2021/07/01 - 2021/07/03
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ブリッヂ・トレック(橋梁旅行)さん
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この旅行記のスケジュール
2021/07/01
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国分橋梁
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新道橋梁
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信楽高原鐵道事故慰霊碑
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第一大戸川橋梁
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園養寺
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大砂川隧道
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由良谷川隧道
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装荷線輪用櫓
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近江富士2号橋
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龍ヶ池揚水機場
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芹川橋梁
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米原駅転車台
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前河原橋梁
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新垂井駅跡
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甲大門西橋梁
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乙大門西橋梁
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喜内前橋梁
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樽見鉄道 揖斐川橋梁
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旧牧田川橋梁
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この旅行記スケジュールを元に
三重県北部~滋賀県南部・東部~岐阜県南西部を巡る旅、後半です。
その1はこちら⇒https://4travel.jp/travelogue/11700760
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- レンタカー 徒歩
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イチオシ
【国分橋梁】
1890年(明治23年)関西鉄道が開通、煉瓦積アーチ橋。
アーチ部に焼過煉瓦を配しています。 -
スプリングラインには『雁木』と呼ばれる鋸歯状の装飾!坑門まで続いています。渋い!補強で使われているレールも古そうです。
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イチオシ
パラペットには関西鉄道の社章が焼過煉瓦でかたどられています!
素晴らしい!
同様の意匠は関西鉄道大仏線の黒髪山隧道両坑門にもありましたが、廃止の後、道路に転用、やがて開削されてトンネルは無くなり、社章一つは大阪にあった交通科学博物館に保存されていました。 -
【新道橋梁】
1890年(明治23年)関西鉄道が開通、煉瓦積アーチ橋。 -
こちらのパラペットは矢筈積みです!
草の枯れている時期にまた来たいです。 -
【信楽高原鐵道事故慰霊碑】
1991年(平成3年)JR西日本の臨時列車と信楽高原鐵道の列車が正面衝突、42名が死亡、614名が重軽傷を負う大惨事。原因は代用閉塞取扱の手続き無視と誤出発検知装置点検中による無効化等。
鉄道事故調査委員会(現運輸安全委員会)発足の契機の一つになりました。
ご冥福をお祈りします。 -
信楽高原鐵道【第一大戸川橋梁】
1954年(昭和29年)竣工、PC造単桁橋。
我が国初の本格的ポストテンション式PCを使った橋。
【重要文化財】
※我が国初と言われていましたが、遠山森林鉄道の遠山川第4号橋梁の方が約半年古いとのニュースが出てきました! -
初めてロッカー支承を観る事ができました!
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近くには、建設後の経年劣化の検証の為の供試体も残っています。
基本設計はフランス人技師セルジュ・コバニコ氏、実施設計は大阪事務所次長の仁杉巌氏ら。その後のPC橋の発展に大きく寄与しました。 -
【園養寺】
参道を草津線が横切っていますが、踏切がありません!
どうやら別に参道があるようです。 -
【大沙川隧道】
1884年(明治17年)竣工。
天井川の大砂川をくぐる隧道。見事な石積み!大沙川隧道 名所・史跡
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イチオシ
JR西草津線【大砂川隧道】
1889年(明治22年)関西鉄道が開通。
関西鉄道が草津線に建設した物としては唯一現存する隧道。馬蹄形断面のアーチ部・側壁共煉瓦積で、側壁下部は石積。坑門には要石や盾状迫石・帯石も。
草津線は今ではローカル線ですが、関西鉄道は旧東海道に沿ってこの路線を敷設しており、名古屋~京都間の大動脈として期待して建設されています。
【土木学会選奨土木遺産】 -
【由良谷川隧道】
1886年(明治19年)竣工。
大沙川隧道と同様、天井川と旧東海道との交差。
欠円アーチなのが特徴的。
更に北に家棟川隧道もありましたが、天井川の解消・通水能力の拡大等を目的とした河道付替により消失し、扁額のみ残存。由良谷川も今はこの上ではなく、すぐ北側で道路下を横断しています。
草津線にあった由良谷川隧道・家ノ棟隧道も同様に無くなっています。 -
【装荷線輪用櫓】(そうかせんりんようやぐら)
1928年に東京~神戸間に長距離市外電話を開通させた際の施設。当時の電話方式では、遠距離になるほど音声が減衰し通話距離に限界がありましたが、約80km毎に真空管中継器を備えた中継所を設置し、更に各中継所間には約1.8km毎に音声電流の減衰防止の為の装荷線輪が設置されました。これは亀山~京都中継所間の装荷線輪用櫓の一つのようです。
支柱には逓信省を意味する「〒」の文字が象られています。 -
【近江富士2号橋】
1995年(平成7年)竣工、木造下路三弦分格ワーレントラス橋。
防腐剤を加圧注入したヒノキ等の集成材を弦材に使った三弦トラス橋です。
竣工から20年以上経った今も健在! -
イチオシ
三弦トラス独特の眺め。
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【龍ヶ池揚水機場】
1913年(大正2年)竣工。
日本で最初期の蒸気ポンプによる地下水くみ上げ施設で、現在も電動で稼働。琵琶湖東岸の農業発展に寄与しました。
【土木学会選奨土木遺産】 -
近江鉄道【芹川橋梁】
1898年(明治31年)開通、上路プレートガーダー橋。
T形鋼のJ型スティフナーを使った作錬式と同様のプレートガーダー。
歴史的鋼橋集覧には未記載だけど見処満載です。 -
三谷旅館
今宵の宿。
前日はキャンプで風呂にも入っていないので、2泊目は宿に泊まりました。
昔ながらの奥に長い町家を利用した旅館。坪庭が幾つも散りばめられています。
キャンプの旅行記はこちら⇒https://4travel.jp/travelogue/11701931三谷旅館 宿・ホテル
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朝食。
すごい品数!本当は夕食も撮ったのですが、順番に出てきたので、全体の写真は撮れず、品数が少なそうな誤解を与えかねないのでやめておきます。
アットホームでとても感じの良い夫婦が経営されている、素敵な宿です。 -
【岩脇蒸気機関車避難壕】
太平洋戦争末期に東海道線・北陸線のSLを空爆から守る為に掘りかけた防空壕跡。2本掘られましたが、本線からの側線も含め完成前に終戦を迎え、使われる事はありませんでした。岩脇山蒸気機関車避難壕 名所・史跡
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こちらは貫通した方の内部。北側から少し内部を観ることができました。
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【米原駅転車台】
38m級。
米原保線所の保守車両用の転車台で、在来線と新幹線の両用の為3線軌条!!になっています。 -
しかも40度位しか回転できない為車両の向きを変える事はできず、転線の為の転車台という珍品です。
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【新幹線高速試験車両保存場】
日本最高速度(リニアを除く)443㎞/hを誇る【300X】、山陽新幹線での営業最高時速350kmを目指して開発された【WIN350】、電気学会電気学術振興賞(進歩賞)を受賞した【STAR21】の先頭車両3両が保存されています。新幹線高速試験車両保存場 名所・史跡
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JR西 北陸本線【前河原橋梁】上り線
1889年(明治22年)竣工、煉瓦積みアーチ橋。
【土木学会選奨土木遺産】 -
アーチを楔型の石材で受け止める欠円アーチにして橋脚の数を減らし、避溢橋の河積阻害率を抑えています。
下り線が同一構造で延長せず、プレートガーダーにしているのも特徴的。 -
【長浜鉄道スクエア】【旧長浜駅舎】
1882年(明治15年)築、石灰コンクリート造。
ポーナルの前任の建築師長ホルサム(Edmund Gregory Holtham)らが設計した、現存する日本最古の駅舎。
【鉄道記念物】【日本遺産】長浜鉄道スクエア 美術館・博物館
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古くからの日本海側の海運と太平洋側を結ぶ為、日本初の鉄道開通から僅か10年後の1882年(明治15年)に長浜~敦賀間が開業。同年、長浜~大津間は鉄道連絡船で結ばれ、1889年(明治22年)に米原~大津間の鉄道開業まで北日本や北陸との交易に活躍しました。
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【旧長浜駅29号分岐器ポイント部】
英国キャンメル社(Charles Cammell & Company)製。
開業時から使われた、現存する最古のポイント。
【鉄道記念物】
この他にも北陸線旧線の隧道の扁額が取り外されて、屋外に保存・展示されています。 -
【D51 793】【ED70 1】
急勾配の北陸線で活躍した両機も保存されています。
この後大垣方面を経由して帰路に。 -
JR東海東海道線【新垂井駅跡】
1944年(昭和19年)開業、1986年(昭和61年)廃止。
大垣~関ケ原間には最大25‰の急勾配区間がある為、下り列車は大垣駅に停車して補機を連結する必要がありましたが、太平洋戦争中の貨物列車の輸送力増強のため、下り列車専用の勾配緩和別線を建設、その別線上に設けられました。 -
JR東海東海道線【甲大門西橋梁】
1887年(明治20年)開通、煉瓦積ねじりまんぽ(斜拱渠)。
線路敷と道路が斜めに交差している為、ねじりまんぽに。 -
JR東海東海道線【乙大門西橋梁】
1887年(明治20年)開通、煉瓦積アーチ橋。
こちらは直角に交差しています。 -
JR東海東海道線【喜内前橋梁】
1887年(明治20年)開通、煉瓦積アーチ橋他。
揖斐川橋梁架替に際して南側に延伸されていますが、北側坑門は古い物が残存していました。こちらは側壁や坑門が石積になっています。 -
補強で使われているレールには
H-WENDEL VII 1925 75LBS ASCE TB 工
と思しき刻印。フランスのde Wendel et Cie社製のレールでした。 -
イチオシ
JR東海東海道線【旧揖斐川橋梁】
英国PATENT SHAFT AXLETREE社製、1886年(明治19年)竣工、下路ダブルワーレントラス橋(ピン結合)。
前から観に来たかった橋です♪
英国人技士ポーナルの設計による当時最大スパン200ftのトラスです。
112連の同一トラスが架設され、列車荷重の増大・列車の大型化により撤去された後も、北恵那鉄道木曽川橋梁等、別の場所へ移設され活躍しました。
【重要文化財】旧揖斐川橋梁 名所・史跡
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端柱側面の観やすい位置に銘板も残存していました。
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太い円柱井筒の脚を2重のアーチで接続した橋脚は、上部こそRCで補強されていますが、下部は煉瓦積みが残存しています。下のアーチは1891年(明治24年)の濃尾地震の際にヒビが入り、煉瓦を積み直すと共に付け加えられました。
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樽見鉄道【揖斐川橋梁】
1956年(昭和31年)開通、下路平行弦プラットトラス+下路曲弦プラットトラス橋(ピン結合)。
1935年(昭和10年)に国鉄樽見線として着工。桁も架設されましたが、開通前に不要不急路線と位置づけられ、桁は撤去。1952年(昭和27年)工事が再開されました。中央1格間がアーバーから集成材に改造されています。 -
短い平行弦の方は1916年(大正5年)川崎造船所製、長いシュヴェドラートラスは1900年(明治33年)米国A&P Roberts Co社製。御殿場線単線化により余剰となっていた桁を改造の上、転用しています。
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近鉄養老線【旧牧田川橋梁】
1888年(明治21年)英国PATENT SHAFT AXLETREE社製、1913年(大正2年)養老鉄道が開通、下路ダブルワーレントラス橋(ピン結合)。
元は東海道線旧揖斐川橋梁と同一のトラス。車両高を確保すべく、橋門構や上横構が嵩上げされ、上下弦材の継ぎ目位置も変更されているのが分かります。 -
2格間を除去し200ftから170ftへ短縮され、どこからか移設・転用されたトラスですが、1997年(平成9年)に架け替えられ、烏江駅前に一部が保存されています。
綺麗すぎる銘板が付いていました。レプリカでしょうか。 -
今回の旅は以上です。
東海道線と熾烈な競争を繰り広げた関西鉄道(関西線等)、両路線に挟まれた地域を中心に廻ってきましたが、歴史のある施設や土木遺産・戦争遺産・文化財等も多く、思っていた以上に見処のある充実した内容でした。特に関西鉄道の社紋を冠した国分橋梁や天井川をくぐる大砂川隧道、ポーナル設計ダブルワーレンの旧揖斐川橋梁が印象深かったです。 -
この地域には他にも東海道線旧線の仏生山隧道やMIHOミュージアムの橋等も面白そうなので、また機会を見つけて観に来たいと思います。
トータル 橋24、転車台2、トンネル4、建築3、旧車12、他12
(重文2、有文1、日本遺産2、鉄道記念物2、土木遺産5)を巡る旅でした。
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