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前週の生田緑地の日本民藝館と岡本太郎美術館に続き、岡本太郎記念館と開催が再開された渋谷の文化村ザ・ミュージアムの「古代エジプト展」を観に行くことにしました。自宅の最寄り駅から地下鉄1本で明治神宮前まで移動しました。ちょうどお昼時なのでまずは腹ごしらえです。原宿駅だと「南国酒家」が真っ先に思い浮かびますが、現在はコロナ禍のために休業中です。向かうのは表参道の交差点の先なので次に浮かんだ「まい泉青山本店」に向かいます。久しぶりの表参道を歩くのは新緑の時期という事もあって気持ちよかったです。「まい泉本店」に来るのは何年振りでしょうか、近くにある友人のデザイン事務所に来ることが無ければ来ないところです。お腹もいっぱいになって青山通りを越えると妻がお買いものモードに入ってしまい、なかなか前に進めません。COSでの軽いお買い物で済んでよかったです。ヨックモックの前を通って、フロム1stのフィガロがまだあることに感動したり。ようやく着いた岡本太郎記念館辺りに来るのも何十年振りでした。当時は記念館では無かったので趣が変わっていてびっくりしました。記念館は訪れる人も少なく写真も気兼ねなく撮れてよかったです。リビングやアトリエも観ることが出来て良かったです。でも1番良かったのは庭先に置かれているオブジェの数々でした。川崎で見た油彩画に「森の掟(Law of the Jungle)」という作品がありますが、その情景を体感した気分になりました。それと2階のベランダから下を見下ろす太陽の塔を見上げていたら、小学校3年生の時以来会っていなかった友達に再会したような不思議な気分になりました。ミッションが1つ終ったところで、骨董通りからタクシーで渋谷に向かいました。本当は歩きたかったのですが、妻に却下されるのは目に見えていました。途中に閉鎖されたこどもの城の前に岡本太郎のオブジェがありますから。妻はIKEAに行きたいようでしたが、先に宮下パークにも立ち寄りました。5年前に池袋西武の屋上の設計をしてもらったデザイナーが担当していると聞いていながらまだ見に来てなかったからです。その後はIKEAを隅々まで見てから文化村に向かうことになりました。閉鎖されていたザ・ミュージアムの「古代エジプト展」が再開されたのですが、予約と時間指定が必要で、この日は午後4時30分しか開いていませんでした。少し時間があったのでエルベ・シャトランに寄って、トゥ・マゴで時間調整して、美術館の見学をしましたが数年前のエジプト旅行のことが懐かしく思い出されました。そして等級に来たらお約束の「麗郷」で台湾料理をいただき、最後に渋谷駅のコンコースの岡本太郎の巨大な壁画を見学して長い1日が終わりました。

岡本太郎美術館の翌週は南青山の岡本太郎記念館の庭で「森の掟」を体感する。

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2021/06/11 - 2021/06/11

123位(同エリア394件中)

旅行記グループ 2021岡本太郎

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kojikoji

kojikojiさん

前週の生田緑地の日本民藝館と岡本太郎美術館に続き、岡本太郎記念館と開催が再開された渋谷の文化村ザ・ミュージアムの「古代エジプト展」を観に行くことにしました。自宅の最寄り駅から地下鉄1本で明治神宮前まで移動しました。ちょうどお昼時なのでまずは腹ごしらえです。原宿駅だと「南国酒家」が真っ先に思い浮かびますが、現在はコロナ禍のために休業中です。向かうのは表参道の交差点の先なので次に浮かんだ「まい泉青山本店」に向かいます。久しぶりの表参道を歩くのは新緑の時期という事もあって気持ちよかったです。「まい泉本店」に来るのは何年振りでしょうか、近くにある友人のデザイン事務所に来ることが無ければ来ないところです。お腹もいっぱいになって青山通りを越えると妻がお買いものモードに入ってしまい、なかなか前に進めません。COSでの軽いお買い物で済んでよかったです。ヨックモックの前を通って、フロム1stのフィガロがまだあることに感動したり。ようやく着いた岡本太郎記念館辺りに来るのも何十年振りでした。当時は記念館では無かったので趣が変わっていてびっくりしました。記念館は訪れる人も少なく写真も気兼ねなく撮れてよかったです。リビングやアトリエも観ることが出来て良かったです。でも1番良かったのは庭先に置かれているオブジェの数々でした。川崎で見た油彩画に「森の掟(Law of the Jungle)」という作品がありますが、その情景を体感した気分になりました。それと2階のベランダから下を見下ろす太陽の塔を見上げていたら、小学校3年生の時以来会っていなかった友達に再会したような不思議な気分になりました。ミッションが1つ終ったところで、骨董通りからタクシーで渋谷に向かいました。本当は歩きたかったのですが、妻に却下されるのは目に見えていました。途中に閉鎖されたこどもの城の前に岡本太郎のオブジェがありますから。妻はIKEAに行きたいようでしたが、先に宮下パークにも立ち寄りました。5年前に池袋西武の屋上の設計をしてもらったデザイナーが担当していると聞いていながらまだ見に来てなかったからです。その後はIKEAを隅々まで見てから文化村に向かうことになりました。閉鎖されていたザ・ミュージアムの「古代エジプト展」が再開されたのですが、予約と時間指定が必要で、この日は午後4時30分しか開いていませんでした。少し時間があったのでエルベ・シャトランに寄って、トゥ・マゴで時間調整して、美術館の見学をしましたが数年前のエジプト旅行のことが懐かしく思い出されました。そして等級に来たらお約束の「麗郷」で台湾料理をいただき、最後に渋谷駅のコンコースの岡本太郎の巨大な壁画を見学して長い1日が終わりました。

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
グルメ
4.5
ショッピング
4.5
交通
4.5
同行者
カップル・夫婦(シニア)
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
私鉄 徒歩
  • 自宅の最寄り駅から地下鉄1本で明治神宮前まで出て、久しぶりの表参道を歩きました。友人がデザイン事務所を立ち上げたときに2年ほど通ったのはもう30年近く前のことです。お昼を食べようと考えていた「南国酒家」は親好きで「オリエンタル・バザー」も休みでした。

    自宅の最寄り駅から地下鉄1本で明治神宮前まで出て、久しぶりの表参道を歩きました。友人がデザイン事務所を立ち上げたときに2年ほど通ったのはもう30年近く前のことです。お昼を食べようと考えていた「南国酒家」は親好きで「オリエンタル・バザー」も休みでした。

  • その友人の事務所でデザインしたお店を見てみました。近くにある昔ポール・スチュアートがあった場所のお店もかかわったようです。

    その友人の事務所でデザインしたお店を見てみました。近くにある昔ポール・スチュアートがあった場所のお店もかかわったようです。

  • 伊藤病院を曲がって昔は銭湯「神宮湯」だった「まい泉青山本店」でお昼にします。お店はちょうどお昼時の満席だったので5分ほど待ちました。

    伊藤病院を曲がって昔は銭湯「神宮湯」だった「まい泉青山本店」でお昼にします。お店はちょうどお昼時の満席だったので5分ほど待ちました。

  • ヒレカツにお味噌汁を豚汁に変えてもらいました。150円の贅沢。

    ヒレカツにお味噌汁を豚汁に変えてもらいました。150円の贅沢。

  • 妻はまい泉定食です。こちらの方が盛りだくさんでよかったかもしれませんが、表参道を歩いている途中から頭の中がヒレカツモードになっていました。

    妻はまい泉定食です。こちらの方が盛りだくさんでよかったかもしれませんが、表参道を歩いている途中から頭の中がヒレカツモードになっていました。

  • まずは1つ目のミッション終了です。

    まずは1つ目のミッション終了です。

  • プラハのモルダヴァ川沿いのダンシング・ハウスを思い出してしまいます。妻の誕生日にディナー・クルーズをプレゼントしたり、クリスマスマーケット巡りした思い出深い街です。

    プラハのモルダヴァ川沿いのダンシング・ハウスを思い出してしまいます。妻の誕生日にディナー・クルーズをプレゼントしたり、クリスマスマーケット巡りした思い出深い街です。

  • 表参道の交差点で久し振りに友人に電話してみましたが、午後1番の時間では急に電話しても打ち合わせがあるので会えませんでした。前の週に行った日本民家園に40年前の課外授業に一緒に行った同級生なので、そんな話もしたかったけどまた次の機会に。

    表参道の交差点で久し振りに友人に電話してみましたが、午後1番の時間では急に電話しても打ち合わせがあるので会えませんでした。前の週に行った日本民家園に40年前の課外授業に一緒に行った同級生なので、そんな話もしたかったけどまた次の機会に。

  • ゼネコンの方に「避難安全検証法」についてレクチャーしてもらう機会があったのですが、全然違うこのビルの構造について聞かされたことも思い出しました。

    ゼネコンの方に「避難安全検証法」についてレクチャーしてもらう機会があったのですが、全然違うこのビルの構造について聞かされたことも思い出しました。

  • 表参道はかなり通りの雰囲気が変わってしまいましたが、交差点を越えると昔の名残りを感じます。ヨックモックを見ていたら妻は前にあるCOSに入ってしまいました。ここでちょっと予定変更。

    表参道はかなり通りの雰囲気が変わってしまいましたが、交差点を越えると昔の名残りを感じます。ヨックモックを見ていたら妻は前にあるCOSに入ってしまいました。ここでちょっと予定変更。

  • フロム1stビルも昔のままの面影です。驚いたのは「カフェ・フィガロ」が健在だったことです。この南青山の店よりも池袋西武に入っていた店に思い入れがあります。

    フロム1stビルも昔のままの面影です。驚いたのは「カフェ・フィガロ」が健在だったことです。この南青山の店よりも池袋西武に入っていた店に思い入れがあります。

  • まだ12階に西武美術館があって、現在のLOFTのフロアにリブロとアール・ヴィヴァンなどの書店があった頃に屋上の見えるガラス張りのカフェになっていました。そこで毎週金曜日のお昼前に立ち寄ってコーヒーとアップルパイを食べるのが楽しみでした。ピカピカに磨かれた真鍮製のカウンターがかっこよかったです。

    まだ12階に西武美術館があって、現在のLOFTのフロアにリブロとアール・ヴィヴァンなどの書店があった頃に屋上の見えるガラス張りのカフェになっていました。そこで毎週金曜日のお昼前に立ち寄ってコーヒーとアップルパイを食べるのが楽しみでした。ピカピカに磨かれた真鍮製のカウンターがかっこよかったです。

  • ちょっと感傷的な気分で歩き続けると岡本太郎記念館に到着しました。昔自宅を建て替える時にアール・デコの照明器具でアンティークのドアハンドルを買うためにイデーに来た以来かもしれません。もう40年近く前なので記憶が定かではないし、その当時は岡本太郎さんもご健在で自宅でしたから普通の家だったと思います。何となく趣きが変わったと思いながら、初めて記念館に入りました。

    ちょっと感傷的な気分で歩き続けると岡本太郎記念館に到着しました。昔自宅を建て替える時にアール・デコの照明器具でアンティークのドアハンドルを買うためにイデーに来た以来かもしれません。もう40年近く前なので記憶が定かではないし、その当時は岡本太郎さんもご健在で自宅でしたから普通の家だったと思います。何となく趣きが変わったと思いながら、初めて記念館に入りました。

  • 現在では縄文文化というと日本文化の源流だと考えられていますが、50年前までは日本美術史に縄文は存在しなかったそうです。岡本太郎と縄文の出会いは東京国立博物館で、考古学の遺物として陳列されていた異様な形の縄文土器に「なんだこれは!」と叫んだそうです。

    現在では縄文文化というと日本文化の源流だと考えられていますが、50年前までは日本美術史に縄文は存在しなかったそうです。岡本太郎と縄文の出会いは東京国立博物館で、考古学の遺物として陳列されていた異様な形の縄文土器に「なんだこれは!」と叫んだそうです。

  • 岡本太郎はパリ大学(ソルボンヌ大学)でフランス民族学のマルセル・モース門下で民族学を修めており、芸術家であり民族学者でもあり火焔型土器の写真を載せた「縄文土器論」で定義したのは、考古学的な解釈ではなく縄文土器の造形美、四次元的な空間性、縄文人の宇宙観を土台とした社会学的、哲学的な解釈で、結果的に各方面に大きな衝撃を与え、建築やデザイン界を中心に縄文ブームが沸き起こったそうです。

    岡本太郎はパリ大学(ソルボンヌ大学)でフランス民族学のマルセル・モース門下で民族学を修めており、芸術家であり民族学者でもあり火焔型土器の写真を載せた「縄文土器論」で定義したのは、考古学的な解釈ではなく縄文土器の造形美、四次元的な空間性、縄文人の宇宙観を土台とした社会学的、哲学的な解釈で、結果的に各方面に大きな衝撃を与え、建築やデザイン界を中心に縄文ブームが沸き起こったそうです。

  • エントランスホールの下駄箱に靴を入れて、右手に進むとすぐにサロンになります。部屋にあるもののほとんどは岡本太郎が自らデザインしたものです。左奥に見えるマネキンも本人がシリコンに埋まって作ったというのは有名な話です。

    エントランスホールの下駄箱に靴を入れて、右手に進むとすぐにサロンになります。部屋にあるもののほとんどは岡本太郎が自らデザインしたものです。左奥に見えるマネキンも本人がシリコンに埋まって作ったというのは有名な話です。

  • 青山のこのアトリエは岡本太郎が1954年から1996年までの42年間、制作の場として活動を展開した場所で、生前からの遺志のとおりに岡本太郎を記念する現代芸術の推進拠点となっています。1996年1月7日にここで歿したと聞くと、その当時自分が何をしていたか考えてしまいます。地下鉄サリン事件と阪神淡路大震災のあった1995年のすぐあとでしたね。

    青山のこのアトリエは岡本太郎が1954年から1996年までの42年間、制作の場として活動を展開した場所で、生前からの遺志のとおりに岡本太郎を記念する現代芸術の推進拠点となっています。1996年1月7日にここで歿したと聞くと、その当時自分が何をしていたか考えてしまいます。地下鉄サリン事件と阪神淡路大震災のあった1995年のすぐあとでしたね。

  • 右奥のピンクの造形はメキシコから持ち帰った「生命の樹」です。メキシコ中部で造られる粘土工芸品の一種で、植民地時代初期に聖書の教えを原住民に伝えるために造られたのが始まりと言われます。元々はアダムとイヴのような聖書に登場するイメージを題材として用いたそうです。

    右奥のピンクの造形はメキシコから持ち帰った「生命の樹」です。メキシコ中部で造られる粘土工芸品の一種で、植民地時代初期に聖書の教えを原住民に伝えるために造られたのが始まりと言われます。元々はアダムとイヴのような聖書に登場するイメージを題材として用いたそうです。

  • 岡本太郎は「明日の神話」の制作中にメキシコ各地の村や遺跡をかなりの早足で回ったそうです。そこで撮影された写真は先週行った川崎の美術館でも見ることが出来ました。市場に集まる人々や死者の祭りにはかなりインパクトを受けたようです。

    岡本太郎は「明日の神話」の制作中にメキシコ各地の村や遺跡をかなりの早足で回ったそうです。そこで撮影された写真は先週行った川崎の美術館でも見ることが出来ました。市場に集まる人々や死者の祭りにはかなりインパクトを受けたようです。

  • 諸星大二郎の1976年の作品に「生命の樹」というものがあります。東北地方某所の隠れキリシタンの集落には「世界開始の科の御伝え」という聖書異伝が伝わっているというストーリーですが、阿部寛主演で「奇談」というタイトルで映画化もされています。そんな事を思い出しました。

    諸星大二郎の1976年の作品に「生命の樹」というものがあります。東北地方某所の隠れキリシタンの集落には「世界開始の科の御伝え」という聖書異伝が伝わっているというストーリーですが、阿部寛主演で「奇談」というタイトルで映画化もされています。そんな事を思い出しました。

  • 「芽生え」のこの何とも言えない手の動きと表情にも見入ってしまいます。岡本太郎には子供はいなかったですが、こんな子供の動きはよほど愛情深くないと表現できないと思いました。姪が生まれてからの成長をずっと見守っていますが、生まれてから1年くらいが一番面白かったです。

    「芽生え」のこの何とも言えない手の動きと表情にも見入ってしまいます。岡本太郎には子供はいなかったですが、こんな子供の動きはよほど愛情深くないと表現できないと思いました。姪が生まれてからの成長をずっと見守っていますが、生まれてから1年くらいが一番面白かったです。

  • 「坐ることを拒否する椅子(Chair refuse to be sit)」1963<br />川崎の岡本太郎美術館にも同じ椅子がありましたが、色の具合からもこれはオリジナルかプロトタイプでしょうね。

    「坐ることを拒否する椅子(Chair refuse to be sit)」1963
    川崎の岡本太郎美術館にも同じ椅子がありましたが、色の具合からもこれはオリジナルかプロトタイプでしょうね。

  • タイル張りのテーブルも岡本太郎の作品なんでしょうね。戦前のパリでパブロ・ピカソやホアン・ミロとも交流があったと聞くとその影響も感じてしまいます。

    タイル張りのテーブルも岡本太郎の作品なんでしょうね。戦前のパリでパブロ・ピカソやホアン・ミロとも交流があったと聞くとその影響も感じてしまいます。

  • 狭いサロンが作品で埋め尽くされているようです。カメラのレンズを超広角に変えてみます。

    狭いサロンが作品で埋め尽くされているようです。カメラのレンズを超広角に変えてみます。

  • 岡本太郎はパリ留学中に友人となった坂倉準三にこの自邸の設計を依頼して1954年に竣工しました。そして84歳で亡くなるまでこの住宅で過ごします。

    岡本太郎はパリ留学中に友人となった坂倉準三にこの自邸の設計を依頼して1954年に竣工しました。そして84歳で亡くなるまでこの住宅で過ごします。

  • この建物はローコストと大空間の両立をコンセプトに、壁はコンクリートブロックが剥き出しになっています。鉄筋コンクリートの柱で屋根を支えてた凸レンズ形の屋根が印象的です。これは「スキンストレス(応力外皮構造)」という構造で上下面の反発力を利用している飛行機の翼のような構造です。

    この建物はローコストと大空間の両立をコンセプトに、壁はコンクリートブロックが剥き出しになっています。鉄筋コンクリートの柱で屋根を支えてた凸レンズ形の屋根が印象的です。これは「スキンストレス(応力外皮構造)」という構造で上下面の反発力を利用している飛行機の翼のような構造です。

  • サロンの奥にはアトリエがありました。当たり前といえば当たり前ですが、北側にだけ窓を設けた造りになっています。その西側に出入り口があります。

    サロンの奥にはアトリエがありました。当たり前といえば当たり前ですが、北側にだけ窓を設けた造りになっています。その西側に出入り口があります。

  • 「手の椅子(Hand Shaped Chair)」がイーゼルに架かった絵の説明をしているようです。

    「手の椅子(Hand Shaped Chair)」がイーゼルに架かった絵の説明をしているようです。

  • こんな作品や描きかけの作品が後ろの収納棚に納まっているのですが、閉まったままで勿体ない気がしました。そして画家のアトリエとしては初めて訪ねたパリのドラクロワ美術館を思い出しました。開館したばかりのオルセー美術館を観た後に何故言ったのかは思い出せませんが、同じような北側の窓と仕舞われたキャンバスがあったのような記憶があります。

    こんな作品や描きかけの作品が後ろの収納棚に納まっているのですが、閉まったままで勿体ない気がしました。そして画家のアトリエとしては初めて訪ねたパリのドラクロワ美術館を思い出しました。開館したばかりのオルセー美術館を観た後に何故言ったのかは思い出せませんが、同じような北側の窓と仕舞われたキャンバスがあったのような記憶があります。

  • 北側の窓際に木製のテーブルが置かれ、絵の具や溶剤やお酒までが置かれたままで、岡本太郎がひょこり戻ってきそうな気がします。画家や彫刻家や建築家のアトリエや自宅や別荘を訪れるのはとても面白く、作品からだけでは分からないちょっと置かれているものに惹かれてしまいます。特にそんなものが自分の好みに合うと思わずニヤッと笑ってしまいたくなります。

    北側の窓際に木製のテーブルが置かれ、絵の具や溶剤やお酒までが置かれたままで、岡本太郎がひょこり戻ってきそうな気がします。画家や彫刻家や建築家のアトリエや自宅や別荘を訪れるのはとても面白く、作品からだけでは分からないちょっと置かれているものに惹かれてしまいます。特にそんなものが自分の好みに合うと思わずニヤッと笑ってしまいたくなります。

  • 岡本太郎の制作過程のビデオで見たことのあるような刷毛を見ると、これであの作品の黒い縁取りや梵字のような線は描かれたのだろうかと想像してしまいます。

    岡本太郎の制作過程のビデオで見たことのあるような刷毛を見ると、これであの作品の黒い縁取りや梵字のような線は描かれたのだろうかと想像してしまいます。

  • アトリエには金色の「太陽の顔」や「光る彫刻」や「青い手」「赤い手」が並んでいます。

    アトリエには金色の「太陽の顔」や「光る彫刻」や「青い手」「赤い手」が並んでいます。

  • 「坐ることを拒否する椅子(Chair refuse to be sit)」シリーズもいくつか置かれてあります。この黒いスカルタイプは歯の部分がとがっていて座ることを拒んでいます。

    「坐ることを拒否する椅子(Chair refuse to be sit)」シリーズもいくつか置かれてあります。この黒いスカルタイプは歯の部分がとがっていて座ることを拒んでいます。

  • 妻も先に行ってしまったので誰もいないアトリエを満喫できました。

    妻も先に行ってしまったので誰もいないアトリエを満喫できました。

  • 「呼ぶ 赤い手・青い手」という作品は1982年に相模原市中央区の西門商店街に設置されたものです。

    「呼ぶ 赤い手・青い手」という作品は1982年に相模原市中央区の西門商店街に設置されたものです。

  • タイルの壁画もミロを感じさせます。既製品のコンソールテーブルにも岡本太郎のパネルが取り付けられています。1階の見学はここまでになります。計画していたより早く見学が終わりそうです。

    タイルの壁画もミロを感じさせます。既製品のコンソールテーブルにも岡本太郎のパネルが取り付けられています。1階の見学はここまでになります。計画していたより早く見学が終わりそうです。

  • 階段を上がって2階に上がると2つの展示室があります。元々は日本か国があった場所が新たに記念館になっているようです。まずは太陽の塔がお出迎えです。1960年代生まれにはたまらない作品です。

    階段を上がって2階に上がると2つの展示室があります。元々は日本か国があった場所が新たに記念館になっているようです。まずは太陽の塔がお出迎えです。1960年代生まれにはたまらない作品です。

  • 浦沢直樹の「20世紀少年」と全く同じように家の近くの空き地に秘密基地を建てて遊んでいましたから。そして別の空き地には空き缶を埋めていました。そして5歳年下の弟はウルトラマンのお面を被ってついて来ていました。その時の友達の中に世界征服を考えるやつがいなくて本当に良かったと思います。

    浦沢直樹の「20世紀少年」と全く同じように家の近くの空き地に秘密基地を建てて遊んでいましたから。そして別の空き地には空き缶を埋めていました。そして5歳年下の弟はウルトラマンのお面を被ってついて来ていました。その時の友達の中に世界征服を考えるやつがいなくて本当に良かったと思います。

  • 2階の展示室には岡本太郎デザインの振袖は展示してありました。現在で考えたらサイケデリックでこんな着物なんて着られないと思うかもしれませんが1974年では考えられなくもない時代でした。

    2階の展示室には岡本太郎デザインの振袖は展示してありました。現在で考えたらサイケデリックでこんな着物なんて着られないと思うかもしれませんが1974年では考えられなくもない時代でした。

  • 妻が成人式で来た着物もその当時の現代的なデザインだったと聞きます。大阪万博へ行ったのは小学3年生の時ですが、妻は高校の修学旅行で行ったと言っているので、ジェネレーションギャップを感じることがあります。

    妻が成人式で来た着物もその当時の現代的なデザインだったと聞きます。大阪万博へ行ったのは小学3年生の時ですが、妻は高校の修学旅行で行ったと言っているので、ジェネレーションギャップを感じることがあります。

  • 天井にはカラフルな鯉のぼりが舞っています。

    天井にはカラフルな鯉のぼりが舞っています。

  • 「創」1968<br />この時の展示はカーペットがタペストリーのように展示してありました。2つの顔が向かいあっています。

    「創」1968
    この時の展示はカーペットがタペストリーのように展示してありました。2つの顔が向かいあっています。

  • 「徊ごう」1968

    「徊ごう」1968

  • 「リョウラン」1968<br />リョウランは百花繚乱の繚乱だと想像しました。床に敷くより壁にタペストリーとして掛けた方が見栄えがすると思います。

    「リョウラン」1968
    リョウランは百花繚乱の繚乱だと想像しました。床に敷くより壁にタペストリーとして掛けた方が見栄えがすると思います。

  • 床にもこんな変形のカーペットが敷いてありました。

    床にもこんな変形のカーペットが敷いてありました。

  • 床に置かれた椅子の顔たちが鯉のぼりを見上げています。

    床に置かれた椅子の顔たちが鯉のぼりを見上げています。

  • 商業的な作品はあまり好きではないのであまり興味は湧きませんでした。

    商業的な作品はあまり好きではないのであまり興味は湧きませんでした。

  • 階段の踊り場に飾られた写真パネルは素晴らしいですね。岡本太郎自体がすでにアート作品です。

    階段の踊り場に飾られた写真パネルは素晴らしいですね。岡本太郎自体がすでにアート作品です。

  • 更にネクタイやら浴衣の反物なども。そして「動物」のプランター。吉田戦車の「伝染るんです。」のかわうそを見るとこれを思い出してしまいます。

    更にネクタイやら浴衣の反物なども。そして「動物」のプランター。吉田戦車の「伝染るんです。」のかわうそを見るとこれを思い出してしまいます。

  • 一番奥の部屋にはデッサンなども展示してありました。作品の形状が変化して完成されていく過程が分かるようで面白いです。

    一番奥の部屋にはデッサンなども展示してありました。作品の形状が変化して完成されていく過程が分かるようで面白いです。

  • 「動物」も元々はこんな形からスタートしているのでしょうね。

    「動物」も元々はこんな形からスタートしているのでしょうね。

  • これは「楽」という字を擬人化したのでしょうか?手漉きの紙に筆で書かれたスピード感とか正に楽しさを感じます。

    これは「楽」という字を擬人化したのでしょうか?手漉きの紙に筆で書かれたスピード感とか正に楽しさを感じます。

  • 昭和43年(1968)のデッサンなので信楽焼の「坐ることを拒否する椅子(Chair refuse to be sit)」の顔かもしれません。

    昭和43年(1968)のデッサンなので信楽焼の「坐ることを拒否する椅子(Chair refuse to be sit)」の顔かもしれません。

  • 岡本太郎美術館にも展示してあったものがすぐ近くで見ることが出来ました。顔のあるグラスは昔家にもあった気がするのですが…。

    岡本太郎美術館にも展示してあったものがすぐ近くで見ることが出来ました。顔のあるグラスは昔家にもあった気がするのですが…。

  • キリンシーグラムのノベルティとか残しておけばよかったと思います。このところ実家の片づけをしているのですが、出て来るのは全く価値のないであろうノベルティばかりです。

    キリンシーグラムのノベルティとか残しておけばよかったと思います。このところ実家の片づけをしているのですが、出て来るのは全く価値のないであろうノベルティばかりです。

  • 面白かったのがトランプのデザイン画です。Kの文字とスペードの部分が当時のコピーのガサガサ感が感じられます。それと当時はホワイトで修正するのが当たり前の手法でした。

    面白かったのがトランプのデザイン画です。Kの文字とスペードの部分が当時のコピーのガサガサ感が感じられます。それと当時はホワイトで修正するのが当たり前の手法でした。

  • 「20世紀少年」の「ぼくらの旗」はこれがルーツだろうかと思いました。

    「20世紀少年」の「ぼくらの旗」はこれがルーツだろうかと思いました。

  • 人物の微妙なカーブにもホワイトを入れて微調整しているのが分かります。そういえば岡本太郎は1972年の札幌オリンピックのメダルのデザインをしていたことを思い出しました。

    人物の微妙なカーブにもホワイトを入れて微調整しているのが分かります。そういえば岡本太郎は1972年の札幌オリンピックのメダルのデザインをしていたことを思い出しました。

  • これも何か文字を擬人化したのだろうかと思いましたが…。

    これも何か文字を擬人化したのだろうかと思いましたが…。

  • こんなトランプのデザインをしているとは知りませんでした。下のミュージアムショップで売っているんじゃないだろうかと期待しましたが、確かにありましたが4,000円近い値段で買えませんでした。

    こんなトランプのデザインをしているとは知りませんでした。下のミュージアムショップで売っているんじゃないだろうかと期待しましたが、確かにありましたが4,000円近い値段で買えませんでした。

  • 岡本太郎がデザインしているのはエースと絵札のジャックとクイーンとキングとジョーカーだけです。

    岡本太郎がデザインしているのはエースと絵札のジャックとクイーンとキングとジョーカーだけです。

  • 諸説ありますが絵札の人物は特定されていて、クラブのジャックはランスロットです。「アーサー王伝説」で有名な「円卓の騎士」の一員であり、騎士長を務めたとされる人物です。ちなみにスペードはカール大帝を題材にした物語「シャルルマーニュ伝説群」に登場する十二勇士の1人のオジエ・ル・ダノワで、ハートはラ・イルという聖少女ジャンヌ・ダルクの戦友として百年戦争で活躍した人物です。ダイヤのヘクトールは、ギリシャ神話を題材にしたホメロスの叙事詩「イーリオス」に登場するトロイアの英雄です。

    諸説ありますが絵札の人物は特定されていて、クラブのジャックはランスロットです。「アーサー王伝説」で有名な「円卓の騎士」の一員であり、騎士長を務めたとされる人物です。ちなみにスペードはカール大帝を題材にした物語「シャルルマーニュ伝説群」に登場する十二勇士の1人のオジエ・ル・ダノワで、ハートはラ・イルという聖少女ジャンヌ・ダルクの戦友として百年戦争で活躍した人物です。ダイヤのヘクトールは、ギリシャ神話を題材にしたホメロスの叙事詩「イーリオス」に登場するトロイアの英雄です。

  • スペードのクイーンはギリシャ神話に登場する女神アテナです。クラブのクイーンはアルジーヌで、女王を意味するラテン語「レジーナ(Regina)」のアナグラムで、特定の人物を指すものではありませんが、15世紀のフランスの王シャルル7世の妻マリー・ダンジューとする説が有力です。

    スペードのクイーンはギリシャ神話に登場する女神アテナです。クラブのクイーンはアルジーヌで、女王を意味するラテン語「レジーナ(Regina)」のアナグラムで、特定の人物を指すものではありませんが、15世紀のフランスの王シャルル7世の妻マリー・ダンジューとする説が有力です。

  • ダイヤのクイーンのラケルは旧約聖書に登場する「全てのイスラエルの民の祖」ヤコブの妻です。ヤコブに望まれながらも姉のレアに出し抜かれ、出会いから14年という歳月の後に結ばれた忍耐の愛の持ち主です。ハートのクイーンのはユディトは旧約聖書外典のひとつ「ユディト記」の主人公で敵将のホロフェルネスの首を切り落とす話で有名です。

    ダイヤのクイーンのラケルは旧約聖書に登場する「全てのイスラエルの民の祖」ヤコブの妻です。ヤコブに望まれながらも姉のレアに出し抜かれ、出会いから14年という歳月の後に結ばれた忍耐の愛の持ち主です。ハートのクイーンのはユディトは旧約聖書外典のひとつ「ユディト記」の主人公で敵将のホロフェルネスの首を切り落とす話で有名です。

  • ダイヤのキングのユリウス・カエサルはシーザーとも呼ばれるローマの皇帝です。

    ダイヤのキングのユリウス・カエサルはシーザーとも呼ばれるローマの皇帝です。

  • クラブのキングはアレクサンドロス大王ことアレキサンドロス3世は、マケドニア王国の国王です。スペードのキングのダビデ王はヘブライ(古代イスラエル)の王にしてソロモン大王の父です。

    クラブのキングはアレクサンドロス大王ことアレキサンドロス3世は、マケドニア王国の国王です。スペードのキングのダビデ王はヘブライ(古代イスラエル)の王にしてソロモン大王の父です。

  • ハートのキングはフランク王国の王カール大帝で、シャルルマーニュやチャールズ大帝やカルロス大帝などとも呼ばれる「ヨーロッパの父」と呼ばれた人物です。ハートのキングは本来は髯が無いのですが、それは木版画の職人が誤って剃り落したからと言われます。

    ハートのキングはフランク王国の王カール大帝で、シャルルマーニュやチャールズ大帝やカルロス大帝などとも呼ばれる「ヨーロッパの父」と呼ばれた人物です。ハートのキングは本来は髯が無いのですが、それは木版画の職人が誤って剃り落したからと言われます。

  • 岡本太郎がカードの人物にまで精通して描いたかは分かりませんが、このデザインが定着したのは16世紀のフランスですので、パリに滞在していた頃に知ったかもしれません。隣接しているスイスでカードを買ったことがありますが、葉っぱやドングリや鈴でした。ツェルマットで滞在していたホテルの主人に使い方を尋ねたけど「忘れちゃったよ。」なんて言われたことを思い出しました。

    岡本太郎がカードの人物にまで精通して描いたかは分かりませんが、このデザインが定着したのは16世紀のフランスですので、パリに滞在していた頃に知ったかもしれません。隣接しているスイスでカードを買ったことがありますが、葉っぱやドングリや鈴でした。ツェルマットで滞在していたホテルの主人に使い方を尋ねたけど「忘れちゃったよ。」なんて言われたことを思い出しました。

  • 2階の窓から見える庭は観賞用の花もなければデザインもされていません。芭蕉やシダ類、バナナの木や雑草が自然のままに生い茂り、そのなかに彫刻が放り出されているだけです。彫刻と植物が渾然一体となっている風情はまるで古代遺跡のようです。

    2階の窓から見える庭は観賞用の花もなければデザインもされていません。芭蕉やシダ類、バナナの木や雑草が自然のままに生い茂り、そのなかに彫刻が放り出されているだけです。彫刻と植物が渾然一体となっている風情はまるで古代遺跡のようです。

  • 最後に庭の見学に移ります。この家が建てられた頃には庭には木々は無く、ここでお茶会が開かれた写真を岡本太郎美術館で見たばかりです。

    最後に庭の見学に移ります。この家が建てられた頃には庭には木々は無く、ここでお茶会が開かれた写真を岡本太郎美術館で見たばかりです。

  • 坂倉準三の設計した建物のベランダのフェンスはパリ万国博覧会日本館の外壁にも似ている気がします。また、屋根の断面は飛行機の翼のような構造になっています。

    坂倉準三の設計した建物のベランダのフェンスはパリ万国博覧会日本館の外壁にも似ている気がします。また、屋根の断面は飛行機の翼のような構造になっています。

  • 庭には朽ち果てそうな「坐ることを拒否する椅子」があります。

    庭には朽ち果てそうな「坐ることを拒否する椅子」があります。

  • 巨大なバナナの葉の下には「動物」が姿を隠しているようです。この庭には”森の掟”がありそうです。

    巨大なバナナの葉の下には「動物」が姿を隠しているようです。この庭には”森の掟”がありそうです。

  • 「母の塔」の模型もありました。先週見てきたばかりなのでその迫力が蘇ります。

    「母の塔」の模型もありました。先週見てきたばかりなのでその迫力が蘇ります。

  • 見返すと2階のベランダから身を乗り出している太陽の塔と目が合いました。

    見返すと2階のベランダから身を乗り出している太陽の塔と目が合いました。

  • 50年前に引っ越したまま会っていなかった友達と再会したような気分になりました。自分は60歳の年寄りになってしまいましたが、彼は小学生のままの姿のように思えました。

    50年前に引っ越したまま会っていなかった友達と再会したような気分になりました。自分は60歳の年寄りになってしまいましたが、彼は小学生のままの姿のように思えました。

  • ずっと会いに行かなくてゴメンね。今年の秋に飛行機に乗って大阪まで会いに行くからねと約束しました。

    ずっと会いに行かなくてゴメンね。今年の秋に飛行機に乗って大阪まで会いに行くからねと約束しました。

  • 「歓喜(Temple Bell-Rejoicing)」の鐘も庭先に置かれてありました。緊急事態宣言が解除されたら愛知県へ行く予定なのですが、名古屋市の久国寺にあることまでは調べてあります。鐘には仏と人間と妖怪と動物のレリーフが彫られています。

    「歓喜(Temple Bell-Rejoicing)」の鐘も庭先に置かれてありました。緊急事態宣言が解除されたら愛知県へ行く予定なのですが、名古屋市の久国寺にあることまでは調べてあります。鐘には仏と人間と妖怪と動物のレリーフが彫られています。

  • 元々久国寺の鐘は太平洋戦争で供出されてなかったそうですが、岡本かの子の弟子であった住職により依頼されたそうです。

    元々久国寺の鐘は太平洋戦争で供出されてなかったそうですが、岡本かの子の弟子であった住職により依頼されたそうです。

  • 「若い太陽(Young Sun)」<br />太陽は無限のエネルギーを与えてくれることから、太郎の作品によく使われているモチーフです。これとよく似た「太陽」が、そごう横浜店の屋上にある「太陽の広場」にあります。

    「若い太陽(Young Sun)」
    太陽は無限のエネルギーを与えてくれることから、太郎の作品によく使われているモチーフです。これとよく似た「太陽」が、そごう横浜店の屋上にある「太陽の広場」にあります。

  • 横浜そごうには1年半ほど仕事で通ったことがありますが、つい最近まで全く知りませんでした。横浜市内は詳しく観光したりしていたのですが、「灯台下暗し」とは正にこの事です。

    横浜そごうには1年半ほど仕事で通ったことがありますが、つい最近まで全く知りませんでした。横浜市内は詳しく観光したりしていたのですが、「灯台下暗し」とは正にこの事です。

  • 「乙女」<br />野沢温泉村役場の庁舎前広場にある「乙女の像」は1974年12月に姉妹村のオーストリアのサン・アントンから贈られた「シュナイダー」のブロンズ像を日影ゲレンデに建立する際からの縁で沢温泉村役場の庁舎前広場に設置されたそうです。

    「乙女」
    野沢温泉村役場の庁舎前広場にある「乙女の像」は1974年12月に姉妹村のオーストリアのサン・アントンから贈られた「シュナイダー」のブロンズ像を日影ゲレンデに建立する際からの縁で沢温泉村役場の庁舎前広場に設置されたそうです。

  • その当時家族で野沢温泉へスキーには行っていましたが、全くそんなことは知りませんでした。岡本太郎はスキーが大好きだったそうで、その当時カザマスキーの板のデザインもしていたそうです。ちなみに私はオガサカの真っ赤な板でしたが、弟の履いていたブリザードのメタルスキーがかっこよくて羨ましかった思い出があります。

    その当時家族で野沢温泉へスキーには行っていましたが、全くそんなことは知りませんでした。岡本太郎はスキーが大好きだったそうで、その当時カザマスキーの板のデザインもしていたそうです。ちなみに私はオガサカの真っ赤な板でしたが、弟の履いていたブリザードのメタルスキーがかっこよくて羨ましかった思い出があります。

  • 「午後の日」   <br />太陽のような子供の笑顔のような愛嬌のある表情と頰に添えられた両手が特徴で、岡本太郎の死後の一周忌となる1997年に墓碑として建てられました。

    「午後の日」   
    太陽のような子供の笑顔のような愛嬌のある表情と頰に添えられた両手が特徴で、岡本太郎の死後の一周忌となる1997年に墓碑として建てられました。

  • 「サカナ」と「誇り」

    「サカナ」と「誇り」

  • 「芽生え」<br />ここにもサロンにあったのと同じ作品がありました。バナナの木の下で肩車をして遊んでいるようです。

    「芽生え」
    ここにもサロンにあったのと同じ作品がありました。バナナの木の下で肩車をして遊んでいるようです。

  • こんな都内でバナナの木を見る事があるとは思いませんでした。実際に実が生るまで育つのかは分かりませんがこれが本当の東京バナナですね。

    こんな都内でバナナの木を見る事があるとは思いませんでした。実際に実が生るまで育つのかは分かりませんがこれが本当の東京バナナですね。

  • そして足元に置かれた横顔は「月の顔」です。太陽に比べると女性的な雰囲気を感じますが、月と太陽に例えたカップルはどうなるのか心配です。

    そして足元に置かれた横顔は「月の顔」です。太陽に比べると女性的な雰囲気を感じますが、月と太陽に例えたカップルはどうなるのか心配です。

  • お気に入りのスカルの椅子も色がカセていい雰囲気です。

    お気に入りのスカルの椅子も色がカセていい雰囲気です。

  • 木々の奥にはこの庭の主のような「樹人(Tree Man)」が鎮座しています。まさにタイトル通りの存在感を感じます。

    木々の奥にはこの庭の主のような「樹人(Tree Man)」が鎮座しています。まさにタイトル通りの存在感を感じます。

  • 油彩画に「森の掟(Law of the Jungle)」という作品がありますが、この庭にも彫刻たちの華夏に掟があるのだろうなと感じました。

    油彩画に「森の掟(Law of the Jungle)」という作品がありますが、この庭にも彫刻たちの華夏に掟があるのだろうなと感じました。

  • ダイヤのキングと同じ眼をした椅子です。この顔を見ていたら諸星大二郎の「マッドメン」という作品に出て来るデマ・カカラという登場人物を思い出しました。岡本太郎との共通点は仮面だけかも知れませんが、YMOの楽曲「THE MADMEN」は本作にインスパイアされて作曲されるほどで、コアなファンが多い作家です。

    ダイヤのキングと同じ眼をした椅子です。この顔を見ていたら諸星大二郎の「マッドメン」という作品に出て来るデマ・カカラという登場人物を思い出しました。岡本太郎との共通点は仮面だけかも知れませんが、YMOの楽曲「THE MADMEN」は本作にインスパイアされて作曲されるほどで、コアなファンが多い作家です。

  • この椅子はこういう緑の中に埋もれて置かれるのが似合う気がしました。そう考えると緑の綺麗な季節に訪れて良かったと思います。

    イチオシ

    この椅子はこういう緑の中に埋もれて置かれるのが似合う気がしました。そう考えると緑の綺麗な季節に訪れて良かったと思います。

  • ここでお茶会をやった頃は何もなかったのでしょうね。

    ここでお茶会をやった頃は何もなかったのでしょうね。

  • いつ頃からこんなジャングルのような状態になったのでしょうか?40年近く前の記憶は思い出そうにも薄れてしまっています。

    いつ頃からこんなジャングルのような状態になったのでしょうか?40年近く前の記憶は思い出そうにも薄れてしまっています。

  • そろそろ見学を終えましょう。まだこの先に予定はたくさんあります。

    そろそろ見学を終えましょう。まだこの先に予定はたくさんあります。

  • 平日の見学者の少ないタイミングで見学できてよかったです。

    平日の見学者の少ないタイミングで見学できてよかったです。

  • またいつか再訪したいと思いました。残念ながらカフェは休業中だったので先に進むことにします。

    またいつか再訪したいと思いました。残念ながらカフェは休業中だったので先に進むことにします。

  • 一応外観の写真を撮っておきます。元々の自宅とアトリエと同じ屋根の構造になっているようです。この敷地には手狭に感じる大きさです。

    一応外観の写真を撮っておきます。元々の自宅とアトリエと同じ屋根の構造になっているようです。この敷地には手狭に感じる大きさです。

  • この辺りから眺めると外壁も含めコンクリートブロックで構成されていることが良く分かります。骨董通りまで出て青山通りにある閉鎖されたこどもの城に残っている作品を見て渋谷に行こうと思ったのですが、そういう前に「タクシーで行こうね。」と妻に言われてしまいました。

    この辺りから眺めると外壁も含めコンクリートブロックで構成されていることが良く分かります。骨董通りまで出て青山通りにある閉鎖されたこどもの城に残っている作品を見て渋谷に行こうと思ったのですが、そういう前に「タクシーで行こうね。」と妻に言われてしまいました。

  • ちょうど宮下パークの下を通り抜けたのでタクシーを降ろしてもらいました。ここまで820円なので、近場の移動はタクシーに限ります。宮下パークのランドスケープデザインの実務は池袋西武の屋上を担当してくれた人なので見ておくことにしました。というか今まで見る機会がありませんでした。

    ちょうど宮下パークの下を通り抜けたのでタクシーを降ろしてもらいました。ここまで820円なので、近場の移動はタクシーに限ります。宮下パークのランドスケープデザインの実務は池袋西武の屋上を担当してくれた人なので見ておくことにしました。というか今まで見る機会がありませんでした。

  • 予定では東急文化村に行くのですが、美術館の予約時間までかなり時間があるので妻の希望でIKEAに立ち寄ることにしました。

    予定では東急文化村に行くのですが、美術館の予約時間までかなり時間があるので妻の希望でIKEAに立ち寄ることにしました。

  • まあ、他に思い付くことも無いので妻の提案に従います。

    まあ、他に思い付くことも無いので妻の提案に従います。

  • 植栽とかもっとすごいのかと思ったのでちょっと残念な宮下パークでした。

    植栽とかもっとすごいのかと思ったのでちょっと残念な宮下パークでした。

  • IKEAをじっくり見て回って東急百貨店まで到着しました。閉館されていたザ・ミュージアムが再会されたのですが、完全予約制で午後4時30分しか空いていませんでした。

    IKEAをじっくり見て回って東急百貨店まで到着しました。閉館されていたザ・ミュージアムが再会されたのですが、完全予約制で午後4時30分しか空いていませんでした。

  • まだ時間があるのでエルベ・シャトランにも立ち寄ってみます。

    まだ時間があるのでエルベ・シャトランにも立ち寄ってみます。

  • いつ見てもこのお花屋さんは素敵です。花束にしなくてもよいのでお値段も手ごろですし面白い花器もお気に入りです。ギャラリーで面白そうなエキシビションが開催されていたのですが、ナントか衝動買いしてしまったことがあるので中には入りませんでした。そろそろ断捨離を本気で考えなければなりません。

    いつ見てもこのお花屋さんは素敵です。花束にしなくてもよいのでお値段も手ごろですし面白い花器もお気に入りです。ギャラリーで面白そうなエキシビションが開催されていたのですが、ナントか衝動買いしてしまったことがあるので中には入りませんでした。そろそろ断捨離を本気で考えなければなりません。

  • 表に何げなく手にされていたポスターに2人揃って釘付けです。「ジョン・シルバー 愛の乞食篇」 状況劇場ポスター の絵は金子國義で、デザイン平野甲賀というものです。1970年の唐十郎作品の原点ともいうべき作品です。金子國義さんは銀座の東哉で絵付けをされているので親しみがあります。

    表に何げなく手にされていたポスターに2人揃って釘付けです。「ジョン・シルバー 愛の乞食篇」 状況劇場ポスター の絵は金子國義で、デザイン平野甲賀というものです。1970年の唐十郎作品の原点ともいうべき作品です。金子國義さんは銀座の東哉で絵付けをされているので親しみがあります。

  • 「薔薇刑(ばらけい)」は写真家の細江英公撮影による三島由紀夫を被写体とした裸体写真です。1971年(昭和46年)に横尾忠則の装幀による「薔薇刑 新輯版」が集英社より刊行された当時のポスターのようです。この本は三島事件の翌年の刊行となり、古書で約十数万円台するそうです。このポスターにもすごい値段がついていました。

    「薔薇刑(ばらけい)」は写真家の細江英公撮影による三島由紀夫を被写体とした裸体写真です。1971年(昭和46年)に横尾忠則の装幀による「薔薇刑 新輯版」が集英社より刊行された当時のポスターのようです。この本は三島事件の翌年の刊行となり、古書で約十数万円台するそうです。このポスターにもすごい値段がついていました。

  • 劇団状況劇場第12回公演「由比正雪」ポスターです。状況劇場は渋谷の西武百貨店の裏にあった駐車場に張られた赤テントで公演していたと聞いたことがあります。ポスターの一番下には「A館中2階・4月(中)旬開店カプセル」なんて書かれてあります。カプセルは70年代前半にまだ無名に近かった若手デザイナーたちのコレクションを実験的に扱うインキュベートショップで、そこで取り上げられたのが三宅一生さんとか山本寛斎さん、菊池武夫さんなどでショップデザインは倉俣史朗さんでした。池袋西武の2階にもエスプレッソというタイル貼りの綺麗な売り場がありました。

    劇団状況劇場第12回公演「由比正雪」ポスターです。状況劇場は渋谷の西武百貨店の裏にあった駐車場に張られた赤テントで公演していたと聞いたことがあります。ポスターの一番下には「A館中2階・4月(中)旬開店カプセル」なんて書かれてあります。カプセルは70年代前半にまだ無名に近かった若手デザイナーたちのコレクションを実験的に扱うインキュベートショップで、そこで取り上げられたのが三宅一生さんとか山本寛斎さん、菊池武夫さんなどでショップデザインは倉俣史朗さんでした。池袋西武の2階にもエスプレッソというタイル貼りの綺麗な売り場がありました。

  • 予約した時間までまだ時間があるので地下の「ドゥ・マゴ」でお茶することにしました。妻とパリとその周辺を3週間旅した際にはモンマルトルのホテルからサン・ジェルマン・デ・プレに向かって坂を下りながら朝ご飯をこのカフェで食べた思い出があります。

    予約した時間までまだ時間があるので地下の「ドゥ・マゴ」でお茶することにしました。妻とパリとその周辺を3週間旅した際にはモンマルトルのホテルからサン・ジェルマン・デ・プレに向かって坂を下りながら朝ご飯をこのカフェで食べた思い出があります。

  • 吹き抜けのテーブルが気持ちよいのでパラソルの無い席にしました。

    吹き抜けのテーブルが気持ちよいのでパラソルの無い席にしました。

  • 美術館のチケットがあるとお勘定が10%割引になるのでプリン・アラ・モードなんて頼んでみました。かなり歩き続けたので疲れもあり甘いアイスやクリームやプリンが美味しかったです。

    美術館のチケットがあるとお勘定が10%割引になるのでプリン・アラ・モードなんて頼んでみました。かなり歩き続けたので疲れもあり甘いアイスやクリームやプリンが美味しかったです。

  • 時たま上がうるさいと思ったら真上を飛行機が飛んでいます。その音がこの吹き抜けに集約されているようです。

    時たま上がうるさいと思ったら真上を飛行機が飛んでいます。その音がこの吹き抜けに集約されているようです。

  • 緊急事態宣言でどこにも行けないので恨めしく飛行機の下腹を眺めます。2023年春に東急百貨店と文化村が閉鎖するのはこれが原因なのかななんて話しました。ザ・ミュージアムは送られてきた株主の無料招待券で見学していますが、今後株式の売却も考えないとならないかもしれません。

    緊急事態宣言でどこにも行けないので恨めしく飛行機の下腹を眺めます。2023年春に東急百貨店と文化村が閉鎖するのはこれが原因なのかななんて話しました。ザ・ミュージアムは送られてきた株主の無料招待券で見学していますが、今後株式の売却も考えないとならないかもしれません。

  • 午後4時30分になったので「古代エジプト展」の見学をしました。見学に来られている方の多くが若い方だったのに驚きました。平日だったからかもしれませんが学生さんのようでした。おととしにエジプトツアーに行ったことを懐かしく思い出しながら見学しましたが、あれだけ覚えた神々の名前と姿が一致しなくなっているのが悲しかったです。

    午後4時30分になったので「古代エジプト展」の見学をしました。見学に来られている方の多くが若い方だったのに驚きました。平日だったからかもしれませんが学生さんのようでした。おととしにエジプトツアーに行ったことを懐かしく思い出しながら見学しましたが、あれだけ覚えた神々の名前と姿が一致しなくなっているのが悲しかったです。

  • そして妻へのご褒美に「麗郷」で台湾料理をいただくことにしました。聞いたことはありませんが創業は1955年(昭和30年)なので妻にとっては他人とは思えないのでしょう。かれこれ40年は通っている店です。渋谷の宇田川交番近くの台湾料理店「龍の髭(ひげ)」にも仕事中によく行った物ですが、こちらは2014年に閉店してしまいました。

    そして妻へのご褒美に「麗郷」で台湾料理をいただくことにしました。聞いたことはありませんが創業は1955年(昭和30年)なので妻にとっては他人とは思えないのでしょう。かれこれ40年は通っている店です。渋谷の宇田川交番近くの台湾料理店「龍の髭(ひげ)」にも仕事中によく行った物ですが、こちらは2014年に閉店してしまいました。

  • 午後6時に覚悟して坂を登ったのですが、「エッ!」と声をあげてしまうほど空いていました。近くのアルコールを出す居酒屋は若い会社員で満員でしたが、この店はノナルコールビールしか出さないので閑散としているのでしょうか。ちょっと解せない気持ちになりました。

    午後6時に覚悟して坂を登ったのですが、「エッ!」と声をあげてしまうほど空いていました。近くのアルコールを出す居酒屋は若い会社員で満員でしたが、この店はノナルコールビールしか出さないので閑散としているのでしょうか。ちょっと解せない気持ちになりました。

  • ノンアルコールビールのラベルに架かれたTOKYO2020の文字が白々しく思えます。オリンピックありきの緊急事態宣言でアルコールが出せないのですからね。

    ノンアルコールビールのラベルに架かれたTOKYO2020の文字が白々しく思えます。オリンピックありきの緊急事態宣言でアルコールが出せないのですからね。

  • この店に来たら注文しなかったことのない腸詰めは安心の味です。辛味噌をつけていただきます。久しぶりにパクチーを食べた妻は翌日カオマンガイを作ってくれ、パクチーを山のように乗せてくれました。

    この店に来たら注文しなかったことのない腸詰めは安心の味です。辛味噌をつけていただきます。久しぶりにパクチーを食べた妻は翌日カオマンガイを作ってくれ、パクチーを山のように乗せてくれました。

  • 本当はシジミなのですが昔のように生のシジミが出せなくなって久しいです。おととしの台湾旅行ではどんぶり2杯くらい食べた味がまだ思い出せます。疲れた体には酸辣湯が我が家の定番です。

    本当はシジミなのですが昔のように生のシジミが出せなくなって久しいです。おととしの台湾旅行ではどんぶり2杯くらい食べた味がまだ思い出せます。疲れた体には酸辣湯が我が家の定番です。

  • 大きなエビの入ったチャーハンも必ず注文します。

    大きなエビの入ったチャーハンも必ず注文します。

  • そして揚げたてのイカ団子。店のおばさんに「揚げたてだから気を付けて。」と言われます。最初はパンパンですが、少し経つと縮んでくるので冷めないタイミングでいただきます。

    そして揚げたてのイカ団子。店のおばさんに「揚げたてだから気を付けて。」と言われます。最初はパンパンですが、少し経つと縮んでくるので冷めないタイミングでいただきます。

  • お腹もいっぱいになったので最後のミッションに出掛けます。そろそろ家に帰らないとならない午後7時です。そう、最後はJR線渋谷駅と京王井の頭線渋谷駅を結ぶマークシティ内の連絡通路です。

    お腹もいっぱいになったので最後のミッションに出掛けます。そろそろ家に帰らないとならない午後7時です。そう、最後はJR線渋谷駅と京王井の頭線渋谷駅を結ぶマークシティ内の連絡通路です。

  • 2003年秋に長らく行方がわからなくなっていた岡本太郎作の巨大壁画「明日の神話(Myth of Tomorrow)」がメキシコシティ郊外で発見されました。長さ30メートルで高さ5.5メートルの巨大な壁画です。メキシコで建築中のホテル主から依頼を受けた岡本太郎が1968年から69年の間に制作した作品でしたが、依頼主の経営状況が悪化し、メキシコオリンピックも終わってしまい、ホテルは未完成のまま放置されました。

    2003年秋に長らく行方がわからなくなっていた岡本太郎作の巨大壁画「明日の神話(Myth of Tomorrow)」がメキシコシティ郊外で発見されました。長さ30メートルで高さ5.5メートルの巨大な壁画です。メキシコで建築中のホテル主から依頼を受けた岡本太郎が1968年から69年の間に制作した作品でしたが、依頼主の経営状況が悪化し、メキシコオリンピックも終わってしまい、ホテルは未完成のまま放置されました。

  • 2006年6月には修復が完了して7月に汐留での初めて行われた一般公開では、50日間という短期間の中で述べ200万人の入場者が集まりました。作品は東京都現代美術館にて2007年4月から2008年6月まで公開され、2008年3月に渋谷に恒久設置することが決定して公開されています。

    2006年6月には修復が完了して7月に汐留での初めて行われた一般公開では、50日間という短期間の中で述べ200万人の入場者が集まりました。作品は東京都現代美術館にて2007年4月から2008年6月まで公開され、2008年3月に渋谷に恒久設置することが決定して公開されています。

  • 猛烈な破壊力を持つ凶悪なきのこ雲はむくむくと増殖し、その下で骸骨が燃えあがっている原爆の爆発した悲惨な残酷な瞬間が描かれています。逃げまどう無辜(むこ)の生きものたち。虫も魚も動物もわらわらと逃げ出そうとして力をふりしぼっています。第五福竜丸は何も知らずに死の灰を浴びながら鮪を引っ張っています。<br />中心に燃えあがる骸骨の背後にもシルエットになた亡者の行列が小さな炎を噴きあげながら無限に続いてゆきます。

    猛烈な破壊力を持つ凶悪なきのこ雲はむくむくと増殖し、その下で骸骨が燃えあがっている原爆の爆発した悲惨な残酷な瞬間が描かれています。逃げまどう無辜(むこ)の生きものたち。虫も魚も動物もわらわらと逃げ出そうとして力をふりしぼっています。第五福竜丸は何も知らずに死の灰を浴びながら鮪を引っ張っています。
    中心に燃えあがる骸骨の背後にもシルエットになた亡者の行列が小さな炎を噴きあげながら無限に続いてゆきます。

  • とても写真1枚には収まりませんし、元々の計画で建てられた連絡通路では無いので邪魔な位置に丸柱が立っています。

    とても写真1枚には収まりませんし、元々の計画で建てられた連絡通路では無いので邪魔な位置に丸柱が立っています。

  • 爆心地から広がる真っ赤な炎とその上には沸き上がるきのこ雲が見え、画面の右に行くにつれて時間も経過して言行くようです。穂脳の下の白い船はまだ被害に遭っていない第五福竜丸のすがたでしょうか。

    爆心地から広がる真っ赤な炎とその上には沸き上がるきのこ雲が見え、画面の右に行くにつれて時間も経過して言行くようです。穂脳の下の白い船はまだ被害に遭っていない第五福竜丸のすがたでしょうか。

  • 右側の階段の途中から全体像を俯瞰してみます。これだけの巨大な作品を展示できる場所は少ないと思いますが、ちょうど帰宅時間の混雑もあり、落ち着いて見学出来ないのが残念です。

    右側の階段の途中から全体像を俯瞰してみます。これだけの巨大な作品を展示できる場所は少ないと思いますが、ちょうど帰宅時間の混雑もあり、落ち着いて見学出来ないのが残念です。

  • 1954年にアメリカがビキニ環礁で行った核実験で死の灰をかぶった第五福竜丸を表しています。30年ほど前ですが東京都立第五福竜丸展示館を見学しに行ったことがありますが、実際の船を目の前にすると胸に詰まるものを感じました。

    1954年にアメリカがビキニ環礁で行った核実験で死の灰をかぶった第五福竜丸を表しています。30年ほど前ですが東京都立第五福竜丸展示館を見学しに行ったことがありますが、実際の船を目の前にすると胸に詰まるものを感じました。

  • 湧き上がる雲は目玉のように渦を巻き、水面のクジラを見据えています。

    湧き上がる雲は目玉のように渦を巻き、水面のクジラを見据えています。

  • こちらはビキニ環礁への漁に向かう第五福竜丸の姿でしょうか。擬人化されているところが余計に感情移入させられます。

    こちらはビキニ環礁への漁に向かう第五福竜丸の姿でしょうか。擬人化されているところが余計に感情移入させられます。

  • 爆心のすぐ下には原爆の炎に焼かれる無数の人びとの姿があります。高校の修学旅行で広島に行く前に丸木美術館で数々の作品を観たことを想い出しました。

    爆心のすぐ下には原爆の炎に焼かれる無数の人びとの姿があります。高校の修学旅行で広島に行く前に丸木美術館で数々の作品を観たことを想い出しました。

  • 昭和の時代を感じさせる明朝体のフォントのプレートには家路につくたくさんの人の姿が写っていました。壁画に目を向ける人は誰もありません。

    昭和の時代を感じさせる明朝体のフォントのプレートには家路につくたくさんの人の姿が写っていました。壁画に目を向ける人は誰もありません。

  • いつか人通りの少ない時間帯にじっくり見学したいと思いました。

    いつか人通りの少ない時間帯にじっくり見学したいと思いました。

  • 原爆が炸裂するその瞬間を描いています。爆発の中心には骸骨と炎のモチーフが描かれています。岡本太郎はこの壁画の制作にあたって、何度もメキシコに足を運んだそうです。その過程で見学したメキシコの祭礼では骸骨を飾る習慣があり、この禍々しいモチーフは「死と生は隣り合わせである」ことを語っています。

    原爆が炸裂するその瞬間を描いています。爆発の中心には骸骨と炎のモチーフが描かれています。岡本太郎はこの壁画の制作にあたって、何度もメキシコに足を運んだそうです。その過程で見学したメキシコの祭礼では骸骨を飾る習慣があり、この禍々しいモチーフは「死と生は隣り合わせである」ことを語っています。

  • よく見ると白いスカルは立体的に制作されています。

    よく見ると白いスカルは立体的に制作されています。

  • 東京オリンピックが終わったら日本国内がこんなことにならないように祈ります。

    東京オリンピックが終わったら日本国内がこんなことにならないように祈ります。

  • 帰路につく人とセンター街に向かう人が交差しています。副都心線に乗るとうまい具合に座れたので最寄り駅までスムーズに帰ることが出来ました。

    帰路につく人とセンター街に向かう人が交差しています。副都心線に乗るとうまい具合に座れたので最寄り駅までスムーズに帰ることが出来ました。

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