2021/03/12 - 2021/03/13
35位(同エリア106件中)
ケロケロマニアさん
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この旅行記のスケジュール
2021/03/12
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一旦徒歩にて帰宅、仮眠後、お家から
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2021/03/13
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この旅行記スケジュールを元に
2021年春のダイヤ改正時に大激震が走った宗谷本線上の旅に関する旅行記は、本編が最後となります。
ケロアスちゃん(約二年半前の北海道胆振東部地震の際に、札幌のリサイクルサイクル店(?)で購入した子)のパンクで、予定を変更して士別駅から和寒にJRで戻り、お家までは徒歩で帰って一旦仮眠。
そして、まずは夜の最終列車をお出迎え・お見送りするために、今度はケロアメちゃん(約8年半前の国道40号線旅の際に稚内の〇ーマックで購入した子)で東六線駅へ。そこで涙・涙の惜別を…(;´Д`)。
更には、今度は北比布駅発の最終列車に乗車するため、まずは東六線から和寒までケロアメちゃんで戻り、上りはもう、北比布停車列車がありませんので、一つ手前の蘭留駅までJRで移動、そこから徒歩で北比布駅を目指します。
ここで最後の北比布駅待合室見物を終えた後に、今度は最終列車に乗車し、ここでも涙・涙の惜別…(~_~;)。最後は和寒で下車し、この日は終了となりました。
で、翌朝は、いよいよ新しいダイヤでの日々が始まる、ということで、その様子を和寒駅まで見に出かけた様子をお知らせして、本旅は全て終了、ということになります。
(表紙:前日まで利用していた安牛→東六線(有効期限は駅最終日の2021年3月12日まで)乗車券と、当日の最終列車に乗車した北比布→和寒の乗車券)
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 高速・路線バス JRローカル 徒歩 バイク
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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前旅行記で、トラブル発生のため再び戻って来た士別駅から、本旅行記は開始。
士別駅 駅
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士別駅待合所上部に、古くから貼られているポスター。
これからも道民は、JRに乗る。
そう自信を持って言える道民は、果たしてどれ程いるのだろうか…。 -
折り返しの上り列車までは少し時間があったため、近くの士別市図書館にてPCをいじって過ごす。
普段はノートPCかガラケーばかりなので、4トラ作業も大画面だとより捗るな。但し、文字入力に関しては、変換で上位に来る単語が普段使っていないのばかりなので、案外手間がかかる。 -
で、乗車する上り列車の前に、先に下りの名寄行きがやって来ていた。
この駅で列車交換となるため、待ってくれていた子が…。 -
40の729。
何か、この旅においては、乗りたい40ちゃんの方が、”単に眺めるだけ”で終わっていることが多いのは気のせいか…・。 -
で、ここでもそのルールに従って(?)。
やって来たのは54だった。
まあ、54も好きな車両なので、文句はないんだけど…。 -
40と54のコラボを構内跨線橋からパチリ。
すぐに発車してしまうので、急いで54の方の乗車口へ向かう。
(まあ、士別駅は乗降が多いので、余裕で間に合うのだが…。) -
で、車尻(って言葉はないのか?)から、40ちゃんをお見送り。
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まだまだ冬の装いが続く中、少しずつ春の息吹が感じられてきた剣淵川を渡ると間もなく…。
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北剣淵駅が見えてきた。
但し、乗車列車は停車しない。北剣淵駅 駅
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ので、車尻からもう一度。
これが、”単に眺めるだけ”レベルでも、北剣淵駅とのお別れ、ということになった。
私は一地元民として利用していたよ、北剣淵駅さん。
今まで本当に有難うございました…。 -
冬季限定の巨大な雪山が見えてくると…。
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剣淵駅に到着。
この両サイドが変わる前の駅名標とも、これでお別れ。剣淵駅 駅
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で、剣淵を出発。
先程の雪山も、南側から眺めると、こんなに美しい三角錐型に見える。 -
で、その後は、後程最期を見届けることになる東六線駅(も、この列車は通過)の遠景を車尻から捉えて…。
東六線駅 駅
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和寒に到着。
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この本日までのバージョンの駅名標越しに…。
和寒駅 駅
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和寒駅にて交換となったサロベツさんをお見送りしてから…。
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それにしても、絵に描いたようなブルースカイのこの日。
何か、惜別の一日、という意味では絵的に違和感があるが、本日は夜間の自転車走行が控えているので、天気が安定していることはせめてもの救いであった…。 -
でもやはり、特にタイムスケジュールの制約のある夜間の自転車走行に関しては、色々なリスクがあるので、ここは神頼み、をしてからお家へと戻る。
和寒神社 寺・神社・教会
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途中、町営バスのバス停前を通過したりしながら…。
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それにしても道路は乾いているものの、まだまだ完全な冬景色だな…。
同じ北海道でも、札幌や道南、比較的雪が少ない道東方面と比較して、雪解けが遅い道北は、ちょっと損した気分にもなる季節なのだ…。 -
天気も良いことだし、とりあえず、倉庫のガラス窓前位は雪割りして…。
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一息つく頃には、時刻はこんな感じ。
本日の夜業に備えて、二時間半ほど仮眠を取る。 -
で、18時過ぎに”起床”。
ここでは、通販で大量購入した…。 -
某ファストフードの牛めしを頂いてから出発に備える。
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改めて、ここからの旅程をおさらい。
まずはこの20時6分東六線駅発旭川行きの最終列車をお見送り。 -
そして、自転車で和寒駅に移動し、21時33分和寒駅発の上り旭川行きに乗車し、蘭留で21時54分に下車。そこから徒歩で北比布駅に向かい…。
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最後は23時5分北比布駅発の最終列車をお出迎え後…。
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自身は最終列車に乗車して、23時28分和寒着。
以上となる予定。 -
で、自転車のナイトランということもあり、50分前に出発した朝よりも、更に余裕を持たせて、東六線駅最終列車発車時刻の約1時間10分前にお家を出発。
-
途中の道路は真っ暗なので、朝とは違って旅行記用に投稿するネタは全くなし。
最後の六線道路の分岐標識のみ撮った頃には…。 -
時刻はほぼ19時半。
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で、暗闇の中に東六線駅界隈の灯りが見えてきた。
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で、到着。
朝はケロアスちゃんと撮った東六線駅。
今度はケロアメちゃんと記念撮影。
もしかすると、東六線駅の神様(?)が、ケロアメちゃん(この子の方がより多く東六線駅に立ち寄っている)をお呼びするため、ケロアスちゃんにはパンクの試練を与えて下さったのかもしれない。東六線駅 駅
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流石に、この時期の夜間はまだまだ極寒(この時点では恐らくマイナス7~8度位)なので、何もない小さなローカル駅を訪れる廃駅マニアもいないようだ。
ここで漸く、最後の一人東六線駅時間を満喫することが出来た。 -
貼られていたカレンダーの3月12日の場所に…。
もうこの頃から既に泣き始めている。 -
そして泣きながらまずは踏切傍にて…。
-
”乗降場待合室”と通過列車とのコラボを激写。
まあ、踏切傍からの通過列車撮影という意味では、翌日以降も何ら変わりない風景が続くのだろうが…。 -
で、ここでは東六線駅駅名標の袂にケロアメちゃんを持ち込んで記念撮影。
思えば、この子は基本的に輪行しないだが、別の折り畳みの子(初代)や、現役の二代目折り畳み自転車・ケロエクちゃん(三年半前の北海道179市町村旅の際に通販で購入した子)は、この駅利用で輪行することが多かったな。
和寒駅利用だと、特に上りの場合は、跨線橋を担いで対岸に渡らなければならなかったのが面倒だったので、ここだとぶっちゃけホームでパッキングして、そのまま列車に持ち込むことが出来て、とても機能的だった。
そんな歴史も、この日で完全終了…。 -
で、敢えてケロアメちゃんの後ろ姿を駅名標越しに激写。
何だか寂しそうに見えてしまうのは、持ち主としてのエゴな感想か…。 -
そして、乗降場待合室内でも記念撮影。
いつだったか、どの子とかは忘れたけれど、同じように自転車とここで雨宿りをさせて頂いたことがあったな…。床が下士別駅みたいに綺麗だと、自転車を持ち込んでしまうのは遠慮したんだけれど、ここの床は砂利なんだよね~。 -
で、最終列車到着・出発まで、残り20分を切った頃に…。
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最後の惜別に訪れた町民の方々が集まり始めた。
という訳で、ケロアメちゃんは、邪魔にならないよう、待合室やホームとは道路の対岸のこちらにデポさせて頂いて…。 -
いよいよここからが本当のフィナーレ。
恐らく、昼間にはお別れイベントとか、ここでもそれなりには開催していたんだと思うけれど…。
でも、最後の勇姿を見届けに来て下さる町民の方々が結構いらして、ちょっと嬉しかった。 -
中でもこの方は…。
惜別のお見送り手書きボードまで作成されて…。
お話してみると、高知から数年前に移住されてきた方とのことで、どうやら、駅を守る意味からも、この駅傍のお家に住んでいらっしゃるらしい。
当日も、どうやら、稚内前泊で、各廃駅の様子を具にご覧になられてきたようで、そういう方が隣町の剣淵に暮らしていらっしゃることに勇気をもらった。
この方のように、同じような意思で、宗谷本線を”本当の意味の沿線住民として”応援して下さることが増えることを願ってやまない。
みんな仕事とかを言い訳にして、結局住むことまでには至っていないようだけれど、すべてを投げ出して、鉄道を応援するために移住させて頂いた立場から物申させて頂くと…。
仕事なんで、贅沢言わんければいくらでもあるぜよ。
都会の仕事を言い訳に移住しない人々は、結局は”綺麗な仕事”をしたいだけだし、積み上げてきたキャリアを捨てたくないだけ。
コロナの時代だからこそ、もっと都会で”密な暮らし”を当たり前のようにしている人々には、真剣に考えて欲しい。
お金がなくても、田舎暮らしでは健康でいられる。
Health is above wealth!
同じ立場で議論できる方々が増えることを願いつつ…。 -
そんな彼女は、地元ではちょっとした有名人。
やっぱり花があるな~。
やっぱり私のようなおっさんには、これがない。
だからこそ、やはり本質的な意味で社会を動かす力は、女性の方が上だと私は思っているし、世の中がおかしくなっていくのは、男性優位な価値観が今も尚支配し続けているから、なのだとも思う。
そういえば、胡散臭い女性蔑視発言で某金塗れイベントの日本支部トップを辞めさせられたM氏の”興行”も、皮肉な意味で楽しかったな。業界を問わず、今の日本(いやこればかりは世界中どこでもか…)はこんなのばっか。
まっ、基本は、「君子危うきに近寄らず」。
金が絡んだ世界には、どこも胡散臭い連中がうようよ潜んでいるので、近寄らないことが最善だと思う。 -
本当は彼女ともう少し色々と話したかったのだけれど、人気者なので、そのお時間はあまりなく、遠巻きに暫く眺めさせて頂いた…。
-
でも、何が悲しいって、駅がなくなること自体、よりも、駅がなくなることすら知らない、更には、なくなることを知っても何とも思わない地元民ばかり、という現実。
結局、この場に立ち会っていたのも、恐らく駅を利用していた(或いは駅の設置に向けて尽力されたであろう(ご主人と思しき方の遺影を携えていらした女性の方も…)ご高齢の世代の方々が殆どで、基本的に、若い世代の姿は、上述の鉄子さん位のものであった。
若い世代で来るのはマニアだけ。高齢世代も今は殆どが車社会。
本当にこんなんでいいのか…。
これまでにも沢山の道内の”鉄道の墓場”を探訪させて頂いた立場から申させて頂くと、基本はやはり、”鉄路や駅がなくなると、町全体が寂れる”ということである。
今回の宗谷本線沿線の激震において、多くの旅人の姿が見受けられたが、結局はそれだけで終わってしまうし、沿線市町村にとっての経済効果など何もない(ほとんどがフリー切符利用だし…)。
だからこそ、地元民が応援しないと鉄路も駅も守れない。それは当たり前のこと。
こういう旅行サイトを通じて、色々な方々が鉄道のことを応援して下さるのは嬉しいと思う反面、結局”趣味”のレベルで止まっている人々ばかり。
繰り返しになるけれど、コロナを経た今だからこそ、もっと”拝金主義”の都会暮らしを辞めて、少ないお金で謙虚に暮らす田舎暮らしを志向する人々が増えて欲しい。 -
最終列車到着時刻まで残り数分。
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皆様もそろそろホームの方へと移動を始める。
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こんな寒い季節の夜に、わざわざ駅にいらして下さる方々は、やはり皆さんそれなりの想いをお持ちのことなのだろう。
この駅で、こんなにも沢山の人影を見かけたのは、朝と並んで、この日が最初で最後のことであったが、そのギャラリーの質が、朝と夜とでは全く異なっていた…。 -
横の方が携えていらした小旗を撮らせて頂いた。
本当に、62年間ありがとう!東六線駅。
この時点から、もう既に涙が止まらなくなっていた…。 -
そしていよいよ、最終列車の到着。
力作の手書きボードを作成された鉄子さんの邪魔になってはいけないので、その背後に陣取って…。 -
いよいよ到着。
流石に、下車する方はこの時間帯には誰もいない。
これが何よりも、地元民が利用していない駅だということの証拠でもある。 -
で、数十秒の停車時間を経て、いよいよ出発。
もう、涙・涙で訳がわからなくなっている自分…。 -
で、出発。
車内には多くの廃駅マニアの方が乗車されていらしたことだろう。
泣きながら、思いっきり手を振って、最後のお別れ…。 -
そして、行ってしまった。
この瞬間、東六線駅の歴史が幕を閉じた…。 -
数十秒前まで駅だった、”元東六線駅”から、名残惜しげに最後の列車を眺める人々は、自分だけではなかった。
”見世物”を見届けたあの車内では、泣いている人は殆どいなかったのだろうが、この”元駅ホーム”に流れていた、数十秒の悲しい空気は、今後の人生においても、ずっと引き摺りながら生きていくことになるのだろう…。 -
で、その後は、作業員の方々の粛々とした作業が始まる。
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そして、長年愛してきたこちらの乗降場待合室看板も剥がされる瞬間が…。
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止めてくれ~。
ここでもまた涙が溢れてきた…。 -
で、完全に外されてしまった看板。
どうやら、今後は剣淵町の資料館に展示されるらしい。
また、落ち着いたらその姿を拝みに行きたいと思う。 -
長年の風雪に耐えて頑張って来た看板跡。
凄く痛々しく、そして寂しい。 -
そんな「東六線乗降場待合室跡」の全景をもう一度パチリ。
-
そして、そろそろ皆さんもご退散モードに。
剣淵町在住の鉄子、Nさん。
今後もご活躍を期待しております。
お互い、全然鉄道を利用しない地元民を相手に、戦いを続けていきましょう。 -
とは言いつつ、やはり最後まで残っていたのがやはり作業員を除いては、この隣町の胡散臭い鉄道マニアと、剣淵町の鉄道の未来を担う鉄子さん、だったのか…。
まあ、ご高齢の方は、やはり寒さが堪える時期ですから仕方ないですけどね…。 -
遥々南国の高知から移住されたNさん。
やはり、元高知県民としても応援したいき~。
旅行サイト的には、こういう方がもっと増えてくれることを、再三再四お願い申し上げる次第。住んでいる立場から発信するのと、旅人レベルで発信するのとでは、まったく次元が異なることを、もっと感じて頂きたい。
相当上から目線での申し方だけれど、私も移住当初はまだ早いと思って口を閉ざしていた部分も多い。けれど、和寒移住から10年以上が経過し、もうそろそろ、準地元民としての立場から、敢えて地元民にも旅人にも厳しい口調から言及するのも許される頃合いかな、と思いつつ…。
甘い言葉だけでは鉄路も駅も維持できないよ。
鉄路も駅も守りたいから厳しい物言いになってしまうこと、どうかお許し下さい。 -
最後にもう一度、もうすぐ消えてしまうだろう元駅の駅名標をホーム跡で一枚撮り…。
-
待合室跡ももう一枚。
この時間帯に元東六線駅にいた人々が、歴史的には駅としての最後の訪問者でもあり、元駅のマニア的立場からすると、初めての駅跡訪問者として、後世に語り継がれるのかもしれない(そんな訳ないか…)。 -
さて、一連の東六線駅との惜別を経て、時刻は20時15分。
私の旅路としてのミッションは、まだ残されているので、先を急ぐことにしよう。 -
帰りはより街灯が多くて走りやすい、国道沿いを走行することにした。
六線道路と国道との交差点にて、朝はケロアスちゃんと撮った、”東六線乗降場”の標識とのコラボを、今度はケロアメちゃんと。 -
で、程なく和寒町域に入り、あとはパンクしないよう願いつつ、慎重にペダリング。
-
で、和寒駅に到着。
丁度、20時59分の列車交換に立ち会うことが出来た。
ホント、ギリギリだったけど…。
(つまり、和寒駅に到着したのは20時58分頃)和寒駅 駅
-
今見送った列車交換の後、この21時33分発旭川行きが、これから乗る子。
更に後の22時47分発を含めて、もう北比布(南比布も)には停まらない。
つまり、上り列車としての北比布駅・南比布駅というのは、既に営業終了、ということになった時間帯でもあった。 -
この運賃表も、もしかしたらこの時点で見納めかもしれない、と思い、今一度、下士別~南比布アングルで撮影しておくことにした。
-
で、本日昼に、士別駅で購入したこちらの二枚の乗車券の登場となる。
蘭留駅は勿論今後も継続なので、上段は堂々と回収して頂くが、下段に関しては、恐らく渋い表情をされるだろうが、最後ということで、持ち帰らせて頂けないか、運転士様と交渉してみることにしよう。
そんな気遣いをしなければならない、のが、今のJR北海道の嫌いなところの一つ。 -
で、和寒を出発。
やって来た子はやっぱり54。 -
の503。
-
流石にこの時間帯になると、”廃駅マニア需要”もなくなる列車なので、車内はこんな雰囲気。
ま、これがこの時間帯の宗谷本線上り列車における日常だよな。
(因みに稚内からの普通列車接続列車の場合は、もう少し混雑(という程でもないけど)する。) -
そういや、和寒駅10番の整理券もこの日でお別れかな、なんて思いつつ…。
-
この乗車では唯一の途中駅となる塩狩駅。
”冬囲い”された塩狩駅駅名標。
この囲いがなくなると、本格的な春を感じるようにもなる。塩狩駅 駅
-
で、約20分の乗車にて蘭留駅に到着。
ここで下車する。蘭留駅 駅
-
実はこの時間帯の旧ダイヤでは、蘭留駅にて列車交換があったので、対向にはこの子の姿も。
蘭留駅は千鳥なので、停車中に乗って来た子と同時に撮るのは困難。
まあ、両者が動き出してから、重なる位の地点で構えていれば撮れるのだが、本日は時間がないので…。
これが私的には、宗谷本線定期運用時における40の最後の姿になるかもね。 -
そういや、勿論隣駅がこの時点では北比布、ということは、蘭留駅の駅名標も翌日からは変わってしまうことになる。
-
で、恒例の南比布~下士別アングルにて、蘭留駅運賃表を。
この運賃表もあと1時間程の余命かな…。 -
そういえば、一日としての最終列車の交換も蘭留駅で行われるので、23時10分が、この駅名標・この運賃表の惜別時刻、ということになる。
-
さて、ここからは北比布駅まで歩かなければならない。
雪のない季節だと、線路沿いに通じているサイクリングロード経由で、簡単に北比布駅にアクセスできるのだが、今の時期はそれが出来ないので、最短ルートはどうなるか検索してみるとこんな感じで出てきた。 -
蘭留から北比布までは41分、とある。
まあ、道を間違わなければ、ちゃんと通ることが出来れば、問題なく到達できる1時間以上の時間が残されているが、万が一除雪されていないとかのリスクも鑑みて、少し速足で歩くことにした。 -
途中まではバスルート沿いに歩くが…。
-
途中からいつもは通らないルートで歩く。
裏道となると、まだまだ路面がこんな状態なことも多い時期なので、案内されたルートがちゃんと除雪されているのかも心配になる。 -
で、勿論滑りやすい路面でもあるので、乾燥アスファルト路面を歩くよりもちょっと時間がかかる。これも懸案事項の一つだ。
-
で、案内ルートに忠実に一旦線路に近づいて、もう一度少し線路から離れる向きで歩く…。
-
で、最後の折り返しで先に見えてきたのが…。
恐らく、あの灯り界隈が北比布駅と思われる。 -
蘭留駅を出発したのは21時58分。
-
で、この時点で22時41分。
まあ、41分の所要時間案内だったので、若干冬道でペースダウンした分43分かかったということで、このデータの正確性にも驚かされる。 -
という訳で、最終列車の発車時刻のほぼ20分程前に北比布駅に到着。
北比布駅 駅
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これが私個人の旅路としての今回の宗谷本線旅の中でも、最後の廃駅訪問(まあ、正確には紋穂内は通過のみ、最北の徳満・上幌延と最南の南比布は通過すらしていないので、訪問としては8駅目)ということになった。
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で、最期の時を迎えた運賃表。
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最期の時の時刻表。
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このお決まりのフォーマットも激写。
この一連の”イベント”もこれが最後、ということになる。 -
ありがとう北比布駅。
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最後に書き込みもしておこう。
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で、駅ノートにも最後の書き込み。
てか、私物扱いの駅ノートの廃駅のものは、この先はノート保有者の自己満足で終わってしまう物品になってしまうのだろうか…。 -
ホームに掲げられた、横断幕のありがとう!北比布駅。
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で、時刻は23時2分。
いよいよ最終列車がやって来る時刻が近づいてきた。 -
この電光掲示もこれが見納めか…。
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電車が、きますの電光表示。
いつも、”いや、電車じゃないけど”って突っ込みながら見てたな…。 -
で、最終列車が到着。
-
で、車内から最後のお別れ。
ガラス窓が反射して何だかわからないアングルだな…。 -
でも、先程、東六線駅でお見送りした風には、涙のお別れ、って気分にはならなかったな。何だか、祭りの後、って感覚を引き摺っていて…。
-
で、ここでは未来志向で。
行くぜ、和寒。
ラッキーセブンの北比布駅整理券も、全然ラッキーではなかったな。
因みに今後、この7番を受け継ぐことになるのが、和寒町域内の塩狩駅なので、同駅には北比布と同じ轍を踏まぬよう、今後も頑張って欲しいと思うし、私個人としても、応援活動を頑張っていきたい。 -
で、改めて車内の風景に目をやると…。
何のことはない、この列車は終電として旭川から士別・名寄方面に戻る若者が案外多いので、マニア臭も全く感じられない、普段着の宗谷本線の風景が広がっていた。
まあ、逆に安心するよ。きっと遅くまで勉学や部活動に励んでいた(と信じたい)学生さん達なんだろうね。大きくなっても公共心を大事にして、鉄道をはじめとした公共交通を積極的に利用する、”正しい道”を歩む大人になって下さい、と願いつつ、この旅の最後の車内時間を楽しんだ。 -
という訳で、和寒に到着。
回収をシブられた時の保険として、一応、最後の記念乗車切符を車内運賃表と共に激写。 -
と思ったら、案外、この日はやはり同じような人が多かったからなのか、意外にもあっさりと、どうぞ、の一言。
まあ、こういうのは若い運転士さんの方が、スマートな対応してくれることが多いよね。ここにもある意味、”老害”というのが存在しているのかも…。
持ち帰りを快諾して下さった運転士様に敬意を表しつつ…。
ありがとう、北比布駅。
そして、これからも、
頑張ろう、宗谷本線。 -
で、和寒駅のこの時点における駅名標。
あれっ、既に廃駅の筈のひがしろくせんが~。
なんて突っ込みつつ…。
これが私個人にとっても、最後のこのバージョンの和寒駅名標とのご対面となった。和寒駅 駅
-
で、和寒駅構内の運賃表に目を遣ると…。
うわっ、既に新しいバージョンになってる。
流石にこちらは、最終列車の出発後、すぐに上貼りされたと思われる。
この夜の切り替え作業は色々と慌ただしいだろうから、やれるところから順に、という感じだろうね。 -
で、既に、和寒駅発着時刻表も、既に新ダイヤバージョンに切り替わっていた。
そう思えば、先程最後に和寒駅で立ち会った20時59分の列車交換も、翌日からは定期運用としては見られなくなるので、貴重だったな…。 -
で、最期は和寒駅前に駐輪していたケロアメちゃんに再度跨り、お家に帰還。
後日談だが、実はこの数日後、勤務先に乗っていき、帰る際に注進していたこの子がぱんくしていた。
実はこの子の後輪のチューブ、前々からバルブの傍に穴が開いてしまっていて、それを無理やりパッチで貼って直していた(パンク修理したことがある方ならご存じだろうが、バルブ傍はパッチが貼り辛くて、パンク修理が困難なことが多い)ので、いつパンクしてもおかしくない状態だったのだ。
まあ、暖かくなってからチューブ毎交換しようと思っていただけに、よくこの旅の途上ではパンクせずにいてくれたな、と、和寒神社に祈願した甲斐があったなと、今になって改めて思っている。 -
で、到着時刻はこんなことに。
ほぼ日が変わる直前まで慌ただしく動き回った、ダイヤ改正前最終日の旅がようやく終わった。 -
この日の最終歩数計はこんな感じ。
まあ、自転車移動分がどうやら歩数計にもある程度換算されてしまっているようなので、正確性という意味では???なのだが、4万歩近くにも及んでしまった。 -
で、本旅は勿論、”これからも宜しく”を謳っている宗谷本線旅なので、普通の廃駅マニアとは異なり、”新バージョン”の最初の朝も見物に出かけることになる。
快晴に恵まれた分、この時期としては異例の、無茶苦茶寒い朝(恐らくマイナス20度位)でもあった。 -
山の端から登る朝日。
いつもと変わらない朝が始まっていた。 -
そして、和寒駅に到着。
思えば、この朝の行程でも、ケロアメちゃんはパンクせずにいてくれた。
どうも有り難う。 -
で、まずは駅名標を確認。
そりゃ、そうだよね…。和寒駅 駅
-
で、始発の上り列車の姿を確認。
当然、見慣れない顔の子がやって来た…。 -
で、20分程後に、今度は始発の下り列車を確認。
おおっ、こちらはいつもの朝と変わらない54さん。 -
しかも、勿論朝一の下りは二両編成(一両は名寄切り離し)なのだが…。
-
後ろ側も54。
流石にこの日の40運用はなかった。
(実は後日談として、この後は意外と40運用の日も見かけることがあり、ちょっとホッとしている。まあ、殆どがH100だけど、運が良ければ54、更に幸運なら40、ってな感じ。) -
1両目は505。
-
二両目は504。
それが、新ダイヤ最初の宗谷本線下り列車の編成だった。 -
でも、54の二両編成って、何だか懐かしい気がする。
最近は見かけることなかったよね…。 -
という訳で、ここでは敢えて和寒駅構内に展示されているこちらの写真をUPさせて頂くことにしよう。
もしかして、そういうネタを狙ってのこの日の編成だったのか?
何れにせよ、座席も少なく(トイレが異常に大きい)、日よけのブラインドもカーテンも設置されていないようなH100形は、やっぱり好きにはなれないので、これからも54さんには、宗谷本線の顔として頑張って欲しいものである。(まあ、特に北線に関してはずっとこの子だろうけど…。) -
スノーモービルで融雪剤を撒く光景もこの季節の風物詩。
いつもと変わらない春がやって来た。
変わってしまう宗谷本線だが、これからも色々な角度から応援していきたいと思う。
3月10日~13日にかけて続いた本旅の最終的な会計報告を。
交通費:9,560円
食費:3,661円
宿泊費:0円
その他(切符の記念購入分も含む):1,213円
合計14,434円
にて終了。
思えば、実質的な乗り鉄活動は殆どが11日で、10日と12日は近郊しか乗車していないのでこの部分は普通乗車券利用として、11日が18きっぷ利用なら、交通費総額は5000円以内で済んだことだろう。その旅程に対して10,000円近くもの交通費を捻出してしまうとは、もはや、貧民の域ではない、富裕層と認定されてもおかしくはないレベルの旅人ザマス。
と、こうした余計なことばかりを綴るクソカエル〇鹿、なので、本旅に関する旅行記全体を通じて、私が嫌いになられた方(元から嫌いな方を含めて)も多いと思われる。
が、最後に一言。
私のことが嫌いでも 宗谷本線のことは嫌いにならないでケロ~。
(by前田ケロ子)
何のこっちゃ…。
~完~
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