2019/07/15 - 2019/07/17
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Indianal Jobsさん
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2018年10月スタート 世界一周 ヨーロッパ編
ウクライナ キエフから寝台列車に揺られて到着したポーランドの首都ワルシャワ編です
第二次世界大戦で瓦礫と化しその後市民の努力でかつての街並みを取り戻した新しくも見応えたっぷりの世界遺産登録 ワルシャワ旧市街を中心とした観光まとめです
7/15 キエフよりお昼頃到着 午後旧市街地見学
7/16 旧市街地見学 キュリー夫人記念館 旧王宮見学中心
7/17 ワルシャワ蜂起博物館 午後 列車でクラクフ移動
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7/15 今回は国境で引っかかることなく(当然ですが)無事ポーランド入り
ぐっすり良く寝たせいか気が付けばワルシャワ中央駅で下車しそこねワルシャワ西駅で慌てて下車 -
11:25 中央駅行の電車にテキトーに乗って20分遅れでワルシャワ中央駅に無事到着 何でこの都会的な駅を降り過ごしのかな~
ワルシャワ中央駅 駅
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宿泊先Airbnbのチェックインが15時だったので駅の荷物預け所にバックパックを預ける 約1ヶ月間はほとんど手荷物状態で動いていたので大きなバックパックがなんだか邪魔に感じてしまう 預け料は荷物1個 10PLN(24時間 約280円 安いけど東欧より高くなった)
預かり所はキッチリ有人対応ですが休憩時間が設けられ無人=閉鎖の時間帯があるので注意しましょう -
駅でバックパックを預けた後近くのパスタ屋で昼食49PLN(約1,470円)を食べ、地下鉄駅Rondo ONZ駅へ
途中ラトビア科学アカデミーのような文化科学宮殿が異質の雰囲気でそびえ建ちます
周りに近代的な高層ビルが建つ中、バリバリのスターリン様式のビル 42階立てのビルで高さは237m スターリン政権によってポーランドへの贈り物として1955年に完成したビル
239mのサンシャイン60が完成したのは1978年 サンシャイン60よりも20年以上前に完成していたことに驚き文化科学宮殿 建造物
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地下鉄駅Rondo ONZ駅に到着 料金はゾーンと時間で別れますがワルシャワ市内観光だけならゾーンを跨がないのでゾーン1で 後は 20分、75分、90分・・・ と時間を選択すればOK 選択時間内ならメトロ・バス・トラムで利用できます
券売機が写真の2種類ありますがどちらでも買えます(右が紙幣も使えるタイプ) -
ミンスク・キエフと違い駅構内、車両とも近代的 構内のデザインは駅ごとに雰囲気が変わります
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最初に訪れたポーランドにおけるユダヤ人博物館 ポーランドといえばアウシュビッツが有名なのでホロコースト的な博物館かと思いましたが1000年に及ぶポーランドのユダヤ人コミュニティの歴史を伝えるのがメインテーマ
ポーランド ユダヤ人歴史博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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入場にあたっては歴史背景の予習がないと理解が追い付かなそうなので中をちょっと覗いてお終い 料金はコア展示、臨時展示ごとに設定(詳しくは公式サイトにて) 混雑する場合があるので事前予約が吉らしい
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博物館前にあるゲットー蜂起英雄達の記念碑 ワルシャワゲットーの一部であった地域で、蜂起の最初の武力衝突が起こった場所に1948年に建てられた巨大な記念碑
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裏面はユダヤ人の迫害を表したモニュメント
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同じく一角にある記念プレート ゲトー蜂起の記念碑より古く1946年に設置されたもので一番初期の記念碑
碑文はポーランド語、イディッシュ語、ヘブライ語で書かれ 「ユダヤ人の尊厳と自由のために、自由なポーランドのために、そして人類の解放のために、前例のない英雄的な闘争で倒れた人々のために捧ぐ ポーランドのユダヤ人」 と書かれてあるそうです -
どちら様? ユダヤ人大虐殺の証人 ヤン・カルスキの像
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テクテクあるいて旧市街地へ クラシンスキー庭園の一角にあるクラシンスキー宮殿 17世紀にバロック様式で建てられた宮殿ですが第二次世界大戦中にひどく損傷 その後再建されましたが一般公開には至らず… 血税で修復したのなら還元しないと
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その向かいに建つ知的な建物は最高裁判所 その建物沿いに進んだ先に・・・
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ワルシャワ蜂起記念碑 記念碑は2つのパートに分れ積極的に戦闘に参加する躍動感あふれる反乱軍の姿を表現したブロンズ像と少し悲しげな兵士の像があります
ワルシャワ蜂起記念碑 モニュメント・記念碑
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うなだれて半分埋まっている兵士はマンホールに入る様子を表現 反乱軍はドイツ軍の支配網をかいぐぐるため下水道を使い移動したそうです
楽しい雰囲気とは言えない負の観光スポットですが訪れて自分なりの想いを巡らせましょう -
旧市街にエリアに突入 雰囲気が明るくなってザ・ヨーロピアンな雰囲気♪ 旧市街と言ってもドイツ軍に街の90%が破壊しつくされてしまったので戦後全て一からつくり直して当時を再現したエリア
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キュリー夫人記念館 月曜日が定休ということで お休みでした 残念!!
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更に進みます 路地が広いのかエリアが広いのかタリンの賑わいの印象が強くて少し人が少ない感じがしました
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バルバカン要塞は1548年に建てられた馬蹄型の要塞 第二次世界大戦で破壊され現在のモノは1952年から1954年にかけて再建されたもの
要塞で機能したのは1655~1660年の北方戦争でスウェーデンの侵略を受けた時のみだそうですバルバカン 史跡・遺跡
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城壁の先端が馬蹄形の形で飛び出している要塞は珍しく ヨーロッパでは同じような形の要塞は3つしかないそうです
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忠実に再現された城壁 レンガは他の地方の破壊されたゴシック建築のレンガを集めて作られたそうで違和感なく再現されていてお見事でした
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旧市街にあるアンティーク店 場所が場所だけにどれもみな素敵に見えてしまいます 買わないケド
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旧市街を馬車で巡る 白人が馬車に乗る姿はとても絵になります アジア人用に人力車か籠屋はいないかね?
それにしてもこの通りにはやたらアイスクリームさんがあったような・・・ -
道が開けて旧市街地広場に到着 絵に書いたようなヨーロッパの広場ではあ~りませんか
第二次世界大戦でドイツ軍によって焦土化したワルシャワ かつての姿を取り戻そうと昔の写真・スケッチ・絵画を参考にして建物のヒビに至るまでに忠実に街を再現したそうです
旧市街とはいえ戦後に作り直したレプリカ 本来なら遺産登録基準を満たしませんがかつての街の姿を取り戻そうとしたポーランド国民の熱意を汲んで1980年に世界遺産登録となりました よがっだね~旧市街広場 旧市街・古い町並み
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このお方も現世に復活したのですね… 建築費用は誰が出したの? 土地の権利や建物の所有権は?(特に城壁内) 家賃は高いの?安いの? 固定資産税は築年基準?
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公園に置かれた人魚像 ワルシャワには人魚伝説があり、ヴィスワ川で窮地に陥った人魚を漁師が助けたところ、人魚は助けられたお礼に全ての漁師とワルシャワ市民を守ると誓った という恩返し的なお話があるそうです
またヴィスワ川にはWarsz(ヴァルシュ)とSawa(サヴァ)という2匹の人魚が居たことから Warszawaという名前が付けられたという話もあるそうですが人魚だけに尾ひれがついているかもしれません人魚像 (旧市街広場) モニュメント・記念碑
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広場から旧王宮方面へ 教会が仲良く並んでいます 先ずは手前のイエズス会教会から ピンクの外観が可愛らしい教会 教会の歴史は17世紀にさかのぼりますますが18世紀末から第一次世界大戦までの期間は殆ど教会の機能を果たしておらず第二次世界大戦で瓦礫と化してしまいました
現在の教会は1950~1978年にかけて再建されたもの お隣の聖ヨハネ大聖堂のネームバリューが強すぎて観光先としてはあまり人気のないちょっとかわいそうな教会Church of Jesuits 寺院・教会
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キエフの正教会で沢山見てきたイコノスタシスがなくなって普通の教会だ~ イエズス会が普通かどうか分かりませんが・・・
カトリックにプロテスタントに正教会とイロイロありますが大元はマリアとキリストでは?(乱暴発言) -
洗礼者ヨハネ大聖堂 14世紀に建てられたワルシャワで最も古い教会でポーランド王国の時代から国王の戴冠式や重要な宗教行事が執り行われてきたとても由緒ある教会 通りが狭いので全景をうまく写すのが至難のワザ
やっぱり第二次世界大戦で破壊され現在の建物は1948~1956年にかけて再建されたもの洗礼者ヨハネ大聖堂 寺院・教会
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教会内はとても広く、天井もバリ高でした ゴシック様式のリブ・ヴォールト天井もビューティフル
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ステンドグラスはポーランドの歴史が描かれており1987年に加わりました
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放牧的なキリストにハッとして! Goodきました キリストが迷える子羊を導いています 私たちの迷える人生も導いて欲しいものデス
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旧ワルシャワ王宮 歴史は14世紀にさかのぼる王宮ですがやっぱりドイツ軍に破壊されてしまったので現在の建物は1988年に復元されてたもの 内観見学は翌日に訪れるので外観だけ見てお終い
ワルシャワの街をことごとく破壊したドイツ軍 アメリカ軍は歴史ある京都を爆撃しませんでしたがヒトラーは蜂起のお返しに徹底的な破壊を命じました (京都は爆撃されずとも原爆は落とされてしまいましたが…)旧王宮 (旧王宮博物館) 博物館・美術館・ギャラリー
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旧王宮前広場 沢山の人達が思い思いの時間を過ごしていてして平和そのもの 平和が一番だよ~
広場の中央にはジクムント3世ヴァサ王の記念塔 塔の高さは22m 像の高さは2.75m(1944年にやっぱりドイツ軍によって壊されており、現在の柱は1949年に完成) -
ジグムント3世の立像 ジグムント3世ヴァサ王は1596年にポーランドの首都をクラクフからワルシャワに移し1611年からワルシャワ宮殿に居住
その後、新世界通りや聖十字架教会を整備した王様 -
クラクフ郊外通り(歩いて来た王宮前広場方向) この辺の建物も全てかつての建物を再建したトコロ?
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どちら様? アダム・ミツキエヴィッチ像 ポーランドを代表する国民的ロマン派詩人だそうです 全く存じ上げません。。。
その先にある教会は聖母の被昇天と聖ヨゼフ教会(元カルメル会の教会) 1661年から1681年に建てられた教会で第二次世界大戦で大きな被害を受けずに生き延びた数少ない教会の1つカルメリテ教会 寺院・教会
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大統領官邸 馬にまたがる人物は松平健ではなくユゼフ・ポニアトフスキ王子という18世紀のプリンスだそう
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ウィジトキ教会 18世紀に建てられた後期バロック様式の教会 聖母の被昇天と聖ヨゼフ教会と同じく第二次世界大戦の戦火・破壊を免れたレアな教会
近くの坐像はステファン枢機卿ヴィシンスキーさん グニェズノ・ワルシャワ首都大司教を33年務めた人ですが世界が違い過ぎて分かりません 善光寺・大勧進の新貫主を長年務めたみたいな? -
教会内 誰もおらず静寂な空気に包まれた良き空間でした この教会はかのショパンが日曜日のミサでオルガンを弾いた教会なのでショパンの聖地巡りをする方にはMust Goの教会
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教会のパイプオルガン どーん!! ショパンが弾いたのかな? ショパンはこの教会近くにあったワルシャワ・リツェウムという音楽学校に通っていたそうです
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大変そうですね~ 肩と腰の痛みに悩むそんなアナタにはアンメルツ ヨコヨコを推薦したい! (ワルシャワ大学博物館の建物デス)
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ワルシャワ大学(正門?) ポーランドにおける東大ですね この門を通る度に頭が良くなりそう・・・ ショパンもこの大学の学生でした
ワルシャワ大学 建造物
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ワルシャワ大学門の斜向かいにある聖十字架教会 1679~1696年にかけて建設されましたがしてやっぱり第二次世界大戦で大破 ナチスめ~
現在の教会は再建されたものになりますがショパンの心臓が祀られていることで有名聖十字架教会 (ワルシャワ) 寺院・教会
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ショパンは1849年、39歳の若さでパリで亡くなりました 故郷に帰りたかったショパンですが列強の支配下での帰国は叶わず、ならば死後は心臓だけでも祖国に埋葬して欲しいというのが生前からの願いだったそうです
遺体はパリで埋葬されましたが心臓は遺言通り、死を看取った姉がドレスの下に隠し持って国境を越えこの教会に安置されました ドイツ軍が教会を爆破した際に心臓は持ち出されてしまいましたが1945年10月17日(ショパンの命日)に再建された教会の元の柱に戻されたそうです よがっだね~ -
教会前に置かれていたショパンのベンチ
ショパン生誕200年となる2010年 ショパンゆかりの場所にショパンのベンチが設置されました 再生ボタンがあり、ボタンを押すと一度は聞いたであろうショパンの曲が流れ出します♪
ベンチは全部で15設置され場所によっては流れる曲も違うそうです 全部のベンチを制覇してもおもちゃの缶詰は貰えません -
初日の市内見学はここまで 駅に戻り荷物をPickアップして滞在先に向かいました
宿泊先に向かう途中見かけたビルに描かれた壁画 戦争はダメだぞ~ -
ワルシャワの宿は駅の少し西に位置するアパート1室を2ゲストでシェアする投資物件型のAirbnbにて宿泊 1泊3,016円×2泊にて 駅の横を走る大通りが横断しづらい点を除けばアクセスは悪くなく、すぐ近くにスーパーもあったので好条件の宿でした
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もう1組のゲストとキッチン、シャワーは共同利用ですが滞在中1度も見かけることがなかったので貸切のような状態でした
キッチン付ドーミトリーでも自炊はできますが多くの人が利用してあまり綺麗ではないのでこのようなAirbnbは本当に助かります -
7/16 ワルシャワ見学2日目
今にも雨が降りだしそうな空のワルシャワ2日目はメトロ線Ratusz Arsenał駅から歩いて城壁の中間部からスタート -
ヤン・キリニスキ記念碑 ポーランド英雄の1人とされ1794年のワルシャワ蜂起の際に軍を率いて戦ったマスター級の靴職人あがりの軍人さん
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城壁に囲まれたかつての旧市街の様子のジオラマ こうしてみると聖ヨハネ大聖堂は昔からたいそうな教会だったのですね 現在地は皆が指でコスって光っている場所になります
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城壁と城壁の間の小道を歩いてバルバカン方面へ歩いてしまい途中にある幼い蜂起兵の記念碑(Mały Powstaniec)を見過ごしてしまいました シッパイシッパイ ※翌日ワルシャワ蜂起博物館でレプリカを見る
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馬蹄形の珍しい城門バルバカンに再び到着 青い左折マークの方向へ少し歩けばキュリー夫人記念館です
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キュリー夫人の生家となる建物 以前は茶色い建物でしたが現在は真っ白に 入口が地味なので通り過ぎてしまわないように注意
看板にはMuzeumとありますがGoogle Mapでは記念館と表記されているのでここでも記念館とします (見学できるのは2階フロアーのみでボリュームもないので)
料金は11PLNですが火曜日は入場無料デーです!! (月曜が休館)キュリー夫人博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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コペルニクス、ショパンに次ぐポーランド三大偉人の1人に挙げられるキュリー夫人の華麗な経歴がこちら
1867年11月7日 ワルシャワに生まれる
1884~1891年まで家庭教師として働きながら大学を目指す、 この頃から化学分野志向に
1891年 24歳の時にパリのソルボンヌ理科大学に入学し物理、化学、数学を学ぶ
1893年 物理学の学士試験に合格、1894年には数学の学士試験にも合格
1895年 ピエール・キュリーと結婚
1898年 強い放射能を持った2つの新化学元素 「Poポロニウム」と「Raラジウム」の存在を発表
1903年 ノーベル物理学賞 1911年 ノーベル化学賞とノーベル賞を2度受賞!! 日本人なら誰しも知る異国のスーパー夫人 -
家系図
娘さんもノーベル賞を受賞したり、血筋は科学者、先生と頭のいい人ばかり・・・ 御見それしました -
キュリー夫人と夫ピエール・キュリーの頭像 キュリー夫人の名前はすぐ出てくるけど夫の名前は? と聞かれても出てきません 1906年、夫のピエールは6トンの馬車に轢かれて46歳の若さで死去
2度目のノーベル賞は最愛の夫の死の悲しみを克服して1911年に受賞しています -
当時の研究用具 100年以上前の道具なので中学校の理科の教室で揃うようなモノばかり これでよく放射性物質の研究をしたと感心するばかり
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キュリー夫人が使用したとされる机などの調度品 ピエールの死後はソルボンヌ大学初の女性教授となり教鞭と研究を続け、フランスを中心に活躍しました
パリの研究室は放射性物質の汚染がひどく防護服なしではアクセスできないほど キュリー夫人の死因も放射線被曝が根本の原因と考えられています -
天才科学者 アインシュタイン他、世界の名立たる頭脳を持つ面々と会談するキュリー夫人の写真 物理学の最高峰会議ソルベー会議メンバーの一員でもありました
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日本語で出版されたキュリー夫人の伝記 もう一つの展示ケース内も日本の本ばかりでした この年の6月末に秋篠宮ご夫妻が来館したので日本語ばかりの書籍を集めたのでしょうか?
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2階から眺めるフレタ通りの町並みが素敵でした 記念館は小さいので小一時間もあれば十分かと思います
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キュリー夫人記念館からバルバカンの門をくぐり再び城壁内に入り王宮を目指します この日は天気が悪く街中風景等あまり撮影していなかったようでロクな写真がありません…
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入館料 1人30PLN(約860円)にて王宮見学開始
The Oval Gallery ゴブラン織りのタペストリーコレクションが飾れている間 ポーランド・リトアニア合同時の王でヤギェウォ朝最後の王 ジグムント2世アウグストのコレクションで16世紀のシロモノ旧王宮 (旧王宮博物館) 博物館・美術館・ギャラリー
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続いてRoyal Council Room ガランとしていて装飾もおとなしめ 特筆すべきものが感じられない軽いジャブのよな空間からの~
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Great Assembly Hall ギアが上がりました 円柱の大理石柱、ゴージャスな金塗の漆喰装飾の壁etc といかにも 宮殿 といった雰囲気
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天井から吊り下げられた大きなシャンデリア 華やかなで煌びやか~
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天井に描かれた巨大なフレスコ画 建物は破壊されているので製作は1980年前後のハズ
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次の部屋はThe Knight’s Hall 最後の王となったアウグストの時代にはここで王室行事や国家の祝宴、コンサートが開かれたそうです
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ここにもアンメルツ ヨコヨコを必要とするご老体がいました
農耕神像でローマ神話のサトルヌス(ギリシャ神話ではクロノス) 肩に乗せらえた球体は時計になっており、鎌の先が現在時刻となる仕組みだそうです(動いている様子はありませんでしたが・・・)
その頭上には地動説を唱えた天文学者コペルニクスの肖像画があります -
The Throne Room 直訳すると王座の間 王座は事前に持ち出されていた為略奪の難を逃れているそうです
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Conference Room 寄木細工のような床と壁の絵図が独特の雰囲気をかもし出す部屋 豪華な造りですが会議室というよりは座談室のような感じ
本会議の前のおしゃべりで大方の話は決まっているんだよね -
The King’s Study 王の書斎 難しい本が沢山あって気持ちよく眠りにつけそう…
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同じくThe King’s Study
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The King’s Bedchamber キングベッドを置いてもベッドが小さく見える部屋を持ちたいものですね 天井も恐ろしく高い…
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The Old Audience Chamber いわゆる謁見の間デス ネスヴィジ城も豪華でしたがこちらはそれ以上
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The Green Room まんま 緑の部屋
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The Yellow Room なるほど黄色だね この宮殿からすれば普通のダイニングですが庶民用に転用すれば高級レストランです
それにしても絵が多すぎ 絵は買うものではなく書かせるものなのでしょうね・・・ -
The Marble Room 大理石で作られた重厚で重みのある雰囲気の部屋 歴代の国王21人と王女1人の肖像画飾られています 仏間に沢山のご先祖様の遺影が飾られているのと同じ感覚?
日本には宮大工のようなスペシャリストが居ますが西洋にも宮殿大工に値するスペシャリストがいるのでしょうか? 細部まで素晴らしい造り込みでした -
ヤン・マテイコの大作「プスコフ包囲戦でのステファン・バートリ(Stefan Batory at Pskov-1872)」
プスコフでロシア皇帝イヴァン4世がポーランド王ステファン・バートリの前に跪く様子が描かれています リヴォニア戦争でロシアは一部の領土を失うことになりましたが終戦の交渉にイヴァン4世が跪いた事実はないばかりか交渉の場にも表れていません ポーランドの視点から見た誇張された話を絵にしています -
同じくヤン・マテイコの作品で最後の作品 「1791年5月3日憲法(Constitution of 3 May 1791 ? 1891)」 別の呼び名は「1791年の改革憲法通過後にワルシャワ大聖堂に入るスタニスワフ・アウグスト王(King Stanislaw Augustus entering Warsaw Cathedral after the passing of the reformed Constitution of 1791)」とも ※赤マントの人物がポーランド王スタニスワフ2世アウグスト
近代的な成文国民憲法としてヨーロッパで最初のものであり、世界でもアメリカ憲法に次ぐ2番目のものとして知られている1791年に採択された5月3日憲法の100周年を記念して描かれたモノ -
Senatorial Hall 上院の間 王族・貴族から政治が民衆の手に渡り上院が開かれた場所
街の85%が破壊されてしまったワルシャワ 旧市街地も王宮も国民の熱意と努力で見事に再建されました 二度と焦土と化す争いがないよう政治の力でいつまでも平和な時代を維持してもらいたいものです -
最後は地下の旧議員室と美術品 とりわけレンブラント作品を鑑賞してFinish
退館時入口付近の螺旋階段を撮影してみました ぐるりんパ -
初日と違いどんより雲の旧王宮前広場 ピカピカの王宮内を見ていると貧乏人は目がチカチカしてしまいますがネスヴィジ城を見学していたので免疫がついていました セーフ
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昨日立寄らなかった旧王宮の南にある聖アンナ教会 新古典主義のファサードを持つポーランドで最も有名な教会の1つ 歴史は古く1454年にベルナルド会修道院として建てられたことに始まり、大きなカトリック行事はすべてここで行われる重要な教会だそうです また教会隣に建つ大きな鐘楼は6PLNで登ることが可能
聖アンナ教会 寺院・教会
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教会内 薄いクリーム色の控えめな外観と異なり教会内は重厚なバロック様式の造りでした 天井のピンク系の色も絶妙な色合いでGoodデス
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バロック様式の どうだ凄いだろ~感が凄いパイプオルガン 観光シーズン中、日曜祝日を除く毎日お昼にパイプオルガンの生演奏を楽しむことができます(10PLN)
この日は王宮見学を重点的に見学して早めに切り上げてお終い -
7/17はクラクフへ向けての移動日 お昼過ぎの電車利用だったので午前中はワルシャワ蜂起博物館へ 料金は1人25PLN(約710円)+オーディオガイド10PLN(約280円)
ワルシャワ蜂起博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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幼い蜂起兵 城壁で見ることができなかった子供の兵士像をここで見ることができました 大人のみならず小さな子供も街を守る為に蜂起に立ちあがりました
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ワルシャワ蜂起が起こる前、1944年1月から繰り広げられた自国の領土を守る為の国内各地での戦い嵐作戦を解説した展示
よほど歴史に明るくない限りオーディオガイドは必須 強国に挟まれ各地で自国の為に戦う国民軍の様子を説明 冬の野営戦は想像を絶します -
蜂起前のワルシャワ市内の様子 充分な援軍が得られず国民軍・市民総員で決起した戦いも期待した援軍は得られず約2ヵ月で終結 美しかった街は瓦礫の山に・・・
メキシコではスペイン軍に滅ぼされたアステカ帝国の遺跡を見てきましたが写真があるとないとでは大違い 同じ人間としてより身近なものに感じます
写真はモノクロですが当時の世界は今よりも美しかっただろうに・・・ -
ドイツ軍のサイドカー付バイクBMW・R75 映画にもよく登場するあのバイクです 戦闘物資が圧倒的に不足していたので奪ったバイクも貴重な戦力 敵味方の区別をつける腕章・ワッペンは必需品でした
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古い輪転機 当時の印刷機を使って、蜂起時の記事を配布してくれます 情報伝達の重要な役割を果たし、物資が少なくなると掲示板に張り出す形で最新の情報を市民に伝えました
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国有軍が付けていたポーランド国旗のワッペン 兵力はおろか物資面でも圧倒的に劣勢の国民軍はドイツ軍から奪ったものは武器はもちろんのこと軍服まで使用 敵味方の区別が分かるよう国民軍はポーランド国旗を模したワッペンや腕章を付けお互いに識別していました
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物資補給に使用された飛行機の展示 補給路がない国民軍の為、イギリスを拠点としたポーランド亡命政府が武器などを空中投下して補給しましたが焼石に水状態でした
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窓越しに破壊された街並みを眺めるような展示 下に置かれた写真の方は映画「戦場のピアニスト 」のモデルとなったピアニスト ウワディスワフ・シュピルマン氏
戦争(ワルシャワ蜂起)では亡くなっておらず2000年7月6日 88歳で永眠 -
こにもワルシャワ人魚が居ました こちらがオリジナル? とても険しい表情。。。
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館内の様子 アメリカで訪れたホロコースト記念博物館同様非常に人気でとても混んでいました
楽しい場所ではありませんが戦争の悲惨さ、平和について考える上でとても大切な見学先です ワルシャワ蜂起について簡単な歴史を勉強してから出かけるとモアベター
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