ビーサンなのに花輪にリボンがついてるサンダルかわいいな、中国はバッタものやパクリも多いけど選択肢は多いな・・・
お昼は出来立ての手作り小籠包。散々言った「1籠」をまた使う日が来るとは。
おっちゃんに「日本人か?」と聞かれたので「そうだ」と答えると「マタアシタ!」とかわいく返されてしまった。くそー。マタアシタ来たくなるじゃないか! -
両替しようと建設銀行に入ったら、服務員の子が「あっち!チャイナバンク!」と教えてくれた。商売敵を堂々と案内できるというのは社会システムがある程度進んでいる証拠だよな、と思うことが多々あった旅人生活。
サンキューと言うとにっこり。かわいい。
中国銀行では男性社員が実にてきぱきと、しかも確実に手続きを行ってくれたので、すんなりTCと現金の両替が完了。これにて1500ドルのTCの両替完了。さよならTC、この先二度と使うことはない。
少し河口の街を歩く。
超市(スーパー)だ!よく買っていたなぞの常温で売ってるヨーグルトジュースを買った。当時タイとラオスで流行っていたQQミルクティは、ここ中国でも大流行のよう。
ここでもお店の人はああでもないこうでもない言う日本人に付き合ってくれた。
河口はベトナム人も多いためかベトナム色が強くあまり好きな街ではないけど、そこは中国、人はいい。
暇を持て余し、カフェで日記を書きながら3時間。
カフェで女の子に中国語でミルクティある?って聞いたら、ティンプトンと言われた。
何言ってるか分からない?ってことかな。私が漢字を読むものだから、どこかの少数民族とでも思ったのか?
ティンプトンて、中国語しゃべれない、って意味だと思っていたが、こんなときにも使えるのか。あ、もしかしてベトナム人だったのかも。。。
河口は街灯がなく、ビルが密接している上、街路樹があるから、日が暮れるとイミグレ周辺は暗くなる。
夜ごはんは川味小吃のお店で麻婆豆腐。
中華鍋にひき肉、豆板醤・豆鼓、スープ、豆腐の順に、ものの2分でうまい中華の完成。花椒もしっかり効いている。
米飯ミーファンをもらって麻婆豆腐丼にして食べた。日本がまた一歩近づいてきた!
ちょっと食べすぎて翌朝胃腸を壊した。 -
あー、漢字・・・日本語が近づいてきたな。
文字の意味が分かる喜びよ!(性病だけど)
中国銀行に中国建設銀行、中国平民銀行!
网吧に川味、正宗、単人房、灌湯包!!
ヨハネスブルクで中華街に出会って以来の感動。
人民公園では招聘のチラシを確認。(求人広告ですね、見つけるとつい読んじゃう。)
中国では常に求人を見るが、食堂などはきっと安いんだろうな。18歳から23歳までか、えらい年齢制限だな。
ぼけーっとしていたらオッサンが声をかけてきて、日本人だと答えると「ほっほー、サヨナラー」と言って去っていった。
・・・河口の人はよく日本語を話すな・・・
初めて中国に来たときは、日本人だと分かるとボコられるのではないかと本気で危惧したものだが、3か月も旅すると堂々と日本人だと言っている自分がいた。
好奇心旺盛な人達は、初めて会うであろう日本人に戦争ドラマで覚えた言葉を使おうとする。
戦争ドラマの宿敵はいつだって鬼畜日本兵。覚える日本語は大抵「バカヤロー」とかなんとかで、それをケタケタ楽しそうに披露する。
そのあとあれこれ日本について質問してくるのが一連の流れ。
筆談できることが分かろうものなら、あっという間にノートが簡体字で埋まってしまう。
中国人の書く漢字は達筆すぎてあんまり読めないのも、一連の流れ。止め、はねがすぎるのよ。
ごく普通の市民たちは、どんなに戦争ドラマを見せられようが、アニメや美しい観光地、高性能な機械や良質な化粧品のある国として日本を見てくれている。
私は物事をいろんな視点で見る癖がついているから色々思うことはある。が、ここで小籠包を売ってるおじさんはどこにでもいる世界の親切なおじさんの一人だってことも分かる。
ま、日本ではそんな話なかなか聞いてくれないけどね。
宿に帰っておばちゃんに你好と声をかけると、コンバンワーと返ってきた。
晩安と声をかけて部屋に帰る。
晩安って、後ろに”♪”がつくような発音が好き。
洗濯して1年半持ち続けたTCのゴミを捨てて寝た。 -
3/26
8時起き、寝過ごした!大雨の中バス停に走る。
昨日のお姉さんが私を覚えていたらしく笑顔を向けられた。
町には少数民族が来てました。
バスは出発するとすぐに山道へ。
少数民族の村もあって、民族衣装のおばあちゃんもいた。
途中の検問では、こんな田舎にも関わらず、英語で荷物を見せてと言われた。
上海あたりのエリートなのかな。
1時ごろ南沙という大きな町に到着。ここは中国人団体ツアー客が泊まるような町で、大きな酒店もある。
そこからさらに1時間ほど山のほうへと登り、元陽新街に到着。
途中棚田も見えた。
中国は漢字で色々話せるし、結構まだ言葉も覚えている。みんな本とによく笑うし、一生懸命に対応してくれる。
車内喫煙車内痰吐きはオリンピックをもってしても納まってはいなかったが、まあそれはご愛嬌。
漢字が分かるとはいえ、中国は注意書きが多いな。
信号を守ろう、飲酒運転禁止、ひき逃げは犯罪です、小心路滑、定員オーバーはやめましょう、命は大切に、等。
当時は北京オリンピックに向けて、色々とマナーやルールの徹底が叫ばれていた時期。
トイレの使い方なんかは大々的にキャンペーンをやっていたな。
オリンピックは国民のモラルを向上させるチャンスでもあるのか。
紙に政府招待所と書いて、地元の人たちに聞きまくって着いた宿。
名前が変わってドミトリーも無くなっていた。
フロントの人が少しだけ英語OKで、陳家旅社なら30元の宿があるよと教えてくれた。ついでにきれいなトイレも借してくれて、めっちゃ親切だった。
陳家旅社に行くと、今度は人の良さそうな女の子が部屋に案内してくれた。
「滑らないようにね」とか気配りされ。
中国の人は、ちょっとぶつかっちゃった時など「あ、すみません(対不起ドゥイブチー)」と声をかける習慣がある。
タイ人なんかもコートーだったっけ?すみませんという言葉をよく聞くけど、ベトナムだとボーン!とぶつかって弾き飛ばされるだけ。
この習慣がない国もたくさんあったから、中国文化の良いところも見えてくる。
部屋は狭いけど大き目の窓があってきれい。
狭すぎてシャワーの水が便器の真ん中にジャストインする設計。ま、いいんだけど。
中国文化のいいところ、安宿でもシーツが清潔。
新しいテレビがあって、DVDプレーヤーと衛星放送も付いている。
くし・歯ブラシ、石鹸、タオル付。
この辺の地図もくれて、さすがは国内旅行が活発な国。国力がつくと観光インフラも整ってきますが、ここ中国ではすでに女性が一人旅する国になっています。観光業レベルは世界屈指。 -
町から見た棚田の様子。これはほんの序章。
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元陽散歩。
この日は好感度が高いおばちゃんから昆明行きのバスチケットを取り、町を少し歩き、市場などを散歩。
はがきを出して、百姓超市へ。
エプロン姿のハニ族の店員さんに監視されながら、懐かしい品々にテンション上がりまくる日本人。
オリオンパイ、韓国人の女の子が大好物だったな。
やすしはく(康師傅 中国人の誰もが愛するカップラーメンブランド。中国語読みができない日本人は日本語読みでやすしはくと読んでいた)はアフリカで会ったあの子、旺旺の歌舞伎揚げは中国で会ったハンガリー人ゆかりの品、何の肉で作ったのか分からないソーセージはドイツ人Rが許せんと言っていた・・・などなど、旅で出った人たちの姿が重なるのですよ。 -
自分で選んで調理してもらうスタイルの食堂で、茄子盛(笑)ナス何本分?一人で米とナス盛。
初めて中国来たときも、これに面食らったな。
しかしこれが、うまい。ナスだけなのにうまい。油が多いのか、クリーミーとさえ感じるうまさ。
ちなみに店員の若いお兄ちゃんがかっこよかった。 -
3/27
早起きしようとしたが、時差ぼけ気味なのか朝寝坊してしまい、9時半スタート。
朝ごはんは懐かしのカップ麺。
舌がひりひりする、花椒パワー。
バス停でおっちゃんたちと筆談した結果「待」と言われて待っていたが、都合により行き先が変わり追い出された。再見って。(笑)
うろうろしていたら欅(みたいな字)枝花行きのミニバンを捕まえられ、10元で老虎嘴へ。 -
見てください、この棚田!!超巨大なのです!
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棚田といえば日本からも手軽に行けるのは龍背。あちらはここと比べるとほんとにちっさいです。ここの棚田は棚田界のイグアスの滝でしょう。
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しかも水を張ったシーズンを狙っていったので、美しさ100倍です。
※カメラが壊れているので、親切な中国の方のカメラをかりて自分のSDカード差して撮影しました。バオバブ街道に続いて2回目の救いの神。 -
ここで待ち受けていたのは地元の自称ガイドのおばちゃん。
あまりにしつこく30元でガイドをすると言ってくるので、珍しく振り切らずに10元で落ち着いたところ、10秒後に「あっち」と言われて終了になった。
おばちゃんがその先まで行きたがらないのはめんどいからかと思ったら、どうやら他の人のテリトリーだからみたい。 -
写真撮ったら10元とか言われたから退散。
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濃霧で心配したが、老虎は少し標高が低いのか霧は大丈夫だった。
この旅も、他の旅でも雨に降られたのは張家界ってぐらい、雨の中で観光した記憶があまりない。
といっても晴天続きというわけでは決してなく。
キリマンジャロもフィッツロイもなんとか粘って先っぽだけ、または一瞬「見えた!」というギリギリセーフの繰り返し。
それでも山が雲の中から顔を出してくれるのは当たり前なんかじゃないから、きっとラッキーだったんだと思う。 -
最後の中国でも見たいものがちゃんと見られてラッキーだった。
旅をしていてつくづく思うに、少しぐらいの雨は不運なんかじゃない! -
奥のほうに晴れ間が出て、見えなかった部分の棚田の水が光りだした。
山の斜面まで棚田だったの!?
光る棚田が右斜面の手前に向かってどんどん増えていく様は、それはそれは神々しかったです。 -
しかしそれも付かぬ間、押し出された雲がこちらに向かってきて、ものの2分足らずで雨に降られた・・・
恵みの雨のおかげでおばちゃんにはもう追いかけられなかったw -
水牛が工作しているのが見えた。なんとのどかな景色。
その後ろでマネーマネーと叫ぶ人一人有。没有してくれ。 -
雨の中、おばちゃんが運転する軽バンに乗っていったん新街に戻る。
この地方は女性ドライバーが多いな。この地方に限らず、中国は女性も普通に運転手の仕事をする。
女性市バスドライバーもいた。2007年のころの話なので、日本よりもだいぶ早いと思った。
昨日と同じ食堂に行くと、イケメンが「お、また来たね!」という感じで対応してくれた。食堂は通うに限るね。
今日は青菜盛。色鮮やかだなー。中国にいると野菜不足にはならない。 -
1時でまだ時間もあるので、今度は多依村方面を目指して聞き込み開始。
道で途中の勝村行きのバンを拾うことができた。
多依村に行くかどうかはバーダーを見て考えよう。
隣に少数民族のおばあちゃんがいて、私の指輪を見たあと、自分の指輪を見せてくれた。でっかい印鑑みたいな指輪。
いいですねって言うと、突然行商人に変化するおばちゃん、腕輪とか色々売りつけようとしてきた。商魂たくましいな。
若いグレイヘアのドライバーとおばあちゃんの付き添いの孫らしき子がぺちゃっくちゃしゃべっていたので、てっきり友人だと思ったら普通にお金を払っていた。日本以外の国で、ドライバーはお客とよくしゃべるな。
女の子が”バイバイ”と言って下車していくと、分岐点。ここから左に絶景が広がる。
ここを歩くのもいいかもしれない。時々ハニ族の人も歩いているし、帰りに時間があったら歩いてみよう。
さらに30分ほどでバーダーへ。
入場料30元を払って、棚田へ。 -
バーダーの棚田はとにかく巨大で圧巻!
これが人の作ったものなのだから驚きだ。
マチュピチュレベルで感動した。
山がちだった老虎よりもなだらかな大地に広大に広がる棚田。 -
まわりの山にまで棚田が広がるため、棚田の総面積で言うと老虎のほうが大きいそうだが、ここでもうなってしまうほどの大絶景が望めた。カメラが壊れているのがほんとうに残念。
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なんと表現しよう。ミルフィーユだってこんなにレイヤーを重ねることはできないよ。
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また誰かのデジカメをかりたくて寒い中待ってみた。
6人ぐらいの中国人グループが一組だけ来たけど、誰もデジカメは持っていなかった。
しかも1分ぐらいでビューティフルと言って去っていった。はやっ!30元払ったんでしょ?? -
ねばっている間に太陽が少しだけ出てきて、水面がキラキラしだした。
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宿でもらった地図に書いてあった日出、日入の書き込みはかなり重要なアドバイス。
撮影のために訪れるカメラマンも多いからかな?? -
重ねて言うが、素晴らしい棚田です。
先祖代々が大切にはぐくんできた、現在進行形の文化遺産。 -
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1時間ほどここですごし、しばらく歩いていたら乗ってきたお兄ちゃんが【月生】村から戻ってきたので、拾ってもらう。またおばちゃんと同乗だ。
来るとき確認しておいた【竹辺に青】口で降ろしてもらうことにした。
料金はきっちり半分の5元。
そこから街へはだいたい6km。ゆっくり歩いても2時間程度。暇つぶしにはもってこいなのである。 -
ここから先がヘブン。棚田の天国の繰り返し。
カーブの先につぎつぎと現れる棚田。
ハニのおばちゃんが工作し、水牛が工作し、子供が遊ぶ。
時に赤いスカーフをつけた小学生、時に蓑をつけたおじいちゃん。蓑をつけても携帯は欠かせないおばちゃん。少数民族も化繊を見につけて携帯を持つ時代、なんでもありだ。
こんなのどかのな村を歩く機会、今となってはなんて贅沢な時間だったんだろうと思う。 -
こちらでは、皆籠をバック代わりに背負っていた。農作物や草木、鶏から何から入れられるから便利なんだろうな。
-
ところで、中国語の各地方の言葉(方言?)は、読み方が違うだけで文字はどこも一緒だと聞いた。
四川の田舎では日本人(リーベンエン)がズーベンレンになっていてびっくりしたことがある。そしたら日本語も中国語の訛りの一つと言われちゃうのか?いや書き言葉が違うからそんなとことはないか。 -
ところどころに生えている木々がなんとなく南の国っぽくて好きです。
実際この地方は標高こそ高いけど結構な南。緯度的にはカルカッタと同じみたいです。 -
緑だ。苗は棚田のすみっこで田植えの日を待ちわびるかのように、青々とすくすく育っていた。
3月27日、水を張っただけの棚田に合わせてやってきたけど、もしかしてぎりぎりだったかも。
これから緑で溢れるシーズンになるんだね。そんな時期にまた来てみたい。 -
南国風情。天気になってきたし、下り坂が多い楽なトレッキング。
昔なら6km、ひえーってなってたけど、旅していると2万歩ぐらい余裕で歩いているから全然大丈夫。 -
ただちょっと交通量は多いので車には注意。
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5時10分、だいたい1時間半ぐらいで元陽に戻ったら、行きと帰りに乗ったお兄ちゃんの車がまた【月生】村に帰るところだった。
昼間老虎から乗ったおばちゃんも見た。狭い世界だな。 -
元陽新街。
自然に少数民族が闊歩する街。
中国はどんなに辺境にあっても、後ろにあるようなお店がある。
伝統とモダンが同居しているのはうらやましい。
ネット屋さんでは、グレイヘアに染めた若い男の子が筆談で一生懸命がんばってくれた。
手を使ってチークワイ、7元、って見せてくれたり。
床屋の女の子なんかはおしゃれな子もいて、色々と飽きない。 -
すっかり癒されたよ。
-
さいごは街を歩いて社会科見学。
-
素敵な柄ですね。
ラオスの山奥まで行ってもほとんど見かけなかった民族衣装姿の少数民族の皆さんが、ここにはたくさんいらっしゃいました。
それはそれはカラフルな衣装で、刺繍もすごくておしゃれ。サパで花モン族に会えなかったのが心残りだったのですが、ここの人も負けてません。 -
比較的若い子も民族衣装を着ている。
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刺繍の襟元が素敵。
色は何重にも重ねる。 -
少数民族の方々の野菜市場。地元の野菜を売っているのね。
-
日常生活で民族衣装。水色がいい感じ。
ブルーの部分はパステルカラーが好まれるらしい。
かと思えば、黒地に黒の刺繍というクールなおばちゃんもいた。
そして生地は化繊。
現代技術と民族衣装のコラボ。このちぐはぐさが中国の良さ。全部同じにしようとすることはない、地方の特色は大切にしてほしい。
ってことは、中国人自身がよく分かってるんじゃないかな。旅行好きだし、何かにつけて本場〇〇の、って付けたがるし。 -
元陽中の子。
市場は見ての通りで、さすがにご飯を食べるには不向きでした。 -
この子も若い。ピンクがかわいい。
この日はこのまま移動。
6時半定刻元陽発のバスで、大都会昆明へ。
そういえば、旅先で出会ったアダチさんだかキクチさんだかが言ってたけど、雲南のバス、足クセー。
今まで中国の寝台バスは何度も乗ったけどあまり気にしなかった。知ったとたん、この香ばしいにほいの正体が分かったですよ。
ちなみにカシュガルは羊、チベットはバター茶と、各地に地方オリジナルのにほいが楽しめるも中国のバスのお楽しみです。(まじで楽しめる人種でよかった。) -
燕尾みたいだな。
帰国が決まった昨日、日記に書いていた一文。
”明後日にはクンミン、羅平、そして上海へ。
いよいよ近づいてきました。
人々の顔が日本人に近づき、文字が漢字になって、ご飯が日本米に近づき、MTVアジアで浜崎あゆみを聞き、長期旅行者でないいわゆる普通の日本人に会う機会が増え、着々と日本が近づいてきました。
日本に近づくこのルートは、帰国のショックを和らげる為にはもってこいではありませんか。我ながらナイスチョイス。
それでは世界一周最初にして最後の国中国を楽しんできます。”
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旅行記グループ 世界一周ファイナルシーズン 東南アジアと中国
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